2006年10月 9日 (月)

また逢う日まで

(東俣・・・その先へいつの日か)

東俣橋を過ぎて、時間の余裕は40分ほどある

行ける所まで沢沿いの道を登ることにしました

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それでも沢沿いの道には車の轍の跡がある

森で仕事をする人たちの車が通るのだろう

道と水辺は本流とは違ってずいぶんと近い

雨上がりの空気は湿り気を帯び

とてもさわやかでした

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朝の8時半ごろでしたが、

もう釣り人は沢沿いに渓流を登り始めていました

見ている間は釣れていなかったが

魚影は濃いとの噂のある東俣です

きっとよい釣果が期待されるでしょう

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蝙蝠岳登山口を過ぎた辺りから

道には轍の跡も消え草生した道となる

足元に気をつけながら草を払い歩を進める

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やがて、道は岩の瓦礫の中の道と化していく

足元の石は時々崩れ谷底へ音を立てて落ちていく

もう少しだけ、もう少しだけと先へ進むのは

旅の終わりを意識しだした心のゆらぎか

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道らしきものが谷川へ寄ると

片足の幅だけの道になり、足を滑らせれば

体ごと谷へ落ちることになる

時間も迫ってきた

もうこれまでだろう

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山から落ちてきた木々の残骸が道をふさいだ

地図上では沢は3000m級の山々まで

延々と伸びているはずだが

人が通った形跡も無いほど道が見えない

ここを、この旅の終点と決めた

しかしこの先にあるであろう何かに向かって

またきっと、いつの日か

たずねて来ることを誓った

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2006年10月 8日 (日)

二軒小屋トンネルを越えて

(東俣橋へ)

田代ダムその先へ歩を進める

トンネルが現れた

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トンネルは鉄の門扉に閉ざされていた

事前に聞いていなかったら

そのまま引き返すところだった

スリムになった我々はこのわずかな隙間を

すり抜けることが可能だ

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二軒小屋トンネルを抜けると

そこにも登山道入り口の矢印がある

千枚岳・悪沢岳方面への道である

寄り道して登山道方面へ進むと

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とても短い吊橋が登山道へ旅人をいざなう

足もとを清流が流れ下る

一枚板の吊橋でもぜんぜん恐さは感じない

少し下流を眺めると

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壊れかけた?吊橋が見える!

壊れているのではなく、跳ね上げてあるだけだ

森の仕事をする人だけが利用できる、

この橋をするすると左の岩の上に降ろせば

立派な吊橋の完成だ

残念ながら我々一般人は立ち入り禁止

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そして、ついに以前UPした東俣、西俣の合流点

大井川の生まれている、その源流に到着した

この「東俣橋」の真下がまさにその場所でした

今朝、あのまますぐに畑薙に向かわずに

ここまでやってきて本当に良かったと

感じた瞬間でした

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2006年10月 7日 (土)

1700mの天空のダム

(田代ダムにて)

昨夜は十五夜の名月のはずが

「雨降りお月さん雲のか~げ」になってしまった

ところが今夜の月は

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まさに名月

十六夜(いざよい)の月である

息を呑む美しさとはまさにこの月のこと

かもしれないと思える

二軒小屋の話に戻ります・・・・・

ロッジ周りを散策する気のなったのは

前日すぐ近くにダムがあることに気は付いたのだが

たどり着けないでいたからだ

せめて、ダムだけでも見ていこうと

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「田代第一の橋」の通行止めの道を登山道方面に進む

車はストップだが人間が通れる隙間は空けてあった

ダムはこの七,八十メートル先にあるのだが

木々に覆われて姿が見えない

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坂を上りきるとようやくダムが見えてきた

今までのダムに比べて小さなダムだった

水音がしないので果たして

湖面はどうなっているのか気になった

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エメラルドグリーンとはこのことか

目が覚めるような美しさだ

大井川起点のすぐ先にあるこの田代ダム

実は中部電力の管轄でなく東京電力の管轄

それゆえか、このダム湖の水は富士川へ流して

山梨県側にある田代発電所のエネルギーになる

水は大河、富士川へ行ったきり戻ってこない

昨年暮れか今年の始め頃

「大井川へ水を返せ」とかで問題になったと思うが

看板には平成27年までの契約が成立した旨の

表示があったところを見るとどうやら落ち着いたらしい

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水は地下トンネルで転付峠の下を流れていくため

ダムの周辺では水音がしないわけである

それゆえにこの静まり返った湖は

なんと神秘的なことだろう

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旅人の足はなかなか前に進まない

湖面をじっと凝視したまま

いったい何を思っているのだろうか

1ヵ月後この湖面に映る紅葉なのか

忘れかけた青春の尻尾でも探しているのだろうか

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水面に映るアルプスの山々も

通りすがりの旅人には

そう簡単に答えは用意してはくれなかった

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2006年10月 5日 (木)

雨上がりの白樺並木

(二軒小屋ロッジの朝)

前日21時過ぎに早々と眠ったのは良いが

2時ごろ目がさめてしまった

始めのうちはゴソゴソと

辺りで音がしていたのだが

3時近くなってからは遠慮なしに

ばたばた大きな音を立てながら

グループ客が出発していった

それからは時々目が覚めたりして

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朝になって胡南さんが窓の外を見て

「おっ、雨が止んでる」と言う声で起きだした

雨が降ったことを知らなかった無門としては

結局ぐっすり眠っていたことになる

転付峠(でんつくとうげ)での霧や

星の見えない昨夜の空とは打って変わって

狭い谷間の空に青空が輝いていた

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朝のベランダにも清清しい空気が満ち溢れている

食事の前に少し散歩したくなった

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白樺並木の空には白い雲が少し残り

お庭の芝生も昨夜の雨の名残をとどめ

シットリと濡れていた

空気はおいしく、滝の音以外は

何も聞こえてはこなかった

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ロッジに戻ると壁にかかった大きな温度計は

摂氏13度を示していた

あらためて山の中に宿泊していたことを実感した

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朝食をとりながらその日の計画を立てる

すぐ、出発して8時間かけて一気に畑薙まで戻るか

ロッジ周辺を散策した後

椹島まで送迎バスで戻りそこから畑薙まで歩くか

相談の結果、後者に決定した

そうと決まれば2人だけでゆっくり食事

ロッジには送迎バスの予約をしてチェックアウトした

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2006年10月 4日 (水)

精霊たちの時間の前に

(二軒小屋ロッジにて)

来る前までは二軒小屋ロッジと言うからには

山小屋のイメージを持っていた

しかし、料金が平日の一泊で11000円

土日休日は13000円と聞いて

正直高いと感じた。

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小屋といっても木造の立派な建物だった

1階は浴室と洗面所になっていて

2回が玄関と食堂になっている

食堂は3階まで吹き抜けで

3階が寝室になっている

部屋は吹き向けを囲むように

コの字型に配置されていた

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部屋の中は左右にベッドが3つずつ計6個

互い違いに配置されているため

そんなには圧迫感を感じない

建物も頑丈に出来ていて

およそ小屋というにはもったいない造りである

何はともあれ疲れをとるため風呂につかる

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総檜造りとまではいかないが一応檜造りの浴槽

きれいな浴槽なので気分が良い

先客は皆、すでに風呂は終わっていたし

ゆっくり足をもみながら湯船につかることにした

先客は待ちきれないかのように食堂ロビーで

談笑している

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まもなく夕食だ

私が食堂に下りていくのと同時に夕食が始まった

私たちは2人だけ、

先客は8人ぐらいのグループだった

そのグループの話では

明朝3時にロッジを出発して

今日私たちが行った転付峠から3000m級の

尾根を10時間ぐらい縦走するらしい

山岳ガイドの人が食事中いろいろ説明していた

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こちらは後はゆっくり眠るだけ、気分も開放的だ

食前酒のビール1本ではもったいない

「赤石ワイン」を注文して二人で飲み始める

料理をつまみに贅沢な夕食だった

私たちが食事を終わるかなり前に

グループは翌朝のお弁当を受け取ると

早々にそれぞれ部屋に戻っていってしまった

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私たちにとっては夜は長い

赤々と燃える暖炉の前に「山小屋ノート」がある

暇に任せて読んでみる

面白くなって、時の経つのも忘れた

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読んでいるうち、ほろ酔い加減の私無門は

いつの間にかペンをとり

なにやらむにゃむにゃ書き始めていた

はたして何を書いたのやら・・・・

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部屋に戻り、残りのワインをちびちびやりながら

小声で語り合った。

まだ21:00前だというのに辺りはしんと静まり、

この谷間の中で目が覚めているのは2人だけ

早く寝ないかな~と、森の精霊たちに

せかされているような気がした

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2006年10月 3日 (火)

峠に霧が流れていた

(転付峠にて)

いよいよ、転付峠に差し掛かろうとする直前に

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通行止めの看板があらわれた。

2時間ちょっとの登りの計画だったが

例によってここまで2時間半かけてゆっくりやってきた

通行止め程度では驚かない

右に折れて迂回路に向かう

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しかし、ここまで登ってきたのに

辺りを霧が包みだした

前方の木々の間に霧が流れる

もう少しだけ晴れててほしい

せめて、峠では雲が切れてくれないだろうか

そう思いながら峠に向かう

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峠には標高2020mの石の柱が

上半分折れたまま静かに立っていた

「山伏」とほぼ同じ高さの峠だ

あたり一面、同じように熊笹が生い茂っていた

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本来ここからは雄大な富士山と

アルプスの山々が見えるはずだった

霧の晴れるのをしばらく待ったが

ますます、霧は深くなるばかり

ころころ変わった天気予報だったが

雨が降らないだけまだ良かったのだと

慰めを言い合って峠を下ることにした

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峠からの下りは山梨県側には4時間だが

二軒小屋ロッジまではわずか1時間です

しかし、多少疲れもあいまって

以前からいためている右足靭帯が

次第に痛み出す

2時間近くかかってゆっくり降りた

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それでも、夕暮れが迫る中

ロッジ周辺の滝の辺りをしばらく散策

今夜は宿泊するため気持ちも楽なもの

目いっぱい歩き旅を楽しんだ

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ようやくロッジへチェックインする頃には

もう、ロッジでは明かりが灯り

先客の皆さんが楽しい団欒のひと時を

すごしている最中だった

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2006年10月 2日 (月)

森の中へのいざない

(二軒小屋から転付峠へ)

しばらく、地域の話題だけだったので

再び先日の二軒小屋の話題に戻ります

二軒小屋に着いて芝生の広場で昼食

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予約はしてあるのでチェックインは後回しにして

まづは「転付峠」へのハイキングに挑戦

ロッジが1700mで峠が2000mだから

高低差300mである

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ロッジ脇に井川山神社と言う小さな祠があり

その前に登山道の入り口があった

ここは、椹島同様登山道の交差点になっていて

道しるべの矢印が四方の山を指していた

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ゆったりとした登り道だけれど時々倒木があり

それも出来るだけそのままにしてあるところは

自然を大切にしていることの現れだろう

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でも、時々急な登り道もある

スニーカーの底が滑りそうになるほどの道を

ゆっくりゆっくり登る

例によってあっちこっち寄り道していくので

疲れは感じないが時間はかかる

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こんな倒木の墓場のような暗い森の中には

あの「もののけ姫」が現れそうな苔むした世界

大きな羊歯が繁茂する斜面は

「ナウシカ」の腐界の世界か

しばし幻想の世界に遊ぶ

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倒木の一つに目をやれば

なんとおかしなことに木の表面がねじれている

このらせん状の模様はいったいなんだろう

この木は生まれながらにして

ねじれながら生長していったんだろうね

私たちの知らない世界がまだまだあるようだ

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2006年9月26日 (火)

サルナシを見つけました

(二軒小屋まで・・・・3)

椹島から二軒小屋までは

ずっとゆるやかな上り坂が続く

アップダウンが無い分歩きやすい

突然森の中が騒がしくなった

どうやら猿たちが騒いでいるらしい

その近くでトラックを止め

木々を見ているおじさんがいる

「何してるの」と聞くと

今年は山葡萄が少ないと言う

サルナシもなかなか見つからないとも言う

歩きながら我々も探すことにした

山葡萄は高いところに少しだけあり

手が届かないので残念

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アケビはいっぱい見つけました

大きいものや小さいものがありました

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かなり色づいているのもあるけれど

ほとんどが、まだ青いものでした

アケビは以前山で見つけて食べたことが

あるので今回は見つけるだけで十分

でも、おじさんが言っていた

サルナシってどんなの

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写真中央上部に緑色の丸い実

梅と同じような大きさでした

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ここは自然公園の中

一切の植物も動物も鉱物さえも

無断で採取はしてはいけないでしょう

でも国立公園は稜線部だけだから

道の脇は大丈夫かな

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かじってみるとちょっとすっぱい

そうだ、これはミニキュウイです

実の中も粒々の種があり

味もキュウイそっくり

どうやら、焼酎付けにして

果実酒にするのが人気らしい

後は、胡桃の実を見つけようとしたが

最後まで見つけることが出来ませんでした

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2006年9月25日 (月)

ちょっと気の早い葉っぱたち

(二軒小屋へ・・・・・2)

予想どおり紅葉にはまだまだ早かった

今回歩いたところは

1000mから2000mの高原地帯

唯一紅葉していたのは

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山桜だけでした

山々はなんとなく夏山とは違って

ほんのりと彩を見せてはいるものの

約1ヶ月早い感じがしました

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それでも近づいて見てみれば

なんとなく雰囲気が伝わってきそうな感じですね

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このモミジは何か勘違いして

少しだけ紅葉しだしていました

ちょっと気が早いのは植物の中にもいますね

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こちらの葉っぱも同じ木の葉が緑なのに

ここだけマッカッカに色づいていました

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カエデもこのプロペラが全て飛び立たち

無事に大地に到着したのを見届けて

ようやく自分たちの本当の美しさを

皆さんに楽しんでいただくのだろう

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2006年9月24日 (日)

椹島の滝見橋からスタート

(二軒小屋まで・・・・・1)

今回は二軒小屋への予約や

バスの時間等の関係上

予定をしっかりしないと全ての行程が

狂ってしまうため

家を出る時間も少し余裕を見て

朝の4時50分とした

畑薙第一ダムへ到着したのは

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・・

予定通り7時30分だった。

天気は快晴、空に浮かぶ雲もいい感じだ

水に映る雲も私たちを歓迎している

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ダム湖の手すりのコンクリートの上に

でっかいカマドウマみたいな虫が

『さあ私も一緒に行こうか』なんて格好で

私たちを迎えた

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今回の旅はブログ名「胡南さん」

最後と言うことで同行してくれました

バスには私たちのほか8名ほどが乗車

山へ行く人と渓流釣りの人たちだ

私たちのように歩くだけの人はいなかった

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椹島で一人を残し他は皆下車した

下車するなり赤石岳登山口に向かうものや

少し下って滝見橋のところへ向かう人たち

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滝見橋の袂では荒川岳に向かう人たちが

入山カードの記入をしてさっさと

登山道に向かって歩いていきました

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それらの山々は

私たちアルキニストには程遠い山々だ

あせらずに

マイペースで我々は行きましょう

滝見橋というだけあって

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橋の 中央から小さな滝が見える

荒川岳への道はその滝の中腹を

横切るように山に中へ

続いているのが見えた

私たちも元気よく二軒小屋へ向かって

歩き出しました

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2006年9月23日 (土)

大井川起点に到着しました

(完結しました)

皆さんご声援ありがとうございました

ようやく大井川も終わることが出来ました

昨日と今日で一泊二日の二軒小屋行き

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台風の接近もなんのその

白樺の並木に導かれ

二軒小屋ロッジに到着

ここがきっと大井川の始まりだと信じ

辺りを探すと・・・ありました

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確かに「大井川 起点」と書いてあります

初夏に始まった大井川歩きの旅も

夏の終わり初秋にいたって完結しました

やはり、感慨深いものがあります

その看板の前に

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滝がありました

ついに大井川本流も滝になってしまいました

大井川の最初で最後の滝です

しかし、これが起点とはにわかに信じがたく

この滝の先を見てみたくなりました

滝の上、その先を遡ること数百メートル

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川は二手に分かれている

上側が西俣の沢、手前側が東俣の沢

つまりここで二つの沢が合流して

一本の川と成り「大井川」がまさに

誕生しているところなのです

「起点」と書かれた看板以上に

この大井川の原点は感激しました

しばし、言葉もなくずっと眺めていました

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2006年9月20日 (水)

小さな世界の仲間たち

(みんな一生懸命だね)

以前カモシカに逢ったときはこれからも

たくさんの生き物たちと逢えると思っていたが

最近はなかなか会えなくなってきた

少し横道にそれなければ無理なのかな

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ミズヒキの花と葉の生い茂る山影に

こんな看板があるところを見ると

どこかでこっそり私を見ているのでしょう

時々リスが横切ったりはしますが

熊さんだけには出会いたくないね

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道の真ん中にウンチが転がっていてハエが飛んでいた

まだ形がしっかりしているところを見ると

何者かが夜陰に乗じて残していったか・・・

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画面中央やや下に飛蝗(ばった)が・・・・

愛用のコンパクトデジカメでは彼らの動きは

到底つかめないのが残念

葉っぱにしがみついています

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この蛾も時々出会います

結構大きな蛾です

葉っぱにしがみついている姿が愛らしく

このときばかりは写真にポーズを

取ってくれているようでした

一昨日北海道でオオスズメバチに襲われた

ニュースがテレビでありました

私も学生時代襲われたことがあります

恐いですね

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これは木の葉の表面に巣を作っている蜂です

何かの間違いで枝に作っているのではと思ったが

良く目をこすって見ても確かに葉っぱの表面です

紅葉の時期までは良いが、

落葉の時期になったら

どうするのでしょうか

ちょっと心配になりました

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2006年9月19日 (火)

カエデのプロペラ

(秋?・・・少しだけ待ってね)

秋の夕日に照る山モミジ・・・カエデやつたは・・・・

まだ季節が早いですね

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まだこんなにもモミジの緑はきれいです

そんなにあわてて秋にならなくても

この中間の季節だって十分楽しみましょう

でも、カエデはもう種子をいっぱいつけています

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これは、多分ミツデカエデだと思います

フジのように房になってぶら下がっているのが

種子のようです

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手にとって見るとプロペラの形をしています

ところがこのカエデの種類はずいぶんとたくさん

あるようで葉っぱの形が違うのに

種子の形はやはりプロペラ形だそうです

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こちらのカエデは種子が房状でなくバラバラに

付いています、チドリノキと言うのだろうか

植物に疎いのでよくわかりません

でも、最近になってそういうことが判りかけて

来たことがとても愉快です

世界中の植物の名前を覚えるわけには

いきませんが面白いな~と思えることだけでも

調べてみると楽しいですね

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2006年9月18日 (月)

夢見る思い・・ススキ

(中秋の名月を夢見て)

南西諸島や西日本に大きな被害を出している

秋の台風もなんとか週末には消えてしまいそうだ

台風が過ぎ去るたびに秋はゆっくり近づいてくる

秋の絵を最も簡単に描くものは

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青空に映えるススキだろうか

それとも満月に浮かぶススキだろうか

今年の中秋の名月・十五夜は10月の6日(金)

子供のころ十五夜には土手から採ってきた

ススキを親父が空にした一升瓶に活けて

手作りの団子をお供えしたものだった

例え生活は貧しくてもそうすることが

当たり前だと思っていたし

そうしないとなんだかおかしかったからだ

今年のその日は八幡宮の宵宮です

次の日の本祭りには出勤で参加できないので

宵宮にはせめて月でも見ながら少しだけ

仲間たちとお酒でも飲もうと思っています

ヒンズー教もイスラム教も仏教も

月の祭りを大切にします

人の生死も月によるとも言われます

西洋思想では狼男に代表されるように

何か不吉なものを連想させるようです

今でも世界の多くの人たちは月を見ると

心が安らぐものだといわれています

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パンパスグラスの派手さは無いけれど

ススキだって燃えるような恋がしたいと

南アルプスに浮かぶ月を見上げながら

今宵は夢見ているかもしれない

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2006年9月17日 (日)

紅白のイタドリの花

(イタドリの花満開です)

アルプスへの街道筋で一番勢力の強い花は

今のところイタドリの花だと思います

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葉っぱも力強いし花も力強い

誰が見ても雑草と言われそうだが

この世の中に雑草と言う草は無い

みんな一生懸命咲いていて

同じ夢を見ています

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白い花の一つ一つは小さいけれど

しっかり空を向いて咲いていました

ところがすぐそばに

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ピンク色したイタドリの花がありました

花をよく見ると、一つ一つが

小さなハート型をしています

白いイタドリの花とどこか違います

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花の全体の姿も上を向いていなくて

下向きに咲いています

でも、ピンク色がとてもきれいでした

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クサボタン同様しばらくは

アルプス街道をにぎわしてくれることでしょう

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2006年9月16日 (土)

クサボタンの花

(可憐な少女のように)

畑薙第一ダムからは標高約1000mなので

それより低いところでは見かけなかった花が

たくさん咲いています

昨日のフジアザミ以上に

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道の脇の手の触れる辺りに切れ目なく咲いている

この薄紫の花の名前は

クサボタンです

不思議なことにダムより下では

ぜんぜん見かけなかったのは

私が気が付かなかっただけなのか

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釣鐘型でとがった蕾が開花すると

先端がくるりと外側にカールして

まるでコーラスでも歌っているように咲く

フジアザミが円熟した女性なら

クサボタンは初々しい少女だ

しばらくはこの花がゆっくり歩く旅人を

慰め続けてくれると思います

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2006年9月15日 (金)

フラワーオブスコットランド・・富士アザミ

(巨大な花)

昨日夕食時にテレビを見ていたら

スコットランドの男達がサッカーテレビ観戦中に

自然と「フラワーオブスコットランド」

歌いだす光景が映し出された

国歌ではないが事実上の国歌になっているそうだ

その花はシルスというアザミの花だそうだ

歩いていると知らない花にずいぶんと会う

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花が咲いてアザミだと判ったが

花が咲く前はどんな植物か判らなかった

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河口付近のアザミではこれほど巨大なものは

見たことが無かったが

1000m付近でごく普通に生えている

名前は富士薊(フジアザミ)と言う

富士山に多く生えているところからそう呼ばれる

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花に手をやると中から虫が出てきた

でっかいでっかいこの花は蜂や他の虫たちの

憩いの場食事の場集会の場

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一つ一つの葉っぱの大きさを見ようと手を差し出すと

葉っぱの縁のトゲトゲが私を諌める

本当にカチカチですごく痛い

葉っぱの大きさとトゲの強さ

アザミの歌がスコットランドで

歌われたるようになったのは

この花のトゲの痛さでイングランドの軍隊が声を出し

その所在を知ることが出来たスコットランド軍が

初めて、イングランドを破ることができたと言う

数百年前の故事によるそうだ

今度スコットランドのサッカーの試合があったら

「フラワーオブスコットランド」アザミの歌を

しっかり聞いてみたいと思っています。

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2006年9月14日 (木)

新秋の盛り合わせ

(彩りの季節へ)

今度大井川を歩くのは

1週間後と決めてあります

それが大井川源流への旅の最後になります

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前回歩いたとき

木々はまだ秋の仕度の始まったばかり

少しだけ試しに色などつけて化粧中でした

鏡台の後ろからこっそり覗いて怒られそう

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でも草花は一足早く秋の気配を漂わせていました

まさに「新秋の盛り合わせ」でした

この中にいくつの秋があるでしょうか

ますます歩くことが楽しくなります

源流への旅が終わったら

次はしばらくはワンポイントで

秋を探しにいこうと思っています

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こんな青空が続いてくれることを願います

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2006年9月 9日 (土)

ブンガワンソロ・大井川

(椹島まで・・・・・・その6)

赤石沢を越えて峠にやってくると

再び大井川に出合った

川沿いに峠を下ると右側に

赤石岳の登山口の鉄の階段

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ちょうど一人高齢の男性が降りてくるところだった

林道を歩いてきた若い私と違って元気が良い

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登山口を降り林道を横切れば

すぐ椹島ロッジ入り口

ここではなぜか「ロッジ」ではなく

すべて「ロッヂ」と言う表現にになっている

車でロッヂまで行けるが

登山道の延長のように近道が斜面についている

私も、ちょっと気分を味わうようにそこを降りる

男性も私の後を降りてきた

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ロッヂ横の木陰てでは大勢の登山客がバスを待っていた

見ると、皆中高年だ

彼らの話を聞いていると

「中高年登山者は無理しちゃいかん!!」と言いつつ

今日は赤石岳の○○小屋を朝の5時に出発したとか

○○さんは私より遅くでたのに早くついたとか

かなり元気が良い。

しっかりした登山靴、大きなザック、立派なストック。

スニーカ、リュック、棒切れの私とは大きな違いだ

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昼食に買ってきたおにぎりを食べ

気圧の変化でパンパンに膨らんだ

菓子パンをほうばる

不思議に普段より食欲は旺盛だ

彼らはの話では

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この後畑薙第二ダムのところにある「赤石温泉」に

入浴してから、家に帰るそうである。

無料で入浴できるため登山客の定番コースなのだ

前の週にようやく寄ってこれた赤石温泉は

今回は時間の都合で私は無理なようだ

午後四時までだとのことで、

前回20分前ぐらいに到着しぎりぎりセーフだった

窓の外には緑が映え

お湯は透き通っていながら硫黄泉のため

肌がぬるぬるして

「美女づくりの湯」の面目躍如だ

最後の一人になって、

浴槽につかりながら

なぜか、「ブンガワンソロ」を歌いたくなった

大井川をソロ川に見立て

マレー語で大声で歌った

最高の気分だった

次回は最後になる

絶対に寄ってこよう

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2006年9月 8日 (金)

赤石沢をに沿って上る

(椹島まで・・・・・その5)

赤石ダム辺りにはいくつも小さな湧き水があり

滝のように流れ落ちていた

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・・

まだ、ペットボトルの水は持ちそうだ

帰りに水を補充する箇所を何ヶ所かチェック

湖尻には赤石沢発電所があった

Photo_226

緑の中に瀟洒な白い建物がとても映えていた

赤石発電所は赤石ダムのかなり下流にあったから

この赤石沢発電所はきっとこの上流に赤石沢ダムが

あるのだろうと予想された。

赤石沢はダムを越えると急に幅を狭めた

Photo_227

・・

やはり、大河と違って沢は沢でしかないのか

やがて沢は左に大きくカーブして

林道から離れていく

その沢の前方には赤石岳が

その勇壮な姿を見せていた

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2006年9月 7日 (木)

静かな静かな赤石ダム

(椹島まで・・・その4)

中の宿の吊橋を通り過ぎ

さらに大井川を登ると赤石渡と言うところで

鳥森山に川は突き当たり本流は右

支流の赤石沢は左に分かれていた

支流にはもう川という名はなくどれも沢である

道はその沢の方に向かっている

しばし、本流とはお別れだ

Photo_215

やがて聖岳を背景に赤石ダムが現れた

鳥の声も蝉の声も聞こえない

静かな静かな山の中

聞こえるものは私の地を踏む足音と

坂道を登る息づかいだけ

またまた景色を独り占めだ

Photo_221

ダム湖へは赤石トンネルを抜ければすぐだ

Photo_222

小さなダム湖だけれど水の色はとてもきれいで

周囲がすべて南アルプスの山に囲まれ

木々の緑をまるで凝縮したように静かに輝く

Photo_223

ダム湖には透き通った

聖沢の水が注ぎ込む

川面に影を落とす新聖沢橋を渡り

美しい湖面を横に見て歩いていくと

Photo_224

以前大吊橋のところで出会った青年が言っていた

聖岳への登山口があった。

彼の話だと椹島ロッジまでは

ここから40分で歩いたそうだ。

私は軽装だから30分で歩いてみよう

12時まではちょうど30分だから

そう思い少し歩みを速めた

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2006年9月 6日 (水)

空中浮遊

(椹島まで・・・・・その3)

前回歩いた、畑薙橋までは左岸のため

朝の日がさえぎられていたが

橋を越して右岸に渡ったとたん

まともに横から

太陽に照らされてしまった

しかも、帽子を持ってくるのを忘れてた。

畑薙橋でようやく水辺に近づいた道も

再び山の斜面をゆるやかに登りだした

Photo_216

前方に予想外の吊橋が現れた

見た所かなりシンプルな橋

Photo_217

中の宿吊橋とある

どうやらこの辺にある吊橋はどこも

登山道の入り口のなっているようだ

この吊橋は「笊(ざる)が岳」(2629)の入り口

とりあえず、往復しましょう

なんとなく板がぶかぶかして頼りない

Photo_218

案の定、途中、板が朽ちている

誰かこの辺で足を踏み抜いたのかな

不安定な上にこの有様では心もとない

Photo_219

それでもゆっくり往復しました

両岸の橋の付け根の辺りは

木々に覆われていて

まるで森林の上を歩いているようだ

Photo_220

森の木々の上に映る

自分の影を見ていると

自分も空中に浮いているような

気分になりました

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2006年9月 5日 (火)

南アルプスへスタート

(椹島まで・・・・・・・その2)

南アルプスなんていっても山に登る

わけではないので少しだけ小声でスタートだ

沼平ゲート手前の駐車場へ車を止める

Photo_211

ここでも数十台の車が駐車できる

結構県外ナンバーも止まっていました

東海フォレストのバスに乗る人は

1キロほど手前のダムのところに

駐車場がありそこがバス乗り場になっていた

Photo_212

前回は気が付かなかったが

こんな看板がでんと構えている

確かにここから一般者は入れないが

それにしても派手すぎる

案内所では

今年7月3日に青薙峠で熊と遭遇

昨年の熊情報としてヤレヤレ峠で

二人が襲われたと書いてありました

7月終わりに山伏(やんぶし)に登ったおり

いつも一人で登ると言う私より高齢のご婦人が

1ヶ月前、熊に出会った話をしてくれました 

目の前の熊に対して木をたたいて知らせたら

熊が去っていったとのこと

話を聞きながら、

想像しただけでめまいがしそうだった

この日ゲートを通過したのは

8時10分前だったので

管理人もいなかったし、

工事の人は自分でゲートを開け

また閉めていってしまった

Photo_213

鉄の門扉の横にコンクリートの土管があり

そこに → で廻り道!!

どれほどの廻り道?

スリムになった私がやっと通れる隙間でした

Photo_214

朝の空気は冷え切っていて

左岸の山の道はまだ眠っているようでした

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2006年9月 4日 (月)

標高1100m椹島ロッジ

(椹島まで・・・・・・・その1)

一ヶ月前まで椹と言う文字が読めませんでした

目指す方向が決まっても

一体なんて読むのだろうと調べました

魚の鰆は知っていたけど

まさか椹(さわら)という木があることも

知りませんでした

今では平気で椹と読むことも出来ます

Photo_208

今日ついにその椹島ロッジまで到着しました

白樺の並木が迎えてくれて

標高が1100mとのことでとても涼しかった

今日一日歩いたところはすべて1000mの

高地ばかりで歩いていても暑さは感じない

むしろ日陰に入ると肌が冷たく感じました

Photo_209

ロッジのレストハウスは木造の洒落た感じ

中にはみやげ物を少しとレストランになっていました

Photo_210

向かい側にある宿泊のためのロッジはこんな感じ

かなりの数(200人)の人が泊まれそうです

本日の歩数50000歩

実歩行時間8時間30分でした

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2006年9月 3日 (日)

工事屋さんご苦労さん

(畑薙橋まで・・・・・その4)

畑薙ダムに落ち込むように

畑薙山の沢が見える

Photo_205

沢と言っても山が崩れているように見える

面白いことに崩れていても岩石ではなく

砂利のような土砂だった

この付近はこのような砂利が

崩れているところが目立っていた

林道はその砂利でない側に出来ていたが

やはり崩落は免れない

Photo_206

吊橋のところからちょうど

山肌の防護工事が始まっていた

まるでロッククライミングをしているように

山肌をロープで降りながらの工事だ

一方では削岩機で岩を均していた

その工事を見上げながら通過した直後

後方10mぐらいで上から

木と岩石が崩れ落ちてきた

驚いて足早にその場を去る

Photo_207

工事箇所のこちら側の

番小屋の前にいたおじさんが

トランシーバーで連絡しながら

向こう側との連絡ミスだったと私に謝罪していた

私も上部を気にしながら歩いていたので

難を逃れた

それにしてもロープ一本での大変な仕事ですね

やはり南アルプスは例え林道でも

侮ることは出来ないと思いました

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2006年9月 2日 (土)

吊橋大好き・・・畑薙大吊橋

(畑薙橋まで・・・・・その3)

未舗装道路を歩き出すとすぐ

山から降りて来た4人の男達に出会った

Photo_201

私が元気よく挨拶すると

男達も少し疲れた声で挨拶を返した

きっと、数日、山中を縦走でもしてきたのでしょう

畑薙大吊橋に着いたのは11:30頃でした

橋の袂に座っていた青年に声をかける

彼は夏の間

「横窪沢小屋」で働いていた

8月が終わったので下山したとの事

Photo_202

聖岳の方は登山客がいっぱいだったが

自分のいた方はお客が少なく、

寂しくて、飽きてしまったと言っていた

迎えの車が来たと言って

立ち上がった彼は

やっと下界に帰れる喜びにあふれていた

畑薙大吊橋は畑薙湖の湖尻近くにあり

満水であれば橋の下はまだ湖上である

今回は意外と水は少なかったので

足元に川原が見えていた

Photo_204

延長181.7mの長い吊橋だったが

板の幅20cmでしかも一枚しかない

以前寸又峡の「猿の吊橋」も恐かったが

あれは、板が隙間だらけの老朽化の恐さ

こちらの方は板が1枚だけの恐さだ

まるで平均台の上を歩いている感じだった

Photo_203

少しのためらいの後 

ゆらゆら揺れる吊橋を渡りだし、無事往復しました

やっぱり、吊橋はたのしいな~。

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2006年9月 1日 (金)

畑薙第一ダム

(畑薙橋まで・・・その2)

木の間隠れに畑薙第一ダムが見えたとき

なんとなく、胸が熱くなったのは

なぜだろう

Photo_198

大井川を歩き始めた当初

畑薙ダムは気持ちの中では遥か彼方であった

せめてそこまでがんばっていこうと夢見ていた

1ヶ月前には目標と言うより

通過点として

眼前に捉えるところまで来ていたのが

いざそこにやってきてみると

やはり感慨深かった

畑薙湖と書かれた、その向こうには

夏の雲をバックに

南アルプスの山並み

真夏とは明らかに違う空気の流れ

もうここまでいいじゃないか

ここで引き返しても十分だよね

しかし、通過点という気持ちの大きさは

軽やかな足取りで先に歩を進めてしまった

Photo_199

ダム湖の畔には「登山相談所」があり、

入山カードを受け付けていた

「吊橋まで行くんだけど、カードはいいね」と聞くと

「いらないよ」と軽くあしらわれた

しばらく行くと

Photo_200

綱を張ったゲートが現れ、

左側にプレハブの小屋がある

中のおじさんに話しかけ、

椹島や二軒小屋の情報を得る

この綱を潜り抜けると舗装道路は終わり

埃立つ未舗装の道になった。

つまり、一般車はここより通行止めなのである

今まで何度も標識に書いてあった

「県道南アルプス公園線」もここまでで

後は東海パルプ管理の道と言うことになる

標高は900メートルを越す高原道路である

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2006年8月31日 (木)

動き出した季節の中に

(畑薙橋まで・・・・・その1)

3週間も経つと、

季節は確実に入れ替わっていた

今日、大井川の旅を再開しました

朝5時に目覚ましをかけて

6時過ぎに家を出発

歩き出したのは8時50分だった

10時15分畑薙第一ダム到着

第四楽章が終わりました

その足で第五楽章(終章)に向かい

歩き出した

12時20分畑薙橋に到着

Photo_194

その橋の向こうに見える南アルプスの峰々

あと2、3回で終わりを告げる旅の行方

Photo_195

今まではダム湖に阻まれ

川原に下りることが困難だったが

やっと流れのそばに

腰を下ろすことができました

赤い立派なこの橋も

一般車の利用は不可

東海フォレストの車か市役所の車

後は中部電力の車ぐらいだ

Photo_197

はるかに見える

南アルプスより流れ下った

冷たい水は

足元を勢いよく流れて行った

本日32700歩6時間半でした

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2006年8月11日 (金)

井川ダム・・・男のロマン

(畑薙第二ダムまで・・・・その7)

久しぶりに静岡で仕事。

帰りに呉服町通りに出てみたら

歩行者天国(ちょっと古い表現)になっていて

道路はワゴンセールのオンパレード

青葉通りもビヤーガーデンになっていた。

その雑踏の中にいて、

ふと水辺が恋しくなりました

わずか、1週間離れていただけなのに・・・・

Photo_139

静岡のスイス?井川の村は安倍川の支流玉川を

遡り、富士見峠を越え、この辺りでやっと

湖上に浮かぶ姿を現す。

Photo_140

そこを少し下ると井川トンネル、わずか34mを抜けると

眼前に巨大なダムが現れる。

黒部ダムには及ばないが、それ以前に一つの

建設のドラマの展開したところである。

Photo_141

佐久間ダムの近くでも仕事をしたことが

ありますが、ダムと言うのは、なんとなく男の

心をくすぐるものがある。

覗き込むと吸い込まれそうになる気持ちは

迷いの中の透明な風のようなもの・・・

Photo_142

でも、ダム湖の壁には煩悩とは別の

気持ちよさそうな女性の湯浴み姿

それを、横目で見ているような、

見ていないような、大仏様のお姿・・・・

男のロマンは・・・・・

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2006年8月10日 (木)

田代第?トンネル

(畑薙第二ダムまで・・・・・その7)

日影の無い道ばかりだとさすがに暑い

そんな時 沢と同じように トンネルがあると

ほっとする。

トンネルの中は20度前後かと思えるほど

寒いときもある。

体の芯は暑いのに表面の肌は

寒気がするほど寒いときもある

Photo_132

田代からはトンネルが続く

500mの第一トンネルから始まり

Photo_135

この旅で最も短い7mの第三トンネル

そして第六トンネルまで

すべて田代トンネルでした

Photo_136

第六トンネルの先には

大網トンネルになったので

田代トンネルもここまでかと思いました

Photo_137

トンネルの手前でトラックに乗ってきたお母さんに

声をかけられました。何でも、電気の点検だそうで

電柱に これから点検に行くようでした。

しばらく、山の話や川の話

雪の日の話などして休憩

Photo_138

大網トンネルを抜けて赤石温泉に到着、その先

畑薙第二ダムまでにもう一つトンネルがある

さてなんという名前かな、あれっ

またまた田代トンネルでした、しかも第7でした

田代トンネルはいくつまであるのかな?

これで終わりかな?

先が楽しみです。

ちなみに大網トンネルは出来てまだ10年足らず

トンネルの脇には草生した旧道がひっそりと

川に沿って森の中に消えていました

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2006年8月 9日 (水)

緑のなかの彩り

(畑薙第二ダムまで・・・その6)

いままで歩いてきた道は、秋になったら

絶対にまた来よう、紅葉の季節に・・・

そう思いながら歩いています

Photo_129

今だって、山には緑だけでなく、いろいろな色が

満ち溢れている

なんといっても、露草の青は自然の中の青では

際立っています。昔から私の好きな青です

たくましい花で、どんなところにも咲いています

青いバラもこの露草を目標にしているといいますが

とてもとても、足元にも及びません。

Photo_130

ミズヒキという花と出会いました

赤くて細~~い、枝に小さな花がいっぱいついています

その名のごとく、まさに 水引き です

そのまま祝儀袋を包んでも使えそうですね

Photo_131

そしてなんといっても、緑の中に木イチゴの赤さは

私を誘います

これまで草イチゴと木イチゴをたくさん食べました

勿論、蛇イチゴも食べましたが

ほんのりした甘さで おいしいとは言えません。

それぞれのイチゴにはそれぞれ固有の名前が

あるそうですが、皆同じように見えました

この木イチゴはもう完熟でちょっと触っただけで

ほろりと実が取れます

甘くて そして すっぱくて

「別れ」の味がしました

・・・・・・

(参考)「ストロベリー」という名前は、ストロー(麦わら)を畑に敷いて育てるベリーなので

    そう呼ぶそうです(今日の静岡新聞夕刊に乗っていました)

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2006年8月 8日 (火)

たくましい葛の花

(畑薙第二ダムまで・・・・その5)

この時期、最も力強い植物は、

葛では無いだろうか。

木々に纏わり、道路にはみ出し、

そして雑草の上にまで覆いかぶさり。

まさにわがもの顔に森を掴み取ろうとしている。

Photo_127

葛と書いて、クズと読むし。カヅラとも読む。

掛川市には確か葛ケ丘と書いてカツラガオカと

読ませるところもあったように記憶している。

三国志の諸葛亮孔明の葛(かつ)でもある

芭蕉の句に

「かけはしや命をからむ蔦(つた)かづら

と言うのがあります

根からは葛餅、葛湯、漢方薬の葛根湯など

そして、芭蕉の句のように、

蔦と併せて吊橋の材料にもなる

たくましい植物だね

Photo_128

その花も、強烈な濃い紫色で

ぐっと空を向いて立ち上がっていました。

先日までは、花が付いていなかったので

さほど気にも留めなかったが

これほどまで繁茂し、花を付けられては

一目置かざるを得なかった。

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2006年8月 7日 (月)

イワタバコの花が満開です

(畑薙第二ダムまで・・・・その4)

歩きながら、私が季節を山の上まで運んでいます

そんな気になりました。

Photo_123

先週まではこの山アジサイはまだ蕾だったが

まん丸な一口饅頭のような蕾だったが

今回は蕾がはじけ始めています

里のアジサイはもうとっくにしぼみだしているのに

ここでは今から初夏の季節の始まりです

Photo_124

イワタバコの花も満開になりました。

紫色の清楚な花

日影を好んで咲くこの花も

みずみずしい苔が無ければ

美しく咲きません

Photo_125

山の斜面を覆うように 

いっぱい咲いている・・

葉っぱの形が タバコの葉の形に似ているばかりに

こんな名前が付けられてしまった

本当はイワ○○と言うように何か清楚な名前を

付けてあげたいような気もします

Photo_126

ふと 足元を見れば

もうススキの穂花が目覚めています

アレッ・・ もう秋がやってきているのかな

1週間も 昼寝をしていると

季節はめまぐるしく 変わってしまうものなのか

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2006年8月 6日 (日)

涼風は私を待っていた

(畑薙第二ダムまで・・・・その2)

この時期、梅雨もあけて一番暑い時期にさしかかっている

歩いていても、体力の消耗と脱水症状に注意しています

世の中のウォーカー数ある中で

私はまだまだ駆け出しの一年生

少しずつ学習しながら前進していきたい

Photo_121

ゆっくり歩いていても、汗は吹き出る

そんな時、

なんといっても沢の音を聞くと

ほっとします。

ましてや、こんな小さな滝でもあれば最高だ

辺りを包む冷気、マイナスイオンを肌で感じ

しばし休憩です。

持っていった、ペットボトルは2本では足りない

そこで、現地調達となる

Photo_122

明神橋手前に湧き水があった

この上には沢は無く、

突然山肌から水が湧き出ていた

先客の方が軽トラックにペットボトルを何本も積んで

水を汲んでいました。

私も、空になったペットボトルにいっぱいにして

飲んでみる

冷たくて、とてもおいしい水だった。

川べりを歩く人への、

自然からの最高の贈り物だね

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2006年8月 5日 (土)

夏真っ盛り・・・井川渓谷

(畑薙第二ダムまで・・・・その2)

井川ダムは7月中旬のブログとは、明らかに違って

満水状態だった。

Photo_117

井川ダム満水

この濁りは付近の山々からの濁流だと思っていた。

ところが、畑薙第二発電所のところから発生していること

がわかった。

Photo_118

田代満水

オートキャンプ場のある田代も普段は湖尻の雰囲気で

川が流れてはいたのだが、写真のごとく

湖の一部と化していた。

Photo_119

畑薙第二発電所

畑薙第二発電所のところで、用水のパイプから出ている

水が白濁していて、上流から流れてきている水は

あの、青々としている、いつもの水だ

Photo_120

井川渓谷

発電所から上流の第二ダムまでの間は

七曲八曲がりで、川は何度も曲がっていた。

そして、本来の美しいエメラルドの色

を輝かせていた。

井川渓谷はまさに夏真っ盛りでした。

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2006年8月 4日 (金)

畑薙第二ダムまで到着

(畑薙第二ダムまで到着)

天気も良し、行ってみよう。

朝4時に目覚ましはかけたけど、眠い、結局起床は4時半

ぐずぐずしながら朝食、新聞を読み、天気を再確認、良し

家を出たのは5時45分になっていた

夕方、またまた地区の用事があるので

早めに、家に帰り着かなければならないし

しかも、出発点の田代(小河内)まで車で

2時間以上かかるんだから、

さあ急げ!!

Photo_113

3時間弱歩いて、畑薙第二ダムに到着

水を満々とたたえてはいたが、白濁していた

最近の雨の影響がまだ残っているのか

Photo_114

ダム湖の写真を撮ろうと思ったが

ダムの近くは立ち入り禁止になっている

草刈の作業の人に聞いたのだが、やはりだめだった

したがって、写真は離れたところしか撮影できなかった。

Photo_115

ダムのすぐ下に赤石温泉がある。

数台の車が止まっていて

夫婦連れのお客さんがちょうど出てきたところだった

ここから、ダムが見えるかと思ったが、木々に阻まれて

見えなかった。残念!

Photo_116

この赤石温泉(赤石岳:3120mから名前を取ってある)は

白樺荘と言うだけあって、

建物への道には白樺が植えられていて

高原の雰囲気をかもし出していた。

本日35000歩7時間半

南アルプスにかなり接近してきました。

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2006年7月28日 (金)

川根温泉までつながりました

(その6・・・川口発電所から川根温泉まで)

梅雨明け宣言は無いものの、どうやら雨は降らなくなったようだね。山も街も朝方は霧に包まれる日々が多い。空も晴れたかと思うと、うす曇になったりする。それでも、セミたちは天地が割れんばかりに騒ぎ出しましています。

Photo_90 (6月3日)川口発電所からは立て続けにトンネルが3つある。河口から来て最初のであった、トンネルだった。まだ車もたくさん走っていて、上流のトンネルとは違って、少し恐かった。ただ新しいトンネルだったので内部は明るく綺麗であったのが救いだった。

Dscf5170 この日の目標はおなじみの「川根温泉」だった。温泉には何度か来ているので、今回は川原に降りて、昼食にした。川原に下りながら、露天風呂のほうを見ると、岩の上で涼んでいるおじさんたちが見えた。さすが女性のほうの露天風呂から覗いている人は見えなかった。

Photo_91 川原では川のせせらぎを聞きながら、おにぎりをほうばり、向こう岸に渡れないかと調べたが、どうやら無理にようだ。この鉄橋も人が歩けない。となると、もっと先まで行くか、家山まで戻らなければならない。この時間は、残念ながらSLが走っていなかったので、写真に収めることができなかった。

Photo_92 結局、駿遠橋まで戻り対岸の家山の町へ向かうことにした。大井川の向こうは遠州と言うイメージで、橋の名前の駿河との境を表す駿遠はかつては懐かしい名前なのだ。今は金谷は島田市に合併されてどちらかと言うと国境のイメージもなくなってしまった。

Photo_93 大井川鉄道の家山駅は映画やテレビでは何度も撮影の舞台になったところだ。SLと駅舎はノスタルジーを感じさせる。桜の季節は多くのカメラマンが押し寄せ、撮影ポイントには事欠かないところだ。この日は駅前を素通りして野守の池に向かった。

Photo_94 野守の池は大昔には大井川が大きく蛇行していて、その湾曲した部分が池として残ったらしい。静かで落ち着いた池ではへらぶな釣だろうか、多くの釣り人がのんびりと糸をたらしていた。ツガイのコブハクチョウがゆったり泳ぎ、柳がかすかに揺れていたのが印象的でした。

Photo_95 池のほとりには夢窓国師開山のお堂がありました。お堂の右後ろには小さな石塔が並んでいた。ひっそりと、あくまでもひっそりと、その石塔こそは野守太夫のお墓なのだ。この池の名前の由来になった野守太夫と夢窓国師の悲恋物語のヒロインなのである。19000歩

今週、6回シリーズでお送りした、河口から川根温泉までは今日を持ちまして終わりました。6月中旬から始めたブログの最初の1ページにようやくつながりまして、私としてもやっとすっきりした気持ちのなりました。

これから、再び上流目指して、歩きます。すぐ終わってしまいそうなので、できるだけ寄り道していきたいと思っています。コメント等、応援お願いします。

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2006年7月27日 (木)

とんびがくるりと輪を描きながら

(その5・・・大井川橋から川口発電所まで)

Photo_85 (5月28日)国一の大井川橋からマラソンコースをそのまま歩き、バイパスの新大井川橋の下をくぐりぬけ、川原の砂利の上を歩いてこの第二東名の橋のところまでやってきた。この橋は上下線とも、出来上がっている。今まであちこちでであった第二東名の工事ではまだまだ片車線分しかできていないところが多かった。さすが高速道路、しかも天下の大井川、橋桁は力強かった。

Photo_86 川原で食事を取った後、上流にある橋を目指した。車で何度も大井川を上り下りしたが、前方に見える橋の存在は今まで死角になっていて知らなかった。そばまで行って、それが建設中の水道橋であることが判明。左側が新、右側が旧水道橋だ。上流から取り水して山の中をパイプラインで下り、神座の村でこの橋により対岸の金谷、そして牧の原方面に水を送っているとのこと。

Photo_87 この日の目標はこの川口発電所だった。この付近は山の休暇村やキャンプ、バーベキューなどのレクレーションの場所があり、山間部に入ってきた雰囲気があふれている。支流の伊久美川との合流点になっているが、発電用の水はやはり、パイプラインで運ばれてきたものだった。この支流にかかる橋もその向こうのトンネルも発電所のものであり、渡ることができなかったのは残念だった。

Photo_88 川口発電所の辺りには対岸に渡る橋がない。同じ道を戻り、先ほどの水道橋を渡って金谷に向かう。平行に建設中の新水道橋が完成したらぜひ歩いてみたいと思った。土手沿いに歩き、弟の家に寄りしばし休憩、そこからバイパスの新大井川橋を渡った。バイパスに歩道があることは、以前、新富士川橋を渡って知っていた。車で走るときは歩道の存在など目にも入らないらないものだが・・。

Photo_89 のどかな大井川の土手を歩いていると、鳶が悠々と舞い、私のすぐそばまでやってきたりする。写真には小さく写ってしまうが、青空を見上げながら、鳶と共に水辺を歩くなんて、まさに至福のひと時であった。37500歩7時間。

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2006年7月26日 (水)

牧の原茶園の中を

(その4・・・蓬莱橋から大井川橋へ)

060523_1 (5月23日)再び蓬莱橋袂の車を止め、100円払って蓬莱橋を渡る。今度は渡りきったところから、牧の原茶園の脇を回って、金谷に向かった。一番茶の摘み取が終わった後で、綺麗に刈られた茶畑を脇に見て、歩く。この時は金谷が遠くに感じた。

Photo_81 それと言うのも、水をどこかで買えばいいぐらいに思い用意していかなかった。自動販売機までたどり着いたのは2時間後のこのSLの車庫辺りだった。このときの反省を踏まえ、出発前に水の確保を必ずするようになった。

Photo_82 JRの鉄橋脇に出たが、そこは渡れず、大きく迂回して旧国一の大井川橋に向かう。この橋は昭和3年に架設されて、当時としては最大級の工事だったそうである。今では、国一バイパスに主役を譲ったが、現役バリバリでがんばっている。橋げたをじっくり観察させてもらった。

Photo_83 橋を渡れば、蓬莱橋までは1時間足らずだ。途中島田市博物館をじっくり見て回った。皆川松園他のすばらしい日本画を貸しきり状態でゆっくり鑑賞。高島田に代表される、島田髷の発祥地の誇りか、髷については詳しい展示がありました。

Photo_84 博物館の脇からは、おなじみの宿場町が始まっている。軒の低いこの家々がそれぞれ昔の生活の展示館になっている。いつでも来ることができる気安さから、今回は街道の端にある、博物館分館まで行き、常設の「海野光弘版画展」を見て戻ることにした。

ところが、あとわずか30分で蓬莱橋までたどりつくというところで、突然の雨。マラソンコースを走る人も、ずぶぬれ、私も合羽を取り出して、ひたすら雨の中を車まで戻った。この日27000歩5時間だった。

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2006年7月25日 (火)

七福神の待つ蓬莱橋

(その3・・・富士見橋から蓬莱橋へ)

060522_4 (5月22日)とは言うものの、この時は駐車場の関係で上流の蓬莱橋から、下流の富士見橋に向かって歩いた。橋の渡り賃は往復100円。勿論ぐるっと一周するコースなので橋は一回しか通過しないけど。橋守りのおじさんと少し話してから、100円払って歩き始めた。

060522_5 毎度おなじみ、ギネス認定の木道橋。この蓬莱橋を渡りきると、七福神が道沿いにお出迎えしてくれる。いつもは、島田大橋を折り返すのだが、この時はそこを通り過ぎ、矢口橋も横目で見てひたすら下流に向かい歩いた。

060522_6 富士見橋に至るまでの間に、もう一つの大きな橋の工事に出会う。数年後に完成するであろう静岡空港に向かう橋なのか、それともいつも大渋滞の富士見橋のバイパスのためだけか。とにかく大きな橋げたは、新しい夢に向かう架け橋になってほしいものだ。

060522_7 富士見橋を渡りきって、この赤く見えるマラソンコースの脇で昼食。そういえば今年の箱根マラソンの優勝校の亜細亜大学の合宿したのも、このコースだそうだ。市民ランナーが黙々と走っているこのコースを、私はるんるんで、蓬莱橋まで歩いて戻った。この日4時間半24600歩だった。

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2006年7月24日 (月)

旅の始まりは

(その2・・・太平橋から富士見橋まで)

Photo_77 大井川河口から太平橋までは1キロぐらいで、この太平橋から次の富士見橋まではわずかに2キロほどです。川を渡ってぐるりと一回りすると、7キロほどである。実はこの距離を歩いたのは今年の1月半ばでした。しかも、歩き始めは大井川のショッピングエリアから富士見橋を通り、吉田のホームセンタ「カインズホーム」を折り返し海側に道を転じて太平橋を渡り戻ってくるという、初めての長丁場だった。3時間半で24000歩だったところを見ると20キロぐらいだったと思われる。

Photo_78 吉田側では住吉神社に参拝した。ここではなぜかデジカメが突然、写らなくなってしまった。なんとなく不気味になってしまったが、20枚ほど空写ししたら、再び写るようになった。何かよほど写りたくないものが、辺りに、漂っていたのかもしれない。

Photo_79 このころはまだ大井川を上ることなどぜんぜん考えていなかった。歩きながら、景色を撮ったり、神社の狛犬などを撮っていた。いずれこのころの写真も整理してみたいと思っている。大井川町側にもかなり伝統のある神社などもあり、楽しみだった。面白かったのは、八幡宮と言う名の神社は鳥居には「○○八幡宮」と言う名前ではなくただ「八幡宮」とだけ書いてあるものが多いのに気が付きました。

Photo_80 大井川に架かるはじめての国道の橋。国道150号線の富士見橋は冬は正面に富士山が見えて、気分壮大な気持ちでした。それまでは、志太の平野をぐるぐる回ってばかりいた私の歩きも、実は、この橋を渡ったことにより、封印が切られたように、ウォーキングの「旅」が始まってしまったわけである。

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2006年7月23日 (日)

少し時を戻して・・。

(河口から太平橋まで)

各地で被害を出している、この雨は、夏休みシーズンの出だしを崩しまくっている。ご多分に漏れず、私、無門も足止めを食らっています。ブログをはじめてまだ1ヶ月ちょっとですが、ここで少し時間を戻し、大井川河口をからブログ開始時の川根温泉までの道程を、今週は振り返ってみたいと思います。6回シリーズでお送りします。

060510_1  この堤防に描かれている絵の前に車を止めたのは5月15日でした。ここは大井川港と大井川河口との空間を埋めている防波堤で向こう側は駿河湾です。防波堤の内側は野鳥の自然観察園になっていました。

060510_2 大井川に架かる橋の中で最も河口に近い橋、太平橋です。私の記憶では昔は木の橋で車が交互通行で渡れた橋だったと思います。今は近代的の橋になり、いずれは国道150線バイパスと連結すると思われます。

0605102001 橋を渡り河口に向かって歩くと吉田町側には「2001年しずおか緑・花・祭」国内の花博が開かれた会場があり、現在は吉田公園となっている。この中では広場や、花壇、パビリオンの一部が残されていました。

060510_4 ここが吉田側から見た河口です。初夏の海で投網を投げている人がいました。それをこちら側の防波堤に座りのんびり眺めている人たち。私もその一員となりしばし休憩しました。今回のこの旅の原点がこの初夏の河口でした

060510_3 河口から、吉田港まで歩きました。地図で見るよりも案外遠く感じたのはなぜだろう。途中の松林の中で犬笛を吹いている人と会いました。「首輪をはずしたら犬が戻ってこなくなってしまった」と言って途方にくれていました。それほど広い林と雑草の生い茂る海岸で、私の目にも犬の所在はまったくわかりませんでした。

この道を往復して、この先の長い道中をどんな風に歩いて行こうかと具体的には、そのときは何も考えてはいませんでした。

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2006年7月20日 (木)

優しいお顔のお地蔵さん

(小河内まで・・・・その5)

Photo_70 南アルプスあぷとラインは千頭から井川まで1時間40分。ガタゴト、ガタゴト日本一のミニ列車が走ってる。終点の井川駅は井川ダムのところにある。ところが、井川の村(井川本村)は普通の人が歩くには少々遠いところにあった。遠くから見ると湖に浮いているような村だった。

Photo_71 村まではダムから遊覧船(連絡船)が出ていました。時間の都合で乗ることはやめましたが、いつか乗りたいと思います。ダムの船着場には数人の人が待っていました。この船はなんと無料です。一日4往復してますので、この湖水のたっぷりある時期と紅葉の時期にも乗ってみたいと思います。

Photo_72 このあたり、歩いているとこんな街道筋の懐かしい家並みにも出会います。ゆっくり、スケッチでもしてみたい気分ですね。今回のこの旅が終わったら、もう一度秋にワンポイントでやって来たい景色を今から、いろいろチェックしているところです。

Photo_73 南アルプスの尻尾、山伏(やんぶし)へ向かう道沿いに道しるべがありました。山伏峠まで十七キロと書いてあります。左側に庚申塔、右側にはお地蔵さんか。とても優しいお顔をしていて、つい両手を合わせて、自分の旅の無事を祈ってしまいました。

都合で、明日はブログの書き込みは、一日だけお休みします。

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2006年7月19日 (水)

井川ダムは満水でした

(小河内まで・・・その4)

Photo_66 井川ダムへは遊びに行ったり、仕事で行ったり何回か行ってはいたが、いつも渇水期だった。こんな満水状態を見たのは初めてだった。遠くから見えた時は、まるで天空の湖のように空に浮かんで見えました。

Photo_67 その満水の湖の中央にかかる橋。どこから見ても、誰が見ても吊橋なのだが、地図にも橋にも吊橋とは書いてない。この橋は「井川大橋」である。橋はゆらゆら揺れているが、橋の上の木道の上を乗用車が通り抜けて行きました。吊橋ではないと主張しているようだが、絶対に吊橋です。

Photo_68 湖が尽きるところにも吊橋があった。この橋も渡らなければと思い、回り込んでみたら、なんと歩く部分が壊れていた。橋に続く道も無く、打ち捨てられた吊橋だった。今回、本流に架かる橋の内、初めて渡る事ができない橋に出会った。そばに小河内大橋(こごうちおおはし)ができて廃橋になったのだろう。

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2006年7月18日 (火)

食い逃げ注意!!

(小河内まで・・・その3)

この時期、植物だけでなく動物たちも元気だ。

Photo_63 以前紹介した、モリアオガエルの卵らしき泡のかたまりはどうやら小さすぎる。今回見つけた泡の塊は、本物のモリアオガエルの卵のようだ。3つほど塊があったようで、原型をとどめていたのは一つだけ。後は、もうおたまじゃくしは巣立ったのかもしれない。

Photo_64 もうすぐ始まる安倍川花火大会のポスターの横に、目つきの悪い猿の顔と食い逃げ注意のポスター。今回は歩いていて猿には出会わなかったが、車の前をサッと横切って崖の上から私の通りすぎるのを見送っていた。椎茸のホダ木やトウモロコシ畑は彼らのために、周りを柵で囲われていた。私の歩いている姿も彼らに監視されているかもしれない

Photo_65 通り過ぎて、ふと今通り過ぎたのはプードルではないな、そう思って飼い主に聞いてみた。シーズーだった。我が家のどら息子もシーズーだから気になった。真っ黒けだから。見事に黒い。私が呼ぶと、喜んでやってきた。これほどの黒シーズーを見たことも無かったので、うれしくなってしまった。井川湖の湖畔の村でのことです。

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2006年7月17日 (月)

タケニグサて言うのか。

(小河内まで・・・その2)

Photo_59 昨日,UPした百合の花。名前はなんだろうと調べたら、「やまゆり」だそうである。あまりに単純で拍子抜け。でも、この名前を独り占めできるだけに、その大きさと、気品は今の山中では圧倒的だ。私の手も大きいほうだが、その手をはみ出して余りある。

Photo_60 山の斜面、日陰になったところでは、小さなイワタバコの花の蕾が、花開く準備を始めていました。小さな花ですが、これも大きな緑の葉っぱにコントラストを与えてくれるでしょう。来週にはその花の姿を私に見せてくれるはずです。

Photo_61 一ヶ月ほど前から、気になってしょうがない草がありました。今日ようやく「タケニグサ(竹似草)」と判明しました。普通の山野草図鑑には載っていないところを見ると、人気の無い草だろう。多分、人に聞いただけで即答できる人は少ないはずだ。なぜ、気になったかというと、その大きさです。2m50はゆうにあり、3m近いものもある。今の季節タチアオイやヒマワリも大きいけれど、ポピュラーな草である。それに比べ、私の知らないこの草は、あまりにも大きく存在感を現しているからにはさぞや名のあるお方では、と思ったのに、ほとんど無名な草だった。面白いことに、来年同じところには、絶対に芽を出さないそうです。なぜなぜ??。

今回の大井川源流への旅の最終目的地を「二軒小屋ロッジ」に定めました。大井川と名のつく場所の起点がそこだからです。それより先は多くの沢集まってきていることになっている。しかも、私は山岳登山の経験は富士山しかなく、今のところ沢への挑戦は無理だと思うからです。まだまだ先は長いし、今やっと第4楽章が始まったばかり。一応8月いっぱいを目標にがんばってみようと思っている。

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2006年7月16日 (日)

落し文・・誰に宛てたのかな?

(小河内まで・・・その1)

Photo_56 井川ダムの井川湖を北上、ダム湖の終わるところ、これから、井川峡谷の始まりというところに、この小河内大橋がある。今日はここまで歩きました。この橋を渡ると、山伏(やんぶし:2014)への登り口になる。いよいよ持って、山岳地帯への入り口が近づいて来たのが判る。

Photo_57 昨日のビールが身体に残っていたせいか、少しだけ調子が悪かった。しかも、行きで、行き止まりの道に迷い込んで、もと来た道に戻ったりして、時間のロスが多かった。でも、いつもこんなロスをしたときに限って、思わぬお土産を自然は与えてくれる。この手の平に乗っているのは「落し文」です。ずーと昔、何かの書物で知ってはいたが、本物を見るのは初めてだった。

道に迷ったところに、何気なく転がっていたのだが、はじめのうちは周りにこれしかなかったので、何かの間違いだと思ってた。ところが、そのうち、歩くたびごとに、いくつも転がっているのを見て「落し文」であることに確信した。どれもこれも、同じように葉が巻かれている。それもきちんとした巻き方だ。実際は虫が卵を葉に産み付けて、それを包み揺り籠兼幼虫の栄養として、若い葉を巻いたものなのだが。

触ってみても、ゆすってみても、音はしなかったが、その巻き方の几帳面さに、感心した。昔の人たちも、俳句などに歌い、いろいろ楽しいイメージを膨らませていました。こんな出会いができるのも、歩き続けているおかげと思い、ますますのめりこんで行く自分を実感している。

Photo_58 前回まで、まだ蕾だった、野の百合が今日は咲き出していた。この花の大きさに、関心。それと、清楚な美しさにも脱帽。園芸種の持つ派手さとは違った、美しさと気品を感じた。あるものは、あまりに道路にはみ出しすぎて、蕾をもぎとられたものもあったが、がけの斜面に咲いて私を見下ろしていたりして、やっと来た自分たちの出番を楽しんでいるように思えた。

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2006年7月14日 (金)

猿が前方を横断していた。

(井川大仏まで・・・・その2)

盂蘭盆会、今日はお盆のお墓参り。おばあちゃんを真ん中に、みんなでお墓参り、孫ひ孫集まり、わいわいがやがや楽しかったね。お寿司や葡萄、スイカを食べて、夏のひと時をすごしました。

Photo_38 さて、無門の旅も井川まで達しました。世界平和を祈る井川大仏をお参りして、戦争の無い、世界が早く来ることをお祈りしてまいりました。いよいよ、静岡市に入りました。帰りに、井川の富士見峠経由で車を走らせたら、突然の霧。前方がまったく見えない状態の中、ゆっくり車を走らせて、帰ってきました。

Photo_39 今回は川根路ともお別れになるため、今まで通り過ぎたところをチェック。まずは鉄の吊橋。長島ダムのところで、通行止めになっているところを、警備のおじさんと交渉して、車を見ていてもらい、道に入らせてもらった。吊橋は「あぷと市代駅」のところにありました。アプトを登るための駆動車を連結する作業に遭遇。乗客も降りて、その様子をカメラに収めていました。 

Photo_40 鉄の吊橋は大井川ダムの奥泉発電所へ通じる車も通れる橋でした。今まで鉄の吊橋に遭遇して無かったので、珍しく感じたが、考えてみれば瀬戸大橋も吊橋には違いないのでそのミニチュア版と考えれば不思議ではないのだが・・・。でも、山の中の吊橋のイメージとしては、やっぱりおかしく感じました。ダムや山の緑の中にあってはその濃茶色の吊橋は落ち着いた美しさがありました。

Photo_41 その後、「南アルプス接岨大吊橋」を渡ってみました。向こう岸まで歩いたが、ぜんぜん揺れない。橋の中央辺りで思いっきり橋を揺さぶってみたがびくとも動かなかった。こちらも、コンクリートの柱と鉄骨でできてはいるが、車の通行は禁止。しかも対岸では左右に道が分かれていたが、左は通行止め、右も道が続いているかどうかも判らない。この立派過ぎる吊橋はいったい何のための吊橋なんだろうと不思議に思った。

Photo_42 接岨峡温泉会館に車を止め、今回の川根路最後の歩きを開始した。今回もいろいろな生き物と遭遇しました。谷のほうで猿の声らしきものが聞こえたので覗いてみたが、姿は見えない。ふと道の前方を見てみると、山の上から降りて来た猿が2匹、私の顔をゆっくり見ながら、先ほど声が聞こえていた谷のほうへ向かって歩いていきました。

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2006年7月10日 (月)

井川大仏まで

(井川大仏まで・・・その1)

井川大仏まで到達しました。現在ブログのレスポンスが悪いため、とりあえず報告まで。

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2006年7月 9日 (日)

雷雨

(接岨峡まで・・・その4)

Photo_36 さあ今日も元気よく歩きましょう。ペットボトル、デジカメ、ビデオ、携帯、よし。雨も降っていない・・・。さあ出発だ。コンビニへ寄っておにぎりを買って、外に出た。わずか2分程度の間に、外は雨。山の方は、真っ黒な雲が覆っている。そのまま家に帰ってきた。

Photo_37 今日は、今まで通り越してしまった「南アルプス接岨大吊橋」 (上)と「鉄の吊橋」 (横)をカバーしつつ、接岨峡から井川ダムまで歩く予定だった。家に帰ってきたら、なんと雨が強くなり、雷まで鳴り出した。沖縄方面には、台風があるから、こちらも刺激されたのかな。明日に期待して、今日はおとなしくしていよう。

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2006年7月 8日 (土)

破れ傘・・面白植物群

(接岨峡まで・・・その3)

Photo_31 4月の終わりごろ、まだ下流を歩いていたころ、この変な草に出会った。調べてみたら、「まむし草」というそうで、マムシが鎌首を持ち上げて威嚇している姿に似ているとのこと。そんなに恐そうには見えなかったが、そんな風に誰かが名前を付けってしまったからしょうがない。

Photo_32 ところが、この梅雨時には写真の右側にあるように、鎌首は無くなり中から青い実をつけた丸い頭が現れている。秋にはこの粒粒の実は赤くなるそうだ。中央と左側にあるのが、私の大好きな「破れ傘」です。林の下草のような感じですが、いつも山でこの葉っぱと出会うと、なぜか懐かしい気持ちになる。理由は不明です。

Photo_33  ダム湖のそばで出会った「紫式部」の花。実がなると濃い紫色の粒がいっぱい付いてわかりやすいが、花で見たのは今回が初めて。写真では色がしっかり出ていないけど、淡い紫の花でしとやかな中にも清楚な気品を感じました。光源氏が見つめれば、絵になるのかもしれないが、私ではちょっとかわいそう。

Photo_34 てっきり「半夏生」だと思い込んでいました。ところどころに白い葉っぱが見える。木の下からだと全部緑なので、判らないけど、上からか、横からだと白い葉が判別できる。7月の上旬のことを「半夏生」と言い、そのころ葉の表面が白で裏が緑の葉が生え「半化粧」とも言う、と知っていたけど、てっきりこれがそうだと喜んだ、ところが調べてみると。「半夏生」とはどくだみ科の草だそうで、下の方に生えるものだそうだ。この写真は猫が喜ぶ「マタタビ」の木とのこと。残念でした、でも緑の山の中の彩りになっていて、結構愉快な葉っぱだった。

Photo_35 結構笑えたのはこの葉っぱだった。葉の表面に「ハ」と書いてある。通り過ぎてしまえばなんでもなかったのだが、ふと気が付いてしまったら、笑いの神様が私に降りてしまった。「ハ」・・は・・葉・・確かに君は葉だよね。それほど自己主張しなくても君は「ハ」であることはみんな認めているよ。そう思ったら、とても可愛い葉っぱに思えてきた。

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2006年7月 7日 (金)

ダムと高原の駅

(接岨峡まで・・・・その2)

Photo_25 大井川での本格的なダムとしては最も下流のあり、最も新しい「長島ダム」です。ダムの手前には小さな橋が架かっています。これも本流の橋とみなすと、今まであった橋ではもっとも短い橋ということになります。

Photo_26 通り過ぎるわけにも行かず、したまで降りて渡ってきました。中央が垂れ下がっていますが、吊橋といえるかどうか迷いました。「しぶき橋」という名前でした。橋を渡って公園を大きく迂回してダムの上に出て旅を急ごうと思っていたらちょうどダム湖の中で大きな音がしました。

Photo_27

噴水のショーが始まりました。観客は私一人だけです。はじめは高々と水が吹き上がるだけでしたのでそのまま行こうとすると、今度は横に広がったり、花の形になったり、します。改めて周りを見てもやはり私一人。去りがたく、私一人のための、10分ほどのショーを見続けてしまいました。

Photo_28 ダム湖には、以前生活道路だったはずの道が湖の中に消えていく景色がありました。この湖の底には、昔は村があり、人々が住んでいたのでしょう。

Photo_29 SLの大井川鉄道駅は郷愁を感じさせる古びた駅舎を演出していたけど、この「南アルプスあぷとライン」鉄道はトロッコ電車の割にはモダンな駅が多い。この「長島ダム駅」もちろん無人だが、オシャレな駅でした。以前は谷の下のほうにあったのが、ダム建設により山の上に移動したものです。

Photo_30 そのため、急な坂を列車が上ることになり、日本で唯一つの「アプト式鉄道」にしたそうです。スイスなどの山の多い地方では、この歯車で登る鉄道はあるのですが、ここではこの写真の坂道だけがアプト式だそうです。さすがにここを通るときだけはガタゴト、ガタゴト大きな音を周囲の山々に響かせていました

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2006年7月 6日 (木)

ところてん

(番外編・寸又峡まで3)

Photo_22 峡谷の景色は雄大で、とても私のデジカメではその雰囲気を出すことができない。谷は深く、湖はその緑青色の深い色をますます増して、神秘的な雰囲気をかもし出している。原生のまま残されている森は秋の紅葉の時期を知らぬげに、満緑の風を私に浴びせかける。

この森の奥にはもののけ姫がじっと私を見つめているのではないだろうか。それとも、キッコロとモリゾウが静かにお話でもしているのだろうか。

Photo_23

ここまで来る間、鹿を見つけた。残念ながらすばしっこく逃げていったため、お尻しか拝見できなかったし、カメラにも収められなかった。道路工事をしていた脇の道に鹿らしきシャレコウベが置かれていたのは、愛嬌か。大井川港からここまで来る間、一番見かけた動物は、蛇です。いろいろな種類がいて、できるだけ写真には収めましたが、嫌いな人がいるので,UPすることはひかえますし、感想も書かないことにします。

Photo_24 バスを待つ間、茶店で食べたところてん。風の良く通るテーブルで、冷たい麦茶をお変わりしながら、その歯ごたえのある感触を味わった。茶店の親父たちは、8月の観光シーズンが終わったら、自分たちで南アルプスへ行く話しを楽しそうに話していた。私のウォーキングのスケールをはるかに超えた話に、私もいつかはそんな体力を持てるようになりたいなと感じました。

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2006年7月 5日 (水)

南アルプス入り口

(番外編・寸又(すまた)峡まで2)

Photo_20 寸又峡まで来ると、いたる所に南アルプスの文字が目に付く。ここはもう南アルプスの端っこであり入り口でもある。目前には朝日岳(1827)前黒法師岳(1943)の山頂が見えていた。その後ろにはすぐ大無間岳(2329)不動岳(2171)の2千メートル以上の山々が続々とひかえている。立て看板を見ると山を示している矢印はやはり、山の頂を指し斜め上向きになっていた。

Photo_21 散策していて、それぞれの登山道入り口に差し掛かる、このまま登っていけそうな気もしたが、入り口には登山の申請書を入れるポストがあるところを見ると、ハイキング気分ではとても行けそうも無いのだろう。その横には「熊出没注意」の看板もある。カモシカぐらいなら、何とか話せば理解してもらえそうだが、熊となると勝負にはなりそうもない。これから次第にアルプスに分け入っていくことになるので、カウベルでも着けて熊に逃げてもらうしかないかなと思った。

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2006年7月 4日 (火)

番外編・寸又峡まで

寸又峡まで行ってきました。

Photo_12 寸又峡は寸又川であって大井川の本流ではないが、どうもこのまま通り過ぎるのも気になっていた。そこで、今回に限り、支流への挑戦ということで、奥泉から寸又峡を目指した。

Photo_13 ところが、昨日通過した泉大橋の手前で左に折れ、山道に差し掛かって、30分ほどしたところで、なんとなく体調がおかしい、そのまま、中断して帰ろうかと思ったら、木陰で少し休みほんの数分歩いただけで、体調すこぶる快調になる。「うさぎ辻」の峠でまだ寸又峡まで6.5kもある、しかもずっと下りだ。

Photo_14 ここを降りると同じ距離だけ帰りは上らなければならないと思うと少し気が弱くなってきた。しばらく考えて、今回は本流ではないから、帰りはバスで帰ろうと決めたとたん、再び元気が出て、すいすい歩き、あっという間に到着した。2時間半だった。とりあえず昼食がてら、歩き回り結局、飛龍橋、夢の吊橋、のコースをを回って戻ったら、5分前にバスが出たばかり、次は1時間15分待ち。

Photo_15 そこで「猿並吊橋」まで行ってみた。猿が並んで朝日岳より寸又峡の村に来るというところから名づけられただけあって、近くに猿がいた。カメラを向けたとたん何処かへ消えてしまった。声だけは辺りの山に響いてはいるのだが、姿は見つけることはできなかった。本日は24900歩。

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2006年7月 3日 (月)

野生のカモシカにあいました

(接阻峡まで・・・・その1)

Photo_10 今日のサプライズは、なんと言っても野生のカモシカに出くわしたことです。奥泉から長島ダムまで歩き、そこで1時間ほどあっちこっち見てから、接阻峡温泉まで順調に歩けた。途中、「南アルプス接阻大吊橋」という、かっこいい綺麗な吊橋があったが、帰り道に廻した。ところが昼食後、対岸の左岸を歩いていこうとして、おばさんに例によって道を聞いたら、この道で間違いないといわれ、歩き出したが、その吊橋には到達できなかった。それどころか、旧道にはがけ崩れの箇所もあり、行きで25分ぐらいだったところを、3時間半ほどかかってしまった。しかしそのおかげでカモシカに出会った。

Photo_11 旧道から、奥大井湖上駅(長島ダム湖の中にある駅)への道を歩いていた。道は草生した尾根の道だった。突然繁みの中から女性の悲鳴のような短い声が聞こえたかと思うと、私の目の前をすごいスピードで黒い影が走り去った。15メートル先でこちらを見ている黒い影。うわさには聞いたことのある、カモシカだった。おちついたところでよく見ると角があるからオスだろう。こちらをじっと見たままだ、写真を撮るが、ちょっと遠すぎる。リュックからビデオを取り出し、ビデオ回しつつ、ズームで写真を撮ったが、ピンボケだったところを見ると、かなり手が揺れていたのかもしれない。5分以上お見合いをして、彼がゆっくり谷のほうに下っていくのを見送りながら、駅に向かった。後で考えるとお互い前に行きたかったが、相手が邪魔立ち止まってしまった、ことになり、彼が気を利かせて道を譲ってくれたのだろうとおもった。

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2006年7月 2日 (日)

清涼なる山影

(奥泉まで・・・・・その4)

今日はブログの書き込みのサイトまで到達するのに時間がかかった。サイトに故障でも発生しているのか、輻輳しているのかと思われる。

Photo_7 山の中でも歩いていると暑い。涼しい風が吹いてくるとほっとします。川の中で遊んでいる子供たちは気分は夏休みなのでしょう。水にもぐって魚などを取っていました。

Photo_8 川沿いの遊歩道の休憩所には釣忍(つりしのぶ)の風鈴ががぶら下がっていました。風があまり無かったのに、なぜかその辺りだけ、風があり風鈴が良い音色を響かせている。釣忍が風を呼ぶのか、風鈴が風を呼ぶのか、不思議なものですね。

Photo_9 小便小僧も少しは涼しさに貢献しようと、その休憩所の脇でがんばっていた。ここまでなんとブログを書くのに2時間もかかってしまった。今日はここで中断。・・・7月3日記録再開。さすがに今日は調子良く書けるところをみると、やはり昨夜はサイトに問題があったのだろう。・・・千頭より上流ではいたるところに、谷川が本流に注ぎ込んでいる。その付近に来ると、冷気が身体を包み、しばし立ち止まり、身体いっぱいに清涼なる風に身をゆだねています。

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2006年7月 1日 (土)

野イチゴたち

(奥泉まで・・・・その3)

060523 5月の終わり頃、まだ平地を歩いているとき、島田の初倉辺りで野いちごを見つけて食べました。野いちごというよりも草イチゴというほうが正しいのかな。真っ赤に熟れて、とても甘かった。地を這っている葉の中からたくさんの実をつけていた。ほとんど完熟状態だった。

060627_5 今回のように、山ではほとんどこの草イチゴは見つからなかったが、木いちごはいたるところにあった。草イチゴに比べて、色は少し朱色がかっていた。まだ青く熟れていないものも着いているところを見ると、旬はこれからかもしれない。それでも、熟したものを食べてみると、甘味は草イチゴより少し薄いような気がした。ちょっと背伸びをすれば手に届くところにあるため、食べながら歩くにはちょうど良かった。

060627_6 山の中で一番赤く目立つのは、蛇イチゴでした。本当にまっかっかで、つい手が出そうでしたが、子供のときから、これは毒だからと教えられたせいか、食べる気にはならなかった。実際はおいしくはないそうだが、食べられるそうです。今度いったら、ちょっとだけ食べてみようと思っています。

6月も終わりです。今年も折り返し点に来ましたが、ブログの旅はまだ始まったばかりです。ここでこの「大井川源流への旅」の途中までの総括をして見たいと思います。

第一楽章「平地の巻」

     大井川港~太平橋

(大井川港(左岸)-太平橋-河口(右岸)-吉田港-吉田公園-太平橋-大井川港)

     太平橋~富士見橋

(グランリバー大井川-富士見橋―吉田カインズホーム-吉田住吉神社―太平橋―グランリバー大井川)

     富士見橋~蓬莱橋

(蓬莱橋(ギネス認定木造の橋)左岸-右岸に渡り富士見橋まで下る-富士見橋(左岸)-マラソンコースを上る-蓬莱橋)

     蓬莱橋~大井川橋

(蓬莱橋(左岸)-右岸に渡り牧の原茶畑-湯日―金谷-大井川橋(国道1号線)-島田博物館-蓬莱橋)

     大井川橋~川口発電所

(大井川橋(左岸)-左岸を上る―川口発電所―神座の水道橋を渡り右岸へ―金谷牛尾―新大井川橋(国1バイパス)を渡り左岸へ-大井川橋)

第二楽章「川根路の巻」

①川口発電所~川根温泉

(川口発電所-左岸を上る(トンネル3つ)-家山―川根温泉-駿遠橋(右岸へ)家山―野守の池―駿遠橋―川口発電所

②川根

温泉~地名

(ブログ開始)

  (川根温泉―笹間ダム―地名―発電所跡―昭和橋を渡りきり戻る-地名駅(短いトンネル)-笹間ダム-川根温泉)

③地名~川根大仏

(地名-塩郷駅―下泉―下泉橋を渡り右岸へ-上長尾-中徳橋を渡り左岸へ-田野口駅-津島神社五本杉-中徳橋-川根大仏―下泉橋-下泉-塩郷ダム―ダム橋を渡り右岸へ―塩郷吊橋を渡り-塩郷駅-地名)

④川根大仏~千頭

  (川根大仏-フォーレ中川根茶茗館―淙徳橋を渡り左岸へ-駿河徳山駅-万世橋を渡り右岸へ―崎平―柳崎大橋を渡り左岸へ-田代-せんだい橋(歩行者専用)を渡り右岸へ―千頭駅―音戯の-郷-川根大橋を渡り左岸へ―左岸を下り青部へ―青崎橋を渡り右岸へ―大井川発電所―青部の吊橋を渡り再び左岸へ―駿河徳山駅―田野口駅-中徳橋を渡り左岸に戻る-川根大仏)

以上計9回で千頭まで到達しました。

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2006年6月29日 (木)

吊橋づくし

(奥泉まで・・・・その2)

今回の大井川源流への旅では、目標としていることの一つに「本流に架かるすべての橋を渡る」というのがあります。勿論、東名高速道と鉄道専門の鉄橋だけは不可能です。それ以外の、人間が渡れる橋はすべてわたる、ということは吊橋もすべてわたるということです。

060627_4吊橋に関して言えば、以前紹介した、最下流にあった「塩郷吊橋(220m)」から始まり、今回青部の大井川発電所脇にある「青部の吊橋(100m)」も通りました。この橋は歩いていて偶然見つけたため、かなり遠回りしながらも何とかわたりきることができました。

Photo_3 次は千頭の両国橋の脇に架かっていた「両国吊橋(145m)」。ここは吊橋の幅は狭いものの両手すりの幅いっぱいに板が張られていて、いかにも観光客様専用といった趣がありました。千頭から先はSLは走ることができなくて、狭いレールの南アルプスあぷとラインというトロッコ電車(電車ではなくディーゼル車)が走り、ちょうど吊橋の下をとことこ走っていくことになります。

Photo_4 次は「小山吊橋(84m)」ここは観光案内にも載っていないようだが、橋の袂にスタンプ台が置いてあり、れっきとしたハイキングコースに入っているようだった。この橋を渡って、感を頼りに下流に向かって歩いていて、何の気なしに野良仕事のおばちゃんに声をかけて道を聞いたら「この先は、行き止まりだよ」と教えられたところだ。もし声をかけていなかったら悲惨なことになっていたかも知れなかった。橋のそばにあった10数本の赤松がいい雰囲気を出していた。

Photo_5 今回の最上流の吊橋は「遊湯吊橋(推定80m)」この橋の名前も、地域の立て看板を見てわかっただけで、橋の名前も長さを書いた銘盤も何もなかった。しかも、8の字の蛇行した川筋をたどらなければこの橋の存在すら気が付かないところだった。この吊橋の近くには国体のカヌーの会場や温泉、コテージ、キャンプ場などいろいろそろっていた。

Photo_6 おまけに、これは本流に架かっている吊橋ではないのだが千頭の小長井川に架かっていた小さな吊橋「小長井吊橋(35m)」この下で水遊びをしている少年たちを見ていると私もその清流の中に飛び込みたい衝動に駆られました。道路の壁のコンクリート面からビニールホースが下がっていて「千頭の名水」とありました。ペットボトルに入れて飲んでみたが冷たくて、まろやかでとてもおいしく感じました。

と、まあこんな具合だが、千頭の「音戯の郷」で貰ってきたパンフレットを見ていたら、なんと青部の吊橋のすぐ下流にもう一つ吊橋があることが判明。ぜんぜん気が付かなかった。「ハタマ吊橋(103m)」だそうだ。宿題が一つ残ってしまった。いつの日か渡らなければと思っている。大体、もっていった地図は20万分の一を2倍に拡大したものだけで、ほとんど感だけで歩いているのだから、危ないものだ。今回貰ったパンフレットもリュックに入れていこうと思っている。

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2006年6月28日 (水)

奥泉まで

(第三楽章のはじまり・・・)

久しぶりに2日連続で歩くことができました。梅雨時はなかなかタイミングが合わなくて忸怩たる思いだったが、やっと思いっきり歩けました。いよいよ井川渓谷への挑戦。35年ほど前、トロッコ電車に乗って寸又峡に行った以来でした。

Photo 先週と違って、川の水は綺麗になり、緑色に透きとおり、水際の岩にツツジが赤い花を咲かせていました。奥泉の駅を目指して歩いたが、道が良かったので思ったより早く着いてしまい、このままだと長島ダムまで軽く行けそうだったが、自重してそこから戻ってきた。

Photo_1 奥泉の駅では駅のホームを眺めていたら、まるでタイムスリップしたかのように、思い出してきました。なぜなら,あの35年前と駅のホームの景色がまったく同じだったからです。これほど変わらないのも、逆に不思議な気がしました。

Photo_2 昔ここからバスに乗り、寸又峡まで行きました。そのバス停は写真のように、モニュメントなどがあり、ぜんぜん雰囲気が変わっていました。大昔の竪穴式住居にみえるのは、何だと思いますか。私もはじめはなんだかわからなかったが、よく見ると、それはトイレでした。

帰りは例によって、遠回りして帰る。行きで、わずか20分で通過したところを、8の字に大きく蛇行した川の筋に沿って歩いたら、なんと2時間以上もかかってしまった。ゆっくり、1時間半かけていった道を、帰りは4時間もかけて帰ってきたわけである。それでも、昨日休館日だった千頭の「音戯の郷」へ寄って、1時間ほど遊んできました。

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2006年6月27日 (火)

千頭まで

(第二楽章川根路・・・・が完結しました)

060627_1  今回の歩き旅をシンフォニーにたとえて、①平野部②川根路③渓谷部④井川ダム⑤南アルプスと分けている。その川根路が今日の千頭駅到着により完結したわけである。まだまだ、道中は長いので、ゆっくり行きたいと思います。

060627_2 大井川鉄道終点の千頭駅ではSLがお出迎えだが、今日は近くまで行かなかったので写真がちょっと遠かった。駅の近くにある「音戯の郷」へは以前から一度来て見たかったところだ。ところが、運悪く休館日だった。となりのお土産やで弁当を食べさせてもらい売店のおばちゃんと15分ぐらい世間話をしてしまった。

060627_3 今日は思いがけず、晴天になった。行きは国道を歩いたので、日陰が無く暑かったが、帰りは県道を歩いたので、アップダウンが多かったが、木陰が多く涼しくて爽快だった。41500歩8時間だった。

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2006年6月26日 (月)

山百合のつぼみ

(川根大仏まで・・・・その5)

060621_13 この梅雨の時期は、植物の生命力を強く感じます。家々のお庭などを覗いて見ると、綺麗な百合の花が咲いています。目の覚めるような鮮やかな色の数々。園芸種の百合のなんと鮮やかなことだろう。いつの間に、こんなきれいな花を人間は造り上げてしまったのだろうか。

060621_14 ふと傍らの、山陰に目をやると、山百合の花のつぼみはまだ目覚めていなかった。山肌から身を乗り出して、「私だって、もうすぐ咲くのよ」といっているようでした。園芸種の百合に比べてそれほど鮮やかには咲けないのかも知れないが、次の私の歩く日を待ち望んでいるようなそのつぼみに、エールを送ってしまいました。

060621_15 田野口駅の駅舎の中にも人はいませんでした。中をのぞくと、だるまストーブ、手回し式電話機、木の机、待合室の椅子も木でできていました。そこには、遠い昔から時間が止まっていて、誰かを待っているような、あの「ぽっぽや(鉄道員)」の映画のシーンのような、不思議な時空が存在していました。

060621_16 戻りかけた、道すがら「津島神社の五本杉」という看板が目に付き、せっかくなので今来た道をまた戻りその五本杉を目指しました。駅から旧道に差し掛かり、急な坂道でしたがそこを上りきると神社らしきものが見えてきました。境内には大きな杉がいっぱいありましたが、大きな五本の杉を探したがどれが該当するかわからなかった。近くにいたおじさんに尋ねると神社の裏に、「先が5本に分かれた杉がある」と教えられ、行ってみると根元から途中までは太い大きな杉で途中からはそれぞれ独立した杉の木がありました。写真では雰囲気が出ませんでしたが、実物はかなりの迫力がありました。

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2006年6月24日 (土)

川沿いの線路

(川根大仏まで・・・その4)

道を歩いていると、必ずしも線路と並んで歩いているばかりでもない。離れたり近寄ったりしていて、電車が横を通り過ぎる時は稀であった。あるときは対岸を走っていたり、木立の向こうだったり、道よりずーっと下の方だったりする。

060621_9 この田野口駅付近はずいぶんと川の近くを走っていた。橋の上から見た景色は片側は草に覆われた土手だったが、もう一方はコンクリートに固められていて、まさに絶壁だった。電車からの景色は絶景だろうが、傍から見ている方が恐くなるような景色であった。ちょうど電車でも通ってくれれば絵になるのだが、そうは都合よくは行かない。

060621_11  歩くことの楽しみは、車などで通り過ぎるだけでは気が付かないような景色に出会うことです。あまり、考えることをしないで歩き出すのだが、景色のほうからこちらに話しかけてきて、立ち止まると、風も草も水も山もいっせいにしゃべりだす。あまり相手ばかりしていると、先へすすめないので、それらを振り切ってまた歩き出すのです。

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2006年6月23日 (金)

塩郷駅はどこにある?

(川根大仏まで・・・その3)

地名から塩郷まではわずか、30分で到着した。例によって駅舎を探してみたが、どこにも見つからなかった。県道の右側は山だったがわずかばかりの花壇と1.5mにも満たない木の柱があるだけだ。その柱に「塩郷駅」と書いてあるだけで、建物は見つからない。

060621_6 県道の左側ガードレールの向こうは駅のホームになっていた。ホームの端のほうに雨よけの待合所らしきプレハブ小屋があるだけだった。勿論、ホームの向こうは単線の線路、そして大井川だった。無人どころか、駅舎も無い駅だった。

060621_7 塩郷駅を通り過ぎると、大吊橋に出会う。河口から歩いてきた人間が最初に出会う本流に架かる吊橋である。したがって、大井川本流ではもっとも長い吊橋ということになる。右側山の斜面から、民家を越え、県道を越え、線路を越え、川を越えて対岸まで、なんと220mの大吊橋であった。風も無いのにゆらゆら揺れて、橋の中央付近では、身体全体が宙に浮いているような爽快感があった。

060621_8 吊橋からは正面に塩郷ダムが見えた。これまた大井川本流の最下流にあるダムである。ダムといっても、水をせき止めているのは下の数メートルだけである。付近で花壇の整備をしているおじさんに聞いたところ、下流にある川口発電所に送る水をここで取っているのだという。以前はすべてせき止めていたので、川が砂漠になっていたとのこと。現在は毎秒五トンだけは、川に還元しているので、川がよみがえってきたと言っていました。

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2006年6月22日 (木)

夏草や・・・・・

(川根大仏まで・・・その2)

今日も早起きしてがんばろうと思ったが、天気予報では雨になるとのこと。山の天気は早めに雨になると思い、今日は歩くことを断念した。 案の定、昼から雨でした。大仏までの続編です

060621_4山肌はほとんどが木々に覆われているが、時々夏草の広場に出会うとはっとした景色に驚きます。ビバルディの「四季・春」と共にボッティチェリの「春」の絵画の中に現れる百花繚乱。今はもう夏なのだが、まさにその景色を思わせるこの花畑だった。誰が植えたというものではなく、自然の花々だったと思います。この写真の10倍ほど横に広がった数種類の花々の饗宴でした。

060621_5 道路際にねじ花を見つけました。以前友人と山に行き、野生蘭を採りにいったことがあります。えびね、ウチョウラン、セッコク、麦蘭、他にもいっぱい日本には野生蘭がありました。その中でもこのねじ花(文字摺草)は特に私は好きでした。最近国道の中央分離帯に生えていたりして結構見ますけど、そのころは下町育ちの私には珍しい花でした。螺子のように螺旋形に花が付き、しかもそのちいさな花の一つ一つが、カトレヤやシンピジュームと同じく蘭の花の構造をしています。群生していたので、例により見つめてしまいました。

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2006年6月21日 (水)

川根大仏まで

朝家を7時過ぎに出発、8時半に地名の郵便局の隣にある地域の集会所の大駐車場に到着。早速歩き出した。

060621_1 地名駅を横目に、塩郷駅、下泉駅、田野口駅と歩く。今日の目的地に決めていたのは、田野口にある川根大仏であった。そこには11時ごろについてしまったので、田野口駅まで足を伸ばしたわけである。それぞれの駅舎に立ち寄っては写真を撮ってきました。順次UPしていきます。久しぶりの天気で、日焼けには気をつけてはいたのだが、暑くなってきては腕まくりするより無く、やはり焼けてしまいました。梅雨の晴れ間は気をつけなくてはと実感。

060621_2 大仏もよかったけれど、「わらじ観音」のほうが気に入りました。「お願いを一つだけすると、わらじを履いて今日はあなたの跡を家までついていきます。」とのこと。わらじ観音は別名で本当は「幸福観音」だそうです。思わず、お賽銭を上げてお願いしてしまいました。帰りの足取りが軽かったのは、背中を押されているせいかなと思いました。

060621 歩行時間は7時間半、34400歩でした。最近はこのぐらいの歩行は平気になりました。半年前の自分とはずいぶん変わってきていることが分かります。

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2006年6月20日 (火)

大井川鉄道の駅舎

060615_4 大井川鉄道にある駅は郷愁を感じさせる駅ばかりです。木造の板張りの壁で、かつて数々の映画のロケなども行われていましたね。できるだけ写真は撮りたいと思います。

060615_5 1時間に1本だけの電車の運行で、SLは土日だけのようです。駅舎の中をのぞいてみたら、電車を待つ間読むのでしょう、漫画の本や雑誌がおいてありました。普段の生活のすぐ隣に、こんな世界がまだ残っているなんて、・・・。大切にしたい日本の風景ですね。

さあ明日はその風景の中をまた歩き出します。

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2006年6月19日 (月)

雨に咲く花

(地名まで・・・・その4)

060615_3 文字通り、今の季節アジサイは雨の中で生き生きと咲いていますね。雨の日は「アジサイ」、晴れている日は「紫陽花」なんて私は使い分けています。先日の鮎幟を遠景に、このアジサイもメロンパンのようにおいしそうに咲いていました。

今日はこれから出勤なので、早めに日記を書いておくことにします。大井川中流域の地図のコピーを、壁のコルクボードにでかでかと貼り付けて、眺めています。歩くことがこんなにも胸をときめかすことなんだと、今は実感しています。

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2006年6月18日 (日)

ホタルブクロ

(地名まで・・・その3)

どうやら、天気も回復傾向だ。今度歩けるのは21日、22日になる。今まで十分に歩けずにちょっとフラストレーションがたまり気味なので期待している。

060615_2 雨の山道を、次の予定のコースの下見のために車ををはしらせているときだった。かなり細い道だったし雨で見通しも悪かったが、目の隅に白く光るものが目に入った。車を止めバックしてその場所まで戻ると、そこにはホタルブクロの花が咲いていた。どうやら他の車は当分通りそうも無かったので道の真ん中に車を止め、近寄ってみた。

雨に打たれながら、なんともいえない雰囲気をかもし出していた。むしろその辺りだけ輝いているような気がした。車を降り、自分も一緒に雨に打たれながらしばらく無言で語りかけていた。

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2006年6月17日 (土)

鮎幟が・・・。

(地名まで・・・その2)

060615_1 歩き始めた、川根温泉の建物の敷地内、駅に近いほうに、宿泊棟が建っていた。行きでは気が付かなかったけれど、ひとまわりして帰ってきて、その宿泊棟のほうへ行ってみたら、鯉幟ならぬ,鮎幟がひらひら下がっていた。

そういえば、もうすぐ大井川も鮎つりの解禁である。釣り人への歓迎の意味であろう。風が無いので少し寂しいが、まさに吊り上げられた鮎の態を示していました。

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2006年6月16日 (金)

予想外に今日は晴れた!

今日は天気が悪いと思い込んでいたので他の用事をいっぱい入れておいた。ところが朝方少し天気が悪い程度で、昼過ぎにはなんと太陽が出てきた。昨日は合羽着て歩いたというのに、今日はこの天気で歩かなかったことがちょっと悔しかった。

060615 明日も明後日も仕事なので歩くわけには行かない。前回の「地名まで」の続編をしぱらく書いていきます。笹間ダムの近くの道路際にモリアオガエルの卵らしきものを発見。そっと触ってみるとシャンプーの泡のようだった。さすがにこの季節、ダム湖の周りは湿気が豊富で、道路際の壁は苔が青々として綺麗でした。(写真の中の中央にある白いものです。)

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2006年6月15日 (木)

地名まで

地名(じな)まで歩きました

0606_3 雨が降ってきたけど負けずに歩きました。川根温泉から片道3.5k。地名から昭和橋を渡って対岸まで歩く。昭和橋の両岸にはコンクリート作りの塔がある。昔の送電線を張っていた跡かなと思った。

なぜなら、橋の近くに昭和6年ドイツ人設計士の手によるレンガ造りの発電所の建物があったからだ。中に入ってみると、何もない廃墟だった。

0606_4 近くの看板に「日本一短いトンネル」の看板があったので、地名駅を訪ねてみると、駅のそばにトンネルがあった。駅に人はいないので勝手にホームへ入り込むとその看板には「日本一短いトンネル?」と疑問符があり、どうも自信はなさそうだ。

0606_6 トンネルのそばに行くと、周りは茶畑、何でここにトンネル?やっぱり笑えてきた。

それでも20~30メートルはあるように思えた。

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2006年6月14日 (水)

明日の天気は?

明日は正午から雨が降るそうだ

10日ぶりに再び歩き始めます

明日は川根温泉からのスタートになります

さてどの辺まで歩いていけることやら。

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