2006年12月17日 (日)

さらば安倍川の旅

(安倍峠より・・・・・・・③)

大滝一号橋のたもとにある

「よしとみ旅館」のところまで戻ると

Photo_660

夕暮れと言うよりもすでに宵闇が迫っていた

車のところに戻るには

まだ1時間半以上歩くことにようやく気が付いた

思った通り時間がかかりすぎたが

それでもしばらくは安倍川の旅ともお別れ

Photo_661

山影には十三夜の月が

雲の間から顔を出しました

川を歩くようになってから

月が出るまで歩いたことは無い

辺りには暗闇とともに冷気も押し寄せる

それらもまた愛しい日々の思い出だ

こんなに楽しんだ一年も珍しいだろう

さて新しい年に向かって

いったい私は何をしようとしているのだろう

Photo_662

時折後ろから走ってくる車のライトを頼りに

赤水の滝まで戻ってきました

勿論、駐車場には私の車だけが止まっている

車にたどり着いてリュックを背中から下ろすと

「ごくろうさま」と私に

車がねぎらいの言葉をかけてくれたような気がした

もう一度空を見上げると

すっかり葉を落としたモミジの木の間から

雲を払って月が煌煌と輝いていました

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2006年12月16日 (土)

夕暮れの安倍の大滝へ

(安倍峠より・・・・・・・②)

湯元屋のおかげで指の出血が止まったら

気分がよくなってきて

この分なら大滝へ寄っていけそうだと

Photo_651

吊橋を眺めながら意欲が出てきた

山の夕暮れの早さを分かっているつもりだが

どうしても寄っていきたくなった

吊橋へ降りていく

Photo_652

吊橋の袂に「大滝一号橋」とある

今まで安倍川にかかっていた吊橋では

ほとんど名前が書いてない

これだけしっかり書いてあるのだから

次に現れるのは二号橋かなと思った

Photo_653

大滝まではわずか1.2キロだから

20分もあれば到着できるかもしれない

でも往復だと40分だから

ちょっと日暮れが気になるななどと思いつつ

Photo_654

歩き出したが疲れている体には意外ときつい

100m置きぐらいに案内板が出ていたが

思ったより足が進まない

やはり無理かな、戻ろうかとも思った

Photo_655

山の斜面に作った桟道のような橋が

何度も現れる

わずか1.2キロの道なのに

何と長く感じることか

Photo_656

辺りの空気が冷えてきた

左手だけが相変わらず熱を帯びている

やがて丸木橋のような道になる

これで何度目の橋だろう

たった1.2キロが何でこんなに長いのか

それでもあと少しと思えば

戻る気にもなれなかった

Photo_657

あと100mと言うところで道は梯子段のように

急な木道になった

滝の音はもうすぐそこに聞こえてきている

手すりにつかまりながら一歩一歩登る

Photo_658

やがて轟音とともに滝の上部が現れる

さすがに大滝と言われるだけあって豪快だ

ただただ流れ落ちる水は

誰に媚びることも無くあるがままに

誰一人たずねるものが無くても

自分自身を全うするがごとく

ただ流れ落ちていた

Photo_659

滝壺には無造作に転がった大岩が

流れを阻むように構え

冷気は私の全身を包みだしていた

体の芯は熱いのに表面は鳥肌が立ちそうだ

滝を見る目的は果たした

さあ戻ろう

再び「大滝一号橋」に戻ったときには

太陽はもうどこにもなかった

滝までの往復は結局1時間かかってしまった

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2006年12月15日 (金)

アクシデント

(安倍峠より・・・・・・・①)

峠よりの沢をどうにか下ってきて

ようやくもとの自動車道に出た

Photo_647

ほっとしたと同時に今回は思いのほか

時間がかかってしまっているのに気が付いた

梅ヶ島まで降りたら大滝へ寄って行きたいと

思っていたので道を急ぐことにした

以前靭帯を痛めてから下り道は

十分気をつけるようにしているが

体調は十分だし食事もしたし

Photo_648

勢いよく歩き出したのがいけなかった

この小沢橋の付け根のわずか1センチぐらいの

段差に足のつま先が引っかかり5,6メートル先まで

体が吹っ飛んだ

幸いガードレールがあったのでがけ下までは

いかなかったがしたたか体を打った

気が付いたら体は横倒し持っていた木の杖も

リュックのペットボトルも帽子も吹っ飛んだ

首から提げているカメラも地に音を立てた

そのまま横になっていたい気分だが

思い直して起きようとすると手も腕も足も痛い

一度地面に座りゆっくり起き上がると

両手に血がにじんでいた

一年の総決算の歩きに気の緩みがあったのか

そう思うと少し反省した

服もズボンもカメラも何もかもに血がついてしまった

救急セットは持っていない

リュックをやっと開けティッシュを取り出し

血をぬぐうも指先の血は止まらない

来たときの時間を考えると

下まではまだ相当時間がかかりそうだ

車が着たら乗せてもらおうと思ったが

なかなか通りかからない

両手を肩の辺りまで上げて歩き出す

疲れて手を下げると道路に血が落ちる

そのまま上げたままで一気に降りる決心をした

途中谷川の水で手を洗おうと思ったが

また血があふれるのも面倒だ

空気に触れて固まるのを待とう

慎重に且つわき目も降らずに降りて

1時間半で温泉街までたどり着く

Photo_649

峠への道の三叉路にある店には

早い山の夕べのために明かりが点いている

店に入り「バンドエイドは売ってませんか」とたずねる

私の手を見た店の人は驚き

「それよりまず手を洗わなければ」といって

水道の場所まで案内してくれた

熱を帯びていた手に水の冷たさが

ひしひしと伝わり悲鳴を上げそうだ

手を洗ったあと奥さんが消毒をしてくれて

バンドエイドもいただいた

手の平は派手に血がにじんでいたが

出血は止まっている左右の指先だけは

少しだけ血がにじんできていた

ご主人は運転が大変だろうと手袋を

差し出してくれたが

傷に張り付くのがイヤだったので遠慮した

Photo_650

お店にはお客さんがいて結構忙しそうだったが

私のためにいろいろ親切にお世話していただいて

本当に感謝しています。

あれから10日以上がたって傷口はほぼ完治

左腕の関節と左手首に若干違和感がある程度で

何とか大事に至らなくて良かった

来年に向けて少し反省点がまた見つかった

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2006年12月14日 (木)

霜柱の道を行く

(安倍峠まで・・・・・・・⑨)

男性と話、車が数台止まっていたところが

実は自動車道の一番高いところだった

安倍峠は二瘤ラクダの背中の瘤の間のように

両側が山に囲まれた峠だった

Photo_640

したがって休憩駐車場からは少し下ることになった

山の斜面の自動車道を山梨県側に下ったところに

Photo_641

安倍峠入り口の看板がある

つまり峠へ行くには自動車道から下ると言う

なんとも変な感じだった

まあとにもかくにも到着だ

2時間の予定が3時間半もかかってしまった

Photo_642

峠への急な下りの山道を数歩いくと

道の脇に10センチほどの霜柱があった

こんな大きな霜柱を見るのは初めてだ

そういえば今まで歩いてきた自動車道は

12月11日から冬季は通行止めとのこと

平地に住む我々では計り知れない

季節がこの1500mの峠では始まっていた

昼食後、自動車道ではなく

あの「熊出没」の看板があった旧歩道を

歩いて帰ることにした

峠であった人が「歩くには良い道」と言っていた

ことが頭をよぎったからだ

Photo_643

旧道は他の尾根にあるように熊笹の道だった

新緑の頃には気持ちのよいハイキング道

そんな感じだった

木々はすっかり葉を落とし動物の姿も見えない

不気味なほど静かな山道

Photo_644

道と思って歩いているところに音がする

道の下は全て霜柱の道だった

先ほど斜面で見たあの大きな霜柱が

道いっぱいに広がっていた

ここは道というよりも水源の霜柱の上を

歩いているわけだ

Photo_645

霜柱の道を踏んでいくと

やがて水面が現れたが厚い氷に閉ざされていた

それでもその上を歩いていくと

ようやく水が動き出していた

まさに水源の雰囲気そのままだ

「歩く道」と教えられて歩きだした道だが

道が時々途切れてしまう

Photo_646

右側を歩いたかと思うと

今度は左側に道がある

そのたびに川の中の飛び石を飛んで対岸へ

道が無くてほとんど岩の斜面を渡ったり

冷たい水の中には絶対に落ちないぞと

緊張しながら歩きました

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2006年12月13日 (水)

いよいよ安倍峠へ

(安倍峠まで・・・・・・⑧)

もうぼちぼち峠に到着してもいいだろう

そんな気持ちになってきたころ

Photo_635

登山道が現れた

梅ヶ島より登ってくる登山道と

八紘嶺へ向かう登山道が

自動車道とここで接していました

自動車道よりこの道のほうが

距離は短そうだがこの時期の山中は遠慮する

もう峠に近い感じだ

Photo_636

看板にも安倍峠と書いてある

お腹がすいてきたがお昼は峠で食べよう

そう思って先に進む

Photo_637

小沢橋(こざわばし)と言う小さな橋に差し掛かる

橋と言えるかどうか

小さな窪みにかかっているだけの橋だった

帰りにこの橋で事件が・・・・・

そこをすぎてすぐのところに

Photo_638

安倍峠旧歩道入り口が現れた

傍らには「熊出没!」の看板

とても、この道に入っていく勇気が無い

でも それにしても峠はまだかな

そのまま自動車道を進む

かなり急な道だった

その道を登りきったところに休憩所があり

数台の車が止まっていた

そこで出会った人に聞いたところ

安倍峠はもう少し行ったところだとのこと

12時をすでに回っている

まだ登らなければいけないのかと思うと

少しだけ疲れがやってきた

Photo_639

振り返ると山また山の遥か彼方に

わずかに静岡の海らしきものが光っていた

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2006年12月12日 (火)

氷の花

(安倍峠まで・・・・・⑦)

大滝へ下る道はついに分からなかった

恋ヶ滝を過ぎてすぐ下ってくる人に出会う

Photo_630

朝登り安峠まで行ってきたと言う地元の人

木製の杖一本で軽快に降りてきた

峠はまだまだ先だから「がんばって」と言われた

この時点で峠までの道の長さを痛感した

道は大きく迂回して滝の上まで出る

Photo_631

山陰の落ち葉のなかに真っ白い花が咲いている

珍しいなと思って近づき触ってみると冷たい

氷の花だった

辺りを見回すと氷の花がいくつも咲いている

花の無いこの季節自然は粋な計らいをするものだ

安倍川は発電用のダムが無い代わり

砂防ダムがいくつもある

Photo_632

ここまで来る間の本流でも数箇所あった

今登っているのは支流だがここにも砂防ダムはある

支流と言えどもかなり大きなダムでした

長野県でも砂防ダムで話題になったが

砂防ダムが砂利でいっぱいになった場合

効果と言うものはどうなんだろう

素人の私には知る由も無い

ダムの上は

Photo_633

水が枯れていて

まるで広い自動車道路のように見える

歩いている道より下の枯れ沢のほうが

歩きやすいのではないかと思えるほどだ

砂防ダムのよってせき止められた

土砂の道でした

Photo_634

その先を歩くとまた細い流れが現れて

しばらく行くと砂防ダム・・・の繰り返しでした

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2006年12月11日 (月)

コイガタキ

(安倍峠まで・・・・・・⑥)

峠への道の途中から

安倍の大滝が見えるはずだし行けるかも

そう思いつつ坂を登ると

Photo_625

道路の脇に大きな立て看板があった

エッ、ここより・・・・ですか

辺りを見回す

梅ヶ島の村はもう遠に、遥か麓に消え去り

一面、山の中だった

目を少しずらしてみる

Photo_626

遥か彼方の山影に一筋の水の流れ

遠すぎて大滝に見えないが

どこか降りる道があったとしても

せっかく登ってきた道だ

今は降りる気はない

峠へ急ごう

Photo_627

しばらく行くと看板が出ていて

やはり降り道はありそうだ

この先にある「恋ヶ滝」から降りると書いてある

それにしても「恋ヶ滝」なんておかしな名前だ

「恋敵」に読めてしまって

一人くすくす笑いながら滝を目指した

Photo_628

滝は思ったより大きく

山肌を駆け下りるように岩を削っていた

垂直の滝と違った優しさと強さを感じる

傍らにある立て看板を覗いてみる

Photo_629

「恋ヶ滝」なんて書いてなく

「鯉が滝(恋仇)」とある

なるほど、誘導尋問にあってしまったような

そんな気になっておかしくなった

ちょうど車で寄った中年のご夫婦に

思わず「愉快ですね」なんて声をかけてしまい

お二人が返事に困っていました

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2006年12月10日 (日)

カケスがお出迎え

(安倍峠まで・・・・・・⑤)

梅ヶ島温泉郷から登り始めたのは

9時50分だった

Photo_622

安倍峠までは自道車道で8キロだ

2時間あれば十分だろう

バス停留所の前にある梅薫楼の脇には

Photo_623

まだ紅葉が残っていた

ここまで来る間の道沿いには

すっかり終わっていた秋がまだがんばっている

その脇には

Photo_624

二つの石が並んでいる

右側の石は文字が消えかかっていたが

吉井勇先生のあの歌が刻まれていた

公園の立派な石碑の原型は

これだったんだなと思えた

左側の小さな方は金山で鉱石を砕き

金を探し出すために真ん中が

すり鉢状にへこんでいました

峠に歩を進める

Photo_620

自動車が走るには道は狭いが

歩くには快適だ

辺りには鳥の声が聞こえていた

この写真の中にも居るのだが

私にだけしか見えないので

ちょっと近くに来たのを拡大してみた

Photo_621

カケスでした

たちどまってしばらく観察していたが

とても可愛いしぐさだった

上から降りてくる人に話しかけると

散歩で少し歩いたけれど

人にはすれ違わなかったとのこと

天気も良いし足取りも軽い

いざ峠へ・・・・・・・・・・

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2006年12月 9日 (土)

湯滝・お湯のふるさと

(安倍峠まで・・・・・④)

ここまで来るうちに安倍川起点の標識を見ていない

ふと川上に目をやると

Photo_614

三段の滝まで10分とある

良し、まずはそこまでだ

駐車場を過ぎたところに湯の谷橋があり

そこを渡ったところにいきなり起点の看板

ちょっと拍子抜け

でもそその先にPhoto_615

滝は私を待っていてくれました

安倍川の旅が終わったと実感した瞬間でした

なんとなくゆったりとした風情のある滝

しばらく眺めてから戻ることにした

Photo_616

再び温泉の橋に戻る

橋を渡ったところにお湯のふるさとの公園がある

帰りに寄ろうかと思ったが暖かそうな日が当たっている

今の内によっていこう

Photo_617

橋を渡り階段を登ったところに「湯滝」がある

湯が流れているわけではなく

滝を横切るように何本ものパイプが岩を這っている

ここは温泉の湯が地下深くではなく

山肌から直接湧き出て居るとのこと

それを滝の脇で集めて源泉にしているとのこと

Photo_618

滝のすぐ横には「湯之神社」があり

由緒正しき神社であることが説明されていた

まさに梅ヶ島温泉の本家本元ということになる

神社からは

Photo_619

湯ヶ島温泉が一望の下に見ることができました

見えるのは皆、温泉旅館や民宿などです

川筋から斜めに山に向かう道が安倍峠への道

私は今からこの道を行くことになるのだが

何が待っていることやら・・・・・・・

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2006年12月 8日 (金)

吉井勇先生の歌に感激

(安倍峠まで・・・・③)

niftyでブログのメンテナンスをやっていた関係で

3日日度ブログお休みしてまた再開です

朝の冷たい空気の中を歩き

すっかり冷え切ったところで

Photo_609

新田(しんでん)の村に差し掛かりようやく

朝の光が山の間から見えてきた

新田は山伏や大谷嶺への分かれ道

そのすぐ先にPhoto_610 

昔の金山への道の白鳥大橋が朝日に輝いていた

ここでしばらく体の表面に太陽を浴び

イグアナのように一日のエネルギーを蓄えた

橋の向こうには金山温泉

道を真っすぐ行ったところに公営の黄金の湯

新旧の温泉施設の場所であった

でも本来の梅ヶ島温泉はここから

歩いて40分ほど先の安倍川起点のところです

Photo_611

梅ヶ島温泉はちょうど朝の光の中で

明るく輝いていました

前方の橋の袂にある立て看板をじっと読んでいると

向えにあるお土産やさんのご主人が来て

本来の梅ヶ島の紹介はこちらが正しいと

店の前の古い看板を教えてくれました

Photo_612

なるほど新しい看板は温泉の湯元を

先ほど通り過ぎた黄金の湯に移転したように

書いてあるのでやはりおかしい

こちらの古いほうが正しいとご主人に同調できました

Photo_613

それより何より気になったのは

橋の対岸にある公園と先ほどの立て看板の

両方に歌人吉井勇先生の歌があったこと

先生の歌は教科書でも「ひらがな」の歌で

有名で私の大好きなものでしたが

この梅ヶ島にもいらっしゃっていたのですね

ちょっとだけネットで調べてみたら

「ゴンドラの歌」命短し恋せよ乙女~

の作詞も吉井勇先生の作品だったことが

分かり、またまた一人感激してしまった

後刻・先ほどの店のご主人には

私は大変お世話になるのだが

その話は後日に・・・・・

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2006年12月 4日 (月)

滝の上は大谷川合流点

(安倍峠まで・・・・・・②)

今回の歩き始めは朝7:50だった

Photo_602

前回の折り返し点「赤水の滝」の駐車場には

勿論私の車一台だけだった

たった一週間だけなのに

モミジの紅葉はすでに終わっていました

季節は都合よく待っていてくれません

Photo_603

滝の近くのバス停に珍しく公衆電話があり

まだ電気がともっている

それにしても空気がとても冷たい

指先がしびれてくる

平地とは随分と温度差がありました

Photo_604

道は滝の上に登っている

滝は遠くから全体が見えるが

近くではその一部しか姿を現さなかった

道沿いに滝の上に出ると

Photo_605

そこは川の合流点だった

左が安倍川本流、右が大谷川だ

大谷川は岩の隙間をぬって本流に流れ込む

Photo_607

大谷崩れから岩とともに流れ下る谷川は

ようやくここで本流と出会い

安堵のゆるやかな流れになるのだ

日本3大崩れと言われるだけあって

年がら年中砂防工事が行われている

自然に対抗する人間の偉大な挑戦か

はかなき無駄使いか

いつの日か大谷崩れの下まで

歩いていくことを約束して山の彼方を見つめた

Photo_608

ふと足元に目をやれば一面の霜

道理で寒いはずだ

手袋を用意しなかったので

指先が凍えるように冷たい

そういえば歩きはじめてまだ

太陽に当たっていないことに気が付いた

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2006年12月 3日 (日)

安倍川源流への旅完結

(安倍峠まで・・・・・・・①)

安倍川源流への旅が完結しました

12月になって急に冬らしくなり

山へ行くのも大変になってきたので

早めの完結にしました

Photo_596

安倍川の起点は梅ヶ島温泉の少し先にありました

今日起点に到達したときはまだ朝の9時ちょっと過ぎ

朝の光がまぶしい時でした

その足で安倍峠に向かいました

峠までの道は8キロの登り道

2時間を予定したが3時間30分を要しました

Photo_597

安倍峠は県道29号の最高点を山梨側に

少し降りたところに標識があり

そこを右に階段を下ったところにありました

Photo_598

峠は二つの山の間にあり

少しだけ広場のような空間があり

二つの山から下りてくる道とクロスして

静岡側と山梨側の道が交わる

いわゆる分水嶺になっていた

したがって見晴らしがよくないので

昼食後一方の山に登ってみる

Photo_599

中腹から山梨県側の町が遠望できた

以前登った「山伏」も県境で

伝付峠も県境だった

これで山梨県境の峠は3つ目となりました

Photo_600

静岡県側の町を望みたかったけれど

もう少し登らなければ見えない

時間の都合で断念した

見えたのは山ばかりでした

Photo_601

安倍峠は南アルプスの東の端に位置する

ここから山伏、その手前に日本3大崩れの大谷崩れ

そして雲に隠れている「八紘嶺」が連なっている

これで大井川・安倍川が年内に終わったので

しばらくは源流への旅はお休みになります

これからはワンポイントでしばらく歩くつもりです

ところで今日の最終章は

いろいろなことがいっぱいありましたので

しばらくは「安倍峠まで」をUPしていくつもりです

本日35000歩11時間30分でした。

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2006年12月 2日 (土)

梅が島シャジンよしぶとく咲こう

(赤水の滝まで・・・・・・・・⑤)

赤水の滝で折り返すとき

空行く雲の動きが怪しくなってきた

それでもコンヤ温泉の公園までは

何とか雨も大丈夫だった

Photo_592

高台にある公園はモミジの落ち葉で

一面の赤と黄色の絨毯が敷き詰められていた

春の桜・秋の紅葉

そのときばかりは山も村も華やかに彩り

いさぎよく散ってゆく

日本人の美学の極地だ

でもそれは数々の植物のなかで

全てが持ちうる特性ではない

我々のように一般庶民は

華々しく咲くことは出来ないのだから

せめてしぶとく行きぬかなければならない

公園を出ようとする頃雨が落ちてきた

Photo_593

来るときは日に照らされて暑いぐらいで

首筋に当たる日を避けるために

帽子を逆にかぶっていたのだが

久々の雨粒・・・リュックから雨合羽を取り出して

上半身だけ羽織った

冬の雨はちょっとつらいね

Photo_594

梅が島地区はすべて奥深い山の中

看板の右下隅に何気なく「梅が島シャジン」とある

岩沙尽(イワシャジン)もここでは地区の名前が

着いていてその存在を示している

Photo_595

雨の中、道路の脇にそのイワシャジンならぬ

梅が島シャジンがひっそりと咲き残っていた

モミジの華やかさでは無く

我ら庶民のようにひっそりと咲いていました

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2006年12月 1日 (金)

珠数窪トンネルとは・・・・

(赤水の滝まで・・・・・・④)

安倍川はトンネルが少ないと思っていた

今回初めてトンネルに差し掛かった

Photo_589

入島(にゅうじま)トンネルと言う名前

全長は136メートルの短いトンネルだった

夏の間はトンネルに入ると汗が引いて

気持ちよかったが

今の季節は外も内も同じ感じです

第二のトンネルは

Photo_590

お猿の親子が温泉に入っている絵がある

「珠数窪トンネル」全長360メートルの

まあまあ標準的なトンネルだった

でも名前を見たとき違和感を感じた

ジュズという漢字は「珠数」だったけかな?

どうしても気になってしょうがないので

「日本語大辞典」で調べてみたら

ジュズは「数珠」でした

と言うことは違和感を感じた私は正しかったね

と言うことで「珠数」はジュズではないとすると

いったいなんでしょうか?

第三のトンネルは

Photo_591

金山(かなやま)トンネル全長27メートルでした

三つのトンネルともフリガナを振らないと

正しく読めないものばかりでした

勿論金山トンネルはもう近くに金山(きんざん)が

あることを知らしめています

安倍金山は家康の以前

武田信玄によって開かれたとか・・・

次の機会には寄ってみ見ようかな

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2006年11月30日 (木)

吊橋と落ち葉

(赤水の滝まで・・・・・・・③)

安倍川第五の吊橋は何と通行禁止

Photo_585

大河内吊橋と名づけました

見た目は十分渡れそうだし

以前これよりもっとひどい吊橋を

渡った覚えがありますが、でもやめました

第六の吊橋は

Photo_586

湯の森の村の近くにありましたので

湯の森吊橋と名づけました

対岸の茶畑に仕事に行くためのもののようです

板が4枚敷いてあり歩くには十分楽ですが

支えは両岸だけで上からの吊りは無い

水面からの高さは低いのですが

長い分だけ揺れます

がんばってみたけど何度か止まって

ゆっくり歩きました

Photo_587

低い分だけ恐さと言うものは感じられなく

川のせせらぎと親しみながらでの渡りでした

第七の吊橋は

Photo_588

今回の折り返し点赤水の滝の手前

コンヤ温泉にある小さな吊橋

コンヤ吊橋と名づけました

短い吊橋で揺れも無く快適です

橋の上に散り敷く落ち葉とのコントラスト

そのまま絵になるように美しく

通り過ぎるのがもったいない感じでした

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2006年11月29日 (水)

散り敷く落ち葉の上を

(赤水の滝まで・・・・・・・・・②)

家から安倍川を渡るまでには

恐怖の大渋滞がある

したがってこの日も普段の日より

早めに起きて渋滞を避けての出動だ

出発点の渡吊橋に着いたときは

Photo_580

山は、まだ目が覚めたばかりで

昨日来からの雨も上がったばかり

山の中腹は湯気を出して雲が生まれていました

少しずつ雲も切れだして

Photo_581

山も目覚め川も目覚め私の体も目覚めて

重なる山々のその向こう

梅が島に向かって元気よく歩き出しました

道路は雨の名残でまだ湿っています

空気もいい具合に湿っています

ちょっと寒いぐらいですが歩くには

ちょうどいいかもしれない

Photo_582

道路わきに1本2本と紅葉した

モミジの木が現れだしてきた

やはり秋はモミジなのだろう

暖国静岡ではようやくこの時期になって

色づきだしてきたのだな

Photo_583

雲は少しだけあったが概ね天気は良い

今日の歩きは期待できるかもしれない

道の両脇に次第にモミジの木が多くなり

Photo_584

落ち葉が歩道を埋め尽くすほどに多くなる

木に残っている葉っぱより

むしろ落ち葉の方が美しく感じる

この落ち葉の上を私の足跡が乱していく

この上ない幸せな気分になりました

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2006年11月28日 (火)

紅く染まった一日でした

(赤水の滝まで・・・・・①)

二日間の『引きこもり』を覚悟していたのに

どうやら今日は天気が回復するらしい

と言うことで早朝から安倍川に向かった

10日ぶりのことだった

渡吊橋に車を止め歩き出したのが7:50

ひたすら歩き11:25には『赤水の滝』に到着

Photo_576

距離にして13Kぐらいだがちょっと疲れた

どうも最近リバウンド気味だったので

このぐらいでちょうどいいかもしれない

Photo_577

駐車場から展望台まで下ると滝が見える

水は透き通って谷間に轟音を響かせていた

赤水と言うのはその昔、大地震で大谷崩れが

崩壊し大量に土砂が流れこみしばらく

川が赤く濁ったことに由来するらしい

Photo_578

滝の展望台周辺は公園になっていて

紅葉がきれいでした

今の時期、もう紅葉は終わり掛なのだが

モミジだけは今が盛りのようです

Photo_579

今日一日モミジに抱かれて

身も心もすっかり紅く染まりました

本日の歩行距離27キロ、35000歩、

7時間半でした。

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2006年11月25日 (土)

タラの木も紅葉

(渡まで・・・・・・⑦)

今週から仕事が輪番のシフトになるので

土日が休みにならない

2ヶ月ぐらいは続きそうだ

今年の「行く年来る年」はどうも仕事場で

年越し蕎麦をカップめんで食べることになりそうです

次の休み月火だけど雨のようで

外を歩けないようで残念です

そんな時は「家に閉じこもり」楽しもう

外を歩いていると

Photo_569

仕事をしている人たちと出会う

こちらは歩きを楽しんでいるのが

申し訳ないような気にもなりますが

この人たちが遊んでいるとき

私は仕事しているからまあいいか

ちょうどdocomoの中継所の工事中だったので

私のauの電波状態を確認したら

アンテナは1本でした

さすが大手は山の中でもサービス充実!!

昔の電電公社のように全国一律サービスなんて

そんな時代が懐かしいね

「いざなぎを越えた」戦後最長の好景気なんて

そんな言葉が寒々しい今の経済

単に「怒りを無くした労働者」を

いじめているだけなのにね

道路わきの畑で

Photo_570

タラの木が紅葉していました

県道脇などにあるタラの木は

葉をつけていないものもある

芽が出た時に「タラの芽狩り」にあって

成長できなかったのでしょう

ここは畑で育てているので葉が茂って

花が着き黒い小さな実が成り

そして紅葉になりました

タラの木が「息をしている」様な気がしました

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2006年11月24日 (金)

白髭神社との出会い

(渡まで・・・・・・・・⑦)

中平吊橋から県道に沿って旧道がある

旧道を歩いてみたが

しばらく車が通っていないようだ

Photo_564

道路わきにある「警笛鳴らせ」の標識も

むなしく傾いていました

旧道を抜け再び県道に合流

神社があったので昼食の場をお借りした

Photo_565

神社の名前は「白髭神社」でした

初めて聞く名前でした

大井川筋では河口から上流まで

当然のごとく「大井神社」が圧倒的でしたが

調べてみると安倍川筋では「白髭神社」が多いらしい

髭という字は「口ひげ」だそうです

Photo_566

本殿は拝殿の後ろの階段上にありました

「白髭」と言う珍しい名前は「新羅」由来らしい

聖徳太子の飛鳥時代、日本と朝鮮半島は

交流が盛んで高句麗、新羅、百済、など

歴史の上で大切な時代だった

2年ほど前山梨県南部町を歩いたとき

「新羅神社」がありました

源氏の武将「新羅三郎義光」を祭ったものだそうで

どうやら「新羅」「白髭」は静岡県では

安倍川以東に多そうだ

今度歩くときはそんなことを気にしながら

歩いてみようかな

Photo_567

拝殿の横に榊に纏わりついて大蛇のように

なった蔓が榊を越え隣の檜のを伝い

先端が見えなくなるまで繁みの中を

登っていっていました

古い神社のなんとなく伝説めいていて

昼休みのひと時を楽しみました

Photo_568

昼食の場をお借りしたお礼に

風でよじれていた垂れ幕を直させていただきました

「悠仁親王さま」の健やかなご成長をお祈りいたします

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2006年11月23日 (木)

ウメモドキに再開しました

(渡まで・・・・・・⑥)

秋に色づく木の実、草の実

数え切れないぐらいありますね

Photo_561

こんな木の実もありますが

さすがに名前が分かりません

額がつぼんでいる間は赤いのだけど

開くと中から青い宝石のような実が現れる

その実は次第に紫色から黒味がかった濃紺に

変わりながら額をいっぱいに開き

やがて実の部分が落ちて

残った額が十字の赤い花のように残る

そんな実のなる木は名前は何でしょう

分かったら誰か教えてください

Photo_562

村の小さなお店の前に紙に包んで

ウメモドキの実を売っていました

この実のことはもっと下流をあるいているとき

出会ったお母さんに教えてもらったことがある

なるほどこんな風になるんだね

またしばらく歩くと

Photo_563

今度は蔓の部分をかごに作った

飾りにして売っていました

すごくきれいでした

売店に入って「あれは、ウメモドキですね」

と確認したら「そうです」との返事

外へ出てまじまじと観賞させていただきました

秋の実の写真まだいっぱいありますけど

くどくなるのでここまでにしておきます

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2006年11月22日 (水)

渡吊橋はファミリーな吊橋

(渡まで・・・・・⑤)

あまりに短い地名の「渡」ではあるが

Photo_554

下渡と上渡に分かれているのだから

それなりに狭いだけと言うわけでもなさそうだ

下渡の村は10数年前に仕事で訪れて

ひなびた雰囲気が気に入っていた

まさかここまで歩いてくるなんて

当時では想像も出来なかった

Photo_555

上渡でもあっという間に通り過ぎてしまうほど

少しだけカーブしているからといって

車をぶっ飛ばす奴もいるのかね~

その先のカーブを曲がると

Photo_556

4つ目の吊橋があらわれた

この吊橋だけは覚えています

昔 親戚一同で梅が島の山の家に

一泊したとき帰りに渡ったことがある

当時は他の吊橋があることは知らなかった

Photo_557

この日も家族連れが渡っていました

したがって私にはこの吊橋は

ファミリーなイメージが付いて回ります

Photo_559

おばあちゃんと孫の男の子が渡り終わるまで

ゆっくり待つことにしました

ところでやっぱりこの吊橋も

名前がどこにも書いてないので

「渡吊橋」と勝手に名前を付けておきました

大井川はダムの銀座で

数々の吊橋も中部電力が管理していたから

吊橋にしっかり名前が表示してあったが

ここ安倍川では対岸の茶畑に

Photo_560

行くだけだから名前なんぞ無くても

いいのかもしれないね

この「渡吊橋」は大手を振って

すたすた歩いても少しも恐くありませんでした

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2006年11月21日 (火)

中平吊橋と命名しておきました

(渡・・・・・④)

安倍川の4つ目の吊橋は

あの恐怖の吊橋と同じ

上から吊ってない吊橋だった

このての吊橋が2連続と言うことになる

Photo_551

支えは川の中の2本の柱だけ

渡る前から前回のこともあり

怖気づいてしまった

あの横揺れを思い出したからである

Photo_552

ところが歩き始めてみると

ぜんぜん恐くない

横揺れが無いのである

ここも同じように定員は一人だけど

何でこんなに違うのだろうと

いろいろ考えたが分からなかった

Photo_553

ほんのちょっとした構造の違いが

揺れを抑えているのではないかと思える

それにしても

安倍川の吊橋には名前が無い

あたりを見もまわしてさがしても

ネームプレートも見つからない

今回の吊橋は「中平吊橋」と

命名しておきました

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2006年11月20日 (月)

目線の先の秋

(渡まで・・・・③)

この時期山を見ながら歩くと

首が痛くなるのはなぜでしょう

そんなときはやっぱり眼を顔のレベルに戻し

山肌を眺めてみる

Photo_547

そこにはいつものように可愛い草がある

恥ずかしげにそっとその頬を遠慮がちに染めて

私にウィンクしています

Photo_548

この時期漆のような葉は真っ赤に染まります

首を上にあげなくてもそれらの葉っぱは

私に語りかけます

なんていう名前の葉っぱかなんて関係ない

Photo_549

と言うよりも、名前すら本当は知りません

これから勉強していろいろ覚えて行きたい

そんな気にさせる秋の山路

Photo_550

それにやっぱり腕よりカメラだね

今は歩くことが主ですが

そのうち心に余裕が出来てきたら

一眼レフデジタルを買って

花も鳥も風さえも写し撮って見たいですね

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2006年11月19日 (日)

蔦の主張

(渡まで・・・・・・②)

桜前線は平地だから日本列島を

隈なく北上するけれど

紅葉前線は山を基準に

南下するから平地に住む人は

あまり実感が無い

観光で高いところへ行くか

北へ行くかで紅葉と出会えることになる

そんな中で蔦はかなり平地でも

紅葉するような気がする

Photo_543

岩肌などに張り付いて伸びたいのだが

そんなところは崩れやすいので

長年の成長は望めない

数年でまた崩れるからだ

それならば

Photo_544

手っ取り早く木に巻きついて成長するのがいい

これならばほぼ一本の木を独占できる

元の木が元気なうちはいいが

枯れてしまっては意味は無いけれど

Photo_545

やはり真面目に石垣に伸びていくのが

セオリーかもしれない

これならば日当たり良好・駅から3分なんて

宣伝できそうだ

いつか成長して石垣をびっしりうずめてほしい

Photo_546

忘れ去られたこの廃屋のように

その全てを覆ってしまうほどの生命力

もう誰にも邪魔されない圧倒的主張

あの甲子園の蔦の主張も

いつまでも頑張ってほしいなと思う

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2006年11月18日 (土)

猪の群れに会いました

(逃げろ・・・生き延びよ)

安倍川筋は山芋を売る露店が沢山出ていました

今は山芋の季節なんだね

今日は久しぶりに安倍川歩きに戻りました

平野の真富士の里から

渡の吊橋まで歩きました

Photo_537

渡は一字で「ど」と読みます

今日の折り返し点です

ここから対岸に渡り細い旧道を歩きました

Photo_538

静かな道で気分が良いので

「あ~きのゆ~ひ~いに」と歌ったとたん

右側の山の斜面でガサゴソと物音がした

茶色の影が斜面を登っていく

3匹の猪だった

とっさにカメラを構えたがいつもの通り

こんな写真だ

Photo_539

写真を拡大して見ると3匹の猪が

必死に斜面を駆け上っている姿が

私にだけは分かります

あまりにも私の歌が下手だったのか

彼らの逃げ足は速かった

多分山芋のご馳走にありつけて

ゆっくり食事をしていたところを

お邪魔してしまったらしい

Photo_540

後で県道沿いで出会った猪君に

ごめんなさいとあやまっておきました

ところが今度は車の行きかう道のそばで

猿にあいました

Photo_541

こちらの写真もこんな程度で申し訳ない

彼もやっぱり道路の近くにいたが

車は恐くないが人間は恐いらしい

歩いている私を見つけ斜面を駆け上る

上から見下ろしながら

口にくわえた葉っぱをむしゃむしゃ食べていた

猿は葉っぱも食べるのかと思った

熊さん同様森の食物

が少なくなっているのかな

Photo_542

安倍川の広い河原に犬の鳴き声がした

やたらに元気のいい声だ

リュックを背負った3人の大人が犬をなでている

彼らの手には猟銃が握られていた

これから山に入り猪狩りにでも行くのだろう

今年は狩がしやすいかもしれない

食い物も少なく人里近くに出てきているから

本日の歩行時間3時間半、13000歩でした

ちょっと少ないね

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2006年11月 3日 (金)

トンビが狙っていたものは

(みんな今を生きている)

生きていると言うことの楽しさは

また悲しい出来事にも出会うことですね

歩いていると色々な生き物と

またそれに伴う悲しい出来事にも

出会います。

でもこの世に常なることもなく

まるで、今見ている川の流れのようなもの

私のブログでは悲しいことは今のところ書きません

昼食は川の土手に座っておにぎりを

Photo_464

せせらぎの音は春夏秋冬優しき調べだ

海辺のさざなみ同様ずっと見ていても

ずっと聞いていても私はあきません

ゆっくりおにぎりをほうばっていると

Photo_465

上空を旋回する影が・・・・・・・

大きなとんびだった

~とんびがくるりと輪を描いた~~

なんてのんびり歌っていたのだが

何度も何度も回っている

かなり低空でしかもその円の中心は私

すかさずもう一個残っているおにぎりを隠した

とんびは10回以上私の上をまわって

ようやく諦めたらしく対岸に向かって

飛び去っていきました

Photo_466

今回出会った生き物で一番多かったのは

蜘蛛だった

しかも、大きい、いったい何を食って

こんなに成長したのだろう

2m範囲内に3匹ぐらいが巣を張り

それが延々と道沿いに続いていた

今が一番の狩の時期なんだろうね

じっとしているようでもカメラを近づけると

それでも少し反応を見せるところは愛嬌

Photo_467

太陽が西に傾くまで彼らはじっと獲物を待っている

それにしても彼らはどうして地球の中心

顔を向けているのだろう

あまり空を向いているものは見たことが無い

気のせいだろうか

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2006年11月 2日 (木)

トンネルと吊橋

(恐怖の吊橋への招待)

その昔、国と国を隔てるものは

峠であり川であった

川の両岸では文化を代表とする

言葉が違っていた

以前新潟へ行ったとき

あまり言葉が違わないのに驚いた

しかし浜松から三河地方へ行くと

近い割には言葉が違っている

川によって区切られた文化の証だろう

しかし、今の時代は橋によって

その差はなくなってきている

Photo_458

安倍川河口から来て最初に出会ったトンネル

長さは341mでそんなにも長いわけではなが

なぜか、最初と言うことだけでうれしくなってしまった

これまた、最初に出会った吊橋:相渕橋

Photo_459

残念ながらペンキ塗り立てで

帽子をかぶっていたが

東海自然歩道とオーバーラップしている

静清庵自然歩道のコースになっていた

この橋を渡りずっと行くと

Photo_460

つい先日まで何度も車で行った

井川の大日峠までいけるのだそうだ

しっかり出来ていて歩くのに

何の心配も無い立派な吊橋でした

ところがそのちょっと上流にある吊橋

Photo_461

どこを探しても名前が書いてない

ところでこの吊橋は今までの吊橋のうち

最も恐かった

写真で分かるように

この吊橋は上から吊っていない

吊ってないから吊橋では無いのかというと

見た通りやっぱり吊橋以外には見えない

Photo_462

板が二枚敷かれ道幅も十分なのに

そっと歩いても揺れる

しかも、横に揺れるのである

この日は無風・天気晴朗

たった一人しか歩いていないし

しかもゆっくり歩いているのに揺れる

前の相渕吊橋は定員10人なのに

こちらは定員1人なのがうなずけた

Photo_463

吊橋を渡りきると

山肌を切り開いたような小さな茶畑があった

この茶畑への仕事のためだけに作られた

吊橋だったんだろう

往復してもやはり恐かった。

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2006年11月 1日 (水)

おいしそうな秋の実

(とりあえず口に入れてみる)

以前の伝付峠では紹介しなかったけど

ずいぶんとキノコがありました

どれが毒でどれが食べられるか

分かりませんでした

昔の人は長い年月かけて

身体で覚えて来たのでしょうね

秋の実があちらこちらで実りかけています

Photo_455

まるで山の上から釣り針につけた餌のように

私の目の前に現れたこの秋の実は

紫色でまるで巨峰のようなおいしそうな色

この餌をそのまま見過ごして

通り過ぎる勇気は無い

当然のように一つつまんで口に入れる

苦い・・・今まであまりはずしたことは

無かったはずだったが・・・はずれ

体調は変化ないから毒は無かったようだ

畑では・・・・・・

Photo_456

黄色の秋の実が・・・・と思ったら

なんと苦瓜の実だった

さすが瓜の仲間だ見事な黄色

中にはもうはじけているものもありました

まだまだ葉っぱも緑だし

花まで可憐に咲いていました

我が家の苦瓜は青虫に占領されたので

先日片付けたばかりでした

おやおや、これは懐かしい

Photo_457

春先から何度も私に語りかけてきた

マムシ草もどうやら頭に付けた実を

黄色に色づけさせてひょいとこちらにご挨拶

そのままかぶりつきたくなるような

おいしそうなお菓子に見えた

もうすぐ、真っ赤な実に成ることでしょう

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2006年10月31日 (火)

懐かしい鎮守の杜

(大きな楠)

新興住宅地の区画整理などで

鎮守の杜は切られることが多い

わが町内も隣の町内も杜は無くなり

新しい若い木が植えられた

いつの日か杜は森として再生されます

旧道を歩く楽しみの一つは

そんな鎮守の杜と出会うことです

少し遠回りになっても寄っていきたくなります

Photo_451

小さな神社の横の縦看板がありました

たいていは神社の由来などが書いてあるが

ここは大楠のことが書いてありました

Photo_452

エーと、どこに大楠はあるのかな

前方を見ると大きな木の幹

ワーすごい

だけど木の姿の全部が見えない

見上げると真上から覆いかぶさるように

葉が茂っている

Photo_453

小路を入ってきたときには鳥居が気になったが

楠は分からなかった

後ずさりしながら戻ると

ようやく木の全体がうかがえた

大切にしていきたい日本の風景ですね

Photo_454

街道筋にはまだまだ懐かしい景色

そこそこにあります

ゆっくりゆっくり歩きましょう

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2006年10月30日 (月)

「真富士の里」まで行ってきました

(石の記憶)

文明の発達とともに記憶媒体は弱くなる

そう言った人がいた

メモリ、DVD等、磁気テープ、紙というように

時代を遡っていき

結果的に最も丈夫だったものは

石に刻まれた記憶だとも言う

先週から復活した安倍川路の旅

今日は曙橋からスタートしました

Photo_445

橋の袂の交差点の神社の森その下に

ずうずうしくも堂々と停めてあるのが私の車

まあ急ぐ旅でもない

Photo_446

迷わず右側の旧道に進路を決める

車では数え切れないくらい通った新道

しかし、旧道は車でさえ一度も通ったことは無い

期待に胸が膨らむ

Photo_447

旧道に入ってすぐ「道路開通之碑」が現れた

昭和27年と彫られている

今から50数年前ここに道が出来たことを

村人こぞって喜んだことだろう

石碑の大きさにその喜びが表れていた

Photo_448

しばらく行くと道祖神かお地蔵さんか2体並んでいた

右側の大きい方は

「大正10年」だから約80年前だ

左側の小さい方は

「天明4年」とある江戸時代だ

見たとたん「天明の大飢饉」と言う言葉が浮かんだ

人は後世に何かを伝えたく

こうしたものを

残したのだろうか

それとも、純粋にその時々の運命を

祈っただけなのか

後者のような気がする

それが結果的に記憶媒体として

現代まで残っているのだろう

それを読み取らなければ

猿の惑星の遺物のように

何の意味も持たなくなる

旧道から再び新道へ戻る

Photo_449

「真富士の里」まで9キロの看板があった

今日の折り返し地点をそこに決めた

記憶によると確か広い駐車場があったはずだ

ゆっくり歩いても2時間でいけそうだ

Photo_450

梅ケ島温泉まで30キロ

今回の安倍川の旅はこの梅ヶ島のまだ先の

山梨県境の安倍峠だ

あまり頑張らないように

ゆっくり行きましょう

本日「真富士の里」往復で

5時間半、31000歩でした

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2006年10月28日 (土)

東海自然歩道を横切って

(縦も横もこだわりの道)

地図を見て縦に歩こうが横に歩こうが

勝手だと思いつつも

静岡県を歩く人はたいてい横に歩く

一つは旧東海道であり

もう一つは東海自然歩道

流れとは違って

私はまず海の水際を御前崎から沼津へ

そして今は縦のコース

源流への旅を続けています

今のところ必ず第二東名の工事現場を横切り

Photo_431

そして東海自然歩道を必ず横切ることになる

今回は安倍川のこの「曙橋」がそうである。

ここまで来て今回の折り返し点となる

Photo_432

富士山方面から清水静岡の山中を抜け

この橋を渡り藤枝方面へ自然歩道はつながる

橋を渡りきったところで

下流に方向転換安西橋に向かう

出来るだけ土手の上を歩こうと思うのだが

右岸側はところどころで土手は切れる

Photo_433

行き止まりまで歩き

川まで迫った山を恨めしそうに見て

再び道路まで戻る

前方の山を迂回してまたまた土手に戻る

その繰り返しだ

右岸側は静岡のベッドタウンで住宅地になっている

Photo_434

土手の周囲も公園化され桜が植えられています

桜は他に先駆けて紅葉する

落ち葉をカサコソを踏みながら

安西橋に向かって歩みを進めました

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2006年10月27日 (金)

枯野を行く

(藪の中の轍にそって)

芭蕉の辞世の句に

「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」がある

歩き旅にはまってしまった人間の心情

なんとなく判る気がする

安倍川の水辺に近いところに轍の跡

Photo_427

あとは枯野の風景

芭蕉の心境やいかんなんて気取って

上流を目指しながら秋を探していた

「遠山に日の当たりたる枯野かな」高浜虚子

と言う景色にはほど遠い枯野だが

一人歩くには十分な舞台装置だ

だんだんムードが出てきたぞ

Photo_428

轍の跡も次第に薄くなり

道は繁みの中に入っていく

何のために付けた轍の跡だろうか

この先には何があるのだろうか

Photo_429

繁みの中に白いものが見える

ワタのようなものが草の枝についているが

花だろうか虫の巣なのだろうか

少し千切ってみると真綿のように

白くやわらかく丈夫でまさに綿のようだ

でも、私の知っている綿花とは

似て非なるものだった

いったいなんでしょうね

Photo_430

藪を抜けるとその先に第2東名の橋

その橋の真下で轍が消えていた

橋の建設が始まったころ使用していた

轍だったんだろうと思った

しばらく枯れ草の上を歩いたが

次第に深くなり諦めて土手に戻る

上半身にびっしりと

トビツカミを纏ってしまった

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2006年10月26日 (木)

鴨たちの元気な水音

(季節は廻り来て・・・)

昨年来、秋から冬へと近回りを歩いていて

寒さ嫌いの私は勿論冬枯れの景色

嫌いでした

でも、歩くと言う行為はゆっくり物事を

見て行けると言うことでずいぶんと

冬の見方が変わりました

物事と言うものは、一面だけでなく

いろんな方向から見ると色々なものが

見えてくると言うことですね

嫌なものでも反対から見れば美しい

そんな心の余裕を持てる

自分になりたいと思っています

Photo_424

そんな冬枯れの中でずいぶん癒されたものに

水辺に遊ぶ鴨たちの姿がありました

今回久しぶりに河川敷の池に

鴨たちの元気な姿を見つけて

また季節が廻ってきたなと感じました

そんなのどかな風景の中

Photo_425

眼前に第二東名の力強い橋が現れる

今まで歩いた朝比奈川、瀬戸川、大井川それぞれ

以前から見ていた風景を一変させる

巨大な橋の姿に感動したものだった

この安倍川の近くにインターチェンジが出来るようで

目下着々と工事が進んでいました

Photo_426

橋桁も近くによって見ると

ちょっとしたビルみたい

完成したら車を飛ばして

どこか遠くへ遊びに行きたいと思っています。

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2006年10月25日 (水)

メリケンカルカヤも帰化植物

(軍団の秋・・・・)

同じ色の花がいっぱい咲いていると

とても落ち着く人と

違った花がばらばらに混じって咲いていると

喜ぶ人がいる

どこかの国のように人間まで同じ色

並べられるて喜んだり

オリンピックのように各国のカラーで

モザイクになるのを喜んだり

Photo_420

どうやらススキだって色々種類があるみたい

でも、このススキの向こう側には

なんとトビツカミ軍団がPhoto_421

見渡す限り、土手の斜面を占領していた

いつもは田んぼの畦や道の隅に陣取り

毛がふさふさした我が家の愛犬が

やってくるのを今や遅しと

待っているはずが

この軍団を見てしまうと

はじめからそばへ行く気が無くなる

Photo_422

同じ軍団でもこちらのムラサキエノコログサは

こんなに生えていると少しあきれる

大井川水系では山の奥でようやくであったのに

安倍川ではいきなりこんな街の近くで

こんなにも集まっていた

Photo_423

こちらはメリケンカルカヤというらしい

調べていくうちに岡山の某研究所で

分布を調査しているらしい

いわゆる帰化植物としてである

こちらもこの休耕田に所狭しと生え

見事なまでの秋の色を演出していた

帰化植物なのできっと嫌われるのかな

セイタカアワダチソウ同様に・・・・

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2006年10月24日 (火)

セイタカアワダチソウの位置

(大いなるものからの預かりモノ・・・地球)

人間とはおかしなもので

自分の出身地のことになるとやたら褒めたがる

息子と親父で故郷が違うこともままあるが

やはりそれぞれにこだわりがあるらしい

でも考えてみればどこも素晴らしいと言うことだね

いま河川敷などで一番元気なのは

Photo_416

セイタカアワダチソウかもしれない

よく観察してみるとなかなかきれいな色だ

かつて、日本の植物を全て駆逐してしまうから

火炎放射器で焼き払わなければならないなんて

言われたり、根こそぎ退治しない限り

日本の大地は危ないぐらいのことを言われ

騒いだこともあった

Photo_417

確かにそんな風評とこの背丈を見れば

外来植物の憎っくき代表にも思えてしまった

十朱幸代のヒット曲に沖縄を歌った

「セイタカアワダチソウ」というのがあった記憶がある

なぜか、強いアメリカのイメージであり

弱弱しい日本の植物のイメージがあった

Photo_418

あれからもう何年たったのだろうか

歩きながら周囲を見渡すと日本の植物の中に

セイタカアワダチソウもそれなりの位置を占めて

仲良く棲み分けているような気もします

クローバーは四葉を探したりして

子供心に故郷の道草のイメージがある

シロツメグサと言う名も懐かしい名前だ

Photo_419

ところが「アカツメグサ」となると恥ずかしながら

2年ほど前に山梨県の南部町の土手で

始めてであうことができましたた

赤い花があることにびっくり

そのとき初めてクローバーも

帰化植物だったと認識しました

故郷とか故国か

偶然そこに出会ったものに固執するが

長いスパンで物事を考えれば

この地球全てが故国であり

そこに棲んでいる全てが仲間なのだ

地球とは大いなるものからの

大切な預かりモノなのだ

国と国が争うなんて

何か、勘違いしていないかい

そんな気がするね

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2006年10月23日 (月)

ウメモドキの輪飾り

(のんびりのんびり河川敷)

ウォーキングを始めてちょうど1周年です

1年前は最悪の体力でした

何とかしなくてはと言う思いで

近所を片道15分、往復で30分

夕食後に歩き始めました

歩き始めて10分もすると息が切れて

はたして、いつまで続くか心配でした

それが1周年の今

歩くことが日々楽しくて

しかも、10年来の不健康体が

ほぼ、正常な身体に復活してきました

さあ、新しい1年に向かって出発です

Photo_412

土曜日の河川敷はスポーツ少年の天国だ

サッカーは勿論、野球にも歓声が上がる

お母さんたちも日影を求めて声援を送る

河川敷の公園の脇の道は

ウォーキングの夫婦連れが歩いていく

Photo_413

自転車を止め道路わきに腰を下ろして

いるお母さんがいた

近寄ってご挨拶

「あら、なにを作っているいるんですか?」

Photo_414

「ウメモドキで飾りを作っているのよ」

お父さんが藪の中へ入って枝を取ってくる

お母さんはそれを丸めて飾り作り

枝を持ち帰って作ると固くなって

曲がらなくなるのでその場で作るのだと言う

2,3日で実が真っ赤になる

振るとかなり落ちるけど残った実は

ずっと残ってくれるそうだ

作りながらウォーキングや趣味の話

など楽しく話してくれました

ゆっくりゆっくり歩こう

Photo_415

うっかりすると早足になるのを抑えつつ

国道1号線バイパスまでやってきた

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2006年10月22日 (日)

安倍川源流への旅立ち

(安倍峠に向かって出発です)

安倍川源流へ向かって再び歩き始めた

今度の目標は源流の先、安倍峠です

「山伏」同様1歩踏み出せば山梨県。

まずは8月の続き、安西橋からスタート

Photo_408

土曜日だったので河川敷が解放されているだろう

スポーツ広場の駐車場へ車を止める

橋の周りでは工事用の車が沢山あった

土日でなくても車は止められたのかもしれない

Photo_409

どうやら橋の拡幅工事というか

もう1本橋を作っているようだ

羽鳥方面からの慢性的な渋滞を

やっと解消する気になったのだろう

Photo_410

しかしながら、橋の両側の道路には住宅が立ち並び

橋だけ広くしても本当に渋滞解消になるのかな

そんな疑問がわいてきた

道路に関しては静岡県の東部や西部に比べて

この県庁所在地は昔から遅れているような

そんな気がしてならない

Photo_411

橋の建設に関してはまったくの素人ですので

なんともいえませんが

橋の上から覗いた工事現場は

なんとなく頼りなさ気な橋桁に思えた

現代土木の粋を集めていると思うので

変なこと考えてごめんなさい

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2006年8月25日 (金)

日本の大動脈

(安西橋まで・・・・・その8)

この週末にかけて、公私ともに少し忙しい

ブログが書ききれるか心配だが

がんばれと自分に言い聞かす。

安西橋まで・・も、今日で終了にしましょう

最後に

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大井川の次に歩こうとしている安倍川は

東海道の大動脈、その心臓部である

この写真の一番奥が国道1号線

次がJR、手前が新幹線、他にバイパス

国道150号線、東名高速、第二東名と

集中して橋が架かり、この付近が何らかの

アクシデントで止まったら、日本の危機である

ことは間違いない。

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しかし、それでもここには橋が不足していて

慢性的な渋滞があった

そこで数年前この静岡大橋が完成して

かなり緩和されました。

今回、歩いてみて

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この静岡大橋が二倍に拡幅工事がされている

ことがわかった。

完成が近いのでしょう、右側の新橋の進捗など

チェックしていました。

ほんの数年の間隔での工事ですが左右で

工法など造りが違うことが素人目にも

判りました

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2006年8月24日 (木)

鳩たちは今・・・

(安西橋まで・・・・その7)

川の起点というのは上流だと思いますが

今は良くわかりません

歩いていて、距離を書いた看板に出会うが

表現がいろいろで上流からか下流からか

判らないときが時々ある

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安倍川本流と支流の藁科川の合流点を

しばらく遡ると、合流点から0mの看板

アレッ 合流点から100m以上は

歩いたはずなのになんて思った

でも誰かが決めたのだから

きっとここが合流点なんだろう

その合流点近くの橋の袂に

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鳩たちがたむろしていた

私が近づくと

数羽の鳩が寄ってきた

街中では無く こんな人のいないような

田舎でちょっと不思議に思った

近頃、街中では鳩に餌をやらない運動が

盛んで、駅前から鳩の姿が消えてきた

こんなところで彼らは生き延びていたのか

そして、たまたま訪れた私に

街中での人との生活を

思い出し寄ってきたのかもしれない

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2006年8月23日 (水)

行く水の流れは絶えずして・・・

(安西橋まで・・・・・その6)

その日、河口からわずか1Km歩くのに

45分も掛かってしまった

本来なら10分で十分な距離である

それは、河口付近に駐車場が

見当たらなかったためである

風車の周りには駐車場があるがすべて

車椅子のマークがあり許可を得ない限り

そこへは到達できないようだ

したがって、車を止め まず河口に向かい歩き

そこから再度、上流に向い歩いたため

45分かかったわけである。

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しかし、三保の松原から続く海岸線は

太平洋岸自転車道となっていて、近くの人には

散歩道にもなっている。

残念ながら我々のように車で来るものにとっては

とても不便なところだった。

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河口から最初に出会う南安倍川橋は国道150号線だ

この橋の袂で2台の車が止まっていたが

向こう側の車は工事用の許可車、こちら側はそれ以上

入れない車なのである。

そして、右側に見える橋がいわゆる自転車道です

一般の車は通行止めにしてまで、

ほとんど走っていない自転車道の立派なこと・・・

行政の意地と努力の賜物・・・・か

川を歩いてて感じることは

マラソンコースや遊歩道の整備がかなり進んでいて

しかも公園やスポーツ施設も整備されている

しかし、それは市町村単位であり、首尾一貫して

川全体が考慮されていない

歩いていくことさえ、

まっすぐには行けないのだから

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2006年8月22日 (火)

東海道 緑陰に憩う 

(安西橋まで・・・・・その5)

静岡市を流れる安倍川は、その昔

上流で金が取れたそうで

それに因んで出来たお菓子が

安倍川餅だそうである

駅や新幹線の中で静岡名物で

販売している。

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その、安倍川餅の元祖や本家を自認している

お店がこの安倍川橋の袂にある二軒ある

昔ながらの家で江戸時代からの浮世絵にも

描かれていると思います

橋の名前が安倍川橋で、

旧東海道の渡し場に位置している

この橋を越えてくると

まっすぐ家康の隠居所である駿府城

突き当たる

江戸時代には参勤交代で必ず通らなければ

ならない重要なポイントなのである

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その橋の袂にある大きな木の下で一休みのつもりが

20分以上も休んでしまった

熱を帯びた体がなかなか冷えなくて

しかもこの木の下に吹く風の

なんと気持ちよいことか

日影と日向の温度差の違いを

久しぶりに味わった

思い切らない限りずっと木陰で

休んでしまうところだった

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2006年8月21日 (月)

夏はやっぱり水遊び

(安西橋まで・・・・その4)

夏の子供の楽しみは、水遊びが一番

今日もご近所の小さな娘さんたちが

家の前でプールに4人も入って

わいわいがやがや楽しんでいました

しかし

このところ水の事故のニュースが絶えない

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この日歩いた道にある、どの学校でも

プールから子供たちの歓声が聞こえ無かった

一つの事故をきっかけに、調査をしてみれば

いかにずさんな管理が全国で行われて

いたかがわかる

日本のこれからの姿を垣間見たような

気もしますね

河川敷の公園では

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小さな子供が水遊びをしていました

安倍川本流の水を引き入れて流れを造っている

お母さんも水に足をつけて

気持ちよさそう

どうやらこれなら安心のようだ

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2006年8月20日 (日)

浜木綿は玉ねぎに変身

(安西橋まで・・・・その3)

海辺の太陽はとても強い

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あれっ、茎の上にたまねぎがなっている

そんな風に見えました

浜木綿の実です

1ヶ月前までは細い花弁がふわふわもっこり

白い姿を見せていたのに

今ではこの通り、たまねぎのようになってしまった

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河川敷では少年たちが炎天下にも負けず

サッカー教室に張り切っていました

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試合でもあるのかしら

いろいろなチームがこれから河川敷へ向かって

集まってきます

土手の松林ですれ違ったサッカー少年たちは

スポーツマンらしく

さわやかに挨拶を交わしながら

松の木陰を広場に向かって進んでいきました

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2006年8月19日 (土)

白い花たち

(安西橋まで・・・・・その2)

焼津のお祭りが終わると

土用波が立ち秋風が吹くと昔から

思い込んでいたのに 暑さが増しているように

感じられるのは、思い違いか

この時期 なぜか白い花が目に付きます

花壇には色とりどりの花がありますが

野生のものは白が目立つ

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安倍川河口 風車の近くには

鉄砲百合が満開でした

正式には高砂百合で台湾原産だそうで

鉄砲百合と言うのは葉っぱが広めで沖縄原産とのこと

だけど、私にはどちらも鉄砲百合で差し支えない

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かなりの数の鉄砲百合が咲いていたので

誰かが植えたのかもしれないが

だとすると

雑草と交え

自然状態を演出したなんて

かなりの通なお方だとお見受けする

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土手の周りの夾竹桃の並木も

白い花でした

街の中では赤い花が好まれて植えられていますが

この炎天下ではむしろ白い花のほうが気持ちよい

それにしても暑い一日だった

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2006年8月18日 (金)

風車に見送られて

(安西橋まで・・・・・その1)

酒匂川での釣り人の水害をテレビで見て

水辺の恐さを改めて知りました

大雨が降った後の崖崩れの跡も

目に浮かび、井川行きに躊躇した

そういう時は無理をしないこと・・

かといってこの天気の良さ・・・

車を走らせて、

いつの間にか安倍川河口に立っていた

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風車は少しばかりの風の中でもゆったりと

回っていました

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青空の中にその巨大な羽根は

ぐんと胸を張っているように見えました

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河口の向こう側は満観峰と高草山の上に

夏の積乱雲が立ち上がり

まだまだ、真夏であることを誇示している

そのまま安倍川左岸を北上

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安西橋を渡り、

バイパスの藁科川橋を渡り

右岸に至り・・・

一周り回って帰ってきました

万歩計電池切れで測定不可

5時間40分でした、(推定28000歩)

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