ミャンマーのデモで一躍話題になったのが、経済制裁の話しですね。国連レベルでは制裁をしようという動きの中に、中国だけが渋っていますね。では日本は・・・なんとなくはっきりしませんね。
本当は知らぬ顔の半兵衛を決め込もうと思っていた矢先、日本人ジャーナリストが死亡。明らかに政府軍にうたれたことが明白なのでいつものように「事実を確認するまでは・・・」なんて時間稼ぎもできなくなって申し訳程度の抗議をしていますね。遺族が騒げば「自己責任論」でも言っておけばよいのだが、最近では皆さん利口になって騒がないので、それもいえないし・・・・。
貧困が政情不安の最大の原因だと言う論理により、世界中が後進国と言われる国にODAによる援助をしています。ところが、ミャンマーだけは軍事政権にODAの援助をすると民主化が進まないと言うことでむしろ制裁の方向に向かっていて、それがまた貧困を呼び軍政の圧制につながっている。
そこで日本は軍事政権に対して、一番の援助を与えています。ミャンマーにおけるODAの最大国だそうです。もちろん、医療・保険・発電所・緑化など、国民に有益になるものばかりです。
日本からのODAについてはスーチーさんが「軍事政権を冗長させるだけだ」からやめてほしいと言っていましたが、聞く耳を持ちません。もちろん人道的見地からの援助に誇りを持っているからでしょう。
その間、中国はろくろく首を長く伸ばし、世界中の油を嘗め回っていますね。もちろん、ミャンマーにも抜かりなく目をつけて、中国までのパイプラインまで敷こうとしています。日本からの援助を当てにしてか、北朝鮮まで武器を売り込んでいます。
今中国の動向に注目が集まっていますね。周囲に北やミャンマーのような民主化していない国が存在していることにより、自国の民主化問題が薄まっているのだから、民主化してもらっては困る訳ですね。
さてさて、ミャンマーがブーマ(ビルマ)に戻る日はいつになるでしょう。
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(ちょっと寄り道東海道・Ⅲ・・・・・⑥)
お城の石垣の周りを歩こうとしたが
もちろん二方向は堀や絶壁で
そうは簡単に攻められる物でない
どん詰まりで見上げると風雲の城だ
石垣の片隅の裏木戸から
二の丸御殿に下ります
物陰から忍者でも出てきそうな
雰囲気でした
重文の御殿は落ち着いた雰囲気で
静けさの中に建っています
苦難の歴史に中でやっと落ち着き先を
見つけたように見えました
お城の片隅、図書館の前の
公園でおにぎりタイムにしました
古地図で見ればこのあたりも
昔の堀の跡のようです
橋の向こうで一休みしている
同年代の人とおにぎり食べながら
大いに話が弾んでしまいました
おかげで長時間の休憩でした
再び東海道に戻り歩き出しました
いまどき公衆電話も珍しいが
電話BOXも洒落た物だ
街づくりの一環なんでしょうね
おっとこちらは両替屋の看板
馬に乗った一豊公と千代さん
銀行もこんな感じに改装して
まさに大河ドラマの街ですね
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