あっちこっち見聞録(写真はクリックで大きくなります)
2009年11月 8日 (日)
(東京散歩・・・・・③)
神楽坂の通りを抜けると
やっと車の通りの激しい道に
出て再び都会の雰囲気に
神楽坂下の交差点を通過する
少し上り坂になったところに
牛込橋がありその橋の上に
飯田橋という地下鉄の駅があった
橋を渡りきったところに男が一人
三脚を立ててカメラをじっと覗き込む
私もその横で同じ位置にカメラを向ける
足元を電車が走り去り掘割の水に
ビルの夜景が写っていました
牛込橋を真っ直ぐ進むと
たちまち人通りが全く途絶え
不気味ほどの静まりの中を進む
やがて九段高校を過ぎ堀端に出る
靖国通りにかかる陸橋に上る
向こうっ側に何やら銅像らきもの
暗いので良く解らないけどかなり大きい
このあたりはマラソン人が行きかう
陸橋を越えた先にあるのは
どうやら江戸城の内堀のようだ
お堀のところにある田安門に向かう
門を抜けていよいよ入城です
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2009年11月 7日 (土)
(東京散歩・・・・・・・②)
県道25号線を飯田橋九段下方面に
ひたすら歩く事にしました
東京の場合は県道とは言わず
都道って言うのかしら
早稲田大学のそばを通過する時
大勢の学生が何やらリヤカーに
大きな荷物を積んで横断歩道を行く
世の中の役に立つ活動でもしたのだろう
道はやがて外苑東通りと交差
街の明かりも次第に増えて行き
車のライトも眩しく光る
いよいよ東京の夕暮れが迫る
25号線が大きく右にカーブする
しかし私は横断歩道を渡って
さらにまっすぐ進むことにする
とこを歩いても初めての道に変わりない
やがて道はぐっと狭まり
車も一気に少なくなりました
ちょっとの間人通りも少なく
不安がよぎるが『神楽坂』の表示に
なぜかホッとしてさらに進むと
車は絶えてほぼホコ天状態
恋人たちや家族連れや友達同士が
仲良く楽しそうに歩いていました
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2009年11月 6日 (金)
(東京散歩・・・・・・・①)
ちょいと用事で東京へ出かけた折
お昼の休憩時間に付近を散歩した
ビルとビルの間からビルがかすんで見え
田舎では見られない光景と感心
近くの公園ではフェスタをやっていた
田舎では電車やバスで集まるが
都会では近所の人が集まっただけでも
お祭りが開けるほど人口が多いのだ
小さな動物たちに触れ合う子供たち
田舎の子供たちよりこう言ったイベントで
動物に触れ合う機会が都会の方が
絶対に多いのだろうと思えた
東京と言うところは人の多いところ
山手線の駅前はそれぞれの顔がある
この景色を見ただけで高田馬場だと
気がつく人が多いのではないだろうか
小学校の花壇に鉄腕アトムの絵
ここはお茶の水博士の科学省が
あったところだから道理で駅に降りた時
アトムのメロディーで迎えられたわけだ
用事を済ませもう夕方5時近かったけど
いつものように東京駅まで歩いて帰る
地理が不案内なので2時間半をみて
一直線に皇居を目指して歩き出した
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2009年11月 5日 (木)
(太平洋の白鳥たち・・・・・・・・⑤おわり)
やっぱりこの角度からが一番
しかも二つの帆船が重なって
大きく見えるところが良いね
ゆっくり見て充分堪能しました
日の出埠頭は伊豆へのフェリー
土肥への駿河湾フェリーの埠頭
迎えにある建物は見送りデッキでもある
遠回りだけどちょっと寄って行きましょう
見送りデッキの高いところから見ると
また違った風情が感じられます
今回は帆を張るドリルを見れなかったのが
ちょっとばかり残念だったけど
帰り道はドリームプラザの表を
真っ直ぐ駅に向かって歩きます
以前東海道の旅の時興津から
久能山まで歩いたコースの逆
いつも通り過ぎていた清水駅の
海側にある清水魚市場河岸の市
端から端まで貫通して歩きました
貿易港清水のもう一つの顔
そういえば新装なった清水駅の
海側から入るのは今回初めて
左側が港で前方に富士山の風光
日は傾き始めていました
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2009年11月 4日 (水)
(太平洋の白鳥たち・・・・・・・④)
まったく同じに見える二つの船
名前以外では船首の乙女が違う
海王丸の方は乙女が笛を吹いて
目を前方に向けて船を誘導している
日本丸の方か両の手を合わせて
目をつむりポセイドンに祈りをささげ
船の安全をお願いしている姿が
健気で優しい感じです
前日入港しtばかりで翌日からの展示
今日は多くの人たちがそれぞれ働き
珍しい光景が見られました
錨の上に乗って船腹の掃除です
こちらではマストの上に上り
数人の人が綱などの点検やら
張り直しをしていました
ものすごく高いところでの作業
陸上では滑車の修理や
綱の塗装など修理に余念がない
遠くで見ると小さいけれど
滑車一つでもかなりの大きさ
その滑車をマストの上に上って
順番に一つずつ降ろしていくため
曲芸並みの綱渡りで帆の先端へ
見ているだけで迫力ある作業でした
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2009年11月 3日 (火)
太平洋の白鳥たち・・・・・・・③)
その優美な姿は青空に映え
太平洋の白鳥は2羽とも
静かに埠頭にその身を横たえ
来るべき旅立ちを待っている
本来ならばここに富士山が構え
見事な絵になるはずだけど
白鳥たちに魅せられて姿を隠し
主役たちを引き立たせているようだ
今回の寄港は日本丸と海王丸
それぞれ個別には見たことがあるけど
二つ同時に見るのは初めてです
翌日からの公開を前にとても静かです
海王丸も日本丸も全くの同型
名前が無ければどちらがどちらか
私には判別がつきません
全長110mの世界に誇る帆船
河津桜を見に行った時
この日の出埠頭から出発した
広い広い埠頭だけれど
二つの帆船でいっぱいでした
平日の昼下がり二つの優美な白鳥
その姿をゆっくり鑑賞したい人たちが
今日の日を選んで楽しんでいました
私も塀に持たれて心行くまで楽しんだ
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2009年11月 2日 (月)
(太平洋の白鳥たち・・・・・・・②)
エスパルスドリームプラザは
勿論J1の清水エスパルス
近年大観覧車もできますます元気
遠くに日本平もかすんでいます
港に広い空間があり
大規模な催し物も開かれるのでしょう
階段があれば登ってみたくなる
階段の向こうに見れる帆船の柱
そう今日は日の出埠頭へ
帆船を見に来たのでした
ここからだとまだ帆柱だけ見えています
久しぶりに恋人に逢いに行く気分
足元にはオーシャンプリンス号
清水港常設の観光船です
他にも海賊船もあり港内の
遊覧船は多彩です
こんなにも天気が良いのに
富士山だけは霞のかなた
はるか遠くに浜石岳が尖がって
その存在感を見せています
いよいよわが愛する白鳥たちに
まずは懐かしの海王丸のお尻から
そのゆったりとした丸みに
しばし惚れ惚れと見とれてしまった
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2009年11月 1日 (日)
(太平洋の白鳥たち・・・・・・・①)
ある日の午後のことでした
半日のお休みをいただいていた
いつだって人があふれている都会と違い
久しぶりの新清水駅はとても静かです
かつて三保まで延びていた電車
今は遊歩道になっています
木曜日の昼下がりはとても静かです
近にいながらほとんど訪れないところ
遊歩道に沿って公園がある
港の見える公園では木陰で憩う人
ヨットハーバーではたくさんのヨット
日常的なのに非日常的景色です
エスパルスドリームプラザの広場
人ごみのないこう言った静かな風景も
たまに見ると贅沢な時間の流れを感じ
たった半日の時間がうれしく思える
港の親水広場では幼児が遊び
まるで天使のような姿に見とれ
背中の羽根を探したほどでした
彼はこの後海に向かって飛び立ったか
ドリプラの大きな観覧車の下
小さなお店のカフェテラス
喧騒の街角のすぐ隣にある
とても静かな時間の流れ
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2009年10月31日 (土)
(秋祭り・・・・・・③おわり)
子供神輿の御魂も入って
いよいよ出発の準備と言うところで
景気付けにそうそう一杯やりながら
巡幸コースを確認していたらどうもおかしい
ちょいと首を突っ込んだら先導やれと
私にお鉢が回ってきてしまった
御神楽(獅子頭)による儀式も終わり
私の先導で御輿巡幸がはじまる
一番先頭は獅子頭による御神楽
各家に入り込み柱に神様の跡を付ける
次は子供神輿が続き一番最後は
大人の神輿は各家の前で大暴れ
先導の私が休憩タイミングを間違え
一回目の休憩を早めてしまい失敗
それでもみんな快く我慢してくれた
3回目の休憩が13時半になってしまった
ところがそのお昼休みで和気藹藹飲んでいると
突然その上空だけが黒雲湧いてきて
雨が落ちてきたが気にせず飲んだり食ったり
しかしその内豪雨となり時節柄子供だけ中止
雨にもめげず大人だけ頑張ろうと
神輿を担いで動き出したら再び快晴
無事に秋祭りも済ませ集会所で
慰労会を始め結構飲んだね一日中
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2009年10月30日 (金)
(秋祭り・・・・・・・②)
我が町内の自慢はこの神輿だけど
なんてったって子供神輿も立派だよ
今では隣の町内も子供神輿を作り
昨年はエールの交換もしましたね
高学年の小学生が中心になり
神様にご挨拶しています
こうして育ってきた子供たちも
今では大人神輿のりっぱな担ぎ手です
拝殿では近郷近在からの来賓と
町内の各組長や子供会の役員
その他の関係者が並んでいます
式典が終われば着替えて担ぎ手にもなる
いよいよ神輿に神様をお迎え
若いものに負けじと重い神輿をかかえ
社殿の方へ運ぶこの元気には
拍手を送りたくなりますね
拝殿から社殿の方へ
この瞬間はやっぱり神妙な気分
秋祭りの緊張もいよいよ昂まります
気持ちを込めて心を静めます
大人神輿の次は子供神輿も社殿へ
幼い時からのこういった経験こそ
町内を愛する子供を育て見守る
大事な年中行事の一つなんだよね
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2009年10月29日 (木)
(秋祭り・・・・・・・①)
10月と言えば全国的に秋祭り
町内の鎮守の神様にも平和の御礼
仕事帰りにようやく駆けつけて
宵祭りにどうやら間にあったようだ
善男善女老若男女それぞれ
宴たけなわの様子でした
八幡様の境内に舞台をこしらえ
おばあちゃん達の演奏はもう済んでいた
子供たちは綿菓子をもらい
なんてったって金魚すくいこそ
腕の見せ所こんなにも取れたよと
とってもいい笑顔を見せてくれました
翌日は天高く秋晴れの朝です
以前私も参加して神社を再建して
鎮守の森も一度は消えたけど
次第に新世代の森に生まれ変わってきた
再建を期に76年ぶりに幟も新調
まだ数年しか経っていないので
その白さが青空に映えて眩しい
幟の上の飾りには一家言ある人
その彼が作ったススキと榊の飾り
今年の出来は近年にない出来だと自慢
しかし当の本人は都合がつかなくて
参加できずとても残念がっていました
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2009年10月28日 (水)
(海の子たちのバス旅行・・・・・・・・③おわり)
はるか南の方角には
これから私が歩く予定の
南伊豆方面が見えました
伊豆の旅はさらに遠い旅になりそう
身も心も若い海の子たち
白い岩と真っ青な海と
やさしい風があればいつだって
半世紀を飛び越えることができる
海の子たちは遠い海を見つめるとき
何故か腰に手をあてがう癖がある
見つめる先には何があるのだろう
そこには輝く夢が漂っているのか
それとも追憶の中の面影を
心に描きながら空ゆく雲に
語りかけているのかもしれません
この後バスは婆沙羅峠越えを目指す
バスの中ではゲームを楽しむ
しかしうっかり道を間違えて仁科峠へ
さらに宇久須へと下っていくのを私が
湯ヶ島へと誘導したものの酔う人も出た
浄蓮の滝へは私の人間ナビで到着
帰りのには三島の「村の駅」で
卵のお土産を皆さん買いこんで
東名高速で一路焼津へ
・
夕食は地元で中華の慰労会でした
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2009年10月27日 (火)
(海の子たちのバス旅行・・・・・・・②)
歩いて来た時は上から覗き込んだ
あの天窓洞に今度は海から臨む
青く澄む水に差し込む光り
半世紀前の青春の光りそのままに
伊豆の海は海の子たちをいつだって
やさしくその懐に抱いてくれる
青春とは何だろう時間とは何だろう
海の子たちは自問自答していました
堂ヶ島に来たら何と言っても
加山雄三ミュージアムへ寄ろう
往年の映画のポスターに
それぞれの思いを乗せて語り合う
あらあら海の子たちの大先輩
今日はご機嫌な笑顔でサインに応じ
握手までしてご機嫌の様子でした
皆さんも行ってみたら会えるかも
バスに乗ってやってくるとき
さんざんビールを飲んできたのに
食事時にまたまた生ビールだ
でもこれはこれでおいしかったね
食事の後の付近の散策には
勝手知ったる私の出番です
天窓洞を上から案内し三四郎島を望む
トンボロの海にはまだ時間がありそうだった
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2009年10月26日 (月)
(海の子たちのバス旅行・・・・・・・・・・①)
働き続けて頑張った海の子たち
ようやくわがままが言える年齢になり
手作りの計画でバス旅行決行
焼津から出発して伊豆へ伊豆へ
道の駅伊豆洋らんパークで小休止
バスはレンタカーだけど運転手は自前
海の子たちも世間の荒波に生きて
何でもできる連中に成長している
運転のプロもいればカメラ上手もいる
料理を習い始めたものはおやつを用意
お馴染みの堂ヶ島へつきました
先日ここまで私は歩いて来たから
勝手知ったるところだけど
こうしてのんびり船旅はしていない
秋の空は青く澄み渡り
海から見るとさすがに天下の絶景だ
数十年ぶりの者もいれば
顔を見ても思い出せない者もいる
話をしていくうちに昔の面影が
じんわりと浮かび上がってきました
自然の景色は半世紀前と変わらない
その間一人ひとりの中にドラマが生まれ
多くの喜怒哀楽を味わったことだろう
これからは努哀抜きで喜楽に生きたいね
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2009年10月25日 (日)
(デジカメのんびり花日記・・・・・・⑥おわり)
公園を出て家路に就く
勿論わずか10数キロの道のりは
歩いて帰る道なのだ
小さな川面にはバイカモの花が咲いていた
何気ない道の頭の高さに
ドングリが上を向いて威張っている
そっと語りかけて通り過ぎる
秋はそこここに潜んでいました
大井川の太平橋を渡る
もう何度も歩いて渡ったお馴染みの橋
橋の中央に大井川町から焼津市に変わった
案内の標識は昨年まで無かったもの
橋を渡った最初の信号は行き止まり
数年後にはこの道が国道150号となり
旧道は県道になることになる
工場群の中を貫通する産業道路
工事中の道に入って見学
今はどこまでできているのか
旧焼津市側はかなりできているが
こちら側はまだ断片的にしかできていない
旧街道を行き静浜航空基地付近で
部分的にできていて供用されている
今はまだ田園の中の将来の国道
真っ直ぐ高草山に向かっていた
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2009年10月24日 (土)
(デジカメのんびり花日記・・・・・・・⑤)
公園の片隅に咲く花
どう見ても桜のようだと思い
近寄って見てみたがやっぱり
桜だよねこの花は
ビオトープのような水辺に出る
葦が水際に広がってのどかな風景
空にはトンビがクルリと輪を描いて
水辺で鳥たちが戯れている
そのままの風景で新デジカメの
10倍ズームで近寄ってみると
上の写真では判別できない5羽の
カモたちの姿がくっきりと捉えられた
今度はグーッと近寄ってみる
ヒガンバナはまだまだその赤さを
周囲にふりまいています
ここまでは近づいても大丈夫
赤いヒガンバナの横に白いヒガンバナ
今年はいつものところに無かったので
白いヒガンバナは諦めていたけど
意外なところで出会いました
管理事務所には切り花ではあったが
黄色いヒガンバナがありました
黄色のものは初めての出会いです
いつかそのまま咲いているのを見たいもの
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2009年10月23日 (金)
(デジカメのんびり花日記・・・・・・④)
強い日差しを避けて松の根方で
お弁当を広げることにした
急ぎ旅ではないので松を見上げて
昼寝をすることにした
30分ほどの昼寝は気持ち良い
公園のフェンスの外側を見ると
セイタカアワダチソウや葛
そして紫露草が逞しく公園を見つめていた
広い園内の一画にある広場は
グループ制作の花壇の発表の場
それぞれが箱庭に夢を描いている
個性あふれる作品群でした
その花壇にコンデジで近づいてみる
まだ使い慣れていないので要領がつかめず
ただやみくもに写すだけだけど
花の方からほほ笑んでくれてうれしいね
それぞれの個性は色に現れる
色をうまく組み合わせることにより
お互いの色を引き立たせるのは
人間社会と同じなのかもしれないね
花だけでなく秋の実を配置して
なかなか憎い演出ですね
一つ一つじっくり見ていても飽きない
後はカメラの腕次第かな
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2009年10月22日 (木)
(デジカメのんびり花日記・・・・・・・・③)
今回の吉田公園の目玉は
コルチカムというこの花
土地の中から花だけがニョキ
一面に咲いている姿はきれいだった
紫系の花がいっぱい咲いています
名前は良く解らないけど集めてみました
お天気が良いので花も輝き
喜んでいるようにも見えました
道路にはみ出すように咲いている
私を見て行ってよねと声をかけている
そんな妖艶なお姐さんのような花
ジョークの一つも交わしてみる
園芸種の花は外来種が多いのでしょう
この公園では何十種何百種の花が咲いて
お客さんを楽しませていますが
ボランティアの人たちの努力の賜物
人は花を見ると心がうきうきするのは
いったいなんだろうね
大昔から頭脳の奥に刷り込まれている
花好きの記憶が呼び覚まされるからか
赤系の情熱は無いけれど
紫系はさわやかな青春の色
乙女の初恋のような淡き夢
でもまだうまく写せなくてごめんね
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2009年10月21日 (水)
(デジカメのんびり花日記・・・・・②)
秋に咲く花は結構多い
タノウツギの花はその名も由来も
全然知らないけれど何となく
なるほどと言わせる花だね
勿論秋の花の中で最も麗しき花
コスモスよ
君に勝る秋は無いだろう
だからいつものように静かに咲いてくれ
カエデの木には早々と
秋の実が実る
プロペラ型のその見は飛び立つタイミングを
どこにっ決めつけるのだろう
全然名前も知らないけれど
息を飲む様な
・・・もう限界・・・あした書きます
・・・・お休みなさいzzzzzz・・・・
66666
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2009年10月20日 (火)
(デジカメぶらり花日記・・・・・・①)
夜景はなんとか写せることが解り
今度はお日様の下での撮影会
15kmちょっと離れた吉田公園
昔花の博覧会をやったところを散歩
デジカメもって花を写しに行こう
秋の七草から開始だね
まずは「萩」これはヌスビトハギ
ウォーキングでいつもお馴染み
次は「桔梗」キキョウは紫と思ったが
白いものや斑入りの花もあって
七草の中ではその知名度は抜群
存在感の大きなかわいい花だね
次は「女郎花」オミナエシの花は黄色
たしか男郎花オトコエシは白だったよね
いっぱい群がり咲いている様は騒がしい
ひっそり咲いてこそ「高野の奥の女郎花」だね
次は「薄」ススキだけれどパンパスグラスの
フワフワしたその綿毛が華やかでいいね
侘び寂のススキこそ風流だといっても
それはそれこれはこれでみな「をかし」だね
次は「藤袴」フジバカマにも白があったけど
この幽玄な紫には「う~ん」とうならされれるね
あとはご存じ「撫子」と「葛」で七草になる
花の公園には「葛の花」は無く塀の外にあった
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2009年10月19日 (月)
(日々これ好日・・・・・②)
橋を渡って駿府公園に入ると
一気に暗くなってきた
ストロボを一切使わずに撮影
こんなにきれいに撮れるとは驚き
お堀の向こうにある県庁を写す
暮れなずむ空に半月が輝く
信じられないような写真の写り
手ぶれもあまりなさそうだ
公園を横断して県庁前から街へ
車の行きかう交差点でも
この程度の写りなら最高だね
どうやらカメラが勝手に調整するみたい
商店街の明るい照明の中では
昼間と同じぐらいの撮影状態
カメラの腕なんて文明が追いこして
とても楽しい時代が来たものだ
静岡駅前もカメラを構えているだけで
明るさがどんどん変わり丁度良いところで
シャッターを押すだけできれいに撮れている
まだ機能をしっかりわかっていないので
おいおい覚えていけばもっともっと
きれいに写せるのでしょね
帰りにいつも通る焼津駅付近の川
街灯があれば肉眼より明るく撮れるみたい
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2009年10月18日 (日)
(日々これ好日・・・・①)
コンパクトデジカメを買いました
以前から1眼を買いたかったけれど
ウォーカーには荷物になるので
ポケットの入るコンデジにおさまった
休日を待てずに仕事帰りに
駿府公園で初の撮影会
先の地震で崩れた石垣と
お堀周辺にカメラを向ける
以前のカメラだったら夕暮れ時は
ほとんどピンボケだったけど
これなら何とか行けるかもしれない
何となくウキウキした気分だ
県庁を見上げてみるとまだ空は明るく
夕暮れ時とは思えない空の色
シャッターを押しまくりながら
身近な風景を写し取っていく
巽櫓は復元したもので
昔からあったわけではありません
東向きの門の入り口には
もう灯りがついています
秋の夕日はつるべ落とし
一気に暗くなってしまいます
カメラの練習をするには
最適のコンディションかもしれません
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2009年9月15日 (火)
(夏の思い出・・・・・③)
富士山静岡空港へ見送りに行ってきました
海外旅行のような大荷物を持って
と言うことは車で行かざるを得ない
3回目で初めて車で行ったことになります
一年前開港前に歩いて来たのが最初
6月に開港して7月に歩いて来たのが
2回目で今回が3回目と言うことです
8月の下旬の土曜日でお客さんも多い
展望台ではいつものように
離発着時には見送りの人たちが
大勢集まります
お昼時で食堂は順番待ち
やむなく沼津の魚河岸ずしの
お弁当を買ってオープンテラスの
席の空くのをしばらく待ってお昼にした
さすが空港、周囲でお国訛りが聞こえます
売店を散策したりしていよいよ搭乗です
仲良く並んだ国内線と国際線の出発口
ローカル空港の利点は迷わないこと
来年あたりから私のホーム空港の筈
勿論晴れていればこの写真の中央に
富士山がくっきり見えるはずだけど
今年の夏は富士山に嫌われっぱなし
さあいよいよ楽しみな秋がやって来たぞ
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2009年9月14日 (月)
(夏の思い出・・・・・・②)
ある日の土曜日いつも勝手な私が
珍しく家庭サービスと言うことで
御殿場プレミアムアウトレットへ
東名高速を使って走りました
東西のゾーンに分かれた誇大な敷地
二つを結ぶのは緑の谷間にかかる橋
とにかく人の多さには驚きました
かつて富士山周遊で歩いて来たところ
近くの駐車場に入れずにIC近くに誘導
そこからシャトルバスに乗り換えて来たほど
中のでは勿論一人で隅から隅まで
一人で歩きまわっていました
大きな食堂の中でエビと卵のカレー
それとでっかいコップのコーラを注文
丁度食事中窓外は土砂降りでした
でも食事が終わったら再び曇天に戻る
少しは期待してきたものの富士山は
結局雲の中から顔を出してくれません
まあ今年はこんなものかなと苦笑
そのうち思う存分仲良くしてあげる
箱根外輪山を見ると日が当っている
あの尾根は先日自分が歩いたところ
中腹に見える白い風車とその上の乙女峠
何か遠い彼方の出来事のように眺めた
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2009年9月13日 (日)
(夏の思い出・・・・・・・①)
今年は各地で不況を口実に
花火大会を中止したところも多く
それでもギリギリで頑張った市町村
夢があってこそ不況は乗り越えられるもの
焼津の「魚河岸シャツ」はブームです
勿論焼津の町では完全な市民権を得
全国版のTVでも取り上げられデビュー
何せ着易さが子供や若い女性に人気です
愛しきものとの別れもありました
いつの時でも別れは辛いものですね
でも精いっぱい生きたことを思えば
それも一つの幸せだったのでしょう
秋の紅葉を計画した段階で
以前行った山犬段(やまいぬのだん)に
下見に行ってきました
不覚にもカメラを持っていくのを忘れた
山の中でホトトギスの花を見つけた
園芸の物は知っているが野生では
初めての出会いで感激しました
なれない携帯での写真で残念
さすがに夏の総決算と言うべきか
山犬段からの帰り道にわかに暗雲
1000m以上の山中で土砂降りの雨
久しぶりに雨合羽を着てしまいました
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2009年8月14日 (金)
(海の子たちの散歩)
7月12日晴天3回目の海の子の散歩
私としては2回目の参加でした
いつものように車ではなく徒歩で行く
水天宮の提灯は津島さんの祭りとか
前回参加しなかった者も参加したが
これなかった者もいるし女性はゼロ
炎天下の歩行を敬遠したのかも
私にはいつものルンルン気分
年輪を重ねた海の子はたくましい
今回得意の料理の成果を披露
サバの押し寿司とプリンの手造り
そんな逞しい海の子もいました
ジェットスキーが白い航跡を引く
青春の海を眩しそうに見つめる
かつての海の子たち
まだ枯れ切っていなところが素敵だ
そんな酔いを引きずりながら
幼少時の自分のテリトリーを確認
二つの川が合流するこの場所は
何といっても私の領分以外ない
勿論ヒマワリの咲くこの青空も
すべて私の物であったはず
そして私の愛し旅立ったものたちも
このヒマワリの空そのものだったはず
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2009年6月24日 (水)
(海の子たちの遠足・・・・・・④おわり)
海の子たちは再び同じ道を帰る
この次も同じところへ集合して
同じように歩こうと約束しました
次はきっと富士山も顔を出すだろう
石津地区は昔からの漁師まち
入り組んだ道沿いに家が並ぶ
海の子たちの原風景がここにある
半世紀をタイムスリップして歩く
町の角にある手造りの非常板
そういえば昔我が家にもありました
近所の元漁師のおじさんが作ったもの
静かに町内を守っていたっけ
帰りは木屋川の水天宮の水辺を歩く
カメラを構えるといつも逃げられる鷺
今日は何かに夢中だったので
物陰にそっと隠れてうまく写せました
港に戻ると桟橋が工事中でした
今は外港がメインとなった小川港
内港の補修は何の為だろう
すっかり船の少なくなったさびしき港
魚市場も今日は休みか
それとももう使われていないか
一面に網が干され車が止まっている
海の子たちはもうここにはいいない
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2009年6月23日 (火)
(海の子たちの遠足・・・・・・③)
集合場所に近づくと
後ろから自転車に乗った男が
私を平然と追い越していく
たぶんこれも仲間だろう
案の定堤防の下に自転車を止め
階段をすたすた登って行く
上で待っているのが先に来た仲間
いわゆる昔の「海の子」たちだ
海の子たちの遠足が始まった
「松原遠く消ゆるところ」まで歩こうと
声をかけられて有志が集まった
40分も歩くなんてとしり込みする人
そんな仲間やら私のように
短すぎて自宅から歩くという奴や
いろいろでしたがおしゃべりに夢中で
あっという間に目的地に到着
前日まで雨の予報がなんと快晴
はじめは浜辺でお弁当を広げたが
あまりの暑さにたまりかね
天文館のある松原へ移動
それぞれおにぎりや缶ビールなど
広げて昔話や近況をおしゃべり
まったく思いだせない顔や
馴染みの顔もあり話は尽きないようです
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2009年6月22日 (月)
(海の子たちの遠足・・・・・②)
小川港の近くにある釣り道具屋さん
かつてはよく利用しました
早朝くらい時間から餌を仕入れたり
仕掛けを物色したりして楽しんだものです
小川港にそそぐ3つの川
黒石川・石津川そしてこの木屋川
大きな川ではないけどゆったりと
水をたたえたこの川がなぜか好きです
かつては土の土手だったところ
小さな祠が時の狭間に残されて
ひっそりとたたずんでいます
船の安全を祈ったものか慰霊のためか
祠の中には小さな仏様が手を合わせ
港に浮かぶ船の方を見つめています
明るい陽光の港には安全を祈る心が
いつの世もあふれているものです
港から石津浜公園の方に行くと
全面芝生張りのサッカー場がある
サッカーの盛んな静岡にあって
ここは早くから整備されていました
向かい側には「青年の家」があります
ここから大井川港に向けて松林が
延々と続きます
ここ日の集合場所はここの堤防です
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2009年6月21日 (日)
(海の子たちの遠足・・・・・①)
5月の最後の日曜日遠足に誘われました
ちょうどこのあたり田植えが真っ盛りでした
引退したお父さんに変わって日曜日に
息子さんが小さな田圃で作業していた
海岸の堤防を歩くとのこと
私の足で40分ぐらいの距離なので
とりあえずそこまで歩いて行こう
コンビニでビールチューハイおにぎりを買う
国道150号だった道が
バイパスのために廃止され
新たに県道として付け替えられ
曲がっていた道も直線になっていた
旧国道を横切り海に向かって
川沿いの道を下ります
港にそそぐ川もすっかり整備され
静かな住宅地になっていくようです
小川(こがわ)漁港には
プレジャーボートも増えてきて
少しずつ変貌していくようである
今では焼津港の一部と化した港
前日までの予報では雨だったが
真にられないようなよい天気になり
富士山を期待したけどそれは贅沢
この時期これでも歩くには充分です
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2009年6月20日 (土)
(新緑に抱かれて・・・・・⑩おわり)
湖上駅の帰りにちょっと寄り道
川根大仏に寄って行きました
大井川筋には井川大仏と並び
二大大仏になりますね
ここではいろいろな仏様が
並んでいますが少し離れて
草鞋をはいた観音様がおられます
私の大好きな観音様
長いウォーキング生活の始めごろ
この観音様に出会い旅の安全を
祈願して幸い今まで大過なく過ごせた
改めて感謝の祈りを捧げます
観音様の目線には
大井川の流れと緑の茶園
小さな里の村とさわやかな風
歩き旅への憧れを育んだ風景です
三年前ブログを始めようとした
きっかけになった地名(じな)の
日本一?短いトンネル
最後に皆さんを案内しました
大井川鉄道地名駅のホーム
相変わらず自信無さげに
看板には?マークが付いています
・
今回は三年前のブログの
懐古旅のようでしたね
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2009年6月19日 (金)
(新緑に抱かれて・・・・・⑨)
長島ダムによりダム湖ができ
谷の下を走っていた電車は
湖上を走ることになった
そこで湖上駅の誕生になる
以前来た時は通行止めになっていたが
今回は駅に向かう道は通行可です
過去2度訪れたときまでは不可でした
これで湖上駅まですんなり行けます
トンネルの上から見る駅は
何度訪れても美しい
無人駅で少し折れ曲がり
対岸に線路は続いています
駅の上の東屋からみる駅
観光客が次の列車を待って
それぞれ線路上に憩う
まったくのどかな風景です
駅から見るトンネルの風景
線路の横に歩道ができていて
そのトンネルの上を越して
ここまでやってきました
湖上にはやさしい風が吹き
ずっと眺めていたい風景です
ウォーキングを始めて間もない
3年前始めてカモシカに出会った
懐かしいところでもあります
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2009年6月18日 (木)
(新緑に抱かれて・・・・⑧)
無人駅なのでホームまで入られます
待機していたアプト機関車がやってきた
機関車のあたりはレールに歯車があります
お客さんも列車から降りて見学です
ホームの端っこまで行ってみる
ちょうど登りと下りがこの駅で
停車中で登り線のお客さんが
此方に渡ろうとしています
ベビーカーを引いたお母さんらしく
機関車の乗務員と下にいた乗務員が
ベビーカーの通過を手助けしています
ほのぼのとした乗務員の光景でした
やがてアプト機関車が連結
お客さんが大勢群がって
その瞬間を興味深そうに
覗き込んでいました
左側がアプト機関車で
右側が客車です
いよいよこれから下り坂を
歯車で下ります
ガチャガチャと音を立てて
新緑の谷間を下っていきます
長島ダムが生んだアプト式
観光の目玉に成長しつつあります
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2009年6月17日 (水)
(新緑に抱かれて・・・・・⑦)
ダム湖の水抜きのシャワー
両サイドからきれいな放水
迫力と美しさでついつい見とれて
水しぶきを浴びていまいます
静かな山間にそこだけ激しく
動的なおかしさと霧の中に浮かぶ
虹も周りの緑に映えて
とてもきれいでした
しぶき橋を渡ってダムの脇を
階段で登ることにしました
遠回りすれば緩やかな道もあるが
全員一致で階段に挑戦
登りきるまでにはへとへと
息を整えていると噴水ショー
30分おきに10分間いろいろ変化して
ダム湖を彩ります
噴水ショーで息を整え景色を楽しんでいると
トロッコ電車の井川線長島ダム駅で
ちょうど電車が止まっていて
アプト連結が始まるようでした
連結を見るために早足で駅まで向かう
ダムの下にある「アプト市代駅」との間
ここだけでアプト式機関車が電車を押し
この駅までガチャガチャ登ってくる
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2009年6月16日 (火)
(新緑に抱かれて・・・・・⑥)
寸又峡(すまたきょう)は美女づくりの湯
緑の中の温泉郷なのです
今回は温泉はパスして
他も楽しみたいとのこと
その前に甘いものがほしくなる
大井川筋でソフトクリームとくれば
勿論「抹茶ソフト」ですね
順番待ちの行列がつく
抹茶がたっぷり練りこまれて
香り高いお茶の香りがする
今まさに新茶のシーズンでもある
体の中まで森が広がります
寸又峡を後にして次は長島ダムへ
大井川で最も新しいダムで雄大です
それにしても大井川はダムが多い
私の大井川源流の旅を参照してください
ダムの周囲は公園化されていますが
特に斜面の芝桜は植えても植えても
鹿に食べられて少しも成長しません
今年もせっせと植えたみたいですね
そんな斜面を降りてダムの下にある
「しぶき橋」にやってきました
背景の斜面にやっぱり芝桜はありません
咲きそろっていればきれいでしょね
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2009年6月15日 (月)
(新緑に抱かれて・・・・・⑤)
新緑のダム湖と吊り橋
それと天空の飛龍橋を回り
村に帰ってきました
木の実や鹿の角やキノコが迎える
お昼近くになってきて
だいぶ観光客が増えてきました
ゆっくり散策してきたけど
お腹がすっかりすきました
ヤマメの甘露煮入り山菜そば
自然一杯の中でいただくのは
とてもおいしいですね
一人歩きではいつもおにぎり
でも今日はお姉さんの奢りだから
それぞれみんなおいしいものを
注文していました
お昼時で満席状態でした
食事をしている目の前で
ひらひらする暖簾を見ては
ついつい食べたくなってしまい
注文をしておきました
焼きたての名物「山いも餅」
とても柔らかいんだけど
ちょっと餅っとしていて
たれの甘さも田舎の雰囲気でした
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2009年6月14日 (日)
(新緑に抱かれて・・・・・④)
やっとの思いで道路まで登り
尾崎坂展望台まで行ってみる
高校生らしきカメラクラブの人たちが
インスタントラーメンを作っていました
展望台から上流の方を見ると
緑の谷の中に青色の橋が見える
空中回廊のような飛龍橋です
帰り道はそちらへ行きます
飛龍橋への道も新緑の中
ゆっくり歩きたいような雰囲気
鳥の声や緑の空気を満喫して
皆さん楽しそうです
飛龍橋からの上流の眺め
ここは紅葉の名所でもあり
萌えいずる新緑は来るべき
秋の季節のときめきを宿す
吊り橋を渡らなくても
飛龍橋までは来ることができる
幼児でも車椅子の人でも
気軽に楽しめる自然です
飛龍橋から見る吊り橋は
はるか下の方に小さく見え
新緑の中に溶け込んだ
細い紐のようにも見えました
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2009年6月13日 (土)
(新緑に抱かれて・・・・・③)
寸又峡のダム湖にかかる吊り橋は
「夢の吊り橋」と言う名前でなんとも
その優雅な雰囲気が女性を思わせ
定員は11人でしかない
行楽シーズンでは安全のため
地元の人たちが交通整理
定員をしっかりチェックし
しかも一方通行になってしまう
私たちの順番の時
一番に渡り対岸でカメラを構える
目の前の私の背中が先に行ったので
次の人が足がすくんでしまったとのこと
一方通行のため戻ることはできず
向かい側の急な崖の道を登る
樵の人たちが昔渡ったのだろう
足の痛みがちょっとぶり返す
暫く登ってから下を見ると
今渡ってきた夢のつり橋が
小さく見えまだまだ人が続きます
周囲の木々と水のコントラストが美しい
急坂の途中にある休憩所
「くろう坂」と言われればその通り
チュッと休んで息を整える
鳥の声や木々のささやきが聞こえます
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2009年6月12日 (金)
(新緑に抱かれて・・・・②)
ホテル群の温泉街を抜け
遊歩道に入るとあたりの風景は
もうすっかり森の中です
深呼吸するたびに胸が震える
眼下には懐かしい吊り橋です
お猿が対岸から渡るための橋
ついでに山登りの人も利用
かなりスリルのある橋だったなあ
山を一回りするとトンネルがあります
新緑を求めて多くの親子連れや
御爺さんおばあさんも家族で
楽しく歩いています
トンネルを抜けると眼下にダム湖
美しい緑色をたたえています
ダム湖の上には吊り橋が見えます
この橋も懐かしい橋ですね
吊り橋への道は急な階段の下
足に自信の無い人は遠回りして
遠くから眺めてくださいとのこと
まだ足の痛みが癒えていないけど
頑張って降り坂道を行くと
吊り橋の手前でなんと渋滞です
順番待ちの列についても自然の中
ちっとも苦にはなりません
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2009年6月11日 (木)
(新緑に抱かれて・・・・・①)
5月の連休に県外に住む母娘と
焼津に住む姉の計3人の女性に
依頼され大井川上流を案内する
川を上り早速SLの千頭駅で小休止
なにせ大井川は私のホームグラウンド
一日ならばのコースと言うのを企画
「大井川源流への旅」のポイントを
おさらいするようにまずは音戯の里
いらっしゃいませとトトロが歓迎
いわゆるチェーンソーアートです
大井川の自然がいつまでも守られ
トトロがゆっくり過ごせればいいですね
千頭から大井川を上り
支流の寸又川沿いの寸又峡へ
ここは春夏秋冬美しい自然に恵まれ
観光客が訪れるリゾートです
駐車場から真っ直ぐ寸又峡温泉の
町を貫くように坂を登る
ホテルからは家族連れの楽しい歓声
明るい陽光の中さわやかな空気が流れる
町のどん詰まりまで歩くと
バスの発着場があります
いよいよここから先が寸又峡の
自然が満喫できるコースが始まる
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2009年4月 5日 (日)
(日々これ好日・・・お花見)
昨日恒例のお花見に行ってきた
今年の桜は早目だとのことだったけど
見た目は昨日がちょうど満開でした
まだ散り始めてはいません
焼津の木屋川堤では桜の木も
もう古木の部類に入るのでしょう
貫禄の出た木が多いと感じられます
季節だけは確実に春ですね
近くのスーパーに集合して
ちょっと買い物をして
桜並木を歩きながらお花見しながら
用意してくれた場所へ移動
なんと華やかな紅白の桟敷
ピカチュウやドラエモンも彩りを添え
片隅をお借りして早速花より団子です
お天気を気にして早くから酒盛り
いつもなら土手の上での花見
これはこれでいいものだけど
途中で居眠りも出るので
ちょっと危険なおじさんたちです
この川筋には多くのカメラポイントがあり
三脚を立ててそれぞれの狙いどこに
カメラ好きの人たちがいました
午後は天気が崩れだしたので
早目に始めたことが正解でした
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2009年2月24日 (火)
(山の神祭り・・・・・・・・⑨おわり)
ほろ酔いで気分で里までたどり着く
先に下りていた友人が待っていて
家に寄っていけと誘ってくれた
真っ青な空、高草山は春うらら
こうなると反省の無い男
再び出された缶ビールを
遠慮もなしに飲み干して
お変わりまで要求しだす
友人宅ではエビネの芽が動き出し
丹精込めた逸品を披露する
昔、野山を駆け巡り野生ランを探した
そんな青春時代を思い出す
酔っ払いを心配して車で送るというのを
歩いて帰るからと丁重に奥さんに断り
朝比奈川の土手に向かう
焼津の隠れた名所河津ざくらを楽しむ
焼津を縦断してあっちこっち歩き回り
焼津文化センターまでやってきた
郷土史博物館で漁師の画いた
絵画展をやっているはずだ

漁業の様子を精細な筆致で画いた
絵画は漁師ならではの視点ですばらしい
片隅には岡本太郎の明日の神話の下絵
渋谷にある大壁画同様右下に小さな船が2艘
焼津が永遠に忘れない第五福竜丸の怒りだ
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2009年2月23日 (月)
(山の神祭り・・・・・・・⑧)
ご馳走を持って村人の仲間に入る
竹の器に煮豆と卯の花が酒の肴
竹のお猪口には並々とお神酒が
お客をさりげなく歓迎してくれます
直会(なおらい)の席には
これまた竹で燗をつけたお酒が
たまらなくよく似合う
お酒がどんどん進んでしまいます
村人と話し見知らぬ客と話し
呑むほどに酔うほどに時は過ぎ行く
友人が帰ってもまだ居座り
気が付けば最後の一人になっていた
ふらふらしながら村人と里に戻る
村人にとって迷惑な客だったかもしれない
本人にとっては夢うつつ
まったく反省の無い馬鹿者でした
酔い覚ましついでに罰当たりに
村の神社に寄ってみる
山の神祭りとは縁のない神社だけど
ここはここで「郷日待ち」(ごうびまち)で
村人にとっては大切なところ
天然記念物のナギの木や
六鈴鏡出土の古墳があったりで
きっとトトロも棲んででいたのでしょうね
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2009年2月22日 (日)
(山の神祭り・・・・・・⑦)
祭事が終わり行列が動き出した
磐座を見上げると龍神が横たわっている
これから一年村里を見つめてくれるでしょう
龍神の一番居心地の良い場所なんでしょう
実はこの磐座からの下り道が
上り道よりも急坂でした
いつものウォーキング靴では
チョットばかり足が痛い
下り道は谷を一つ越えて
自動車道を横切り
畑を横切り谷川を横切り
ほぼ最短距離で戻ります
谷の反対側から「直会」会場へ
炊き出しの煙が見えます
お昼の時間が近づいています
おなかもペコペコです
直会では伝統的に煮豆、おにぎり
おからの卯の花の煮しめだそうで
龍神の舌と同様の葉蘭の葉で
包むとのことです
一番下に煮豆、卯の花、おまけに
上におにぎりを乗せてもらいました
この葉蘭の器こそ日本の伝統でり
子供たちにも受け継いでほしいもの
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2009年2月21日 (土)
(山の神祭り・・・・・・⑥)
確かに険しい山道です
通常の高草山ハイキングでは
味わえないほどの急斜面
一列ずつの渋滞なので
疲れることは無いけれど
山道は随分狭くてやっと一人が
通れる幅しかなく枯れ葉を踏んで
足を滑らせる人もでました
登り始める前に観客に
無理に上らないで下で待ってと
世話役の人が言っていたのが
うなずけるほどの道でした
かなり登ったところで
磐座(いわくら)に到着です
後ろのほうにいたので
何をやっているのか見えません
絶壁の岩場なので
多くの人が集まれなくて
村を向いて目覚めた龍神の姿が
こちらからでは見えませんでした
龍神が見つめる村里に向かって
年男が孟宗竹の矢を射りました
潅木に当たり山々に木霊する
春の息吹を矢に乗せて里に届け
山の神は田の神になるという
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2009年2月20日 (金)
(山の神祭り・・・・・⑤)
山への道中では
直会(なおらい)会場を通り過ぎる
女性人が準備のためすでに
集まっていました
まだまだ皆さん元気な様子
「おんべえ持って、参ろう参ろう」と
「山の神の勧進、何でも一升十六文」
の掛声を時々張り上げて登ります
我々お客さんもテレながらも
掛け声に唱和して登ります
眼下には焼津の町が広がり
天気に恵まれ気分爽快です
道中半分と言うところで小休止
髭と角をピンとはねてはいるものの
まだ龍神は眠ったままです
しばしの休憩時間でも
見知らぬ人とも楽しい会話です
さあ、これからが本当の山登り
あらためて行列を立て直して
狭い道を一列になって登ります
普段は使わない道だけど
この祭りのためだけに村人が
一週間前から草刈などして
山道を整備していたそうです
みんな生き生きとして登り始めました
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2009年2月19日 (木)
(山の神祭り・・・・・・④)
10:30いよいよ祭りの行列の出発です
各地の祭りは派手になるけど
この素朴さがなんともいえず素敵です
先頭の鏡餅、赤飯、掛け魚と並び
御幣(おんべ)、幟旗、龍神、弓、矢の順で
行列は山に向かって動き出す
せめて観客はその行列の後ろから
付いて行ってほしいと村役が言う
幟旗も紙でできた素朴さが
この祭りの奥深さを物語っています
勿論龍神が背負っている幟も
紙でできていました
最後に続く矢といっても
孟宗竹を大胆に切り出し
矢羽には勿論葉蘭(はらん)を刺し
この矢が後ほど祭りの主役になる
かつて女人禁制の祭りだったが
今のご時世そんなのは通用しない
でも行列のお供えは男だけで持つ
毎年2月8日は動かさないそうで
今年はたまたま日曜日でした
「やまならず」といってこの日だけは
山仕事をやめて祭りに専念したそうだ
竜神も眠ったまま山に登って行きます
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2009年2月17日 (火)
(山の神祭り・・・・・・②)
御神体は龍神です
昨秋刈入れた新藁を
藤の木の皮を使った紐で
きつく縛ることから始まります
藁を両手で力いっぱい搾り
それを三つ編みのように重ね
搾りに搾り胴体ができてゆきますが
かなりの重労働のようです
この祭りの面白いところは
材料は事前に用意するものの
御神体自体朝9時から造り始めるところ
それとこの祭りの神社は存在していない
つまりこの祭りは日本の祭りの
原型を今でもとどめていることです
神社仏閣がなくても原始日本では
自然を畏敬する伝統があったのでしょう
アマチュアカメラマンが覗き込んで
村人は新藁を次々運びこんで
延々と作業は続いてゆきます
村人もお客様を歓迎しているようです
藁の根元のほうを胴体からはみ出させ
それが龍のうろこを現しているようです
設計図も何も無いが村人のこころの中に
しっかりとその姿が受け継がれているようだ
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2009年2月16日 (月)
(山の神祭り・・・・・・・①)
先週 2009年2月8日(日)
山の神祭りに行ってきました
数日前同級生と駅でばったり出会った
日曜日にお祭りがあるとの事
焼津の高草山の麓の「関方」の村
「方の上」「関方」「策牛」と並んだ
変わった名前の村々の一角
何度も車で通り過ぎたり歩いたり
でも村の中まで訪れたのは始めて
朝9時には来いとのことで
前日の疲れもあったが車で送って
貰い何とか間に合ったようだ
祭り当番の家には村人が集まり
準備が始まっていました
「山之神大権現」の幟旗も雰囲気を出す
ご祝儀の一升瓶も並んでいます
お庭にはブルーシートが敷かれて
なにやら始まっています
周りの人たちも覗き込んでいます
噂には聞いていたけど
祭りを見に来たの初めてです
何せ焼津市の「無形文化財」とのこと
ウォーカーとしては是非見ておかなくては
いつものリュックを背負ってやってきた
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2009年1月14日 (水)
(師走のある日・・・・・・②)
・・・・ダミー人形で・・・・・・
12月の静岡県は防災訓練の月
私は救助班を以前から仰せつかっている
今回は自治会からダミー人形の提供
・・・・・気道確保・・・・・
救助班のリードーの筈だが
その技術はまったく知りません
したがって今回は率先してやりました
・・・・・・呼吸確認・・・・・
耳と目と触覚で状態を確認
この状態で息をしていれば
勿論後の行程はありませんね
・・・・・心臓マッサージ・・・・・
マウスtoマウスを行った後
こんどは心臓マッサージですが
のんびりやりすぎると周囲から
イチャモンが飛んできました
・・・・・・・AEDの用意・・・・・
人工呼吸と心臓マッサージがだめなら
最後の手段、AEDの登場です
音声ガイダンスにしたがってスイッチon
・・・・マットの装着・・・・・
対角線上にマットを装着です
冬で衣類をいっぱい着てたら
大変でしょうね
・・・・・通電開始・・・・
高電圧で危険なので周囲確認
この日は訓練に子供が参加していたので
ちょろちょろ歩く幼児を捕まえておくのも
私の役目でした
・
もしもの時はお役に立てるかな?
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2009年1月13日 (火)
(師走のある日・・・・・①)
3つほど溜めていた用事のために
師走のある日一人静岡の街に行く
若者が集まる109のあたりは
おじさんだって華やかな気分になる
109の前に大きな血塗りの鎌を
持ったままじっと立ち尽くす黒い影
それは悪魔か天使か
少し目を離した隙に鎌の位置が変わっていた
新静岡センターではコンサート
センターが1月いっぱいで改築され
その店じまいの記念イベントです
あたりはクリスマスの雰囲気でした
新静岡センターは静岡鉄道の起終点
永い間市民や訪れる近隣の人たちの
憩いの場所でも有りました
リニューアルして新時代を開いてください
センター7階の写真展を覗いてみる
静鉄は新静岡駅と新清水駅を結ぶ
途中にある狐ヶ崎駅で遊園地ができ時
それを記念して北原白秋先生に作詞を依頼
できた作品が有名な「茶っきり節」でした
文学の薫り高いメジャーな民謡となり
中学高校時代は全校生徒踊ったものです
写真には懐かしい青春が漂っていました
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2009年1月12日 (月)
(日々これ好日・・・・⑧おわり)
ご当地検定は身近なものは挑戦しようと
県内のものだけを2年前から楽しんでいる
今回は「なまず検定」で防災関係だ
3級合格者による1・2級の試験でした
とにかく超難問で後日の発表では
全員不合格と言う珍しい検定でした
90分間使った頭をは熱を帯びてしまい
しずかに冷やしながら静大を後にする
東静岡駅に向かう道すがら
小鹿(おしか)公園の二ツ池に寄っていく
街中にある静かな公園では
釣り人たちが池を取り巻いていました
東静岡駅までやってきました
数年前にできた駅で周囲は
いろいろなビルが並び始め
静岡清水合併後の中心になるでしょう
先日歩き回った清水公園のある
谷津山に夕陽が沈もうとしています
夕陽を美しく感じるのはその一日が
充実していた証しかもしれませんね
駅舎の2階から窓外を見ると
新しいビルを建設する前に
遺跡の発掘をしておこうと
大規模な掘削が行われていました
静岡は大地の下に歴史が埋まっています
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2009年1月11日 (日)
(日々これ好日・・・・・・⑥)
この日の目的地静岡大学
これだけの距離をここまで歩いて来たのは
今回が初めてです
WALKERとしては面目がたつ
東名高速をくぐって小高い丘を
わざと越えていくことにする
軟弱だった一昨年前までは
バスで静大まで行ったものです
丘を乗り越えるとバス停近くの
道が見えてきました
最近では一年前だったか
近くのスーパーまで車で来て
傘さして来たっけね
そういう意味ではお馴染みの
学校ですが
うっかりすると怠け癖が顔をもたげて
来るのをこんな感じで自分を鼓舞
校内はとても静かでしたが
紅葉だけは見事に彩を見せ
私を歓迎してくれました
見果てぬ夢の旅路の一つ
教室に入る手前で
静岡新聞社の車が停まっていました
たぶん私たちを取材に来てくれていると
なんとなく嬉しくなってしまいました
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2009年1月10日 (土)
(日々これ好日・・・・・・⑥)
登呂遺跡の南端は東名高速道
実はこの下にも遺跡は続いている
道路わきの道を東に歩いていく
方向は日本平方面です
急激に広がっていく住宅地を抜け
僅かに残った田園地帯に至る
ようやく富士山が見えてきた
私が幼少のころ
登呂遺跡で見た富士山です
裾を引く日本平と富士山の取り合わせ
この景色こそ縄文・弥生人たちが
朝な夕な見ていた光景です
静岡人にとって心の古里の原風景
静岡を襲った昭和49年の七夕豪雨
私の友人達もかなりの被害を受けました
その教訓から大谷川を拡張して
巨大な放水路をを造り被害は無くなった
放水路を超えてさらに東に向かう
田んぼでは稲のヒコバエに穂がつき
大昔から豊かな大地である駿河の風土を
今も富士山が見守っているようでした
この日登呂遺跡はついでに寄っただけで
本当の目的地は東名高速道の
向こうに見える静岡大学でした
かつてバスや車でしか行ったことが無いが
今では私の歩行距離の射程圏内です
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2009年1月 7日 (水)
(日々これ好日・・・・・⑤)
縦穴住居の中に入ってみる
なかなか中は広そうだ
中の柱は立派な角材
よく見ると石斧で削ったあとも有る
屋根の上部には通気穴があり
モンゴルの遊牧民のパオみたいで
なかなか頑丈な造りです
宙吊りの棚みたいなのは何だろう
土間の中央には囲炉裏跡か
部屋の真中にあっては不便だろうに
でも安全のためには一番良いのかな
あれやこれや想像をめぐらす
公園の中には芹沢銈介の作品を
集めた美術館がありました
日本人なら一度は目にしたことがある
作品です
登呂遺跡は住居跡も有名だが
むしろ水田跡のほうが学術的には
価値があるようです
実際は地下1メートルに本物の
水田跡が保存されているとの事

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