2009年9月12日 (土)

富士山周遊の旅完結

(富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・完結編⑫完)

078

元箱根港の海賊船は満員の人を

降ろして再び満員の人を乗せて

出港して行きました

背後のにいつの日か登りたい駒ケ岳

081

海賊船を見送って歩きだす

いつもの恩賜公園に東口から

東海道三名橋の一つ芦川橋を渡り

二百階段を登り公園の上に出ると

084

周遊の旅の最後を祝福するように

芦ノ湖の向こうに富士山が見えました

明治天皇の離宮であった公園の

レプリカである離宮のベランダからの富士

086

有終の富士山に感激し

公園の木々や花々がほほ笑む

富士山周遊の旅の完結を祝し

恩賜公園は大好きな山百合の花を

私にプレゼントしてくれました

087

公園から降りていつもの箱根関所を

江戸口御門から京口御門に抜ける

富士山周遊を果たした者にとって

関所はフリーパスで通過できる

091

出発点の箱根園地の港

ここも満員のお客を乗せ

海賊船が出港して行きます

湖上に長い影を残しながら

★☆★☆★☆★☆★☆

長いことかかった富士山周遊の旅も

これで完結です

でも富士山は大好きですので

これからも別枠で富士山の

のんびり旅は続けるつもりです

ご声援よろしくお願いいたします

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2009年9月11日 (金)

元箱根の港へ

(富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・・・⑪)

070

箱根神社は戦国の昔より

幾多の変遷を経て人びとを見つめ

そのどっしりとした存在感を

今の時代に示しています

071

この神社は前回もそうだったが

中国からの観光客が大勢参拝

ひとしきり終わったところで私たちも

旅の無事を報告しました

072

樹齢数百年の杉の木は

箱根特有の霧のためか

下の方はすっかり苔に覆われて

ご神木として旅人に語りかけます

073

神社から真っ直ぐに湖面に道がのび

その先の湖上から大鳥居がそびえ

外国からの観光客も記念写真

国際観光都市として憩いの箱根

074

旅の最後は近づいてきました

一日風が少なかったので

体から水分もだいぶ抜けましたが

まだまだ吹いてもすぐに汗が出る

076

元箱根港にはまだまだ多くの観光客

我々はクールダウンに入るために

恒例のソフトクリームタイムです

私はおいしそうなマンゴーソフトにしました

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2009年9月10日 (木)

箱根神社に到着しました

(富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・・・・・⑩)

064

林の中の道だけでなく

いつの間にか自動車道に合流

このあたりやはり歩くのが恐い

車の速度が速いほど人間が気をつける

065

やがて市松模様の遊歩道に差し掛かる

これは以前歩いたことのある道の延長

ここまでくればもう観光歩道の中

落ち着いて歩けます

066

道野辺には名の知らぬ石塔が

ひっそりと並んでいます

きっとそれなりのいわくがある

物語の中の石塔かもしれない

067

遊歩道は小さな吊り橋にさしかかる

湖畔の遊歩道のためだけの吊り橋

わずかな木陰が涼風を誘う

いよいよ旅も終末へと近づく

068

湖畔の近くを行く遊歩道は

時にはホテルの敷地内を横切り

レストランでくつろぐリゾート客の前を

大きな顔をして通り過ぎてゆきます

069

箱根神社に到着しました

以前逆回りにここまで歩いたので

ここで芦ノ湖一周した計算になります

道中の無事に感謝してお参りしましょう

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2009年9月 9日 (水)

サルナシとアケビとミヤマアカネ

(富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・・⑨)

053

食事の後の歩きなので

ペースはのんびりしたもの

噴き出る汗は拭っても拭っても

後から出てきます

054

頭上を見上げるとサルナシの実と

アケビの実がなっています

まだ秋には少し間があるので

かたい実のままでした

058

足元を見ると珍しいトンボ

後で調べてみるとミヤマアカネだ

またベージュ色をしていますが

秋になると真っ赤になるそうです

062

対岸の箱根外輪山の山並み

その麓を今日は歩いて来たのだ

湖には海賊船が2隻と遊覧船が1隻

湖上ですれ違うところです

057

芦ノ湖東岸は対岸と違って

湖畔にホテルがいっぱいあります

夏休みでホテルの駐車場も

満杯状態でした

059

湖畔にあるもう一つのロープウェー駅

こちらは箱根駒ケ岳頂上行きだけど

営業していないようでした

お客さんが多い箱根ではもったいない

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2009年9月 8日 (火)

湖畔の道を見つけて

(富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・・・⑧)

046

大勢の観光客を乗せ

頻繁に海賊船は出たり入ったり

天気も良いし快適な船旅でしょう

大涌谷行きのロープウェーも人がいっぱいだ

047

ここから湖畔道路は大きくカーブして

山の方に登っていきます

観光案内には乗っていないけど

湖畔を歩く道があるはずだ

049

探してみると自動車道が折れる先

お土産屋さんの裏手にありました

しかも車止めがあるのだから

歩行者専用になり快適な道

050

これで湖畔一周の目途がついた

対岸のややアップダウンの道より

こちらの方がよほど歩きやすい

そぞろ歩きも危なくありません

051

天城で覚えたヒメシャラの木も

ここではすくすくと伸びて

気持ちよく水辺の気を吸っています

木陰より鳥の声もさわやかです

052

杉桧の林の中も木陰になり

高原のさわやかな風に

歩くのにはとても快適です

食事の腹ごなしには持ってこいだ

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2009年9月 7日 (月)

富士山二周分完歩

富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・・・・・⑦)

038 

森林浴並木道と言う石碑

深良水門よりの道はまだ少し

自然な姿を見せてこんな石碑に

似合わ会い程豊かです

040 

途中で蝶のグループと再開

総勢ではかなり多い人たちで

この季節の中では皆さん目が輝いて

森を楽しんでいるようでした

041 

湖尻水門に到着しました

ここで私の富士山周遊の旅も

一巡して富士山二周分一応完結です

参加してくれた友に感謝します

042 

湖尻水門は早川の源流となり

相模湾に流れ込んでいます

水清く魚たちが群れ泳ぎ

しばしの憩いのひと時

043 

湖尻水門から芦ノ湖周遊に入り

以前歩いたキャンプ場のあたりの

森の中を歩きます

私の頭の中で次なる旅の構想が渦巻く

045 

昼にはまだ早い時間に桃源台に到着

緑陰にお弁当を広げて早弁とする

海賊船を見ながら湖畔でゆったりと

足を休めました

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2009年9月 6日 (日)

深良水門にしばし憩う

(富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・・・・⑥)

032

深良水門に到着しました

水門の周りには虫網を持った人達

勿論子供達ではありません

先ほどの蝶のグループのようです

033

水門自体は思ったより小さい

これがかの有名な深良水門なのか

現在の物は明治そして平成に

改修されてものでそれ自体普通だが

034

この水門のすごいのは1666年から

1670年に完成したトンネルなのだ

湖尻峠に1280m余の穴を掘った

江戸時代の技術のすごさに感動

037

350年の間滔々と裾野の村に

水を供給し続けたそのすごさ

湖から流れ出た水が今まさに湖尻峠の

トンネルの中に吸い込まれていくところです

036

深良水門からは湖尻水門が見えます

そこまで歩いた時点で3年がかりの

私の富士山周遊の旅も完結します

湖尻水門の向こうに丸岳が見えます

035

湖尻峠から目を右に転じると

桃源台の海賊船船着き場と

ロープウェー乗り場それと

早雲山や箱根駒ケ岳が見えました

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2009年9月 5日 (土)

蝶の人に出会う

(富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・・・⑤)

024

小杉ノ鼻を通過します

多少のアップダウンはあるもの

平均してとても歩きやすいので

ちょっとばかり物足りない感じ

025

一か所だけだけど岩を乗り越え

ちょっと楽しい気分です

歩きやすい分だけ鳥の姿や

蝶蝶や花の姿を楽しめます

026

そんなせいか周遊コースを

走っていく人たちがいます

大学生のようなグループも

女性も交じって走っていきます

029

森の小道でカメラを構えた人がいます

鳥ですかと声をかけると蝶ですとの答え

ひとしきり蝶談義を話し出す

いろいろ聞いてお別れする

030

いよいよ最後のポイント亀ヶ崎

ほとんどのところは自然林に負けて

景色は見えなくなっていますが

それはそれで自然で良いかな

031

深良水門にどうやら近づいた

近道の矢印が出ています

道中の半分は来た計算です

少し休憩して行きましょう

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2009年9月 4日 (金)

モグラたちの最前線

(富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・・・④)

018

火山の山である箱根は流れ込む川が

ほとんど無いように思います

雨は大地にしみ込んで湖に湧き出るのか

どれでも小さな谷川らしき水の無い谷

019

湖のほぼ中央付近を行く

空は明るくなっていきました

これでは対岸では富士山が

くっきり見えるかもしれない

020

真田浜を通過します

一番奥の深良水門まで4.4km

鳥の姿を追いながら道草

順調な歩きで余裕たっぷりです

021

山道の途中には盛り土と穴

明らかにモグラたちのテリトリーです

ここ富士山と箱根はモグラの最前線

コウベモグラとアズマモグラの衝突地

022

平坦ではあるが少しは変化がある

時にはこんな丸木橋などがあり

ハイキングの気分は絶好調

谷だってそんなに深いわけでもなし

023

立岩を過ぎる次第に深良水門が

近づいてきます

この付近は芦ノ湖も一番くびれ

対岸がすぐ近くに見えるところ

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2009年9月 3日 (木)

見事な倒木の根

(富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・・・・③)

012

空が随分明るくなってきました

対岸の駒ケ岳はまだ雲の中

湖上に浮かぶ小舟には釣り人が

のんびり釣り糸を垂れている

013

周遊道路もいよいよ山道に

大きな木が倒れています

この火山地帯には深い根がないためか

こんな倒れ方の木といくつも出会いました

014

山道なのに意外と平坦で

とても歩きやすい道です

思ったより足が速く進み

早すぎて少し調整の必要がある

015

三ツ石・白浜を過ぎ箒ヶ鼻へ

それぞれのビューポイントは

鼻に出ることができるようですが

とりあえずどんどん先に進む

016

昭和5年11月26日豆相大地震の

供養塔が突然山道の途中に現れる

伊豆と相模の大地震のことだろ

箱根は有史以来の活火山なのだ

017

芦ノ湖西岸の道中半分ぐらい

百貫ノ鼻に到着しました

このハイキング道は歩きやすいし

しかも案内標識が充実しています

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2009年9月 2日 (水)

やすらぎの森を周り

(富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・・・・・・②)

006

湖畔の西側の周遊道路

このあたりはまだ保養所などの

別荘もあったようで道路も舗装

しかしちょっとばかり静かな雰囲気

007

対岸の山々には低い黒雲

これは道中雨に降られてもおかしく無い

心なしか湖上のスワンもさみしそう

でもそんなことに負けずに前に進む

008

湖畔の西側は岬が多いようで

まず最初の岬はやすらぎの森

岬を横断せずに水際の道を歩く

絵で見るよりも距離はあるのだろう

009

地図上だと波打ち際を歩くようだが

実際は水面よりかなり上の方に

周遊道路はあるようです

これから歩く湖尻方面は少し明るい

010

突然雲が切れて日が差しだす

道は相変わらず高いところを通り

水際まで絶壁が落ち込み

木々に覆われています

011

日の差す道を少し行くと

再び森の中に入るというのを

繰り返しながら湖畔の道は続きます

みんなの足は快調そのものですね

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2009年9月 1日 (火)

最後の富士山周遊の旅へ

(富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・完結編①)

006

富士山周遊の旅・ⅩⅤ・・・・・・完結編です

芦ノ湖一周

2009・8・8  9時間  31000歩

3年越しの富士山周遊これが最後です

001

焼津を朝の5時にスタートしました

サッタ峠で有名な由比の東名との交差路

峠は厚い霧の隠れています

どうやらいつものように富士山はつれない

002

それでも由比を抜けて蒲原に入るころ

前方の山の上にうっすらと富士山が見える

ひょっとしたらまだ少しは期待できるか

朝のすきすきの国道をひた走る

003

箱根峠を越えて芦ノ湖畔に到着

海賊船の遊覧船乗り場から始まります

今回は富士山周遊の最後を飾り

他に3人が参加してくれ同行4人です

004

コースは芦ノ湖の南の端から

左回りに湖を一周する計画です

通常は半周するのが推奨コースだと

箱根園地では案内していました

005

以前山中城址から芦ノ湖を目指した

あの旧街道をしばらく歩いて行くと

丁度突当りを左に入ると箱根峠の上り口

今回は道なりに右にカーブして湖一周に向かう

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2009年8月31日 (月)

平和公園で合掌

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・・・⑰おわり)

152

時間の許す限り散策することにした

御殿場平和公園は日蓮宗のお寺の

横にあるのだがそれとは別に

タイ・ビルマ様式のチェディがある

161

いわゆる仏舎利塔は私にとって

懐かしい思い出がよみがえる

四面に誕生から涅槃までの仏が

飾られていて心に落ち着きをもたらす

163

敬虔な祈りをささげ合掌したまま

仏舎利塔を一回りする

塔の上から見える御殿場の町と

富士山は絶景の筈だけど・・・・・

153

仏舎利塔の前の参道には

アジア地区の狛犬が並んでいました

歩き旅であちこちの狛犬を見ている

でもここにあるビルマ(ミャンマー)始め

158

タイ様式の狛犬も私には懐かしい

私がお世話になった国や町に

いつも身近にそれらはありました

韓国や中国それに沖縄のシーサーも

159

インド様式の狛犬はご存じ

あのシンガポールのマーライオンの

ライオンの部分ですね

閉門直前まで公園を楽しみました

「富士山周遊の旅・ⅩⅣ」もこれでおしまい

次回はいよいよ「ⅩⅤ」のシリーズになり

それが最後になる筈です

請うご期待

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2009年8月30日 (日)

あじさいの道を下る

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・・⑯)

138

乙女峠のトンネルを抜けると

神奈川県から静岡県に戻る

わずか1kmの峠だけど

登って降りるとなればかなりきついもの

141

トンネルの入り口には富士見茶屋

確かにここから見る富士山は

見事なものらしい

でもこの日の天候はそうはいかない

144

びっしり空を覆う雲の中に

富士山は隠れたままでした

日本いやアジアを代表する山

それほどの孤高を誇る山なのだ

148

登る時はほぼ直線的だったが

下りは国道を大きくカーブしながら下る

随分ジグザグなので倍以上の道のり

登り以上の時間をかけて下りました

149

時間はかかるがまだ残っている

あじさいの花を楽しみながら下る

歩道もないところを見るとここは

歩いて上り下りするところではないね

150

出発点の御殿場平和公園に

戻ってきたのは午後5:30でした

この公園の閉園は午後6:00まで

それまで少し公園を散策しよう

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2009年8月29日 (土)

木の根道を行く

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・・⑮)

131

乙女峠への道は森の中

嫌いな階段だけど何故かやさしい

歩きすぎて疲れきっているものの

もうひとふんばりだ

133

国道の喧騒を離れると

森は生き生きした姿を見せる

風のそよぎ雨上がりの湿気

すべての気は生きている

134

峠までは国道を行けば

大きくくねった道を行くことになる

それほどこの峠はいつの時も

大変な道なのだろう

135

明治の終わりごろこの木の根道を

登った英国の写真家ポンティング氏

苦労して登った先の乙女峠で見た

富士山の絶景に心から感動した

136

私の場合それほどの根性もなく

ちょっと疲れ切っていたので

谷川を越えトンネルの手前に

山道から抜けてきた

137

1km近いトンネルを歩いて抜ける

このトンネルは自動車専用だろうか

歩道がないため歩くのがとても怖い

側溝の蓋の上を歩いて渡りきった

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2009年8月28日 (金)

金時橋と公時橋

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・・⑭)

120

国道の手前で大川橋に差し掛かる

ここ「早川」は芦ノ湖湖尻水門を源流とする

相模湾に何がれ込む川なのだけど

湖からは感覚的には登ってきた錯覚を覚えた

122

結果的には下流と言うことは

湖より低いはずだよね

国道138号線に出会う

ここを左に折れて乙女峠に向かう

124

前方の括れたところが乙女峠

右には金時山の登山道になり

ハイカーたちが降りてくるところでした

いつの日かここも行ってみたいところ

126

緩やかな坂道を上ると金時橋がありました

さすが金太郎にまつわる土地ですね

近くには金時神社があるところ

ここも金時山の登山口がありました

127

「金時橋」のすぐ先に「公時橋」がある

金太郎は坂田金時でもあるし

坂田公時でもあるので不思議ではない

でもちょっとばかり笑えてしまいます

130

いよいよ峠の上り口に差し掛かると

乙女峠への登山道がありました

ここで国道と別れて山道を行きます

お地蔵さまに旅の無事を祈りました

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2009年8月27日 (木)

箱根仙石原を過ぎて

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・・・・・⑬)

108

箱根湿性花園方面の矢印

今回は時間がないため寄り道禁止

とりあえず県道を国道138号に向かって

ひたすら歩く事にしました

107

箱根湿性花園とペアーになって

仙石原のススキ野原がありました

秋になればここは一面のススキ

いつの日か訪れてみたい景色です

110

ススキ野原と県道を隔てて

湿性植物の茂る湿原があり

吹き渡る高原の風が気持ち良い

背景には乙女峠と金時山が望めます

111

湿原は植生を守るため立ち入り禁止

その湿原の中に「箱根仙石原湿性植物群」の

石柱が建っていました

こういった風景にはなぜか懐かしさを覚えます

115

湿原を通り越して仙石原の村

ここは別荘や保養所はもちろん

美術館やホテルなどの見え隠れする

落ち着いた静かな観光地

117

大きくカーブした県道を道なりに進むと

「星の王子様ミュージアム」がありました

私の大好きなサン・テグジェベリの物語

寄って行きたい誘惑に逆らって先を急ぐ

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2009年8月26日 (水)

湖畔にて昼食

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・・⑫)

096

桃源台のロープウェー乗り場に到着

時間は13時半を回っていた

ゴンドラはお客を乗せてひっきりなしに

出たり入ったりしています

093

ロープウェー乗り場は海賊船の

船着き場とも一体になっています

海賊船お客を一杯おろして

また満員のお客を乗せ出港です

094

海賊船を見ながらようやく昼食

汗をぬぐい湖畔のベンチに腰をかけ

ゆっくりとおにぎりを取り出しました

観光客はレストランでお食事のようです

098

時間がかかってしまった分

早々に帰路につく事にしました

大涌谷へ向かうロープウェーに沿って

ハイキング道がありますが遠回りのためパス

101

仙石原方面に歩きだしました

前方に尾根を歩いた丸岳の

パラボラが小さく見えていました

今日は結構歩いて来たんだと思った

103_2

道は森の中を走っているようですが

ここには別荘や保養所が見え隠れ

国際リゾート地として開発されているようです

湖畔と違って歩いている人は少ないようだ

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2009年8月25日 (火)

湖尻水門を過ぎて

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・⑪)

077

正面に箱根駒ケ岳

眼下に湖尻と桃源台の船着き場

とにかくあそこまで頑張って行ってから

お昼にしようと思った

079

降り口を探すと尾根道の途中に

湖尻水門の矢印道標が見つかった

距離は近そうなので安易に考えたら

結構きつい折道で膝が悲鳴を上げる

081

背丈の何倍もあるような笹

うっそうと茂り道を隠す

ある時には崩れた足場の道で

3回ほど滑って手は泥だらけになった

086

やっとの思いで湖尻水門近くまで

降りることができほっとする

思ったより降りるのに時間がかかってしまった

こちらから来たら上り口は見つけにくい

088

芦ノ湖の北東の端にある湖尻水門

ここからは相模湾に流れ込む

早川の水源でもあるようです

雨の多かった今年水源は豊かです

089

午後一時を回っているがもう少しの我慢

湖尻水門から桃源台へ向かう

この間には芦ノ湖キャンプ村があり

国際観光地らしく外人ともすれ違います

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2009年8月24日 (月)

展望公園にて

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・⑩)

070

芦ノ湖スカイラインは標高1000mを走る

自然いっぱいの道ですが霧が出ると

どこを走っているかわからないですね

箱根は霧の出やすいところです

073

尾根の道ですがどちらかと言うと

湖側ではなく富士山側を走っているようだ

かすかに麓の町が見えますが

富士山は全く見えませんでした

074

前方に見えるのは湖尻峠手前の

展望台のようです

ようやく目的地に近付いたようです

車の往来が多いけど気を付けて歩く

075

芦ノ湖スカイラインの途中の

箱根芦ノ湖展望公園には

多くの人が休憩しています

もうお昼の時間を遠に回っている

078

私もここでお昼にしようと思った

道はこのまま尾根を行き湖尻峠に向かう

外輪山周遊のハイキング道と

湖尻に降りる山道があるようです

076

展望台から芦ノ湖が見えました

ずーと奥は箱根神社箱根峠がある方面

左側の山は早雲山と駒ケ岳が見えます

湖上には海賊船が小さく見えました

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2009年8月23日 (日)

芦ノ湖が見えました

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・⑨)

060

丸岳を尾根伝いに下ってくると

富士見台展望台がありました

富士山と芦ノ湖が見えるのはここだけ

これだけの自信がある展望台

062

残念ながらまだ霧は晴れない

富士山どころか近くの芦ノ湖さえ

まったく見えない状態でした

左の尾根道と右の車の轍跡

064

車でも来ることができそうですね

少し下ると霧を透かしてうっすらと

ゴルフ場の姿とその向こうに

芦ノ湖が姿を現してきました

066

長尾峠に到着しました

尾根道と仙石原に下る道との三叉路

時間はどんどん過ぎては行きますが

湖尻峠方面に尾根道をそのまま進む

068

少し歩いたところで横に自動車道

芦ノ湖スカイラインのようです

少しく距離が有るけ時間短縮のため

尾根道から道路に出ることにした

069

道路に出ると丁度料金所を入ったところ

下の富士見の湯の交差点から来ると

ここへ出てくるのでしょう

自動車に気をつけてこの道を歩く

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2009年8月22日 (土)

霧の丸岳山頂

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・⑧)

052

乙女峠からの緩やかな登り道

尾根道には風も吹いていません

勿論行きかう人も誰もいません

山の草花だけが迎えてくれます

053

乙女峠は1005mでこれから向かう

丸岳は1156m今回の最高峰

次第にあたりに霧が出始めた

山での霧は苦手だが箱根はいつも霧

056

パラボラのある丸岳頂上も

霧に包まれて目の前の鉄塔も

霧に隠れてかすんでいます

これでは通り過ぎるだけでしょう

055

頂上の休憩所だって

霧にのまれた眼下の景色が

想像もできません

きっと素晴らしい景色なんでしょうね

057

丸岳頂上を下ると山道は

V字型に切れ込み歩けるのは

中央のくぼみだけで肩幅もない

歩きやすそうだが歩きにくい

059

手摺がついた下り坂も

手摺の足の土台がむき出しになり

今にも頼りなさそうで足元も崩れ

ここも箱根の天下の険でしょうか

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2009年8月21日 (金)

県境の尾根道を行く

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・⑦)

044

伝説に彩られた乙女峠

ここから雄大な富士山を望むはずが

そうやすやすと私の前にはあらわさない

いとしの麗しの憧れの木乃花咲耶姫

045

峠には多くのハイカーがいましたが

今まで誰とも会わなかったところを見ると

皆さんは仙石原方面から来たのでしょう

そして金時山の方へ向って登って行きます

046

乙女峠にある茶屋では

コーヒーはいかがと誘いますが

まだまだ道は半ばです

ここから金時山の反対に行く決心をした

047

峠の茶屋のすぐ脇から

左には仙石原に下る道

真っ直ぐ行けば外輪山尾根道になる

昼までには到着無理だろうが行ってみよう

050

みんな金時山に行くのに

反対側には誰も行こうとしない

私一人だけが熊笹の尾根を行きます

目標は芦ノ湖の湖尻峠です

049

この尾根の道には不思議な溝がある

道路を横断するような木の溝

通りすがりの旅人が一掬いの土を掬って

排水路を維持して山を守るということ

私もほんのちょっとだけ土を取り除いた

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2009年8月20日 (木)

乙女峠に到着したけど

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・⑥)

035

箱根山中は観光客が多いせいか

案内板も細かく親切です

一人であるいても迷うことはない

道は急になってももうすぐ峠だ

036

足周りは岩がごつごつして

本格的な山道の雰囲気がでて

少しばかり楽しくなります

アルキニストにとっては刺激的です

038

ある場所では道が大きくえぐられ

谷になったところを歩く事になる

雨が多かった今年はここも

谷川になっていたことでしょう

040

山土は雨でえぐられたのでしょう

岩の下には空間ができ

次の雨ではさらに岩は下に移動か

木の根も水に洗われもうすぐ倒れるか

042

かつて金太郎が住んだ山

熊にまたがりお馬のけいこ

箱根の山は天下の険でもあり

旅人にその雄々しさを味わわせてくれる

043

いよいよ乙女峠に到着です

峠からの景色は絶景の筈だったが

残念ながら富士山は裾野を見せて

その美貌は雲の中に隠してしまいました

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2009年8月19日 (水)

金時山への登山道

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・・⑤)

027

あじさいの道国道138号に戻る

静かだった山の中の道が

いっぺんに車の激しい道に交わる

しかし道路を横切ってすぐに道が

028

箱根へ乙女峠へといざなう

乙女峠まで45分とのこと

私の足で50分ぐらいかな

これから森の中へ道は進む

029

今までとは違ってごつごつした岩場

そしてうっそうとした森に道は続く

道に落ちている木の枝を拾い

いつものように頼もしい杖とする

031

かなりの山の中だ道が途絶え

小さな谷に偶然倒れた木が

まるで橋のように横たわる

完璧な丸木橋でした

032

乙女峠のバス停からの道と合流

通常のハイカーたちは

ここから登るのでしょうね

ここから少しだけバス停寄りに行き

034

再び乙女峠方面の矢印

今度は金時山の表示も加わります

いよいよ箱根外輪山までの

上り口になったようです

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2009年8月18日 (火)

ヤマユリに魅せられて

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・・④)

014

この時期山の中の貴婦人は

何といってもヤマユリですね

春のヒメシャガ同様大好きな花

何故かこの柄に魅かれてしまう

021

振り返るとガクアジサイ越に

富士山が見えています

雲が少しかかり始めていますが

乙女峠に到着まではこのままでいてほしい

022

途中で林の中を抜ける

展望台への道がありましたが

峠に急ぐためにわき目も振らず

直進することにしました

023

キャンプ場からの道の終わりは

車止めのチェーンがあり侵入禁止

この道を右へ行くか左へ行くか

いつものように勘を信じて左へ行く

025

勘が当たるときはうれしいものだ

どうせ行き止まりの道でも舗装道

急にあたりは鳥の声が激しくなり

キャンプ場より自然を感じます

026

道すがら実っていた木イチゴを摘まむ

色があまり紅く無いので期待しなかったが

こちらの方が先ほどの物より甘くおいしい

大好きな木イチゴの季節がやってきたね

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2009年8月17日 (月)

あじさいのハイキング道

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・・③)

015_4

少し歩くと左に入る道がある

どうやらこれが乙女峠への

ハイキング道へ行く道だと思われる

入口に案内板があるので確かめよう

016

入口にはキャンプ場の案内

キャンプ場の右端に沿って

乙女峠への道があるそうだ

とりあえずキャンプ場内に入る

017

場内では多くのグループが

楽しそうにキャンプを楽しんでいました

途中に「乙女峠」への案内板

コンクリートの溝のような道がある

018

単なる側溝のような気がしたが

そのまま登っていくと車一台通れる

狭い道で轍の部分が滑り止めになっている

そんな道があじさいの中にあった

019

かなりの急坂で勿論車など通らない

途中には道路を横切る配水管を

保護するように石が並べられ

とても車が通りそうもないし息も切れる

020

山の上から元気な子供たちの声

キャンプを楽しんでいる家族の一員か

子供たちはこの先で大きな蛇に出会い

携帯で撮ったと得意そうに話してくれました

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2009年8月16日 (日)

あじさいの道を行く

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・・②)

006

国道138号のT字路まで到着

左側は山中湖・御殿場市街方面

右側がこれから登る箱根・仙石原方面

その先には真っ直ぐ行けば小田原まで

008

山肌を覆う夏の草木の中に

木イチゴの実が赤く顔を出す

まだ時期的に早いかと思ったが

味見をしてみると充分甘かった

010

国道を進むと白い風車が見える

御殿場市街から見えた白い風車

これはドライブインになっていて

見晴らしも素晴らしい広場です

011

箱根までの国道は「あじさいの道」で

ここから延々と両側にアジサイの花が

続いていますが少し時期的に遅いか

それでも標高が高い分まだ大丈夫

012

富士八景の湯に到着

ここからだと富士山がま正面に

雄大に見えるから銭湯の景色が

実物として見えると言うものですね

013

富士八景の湯のところは交差点になり

右折すると芦ノ湖スカイラインへの道

直進は国道で仙石原への道

今回は右折してハイキング道を探す

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2009年8月15日 (土)

御殿場から箱根へ

(富士山周遊の旅・ⅩⅣ・・・・・・・・①)

006

富士山周遊の旅そのⅩⅣ

御殿場 -- 芦ノ湖湖尻

2009・7・20

43000歩 9時間30分 でした

001

今年は曇天が長く続き梅雨も明けぬまま

そんなことにも負けず早朝に家を出る

曇天の中にも富士山の姿が浮かび上がり

由比サッタ峠を行く車もまだ少ない

002

国道1号から246号に入り御殿場に到着

国道138号を東名高速方面を箱根に向かう

前方に見える箱根外輪山は晴天の中

上り口に見える白い風車と白い塔を目指す

003

国道から少し右に入ったところに

白い塔を擁した平和公園があり

今回はここからのスタートになりました

公園には帰りに寄ることにして箱根を目指す

005

ここからは箱根仙石原まで10キロ

山だから往復がやっとだろうか

それとも尾根の道を歩けるか

はたまた金時山まで行ってくるか

007

いつものように行った先で考えよう

国道138号に戻る直前に

右に入る林道があり箱根には

幾筋も上る道があるようでした

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2009年8月13日 (木)

旅立ちを待つプロペラの実

(富士山周遊の旅・ⅩⅢ・・・・・・・・⑩おわり)

097

篭坂峠を下り再び静岡県に戻る

御殿場の隣小山の町や足柄峠は

金太郎の故郷で勝手歩いたとこ

平安時代の武将坂田金時です

099

峠をどんどん下ると眼下にゴルフ場

そして広大な森を擁する自衛隊演習場

その向こうに自衛隊富士学校が見える

丁度その中間の長い坂が富士登山道

100

紅葉はプロペラ形の実を葉蔭に隠し

静かに秋の準備を始めていました

そういえばいろいろな木々も

いろいろな形の実を付け始めている

102

この長い坂の山中には歩く人もいないのか

せっかくの歩道もほとんど草に覆われ

道行くものを拒むがごとく夏を謳歌している

自然の力は人間よりはるかに強いもの

107

麓まで戻ってきました

自衛隊の各種車輛が頻繁に通ります

富士山には何故か装甲車や戦車が

似合ってしまうのはなぜでしょうか

108

須走口登山道入り口須走浅間神社本宮

出発点に戻ってきました

2年間も繋がっていなかった周遊の旅の

篭坂峠がようやく線でつながりました

富士山周遊の旅・ⅩⅢの終わりです

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2009年8月12日 (水)

漬物を自分へのお土産に

(富士山周遊の旅・ⅩⅢ・・・・・・・・⑨)

083

富士山周辺へは久しぶりで

しかもなた当分来ないかもしれない

そう思ってお土産を買っていくことにする

梅宮辰兄いの店によることにする

109

漬物大好き人間だから

なすと胡瓜と山ゴボウと

とりあえず二つも買ってしまった

勿論自分へのお土産だけど

084

交差点を再び篭坂峠に向かう

富士五湖は別荘や保養所が

いっぱいあるところですが

特にこのあたりは多い方です

085

この富士見通りは山中湖でも

別荘地のハシリとのことで

森の中にたくさんの建物が見え隠れ

その真ん中を通る道を上ります

087

別荘地だけあって表札もお洒落

それなりの品位を保っています

どんな人たちが持っているのでしょう

私のような庶民にはちょっと縁遠いかな

090

こちらからの上りは距離も短く

たちまち篭坂峠まで到着です

ここから県境の尾根が続き

ハイキング道があるようです

いつか行ってみたい道の一つです

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2009年8月11日 (火)

大きいスワン小さいスワン

(富士山周遊の旅・ⅩⅢ・・・・・・・・⑧)

070

渚では若いお嬢さんたちが

ヨットを軽々と引っ張りながら

湖上へ運んでいます

これから練習に出かけるのでしょう

071

渚を歩きながら目指すは

前方の何やら賑やかなところまで

篭坂峠へ真っ直ぐ戻るには

あそこまで行くしかありません

073

湖に突き出した桟橋には

打ち寄せるさざ波に水上遊具が

ゆったりとたゆたいながら

来るべき夏休みを待っていました

075

やがて賑やかなスワンボートの

群れの中に到着しました

こちらには明るい陽光がさし

スワンたちの話声が聞こえそうです

078

浜辺でお昼のおにぎりを食べる

はるか彼方からだんだん大きくなる

スワンの親分、その前をゆったり泳ぐ

本物のスワンがかわいく見えます

081

昼食後湖畔道路に出ると

ようやく富士山が雲間から顔を出し

つかの間の夏姿を披露してくれる

しかしそれもひと時の夢のよう

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2009年8月10日 (月)

宙に浮いている虫たち

(富士山周遊の旅・ⅩⅢ・・・・・・⑦)

058

森の中の静かな道を行く

目を凝らせば木々の間に別荘

突然目の前を鹿が横切る

いつものようにカメラは間に合わず

060

ルンルンで歩いて行くと

顔にベチャッと何かが当たる

よく見ると空中に虫が浮いている

そういえば以前も見たことがある

062

なんでこの虫は浮いているのだろう

こんなことしていれば鳥にだって

簡単に食べられそうだし車や人にも

ぶつかってしまうのにと不思議がる

065

道はどこまでも湖に平行に走る

このへんで湖畔に出てみようと

中学校通りへ右に折れることにした

中学生が元気よく挨拶をする

067

右に折れて通りを2つほど横切り

湖畔の道に出るとそこは

以前歩いたことのある湖畔の道

湖上を渡る風が迎えてくれる

068

湖畔の道を横切り浜辺に出てみる

水辺まで車が入り湖上には

若者たちのボートやヨットが浮かんでいる

今は青春の息吹に湖が喜んでいる

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2009年8月 9日 (日)

加古坂神社から

(富士山周遊の旅・ⅩⅢ・・・・・・・・⑥)

049

篭坂峠は県境であり山梨県です

真っ直ぐ行くと山中湖です

左折すると別荘群の中を斜めに

やはり山中湖まで出ます

050

峠の三差路に建つ「加古坂」の石碑

この背後の山に神社があるらしい

歩きならではの寄り道をしよう

少し余裕のある歩きだから

052

小山を上ると神社がある

篭坂峠の語源はこの加古坂か

ご神木だったろうか切り株には

苔がびっしりと付き峠の雰囲気を出す

053

峠から山中湖へは左側の

遠回りの道を選択する

何度も山中湖へ来ていても

車でも通ったことの無い道です

054

少し行くと左側にゲートがありしまっている

自衛隊北富士演習場地内でした

すっかり忘れていたけど須走から

延々とつながる広大な基地でした

055

左が馬車道通りで右が篭坂通り

どちらも会社の保養所や別荘が並ぶ

今回は左側の通りを選択して

緩やかな坂道を下ることにした

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2009年8月 8日 (土)

峠に差し掛かる

(富士山周遊の旅・ⅩⅢ・・・・・・・・⑤)

098

篭坂峠に向かう道に

いつも気になっていたところ

何やら歴史の一こまを記録した

いわくありげな場所があった

038

近寄って見てみるとこの近くで

殺された公家さんの墓所があるらしい

歴史上では有名らしいが

私は知りませんでした

045

光親卿墓所からほどなく

山中湖の看板がある曲がり角

コーナーのところに装置があり

看板の左側から壁にソーラーパネル

047

どうやら環境に配慮して太陽光発電

その電気を利用して道路を温め

冬場の凍結した道を温めるらしい

見上げるとパネルの上に木イチゴ

046

そのまま振り返ると山陰から

富士山の姿が雲を払い現れた

残雪はまだ山肌に多くあり

変わりゆく季節を感じる

048

ソーラーパネルの角から

少し行ったところに溶岩の壁

その向こうに篭坂峠が見える

2年越しの峠越えです

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2009年8月 7日 (金)

夏を彩る花たちと

(富士山周遊の旅・ⅩⅢ・・・・・・・④)

027

思い直して国道を上る

道のりは長いけど確実な道

道の脇では撫子がほほ笑んで

旅人を慰めてくれます

030

山でしか会えないような

不思議な形の花が足を止める

どこかで見たような気がするが

名前などは全然わからない

031

大きなカーブのそのどん詰まりに

「夕月公園」と言う優雅な名前

確かに夜になれば月が美しいだろうが

かなりの山中なので来る人があるのかな

033

おっと足元にはいつもの落とし文

でもこれは今まで見た中で最大

靴と比べてみてもその大きさが

わかりますね

034

次第に峠が近くなってきます

山中湖までわずか4kmです

標高は丁度1000mでした

まだまだ鳥たちも元気にです

037

このあたりに咲いていたオダマキは

黄色みを帯びていました

下で見たものは臙脂色の糸車

いろいろ色変りがあって楽しいですね

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2009年8月 6日 (木)

ロスタイム30分でした

(富士山周遊の旅・ⅩⅢ・・・・・・・・③)

018 

鎌倉往還と信じて進んだ道

やがて行き止まりの柵がある

しかしいつものことでここを乗り越える

この先道があるはずだ

019

しかもこの日帽子を忘れてきた

やむなくタオルで頭をかくし

意気揚々と荒れ果てた道を進む

絶対に峠への近道に違いない

021

だいぶ登ってきたと思う頃

森の木の上から富士山頂が

顔をのぞかせていたが

山開きでもまだ雪が見えていた

022

やがて倒木が道をふさぐ

だんだん心配になってきた

道も草に覆われだし

人が歩いた形跡もなし

025

とうとう道がなくなり林の中に入る

道を探したがどうしても見つからない

峠はもう近そうな気がするがやむなく戻る

目の前を1m以上の青大将が通り過ぎた

026

再び鎌倉往還の道標まで戻る

30分のロスタイムだった

元の国道に戻り遠回りだけど

篭坂峠へはこの道しかないようだ

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2009年8月 5日 (水)

鎌倉往還に誘惑され

(富士山周遊の旅・ⅩⅢ・・・・・②)

007

篭坂峠に向かい登っていくと

西丹沢・立山・登山口の立て札

今まで丹沢山系を意識したことがない

えっここがもうそんなとこと感じた

009

ここでもオダマキの花がお出迎え

この可憐な花はいつも私の足を

止めさせますが歩き始めたばかり

ちょっと挨拶して先を急ぎましょう

012

シモツケソウももう時期は過ぎて

でも標高が高い分だけまだがんばって

その可憐なピンク色をのぞかせている

高原の夏は何でもアリが好きだ

013

「駒止松」バス停の前方には

峠があるのが解りますね

見た目には峠を越えるのは

簡単そうに見えました

016

少し行くと国道は大きく曲がり

地図上では左にかなり蛇行する

ところが右側の道は真っ直ぐ

峠に向かっているような気がする

017

近寄ってみるとあの懐かしい道標

「鎌倉往還」はこの街道筋で

時々目にする道標だから

誘惑に負けて進路を右に取る

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2009年8月 4日 (火)

ラストステージへの一歩

富士山周遊の旅・ⅩⅢ・・・・・・・①)

006

富士山周遊の旅・ⅩⅢ

須走浅間神社 -- 山中湖

2009・7・11

63000歩  6時間30分 でした

001

昨年2008年5月5日に

芦ノ湖まで歩いたのが最後で

富士山周遊の旅も3年目になった

いよいよ最後の締めくくりに入ります

天気は相変わらず梅雨の曇り空

002

御殿場の須走浅間神社からのスタート

富士山を左に見て一路山中湖へ

標高800mから篭坂峠に向かいます

勿論ここでも富士山は雲の中

003

標高が高いせいで気温は21度

歩くには最適な気温です

夏の歩きは山や高原に限ります

さわやかの空気の中国道138号を行く

004

国道といえども高原の道

草生す歩道には可憐な蝶が

旅人をやさしく出迎えてくれる

これがあるから歩きはやめられない

005

勿論お馴染みのホタルブクロ

富士山周辺ではこの濃い紫が

主流なのはすでに学習済み

懐かしさで周遊の旅も再スタートです

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2008年6月15日 (日)

城址の妖精たち

(富士山周遊・ⅩⅡの2・・・・・・・・④おわり)

140

もうずいぶん下ってきたのに

まだ霧が晴れません

杉木立の街道を目を擦りながら

妖精たちの姿を探す

141

突然こずえの上のほうから

けたたましい鳥の声がした

姿を探したが見つからなかった

しかし彼らは確かに旅人に

話しかけていたようの思えた

142

山中城祉に到着して

巨大な御神木の周りにも

何かが隠れているようで

誘い込まれるまま城址を巡る

143

まだ目覚めたばかりの藤の花

声をかけてみても寝ぼけ眼で

何も答えてくれません

あたりを見回してみると

144

鈴の音を鳴らしていたのは

赤いドウダンツツジでした

木陰で笑っていた妖精の声は

これだったかもしれません

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2008年6月14日 (土)

迷いそうな道しるべ

(富士山周遊・ⅩⅡの2・・・・・・③)

135

森を抜けて明るいところへ出る

それでもまだまだ霧雨は降り注ぐ

往路ではこのあたりは禿山に見えたが

結構樹木はあるようです

136

やがて街道は民家の庭先を横切る

往路ではまさか民家を横切るなんて

信じられないから違うだろうとためらって

結局国道を歩いてしまったのも無理からぬこと

137

庭先にあった案内板の文字は

どう判断していいのだろうか

「箱根峠」と「山中城跡」が

二重に見えるのは霧のせいなのか

138

お庭を抜けて国道へ戻る道

さすがに花を丹精しているのが

伺えて旅人にはうれしいものだ

いよいよ最後の終点です

139

往路で迷った横断歩道

その先の細道を入っていけば

旧街道にいけたはずの道

やっぱりここは迷って当然ですね

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2008年6月13日 (金)

動かざる心のままに

(富士山周遊・ⅩⅡの2・・・・・②)

129

往きに出会った兜岩の石碑

あそこに兜岩がなかったけど

実はここに本物がありました

兜形か兜をかけたかは諸説あるそうです

130

霧に霞む街道はそれなりに

不思議な魅力があります

他の土地とは違った箱根ならではの

霧中の世界は心が揺れる

131

他の街道同様明治天皇が

江戸へ御下りになる途中

お休みになられた場所が

今でもこうして語り草になっています

132

霧の中にボーっと浮かぶ

山の中の花たち

他所の土地より

人目に触れる機会の少ないものたち

133

雨中の旅人にとってそんな花たちは

何の価値もないただの花

旅人をどんなに引きとめようと

心に留めてはくれません

134

念仏岩はただそこに幾百年の月日を

じっと念仏を唱え続けて座っていました

時が勝手に過ぎて行っただけで

岩の心は不動のままにそこにあるだけ

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2008年6月12日 (木)

雨の街道を下る

(富士山周遊・ⅩⅡの2・・・・・・・①)

122

雨の街道を下を向いて登る

今までは上ばかり見ていたが

下を向いて歩くのも面白いものだ

峠までの道にはアシタバなどが

自然の状態で生えていました

123

峠まで戻るともう無茶苦茶な霧

車は突然霧の中から現れる

歩いているものにとっては

ヒヤヒヤものでした

125

峠からの下り道も

あたりは霧と雨に包まれて

朧に霞んでいます

それでも一歩一歩前に進む

126

雨合羽を打つ雨の音

すべりやすい石畳

昔の人たちも雨の中の旅は

大変だったのでしょうね

127

接待茶屋まで降りてきました

江戸時代から昭和の時代まで

営々と旅人に憩いの場を与え続け

昭和45年に茶釜を下ろしたそうです

128

ここから先は来る時に道がわからなくて

国道を歩いていた箇所なので

帰りは旧街道を降りていくことにする

早速なにやら石碑旅人を迎えてくれます

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2008年6月11日 (水)

駅伝ゴールへゴール

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・・・⑳)

115

曇天をついて海賊船も出て行きます

少しだけ雨もぱらついてきっました

コンビニでおにぎりを買ってと思ったが

雨宿りをかねてレストランに入る

116

食事の後やむなく雨合羽を着る

どうだんの白い花も雨に濡れ

心なししんなりと見えます

歩くのもちょっとばかり窮屈です

119

通りを右に曲がると箱根駅伝のゴール

歩いていると突然後ろから走ってきた

道を空けると「ゴール」と叫びながら

ランナーが飛び込んできた

118

聞くと平塚から走ってきたとのこと

平塚・小田原・箱根と2区間を完走

ランナー仲間の顔に見覚えがある

昨年まで静岡で同じ職場で東京に

転勤した人だった・奇遇ですね

120

芦ノ湖は結構大きい

今度ここへ来る時には

芦ノ湖一周だと地図を見ながら

決意して目測をしてみた

121

本格的に雨がきつくなり

来た道を箱根峠に向かって戻る

石畳も雨にぬれ足元がおぼつかない

景色を見る余裕もなく黙々と歩く

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2008年6月10日 (火)

湖畔のプロムナード

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・・⑲)

107

湖畔の道を行く

家族連れの人たちは

楽しそうにお弁当を広げています

ぼちぼち私たちもお腹が空いてきた

109

龍神の船庫の前には

赤い橋が架かっています

この橋の下を通って船が

湖に滑り出していくのでしょうね

110

湖畔のプロムナードは

新緑の中に鳥の声や

湖を渡るやさしい風が

旅人を包み込んでくれます

111

道が下り坂になり

いよいよ水辺に差し掛かります

以前は車での走り旅だったけど

こうしてのんびり歩き旅は

贅沢の極致ですね

112

芦の湖畔ではボート遊びは

昔からの定番ですね

桟橋は湖に長く突き出して

スワンボートが待機しています

113

生憎のお天気ですが

数隻のスワンが出ていました

最近乗ったことはありませんが

こんな値段なんだのね

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2008年6月 9日 (月)

湖の龍神伝説

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・・・・⑱)

102

神社の境内には絵馬がびっしり

なぜか合格祈願が多かったけど

そんな神様だったかな

参拝する人のなぜか多い

103

列の中にはインド系の方の姿もあり

おみくじを引いている若い娘さんも

なぜか明るかったのは

これも神様のご利益かな

104

本殿の脇には「九頭龍神社」

元は離れたところにあったそうだが

こちらに移転したそうです

芦ノ湖龍神伝説のルーツか

105

神社からまっすぐ下ると

参道は湖に浮かぶ鳥居の中に

消えて行きます

龍神の通う道なのか

106

湖に帰る龍神か

湖から上がってきた龍神か

はるかインドからのお客様が

その道筋を確かめているようでした

108

湖畔には龍神の祭りの

船を格納する船庫があります

一年一度のお出ましなのに

立派な建物でした

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2008年6月 8日 (日)

折り返し箱根神社

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・・⑰)

096

箱根神社に到着しました

今回の折り返し点はここに決定

古い古い歴史の中の神社です

何かが語りかけてくるようです

097

ゆるやかな参道には

赤い鳥居が新緑の中に

きりりと立ち並び

幽玄世界をかもし出す

098

参拝の前にまずはお清め

頼朝公が難を逃れた由来が

石碑に書かれていました

芦ノ湖は龍の伝説もあるようだ

099

杉木立の中を本殿へ上る

うっそうと茂る木々には

歴史の重さがずっしりと宿り

参拝者の心をいざなう

100

小社ではあるが森を背景に

キリリとしたすがすがしさが感じられ

箱根全体をまとめあげているような

感じられました

101

狛犬も顔の小さいタイプで

時代を感じさせます

はるか遠くから侵入してくるものを

威嚇しているようにも思います

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2008年6月 7日 (土)

賽の河原のお地蔵さん

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・・⑯)

088

さすが箱根ですね

ホテルの入り口と見まごうような

成川美術館がありました

左脇を入ると旧街道への道

089

どうやらここからが箱根神社の

入り口になるらしく一番鳥居が

大きく道路を跨いで建っています

お土産屋と共に観光客も増えてきます

090

鳥居の脇には賽の河原がありました

長い旅の道中でやっとたどり着いた

箱根でほっとして亡くなった人も

昔は多くいたかもしれない

091

芦ノ湖遊覧の船着場があります

生憎の天気にもかかわらず

多くの人が乗船を待っています

天空の湖は船に乗る価値があり

092

第二の鳥居に差し掛かる

湖畔の道は湖に沿って

ここから西に方向を変え

いよいよ箱根神社へ

093

先ほど越えてきた箱根峠は

相変わらずすっぽりと雲の中

一の鳥居のそばから遊覧船が

ゆったりと湖上にすべりだしました

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2008年6月 6日 (金)

杉並木の街道

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・⑮)

082

公園の周遊道路の木々も

年代ものが多く

しかも見事なまでに剪定されていて

じっと眺めていたくなります

083

このあたりは有料駐車場が多く

この恩賜公園は箱根関所と一体となった

駐車場になっていました

さすがにびっしりと駐車しています

084

公園を出て再び街道を歩く

今度は箱根杉並木と書かれた石碑

旧街道と国道が平行に走っているが

存在感は断然違います

085

左側を自動車が走っているのに

まったくその存在が気にならない

杉並木の中には昔の心意気が

一杯詰まっているような気がします

086

通りの向こうから水戸黄門一行が

ひょっこり顔を出して季節のご挨拶

なんてことが起こっても決して驚かない

そんな素敵な街道でした

087

並木をふと見上げた先に建物が

いいな~こんなところに住んでいるなんて

とよく見ると何とどうやらそれは

小学校のようでした

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2008年6月 5日 (木)

明治の心が生きていて

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・⑭)

076

綺麗に整備された恩賜公園

歩いている人たちもゆったりとして

なんとなく心が落ち着いてきます

高台に洋館が見えました

079

ここは元は箱根離宮があったところ

明治維新で天皇が箱根を越えて

江戸へ下って間もないころ

関所を廃してすぐそばに

この箱根離宮を造ったとのこと

078

元々は大きな洋館と日本建築

現在の洋館はそれを模して造った

もので一回り小ぶりだそうです

世界各国の要人が訪れたとのこと

081

洋館の二階は喫茶ルームになっていて

景色を眺めながらゆったりと出来る

静かで上品な雰囲気は心休まる空間

皇室の方々も訪れたとのこと

080

二階のベランダからは芦ノ湖が見え

本当は正面に右に雄大な富士山が

見えるはずでした

峠もスカイラインも雲の中です

077

せめてお庭の花々をながめて

坂に上の雲を目指した当時の

日本の心豊かな往時を偲び

散策するだけで十分でした

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2008年6月 4日 (水)

恩賜公園ふたたび

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・・⑬)

072

江戸口御門の側にも千人広場

一日何人ぐらいの旅人が

ここで待っていたのでしょうね

左手から山が迫り唯一ここだけが

通り道になっていたそうだ

071

山の上の番屋では

関所抜けの監視をしていたと

私設ボランティアのおじさんが

先ほど教えてくれました

070

関所を抜けたところで街道になる

左側には芦ノ湖が広がり

右手には山が迫り

この先には恩賜公園がある

073

湖に突き出た小さな岬が

すっぽり公園になっている

かつて訪れたのは45年ほど前の

初夏の頃だったように記憶している

075

昔来た時のイメージは

庭園が綺麗だったことを覚えている

半世紀近くなって訪れたが

その見事に管理された姿は

同じように美しく感じられる

074

生憎の天気で見えるはずの富士山が

雲の中にすっぽり隠れたまま

でも少しだけ霧も晴れているので

風はさわやかでした

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2008年6月 3日 (火)

三つ葉葵のご威光に

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・⑫)

064

箱根は京都からはずいぶん遠いけど

箱根関所から見ればこちらは京都側

したがって京口御門なのだ

ここを通ってまさに通関手続きです

065

三つ葉葵の幕なんて

ちょっとばかりオーバーな感じですね

私のように緊張するタイプだと

この場に来ただけで血圧が上がりそう

066

向かい側にあるのは役人たちの詰め所

昔も今もお役人様たちは立派な人たち

入国管理業務では特に秀才ばかりで

しかも腕っ節も強かったでしょうね

067

江戸の国家体制がしっかりしていて

関所はとても権威のあるところ

したがって関所破りなんかしたら

死罪は免れなかったのでしょうね

068

わずかな空間ではあるけれど

二百数十年にわたって

日本を支え続けた大切な場所

今の時代が学ぶべきものがあるのでしょう

069

なんのお咎めもなく無事関所を通過

江戸口御門に至りました

ここを出れば一気に江戸まで下り坂

文字通りの江戸下りですね

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2008年6月 2日 (月)

説明好きなおじさんでした

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・⑪)

058

箱根には多くの観光客が集まります

おじいさんおばあさんを連れた若夫婦

子供連れのファミリーや

若い女性たちのグループなど

059

箱根関所の大きな看板

ここは関所の原点ですね

東を関東・西を関西という

その語源はまさにここから

060

案内図を見ていたら傘を持ったおじさんが

いろいろと説明してけれました

初めは観光ガイドのボランティアかと思ったが

そうではなく普通の地元のおじさんでした

でも凄く歴史に詳しくて感心しました

061

関所までの道はまるでお寺の参道

両サイドには洒落たお店などがあり

観光客が大勢入っていました

歩きながらもおじさんが説明してくれました

062

若い女性たちにはこんなお店が

お似合いですね

私たちは軽く素通りして

関所に向かいます

063

関所には千人広場が控えていて

ここから順番に関所に通されて

チェックを受けるとのこと

今で言うところの出入国管理だ

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2008年6月 1日 (日)

霧雨も上がり

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・・⑩)

051

箱根旧街道の道標も苔生し

いつしか忘れ去られていくのか

町と街道の狭間には時空を越えた

結界が存在しているようです

053

そこに存在する異次元を

じっと見守るように野仏は

はるか世界に思いをはせて

語りかけています

054

かつての旧街道に沿って

新しい町が続いています

旅人もここまで来れば

ホット一息ついたことでしょう

055

日曜日とあってお土産屋さんには

車がたくさん止まっています

さすが箱根は「雲助だんご」ですか

帰りにちょっと寄っていきましょう

056

箱根は明治維新早々からの

国際観光地です

ホテルの形もちょっとばかり

他所の町と違った感じです

057

霧雨も上がり家族連れの観光客も

ゆったりと町の散策を始めました

正面に立ちふさがる山との間に

所狭しと家々が立ち並びます

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2008年5月31日 (土)

旅する剛毅のもののふ

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・⑨)

046

見上げる杉木立の小径

♪天下に旅する剛毅の武士

♪大刀腰に足駄がけ

した往時を偲ぶような森の中

047

街道と国道がすれ違うところは

国道の下をくぐります

その橋の下から石畳を走ってくる

現代版「剛毅の武士(もののふ)」が

平気な顔をして山道を

駆け上がって行きました

048

私たちの旅は急ぎ旅ではない

ゆっくりと自然に抱かれて歩く

幾星霜を生き続けた木立の根は

この世の確かな時を刻んでいた

049

やがてゆるやかな石畳になる

「あかいしざか(赤石坂)」で

坂道も終わりになりました

雨も少し上がって来たようです

052

季節はいつの間にか

私の大好きな姫シャガの咲く頃に

なっていました

なぜか微笑が湧く姫シャガの花

050

いよいよここで坂道は終わり

ここから箱根の町に入ります

幾多の物語がここから始まり

ここで終わった歴史の入り口です

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2008年5月30日 (金)

ひるなを暗き杉の並木

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・・・・⑧)

040

バス停のそばに箱根旧街道があった

「はさみいしざか」挟石坂です

国道をテクテク行くつもりだったが

やっぱり進む道はこれしかない

041

ここは箱根峠であって

まだ箱根には到着していない

この道を行った先に

ようやく目指す箱根があるのだ

042

かなりの急坂で階段が出来ていた

昔はもっと穏やかな道だったはずだ

やっぱり天下の東海道には

階段は似合わない

043

坂を上って来たご夫婦とすれ違う

「雨ですよ、傘はありますか」といわれて

ようやく雨が降っているのに気がついた

体が火照っているので解からなかった

044

雨ですべる石畳を慎重に降りる

「かまいしざか」釜石坂にさしかかる

この辺りからうっそうと茂る森

雨を凌ぐにはちょうど良い

045

♪ひ~るなを暗き

♪す~ぎの並木

に差し掛かると巨木がまるで

歌でも謡っているように

私たちを見下ろしていました

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2008年5月29日 (木)

峠のお地蔵さん

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・・⑦)

032

峠の広場の片隅に石の彫刻

無造作に石を積んだだけに見えるが

どうやられっきとした芸術だ

霧にかすんでなにやら幻想的

033

新箱根八里記念碑(峠の地蔵)とある

それぞれのお地蔵さんには日本でも

有名な女性たちの言葉がのせられ

箱根のもつ柔らかさを象徴しています

034

良く見ればなんとも味わい深い

それぞれが静かに自己主張して

霧が出てようが嵐が吹こうが

炎天下であろうが信念を貫いて

035

駐車場の霧はますます深く

行く手に立ち塞がりますが

歩く分には別段問題はない

芦ノ湖に向かって歩きます

038

ここは芦ノ湖スカイラインと

十国峠・伊豆半島と

熱海方面と元箱根方面と

それぞれの方向に道は別れています

039

箱根峠と書かれたバス停があります

この道を横断するのはちょっとばかり怖い

峠を登ってきた車が一気に加速して

通過するしましてや霧のため

十分な間合いをもって渡りました

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2008年5月28日 (水)

霧は谷をとざす

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・⑥)

028

ゴルフ場脇の道を進んでいくと

もうすぐ峠の駐車場の看板

あたりはまだ竹の林が続き

前方の霧も次第に濃くなっていく

029

なんとなく見覚えのある懐かしい景色

でも歌に謡われたとおり

♪雲は山をめぐり

♪霧は谷を閉ざす

雰囲気にますますなってきます

030

峠の休憩所はすっぽり霧の中

まさしく箱根の雰囲気です

何度か箱根に来ていますが

半分以上は霧の中だった気がします

031

駐車場脇にはまだ桜も咲いていて

そこだけ明るく輝いているようだ

ここは県境でもあり私の旅も

山梨・愛知に続いて

いよいよ神奈川県も入りました

036

GWだったため箱根にも

多くの観光客が来ているようです

もちろんツーリングを楽しむ

バイクの人たちも一休みしていました

037

静岡県の人は伊豆箱根と称し

箱根は県内であるような錯覚

でもそのほとんどは神奈川県

この峠はいろんな方面への

分岐点でもありました

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2008年5月27日 (火)

峠にて

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・・・⑤)

024

どうやら本格的に峠に近づいたようだ

上から降りてくる人たちが増えてくる

それに伴って霞が濃くなってきました

火照った体にはちょうど良い冷えです

025

是より江戸へ二十五里とある

もうずいぶん江戸へ近づいたものだ

現代の案内板は木製で

ウォーカーのために大書きしてあります

027

森を抜けると目の前にゴルフ場出現

お客さんがキャディーさんと

消えたゴルフボールを捜して

柵を乗り越え道路まで来ようとしています

(ネットのレスポンスが遅いので一時中断)

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2008年5月26日 (月)

箱根路に抱かれて

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・④)

018

さすが箱根路うっそうとした

森の中の道を行く

昼なお暗き~♪道は

旅人を無言にしてしまう

019

兜石と書かれた小さな碑が

街道脇にぽつんとありました

辺りを見回してもただの森で

それらしいものは見当たりません

020

山の上から降りてくる人たちとすれ違う

峠はもうすぐですよと教えてくれた

どうやら下りだけの歩きらしい

足取り軽く降りて行きました

021

でもまだまだ周囲から竹の林は

旅人を包むように覆いかぶさります

箱根の山に抱擁されている感じ

何か出てきそうな雰囲気です

023

井上靖の記念碑がありました

でも良く見るとやっぱり竹の林

一切の景色は森に阻まれています

いくら自然を大切にと言っても

これでは文豪も可愛そうです

022

そばにあった「箱根八里記念碑」の説明

まったく何が書いてあるか判読不明

文字が消えかかっています

せっかくだから整備していただくと

ありがたいものですね

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2008年5月25日 (日)

苔滑らかな街道

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・③)

012

国道をかなり歩いたと思う頃

「接待茶屋」に到着しました

ここも街道の出口になっていて

どうやら一つの街道を

飛ばして歩いたことが判明

013

その昔江戸時代から引継いで

ここに茶屋を開いて旅人に

接待したらしい

箱根までの道中で随分

ありがたく感じたでしょう

014

このあたりではかなり高地で

つつじの花もまだ蕾の状態

平地ではもう花の最盛期は

過ぎているというのに

015

いよいよ箱根の案内板が現れる

今度は間違いなく街道を歩きましょう

アスファルトの道よりも

やっぱり街道の方が楽しい

016

こちらの石畳は前よりも不揃いで

街道のムード満点です

少し足元を取られるので

足をグラサナイように注意です

017

山道は次第に深くなって行き

苔むす雰囲気もなかなかいいものです

まさに『羊腸(ようちょう)の小径(しょうけい)は

苔(こけ)滑らか』の歌の通りですね

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2008年5月24日 (土)

国道を行く

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・・②)

006

三島からここまでの街道同様

ここから箱根までの街道も

時々国道に寸断され

このような階段が時々現れる

007

国道に出るとこのような案内板

多くの人がこの街道を楽しむので

案内板はありがたいものです

案内板に沿って進む

008

横断歩道を割った先の小道が

多分その街道の続きだろうと

歩いていったのだがどうも

案内板がはっきりしないし

民家の庭先みたいで躊躇った

009

結局街道を見つけられず

仕方なく国道を歩いていくことになった

相変わらず自転車の人たちが

坂道をエッチラオッチラこいでゆく

010

国道だって草花が咲いている

この野茨の花だって

それなりに初夏を謳歌している

鳥の声も車の音に負けないよ

011

なんとなく前方が霞んできた

峠が近づいてきたのだろうか

自転車の人もちょっとばかり

きつそうで降りて転がしています

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2008年5月23日 (金)

富士山周遊再開

(富士山周遊・ⅩⅡ・・・・・・①)

Photo

2008年5月5日

山中城址ーー箱根神社

7時間30分

23000歩でした

002

本当に久々の富士山周遊です

15回で一周の予定ですが

今回はその12回目ということで

前回の山中城址からの出発です

001

ゴールデンウィーク中ということで

自転車で天下の険に挑戦する

若者などがいたりして

その元気さに脱帽です

浜松から三島へそして今日は

千葉まで行くそうです

004

まずは旧東海道の石畳の道へ

今回の同行者はHN・胡南さんです

まずは箱根峠を目指しての歩き

整備されている街道は快適です

003

街道の入り口に「雲助徳利の墓」

墓石に掘り込まれた徳利に

目が引き付けられました

解説を読んでみるとなるほど

すばらしい逸話が書いてありました

005

杉木立と落ち葉の街道も

新しい初夏の息吹が少しずつ

感じられてきて心浮き浮きです

でもちょっぴり曇りがちの天気

歩くには快適なんて強がり言っています

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2007年12月25日 (火)

清流の中の道

イエス・キリストの生誕地ベツレヘムの教会で24日深夜から25日未明にかけ、クリスマス恒例のミサが行われ、出席したアッバス・パレスチナ自治政府議長は「来年がパレスチナ人にとって独立国家樹立の年となるよう祈る」と語ったそうです。

確か記憶によると、その昔アラファト議長も出席したことがありますね。イスラム教徒は本来、他宗教の人たちには随分寛容なものだと私は感じます。ただ、どの宗教にも「原理主義者」がいて、「キリスト教原理主義」「イスラム教原理主義」「仏教原理主義」それぞれに偏屈になりすぎる集団が、本来の宗教観をゆがめている嫌いもあります。

歴史に残る、宗教は歴史にもまれ洗練され、より高度な高みに上っていってほしいものです。一般的な庶民の宗教観はとても好きです。それはイスラム教も仏教もキリスト教もユダヤ教も神教も儒教の人たちも私の知るかぎり、みんないい人ばかりです。皆が寄り集まっても決して争いなど起こしません。それが当然な世界だと思っています。

でも、なぜ今、変な世の中になっているのでしょう。誰かが、意識して変な世界を作ろうとしているとしか思いつきません。ベツレヘムのミサの一方で、パレスチナの占領地で入植者の住宅を740戸も増設しようと来年度予算案を計上しているイスラエル建設省。こんなことを奨励しているのは、どこのどなたでしょうか・・・・。

・・・・・・・・「悪を仕方ないと受け入れる人は、悪の一部となる。悪に抵抗しない人は、実は悪に協力しているのだ。」(マーチン・ルーサー・キング)・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・・⑮最終回)

012

三島は「みずのしま」と言われ

市内には清流が流れる

住んでいたころは仕事帰り

轟々と側溝を流れる水音に

心を癒されたものでした

013

小川の畔には文学碑が

たくさん連なって足を止まらせる

でもあたりは暗くなり残念ながら

いよいよカメラに写らなくなる

014

水に流るる落ち葉だって

清流の前には跡形もなく

流れ去っていく運命です

私も流れ行くただの旅人

015

清流の源 三島楽寿園より

流れ出る「源兵衛川」も真っ暗だ

この川に12月21日工事の生コンが

流入して貴重な植物や魚が

大量に被害を受けてしまいました

016

この小さな源兵衛川の清流の

その中に飛び石の道ができている

勤め帰りの女性がその中を行く

その後ろをストーカーして歩きました

017

随分 街の中をうろうろして

国道に再び出たときには

車の洪水の中で

現実の世界に戻されてしまいました

011

駐車場では買い物をする家族が

楽しそうに手をつないで語らい

ほてった頬の旅人には

電飾の明かりだけが微笑んでいました

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2007年12月24日 (月)

三島大社の鹿の声

福田康夫首相は23日、薬害肝炎訴訟で原告団が求める患者一律救済に向けた法案の議員立法を表明したそうですね。

福田君一体意味がわかってしゃべっているのかちょっと疑問ですね。先日のあの発言から、舛添君同様、被害者から逃げるように立ち去ったあの姿は、強烈に国民の間に「そんなの関係ない内閣」の印象を植え付けてしまいましたね。その後の昨日のこの表明で今度は国民は何を感じるのでしょう。

この福田君の表明で一番頭にきているのは町村君と厚労省の官僚でしょうね。町村君は「行政としては司法の枠内でしか対応できない」と言い切って、被害者に最も厳しい大阪高裁案をあたかも司法全体の意見のように突っぱねましたね。自分では何も意見を言わなくこの両者にコントロールされていたのに、さすがに国民不在の発言に周囲が業を煮やしたのでしょう。

結局は世論の強さをほとほと感じたのでしょうね。今度も言われるままに「議員立法」で皆で話し合ってくださいと言い出した次第。本来は行政の長が「こうする」と言い切ればそれで済むものを、頭の中には結局何も案がなかったのでしょうね。良い悪いを論ずる以前の問題のようです。もちろん日本の舵を取っているような振りしているだけだから、まだ船は間違った方向にも正しい方向にも進んでいないし、港の中だけに浮いている状態だからよしとするか。

誰か、早く舵取りが現れることを望まれますね。今のところ誰も見当たりませんが・・・。

・・・・・・「失敗の言い訳をすれば、その失敗がどんどん目立っていくだけです」(シェイクスピア「ジョン王」)・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・⑭)

014

三島大社に到着したころは

あたりはちょっとばかり暗く

写真の写りがあまりよくない

それでも30年ぶりぐらいか

012

三島大社の付近は通算で

2年ぐらい回数では6回ほど

仕事でお世話になり

この神社の境内を何度も

行き来しました

015

境内に住む鹿の声で

毎朝目覚めたことを思い出し

その下宿先を探したが

今では景色も変わっていました

022

三島大社はもちろん

官幣大社でこの地方では

有数の神社

したがって歴史上何度も登場

017

華やかな伊豆の歴史の

要の場所を占めているようです

もちろん青春の思いでも

ここにはいっぱい詰まっています

021

境内には「御神馬」が御幣を

背負っていましたが何と真っ黒です

普通は白い馬なのにと不思議な感じ

きっと深いいわれがあるのでしょうね

013

三島大社から町へ向かう

この道は何度も歩いた道

風景は彼方に消えたけれど

思い出はあちこちに見え隠れする

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2007年12月23日 (日)

転げたのは臼か牛か

新華社電によると、 中国山東省の鉄道車両メーカー、南車四方機車車両は22日、 時速300キロ走行が可能な初めての国産列車「和諧号」が完成したと発表したそうです。

どうやら、来年の3月には鉄道当局に引渡し、8月の北京オリンピックには間に合ったということのなりますね。かつて日本も東京オリンピックに向けて数々のインフラを整備して、それが高度成長の引き金になりましたね。

中国に旅行した時、若者に「オリンピックを契機に日本はどんな発展をしたのですか」と質問されたことを思い出します。それほど、いろいろと期待していたことが伺えます。私も「格差のない発展を願っていますよ」と言ったら、真剣にメモを取ってくれました。

どっこいしょと線路と同じ高さから列車に乗り込んでいた風景から、日本の駅並みにホームから平行に乗ることができるようで、関口知宏の中国鉄道大紀行の雰囲気も次第に陰を消していくのかな。それと、あの寝台車での旅のように、のんびりとお茶を飲みながらの長旅の雰囲気もなくなって行くのでしょうね。

写真で見ると、綺麗なお姐さんが食堂車では対応してくれるようだ。以前は頼もしく、いかつい女性の車掌さんが我々外人のために、中国人を追っ払って席を確保してくれたことがあったけど、そんな風景もなくなっちゃうのかな。

新華社は「和諧号」について、「外国の技術を導入、吸収した上で中国が自主開発した」と伝えているそうです。正確には「川崎重工業の東北新幹線「はやて」の技術提供を受け、中国の国内で生産した」と言うのが正しい日本語だが、中国語に訳すとどうやらこんな感じになってしまうらしい。「外国」と言うところに「日本」などという正確な言葉は口が裂けてでもこの国では言ってはいけないのでしょうね。

・・・・・「どうして私たち哀れな猿どもは、自分から離れて言葉という音の後ろに隠れるんでしょう!」(E・オニール(米・劇作家))・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・・・⑬)

022

ゆっくり登ってきた道も

下りで見てみると結構急坂だった

膝に負担を掛けないように

それでも早足で下る

023

再び眼下に三島の町が

見えてきました

もう少しだがんばろう

明るいうちに到着したいね

028

行きにパスした「臼転坂」(うすころげざか)

面白い名前なので気になっていた

急坂ということで「臼」か「牛」が

転がったとのこと

026

街道の秋はいよいよ深まり

旅人の目をいやしてくれます

もうすぐ三島の町に

到着します

030

松並木までやってきました

錦田の一里塚は良く見ると

両サイドにこんもりと土を盛って

いるのが分かります

031

ここで国道と別れて右へ

三島大社方面に向かいます

雨でないだけいいのだが

ずいぶん景色は暗くなる

034

三島の大場川付近までやってきて

ふと懐かしい気分がこみ上げる

青春時代にこの付近は

仕事で住んだことがある

景色は違ってしまったが

追憶は消えません

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2007年12月22日 (土)

逸品三島大根今が旬

遺跡の盗掘などで不法に国外に持ち出されたとされる古代美術品の返還に力を入れるイタリア政府は、これまでに返還された美術品などをローマの大統領府(クイリナーレ宮)に集め、21日一般公開したそうですね。

イタリアでは古代の美術品は国家に属するという法律を1939年に作ったそうです。今では当然と思われているこの法律も当時では変な法律に思えたのでしょうね。西欧国家がここ数世紀にわたって、アフリカ、南北アメリカ、そしてアジアにまたがって世界中を勝手気ままに、植民地と称して武力征服した歴史は判然として存在していますね。

その中で、自分達のお眼鏡にかなったものを、盗掘ではなく堂々と宗主国である自分たちのものだといって持ち去った経緯があります。イギリスでもフランスでも立派な美術館にはそういったものがわんさとあるでしょう。イタリアのように自国にそういったものが発掘される国は声を大にして叫んでいるが、他の国は「やれやれ」と思っているのでしょうね。

持ち去った国に言わせれば、「わが国で保護したから今まで残ることができたのだから、感謝すべきだ」と言うかもしれませんね。事実米国の空爆で灰燼に化した日本国土だったが、それ以前に海外へ流出した貴重な作品が残されたということもあります。又、「楓橋夜泊」で有名な寒山寺の鐘のように、明治時代日本に持ち出そうとして海に沈んでしまったものもありますね。

イタリアは「はい、返します」と表明した国に対しては、返すのは今すぐにではなくしばらくはそのまま展示しておいてもいいよといっているとのこと。もしエジプトあたりが全面的に返還要求したら大変でしょうね。台北の故宮博物院も同様ですね。どんな理由があるにせよ、歴史の波の中で失われてしまったとしても、そこで生まれたものはそこにあってこそ輝くのではないでしょうか。

もっとも、国という存在は歴史上大きくなったり小さくなったり、その存在自体あいまいなものです。美術品だって現在の国のものでなく、この地球上のすべての人のものなのかもしれません。スフィンクスだって存在は現在のエジプトですが、世界の人の共通財産世界遺産なのですね。危機に瀕したら、もう一度砂に埋めて、何十世紀後の人たちのために残しておいて置きましょう。

・・・・・「そうだな。何でも自分のものにして持って帰ろうとすると、難しいものなんだよ。
僕は見るだけにしてるんだ。そして、立ち去るときにはそれを頭の中へしまっておくのさ。
僕はそれで、かばんを持ち歩くよりも、ずっと楽しいね。」
(トゥーヴェ・ヤンソン「ムーミン物語」)・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・・・⑫)

031

結局山中城には掘割や土盛りだけで

復元された建物は何もないけど

脇に「芝切地蔵」という祠がありました

江戸時代は1日だけの縁日での

「小麦饅頭」の売り上げと賽銭だけで

一年中の村の費用が賄えたとのこと

013

さて冬の日は暮れやすい

急ぎ足で下山開始です

登る時に通り越してきた

旧街道を拾いながら歩きます

014

山の中は秋の色が

いやがうえにも深まっています

富士見平なのに富士山は

相変わらず見えません

016

石畳の上に覆いかぶさり

旅人の肩に触れんなんばかりの

木々に迎えられて意気揚々

軽やかな足取り

018

途中同じく下山しているお二人さん

少しお話ししながら軽く追い越し

落ち葉に足元を注意しながら

かなりのスピードで降りました

020

来る時には気が付かなかったが

あっちこっちで大根を干している

海岸沿いではなくここは火山灰地

三島大根は今が旬の名物です

024

当然のごとく愛鷹山と富士山で

絵葉書的な写真を期待したが

かすかに愛鷹だけが見える程度でした

でも三島大根はどんな料理にも合う

逸品が自慢だそうです

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2007年12月21日 (金)

兵わ者どもが夢の落ち葉か

「山田洋行」の社内調査によると最近5年だけで、防衛省の地方調達分で少なくとも約30億円の水増し請求が新たに判明して、中央調達分と合わせ40億円以上になることが分かったそうです。

遠い過去から調べれば、莫大な不正請求が判明するでしょうね。何しろ、官僚と政治屋が寄ってたかって甘い汁を吸いあっていた組織で、社長が理事だった日本○○○会というわけの分からない団体には、与野党の国会議員が群がっていたようだ。多分、政治に興味がない人でも、最近話題にのったことで知っている国会議員の名前を挙げれば、きっとその人も会員だったかも知れません。

守屋君なんて、それから見れば可愛い者かも知れませんね。国会議員の証人喚問を与野党あげてシャンシャンと手打ちして、いい加減にしてしまったのもうなずけると言う物ですね。野党だって痛い腹は触られたくないものだ。

奇しくも同じ日、舛添君が「国と製薬会社の責任範囲から外れる被害者に、30億円渡すから、勝手に山分けしてくれ」とばかり提示した金額と一致しましたね。国会議員や官僚の甘い汁の値段と、国家の犯罪により縮められた命との値段と、何で同じなの。あまりにも悲しい現実ですね。

国家と製薬会社による被害者を救うのに、1兆円掛けても安いものじゃないか。国家の犯罪国民の責任でもある、そのために税金を使っていただくのを躊躇うものではない。そして、何度も繰り返している、政財会癒着を断罪してこそ新の憂国の政治家といえるのではないか。普段、政治のことを口にしない人でも、さすがに今朝のテレビを見て一様に怒っていましたよ。

・・・・・「あらゆる堕落の中で、もっとも軽蔑すべきものは、他人の首にぶら下がることである」(ドストエフスキー)・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・・・・⑪)

012

街道が国道と交差するところに

山中城址の駐車場がありました

ちょっと見、どこが城址か

全然分かりません

015

天正十七年いわゆる戦国最後の戦

秀吉の小田原攻めに備えて作った

北条方の山城だったが

圧倒的な秀吉軍にわずか半日で

落城してしまったらしい

019

でも城址を廻り歩くと

その大きさや複雑さに驚く

わずか半日で落城とは

とても信じがたい規模でした

021

もちろん急ごしらえだし

石垣積みはないけれど

山の地形を巧みに使った

掘割は結構深い

024

二の丸や三の丸の方が

本丸より広くて立派なのは

実用一点張りの砦だからだろう

兵わ者どもの声も今はむなしく

026

枯葉を揺さぶり本丸跡に

かそけき音を響かせています

小田原攻めは正宗・秀吉の有名な

「関東の連れ○○○」の発祥地

030

守るも攻めるも長々と

「小田原評定」の語源の元

戦国から安定への時代の

転換点の山中城址でした

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2007年12月20日 (木)

司馬遼太郎も街道をゆく

韓国大統領選で野党ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)氏が勝利し、十年ぶりの政権交代が実現するそうですね。

お隣韓国のことなのに、アメリカ大統領選の知識よりも疎いのは私だけでしょうか。李君が当選していろいろ新聞に書かれているのを見て、ようやくなるほどとうなずく程度です。李君は大阪生まれだそうです。日本が朝鮮半島を長い間植民地にしていた時代に両親が大阪にこられたとか。

戦中戦後に幼少時代を過ごされた方は、李君だけでなく日本人でも大変なご苦労をされたことを、知っているものとしては、がんばって大統領になられたことに拍手を送りたいと思います。それにしても株価操作・横領事件への関与疑惑が報道されていますので、ちょっと注意深く展開を見守ってゆきましょう。

盧大統領は金大統領を引き継いで「太陽政策」をとりましたけど、ちょっとニュアンスが違いましたね、盧君の場合は経済的に北を取り込むために近寄り、そのためには「反日」というものを餌として将軍チャマに見せましたね。

韓国ではなぜか知らないけど、大統領を辞めたとたんに「検察」のご厄介になりますね。なんとなく伝統的なことみたいでちょっと可笑しいですね。だから、盧君も最後になってなりふりかまわず将軍チャマにご機嫌伺い行ったり、反日色を濃くしたりして、与党の勝利を願いましたね。与党さえ勝ってくれれば、退任後自分への「検察」の介入がゆるやかになるとでも考えたのでしょうかね。

韓国では選挙に勝つ方法として「若者」の票を如何に取り込むかということが鍵だそうです。日本の場合にも同じことが言えると思います。先の7月の参議院選挙では与党は若者に選挙に来させないように選挙日程を強引に調整しましたね。与党が勝利する条件は老人をいかに多く投票に動員するか、もしくは若者に投票させないことでしたね。

あまりにあからさまに投票日の操作をやったものだから、選挙に無関心な若者でもさすがに怒ったのか、若者の投票率がすこし上がっただけでも、与党大敗につながったのかも知れません。世界を動かしていくのは、老獪な連中や妄信した体制維持派ではなく、純真な若者たちであることを、期待して止みません。

・・・・「投票する時は公約の最も少ない候補を選ぶことだ。そうすれば、失望させられることも最も少ない。」(B・M・バルーク)・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・⑩)

083

国道にぶつかったところは富士見平

ドライブインの左脇に石畳の旧道

うっかり見落としてしまい右折し

国道歩いてしまった

085

国道は国道で面白い

道路脇に忘れ去られたような

石碑が建っている

「菊池千本槍の碑」とある

祖先を顕彰して建てたそうです

086

大きくカーブした国道ですれ違った

ウォーカーのご夫婦に道を聞く

ベテランらしく山中城址への旧道を

すらすらと教えてくれました

088

教えられたとおり道路の反対側へ移る

いよいよ最後の旧街道への坂

ここからは「腰巻」地区というそうだ

山中城址ももうすぐだ

091

途中の案内板には江戸時代の

石畳の様子やそれに基づいて

修復した様子などが描かれて

地区の人々のご苦労が伺えました

092

街道脇には「街道をゆく」で有名な

司馬遼太郎先生の文学碑など

旅人には心休まるような

配慮がとてもうれしく思います

093

国道へ出る直前に出丸への

案内板がありましたが

とりあえず まずは本丸攻め

一直線に山中城址へ

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2007年12月19日 (水)

石畳を過ぎ石畳へ

ハワイ・カウアイ島で17日、日本が保有する最新鋭のイージス艦「こんごう」が放ったミサイルは、正確に宇宙空間の標的用中距離弾道ミサイルを破壊したそうです。

今回の実験でもっとも喜んだのは、米国だったそうです。なぜなら、テポドンが日本の上空を通過して米国に向かうことを想定して、その途中で日本が破壊してくれれば大助かりだという訳だ。しかも、アメリカが売ったイージス艦で日本がやってくれるのだから、これほどうれしいものはない。

もともと、イージス艦は米国の空母がミサイル攻撃された時、海上にあって空母を守るために開発されたもの。国土を狙われたときには別のもっとしっかりした物を地上に作ればいいこと。日本の場合は何を守るの。日本という巨大な不沈空母を守るには、イージス艦はではちょっと寂しいね。ということはあまり意味のないものかもしれないね。

日本には現在5隻あるらしく、値段も14000億円ぐらいだそうだ。まあ駐留米軍に毎年あげている「おもいやり」に比べたら、安いものか。お得意さんの日本が買ってくれるイージス艦も、守屋君みたいな連中が諸外国より高く買ってくれるのでアメリカも大喜び。しかもアメリカを守るために活躍してくれるとなれば、濡れ手に泡というものですね。

・・・・・「自分で自分を支配する力のない者にとっては、束縛が善であり、解放は悪である」(下村湖人)・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・・・⑨)

072

細い街道沿いに「箱根旧街道」

ここはハイキングがてら歩く人が

多くいるのでしょうね

歩く人には励みになります

073

クネクネ曲がる国道とは違い

旧街道は一本芯が通っているようで

意地でもほぼまっすぐな道が続く

江戸時代人の心意気か

074

野辺の馬頭観音は

そういった旅人に安らぎを与え

また荷役の馬たちをねぎらった

人々の心の証しです

075

落ち葉散り敷く石畳

雨上がりでちょっとすべるので

気をつけて歩きます

草鞋の方が歩きやすいのかな

077

一度国道に出てもすぐ又

旧道の石畳が現れます

大井川の近く金谷に比べ

こちらの石畳は平らで楽だ

079

次に現れた「上長坂」

同じように落ち葉も多い

両側から木々もかぶさって

いよいよ山中の雰囲気が漂う

081

「上長坂」の終わりは

苦手な長い階段がありました

親切心もちょっと残念な雰囲気

どんぐり踏みしめ登りました

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2007年12月18日 (火)

こわめし坂に負けないで

薬害肝炎訴訟の和解協議で原告側の修正案について、福田首相は「交渉中だから私どもが余計なことは言わないほうがいい」と述べたそうですね。

今回の原告側修正案は「国の法的責任」はいわないから、とにかく早急な一律救済を求めたものでした。相手のことをとやかく言っている暇は患者さんにはないのですね。国のほうはそういうことなら考えないでもない、といった態度ですね。

結局世論に負けたように、福田君もしぶしぶ救済に乗り出そうとしていますね。先日のテレビの番組で「そうは言っても、全員救済となれば原資をどうするか・・・・」なんて答えていた福田君のことを思い出しました。

駐留米軍の家族には日本の一般庶民にはとても手の届かない住宅を与え、年間数千億円を平気な顔でぽんと出して「おもいやり」を示しながら、国と製薬会社が作り出した薬害被害者には、不平不満を国や製薬会社に言わなければ、しょうがない救済でもしてやるか、という態度ですね。

誰と誰が交渉中なのか。原告は国に対して修正案を出しているのであって、厚生省に出している訳ではない。つまり、福田君に回答してほしいのに「私どもが・・・言わない方がいい」とは、あなたは言った何者ですか。本来はトップが決断したことを、下部の厚生省がそれにしたがって粛々と処理をするのが当然じゃないかと思います。日本の企業だってそうやって世界と闘ってきたはずだよね。

20日までに双方は修正案を出せと裁判所に言われているのですが、さて福田君はどんな意思を示すでしょうか。一度ぐらい自分の言葉で、示してほしいものですね。

・・・・・・・「良い行動が悪い行動になることがある。狼を助ければ、羊を殺すことになるのだ。」(ビクトル・ユーゴー)・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・・・・⑧)

062

山神社の脇からは再び

旧東海道の小道が始まる

今度は「こわめし坂」という名前

急坂で汗をかき背負った米が

「こわめし」になったのが由来だそうだ

064

もちろんこれきしの坂は

今の私にはへっちゃらさなんてのが

過信につながり怪我の元

「こわめし坂」に敬意を表して

065

ゆっくりゆっくり登りましょう

江戸の昔はそれでもメインロード

かなりの往来があったと思うが

山賊でも現れたら怖かったろうね

066

ふと振り返ると霞の彼方に

沼津や三島の町が小さく見える

いつの間にかずいぶん登ってきた

沼津アルプスの向こうに伊豆の山々が

霞んでいました

067

休み休み上った坂も

もう少しで終わりそうだ

急斜面の街道沿いに

集落が現れました

068

集落のところでは少しは

坂もゆるやかになり

ちょっと一服です

昔の人もきっと休んだでしょう

070

集落を抜けたところで

再び「笹原一里塚」がありました

錦田から一里来たことになりますね

ここで国道と交差して青い壁の脇の

細い道に街道はつながります

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2007年12月17日 (月)

一度だけ富士山が見えた

イラク駐留英軍は16日、南部バスラ州の治安維持権限をイラク警察などの治安当局に移譲し、ムサンナ州・ナジャフ州・ディカル州に続いて、すべての州での治安維持活動任務を終了したそうです。

ブッシュ君の嘘の情報に乗せられて、一つの主権国家を破壊したブレア君も早々と、ブッシュ君に見切りをつけて戦争から降りましたね。反省するところは反省するのはさすが英国気質だったかもしれない。

しかも、破壊してしまったのは、元に戻さなければならない。とりあえず、奪った治安権限を返却して、今後はイラク軍の配下での協力になるらしい。良い悪は別としても、反省したところはさすがだ。ブッシュ君のように世界中からボタンの掛け違いを指摘されているのに「そんなの関係ない」の一点張り。

最近日本で起こった事件でも、公安が銃の保持を認めたとしても、その人間の異常行動が後に発覚したら、認可を取り消すことがあってもよさそうなのに、ブッシュ君同様それはなかなかできないことみたいですね。でもそれにより犠牲者が出てもやむをえないということか。

次期大統領候補でしかもブッシュ君と同じ共和党のハッカビー君はブッシュ政権は「傲慢だ」とまで言い切っています。まあそれを聞いても、ブッシュ君動じないでしょうね。なぜなら、同盟国の日本の与党がオイラを全面的に応援してくれているのだ。しかも国民こぞって、重税に耐えながら、薬害被害者を置き去りにしても、ブッシュ戦争を応援してくれているんだ。

・・・・・「人類の大半が愚かであるということを考えれば、広く受け入れられている意見はばかげている可能性のほうが高い」(バートランド・ラッセル)・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・・⑦)

054

久しぶりに日蓮さんのお寺

傍らに明治天皇史蹟とある

明治維新天皇が江戸へ下った

史蹟は東海道のいたるところにある

056

どうやらこの石のところで

御腰を掛けられ富士山を

御覧になられたとのこと

私も腰掛けてみたところ

057

不思議なこととに

みるみる間に雲がかすれ

富士山中腹が見えてきました

完全には見えないまでも

感動しました

でも、すぐにまた隠れてしまいました

058

少しだけでも富士山が見えること

それだけでも最近はうれしく感じる

何気ない田舎の景色でも

そこに美を見つけてみたい

059

今回のチェックポイントの一つ

「山神社」に到着しました

シンプルな名前ですが

富士山周辺にはたくさん有りました

060

階段は好きじゃないけれど

とりあえず登ってみましょう

山神社の山とは何だろう

水神社も富士山周辺には多いですね

061

石灯籠には江戸の年号が

はっきり読み取れました

箱根の山は天下の険

今も東名は大迂回してますね

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2007年12月16日 (日)

軒端に瓢箪ゆれて

ミャンマー軍事政権は15日付けの国営紙で、同国で初めて鳥インフルエンザの感染者が出たことを発表したそうです。

7歳の女の子だったそうですが完治して今月12日に退院したそうで何よりです。あの閉鎖的だったミャンマーでも、こと鳥インフルエンザの蔓延に関しては人類の滅亡がかかっているだけに、公表していかないと大問題になりますね。

幸い日本では感染者は出ていないようですが、鳥自体は感染しましたね。鳥たちは自由に空を渡るため、感染自体を抑えることは事実上不可能なんでしょう。せめて、世界に向けて早めに発表し、警告を発して行くことがせめてもの、人類に対する感染を防ぐ、最大の防御ということになりますね。

ベトナムから始まった鳥インフルエンザも東アジア・東南アジア・中東・ヨーロッパ・ロシア・アメリカとほぼ世界中を一回りして今しましたね。今後のいっそうの公表システムを確立していってほしいものです。

それにしても、北朝鮮には感染した鳥は発見されなかったのでしょうか。一番心配なのは、公表しないで隠されることです。確かに疑いのある鳥をすべて処分するのはもったいないような気もしますが、ましてやドサクサにまぎれて売ってしまおうなんて者も初期のころ日本にもいましたね。

感染は恥ずべきことではない。それを秘匿することが恥ずべきことなのだということをあらためて肝に命じていただきたいものですね。

   「迷った時は真実を語れ」(マーク・トゥエイン)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・⑥)

044

坂地区は地名の通り坂だった

どうやらここまで歩いてきて

三島からほぼ直線に歩けたが

自動車道はカーブをつけて

坂道をゆるやかに登っている

045

自動車道をクロスしてあくまでも

直線的に旧東海道は箱根に

向かって坂を上っている

何か根性のようなものを感じる

025

急坂を昇りきったところに

七面堂旧址の石碑があり

いかめしくも足利尊氏建立だが

弥次喜多には「しちめんどう」だと

笑い飛ばされています

047

ここまで来るとふもとの街は

山の陰になって見えません

静かに秋が更けてゆきます

なんとなく落ち着く景色

051

公民館の横に三島が誇る

景観の展望場所があるとのこと

もちろん写真のようには

富士山が現れてはくれませんでした

052

街道の途中には立ち止まって

絵にしてみたい風景が

随所に現れますが

なぜかカメラを向けて写真撮るだけ

053

軒端にぶら下がった瓢箪が

旅人を呼び止めています

手作り民芸品を店の中に

ところ狭しと並べてありました

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2007年12月15日 (土)

街道筋のやさしい風

長崎県佐世保市で男が銃を乱射して、善良な市民が犠牲になりましたね。どうしてこんなことになったのか分かりませんが、世界中で似たような事件が起こりだしているような気がします。

ずーと昔は、憤りの対象に対してその怒りをぶつけるというのも、ないわけではなかった。しかも、それは自分より大きな相手に対するものだったように思います。近年の事件を見ていると、残念ながら自分より弱いものに対してしか、暴力を振るえなくなっているような気がしてならない。

昔から、親から教わる言葉に「弱いものいじめはするな」がありましたね。喧嘩するなら自分より強いものとせよと、負けると分かっていても闘う時には闘えと、今の親だって言っていると信じます。だからこそ、男は安易には闘いはしないものだ。ましてや暴力で相手を押さえつけることもしなかった。

いくら、親が教えてみても、世の中がその逆をやっていれば、子供たちは自然に学んでしまうかもしれない。大企業優先で福祉切捨て、国民の生活より戦争参加を優先したり、ありもしない口実をつけ一国をつぶしてみたり、テロリスト国家を擁護してみたり、なんとなく逆のことばかりやっている世界情勢。

そんな世界を見つずけていると、自分を守るのは理屈はともあれ、寄らば大樹の陰になったり、銃を弱いものに向けているかぎり、自分は腕力のあるものからいじめられないと思い込んでしまうものかもしれませんね。

もう一度、親も、ご近所も、世間も、政治家も、世界のリーダーもそのことから考え直さないと、ますますこんな卑怯な病気が世界中に蔓延して取り返しがつかない世界になってしまうかも知れませんね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・・・⑤)

035

同じ本州でも雪の便りが聞こえます

でもここは常春の国

つつじの花は年中咲いている

曇りがちの天気も華やかに

036

しばらく車の行きかう国道を歩く

落ち葉の厚いところでは

足を滑らさないように

慎重に歩きます

037

路は旧道と接したり離れたり

しながら少しずつ登っていく

歩いてみると車で行くよりも

坂はゆるやかに感じるのは

なぜでしょうね

038

できるだけ国一を避けて

旧自動車道を歩くことにする

新道の方がゆるやかで車にとっては

走りやすいが距離はありそうだ

039

どうやら旧東海道の街道筋を

一本通り越してしまったようです

まあ帰り路にその辺は拾って

歩いてみよう

041

街道筋の六地蔵も長い年月で

2列になり十二地蔵になって

協力布陣で旅人を見守っています

幾年月が過ぎ去ったのだろう

042

三ッ谷新田の坂という地区

古くからの街道筋の村のようです

どの家も先祖からの伝統を

守り続けている感じが伺えます

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2007年12月14日 (金)

路は過去から未来へ続く

日本漢字能力検定協会が募集する今年の漢字に「偽」が圧倒的多数で決まりましたね。京都清水寺の森清範貫主が大きく揮毫した「偽」の文字の、筆を止めた時の力に、国民の怒り心が乗っているようでした。

なぜこの言葉が1位にランクされたかは、解説を読む必要がないほど誰もがわかっていることですね。元々この文字には「人が作為的になすこと」という意味がありますが、人とはどんな人を指すのでしょうか。

あれも、これも、あの事件も、そしてあの現象も、みんな人がなした行為でしたね。しかし、そんな世界を作っているのも、私たち一人一人だから、私たちに責任がないわけではない。だったら、こんな世界を直していくのも、私たちに課せられた課題でもあるでしょう。

「偽」だったらまだ、直すということもできますが、今年の現象でもっと厄介なものがありましたね。お坊ちゃまと半ボケの老人に国の舵取りを任せてしまったこと。又、それを咎めることなく擁護している、「先生」と呼ばれる政治屋たち。これだけは「偽」以前の低次元の現象ですね。

国や製薬会社が作り出した薬害被害者に会おうともしないボケ老人の首相はそれでもアメリカ軍にはしっかり「思いやり」を数千億円もぽんと出し、ブッシュ君の戦争のために無料ガソリンスタンドを再開させようとしていますね。この老人は誰を助け、誰を苦しめているのかほとんど認識していないということがはっきりしていますね。

この人が平気な顔をしていることも・・・・・・そんな人間を選出した私たち国民の責任なんだと、先人たちにしかられそうですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・・④)

027

松並木の街道はゆっくり歩けば

とても快適です

初音ヶ原にある道路を跨ぐ橋も

ちょっと洒落た造りになっていました

029

錦田の一里塚がありました

帰りに気が付いたのだが

道路の左右に一里塚があることで

ちょっと珍しいものだそうです

030

楽しみながら歩いていると

あっという間に時間が過ぎて

松並木も終わってしまった

前方に工事中の看板がある

031

案内板に沿って道路を右にとる

なにやら大きな工事現場らしく

大型の重機が入っています

気をつけながら進むと

032

小山が大きく削られています

シャベルカーも忙しく動いています

道路の反対側も同じく

機械が入っていました

034

どうやら伊豆縦貫道の

建設が始まっているようです

いつも渋滞の起こる伊豆だから

アクセスが良くなることを期待します

033

工事現場の真ん中に

「箱根路」と書かれた大きな石

昔からここにあったのを思い出した

この大石で旧街道と国一が

再び別れていきます

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2007年12月13日 (木)

松並木は冬支度

年金記録問題の全面解決を事実上断念したことを公約違反だと批判され「公約違反というほど大げさなものなのかどうか」と福田首相は記者団に語ったそうですね。

というより記者団に語ったその姿が、昨日からテレビで何度も放映され、一般市民の反応は「この人、誰に向かって、何言ってんだろう」というのが正直な感想でしょうね。厳密に言って「どこにどう「公約」と書いてあるか言ってみろ、その証拠を出せ」と一国の首相が庶民を脅しているようにも思えます。

庶民はそんなことは良くわかりません。しかし、大多数の国民は「3月までに一人残らず洗い出して見せます」と政府与党は言っていたように思い込んでいます。ましてやそれを信じて昨年夏の選挙に投票した人も大勢いたと思います。そう思い込んだ庶民が悪いんだ、公約していないんだから公約違反じゃないといまさら言われても、困りものですね。一国の首相の発言ではないでしょう。

舛添君の「選挙中に「最後の一人まで判明することなんかできるわけがない」なんて、本当のこといえるわけがない」との開き直り。けだし、今年の名言として残しておきたい言葉ですね。

ということは、今回の米軍基地に対する2000億円以上の「思いやり予算」の確定や、インド洋のブッシュ君の戦争への無料ガソリンスタンドは、どんな困難を廃しても、投票していただいた選挙民に対する公約として実現しなければならないことなんでしょうね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・・③)

019

いよいよ三島の町とも別れ

「これより箱根路」の看板

急ぐたびでもあるまいし

のんびり参るとしましょうか

020

振り返ると三島の街と

三島大社の森が見えました

眼下にはJRの線路が

箱根の山を避けるように走っています

021

箱根路に入ってすぐ

前方に松並木が見えてきました

国一と旧東海道が一緒になる

貴重なところです

022

住宅地と道路の間にある

石畳の道を行くことにしました

散歩道でもあるらしく

時々ベンチなども設置してあります

023

松並木の幹の途中には

藁の菰巻がしてあります

地中で冬越しをしようと虫達が

木の上から降りてきて菰のなかで

冬越ししそれを春先に焼いてしまうのだ

024

石畳の道には住宅地といえども

風情のある家もあります

街道の景色とあいまって

いい雰囲気を出しています

025

南国静岡はこの時期やっと

秋の雰囲気を醸し出して

道行く旅人を

慰めてくれています

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2007年12月12日 (水)

いよいよ箱根八里へ

現在行われているバリでのCOP13での最大の課題は「バリ・ロードマップ」づくりですが、事務レベル協議では、先進国の削減目標などを盛り込んだ共同議長の草案に日米などが反発、議論の整理がつかなかったようですね。

世界中が「京都議定書」越えて、次なる時代へ痛みを伴いながらでも地球を運んでいこうとしているのに、アメリカだけはブッシュ君が在任中は何としても戦争だけに明け暮れそうだ。したがってあと一年間はアメリカ国民は環境問題に関しては、世界中の非難を浴びることを覚悟しているのかもしれない。

アメリカはどうでもいいけれど、ただ問題なのは「京都」の本家本元の日本が、ブッシュ君に追随して「京都議定書」ないがしろにしていることですね。ドイツは日米に理解は示しているものの、世界でも先進的に環境問題に取り組み「京都議定書」の目標に向かって着実に歩んでいます。

どうやら、日本はアメリはカをダシに使って、一緒になって世界の足を引っ張っているような気がします。福田君にはブッシュ君に戦争を終わらせろなんて、とても言う度胸がないからせめて、ブッシュ君を無視して、環境問題に一歩踏み込んで世界のリーダーになってほしいのだけれど、何も考えていない彼にはとても無理か。

後生大事に安倍ブッシュ案「2050年50%」の「でもそんなの関係ない!!」理論を掲げているだけでは世界中誰も支持してはくれないし、その前に地球が大病になってしまいますよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・②)

020

奈良橋交差点から伊豆方面を見る

古い国一の陸橋は切断されています

ここが伊豆を縦貫する国道136号の

起点になっているところです

021

国一の上は歩行禁止なので

やむなく下を歩く

前方に階段があるので

ここで国一に出られると思い登ると

022

修善寺へ向かう伊豆箱根鉄道を

跨ぐだけの歩道だった

その部分を越すと再び

下に降りなければならない

024

下を歩き結局国一へ出られたのは

倉庫のような建物の脇の細い道を

通り抜けたその先でした

三島の町も知っているようで

知らないことがばれてしまったようです

025

国道へ出てすぐに大場(だいば)川

いよいよここを越せば箱根への道

箱根八里の半次郎

箱根八里は足で越せ♪

016

道はゆるやかな上り坂となる

どうやら雨も完全に止んで

空気の冷たさが歩きには

ちょうど良い

017

紅葉している小さな森がある

何かの遺跡でもあるだろう

帰りにちょっと寄っていこうと

チェックしながら歩き続ける

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2007年12月11日 (火)

アメニモマケズ歩き出す

政府、与党は10日、インド洋での海上自衛隊による給油活動を再開する新テロ対策特別措置法の成立を確実にするため、15日までの国会の会期を1月15日まで延長して、参議院で否決されても衆議院で再可決させる方針を固めたそうですね。

レイムダックと米国内で言われているブッシュ君は「世界がテロと闘っている」といい、日本は「世界中がテロと闘っている時に」と言っていますね。斜めから見れば「ブッシュ君が作り上げたテロ社会を武力によって増長させている」のであり、ブッシュ君が後始末に困っているだけのようですね。戦争に参加したい日本は、この機会に何とか実績を作っておきたいのでしょう。

テロは決して武力ではなくすことはできないのは歴史が証明しています。もう一度テロの原因を考えてみる必要に、世界中が目覚め始めていますね。「新テロ対策」とはそういうことを考えること、そして己の命を捨ててまでテロをやらなければならない人たちに、本来の平穏な日々を戻してあげること、それこそが今緊急に日本がやらなければならないことでしょう。

この一年で世界が認識したことに「アメリカの無能力化」と「無能力な日本」というのが有りますね。無能力化されたアメリカでも反面、ゴア君のように下支えしてくれる者が現れるが、無能力が暴露された日本には今のところそんな人間が現れませんね。ただ国民の底力だけが国を支えているのみというところかな。

例によって衆議院での強行採決により、1月15日に再び無料ガソリンスタンドの営業を開始しても、アメリカ以外の世界中から「インド洋に何しに来たの、もう世界は別の方向に向かっていますよ!」なんていわれない様にしましょうね。

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(富士山周遊・ⅩⅠ・・・・・・・・・①)

Photo

11月28日

柿田川ー山中城址

35000歩 7時間半 でした

前回で富士山一周を

箱根越えコースに定めたので

今回はその延長です

012

車で家を出発したころは

少し小降りの雨だったので

まあ何とかなるだろうと

沼津に向かったが

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久能街道に差し掛かり

イチゴ街道を走るころは

土砂降りの雨だった

久能山や日本平も雨にけむっている

ここで引き返そうかとも思った

014

次のコースの下見でもしようと

とりあえず雨の中を沼津に向かう

駐車場に着いたころ

雨は小止みになった

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一粒二粒と肩に当たる雨粒を

感じながら道を三島方向にとる

歩道には当然のごとく

水溜りが残っています

017

三島の町に差し掛かる

ここも富士の湧水の流れるところ

「富士の白雪きゃノ~ヘ~♪」と

「農兵節」に謡われた地でもある

018

「奈良橋」の交差点

東名高速で来た人たちは

必ずこの交差点を右に曲がって

伊豆へ入るはずです

若い時から数十回、いや百回以上

ここを曲がって伊豆へ行ったことだろう

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2007年12月10日 (月)

港の日没ショー

日本で越冬中に丸々太り、飛ぶ能力や餌を捕る能力が落ちて、繁殖地のシベリアへ帰れず死んだり、猫に襲われても動きが鈍いため食べられたりする、鴨が多くいるそうです。

これは都内での出来事で、人が可愛さのあまりパンなどの餌を与えすすぎてしまうのが原因であるらしい。いわゆるメタボ鴨というところですね。わが身とダブりちょっとドッキリです。都内では野鳥への餌やり防止キャンペーンをはじめているそうです。

そういえば、ウォーキングの途中で日本野鳥の会の人と出会い、話を聞いたところ、野鳥の飛来が少なくなったといっていました。北海道を通過する絶対量は同じだがこのあたりまで来ないのは、途中の湖などが温暖化のため凍らなくなったのが原因らしく、途中で止まってしまうらしい。

野鳥の世界にも、人間によって変えられてしまった、この地球の影響がモロに左右されてしまっているのでしょうね。せめて、餌やりだけでもやめないと、彼らのポリシーさえも傷つけてしまいかねないね。

以前、ブログに書いた覚えがあるが、春先、もう鴨達が帰ってしまったろうと思えるころ、一羽の鴨と白いアヒルが前になり後になり、仲良く川を泳いでいるのを見たことがあります。あの場合はあの場合で彼と彼女の深い事情があったのだろうからやむをえないでしょうがね。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・・・⑫最終回)

Photo

河口まで夕日を堪能しながら歩き

車を止めておいた港へ戻る

富士山はますます美しく

夕日のに映えています

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夕刻地元で用事があるので

急ぎか帰らなくっちゃ

ふと水門を見ると夕日ますます

美しい色合いを見せていた

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カメラの三脚をたてていた老夫婦に

話しかけると今日はこれからが

とても美しくなると言われ

そのまま一緒に待つことになった

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夕日が海に沈む瞬間は

空が真っ赤に染まると言う

ここはカメラポイントで水門が

額縁効果を生み出すんだと

いろいろお話しをしてくれました

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15分ぐらいしてやがて夕日の

ショーの開始です

待った甲斐がありとても美しい

光景でした

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日没と同時に水門の展望台の

上に青い光が点滅しました

かつて駿河湾西岸を完歩した時

目標とした水門「びゅーお」の

別の姿を堪能できました

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老夫婦とお別れして帰途に着く

ふと振り返ると「びゅーお」には

新たな光のショーが始まって

いるようでした

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急ぎ車を飛ばして帰宅を急ぐ

冬の日は暮れやすい

窓外には闇の中にほんのりと

黒い富士山が見送ってくれました

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2007年12月 9日 (日)

海に沈む夕日

ブッシュ大統領の親書を携えて、3日北朝鮮に入り5日まで北朝鮮を訪問したヒル国務次官補に、北朝鮮は国賓並みの待遇で出迎えたそうです。

何せ、ブッシュ君が「生理的に受け付けなかった」将軍チャマに、今回は「親愛なる国防委員長殿」(ディア・ミスター・チェアマン)とまで言い切って、ラブレターを出させたヒル君の功績に対して、将軍様は文化勲章並みの賞賛を与えない訳にはいけないでしょうね。

一番困っているのはヒル君自身ではないでしょうか。ブッシュ君に「ラブレターを将軍チャマに出せば「完全な申告」を年内に出させることができる」なんて言ってしまったのだが、まさかブッシュ君が出すとは思わなかったのでしょう。親書は持って行ったけれど、結局彼は将軍チャマにいい出せなかったのではないでしょうか。

北が「完全なる申告」とか、ましてや核爆弾の放棄なんて元々100%考えていないのだから、どこでヒル君やブッシュ君がそのことに気が付くかが見ものですね。

イランも核爆弾がないことが最近、判明しましたね。イラクになかったことは初めからわかっていたこと。結局ブッシュ君も取り巻いていた○○コンとやらに、踊らされ、親父さん以来のイスラエル・オンリー盲目愛がかなり症状悪化していたのでしょう。結果からみれば予想通り核のない国を攻撃し、核で脅かされた国に貢物まで献上したわけだ。

世界はもう、とっくの昔にそのことに気が付き離れていきましたね。アメリカ国内でも最近ブッシュ君は「狼少年」呼ばわりされています。「でもそんなの関係ない!!」日本がまだブッシュ君を国を上げて応援してくれているじゃないか。どんな重税にも、福祉切り下げででも、年内に「無料ガソリンスタンド」を復活させブッシュ君を応援しよう・・・・とがんばっていますね。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・・・⑪)

Photo

夕日は香貫山とそれに連なる

沼津アルプスを赤く染め

その向こうに見える箱根まで

照らし出している

Photo_2

水際の散歩道には

ねぐらに帰る前のカラスたちが

最後の一仕事をしているようです

穏やかな一日の終わり

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海に夕日が沈もうとしています

恋人たちも夕日を見に

土手の上にたたずんでいました

こんな日も珍しいね

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駿河湾西岸では太陽が

海から昇り山に沈む

でも沼津だけは

山から日が昇り

海に沈むと聞いていた

Photo_5

たまにしか見ることがない

海に沈む夕日

カメラマンも川の中州で三脚を立て

その瞬間を待っているようでした

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2007年12月 8日 (土)

久しぶりの富士山と

京大の山中教授は7日、渡海文科相と面会してiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究を進めるため、拠点を設けて日本の研究者を集結させる施設を作る態勢の必要性を訴え、支援を求めたそうです。

昨年8月山中教授のチームは世界で始めてマウスの皮膚から多能性幹細胞を作ることに成功し、iPS細胞と命名し、今年11月20日の発表では人間の皮膚から作成することに同じチームが成功し世界中にセンセーションを巻き起こしましたね。ところが今月6日米国チームは実際にマウスを使ってこのiPS細胞で貧血症の治療に世界で始めて成功したと発表しました。

かつてクローン羊のドーリーで有名な、クローン技術。つまり卵子の核に他の動物の細胞と入れ替えることにより同じ動物を造るという画期的な技術が話題になり、人間に応用するとどうなるかで大問題になりましたね。その後受精卵を使って人工的に人間の細胞を作る技術の競争になり、これまた受精時点での人間の生命倫理の問題に発展しました。

ところが今回は受精卵を使わないし、人間の皮膚だけでできると言うこと。すでにマウスでは病気の治療にアメリカに先行され、山中教授もちょっとあせったようです。特殊法人の積極的削減にもっとも乗り気の文化相の足元を見透かすような支援要請でしたね。

世界中が先端技術に積極的なのに、日本はどちらかというと、個人の努力任せが多く、基礎研究にお金をあまり使わない。名目的な研究所を特殊法人という形で作っても、天下りの温床しか機能していない現状ですね。こういう機会に、見直してほしいものです。

でも、すばらしい科学の進歩の影には必ず、問題も潜んでいることを忘れないようにしましょう。今では時代遅れになったがクローン技術の時でも、男がいなくても人間は生まれることができるのだったが、今回は女がいなくても人類は存続できることが技術的に予測できることになる。

興味ある方は今から40年前の手塚治虫先生の作品「人間ども集まれ!」を、漫画カフェ辺りへ行って読んで見て下さい。何か、感じることができるかもしれませんよ。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・・・⑩)

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狩野川の河口が近づいて

影を長く引きながら

ウォーキングの日課を楽しんで

いる人たちに大勢で逢いました

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何気なく街の方角を

振り返ってみたら

夕日に輝く富士山が

今日初めて見えました

ウォーキングでは3ヶ月ぶりの

富士山との出会いのような気がする

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太陽は川面に反射して

川原のススキの穂の

シルエットを浮かび上がらせて

このまま立ち止まっていたい気分

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河口に一番近い橋まで到着

夕日は赤々と燃え

穏やかだった一日を

閉じようとしています

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橋の中ほどまで来て

もう一度富士山を眺めてみる

愛鷹山がまるで裾野のように

富士山を演出しています

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橋を渡り対岸の土手を

さらに河口に向かって歩く

夕日に向かって歩くのも

久しぶりのような気がします

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2007年12月 7日 (金)

夕日輝く狩野川

独立行政法人の整理合理化をめぐる政府内調整が、目標としている年内の計画策定を断念し、来年以降に先送りすべきだと言う意見がでているそうですね。

行革担当相の渡辺君が閣僚の間を回って、折衝をスタートしたそうですが6日までにほぼ「ゼロ回答」とのこと。渡辺君の「民間になればもっと効率が上がる」と言う説得に猛反発しているそうです。「独立」と言うからには独立採算制で、税金など使っていないと素人なりに考えるが、なんか不思議な感じがしますね。

独立行政法人は「行政」と名のついているだけに、さすがに天下りの温床になっていると言われていますね。天下りあるところには、必ず多額の税金の無駄使いという公式が付きまとう。つまり独立とは名ばかりで、無駄の温床なのだね。

もしこれをなくそうなんて考える政治屋がいたら、それこそ官僚にきついお仕置きをされかねない。そこで必死にこの組織を守ろうと言う訳だね。この問題が先送りされることによって一番得をするのは誰かを考えれば、その答えは誰でも分かること。

北の将軍チャマ同様、自分たちに都合の悪いことはどんどん先送りしましょう。政府与党も官僚を守るために、今年の目標は、鬼が笑う来年に引き伸ばして、大笑いしましょうと言うわけか。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・・⑨)

Photo_8

旧国道と分かれて

左側の狩野川沿いの道へ

入るが旧国道はほとんど

狩野川沿いに走っている

Photo_9

土手の上に登ると

傾きかけた陽に照らされ

香貫山の紅葉が

美しく目に飛び込んできた

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しばらく土手の道を行くと

突然通行禁止になってしまった

かまわず歩いていく

陽に照らされた川面がまぶしい

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河口まではあと3キロだ

夕暮れまでには十分帰れる

ゆっくり楽しみながら

歩いていこう

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ビルの間に陽が沈む

歩くたびに夕日の影が

変化して行きます

とても美しい

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昔とずいぶん変わってしまった

青春時代この町に住み

酒とバラの日々を過ごした

そんな日々がよみがえる

Photo_14

橋の袂から陽に照らされた街を

ふと振り返ると

あっ あのあたりに住んでいた!

懐かしい時代がよみがえる

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2007年12月 6日 (木)

街道は伝説に満ちて

米国務省のケーシー副報道官は5日の定例記者会見で、6カ国協議の首席代表者会合について、年内の開催は事実上不可能で、来年初め以降にずれ込むとの見通しを示したそうです。

こうなることは2月の時点で分かっていたこと、いやそれ以上に将軍チャマの完全勝利の様相になってきましたね。ついこの前まで延びに延びていた、北の「すべての核計画」の申告書提出も、年内には何とか出してもらえそうだと喜んでいたヒル君をしっかり手玉に乗せて、結局年内には出さないように逃げ切りましたね。

これも2月の時点では北のシナリオに書いてあったことで、ヒル君はどうも読みきれなかったらしい。この間、資金洗浄のシステムを認めさせ、麻薬や武器で稼いだ資金をしっかりロシア経由でアメリカに両替させ、原油はがっぽり貢がせ、多すぎるので原油じゃなく現金でくれとまで言い出し、日本の口を封じさせ、今度はテロ支援国家の解除までやらせようとしている。

その間、北は何もやっていない、むしろ核爆弾製造システムはいつでも稼動できることを約束させ、「すべての核計画」の申告さえ年内はおろか来年だってまともには出してこないでしょう。結局、冷静に分析すればこの一年の出来事は、中国ロシア韓国が協力して、アメリカを「無能力化」させることに成功しただけだったね。これで、テロ支援国家の解除が成功すれば、北の将軍チャマの「アメリカ完全無能力化」は完成することになります。

北ももうアメリカから得るものはないから、来年は日本にターゲットを絞るかもしれませんね。今度は拉致開放をにおわせながら、日本から戦争賠償金をがっぽりせしめる魂胆がありありと見て取れます。福田君は「支払わなければ、北がお話ししてくれないから、まずはお支払いしましょう」なんてニュアンスの事を言っているので、この一年の対アメリカ戦略を考えてみれば、将軍チャマはどんなシナリオを用意しているか誰の目にも明白ですね。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・・・⑧)

Photo

旧街道に再び戻ると

わずかだけれど松並木が

残っていました

清水町の由来は水の清さです

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松並木のはずれに黄瀬川が

流れていました

いわゆる頼朝義経兄弟の

黄瀬川の対面そのものの川

愛鷹山と箱根山の間を流れ来て

沼津の平野に流れ込んでいます

愛鷹山の向こうには

相変わらず富士山は隠れたまま

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下流には香貫山と

往きで渡った香貫大橋が見えます

あそこで黄瀬川と狩野川が合流し

海に向かって大きくカーブするところ

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さすがに東海道は長い歴史の

語り草がごろごろ転がっていそうです

しかもこのあたりは特に

頼朝伝説の多いところ

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亀鶴観音の文字に惹かれて

お寺の中へ入っていくと

どうやら悲恋と美女と頼朝と

三題話しの主人公がおりました

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駿河三美人とたたえられた

亀鶴姫はお寺の境内に

諸仏に囲まれて眠っているとのこと

ゆっくり見て回ればまだまだいっぱい

伝説が埋もれているようです

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お寺をでてしばらく行くと

毎度お馴染みの「傍示石」

「これより西 沼津領」とありました

再び沼津の町に戻ってきました

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2007年12月 5日 (水)

黄瀬川の対面石

インドネシアのバリ島で3日に始まった気候変動枠組み条約第13回締約国会議で日本が4日「本日の化石賞」の1位から3位までを独占したそうです。

いわゆる表彰台を独占したわけで拍手喝さいといきたいところですけど、この「本日の化石賞」とは何でしょう。会議の略称をCOP(コップ)といって今年は13回なのでCOP13です。毎年開かれていてCOP3の京都での会議で2013年までのCO2の排出規制を決めたので「京都議定書」といわれているもの。会議はもちろん真剣だけど、その中でちょっとした息抜きで毎晩6時に本日の「お馬鹿さんの国の1位から3位」をはっぴょうしているものが「本日の化石賞」だそうです。

かつて日本も受賞しているけど、完全独占は初めてだそうです。なんでも、2013年以降のことを真剣に話し合って各国が温室効果ガス削減目標を示してきているに、一向に目標をだしてこないお馬鹿さんということでの受賞らしい。

思い出してみましょう。来年のサミットに向けて安倍君が打ち出した2050年までに50%の削減と言う打ち上げ花火。あれはブッシュ君に揉み手をしながら、「どうせ俺たちの関係ないずーと先のことをで、実現しなくても「そんなの関係ない!」から、これで洞爺湖サミットをお互い切り抜けましょう」と言い出したもの。

それを福田君まで後生大事に掲げているものだから、現実の問題に対して何も目標を出せないでいるわけだ。あれほどブッシュ戦争に加担して、環境問題もブッシュ君に足並みをそろえ京都議定書の批准を拒んでいたオーストラリアが、国民のブッシュ離れによりブッシュ戦争離脱、そして京都議定書批准により今回のバリ会議では拍手喝さいで迎えられたそうです。

最近町内のごみ分別で「プラごみ」が少なくなったとか。どうやら燃えるごみとの分別が面倒になってきたのかな。私が町内会役員時代から始めた分別も最近どうやら、だらけてきたように思えるのは単なる錯覚か。それとも、安倍君や福田君の「そんなの関係ない!!」気分が国民に伝染し始めているのだろうか。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・⑦)

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天下の名水柿田川湧水も

車が激しく行きかう国道1号線から

木の間隠れに見えるところなど

なんとなく不思議な感じです

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国道を沼津に向かって帰る

まもなく旧道との分かれ道

「対面石」の大きな看板にひかれ

旧東海道へ足を向ける

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街道筋に八幡神社がありました

境内の桜はすっかり枯れて

秋深しの感が満ち満ちています

参道をゆっくり歩きます

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街の中に埋もれてしまいそうな

八幡さんのお社ですが

どうやらここは歴史上有名な

神社のようです

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境内にあった対面石です

源頼朝と義経兄弟が

初めて対面した場所と言うこと

その時の椅子に使った石が

この二つの石だそうです

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面白いことにどちらに誰が座ったか

一目瞭然で分かります

もちろんおじさんが座っている方が

義経だと言うことは明白

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頼朝の座った左脇にある柿の木

2本の木がねじっていたそうで

頼朝が渋柿をねじって捨てたという

伝説から来ているそうです

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もちろんすべてが伝説で

八百年以上前の出来事です

「黄瀬川の対面」以来

総大将義経の活躍が始まりますね

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2007年12月 4日 (火)

山葵入り豆腐アイス

ベネズエラで2日に実施された憲法改正の是非を問う国民投票で、反対票が51%でわずかに上回り改憲が否決させたそうですね。

なんのための改憲かというと、どうやらチャべス大統領を終身大統領にしても良いと言う無茶苦茶な改憲だそうで、圧倒的な人気のある大統領に対して国民もさすがにNOと言わざるを得なかったようだ。

先日来やたらに元気の良いチャべス君、宗主国スペインのカルロス国王と丁々発止。国王の「黙れ!」発言で世界中のお笑いを誘いましたね。何でもスペインやベネズエラでも携帯の着ウタに「黙れ!黙れ!♪♪」と言う曲が人気絶頂だそうです。

コロンブス以来黄金の出ない新大陸の国と言うことで、スペインもどうでもいいと思っていた国が、最近では有数の産油国として脚光を浴びアメリカ嫌いのチャベス君も鼻息が荒くなってきましたね。

一方同じ日、ロシアのプーチン君率いる与党が下院選で圧勝したそうです。こちらは新プーチン派が、一時は大統領の三選以上を可とする改憲をしようという勢いだったが、さすがプーチン君もそこまでは踏み切れなかったようでね。でもこれで、大統領職を辞してもプーチン君の親政は続くそうです。

まあいずれにしても、時の権力者は自分の権力が如何に続くかに腐心するものなのですね。近代の歴史が証明するように、長期政権には、まずすべてにおいて、不正が横行して自己崩壊するものです。日本もご用心ご用心。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・・・⑥)

Photo_8

誰もいない展望台で

のんびり湧水を眺めていると

突然がやがやと人が入ってきた

たちまち動きが取れないような

混雑の中に入り込んでしまった

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これはたまらん

この人たちが動く前に先に行こう

次の展望台へ行く

ここも湧水が滾々と湧き出るところ

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あふれ出る湧水は

青みを帯びて忍野八海を

彷彿とさせています

富士の恵みは八方に広がっている

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他にも展望台があるが

工事中だったりして

見ることができないところもある

ぐるぐる廻っていると

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駐車場に出た

国道に出なくてもこちら側から

行けたんだと初めて気づく

せっかくだからお土産屋を覗く

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清流につき物の山葵のあれこれ

そんなお土産が圧倒的でした

山葵で有名な伊豆の玄関口

山紫水明の富士の恵み

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おばちゃんたちの団体が過ぎた後

清流で作った豆腐を使い

アイスクリームにしたというのを

食べました

もちろん山葵入りのものです

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2007年12月 3日 (月)

湧水の原点に

2日中国の唐家璇国務委員(元外相)は高村外相との会談で2007年度で打ち切られる対中円借款に関して「日本(政府)と日本国民に感謝する」と表明したそうです。

何か初めて聞く中国からの言葉のような気がしますね。かつては日本のODAに関して、感謝するないいて言葉ではなく「評価する」と言う表現しかなかったように思います。つまり、戦争の賠償金をしっかり支払いなさいと言い続け、結局30年近くで、3兆円を越す金額を払わされてきた。

名目上「借款」だから、借り貸ししているように見えますが、そのほとんどは、ただ支払っているだけです。この時代、団塊の世代が苦労して納めた税金を、どんな名目にせよ、戦争の賠償金として中国に納め続けた訳だ。その金を利用して、中国は軍事大国になり、また大票田のアフリカ諸国に対してODAを行い、国連における日本の常任理事国入りを阻止したことは、もう世界の常識になりましたね。

どこの世界にODAを受けながら、ODAを提供する国があるだろうか。中国から言えば援助ではなく賠償の受け取りだから後ろめたさは何もなかったことになりますね。もっとも、それにより日本の大企業もその恩恵にあずかり,ODAの回収に一役買ったのだからまあ大きい声ではいえないけどね。

今回の唐君の表明を聞いていると、中国も軍事、経済両面に対して大国になったことの自信みたいなものが感じられます。「感謝」と言う今まだ言ったことのないことばを言わせているのはそのせいなんでしょね。

まあそれはそれとして、日本もこれから何かある度にODAというカードを切ってきたけれど、中国に対して今後それができなくなる分、本当の外交手腕が問われることになるのだから・・・・・・・ね、・・・・・・大丈夫かね。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・・・⑤)

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平日なのに観光バスがいっぱい

おじいちゃんおばあちゃんの団体

その間を縫ってお土産やさんを

通り抜ける

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湧水を少し飲んでみた

なんとなく甘い感じがした

口当たりも柔らかい感じが

とてもおいしく感じました

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案内板のように歩いたら

再び国道に出てしまった

あれっ、さっきは単なる駐車場だけ

だったのかと思った

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こちらが本物の湧水公園で

国道脇の森の中にあります

そういえばいつも車で通ったな

そんなことを思い出しましたPhoto_5

いわゆるここが湧水の原点

砂の中から滾々と湧いている

展望台から見ることができるが

そばまでは行けないようだ

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静かに湧き出しているようだけど

水量からすると相当な量が

湧き出しているのでしょうね

これが富士山の湧水だそうです

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ここから富士山は愛鷹山の

向こう側にあるのに水脈は

その愛鷹山の地中を越して

ここに湧き出るらしい

ちょっと不思議な感じです

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2007年12月 2日 (日)

清流に水草ひかり

1日高村外相が中国外相と北京で会談して、福田首相の年内中国訪問までに東シナ海のガス田開発問題の解決を目指す方向で一致したそうです。

中国から言わせれば非常に簡単なことだと言えるかもしれませんね。自国内で開発しているガス田について日本がとやかくイチャモンつけないと言えばこの話はもう終わり、チャンチャンというわけだね。

中華思想で言えば中国は世界の中心だから、世界中はこの中心の国に対して敬意を払わなくてはならない。日本の首相がいかなる理由が有っても、靖国参拝をしてはいけない。今のところそれを守っているようだからよろしい。北朝鮮をいじめていたアメリカが中国の言うとおり、全面的に謝罪してあらゆる贖罪をしようとしてることも、中国の力のおかげある、と思っているのでしょうね。

この上、日本が中国のガス田開発に何も言わなければ、福田君のご機嫌伺いを認めてあげようと言う訳か。

最近でも、アメリカ艦船の香港寄港をを拒否したりして、国威を示してもましたね。アメリカはアメリカで、従来遠慮していた台湾海峡を縦断して日本まで帰ってきましたね。何か、やけくそになった子供が、文句言われた家に向かって石でも投げて急いで逃げ帰ったようなそんな感じですね。

中国は「世界の中心」何を叫ぼうとしているのでしょうか。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・・・④)

Photo

橋の脇から川を覗いてみる

どこにもありそうな小川ですね

前方に見える山の所は

もう狩野川です

Photo_2

でもこの小さな川を流れている水は

すべてがここで湧き出た湧水です

富士山が育んだ地下水が

ここで湧き出ているとのこと

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有名な柿田川ですが

実際に見てみると

こんなに小さな川なんですね

でも水はとても綺麗です

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あたりに人影はありませんでした

とりあえず水の流れをながめて

おにぎりタイムにしました

公園はこのちょっと上流のようです

Photo_5

ちょっと迂回すれば

対岸に行けそうですが

それでも先人がここに橋を掛ける

苦労があったことを

石碑や神社に書いてありました

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川の土手に沿って歩けそうですが

残念ながら歩くことはできません

水辺の自然を守るために

人間を水際まで寄せないように

しているようでした

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できるだけ川に近い道を選んで

上流にある公園まで向かう

途中にあるお寺も

泉にちなんだ歴史があるのでしょう

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結局車の通りの激しい道まで

行かなければ公園までいけない

この道と川の間には住宅地や

工場があるのだが一般人は

入っていけないのが残念です

Photo_10

一度 国道一号線まで出て

Uターンするようにして

公園まで到着しました

大きな駐車場には観光バスが

たくさん停まっていました

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2007年12月 1日 (土)

湧水の里へ

台湾の旅行会社がクリスマスや大晦日を過ごしたい海外の観光都市をアンケートしたところ、ニューヨークやパリを押さえて1位2位に東京と北海道が入ったそうです。

おしゃれなイメージや年末年始の行事などの日本文化に対するあこがれがこういう結果になったそうです。東南アジアなどでも同じような結果が出るのではないだろうかと思えますがどうでしょうか。

特に台湾の人たちは日本に好意をもっていてくれていますが、日本は意外と台湾に冷たいのではないでしょうか。中国が「一つの中国」を言い張って、台湾の独立を阻止、国連加盟も認めない現状で、日本も自身の本音をいえないでいますね。

中国は人権問題を内に抱えつつ、ミャンマーやその他の人権問題を抱えている国を、他の国々が何と言おうと堂々と擁護していますね。それに比べて日本はもっと台湾などの日本よりの国を堂々と擁護しても恥じることは何もないはずだけど、なんとなくびくびくしていますね。

エールを送ってくれている国にはもっと愛情を持って、人権抑圧をしている国には堂々と意見を言えるそんな国に日本もなってほしいと思いますが・・・。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・・・③)

Photo

優美な姿を狩野川に映して

香貫大橋はその白い姿を

青空の中に浮かべていました

山紫水明な伊豆への玄関です

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橋の正面に見えるのは

熱海峠の山々です

いずれあそこも自分の足で

越えてゆくべきところです

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左前方にはこれから向かうべき

箱根連山が親しげに

私を待っているようでした

あの山の上に芦ノ湖があるはずだ

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川の上流を望めば

今越えてきたばかりの峠と

本城山や徳倉山などの

通称沼津アルプスが見えます

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端を越えるといよいよ清水町です

広い道がしばらく続いたが

やがて道は細くなりました

その道をなおもまっすぐ行く

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前方に小さな神社が見えます

そのさきにうっかり見過ごしそうな

これまた小さな橋が見えました

そこがまさに柿田川でした

Photo_7

日本の湧水の中でも

おそらくトップクラスの水量と

その動植物群はテレビなどでも

何度も紹介されていますね

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2007年11月30日 (金)

再び狩野川に出会う

厚生労働省は29日までに、生活保護費のうち、食費や光熱水費などの生活費に当たる生活扶助費を見直し、全体として引き下げる方針を固めたそうですね。

今日仕事帰りに、どうも歩きにくいと思ったら、ガソリンスタンドがある場所はどこも渋滞で歩道もガソリンを入れる車の列が占領していた。インド洋で無料ガソリンスタンドが終わり帰国した自衛隊が今度は日本で無料で配っているのかと思ったが、どうやら明日からまた値上げをするらしくそのための、国民のささやかな自己防衛でした。

防衛省が国民を守ってくれないので、国民一人一人で防衛を始めたのかな。増添君の言い分だと、国民が困窮してきて生活保護を受けている家庭より、収入が低くなってきたので、それ以下に下げるのだとのこと。おいおい、話は逆じゃないの。

ぎりぎりで生きてきた生活保護家庭以下に国民がなってきたこと自体が問題で、そこを何とかしなければいけないはずが、もっと貧しい生活を国民に強いるような政策じゃ、そんなの政治じゃないよね。政治ここ極まれりだね。

デモ、こんな政策を執っていかないと、ブッシュ君に無料ガソリンの提供もできなくなるし、政官財の癒着もこれからつずけて行かれなくなってしまうから、やっぱり福祉は切り捨てざるを得ないか。そうしてそういった政策を遂行していく議員を選んだのは国民だから、こういった世界を作っていっているのも、日本国民の意思ということになるのね。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・・②)

Photo

狩野川から見る愛鷹山

遠くから見ると裾野は一見

富士山のように見えるけれど

頂上付近が吹っ飛んでいる

雲が晴れていれば富士山と

一体になるはずです

Photo_2

橋から続く道はその名のとおり

港大橋通りです

ここをまっすぐ東に向かう

久しぶりの歩きでうきうき気分

Photo_3

通りの魚屋さんでは

沼津名物魚の干物

焼津で散々干物は食っているが

沼津の干物はなぜか美味い

天下一品ですよ

Photo_4

しばらく歩くと下香貫の交差点

この交差点は数え切れないほど通った

思い出の場所です

このまま右に行けば

伊豆長岡へ続く道です

Photo_5

なおも直進すると香貫山は

左側に併走します

山肌もほんのり色づいて

遅がけの秋を装っています

Photo_6

道は上り坂になり香貫山と

それに連なる山の峠に向かう

初めて通る道です

この向こうには何があるのだろう

Photo_7

峠を登りきった先に

街が見えてきた

元々沼津市街にある山で

周囲は住宅が取り巻いている

Photo_8

峠を降りきったところで

再び狩野川と出合う

狩野川は港から北上し

香貫山を大きく迂回して

今度は南へと上流に向かう

そう、伊豆の天城峠に向かうのだ

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2007年11月29日 (木)

伊豆の玄関晴天なり

収賄容疑で前防衛事務次官の守屋夫婦が逮捕され、贈賄容疑で防衛商社「山田洋行」元専務も再逮捕されたそうですね。

一番残念がっているのは、お茶の間のおじいちゃんおばあちゃんで、一番喜んでいるのは額賀君と久間君なのかな。逮捕は時間の問題だったし、本人も承知していたことなので別に誰も驚く人はいませんね。

12月3日に守屋君に予定されていた国会での証人喚問ができなくなりました。拘置所での証人喚問だそうです。お茶の間でコタツに入り煎餅とみかんを用意して楽しみにしていた「茶番劇」証人喚問のテレビ中継に守屋君出演できなくなっちゃった。額賀君との直接対決でクライマックスのはずだったが、これで額賀君は言いたい放題できることになったね。それとも対決ができないなら視聴率が下がるから、証人喚問も不要だと、与党も気勢が上がるものだね。

おじいちゃんおばあちゃんの唯一の楽しみ、証人喚問をなくすなんてもってのほかだ。おじいちゃんおばあちゃんは、しょうがないから水戸黄門の再放送版でも見ながら、代わりに黄門様に御裁き願うしかないかもしれませんね。

先のことを何も考えていない福田君は「そんなの関係ない!!」といつもの調子で、無料ガソリンスタンド法を通過させろの一点張り。なぜなら、この春住民税の倍増もしたし、年金生活の75歳以上からも健康保険料をがっぽり取る法律案も作ったし、貧しい人からも一律に税金を徴収する消費税を上げる案も温存しているし、もう心配事は何もない。

石破君は自分が任命した守屋君の不祥事を、任命責任は自分にあるが、そんなことを全然知らなかったといっていますね。どんな組織であっても、自分が任命した人物のしかも直属の部下のことを知らないはずがない。万が一知らなかったというのなら任命責任だけでなく「職務怠慢」の方が大きいね。国家を守る仕事の長が職務怠慢とはどういうことなんでしょうね。

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(富士山周遊・Ⅹ・・・・・・①)

006

11月22日

沼津――柿田川

22000歩 4時間半

富士山周遊の黄色の線が

前回と違ってきました

御殿場到着後

箱根越えのコースで

一周することにしたためです

Photo

一ヶ月ぶりにやっと歩ける

御殿場まで行く元気がないので

沼津港へ向かった

ここは伊豆周遊の玄関でもあるし

東海道の道中でもある

そして狩野川源流への一歩でもあるが

今回はそれらを兼ねながら

富士山周遊の一環としての

スタートです

Photo_2

沼津港は焼津港に比べて

格段に小さい港ですが

「魚がし鮨」と言えばいまや

沼津発の全国ブランドに

なりつつありますね

Photo_3

すし屋横丁的なものができていて

観光バスも来ていました

東京丸ビル内にも出展していることが

沼津の魚がし鮨を

有名にしているのでしょうね

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沼津港の市場を横切り

川縁に出ると土手の堤防にでる

右へ行けば河口

左へ行けば街へいく

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河口方面を見ると伊豆の山々が

くっきり見えていました

右側が修善寺より西のだるま山

左側奥に天城山が見える

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目を上流に転じると沼津市街

そして愛鷹(あしたか)山が見え

その背後の雲の中に

愛する富士山が今日も隠れている

Photo_8

河口に一番近い「港大橋」を渡り

さあ久しぶりに歩き始めるぞ

前方の低い山は沼津と三島を別つ

香貫山などの沼津アルプスです

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2007年11月 8日 (木)

秋の陽はツルベ落とし

来年の中国の国家公務員の採用枠14000人に対して、80万人の応募があり、平均倍率57倍だったそうです。

この数字が多いのか少ないのかわかりませんが、人気が高かったと言っているのでかなり高かったのではないでしょうか。日本ならさしずめ到着順に列を作るのだろうが、写真では窓口カウンターにそれこそ殺到している人たちが写っていました。中国的だなんて表現すると怒られるかな。

どうやら、就職難の他、職務に絡む役得を期待できる中国社会の特徴が公務員人気に拍車を掛けているようです。8世紀の天才詩人杜甫だって何度も高級官僚を目指して科挙の試験に挑戦しているし、中国史を飾る有名人も科挙に合格したり挑戦したりしています。当時は国政参加の憧れと共に、やはり役得に対する期待も今と変わらないのでしょうね。

台湾の始祖、国姓爺こと鄭成功も段階を追って試験に合格して行き、最後の科挙試験直前で明から清への時代変換に遭遇して、あきらめた経緯がある。もし時代が変わらず科挙に合格していたら彼の運命はどうなっていただろう、歴史は何を記したのだろうと想像すると楽しくなる。

もちろん今回の公務員試験は科挙ほど大げさでなく単なる公務員試験だと思うけど、公務員の役得はいつの時代でも変わらない物だね。中国から多くの物を学んできた歴史がある日本でも、善も悪も学んだはずですね。そう考えれば、先日の高級官僚守屋君の賄賂ゴルフ事件や政治屋に対する癒着構造だって、きわめて当然な社会現象のように思えますね。

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(富士山周遊・Ⅸ・・・・・・・⑪最終回)

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町の中からプレミアム・アウトレットへの

案内板がほとんど無いので

感を頼りに歩いたが近くまで来ると

東名からの車はたくさん走っていた

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お客のほとんどは車なので

多いな駐車場が用意されている

歩いてくる奴は私ぐらいなものです

自転車置き場に片隅より入場

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中は有名ブランドメーカーのお店が

ズラーと並んでいます

思ったとおりリュックを背負った

おじさんにはちょっと場違いでした

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広い場内を全部見切れなくて

とりあえずハロウィンのかぼちゃを

眺めただけで早々に退場

大分時間がかかっているので

早足で帰りましょう

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一時間もすれば戻れるだろう

そう思って歩き出す

山中湖方面の山の位置を確認

平行して北に向かう

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森の中を何度か抜けて

高原の村を何度か過ぎる

次第に方向がよくわからなくなり

距離感も失われていく

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一時間以上歩き辺りも暗くなりかけた

金太郎の看板のある工場ふきんで

道を尋ねてみるとどうやら方向違いを

歩いていたことを教えられる

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暮れかけた山中を戻る

教えられたとおり

2つ目の信号を目指すが

一つ目の信号にまで25分もかかった

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リュックの中から反射襷を取り出す

昨年安倍川上流梅が島からの帰り

真っ暗な山中を歩いて反省して以来

用意していたものを始めて使用する

Photo_12

一時間半も掛けてようやく道の駅

アウトレットを出てから結局3時間も

歩いてしまったことになる

秋の陽はツルベ落とし

一年ぶりの反省でした

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2007年11月 7日 (水)

金木犀の香り漂う

自民党は新テロ特措法を週内に衆議院を通過させて、会期末が10日なので会期を1月ほど延長させて何とか今国会で成立させたい考えだそうです。

福田君に抱きつかれ、持病が悪化した小沢君が倒れている間のどさくさにまぎれて、無料ガソリンスタンド法を成立させようと目論んだところ、意外と早く小沢君が元気になりそうなので少々あわてたでしょうね。いずれにしても,昨日は関が原を制し、勝利宣言をして、党員から万雷の拍手を受けたそうで、鼻高々の福田君だったそうです。

今回の騒ぎを見ていると立法府である国会の議員は、議論して良い法律を作ることが嫌いなんだと思えてきた。本来議員が法律を提案し、それを衆議院で協議してよりよく修正し参議院に送り協議して修正し、また衆議院に送りと繰り返し双方が納得いくところで法律完成のはずですね。こういった方法を一切省き提案した物を修正せずにごり押しに通そうとするから「ねじれ国会」などという言葉が生まれるのかもしれない。

「ねじれ」でもなんでもない、今の状態こそが国民の望む教科書どおりの国会だと思えるのだが、ごり押し(強行採決など)が通らないことを「ねじれ」と言うならばやっぱり議員の方が可笑しいと思うよ。国会議員はもう一度中学の教科書を読み直して、議会のあり方の原点を勉強してみましょうよ。

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(富士山周遊・Ⅸ・・・・・・・⑩)

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分かれ道にある大乗寺で

しばし考えた末

十里木には向かわず

箱根越えのコースをとることにした

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したがって国道を直進して

御殿場方面に向かって歩く

前方の三叉路を左に曲がり

いよいよ市街地に入っていく

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東名御殿場ICへの道は

綺麗な並木道になっていて

さすが高原都市の雰囲気を

漂わせていました

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富士山周辺都市の証しは

小さいながら浅間神社の

あることでしょう

町の中の心のオアシスかもしれない

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鳥居の前に「二枚橋古墳」が

道路わきに無造作にありました

石を積んだだけの場所に見えるけど

古墳なんでしょうね

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境内に杯ってちょっと一服

参道脇には金木犀の花が

そのふくよかな香りを

いっぱいに漂わせていました

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市街地からちょっと寄り道しようと

箱根の山の方に向かい

プレミアム・アウトレット方面に

向かって歩き出した

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2007年11月 6日 (火)

文化の十字路

大統領再選が認められれば兼任する陸軍参謀長を辞任する意向であることをパキスタンのムシャラフ大統領が外国大使の前で語ったそうです。

クーデターにより掌握した軍事政権に批判が集まるかに見えた矢先に起こった911事件。どうやら裏があるらしいのだけど凡人の我々には計り知れない。でも、テロ戦争によりお互いの存在意義を強調できるブッシュ君とムシャラフ君の思惑はぴったり一致したことは確かだ。

ムシャラフ君は全面的にブッシュ君の子分を自認することで、当然のごとく日本からもご褒美をいっぱいもらいましたね。テロ戦争という物が続く限り安泰だと思い、世界の方ばかり向いて胸を張っていた彼が、ふと振り返り、国内の法律に自分の立場が触れていることにハタと気が付かされた。

陸軍参謀長は大統領選に立候補できない法律が国内にあり、それに触れるので、大統領選当選は無効になることになる。そこで大慌て、最高裁判事を入れ替えて自分の当選を正当化しようとしたわけだ。さすがのブッシュ君も呆れ顔になり、それまずいじゃないのと言ったら、大統領にしてくれたら参謀長は辞めるよと言い出した訳だ。

今まで、テロ戦争の最前線にいると言って胸を張っていたムシャラフ君も外国大使の前では目が点になって同時通訳のイヤフォンを首に下げていましたね。あんまり僕をいじめるとブッシュ君に言いつけるよと言いそうな顔してました。

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(富士山周遊・Ⅸ・・・・・・・⑨)

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もう少しゆっくり見ていたいのだが

そうも言ってられないので

しばらくピットの様子をながめて

ここをあとにしました

Photo_2

再び国道を歩き出して

薄の穂ののどかさをながめて

これに富士山があればなーと

ため息ばかりでした

Photo_3

かの有名な自衛隊滝ガ原駐屯地

そのそばまで来た時 角を曲がって

装甲車がやってきた

3台も連なって勇壮な姿だ

Photo_4

高原の畑のその向こうに

丹沢山系が覗いている

山の彼方は関東地方だ

いつの日かそんなところも

歩いてみたいよ胸躍らせる

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前方に見えるのはどうやら

箱根のお山のようだ

この先箱根越えか十里木越えか

まだまだ迷っている最中です

Photo_6

その十里木への交差点に

いよいよ差し掛かる

ここを右折すると愛鷹山と

富士山の間を通る峠越えの

富士市への道です

Photo_7

ここは文化の十字路であり

甲州駿河相模関東が交わっている

重要な地点その名も

家康の御殿場でもあるわけだ

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2007年11月 5日 (月)

かっこいいお姉さんドライバーも

フランスのサルコジ大統領は4日スーダンの隣国チャドの首都を訪れたそうです。といわれて、なるほどと思う人は今の日本人には余りいないでしょう。

先日来、世界で大問題になっている事件で、スーダンのダルフールでの難民の子供たちを隣国チャドからフランスへ移送しようとして、チャド当局から誘拐の容疑でNGOの活動家やジャーナリストが17人も逮捕されて事件がありましたね。

サルコジ君は自らチャドに乗り込んだということは、当然それらの人たちを救出に行ったということになりますの。かつてのフランス映画の人気俳優ジャンポール・ベルモンドばりの長い顔をしているのも伊達じゃないとばかり、ちょっとかっこいい感じだね。

子供たちを欧州に脱出させることに、異論激論賛成論いろいろありますが、とにかくダルフールの悲惨な現実をまったく知らない、世界でも稀な日本人たちに比べたら、彼らの実行力は驚愕に値します。また、世界でも中国だけがスーダンに対して援助し続けていて国際非難の的になっているらしいが、それさえ日本人は知らないよね。

ロクロク首を伸ばせるだけ伸ばした猪八戒のように、世界中の油をかき集めている中国は当然のごとくスーダンへの最大援助国だそうで、どうやら中国はミャンマーといい、スーダンといい、人権侵害をしている国が大好きなようで、そんな国の存在が自国をカモフラージュするいい材料になっているのかな。

こんな世界情勢を知ってか知らずか、ちっちゃなことなんかで、党首のエスケープごっこばかりやっている、頓珍漢な国も同じ地球上にあるのだから、笑止千万だね。

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(富士山周遊・Ⅸ・・・・・⑧)

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鎌倉往還もどんぐり街道だった

歩くたびにバリバリバリと音を立てる

いくら行ってもどんぐり街道

ふと目の前にまだがんばっている

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丸々太ったどんぐりが

待ち構えていました

大方落ちてしまっているのに

最後の季節を惜しむように

Photo_3

街道には時々瀟洒な建物が

たぶんレストランでしょう

御愛想に日の丸を真ん中に

お国の自慢をしているようです

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須走から御殿場までは

ゆるやかな下り坂の道が

ずーと続いています

歩くのもぐっと早足になります

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静かな山中に突然響く爆音

国道を走るトラックも負けそうな

凄い爆音が響き渡りました

モーターカーもコースでした

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ちょっと覗いていくことにする

かっこいいお姉さんもドライバーだ

本格的にピットまである

フォーミュラーカーの疑似体験だ

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おもちゃのように見える車も

目の前を走るのを見ると

ものすごく早いスピードでした

ピット付近でようやくカメラに収まった

Photo_8

そばで見るとつるつるタイヤで

まさにそれらしく見えるところが

またかっこいいね

いつでも走り出す準備okだね

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2007年11月 4日 (日)

昔からの鎌倉往還

民主党代表の小沢君、代表を辞任するそうですね。昨日からの大連立云々の騒ぎで、プッツンと切れてしまったのかな。

それにしても、福田君御得意の含み笑いも、こらえきれなくなって高笑いに変わりそうですね。「クリンチ作戦」とか「抱きつき作戦」とか言うそうで、相手の懐に入り痒そうなところをクチュクチュくすぐるとこんな結果になるそうです。うまい作戦を考えた物ですね。

確か記憶によると、1993年ごろだったか、自民党が選挙に負けそうになり、その起死回生の一発に長年野党第一党だった「日本社会党」と連立を組めと提案したのが石原慎太郎だったと思う。当時なんて馬鹿なことをとみんなが、石原君の頭を疑ったことがあります。

ところが実際に政権を奪われてから、社会党と連立を組み政権奪取に成功したことは誰の記憶にも残っていますね。考えてみればあれも「クリンチ作戦」だったかもしれませんね。結局首相の座を社会党にプレゼントしておき、逆に社会党の自己崩壊を誘発させ、現在のようにその痕跡をすっかりなくしてしまいました。

今回の作戦を見ているとあと時の、作戦の旨みを再現しそうな勢いです。小沢君の事情もあるのでしょうが、まず一角を崩し、あとは民主党の自己崩壊をほくそえんで待っていれば良いのかな。

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(富士山周遊・Ⅸ・・・・・・・⑦)

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籠坂峠越えを断念したら

おなかがすいてきた

浅間神社はどこも富士登山の起点で

皇太子殿下もここから登られたようです

Photo_2

国道沿いに「東面須走口」の塔が

富士山へと人々を招くのだろう

少しだけ寄り道してみましょう

前方にある自動車道の下をくぐる

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ちょうど道は自動車道と平行に

富士山へとゆるやかに登っている

その左側には綺麗に整備された

法面が続いていました

Photo_4

その上の金網に囲まれたところに

自衛隊の学校がありました

トレーニング中の隊員を見ながら

お弁当を食べることにしました

Photo_5

お弁当のあと国道を御殿場へ

向かうつもりが自動車道は歩行禁止

やむなく須走の町へ再び戻り

迂回して自動車道が終わるところまで

歩くことにした

Photo_6

町の中を迂回して

どんぐりを踏みしめながら

自動車専用道と交わるところまで

坂道を登りました

Photo_7

この道は江戸の昔から

重要な幹線道路で

「鎌倉往還」という名前がついています

御殿場を越え箱根を越えていくのかな

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2007年11月 2日 (金)

長壽亀石だよ

ドイツ東部のワイマールで15世紀の最古の「ソーセージ純粋令」なるものが発見されたそうです。「材料は純粋で新鮮な肉だけを使用し、内臓は混ぜてはならない」と規定され、違反者には罰金が科されていたようです。

ワイマールといえばゲーテやシラーなどの芸術家やニーチェなどの哲学者を育んだところと記憶しているが、ドイツには行ったことが無いので残念ながらそこまでの知識しかない。でも、なんとなくドイツの持つ先進性や製品などの厳格性などのその根本のところを支えてきた、いわば心の支柱のような町の印象が有ります。

以前海外で自分たちの仕事の関連の同じドイツ製の機械を見て、その精密さや頑丈さに驚いたことがあります。当時自分たちの扱っていた製品はなんとなくペラペラなチャチな機械に見えてしまったことがあります。

フランクフルトに代表される、加工食品のヒット作ソーセージは、ドイツの人たちの日常に切っても切れない食材ですね。それだけに、その製品の安全性や品質に、すでに600年も前から取り組んでいたことが今回の発見で証明されたことになります。

風土も時代も違えども、現代の日本がまだ過去のドイツにもう一度学ばなければいけない結果にはちょっと寂しい気がしますね。

(明日は都合によりブログ休むかもしれません・・・あしからず)

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(富士山周遊・Ⅸ・・・・・⑥)

Photo

浅間神社には何と滝がありました

しかも自動車が走る道路に面して

水が落ちるさまは

ちょっと驚きでした

Photo_2

たぶん溶岩の固まっただけの物

でも、よく見るとかめの甲羅の形

なるほど富士山らしいもので

背中な撫でられてピカピカでした

Photo_3

境内にはたくさんの石碑がある

よく見ると富士登山の記念碑でした

江戸の昔から多くの富士講が

66回とか2百回とかその記念に

Photo_4

ここへ奉納した物らしい

ここは古くからの富士山信仰の

原点であったことが

こうした物から伺えます

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神社の境内はどこの地方でも

樹木は切ってはいけない伝統があり

大切に守られてきたもの

中にはこんな根上りのモミもありました

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浅間神社を通り抜けさて山中湖へ

ここまでちょっと時間がかかりすぎたこと

思いがけなく疲れていることを考えて

籠坂峠を越えて山中湖へ行くととを

躊躇してしまった

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そんな気分の時は無理をしないことだ

峠の方をしばし眺めていたが

周遊ルートが途切れることを覚悟で

御殿場方面に下ることにした

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2007年11月 1日 (木)

狛犬に感動しました

「米国だけでなく国際社会が継続を期待している」インド洋での日本の給油活動中断に対して米国務長官の発言があったそうです。

世界は平和国家・軍隊の無い・戦争放棄している日本が参加している活動は、戦争ではなく平和活動だという印象を持っているでしょうか。ブッシュ戦争ではなく平和活動だといっていたのが、日本が離脱することにより、外側の化粧がはがれ本来のブッシュ戦争の部分だけが姿を現してきそうです。 

アフガンのカルザイ政権の報道官は「日本の直接的な支援と、給油を通じた間接的な支援」に感謝しているとの発言。給油はアメリカへの支援であくまでもアフガンにとっては「間接的な」物でしかないのでしょう。世界でも日本の給油活動などはほとんど知られていなかったのが現実だったかもしれないね。

そんな中でイラクの報道官は給油停止について「日本の主権を尊重している」という発言。傀儡政権でなく早く自分たちの「主権」を回復したい気持ちの表れのような気がします。むしろ、日本が米国追従でなく日本の「主権」を強調したのだろうと理解されたのかもしれません。日本に対する切実なエールのようにも感じます。

対テロ法案の失効に伴い、厚木から沖縄まで定期的に米軍の物資を運搬していた自衛隊の輸送機も昨日最後の任務を終えたそうである。最後の任務の厚木から沖縄への飛行は、あのでっかい機体に何も積まないで空の状態での飛行だったそうです。なぜなら米軍に「運ぶ物は何ですか」と聞いたところ、「何も無い」といわれたそうです。それでも対テロのためには、日本は黙々と任務を遂行していたのですね。

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(富士山周遊・Ⅸ・・・・・・・⑤)

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真っ赤なベゴニヤの道の

突き当りには浅間神社がありました

ここが「東口本宮」だそうです

ここも古い歴史がありそうです

Photo_2

ここの鳥居には「富士山」ではなく

「不二山」と書いて有りました

規模としては今までの本宮より

少し小さく感じました

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ところが鳥居をくぐってすぐに

狛犬に出会ってびっくりしました

富士山の溶岩を積んだ上に

精悍な顔でこちらを睨んでいる雄

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右側の雌は谷へ落とした子供を

上から威嚇するような励ますような

今まで数々の狛犬を撮ってきたが

これほどすばらしいものには

出会わなかった

しばし感動で立ち止まっていました

Photo_6

社殿はちょうど修理中で

工事用の幕が張られていました

両側に並ぶ灯篭も木立も

しっとりと落ち着いた雰囲気です

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本殿右側に厩があります

白い馬が奉納されています

本宮だけあって厩も立派です

緑の森に白さが浮かび上がる

Photo_9

近づいてお顔を拝見 

うっ 目が釣り上がり

狐目の怖い顔の馬です

馬の目ってこんなんだっけか

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2007年10月31日 (水)

どんぐりバリバリ踏みしめて

7年後、つまり次の次のサッカーW杯の開催国に、30日ブラジルが決定しましたね。何と64年ぶりの開催だそうでおめでとうございます。

大陸持ち回りで開催ということで、南米大陸の番だったそうですが、他に立候補が無かったということで、無投票ですんなり決まってしまったそうです。そこでFIFAもやっぱり大陸持ち回りはヤーメタということで、開催した大陸は次回2回休みで、その次から立候補できるシステムに変えるそうです。

何せ準備だけで1260億円かかるそうで、それだけの予算を計上するのは、世界一のスタジアムを有するブラジルにとっても大変なことらしい。現在BRIDsといって、ロシア、インド、チャイナと並んで、先進国を経済的に急追しているとはいえ、まだまだ苦しいらしい。

殺人事件やその他の犯罪がブラジルでは多いと聞きます。政治的にはまだまだBRICsと偏見をもたれている言葉通りだと、ブラジル在住の友人が言っていました。その友人の住む町もW杯の開催場に立候補しているとのことで、これを機会に、治安の良い町にしていただきたいと願っています。

明るい国民性ゆえに、あとは政治の立ち直りしかブラジルを復活・発展させる方法は無いでしょう。

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(富士山周遊・Ⅸ・・・・・・④)

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坂道をえっちらおっちら登る

紅葉はまだまだ早いけど

たわわに実る秋の実は

色鮮やかに森を彩る

Photo_2

道端に咲くこれは桔梗か竜胆か

彩り鮮やかであれば

名前は何でも良いなんて

無知な自分の強がり言って

Photo_3

一面に散り敷くどんぐりにさえ

笑われながら冷や汗を拭く

そういえばずーと足元には

バリバリとどんぐりを踏む音

がしていたっけ

Photo_5

やっと坂道がゆるやかになって

須走の町に近づいたようだ

思いのほか時間がかかり

予想以上に疲れてしまった

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そんな顔で町に入ると

ホトトギスの花が優しく

微笑みかけてくれて

またまた元気が出てきた

Photo_7

須走の町にはいつも寄らずに

車ですーと通り過ぎるだけだったが

こうして歩いてみると静かだけれど

とても綺麗な町に感じた

Photo_8

道路の両脇に赤い花の

プランターがずーと並んでいて

とても美しい

真っ赤なベゴニヤの花でした

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2007年10月30日 (火)

トリカブトに再会しました

北京の人民大会堂で11月29日に日中共催のポップコンサートが開かれるそうですね。日本側からユーミンや谷村新司などが出演するそうです。

どうやら日本の経団連会長が実行委員長だそうで、しかも人民大会堂ということと、発表がわずか1ヶ月前ということなど、余り我々凡人には理解できないことばかりですが、文化交流ならまあいいか。

アジアを旅すると、若者たちは日本のことをよく知っていて、日本に対する憧れなどが強いことがわかります。それに引き換え、日本人が他のアジア諸国のことを知らないのもわかります。日本同様若者向けの週刊誌が多く有りますが、その中には日本の芸能界のことなど詳しく載っています。若者と話しをしても日本のタレントの話題になることもあります。

逆に日本の若者がどれだけ他のアジアのタレントのことを知っているのでしょうか。韓流のブームの昨今は韓国だけは有名になっていますが、中国は台湾はタイはインドネシアはシンガポールの情報は・・・・。

かつて、日本がアメリカの芸能界に憧れを持ったように、アジアの人たちは日本に関心を持っています。でも、アメリカ人が当時の日本を余り理解していなかったのと同様、今の日本人が他のアジアの国を余り理解していないのではないだろうか。

そういった面では、どんな状況であれ、今回の中国との文化交流は歓迎するし、また他のアジアの諸国との若者文化の交流も大いに発展させていただきたいと思っています。

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(富士山周遊・Ⅸ・・・・・・③)

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道路際に見える山肌は

幾重にも重なった地層に

苔の筋が見えます

ここは溶岩流ではなく

厚く積もった火山灰の層ですね

Photo_2

 

畑を潤している水は

豊富な湧水のおかげでしょう

秋なのにまるで春のような

水の勢いです

Photo_3

何の畑でしょうか

その湧き水を利用しての

豊かな自然の農業が

うかがい知れますね

Photo_4

一輪車を押して野良仕事のお婆さん

話しかけられしばらく立ち話

小山から来て山中湖へ行くと言ったら

驚いていました

若いころは須走まで歩いて

野菜を売りに行ったと自慢していました

Photo_5

ゆるやかな上り坂だったのが

須走に近づくにしたがって

急な上り坂になりました

少しあえぎながら登ります

Photo_6

それだけに植生は豊かになり

一年ぶりにトリカブトのあの鮮やかな

青色に出会いました

いつ見ても綺麗です

Photo_7

しばらくはトリカブトの花が

道沿いに続きました

いわゆるトリカブト街道と

勝手に名付けました

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2007年10月29日 (月)

秋の山はおしゃべりね

アルゼンチン大統領選でどうやら女性大統領が当選しそうですね。クリスティーナ・フェルナデスさんという現上院議員だそうです。

アルゼンチンの政治で有名なのは、ミュージカルにもなった「エビータ」さんがいますが、そんなことも国民感情として女性大統領を誕生させる原動力にもなっているのでしょうね。

世界で女性の元首の一番最初は確か、セイロン(現スリランカ)のバンダラナイケ首相だと記憶しています。当時は何か凄いことが世界で、しかもアジアで起こったんだなーと思ったことがあります。

今は女性元首なんてそんなに驚くことでもありませんね。アジアではインド・ヒィリピン・インドネシア・パキスタンなど欧米でもイギリス・ドイツなどなど、数え上げればまだいっぱい出てきそうですね。最近でもお隣韓国でも朴元大統領のお嬢さんが立候補して話題になりました。アメリカでもヒラリーさんががんばっていますね。

世界の人口の約半分を占める女性だから、本来はもっともっと出てきてもいいのではないかと思うが、長い間抑圧されていた歴史の中で、かなり固定されたイメージを払拭するのは難しかったのでしょうね。これから大いに、活躍して男どもが汚してしまった世界を再生してほしいと思います。

「女性は太古、太陽だった」。生命の最初は女性であり、男はそこから派生的に発生した物だった。日本の神の原点も女性です。日本のまつりごと(政治)の最初の記録が載っている「魏志倭人伝」も女性の支配者を記しています。

今日も証人喚問という男たちの茶番劇が国会で演じられようとしています。世界の趨勢からみて、日本の首相もぼちぼち、女性を期待したいものですね。新しい風と共に・・・。

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(富士山周遊・Ⅸ・・・・・・②)

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県道151号を真西に歩く

ゆるやかに本当にゆるやかに

道は上り坂だった

周囲も静かな森の中

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森の静寂を楽しんでいると

遠い世界からの声のように

音が聞こえてきた

富士スピードウェイの音のようだ

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まだ数キロ離れているはずだが

色づき始めた森の奥から

あの雨中のレースの名残のように

レーシングカーの音が響いていました

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県道沿いには白い花をつけた

ヒイロギギンモクセイと思しき

並木がありりました

花の香りはしませんでした

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でもこのこの並木は

数キロ続いていました

ここは全国にも稀なCC街道

ゴルフ場が延々と

数ヶ所集まっているところです

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でもこの美しい森の中の道も

心無い連中によりやっぱりゴミが

しかもカールおじさんまでいるとは

子供連れだったのでしょうか

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気を取り直して歩き出すと

道の上に秋の実がご挨拶

山栗でしょうか

可愛い身が覗いていました

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見渡せば秋の彩りは

自然に目の中に飛び込んでくる

静けさの中に季節のおしゃべりが

私を包み込んでいくようでした

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わずかばかりに開かれた田んぼ

その中で稲藁たちが何やら相談中

今年の祭りの打ち合わせでも

しているのでしょうか

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2007年10月28日 (日)

久しぶりの富士山が・・・

悲願だった「庁」から「省」への昇格を今年1月に果たした防衛省、現在批判の集中砲火を浴びて陥落寸前のようですね。

給油の問題で国会までちょっと来てもらって、説明してもらおうと思っていたら、給油以前に守屋君自身の問題の方が大きくなって、明日来てもらっても、どうも肝心な話しまで聞けるかどうか心配になりましたね。

農水省と厚生省が一段落して今度はたまたま防衛省になっただけで、全省庁に同じような問題があるだろうということは、日本国民周知のことだから誰もいまさら驚きませんね。

問題なのはそういったことが、「たまたまこの三省庁だけに起こった特別なこと」だと言うようなことを言う福田君の認識です。いつものようにとぼけてそんなことを言っているのなら、心配しないのだけれど、まったく無知でそういっているのならこれはとても心配ですね。

江戸時代から続く官民癒着の日本の伝統をしっかり守り通している官や民のリーダーたち。それをまさか福田君、自分だけは「純粋培養」の教育で育ってきたのだから「全然わかりません」なんてカマトトぶっていては、猫の首には鈴をつけられませんよ。

とりあえずはテロとの戦いの前に、善良な民の攻撃から防衛省事態を防衛することの方が、最大の仕事になりましたね。

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(富士山周遊・Ⅸ・・・・・・・・①)

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10月17日

須走ーー御殿場

40000歩 8時間45分でした

黄色の線と赤い線が繋がっていません

そのわけは追って説明します

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このところ天気に恵まれなかった

ウォーキングもこの日は快晴

できるだけ朝早く出発です

清水三保半島では雲ひとつ無い

すばらしい富士山が見えています

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東海道広重の絵で有名な由比

サッタ峠の辺りでは少し雲がかかり

一段と風情のある富士山です

いずれも信号待ちで撮影しました

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久しぶりに美しい富士山と会える

胸をわくわくさせて車は富士市を

十里木峠に向かって走ります

右の峠を越えれば御殿場です

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何と十里木を越えるあたりから

富士山は雲に隠れ始め

御殿場についたころは雲の中

駿河小山の道の駅に着いたときは

まったくごらんのとおりでした

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でも歩いていればそのうち合えるさ

気持ちを持ち直して

金太郎の古里、小山(おやま)を

元気よく出発です

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前方に見える山1000mクラスの

山の向こうは前回まで歩いた

山中湖があるところです

今日の目標地点です

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とりあえず山並みと平行に

富士山に向かって

籠坂峠越えのコースを目指す

富士山頂上付近がすこし

見えそうな気配に喜ぶ

 

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2007年10月10日 (水)

秋の木の実のお目覚め

死刑制度のあり方を研究する法務省の勉強会を、鳩山弟君が開いたとの事。死刑執行などの状況を刑事局幹部から説明させたようです。

死刑執行の判を押すのは、法務大臣の仕事で、歴代法務大臣により執行されたりされなかったりいろいろでしたね。特に先の参議院選挙前には、名前は忘れたが法務大臣がやたら判を押したので、かなり死刑が執行された記憶があります。

自分が就任中に最後っ屁で判を押したように思えますね。法務大臣としての意地のような物を感じました。選挙後、法務大臣になった鳩山君も、わずか1ヶ月の大臣生活の気楽さだったのでしょう、これまた最後っ屁で「法務相が絡まなくても自動的に死刑は執行すべきだ」といって最後の日の辞令を出したのでしたね。

まさか、再び法務大臣になるとは思っていなかったので、言いたいことを言っておこうと思ったのに、再任されたとたんちょっと気まずそうな顔をしていましたね。でも、言い出した手前、矛を収めることができなくなったらしく今度の勉強会になったようです。

「自動的に死刑執行」と言うことは、法務大臣である俺は執行の判を押したくは無いという意思表示でしょうね。それはそうでしょう、どんな極悪人でも、死刑と言えども人を殺して良いという行為を、最終的に判断する訳だから、まともな人間ではとても耐えられないことでしょう。

それこそが、人間として当然なことで、その観点から死刑制度を見直すこと。つまり死刑制度そのものを存続か廃棄かを勉強しなければいけないのでしょう。ところが、なんと自分が判を押さなくても死刑が自動的に執行されると言うシステムを作る方向に、気持ちが向いてしっまったとはちょっと無責任かな。これも、安倍政権が残した、後遺症かもしれないね。

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(富士山周遊・Ⅷ・・・・⑨最終回)

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マリモとオオハクチョウに見送られて

山中湖を後にする

結局 西湖 河口湖についで

ここでも富士山には出会わずじまいだった

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帰り道は国道ではなく

旧道を少し歩くことにした

静かな森の中の道には

車も少なく快適です

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森の木々には赤い木の実も

ちょっと顔を覗かせて

こちら側が見られているようです

季節からの先遣隊だね

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再び国道へ出て一気に歩く

森の中からどんな季節が覗いているか

森の中からそっと聞ける声に

耳を傾けなが歩きます

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まゆみのような赤い実が

森の中からさっそくご挨拶

ぱっくり割れた中から

四つの種が目を覚ます

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あらあら こちらからはアケビの実

ほんのり頬が色づいて

甘い香りを熟成中かな

もうちょっとではじけそうだ

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あれ これはなんという実かな

柏の葉っぱみたいにも見えるし

ツノハシバミというのだそうだ

いろんな秋がそろいだしました

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2007年10月 9日 (火)

白鳥とマリモの湖

チェ・ゲバラの没後40周年記念の式典がキューバのサンタクララで開かれたそうですね。キューバ国内では重要な行事だったようです。

今の若者でも、映画か何かで知っていると思いますが、キューバでは革命の英雄として、カストロ爺さん以上に人気のある人のようです。当時、第二次大戦の後、欧米の植民地からの脱却に目覚めた国がそれぞれ独立闘争を続けていました。

欧米の植民地と言えども現地の有力者が協力して搾取していたわけで、いわゆるそれに対して闘争を行ったわけだ。今風の言葉で言えば、テロ活動なわけだ。テロが大規模に成功すれば結果的に革命となる。成功しなかったところは、単なるテロに終わり、未だに植民地として存在しているわけだね。

かつて、アメリカもイギリスの植民地から脱却を目指してテロ活動を行って成功した国ということになる。昨日もトルコとイラクの国境付近でクルド人勢力(PKK)とトルコ軍とで交戦があり双方に死者が出ているようです。クルド人自治区と言うのは有っても、クルド国は今は有りません。でも遠い昔、クルド国はあったようです。

ソ連が崩壊してずいぶんたくさんの国ができたなーと思ったら、そこはもともとそういった国があったんだと知らされたことが有りました。ラトビア、とかエストニアとか、昔の教科書には乗っていなかったものね。その代わり、チベット国がいつの間にか中国に武力制圧されて消滅させられてしまった。だから、今の若者にはチベット国の存在は知らないのでしょう。

その時々の力関係により地図が変わり、テロリストと英雄が入れ替わってしまうのが人間の歴史かもしれません。大上段に振りかぶりこれこそ真理だといえないのが歴史の可笑しさですね。

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(富士山周遊・Ⅷ・・・・・⑧)

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再び自転車道は自動車道と並んだ

富士山撮影ポイントには花壇があり

前方に有るべき山との構図を

演出するはずだった

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しっかりと目を凝らせば

右側から裾野の稜線が

確認できます

そして湖周遊のスワンも浮いています

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水辺に椅子を持ち出して

本を読んでいる人もいます

歩いているよりもこっちの方が

良いのかもと少し考えてしまった

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もうすぐ湖一周です

ホテルや保養所がたくさん現れ

ジョギングを楽しんでいる人もいます

でもとても落ち着いた雰囲気です

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山中湖は富士五湖で唯一

オオハクチョウが飛来するところ

でも、筒の中に首を突っ込んで

鳩と餌を分けって入るところや

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人間が水辺近づくと

ゆったりとした動きながら

餌をねだりに来るところなど

ちょっとばかり寂しいね

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