2007年11月25日 (日)

旅の終わりに

24日投開票が行われたオーストラリア総選挙でラッド氏率いる労働党が勝利を納めたそうです。11年間続いたハワード首相率いる保守連合はどうやら政権を明け渡すことになったそうです。

ブッシュ君の盟友とされ、最後の一人となったハワード首相も、豪国民から見切りをつけられ、ブッシュ君の友達はもういなくなりました。ブッシュ君に一緒に戦争に巻き込まれた英首相のブレア君は任期を全うすることなく、早々に離脱し、日本の安倍君も結局ブッシュ君を応援し切れなくて自滅してしまいましたね。

せめて豪州だけはとの願いもむなしく、ブッシュ戦争にはもう飽き飽きしたらしく、ノーを突きつけたようですね。さっそく来年から豪州の派遣部隊はイラクから撤退を開始するそうです。

労働党を率いたラッド君は貧しい幼少時代を過ごしながら明朗快活で、特に中国通らしく胡錦濤君とは中国語で会談できるそうです。現在50歳で特に若い女性に人気絶頂とのこと、選挙戦の遊説中は少女らにもみくちゃにされたそうです。

ブッシュ君の頼りは、およそ政治とは無関係そうな、とぼけたことばかり言う日本のおじさん首相しかいなくなったようですね。こうなったら福田君が最後の最後までブッシュ君の面倒を見てあげないと、可愛そうですね。きっと日本国民はどんな苦労を背負わされても、福田君やブッシュ君のために耐え忍んでいけるかもしれませんよ・・・・・なんてことはないか。

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(遠州灘・Ⅷ・・・・・・・⑪最終回)

遠州灘の最後の締めです

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御前崎港には「なぶら館」があります

ちょっとよっていこうと思ったが

ちょうど閉館日で残念

かつての巡視船が館の前に

デンと居座っていました

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湾岸道路はやしの木の並木

南国の雰囲気を出しています

元の駐車場まではもう一度

岡の上まで登らなければならない

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岡の上に見えるのは学校か

元々人家はこの上にあっただけだろう

海岸端を整備したことにより

下にも人が進出したのか

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岡の途中に「石造り十一面観音」を

祀るお堂がありました

石造り観音は珍しいとのこと

でも中を覗いてもお顔は

拝見できませんでした

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お堂の庭から見ると

ちょうど真下に海が見える

ここは船出をする男たちを

見送る家族の場所でもあった

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岡の上の茶畑では

頭を丸刈りにされてた畝が

来るべき冬の眠りの時期を

身構えているようでした

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遠州灘の旅は最後に

御前崎をのんびり歩くことによって

締めくくることができました

旅の終わりはいつも高いところへ登るのだが

それが今回は御前崎灯台でしたね

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2007年11月21日 (水)

巨大風車にやさしい風

額賀財務相に守屋前防衛事務次官を通じた口利き疑惑が新たに浮上して、与党を困惑させているそうですね。

幹事長の伊吹君は「まずいところがあったとしても、閣僚であるかぎり悪口を言わず、守っていかなければならない」と額賀君を擁護しているそうだけど、誰に向かって話しているのかね。国民から見れば、まずいところがある人には大臣を辞任してほしいのだけどねえ。

昔、大阪府知事が不祥事を責められた時、「なぜ君たちは知事をいじめるのだ」と名言を吐いたのを覚えています。責任ある立場の人の悪いところは目をつぶってくれと言っている訳だ。安倍君が無闇に矢鱈に守ろうとして死に追いやったこともあるのだから、いい加減目覚めてもよさそうなものだけど。

国民から見ればまだ問題になっていない他の省庁、全部に渡り同じような癒着や背任行為があるだろうと思っている訳だから、そのつど庇い合いをしているかぎり、日本の政界の病根は根絶しないどころか、悪化の一途をたどるだけだと、常識的にわかりますね。

福田君もシンガポールでこの件を聞かれ「証人喚問して、何もなかったらどうするつもりだ!」といっていたそうですが、何もないなら堂々と証人喚問を受け身の潔白を晴らせばいいだけのこと。出したくないのはそもそも問題があるからなんでしょうね。

現に東アジア会議にガンバリ君がミャンマーの拒否権で出席できないのを見てきていらっしゃるから、良くわかるはずだけど。福田君も額賀君が証人席でしゃべられると困っちゃうのでしょうね。

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(遠州灘・Ⅷ・・・・・・・⑩)

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港にある人工の丘に登ってみる

津波などの緊急避難用にもなるね

元々はここは海の中で

浚渫と土盛りで作ったのでしょう

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丘の先端まで歩いてみた

散歩コースにもなっていて

すれ違う人はみんな早足でした

ススキにやさしい風が吹く

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御前崎は風がよく吹くところ

風力発電には最適だね

でもこの日は静かな風で

風車もお休みしていました

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先ほどまでいた御前崎先端の

灯台は向こう側になっています

港の外側には海水浴場が

二つの弧を描いています

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少しのんびり歩きすぎたか

秋の日はツルベ落としのごとく

ウォーカーにとっては

日の短さを感じるようになりました

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丘の斜面にはススキが

全面的に占領して

しばらくはわが世の秋を

謳歌していくのでしょう

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2007年11月20日 (火)

恋人の聖地

シンガポールで開催されているASEAN会議で、ミャンマーの民主化デモ弾圧問題をめぐって加盟国の間で意見が紛糾、調整が続いているそうです。

問題は国連のガンバリ特別顧問のミャンマー報告をASEAN会義の後の東アジア会議に呼びましょうというのを、ミャンマーが大反対。フィリピンは東アジア会議でなくこのASEAN会議に呼ぶべきだと言い出し、ミャンマーに言わせれば言語道断だとのこと。

ASEANは元々内政不干渉が原則だから、呼ぶこと自体が可笑しいと言う訳だ。そうは言っても、世界の注目の的になっている会議だから、呼ばない訳には行かないのがASEANの悩みの種でしょう。全会一致も原則だから、ミャンマーが反対している間はガンバリ君の登場はないことになりますね。

元々小さな組織だったが、この20年ぐらいで世界にその存在感を世界に示したASEAN諸国。かつてアメリカやロシアや日本に対して毅然と意見を言っていました。最近は加盟国が増え、後ろ盾に中国をつけた国の存在がそのASEANの独自性を損ない始めているような気がします。

元々世界一穏やかな人たちが住んでいた、東南アジア。大国の干渉に負けないで、日本を始めアメリカやロシア、それと中国や韓国の意見に左右されない、特異な平和を追求して言ってほしいものです。

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(遠州灘・Ⅷ・・・・・・・・⑨)

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椿の森や秋の実のなり木々の

中の散歩道は気持ちが良い

いくつか曲がりくねり

海側に出たり入ったり

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海側の展望台に向かって

彫刻の道とあるので

どんな物があるかと期待して

入っていくと

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乙女の像が一つだけでした

この像には桂由美さんの認定した

「恋人の聖地」の文字が

刻印された銘板がはめ込まれています

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散歩道が終わり町へ出たところに

かつての国民宿舎「御前崎荘」の

跡地がありました

池の中で亀たちが甲羅干し

鴨が羽繕いをしていました

置き去りにされたのか

町民が世話をしているのか

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高台の町を歩いていると

そこが高台であることがわからない

ようやく道を見つけて見ると

眼下に広がる港が見える

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御前崎港が一望に見えます

隣にある地頭方港同様

右側に土盛りした丘が見えます

何もない海を浚渫して作った港の

同じパターンですね

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以前歩いたとき丘には

丘には登っていないので

時間があるので寄っていこう

大型貨物船が停泊しています

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ここは貿易港 スズキの新車が

表面に白いシートを張ったまま

貨物船に載せられる順番を

待っていました

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2007年11月19日 (月)

ねずみ塚伝説連想

オハイオ州クリーブランド市の警察がこのほど、拳銃をガソリン商品券に交換するイベントを一日限定で開催したそうですね。5時間で421丁の銃を回収したそうです。

日本のように銃のない世界では、驚くような多さに感じますが、オハイオ州では各家庭に1丁以上の銃があるといわれていますから、たったこれだけと言う数字かもしれませんね。でも、キャンペーンとしては、日本のローカル紙にも載せてもらえたことだし、大きな成果があったのではないでしょうか。

実は古い拳銃を商品券に変えて、新しい拳銃を買うと言うのが市民感覚らしい。なんとなく、最近どこかであったことのような気がしますね。

警察には凄い武器がいっぱいあると思うけど、手近にある銃がたった一人の狂気で警察の大出動になることもある。もし「銃」を「核爆弾」に市民を「国家」に置き換えてみると、100ドルのガソリン商品券は100万トンの重油に変わるのかもしれませんね。

大統領選が始まるとアメリカで必ず登場する団体に「全米ライフル協会」と言うのがありますね。この協会がどちらにつくかで大統領当選の可否が決定するそうです。アメリカから銃が消えないのは大統領選のおかげかもしれませんね。

たとえアメリカ人だって、人間誰でも銃を持たない平和な世界を望んでいるはずです。周囲に銃が氾濫して銃犯罪から身を守るために、やむをえず銃を待たざるを得ない社会を作り出しているのは誰なんでしょう。今の世に奇跡的に、戦争を放棄し、国民が銃を持たないで生活できる国家が有ったら、その国のノウハウを世界中に広めてはどうでしょうか。

逆にその国も、まわりの国のように戦争に参加したり、身を守るために銃(核)を持たせる方向に向かわせてはいけないと思うのだが、いかがでしょうか。

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(遠州灘・Ⅷ・・・・・・⑧)

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何度も御前崎に来ていながら

高台の町を歩いたことはない

じっくり歩いてみよう

灯台のそばに昔の灯台があった

木造で建物の床下には石を入れ

強い風にも耐えられるように

作られていました

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そのすぐそばには

山口誓子先生の句碑が

遥か太平洋に向かって

立っていました

句帳を手にし海を見ていたご婦人

いい句ができたでしょうか

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灯台の脇から遠州灘沿いの

絶壁に沿って高台に

散歩道ができています

この道を歩いて帰ることにします

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しばらく歩くと「ねずみ塚広場」

昔話に良く出てくる猫と鼠の話し

この話しの背景はなんだろうかと

想像するのもしばしの楽しみ

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ここに祀られている鼠とは

いったい何んだったんだろうね

それと闘った猫とは

何者だったんだろう

連想は広がっていきます

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散歩道は時々展望が開けたり

林の中に入ったりして

素敵な雰囲気です

南国の雰囲気もあります

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海側に出ると今まで歩いてきた

海岸から見上げていた絶壁を

中腹から眺めることができます

椿の芽はまだ硬かったけど

もうすぐここは南国の冬が

花開いていくでしょう

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2007年11月18日 (日)

喜びも悲しみも幾年月

バングラディシュを15日に直撃したサイクロン「シルド(目)」の被害で、発表の度に被害状況が大きくなり、始めは死者500人と言っていたのが、2000人になり、5000人以上となってしまいました。

アジアの中の最貧国、いや世界の中の最貧国と言われるこの国は、その要因の一つにこのサイクロンの被害が言われています。傍から見れば日本の台風のように毎年のことですが、その被害たるや、台風の比ではない。毎年多くの死者が出ています。近年では2004年に628人が亡くなったそうです。

ところが今回のサイクロンは1970年の大災害、1991年の4万人の被災者を出した災害のそれ以上の規模になるかもしれないとのこと。自然の前に人間は無力だ、だなんていってられる状態ではなく、何とかしなくてはいけない問題なのである。

かつてパキスタンと言われ、その後東パキスタンと称し、西パキスタン(現パキスタン)と袂を分かちえたまではよかったが、その後の政治が良くなかったらしい、国土のほとんどが低湿地であるが、農産物は豊富に採れ元々は豊かな国であったはずだ。国民のためにとグラミン銀行ががんばって昨年度のノーベル平和賞を受賞もしているのに、一向に国民は貧しいままとはいったい何だろうね。

アメリカはすぐに海軍を救援にまわしたとのこと、日本は無料ガソリンスタンド閉鎖ですごすご帰ってきているのかな、それともまだあの辺で給油再開をまっているのかな。アメリカのためだけでなく、こんな時こそアジアの平和のために活躍してもいいかもしれないね。

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(遠州灘・Ⅷ・・・・・・⑦)

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坂道を登る度に

次第に展望が広がっていく

駐車場にはライダーも来ています

なかには女性ライダーも見えます

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階段の途中に

毎度お馴染みの駄洒落

「地球が丸く見えるん台」

うんうん確かにそうだね

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灯台への道はとてもゆるやかで

お年寄りでもゆっくり登れます

ここは南国御前崎

常春の岬です

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おいら岬の~♪ 灯台も~り~は♪

おなじみ名画「喜びも悲しみも幾年月」の

舞台になった御前崎灯台です

主演は佐田啓二・高峰秀子だったね

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灯台の先端にある巨大な電灯

それこそ幾年月海を見守って

火を灯したことでしょう

緑のレンズが海を見つめる

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灯台の上のテラスより

今まで歩いてきた浜松方面を見る

霞の向こうにかすれて見えない

はるばる遠くへ来たもんだ

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灯台の真下の海岸には

先ほどお弁当を食べた岩場が

小さく見えました

隣にいた二人連れ

高所恐怖症の彼が彼女に

しがみついていました

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灯台から町のほうを見ると

意外と家がたくさんある

いつもは灯台だけで帰るのだが

今回は高台の町の中を歩いて

帰るつもりです

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2007年11月17日 (土)

御前崎到着

首相初訪米でブッシュ大統領は、米国産牛肉に関し、日本市場の全面的開放を要請したそうです。

今回のブッシュ君の頭の中にはそれしかなかったようで、特に今回は自分の地元のテキサス産牛肉を福田君にご馳走してくれたそうだね。おかげで、ご満悦になり、無料ガソリンスタンド継続については日本国民こぞってアメリカに協力しますと言い切った。

ブッシュ君「当てにしないけど期待しているから、福田君がんばってよ」と檄を飛ばしたそうです。ついでに、福田君「あのー、拉致のことについてですけど・・・・」。「あああれね、福田君、日朝会談は進展してるかね?」。「いえ、テロ支援国家指定を解除されると困るんですけど。それと日米で北に圧力掛けないと・・・」「私の褌はちょっと汚れているので、君も幕内昇進だから、自分の褌でそろそろ相撲をとったらいかがかな」「いえ日米でないと・・・・」「わかった、我々(We)は拉致のことは忘れない、これでいいかい」「ありがとうございます」

てなわけで、日米会談もシャンシャンとなりましたね。ブッシュ君に言わせれば、自分のことで手一杯だから、日朝会談は自分でやってくれよ。テロ解除は米朝の問題だと言いたかったのかな。福田君の煮え切らない態度に「We」つまり、オイラは余り関心がないが他の4カ国はきっと関心持っているのじゃないかな?というニュアンスで答えたのでしょう。

つまり、ガソリンスタンドはどうでもいいが、アメリカの肉を買っていけよだけはいいたかったようだ。福田君のラブコールにはI Will never forget it とはいえないが We Will not forget it とだけは言っておかないと、帰れないようだったのでとりあえず言ってみておいたのでしょう。

国したら福田君は「ブッシュ君は拉致を決して忘れないと言いました」と、翻訳してくれるでしょう。

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(遠州灘・Ⅷ・・・・・・・・・⑥)

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もう目前に御前崎灯台が見える

長い道中だったがそれも最終を

今迎えようとしています

感慨をこめてのゴールです

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灯台の下まで歩いてきました

白亜の灯台はとても美しい

恋人たちは海を見ながら

語らっています

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灯台を過ぎた先に少し出っ張ったところ

そこが御前崎先端です

そこまではなぜか細い堤防の上を

ゆっくりゆっくり歩きます

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北緯34°35’42”静岡県最南端

到着しました

ここへ来ると旅人は

なぜか海を背にします

新たな旅はまた始まるのでしょう

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最南端から見える海には

の先何もないはずです

ずーとアメリカまでは大海原です

しばしたたずんでいたら

おなかがすいてきました

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浜辺に下りておにぎりタイム

その後しばらく空を見上げて

浜辺に寝転んだ

今回からはじめた5分間スケッチ

ふむふむ、こんなもんだな

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灯台への坂道を登る

この道は何度も何度も登った道

その一つ一つが思い出の中

出会いと別れのシーンが

よみがえってくる

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2007年11月16日 (金)

小さな宇宙・潮溜まり

前防衛次官が参議院の証人喚問で、過剰接待に関しては「刑事罰」に該当するとして、自ら退職金を返納する意向を表明しましたね。

守屋君の行った犯罪行為は、日本の伝統的な政財界癒着のことであり、平均的日本人から見れば、黄門様に正しいお裁きをいただかなくてはならない行為ですね。自ら退職金を返納するだけで、許される問題だと思っているところが守屋君らしく、罪の重さを感じられませんね。

日本にはお代官様と越後屋で有名な伝統があり、山吹色のお饅頭と「むふふ、おぬしも悪よのう・・」というせりふが誰もがみとめる(正しい)歴史教科書に載っていますね。教科書どおり行為をする守屋・宮崎・久間・額賀などの登場人物を設定すれば、9割ぐらいは、まったく同じ脚本を書け、90点以上はいただけるのではないでしょか。

多分その脚本の中には、「記憶がない」とか「あったとしても、行政をゆがめたことはない」とか「入院」とかのキーワードを書けばプラスアルファでもっといい点をいただけるかもしれませんね。

国家の運命を託し、そのために我々の税金の使い方を託している人たちの「記憶力の悪さ」が際立ってきている昨今、遠山金さんの桜吹雪を見せて、誰か記憶を呼び覚ませてくれませんか。それともこの人たちにDSでも配布して「脳トレ」を義務付けましょうか。

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(遠州灘・Ⅷ・・・・・・・⑤)

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水際を通り過ぎた先には

茶色の広い岩場が現れる

この茶色は何だろう

目を凝らすと枯海苔のようだ

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潮溜まりの水辺は心踊る

何もないようなその世界は

子供の目には宇宙だった

万物創造の源のように

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小さな宇宙にはフジツボがいる

イソギンチャクもいる

ここが彼らの生きる世界

彼らの安堵の世界だ

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大きな水溜りには

ハゼのような魚が見え隠れする

満潮になってもここまで潮がこない

今度水溜りが海につながるのは

いつのことだろう

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浜辺には無数の穴の開いた石

よく見るとその穴の中に細長い貝

穴の開いた石に棲んでいるのか

棲むために石に穴を開けたのか

こんな石がいっぱいあった

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ふと目を上げると御前崎灯台は

もうすぐそこに見えている

再び濡れた堤防に挑戦

今度は歩き始めてすぐ滑った

距離が長そうなので上にあがることにする

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道路に出るともうそこは

御前崎ケープパークの世界

駐車場も休憩所もあり

快適なウォーキング道路です

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2007年11月15日 (木)

波飛沫と海の香

鳥取県三朝町三徳山三佛寺で14日、100m近い絶壁に建つ国宝「投入堂」へ一般参拝者が60年ぶりに入ったとニュースが片隅に載っていました。

「投入堂」(なげいれどう)と読むそうです。ずいぶん変わった名前なのでなんとなく気になってしまいました。一説には富士山でもお馴染みの「役行者」が下に在ったお堂を念力で「えいっ、やっ」とばかり絶壁の窪に投入れたと言われていますが、あくまでも伝説だそうです。

まったくの無知ですが、お堂を投入れたのでなく、お堂に何かを投入れたというほうが言葉のニュアンス的にはしっくり来る様な気がしますね。お堂まで登るだけでも大変な絶壁へ建物を作ったと言うだけでも、地元の人たちが世界遺産に登録しようというしている気持ちがわかりますね。

絶壁で印象に残っているのが、スラウェッシュ島の中央にあり、ほぼ赤道直下のタナトラジャという町で、絶壁に祀ってある棺おけを見たことがあります。絶壁に2本の木の棒を差し込み、その上に木製の棺おけに入った遺体を安置する。それこそ100m以上ありそうな絶壁の壁で、歩いていけるようなところではない。

風月が次第に朽ち果てさせることにより遺骨だけが地上に落下する。それを舟形の箱に入れて下の祠に合葬するので、親族はいつでも剥きだしのご先祖様のお骨にお会いできると言う訳だ。どうやら、絶壁に祀ってもらえない人は洞穴の中に安置され自然へと返っていく。笑顔でミイラになりかけた人や、無事お骨になった人の骸骨を洞穴の中にずらーと並べてあったりして、壮観でした。

そんな、アジアの文化と三朝町の「投入堂」もどこかでつながっているのかもしれませんね。

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(遠州灘・Ⅷ・・・・・・・④)

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岩場を抜けると再び砂浜になる

海岸から見ると灯台はいったん隠れる

変わりにパラボラが見えてきた

たぶん自衛隊関係だろう

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岬というものは航空機にとって

格好の地形なんでしょうね

それと防空上も大切なところ

この向こうには通信基地があるようだ

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砂浜が再び消えてゆき

今度はしっかりした岩盤が

現れてきました

そして水際がぐっと道路側に

迫ってきます

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次第に狭まった浜辺が

遂に道路の堤防まで迫っています

一度上まで登るかそのまま歩くか

行けるところまで行ってみよう

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堤防の下には波が当たり

白い飛沫を上げています

しかも濡れた緑の絨毯が

びっしりと敷き詰められ

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足を滑らせれば頭を打つか

もしくは海の中に落ちてしまうか

波をかぶってしまうかなんて思いつつ

一歩一歩慎重に歩みを進める

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波の飛沫を無事に潜り抜け

岩についているものをつまんでみる

青海苔ですね

少し食べてみるとほんのり海の香が

口の中に広がりました

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2007年11月14日 (水)

波音は悠久の響き

就任後の初の外遊先に米国を選び、明日米国に向け政府専用機にて首相はアメリカに向かうそうです。

ブッシュ戦争からオイラは離脱しなかったよ、とばかり給油法案衆議院通過をお土産に福田君ニコニコしてアメリカに向かうそうです。日本国民はブッシュ君の味方です、これからもブッシュ君の戦争の仲間はずれにしないでね、と言う訳かな。

次の政府(国会)の目標は、増税法案をいくつ可決するかに焦点が移りますね。日本にはいくつ「○○目的税」と言うのがあるか知っていますか。残念ながら数えたことがないのでわかりませんが、わからないほどたくさんあることは確かなようです。

揮発油税など道路特定財源も、構造改革などで無駄な道路をやめようといろいろ画策して減らし、財源に余裕を持たせたが、つまりこれを国民に還元するには揮発油税を下げて、国民が少しでも豊かになれば消費拡大に結びつき景気がよくなるはずですね。

ところが、あまったからと言って国民に返さずほかに使おうと昨年12月の閣議で一般財源に組み入れると決定してしまった。つまり通常の税金の他、何かの目的のために新設した税金も、目的が達成されても何か理由をつけて継続させてしまうのだ。

平成20年から制度が変わり、所得がなく扶養家族になっている75歳以上の老人から、支払能力があろうとなかろうと「後期高齢者保険料」と言う物を納めさせることになるそうだ。これも一つの「○○目的税」ですね。静岡県では年間平均で73600円負担で年金から強制的に天引きされると言う案を出してきた。

まあこういった法律が続々国会議員や地方議員によって作られますが、そういう議員を選んだのは国民であって、責任は国民にあることになりますね。

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(遠州灘・Ⅷ・・・・・・・③)

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流木の次は貝殻の海岸

浜辺には無数の貝殻が

筋をなして広がっている

それだけ海が豊かな証拠

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駿河湾と遠州灘が出会い

豊かな海の恵みを育んで

いるのでしょうね

遠い昔の思い出がよみがえる

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学校が終われば一目散に

海岸に遊びに行き

日暮れまで遊んだ幼き日々

貝殻を広い集めて

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魚を詰めるトロ箱いっぱいにした

どんな海も私には古里ですね

・・・なんて感慨にふけっていると

砂浜に岩の層が現れてきた

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砂ばかりだと思っていた

御前崎も地下には岩盤が

隠れているようです

この地方には珍しく

活断層も潜んでいるようです

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原発もあるけれど

地球単位に見れば

ずいぶんにぎやかな

ところでもあるようです

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寄せては返す波を見ていると

そんな人間の営みとは別に

地球創生以来の悠久の

時間を体に感じることができます

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2007年11月13日 (火)

流木に心よせて

富士山と中国山東省の泰山の「友好山提携」のため泰安市の訪問団が来静し12日県庁で懇談したそうです。

泰山はすでに世界遺産の複合遺産に登録されています。その高さ1500mの山ながら歴史上有名な山で、日本の卑弥呼より以前、秦の始皇帝も参詣しているほどの山なのです。そばに行くと意外とごつごつしていますが、あの広い中国大陸の平野にあっては、独立峰として認識されています。

一方日本の富士山は完全無欠名な独立峰ですが、歴史的には聖徳太子伝説が最も古いほうで、むしろ眺めの美しさのほうが強調されていましたね。江戸時代から登山はされていましたが本格的には明治維新からということ。

泰山は中国御得意の石造りの階段が頂上までできていて、一応誰でも歩いて登れますが、我々のように急ぎ旅の観光客は索道(ロープウェー)で頂上まで一気に行くことができます。頂上での一番人気は「五嶽独尊」と書かれた石碑の前での記念写真。私も数年前に年賀状の写真に使いました。

歴史も自然もそれぞれ違いますが、共通しているのはそれぞれ「精神的なシンボル」としての存在でしょう。それと泰山には碧霞元君、富士山には木花咲耶姫とお互い女性を祭ってあることもあります。お互いの国のよいところを見詰め合って、平和な友好関係を二つの山によって作り上げて行きたいものですね。

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(遠州灘・Ⅷ・・・・・・・・②)

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秋の実は瑠璃色に輝き

旅人の目を引き寄せている

砂山の上にしっかり根ざして

南国の陽に輝いています

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道路が一気に下り坂になり

前方に御前崎が垣間見られる

いよいよ遠州灘の旅も

終わりに近づいてきました

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坂を降りきると海岸沿いに

道が走っているのがわかる

岬の先端に御前崎灯台が

見えてきました

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海岸には多くの流木が

流れ着いています

それぞれがそれぞれの旅をして

この海岸まで流れ着いたのだろう

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流木を眺めるたびに

いつも心に浮かぶ物

激流や大海原の波に洗われ

素のままの姿にされた木々

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しばし流木に腰を掛けながら

遥か彼方になった愛知県境を

指差しながら遠州灘の旅の

感慨にふけりました

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ゴールを目前にして

ここからはゆっくり歩こう

砂浜を一歩一歩踏みしめて

風や波の音を楽しもう

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光を返す波間には

サーファーの若者たちが

波と戯れています

沖行く貨物船のシルエットも

なぜかのんびりしているようでした

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2007年11月12日 (月)

ススキ光り輝く

新テロ特措法は今日衆議院を通過しましたね。参議院で否決されても、衆議院に差し戻されれば、国民の選んだ衆議院議員が可決させることができますね。

国民が選んだ代議員(国民の代弁者)が決めることは、国民の意思であることが民主主義の原則だから何も不思議なことはない。

無料ガソリンスタンドを継続することは国民の意思なんだから、たとえ国内のガソリンの値上げがいくらになろうと、福祉の財源がなくなり、続々と控えている増税案を連発しようがそれも国民の意思だから、どんなことでも、テロに打ち勝つまでは一億玉砕の精神で耐え忍びましょう。

衆議院で可決された新テロ特措法(ブッシュ戦争応援法なんていわない)にうたわれている文言に「人道的措置に関する特別措置法に基づいて実施した海上自衛隊による給油」と旧特措法が定義されていました。あの無料ガソリンスタンドはイラク攻撃の艦船に使用されても、あれは人道的措置だったんだね。

私のように頭の悪い人間はもう一度国語の勉強をしなおさなければ、最近の日本語は難しすぎます。戦争と言う人殺しが人道的措置のカテゴリーに最近では含まれるようですね。

国内では防衛省(一部大臣も含む)と業者の癒着が次々と暴露されています。日本にとって本当はテロ以上にテロ的なのは、国を守る人たちが国民を食い物にしている現状なのではないのかな。それとも「そんなの関係ない!!」ブッシュ戦争から離脱したらそれこそ世界の村八分にされてしまうことの方が大変だ・・・と言うことでしょうね。

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(遠州灘・Ⅷ・・・・・・・・・①)

006

10月23日

御前崎到着

20000歩 5時間30分

遂に御前崎に到着しました

4月愛知県の県境から歩き出し

8回目にして完結しました

これで静岡県一筆書きも

遠州灘・駿河湾西岸が

つながったことになります

Photo

前回まで歩いた白羽神社のそばの

公園に駐車してそこからのスタート

運動公園には若者たちの歓声が

響いていました

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嫌われ者だったセイタカアワダチソウも

今ではしっかり日本の秋の風物詩

それなりに自分たちの住む位置を

しっかり定めています

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冬の遠州灘は強い風が

一日中吹き荒れます

そんな自然の中にたくましく

がんばっている木々がある

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御前崎に向かう道路も

まだ少しだけ上り坂です

ここも元々は砂丘の丘に過ぎない

いつも風と砂との責めぎあいの舞台

Photo_5

ゆるやかな坂を上りきったあたり

眼下に海が見えてきた

昼下がりの逆光の中に

薄がキラキラと輝いている

Photo_6

前方に見える峠を越えれば

もう下り坂になるのだろう

ガードレールがやさしく波打ち

先へ先へと私をいざなう

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2007年10月27日 (土)

秋はこっそり潜んでいる

ノーベル物理学賞を45年ほど前に受賞したジェームス・ワトソン博士が人種差別発言をしたということで長年勤めたアメリカの研究所の会長を辞任するそうです。

実は現代ではおなじみのDNAの二重螺旋構造を発見したことで、他の人と一緒に受賞した人だそうです。もうずいぶん長いこといろいろな発言をして、世間を騒がせていたそうですが、今回は「黒人の知性は白人とは違う」という持論を欧米諸国から指摘されての辞任になったらしい。日本ではほとんど話題にはなりませんでしたね。

彼は「無神論者」だそうで、そのことも彼の発言の自由度を増しているし、批判の矢面に立たされる要因でもあるらしい。日本では無神論者などという言葉がほとんど存在していない程個人の宗教観が社会生活のうえで大きな影響は無いのですが、諸外国ではそうではないですね。

当然そこには、発言の自由度も制約され、タブーな言語も多くなるわけでしょう。日本でもは差別用語撤廃運動も定着して、「○○の不自由な人」という言葉が普通になっていますね。テレビなどでもうっかり差別用語を発言するのは国会議員ぐらいな者でほとんど最近は聞きません。とてもよい傾向だと思います。

博士の今回の件は、日ごろの自由な発言が、宗教的道徳観念を逆なでしていて、遂に大きな圧力になってしまったことで、まあ自業自得の感がありますね。ある国ではIDカードにその人の宗教は何かが記録されているのを見せてもらったことがあります。それはその国にとっては個人を守る大切なことですけど、ちょっと理解に苦しむことだったのを思い出しました。

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(遠州灘・Ⅶ・・・・・・⑩最終回)

Photo

展望塔から眺めると国道脇に

午前中歩いた大鳥居が見えました

前方は御前崎市となった

浜岡の町が見えています

Photo_2

思いがけず時間を費やして

見学したので後は帰るだけ

乗馬クラブではもう馬も

厩舎へ戻っています

Photo_3

南国だからまだ秋はやってきませんが

とぼけた顔をして少しずつ季節は

潜んでいました

うっかりすると見落とします

Photo_4

国道のずーと向こうは

もううっすらと茜色の空が

広がり始めました

ここから国道を左に折れて海へ

Photo_5

角を曲がってすぐ

八色の虹とお日様に迎えられる

ここは宮城まり子さんの

「ねむの木学園」発祥の土地です

現在は掛川に移転していますが

数十年の歴史の重みが

感じられました

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2007年10月26日 (金)

話題の原子力発電所

1973年金大中氏が拉致された事件は時の朴大統領の指示で殺害目を目的に行われたと25日、韓国の「過去事件の真相究明委員会」が発表したそうですね。

韓国は近年このような30数年前の事件を掘り起こし、こうして真相究明を行ってますね。日本のその筋や政商や関与した政治屋やら何やらに言わせれば、ずいぶん迷惑な話でしょうね。

教科書通りに言えば、日本側は韓国政府組織(KCIA)により主権を侵されたのであって、大変なことだけど、時の日本政府は、この事件について不問に付しましたね。日本は韓国に経済援助などしてそこに暗躍していた人も大勢いたわけだから、騒がれるとまずかったのでしょう。

韓国側から言えば「日帝36年の植民地」であった過去からの脱却時だから、日本ががたがた言うなという時代でもあったわけだ。

でも、いま委員会が出した結論は、当時から世界中の誰もが常識的にわかっていたことですね。しかし、当時は韓国の法律や日本の法律ではその結論は出すことができなかった。時の権力により法の解釈はどんなにでも変わる典型的な例ですね。

金大中氏がノーベル平和賞をもらったのは北朝鮮訪問を成し遂げたことだけでなく、底辺には、この世界の常識がベースになっていることが大きいいえるでしょう。

普通の人が常識的に見て、おかしいと思うことは、国家が何と言おうと、おかしい物なんでしょうね。

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(遠州灘・Ⅶ・・・・・・・・⑨)

Photo

赤い道を登り切ったところは

浜岡原子力発電所です

閉館までには1時間以上ある

寄って行きましょう

Photo_2

昔から何回か来ていますが

歩いてくるのはもちろん初めて

少しずつイメージが変わっていくようですね

まずは新エネルギーホールを見学

Photo_3

次はメインの浜岡原子力館へ

いつも車で通り過ぎていたのだが

寄っていくのはいつも何かの思い出と

一緒なのが可笑しいですね

Photo_4

実物大の原子炉の模型は

発電の仕組みを光で

説明してくれます

結構面白いですよ

Photo_5

管制室の展示では

たくさんの計器が並び

オペレーションやメンテナンスを

日夜されているご苦労がわかります

Photo_6

展望塔に登ると

原発の敷地全体が見渡せます

手前から御前崎に向かって

次第に増築されていく経緯がわかります

Photo_7

数十年前ここを初めて訪れた時は

まだ一号炉が建設中だったことを

思い出しました

ダンプカーがまだ往きかっていたころです

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2007年10月25日 (木)

南国の赤い道

米統合参謀本部のシャーロック陸軍少将が24日の記者会見で、日本の給油活動の停止について「どういう事態かよく理解している」と米軍幹部として初めて認識を明らかにしたそうです。

あれ、数日前に言っていた様な気がするがまあいいか。実はもうとっくの昔にアメリカは気が付いていたことで、福田君がどうしても、こだわりのゼスチャーをしていることに対して、気の毒になってしまったのでしょうね。

アメリカは01年から07年に費やした、戦争経費は6400億ドルでざっと計算して年間10兆円で、このまま行って17年までに最大270兆円つぎ込むそうです。それから言えばインド洋の無料ガソリン代など、はした金なのですね。

もし戦争をやめてしまえば、この270兆円産業が成り立たなくなります。アメリカが破綻すれば日本もあおりを食います。昔ニューディール政策で不況を救った大統領がいましたね。今は戦争産業で不況を防いでいるのかもしれません。

アメリカが一番いやだと思っていることは、ブッシュの戦争をブッシュの戦争といわれることなのです。ですから、国際○○対策活動であり世界中の国が参加することに意義があるので、日本に離脱してほしくないわけだ。

その考え方から言えば、お金を出してでも日本にインド洋に留まってもらいたいと、言いたいのがやまやまなのかもしれませんね。その点韓国ははっきりしていて、議会に対して、拝み倒してまで1年延長したイラク派兵を、さらに一年延長する理由に、まだ石油の分け前がはっきり決まらないからだといっていますね。本音で勝負の韓国か、建前論の日本か・・・・。

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(遠州灘・Ⅶ・・・・・・・・・・・⑧)

Photo

白羽神社を出て横須賀街道を戻る

街道筋は古いお屋敷が多く

この神社と見紛う森も

一軒のお屋敷の一部でした

Photo_2

この海からずいぶん高い台地も

畑は砂地でした

何万年の昔から降り積もった

砂がこの台地の畑を作ったのか

Photo_3

砂地に適した野菜は

やっぱりサツマイモだね

青々とした葉っぱの下に

丸々とした芋が収穫を待っています

Photo_4

台地をゆるやかに下り

平地に出ました

いつもは濃い紫の葛の花が

ここではピンク色のやさしい色

Photo_5

通りがかりの道端に

木の実がいっぱい落ちています

何の実なのでしょうか

南国の香りです

Photo_6

ナツメヤシでしょうか

国道脇にいっぱい植えられて

ここは静岡県でも南国であることを

思い出しました

Photo_7

国道はやがてゆるやかな上り坂

赤い歩道になりました

しかもふわふわする感じ

指で触ってみるとゴムのような弾力

しばらく気持ちよく歩いていたが

いつの間にか自然に左側の

コンクリートの上を歩いていました

何故なんだろう

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2007年10月24日 (水)

文化の海・祈りの海

WFP(世界食料計画)が調達した7000トンの小麦やトウモロコシなどの穀物を北朝鮮国民のために中国国内から11日に送るはずだったが4日間も中国側が輸送を停止してたそうです。

一体何だったのでしょう。実は中国からいろいろ物資を北朝鮮に貨車で送っているのだけれど、その貨車を返してくれないので、中国がちょっと怒って見せたのだそうです。返してくれない貨車はここ数年で1800両だそうです。

北朝鮮にとってはWFPではなく宗主国の中国が、貨車ごと食料を将軍様にプレゼントしてくれているのだから、返す必要を感じていないのでしょうね。貨車は当然国内の一般人民を輸送するための客車になっているのかな。

核爆弾や偽札を人質にアメリカから石油をせしめ、人間を人質に戦争の賠償だといって日本から金を引き出させ、まさか中国まではやらないだろうと思っていたが、貨車を人質に食料でも引き出させるつもりでしょうか。

それにしても、中国は太っ腹ですね、日本が大金を出している国連の機関ではあるものの、WFPに依頼されているからといってわずか4日遅れただけで、15日にまたまた貨車ごとプレゼントです。国連に貨車の代金まで請求しましょうよ。国連運営資金は日本がいくらでも出しますから・・・・。

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(遠州灘・Ⅶ・・・・・・・⑦)

Photo

この道は記憶の中では

海岸端を走っていたと思ったが

一向に海が見えない

地図で見るとちょっと先のようだ

Photo_2

この辺で折り返したいと思いつつ

何とかタイミングを計り

立ち入り禁止を無視して

海岸方向に向かう

Photo_3

海岸は護岸修理の真っ最中

ここはかってボードセイリングの

世界大会が開かれていた

美しい海岸だったところです

風景の変化は何でしょうか

Photo_4

海の位置を確認して

御前崎先端まで後数キロ

半島の先は次回の楽しみに

再び内陸側の道を引き返します

Photo_5

坂道を登りきったところに

白羽神社がありました

「白羽」(しらは・しろわ)という地名は

中田島砂丘の近くにもあり

遠州灘にはなじみのある地名です

Photo_6

境内には「横須賀街道・塩の道」が

通っていました

今まで遠州灘を歩いてきて

おなじみの街道です

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境内には由緒あるものが

いっぱいあり歴史を感じさせます

この青銅の馬は戦争のため供出され

戦後村人により復興された物

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御神木の槙の木の大きさにびっくり

砂混じりの風を防ぐ槙の垣根の多い

この地方にとって槙の木は

まさに神の宿る木なのでしょうね

Photo_9

境内を出るとき鳥居のところからみると

眼下には白波(白羽)の立つ海が

広がっているのが見えました

漁に出る男たちの無事を祈る

そんな村人の心が伝わってきました

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2007年10月23日 (火)

枯れ松の海岸道路

福田君が石破君を呼び寄せて「国民の信頼を損ねる事態が後を絶たないのは誠に遺憾だ」といって徹底調査と関係者の処分を急がせたそうです。

さすがの福田君もそろそろキレだしたのかな。今までだったら「こういうことはまことに遺憾だから、今後はこういうことの無いように充分注意してやっていかなくてはいけませんね」とか何とか言うはずだが、調査と処分を急がせるんのは何か特に必要があるのでしょうね。

それはともかく、ちょっと辺だなと思うのは、最近の一連の事態は、給油問題の隠蔽であれ、防衛関係の業者の癒着など、今まででも国民は政府が当然やっていることだと思っていること。それを今さら「国民の信頼を損ねる」といわれても、国民は昔から信頼していないし、隠蔽も癒着も「まあしょうがないなー」政治屋のやることだからと思っていること。

それよりも、それを言うなら、国防に関する重大事を、把握していなかった大本営の方に問題があるんじゃないの?報告を鵜呑みにして戦局を見誤った或る国もありましたね。逆にある意図を持って、報告を改ざんして国民に知らせ、戦局有利を宣伝し、若い学徒を戦場に送った或る国も有りましたね。

まさか、今の日本は大本営に報告が正確に伝わらなかったり、また伝わったとしてもある意図のためにそれを改ざんして国民に知らしめしてはいないでしょうね。シビリアンコントロールがその国の行く末を大きく左右していきますよ・・・・・。

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(遠州灘・Ⅶ・・・・・・・⑥)

Photo

坂道を下って再び

国道150号を横切り

原発の横を通って

海に向かう道を進みます

Photo_2

道路際には電光掲示板

今どのぐらいの放射能が

この辺にあるかということを

表示しているようです

Photo_3

先ほどとは反対側から

原発の建物が見えます

向こう側が川だったので

建物の増設はこちら側になるようだ

Photo_4

海岸まで出たものの

再び道は川に阻まれてしまった

対岸の砂浜まで

たどり着けません

Photo_5

川沿いに道路までさかのぼる

途中の道で松が紅葉していた

いや松は紅葉しないから

枯れているのだろう

Photo_6

元の道に戻り御前崎へ方向をとる

道は海岸から離れた分

自転車道ともども

また海に向かっています

Photo_7

こちらの道でも

枯れた松が多いのがどうも気になります

今までも海岸をずいぶん歩いたが

こんなにも多くの枯れ松は無かった

Photo_8

建物の雰囲気が次第に

海のリゾートを思わせるような

瀟洒な物が多くなってきて

御前崎が近くなっていた感じだ

Photo_9

洒落ついでに何でこんなところに

ヒンドゥーの神様ガネーシャが

と思ったが特に深い訳はなさそうだ

気にしないで行くことにする

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2007年10月22日 (月)

番茶も出花

薬害肝炎の原因となった血液製剤投与後にC型肝炎を発症した人の名前を厚生省が把握しながら本人には告げていなかったそうですね。

久しぶりに懐かしい「ミドリ十字」の名前が出てきて、まだまだ負の遺産が日本に残っていたことが改めてわかりますね。あの事件はもちろん天下りや政官界癒着の一つの典型だと思っていますが、日本の政治の伝統になりましたね。

今回の件でもわかることは、官は問題の起こった組織に報告をさせているにもかかわらず、患者さんに知らせていなかったことが問題になっています。つまり、厚生省が隠蔽したことが問題なのですね。

なぜでしょう。組織という物はそれぞれの段階で自分たちの責任を逃れるために、下位から報告を義務付けます。自分のところをできるだけスルーできる報告を求める訳ですね。そうすれば責任は回避できます。一番上にまで報告が正確に届いてしまうと、トップは自己の責任が大きくなるので隠蔽してしまうという構図になるわけだ。

真に求められるのは報告ではなく、今回の場合は患者さんにお知らせすることで、それによりより良い治療ができることだった。車の欠陥の問題も以前ありましたね。その場合は報告の有無や隠蔽でなく、ユーザーに知らせることにより一人でも事故の被害者を減らすことですね。赤福や白い恋人も同様に思います。

被害を食い止めることより、自分の所で責任がかからないことに神経をすり減らし、被害の軽減より報告書の作成に心血を注いでいる日本の現状は、一事が万事厚生省の棚の上にに吹き溜まり極まれりってところかな。

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(遠州灘・Ⅶ・・・・・・・⑤)

Photo

浜岡付近は長い年月の砂の大地

その中で育まれた人々の生活は

槙の垣根による砂との戦い

だったかもしれない

Photo_2

そんな槙の垣根にも秋は実りの季節

赤と緑のおなじみの実がなっています

一つつまんでみるとほんのりとした

懐かしい甘さが舌に残りました

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巨大な蜘蛛の巣を拡げて

獲物を待つその姿は

愛しささえ感じます

槙の垣根は彼の大切な生活の場

Photo_4

そこかしこに広がる茶畑も

丸い実をつけて

番茶も出花という感じで

白い花も咲いています

Photo_5

古い伝説でも残っていそうな

村のお地蔵さんの祠も

萩の花に彩られ

ひっそりとたたずんでいます

Photo_6

露天の仁王象が控える

古い大きな寺もありました

きっとこの付近では

有名なお寺なんでしょうね

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森の角を曲がったところに

遠州七福神の霊場

恵比寿さんを祭った官長寺

こちらも大きなお寺でした

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本堂の前には獅子と共に

恵比寿さんも控えています

豊漁の守護でもある恵比寿さん

山の中でも海に近いことが伺えます

Photo_9

新しい獅子に取って代わられたのか

古い獅子が垣根の下に

目立たぬように置かれているのが

ちょっと寂しそうでした

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2007年10月21日 (日)

森に彷徨う

日韓両国の市民が地域の伝統文化を通じた草の根交流を楽しむ「日韓交流おまつり2007 in seoul」が昨日今日とソウルで開かれているそうです。

今年で3回目とのこと、1800人が日本から参加しているそうです。地域伝統文化、特にお祭りなど、他の地域の物を見聞すると、同じ日本人でも感動するものですね。ましてや国が違えばもっともっと感動するものです。

お祭りの環の中に入ってみると、次第にその心などが伝わってきて、何でこの祭りを大切にしているのかなということがおぼろげながら理解できてきます。そして、見ているだけで楽しくなってきます。

世に官製のお祭りがあまたあり、国を挙げて「わが国は・・・・」と世界に発信することが多く有りますが、祭りの原点は地域の庶民の心だと思います。そういった意味では、まずお隣の韓国と草の根交流をしている人たちに喝采を贈りたいと思います。

国家や政治屋というものは、寄って立つ位置が違い、誰のために政治をやっているかはっきりしている。真の政治家はいつの世でも、そんな輩を嘆いているのではないか。わが国も韓国もかつて双方をある特定な目で見るように政治屋によって国民に仕向けてしまった。

近年、韓国側の日本文化開放政策により、いろいろな文化紹介ができるようになった。日本でも韓流ドラマによりずいぶん韓国は身近になりましたね。でもそれ以前から、国策を無視するように若者の中では日韓交流は進んでいました。庶民レベルでは人と人とのつながりのなかでは外国人という枠は本来無いものなのです。

お祭りを見ながら、いつも特定な目で見ていた外国人を「なーんだ、おれっちとおんなじジャン」と思えるような、そんな日がいつまでも続くことを願います。そんな庶民のささやかな願いを政治屋によって壊されないように・・・・・・。

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(遠州灘・Ⅶ・・・・・・④)

Photo

桜ヶ池を半分ほど回った辺りで

視界が開けてきた

神社と船着場が見える

ところがここからの道が

Photo_2

大きく崩れていて消えている

やっぱり通行禁止にしていたはずだ

大きくはった蜘蛛の巣や

枝や倒木を押しのけて

Photo_3

足元には不気味に大きく

真っ赤なキノコが我が物顔に

かつて道だった辺りを

たくさん占領していました

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崖の道を上ったり降りたりしながら

やっとも思いで一周してきました

天罰が下らなかっただけでも

良しとしましょう

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蜘蛛の巣を払い芝生に腰掛け

お弁当を広げる

何事もなかったような静寂

わかっていながら

鯉がはねるたびにびっくりする

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お弁当の後再び原発方面にもどる

この日の歩きはジグザクです

定番のウォーキングコースにも

遭遇しました

Photo_7

でも私の場合はコース無視の

寄り道ばかりです

大きな蝶々の目線?に気づき

ちょいとばかりご挨拶

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2007年10月20日 (土)

竜神の池

対ミャンマー追加制裁をアメリカが打ち出しましたね。その中で、日本がミャンマーに対して厳しい措置をとったことを大いに評価しているとも言っています。

一度通り過ぎたところをもう一度戦争しかけるなんてことは、アメリカと言う国は嫌いだから、ミャンマーに対してはそんなことはしないから安心はしていますが、それにしても今回はブッシュ君も口角泡を飛ばしているみたいだね。

それに対して中国が、「内政干渉はやめろ!」と威きり巻いていますね。中国にとってはミャンマーは国内も同然で、とにかく油を何とか確保しようと、その類稀なる胃袋で飲みまわっている最中に、アメリカにとやかく言われたくないのでしょう。

ましてや、折角奪い取ったチベット国の元盟主ダライ・ラマに金ぴかのメダルなんてあげているのを見て、ますます逆上している最中だからだ。自国の覇権主義は一切不問に付し、他国の教科書までイチャモンつけるような指導者の国だから困った物ですね。

ところで、日本はもともとミャンマーには人道援助しかしていないと言ってきたのだから、その人道援助を止めますって言ったのかな?本当はミャンマーにとってはアメリカや中国にとやかく言われるより、日本に本音を言ってほしいのではないでしょうか。

「まあまあ、そういうことは私には良くわからないので、与野党よく話し合っていい方向をですねみつけ・・・・」なんて、最近よく聞かれるフレーズが日本の指導者から聞こえそうですね。

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(遠州灘・Ⅶ・・・・・・③)

Photo

鳥居は貫禄のある錆が重なり

歴史の重さをかもし出します

この砂地の土地にあって

何万年の昔からの池

Photo_2

池の前にその名も池宮神社

しかしここでは神社の存在より

池の存在の方が

とてつもなく大きい

Photo_3

そうです この何の変哲も無い

小さな池が遠州七不思議のひとつ

「桜ケ池」なのです

実は一週間前に祭事が終わったばかり

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この池にご飯の入ったお櫃を沈め

数週間後に空のお櫃が浮かんでくる

ここに棲む竜神に捧げるとも

異空間にご飯が移動するとも

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いずれにしてもとてもロマンがある

そしてそんな伝説を思い描きながら

眺めてみると 不思議な静寂の中に

大きな鯉が水しぶきを上げて跳ねた

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昼飯前に軽く池を一周しようと

歩き出したが通行禁止の鎖

30年ほど前歩いた覚えがある

鎖を乗り越え歩き出す

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倒木があったり道が崩れていたが

歩けないほどでもない

しばらく人が通っていないので

道を探しながら歩いてゆきました

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2007年10月19日 (金)

ジャじゃな白馬

協栄ジムの金平会長は関係各所へのお詫び行脚を優先して、その後亀田家への処分を決めるそうですね。

今回の一連の騒動で大毅君の憔悴振りは、テレビで見ただけでも相当のダメージを受けているようで、気の毒になってしまいました。兄の興毅君が健気にも各所に電話を掛けて謝罪しているようですね。

朝青龍事件以来、なんとなく日本人の感情の方向がおかしな方に向かっているような気がして気がかりです。

いじめっ子が、ある日を境にいじめられっ子に変わると言われて、信じられなかったが、いわばこういう事なのかもしれないと思いました。なぜなら、そういう現象事態が私たちの世代では理解できないからです。

今回の事で感じたことは、親父の幼さが国民の前に露呈したことですね。大毅君の口がわずかな動きを見せた時、彼の口から「俺を責めるのはいくらでもいいけど、親父だけは責めないでくれ」と言おうとしていたのではないかと思いました。

たとえどんな親であっても、自分の親が責められるのが、自分以上に耐えられないものだ。「次郎物語」や「青春の門」などでも、親に対する思いが描かれている分だけその小説の重みも苦しさも憧れも大きくなる物です。

ましてや亀田兄弟のように当世珍しくも、全面的に親を尊敬している者にとっては、より以上に苦しいことなのではないだろうか。子の心、親は知らずか。がんばれ亀田兄弟!

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(遠州灘・Ⅶ・・・・・・・・②)

Photo

川をさかのぼって150号に出る

この小さな川もよく見れば

浜岡原発の外堀のように

何気なく防備しているように見えた

Photo_2

国道からはおいそれとは

海岸に近づくことはできません

紅葉しかけた並木を

御前崎に向かって歩きます

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前方左に大きな赤い鳥居

これが桜ガ池への入り口です

まず今日の予定は池に行くこと

そして周囲の散策です

Photo_4

国道沿い鳥居の正面に

品のいい白馬が居ました

飼育係のお兄さんが近づいても

なかなか言うことを聞きません

Photo_5

木の間越しに見える牧場では

皆おとなしそうな馬が見えました

その昔乗馬クラブは海岸沿いにあり

馬に乗って走ったことを思い出しました

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鳥居の傍まで来ると

周囲に何も無いだけに

その大きさが異様に思えます

道は平坦ですがやや上り坂

Photo_7

まっすぐな道をどんどん行くと

坂の上に鳥居が見えてきました

鳥居の背景は森になっています

桜ガ池に到着です

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2007年10月18日 (木)

誰も居ない海

インド洋での給油活動継続に向け、福田君は新テロ対策特別措置法案を17日衆議院に提出しましたね。

一つには廃案覚悟で意地だけで提出したと言う考え方と、もう一度衆議院に差し戻して強行採決する作戦と両面で、まだ様子見のようです。与野党の党利党略優先の法案かな。いずれにしても自衛隊は来月2日に帰る準備はしていますし、アメリカも自前で補給することを考慮に入れ作戦を展開しています。

今度の新法案の「目的」と言うところを読みました。法律を理解するのは我々凡人はいつも苦労しますね。「目的」の文は400文字程有りましたが、句点(。)は一つしかありませんでした。短文文化の日本、省略言葉氾濫の現代日本において、一句が400文字とは哲学書でもあるまいに、まさに何をかいわんやですね。

しかもその一句の中に半分ぐらいは「国連安全保障会議決議1776」で給油活動が褒められたというくだりが二箇所もあり、その部分を取り除けば未だにアメリカへのテロの脅威が取り除かれていないと言うのが主旨のようです。

今の時代、テロリストがウジャウジャとインド洋に居るイメージは無いけどね。911以前でも海賊は居たけどインド洋にテロリストが蔓延していたっけかな。今度提出した法案には、実施場所として「公海(ペルシャ湾を含むインド洋)」とうたってあります。本来必要な活動なら括弧は不要でしょうね。それにペルシャ湾をあえてうたうのはブッシュ君の残り1年のイラク戦争を応援するためのご祝儀かな。

まあ、厚生福祉部門は大増税で賄うようですから、無料ガソリンスタンドの資金は税金で大いに賄って世界平和に貢献してくださいな。それが国民の意思ならば・・・・・・。

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(遠州灘・Ⅶ・・・・・・①)

006

10月1日

浜岡砂丘ー白羽神社往復

7時間 41000歩でした

最近歩くときに限って天気が悪い

当然富士山は見えません

そこでいつもの遠州灘に行って気ました

Photo

今にも泣き出しそうな空模様

浜岡砂丘の駐車場からスタート

昨夜来の雨の影響か

水溜りが残っていました

Photo_2

誰も居ない砂丘は

それはそれでロマンティックなもの

遠州灘のヒーロー波小僧も

人待ち顔で網を背負っていました

Photo_3

遠州名物空っ風にさらされた

松の林も一様に傾いています

やがてこれらの松も砂に埋もれ

新しい世代がまた砂丘を形成してゆく

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私の海岸線一筆書きも

遠州灘では次回で終了です

できるだけ水際を歩きましょう

砂丘を超え砂浜に出る

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浜辺からは浜岡原子力発電所は

もう目前に見えています

今日の歩きのスケジュールにも

見学が入っています

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砂浜には貝殻の帯が

ずーと向こうまで延びています

大きな貝や小さな貝

いろいろな模様や色など

Photo_7

船が2艘 海岸に近いところを

走っています

海の上には幾層にも重なる

雲が幻想的な空間を創り上げる

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海岸は原発の直前で

川に阻まれる

沖に小さく見えるのは

原発の取り水口の標しか

Photo_9

川に沿って土手の道を歩く

いたるところに水溜りがあります

砂の集積場などがこの付近には

たくさんありました

Photo_10

こんな何気ない土手の上にも

朝顔のような小さな花が

たくさん咲いていて

かわいい秋を演じていました

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2007年8月22日 (水)

砂浜の芸術たち

国土交通省の21日の発表で、全国の一級河川のうちで水質の良い1位グループに昨年に引き続き安倍川が入ったそうです。

なるほど、安倍川には砂防ダムはあっても、発電用の大きなダムがないからかなーと思ったが、どうもそうでもなさそうだ。かつて汚れた河川が多かった日本も、今では年々改善されていっているそうだ。

国交省のHPで見てみると、大井川の上流では水質がよく、下流の平野部ではやや悪くなる。天竜川では佐久間ダムから下流域にダムが多くある割にはむしろ安倍川より良いが上流部の長野県側は水質が悪いという結果が出ています。

川はその流域に住む人たちの生活を反映しているのかもしれませんね。簡単に言えば川を汚しているのは人間の生活そのもでしかありえないということかもしれません。

水辺が好きで、県内の一級河川を歩いている自分としても、国交省のデータと歩いた感触が一致しているのが愉快に感じます。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・・⑧最終回)

Photo

砂浜にはいろいろな造型が

ちりばめられています

これは砂に埋まったラクダが

首だけ出しているようです

Photo_2

こちらでは熱い砂の上で

何かを待っているような

トカゲのような

カブトムシのような

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水辺を歩き続けているうちに

昼におにぎりを食べた砂の丘に

着いてしまった

上には自転車道の柵が見えます

Photo_4

砂の急斜面を登る

右側の少しでっぱたところが

昼食の場所です

砂に足を取られながら登りきる

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今度は砂山の上を

前方に見える浜岡原発に向かい

戻ることにしました

近くに見えても結構遠い

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歩きながら砂の壁を見ると

蜘蛛のようなアリ地獄のような

そんな虫が壁をよじ登っている

しばらく見ていたが彼は登りきれなかった

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たくさん歩きすぎて時間がたった

私の影もずいぶんと長くなってしまった

夏は日が長いのでついつい歩きすぎて

ちょっと心配になります

Photo_8

浜岡砂丘の白砂公園まで戻ってきました

砂丘の中のオアシスです

次はここからスターするのだが

もう終点の御前崎はすぐそこです

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2007年8月21日 (火)

名も知らぬ遠き島より・・・

6カ国協議の5作業部会の内「北東アジアの平和と安全のメカニズム」作業部会が20日モスクワで始まったそうです。なんとなく曖昧な名前の会議ですね。

日本は「日朝平壌宣言」にのっとり拉致問題を解決していくとしています。がんばってくださいといいたいところだが、「日朝平壌宣言」になんて書いてあるかなと思い、もういとど読み返してみました。

宣言は4項目に別れ①国交正常化交渉を再開した。②戦争で朝鮮に多大な損害を与えたことを踏まえ無償資金協力をすること。その上で戦争中の請求権を放棄する交渉をする。③日本と仲の悪かった時に生じた日本人の生命と安全にかかわる問題は今後再びしないよ。④核とミサイルは対話を促進しましょう。要約すると以上の4項目でした。

④は現在進行形で①も問題なし。そうなると③はもうしない(つまり拉致問題は解決済みだし、今後はしないよ)といっているので、向こうとしては文面から言って終わったことになる。つまり「平壌宣言」の文面的に懸案になっている物は、②の日本の賠償問題だけになる訳だ。

もし、宣言の中に「拉致問題を継続協議とする」とうたってあれば、今日本が「拉致問題の解決なくして国交正常化はない」といえるのだ。もう一度、「○○宣言」なる物を取り交わしてはっきりそれをうたわなければ、ただの遠吠えだけになってしまわないだろうか。

文面だけの解釈から言って、平壌宣言の忠実な履行を望んでいるのは北朝鮮であって、日本ではないのではないでしょうか。

平壌宣言のもっとも長い文章は②の「賠償問題」で、もっとも短い文章は③の「もうしないよ」、という文章であることをもう一度かみ締めて、日本の外交問題の脆弱さを見直してみる必要がありますね。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・・・⑦)

帰りは御前崎経由で帰ることにして

国道150号線を走っていた

Photo

途中、浜岡砂丘の看板を見つけ

ひょいと右折してしまった

まだ日がずいぶん高い

少しだけ覗いていきましょう

Photo_2

グッとせり上がった砂の山を見ると

つい越してみたくなる

向こう側の海を見てみたい

観光客がつけた足跡を追うと

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はるか足元に海が見えた

数十年前におとずれた時と

ずいぶん印象が違う感じ

もっとやさしい砂山だったのに

Photo_4

水辺に下りてみると

中学生たちが波と戯れ

その向こうに浜岡原発が

斜陽のなかに輝いていた

Photo_5

この日歩いた菊川方面を望むと

逆光の仲に砂浜が

どこまでも続いていました

少しだけのつもりで歩き出す

Photo_6

水際の締まった砂の上は

とても歩きやすい

少女たちのシルエットもいいものだ

風も少しだけど涼しく感じる

Photo_7

以前のやさしい砂丘の面影は

今はなく、テトラで保護されて砂山は

かろうじて保っているのだろうか

人が手を加えるたびに自然は

弱弱しく崩れ去るものかもしれない

Photo_8

名も知らぬ遠き島より流れよる・・

椰子の実ならぬ真っ黒い浮きが

漣の中に たゆったっていた

旅情を感じながらさらに歩き続けた

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2007年8月20日 (月)

豊かな実りの季節へ

19日タイ史上初めての国民投票が行われたそうです。もちろんはこれもはじめての新憲法案の是非を問うものだそうです。

「微笑みの国」と言われるタイランド。面白いことに政権交代のほとんどがクーデターによる物であることもご存知こと。最近10年以上は落ち着いていたのですが残念ながら昨年9月にクーデターによる政権交代がありましたね。

以前から日本と似てい国民性といわれ、あまりお上に逆らわないおとなしい性格みたいですが、本当は政治家にあきれているというのが共通点だと思います。ですから、一種の軍政みたいで、戒厳令も敷かれていますけど、大して緊張感もない様子。

今度の新憲法案の制定も、いつの時代のどんな国のどんな政権でも、自分たちの都合の良いものに作り上げるのは当然ですね。もちろんその時代のその国の人たちのルールの中で決められることに他国は干渉できないのは当然です。

日本も今後、新憲法を作る目的だけに、まず国民投票案を数年後何とか成立しようと張り切っている人たちがいますね。でも日本の場合は、国民の「世論というクーデター」がまだ機能していますので、少しはましかもしれません。

幾たびの「世論というクーデター」で首相は退陣されましたね。でも、今回の「クーデター」では何としても政権の座に居座る首相の○○劇が展開されています。これも日本の伝統と違った、いわゆる歴史に残る事柄かもしれませんね。そんな首相もいたことを歴史教科書にしっかり記録しておきましょう。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・⑥)

Photo

旧道に出て歩き出す

菊川にかかる国安橋に差し掛かる

菊川をさかのぼった時に出会った橋

ここをクロスして大東町に向かう

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立派な旧大東町役場今は支所かな

城東と大浜が合併その後掛川に編入

それでも以前仕事で訪れた時には

大浜町のランドマークでした

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農業の盛んな地方のため

農協JRも立派な建物です

旧道にはもっと何かに出会える

そんな気だったがあまり感じる物がない

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暑さを避けて神社の境内で一休み

矢柄(やがら)という変わった名前の

神社ですが創建はかなり古いらしい

1193年には再造営の記録があるらしい

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祭神は大国主命と事代主命

大黒様と恵比寿様らしい

五穀豊穣を願う農民の願いを

長い間見続けたのでしょう

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もちろんここは遠州だから

秋葉神社の灯篭も

しっかり道路際に建っていて

その存在を示しています

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氏神様に守られて稲はすくすく

育っています

砂との戦いだった先人から

受け継いできた大切な水田

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稲の穂を見るとその先には

もう花が着いていました

知らず知らずのうちに季節は

実りの時に向かいつつあります

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イチジクも丸々した頭を

太陽に向けてエネルギー充電です

無花果といわれこの中に花を隠し

現れることのない雄を

永遠に待ち続けています

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志太平野には白鷺の群れは

今は見られませんが

この遠州灘周辺ではまだまだ

たくさん群れています

田んぼが生きている証拠ですね

Photo_11

旧道を通ってサンサンファームへ戻る

まだ日は高いしなんとなく中途半端

それでも無理しないでこのまま家路に

つくことにしました

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2007年8月19日 (日)

暑い海の物語

(遠州灘・Ⅴ・・・・・⑤)

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千浜砂丘をいつの間にか

通り過ぎていた

浜岡砂丘まであとわずか2.5km

でも今日はここの辺で戻ろう

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砂の崖が続く丘の上

車が数台止まっている

聞くとハタミを取っているのだが

なかなか取れないので

今日は止めとのこと

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私も崖の上に座っておにぎりタイムです

眼下の浜辺では仲の良い2人連れが

焼け付くような日を浴びている

これ以上熱いものはない

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はるか海の彼方より

空に浮かぶ飛行物体が

ゆっくり近づいてくる

どこから来てどこへ行くのか

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目の前の空間をゆっくり

去っていきます

崖の上で眺めていた青年は

去り行く影に大きく手を振っていました

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食事を終えて今度は山側の道へ

進路を変えて帰ることにする

まずは国道150号へ出ると

歩道は車道より一段低い

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国道よりさらに山側に向かう

公民館の敷地の中に大きな建物

この大きさでは多分中には

町内の屋台が入っているのか

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旧道までの道のりは思ったより

遠かったけどきっと何かがあるかもと

期待しながら遠回りを覚悟で

めざして行きました

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こんな暑い昼日中

歩いているのは私だけだ

塀に原田をつけて歩かないと

このわずかな日陰の恩恵にあずかれない

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2007年8月18日 (土)

龍は海に向かって飛び立つ

6カ国会議の非核化作業部会の2日間の日程が昨日終わりました。「無能力化」の定義は「『不可逆的』ではない」という結論に達したようでヒル君大喜びでした。

不可逆的ではないということは、否定の否定だから、え~と、可逆的ということで、う~ん、つまりは、いつでも核爆弾は製造できる状態にしておくということですね。それならば納得ですね、今回も将軍様の手のひらの上の会議だから、こうなることは結果わかっていたことです。

2月の花火ではすぐにでも核爆弾製造システムは破壊され、挑戦半島には核爆弾がなくなるという勢いでしたね。半年たった今は、いつでも製造可能状態にするという結論ということは、将軍様の核爆弾を(人)質にした拉致外交の成果が効を奏したということになりますね。

本来の拉致事件の方は貢物が少ないせいか、一向に進展しません。かつて、私でなければ拉致事件の解決はできない、といって首相になった人も、最近では私を辞めさせると拉致事件は解決できないといわんばかり。なんとなく「拉致解決」という言葉を(人)質に取られてしまったようにも感じる。こちらは国民に対して「拉致解決」という言葉を「拉致」しているのかね。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・・④)

Photo

春先すっかり砂に覆われていた

自転車道も砂も少しになっていて

かなり走りやすくなっていますね

久しぶりで懐かしさを感じます

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美しいシルエットの自転車専用橋

潮騒橋に到着しました

これから先の海岸線は

まだ歩いていません

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橋を渡り自転車道は浜岡原発まで

ずっと同じように海岸の砂山を

延びているようです

近くの千浜砂丘でお昼にしよう

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砂の上の植物群も楽しいが

流木の造型も楽しい物だ

遠い海に向かって飛び立とうと

流木の龍があたりを伺っている

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砂丘の中の道は曲がりくねり

砂に攻められ次第に埋もれていく

どのあたりを歩いているのか

わからなくなる錯覚の中

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千浜砂丘の一番のポイントはどこだ

なんて探しながら歩いていると

いつの間にか海は向こう側になり

食事ポイントを見失った

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気が付けば砂丘を越えていて

砂の上に咲くお花畑の中にいた

極寒の地でも灼熱の砂の上でも

植物のたくましさ美しさに

人はいやされますね

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自転車道は花で埋め尽くされています

自転車で行く人たちはこの花を

じっくり眺めることもなく通り過ぎて

しまうのだろうと思いました

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小高い砂丘の上から眺めると

ちょうど正面に浜岡のカントリークラブ

世界の歴戦のゴルファーたちが

集った建物がはるかに望むことができました

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2007年8月17日 (金)

砂山は何を語るか

北極海の氷が夏は溶けるのは当然として、その溶け幅が激しいそうだ。50年で氷山が消滅するといわれ、冗談でしょうと高をくくっていたら、16日の発表では30年後には消滅すると言い出しています。

今の人間が地球上で生活するのに、ひとりの人間の消費エネルギーの百倍のエネルギーを消費しながら生きているようです。静かに田舎で生活すればそんなにも使わないエネルギーを、都会ではクーラーや自動車、電気、それに贅沢な食事などで一人の人間には凄い量のエネルギーが知らずに使われている。

温暖化で北極海の氷がなくなり、白熊やアザラシなども危機に陥っていますね。喜んでいるものもいます。北極海を取り巻く国では氷の下の鉱物資源を簡単に掘り出すことができるそうで、今まで折角封印していたパンドラの箱もいとも簡単に開けて地球上に魑魅魍魎たちを解放することができます。それにより地球の温暖化も加速し、氷の溶けるスピードもますます速まりそうです。

北極海海底を早い者勝ちで奪い合いましょうということで、日本も早めに参加しないと手遅れになりますよと、警告している学者もいます。ロシアのように海底に国旗でも立ててきましょうかね。どうやら、まだ地球上の人間たちはその程度の幼稚さしか持ち合わせていないのだからちょっと情けない。

この地球をそこに棲む生き物の共通の財産であるという考え方には、逆立ちしても思いたくないというのが、今のところ人間どもの考えのようだ。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・・③)

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海岸道路は川に遭遇するたびに

少しだけ迂回しています

橋を渡って海岸に戻る時は

それでも少しだけ森の中を歩きます

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わずかばかりだけど木陰があり

ほっと一息つけますが

何せ砂山により海からの

わずかばかりの風さえも

さえぎられ空気が止まっている

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まだ炎天でも風があるだけ

海沿いの方がましかな

その道さえ砂が迫り来て

その存在も危なくなりそうだ

Photo_4

むしろ、アスファルトで道を固めて

自然の風や水の流れを止めてしまうと

その砂山自体は崩壊に向かう

そんな兆候も随所に見られます

Photo_5

自転車道脇に休憩所があります

ここは春先に菊川を歩いたとき

出会った光景です

ここから菊川河口までは

夕日見ながら歩いたあの道です

Photo_6

海岸では家族連れも遊んでいます

このすばらしい砂丘と白い砂

水遊びをするにはこのうえなく

環境の整った景色です

Photo_7

しかしここはなんといっても遠州灘

目に見えない早い潮流なのです

しかも好景気の浜松を控え

海外からの定住者の多いところ

日本人よりその人たちのための

注意書きが目立ちます

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2007年8月16日 (木)

青空にハマユウの花

「朝鮮半島非核化」作業部会が16日午後から中国遼寧省のホテルで始まるそうです。ヒル君いそいそと早めに乗り込んで待っていますね。うきうきしている状態が目に映るようです。

第一段階では原子炉へ制御棒を入れただけで、ちょっと原子炉を休めている状態。制御棒をすっと抜けば又再開できるのに、ヒル君も盧君も大喜びをして5万トンの重油を献上しました。今度の作業部会でどんな貢物をするか否かで、次の段階に進んでやってもいいけど、どうするのヒル君と呼びかけています。

盧君は核なんて問題ないよとばかり、経済協力拡大を打ち出しています。ざっと向こう10年で7~8兆円も提供しましょう。同床異夢の「半島統一」に向けてがんばろうねという訳ですね。

重油は今後使い切れないほど献上されるので、使う施設も作ってもらわなくっちゃ何んて言い出すでしょうね。最近イランと仲良くして、原油を輸入してガソリンなどの製品にしてイランに買ってもらいましょうと言い出した。それならば製品である重油ではなく95万トンの原油にしてくれないかなとヒル君にいった方がいいですね。

蚊帳の外の日本は蚊に刺されながら、しばらくはかゆみを我慢し、仲間に入れてくれるまで指をくわえて待っていましょう。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・②)

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干潮の海岸では白鷺と青鷺が

仲良く並んで餌をあさっています

この海岸の特徴は中州のような

砂の島が海岸から少しはなれてあること

Photo_2

まるで中洲との間に川が流れている感じ

満潮時では水の中になるため

うっかり足を取られやすい

昨日もこの海岸で事故があったそうです

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涼しい水辺を歩いていたが

小さいけど川に阻まれた

飛び越すにはちょっと広すぎ

やむなく砂山の自転車道に上がる

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さすが自転車道は暑い

日をさえぎる物がなく

ジリジリと音がするほど

肌が痛い

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砂丘の砂が少しずつ道路に

進出してきています

いつまでこの自転車道は

持ちこたえるのでしょうか

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そんな暑さの中でも

ハマユウの花は青空に

すくっと立ち上がり

元気付けてくれています

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そんな中でも若者は元気です

なぜ自転車道に車があるのか

なぜ人が日光浴をしているのか

わからないままに通過します

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2007年8月15日 (水)

海がめたちのふるさと

8月15日は日本が戦争に対して降伏を宣言した日ですね。高校野球の試合の途中で黙祷をするのでおなじみですが、未だに戦争に対する呼称や8月15日に対する呼称について議論だ出ていますね。

戦争については「第二次世界大戦」「先の大戦」「太平洋戦争」「大東亜戦争」「日中戦争」「十五年戦争」「アジア・太平洋戦争」などの呼称で呼ばれていて、それぞれがそれそれぞれに、みな思惑がある言葉になっている。8月15日についても「終戦記念日」「敗戦の日」なども同じくそれぞれの思惑を感じます。

なんでこんなにたくさんの呼び名があるのかななんて思うかもしれませんが、実はよく考えてみるとこれらもあくまでも日本から見た呼称でしかないのに気が付きますか。

アジアの他の国から見ると1945年8月15日の日々と、それからの日々を日本とは違った意味で受け取っています。インドネシアでは8月17日が独立記念日でした。何百年もの植民地から開放してくれた日本も半植民地的支配を強要、しかし2日前の日本の敗戦により真の独立を勝ち得たのであり、15日ではなく17日が最大の記念日なのです。中国から見れば、日本の侵略から開放された日であり、勝利の日でもあるわけだ。

最近の戦争はどこで始まりどこで終わったのか、又終わるのか終わらないのかわからない状態ですね。しかも勝ったのはどちらかもわかりません。

アフガンもイラクももっともらしい理屈はつけている物の、あくまでも片方からしか見た、見方しかできないのが戦争に対する人間の悲しさです。武力でしか国を守れないと強調し、相手が攻めてきたら困るから軍備を拡張したり核も保有しなければと考えれば、完全なる安全を得るには軍備は際限なく広がってしまう物です。

8月15日が来るたびに、昨年より人類は多少でも成長したかなと、考えて見ます。最近は成長というより退化しているような気がして仕方がない。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・①)

7月31日

47000歩 6時間半

大須賀ーー浜岡砂丘

006

7月の最後の日

朝寝坊した関係上

富士山ではなく遠州灘方面に

向かうことにしました

前回の大須賀から菊川河口を

目指したのに浜岡砂丘まで行きました

Photo

出発のサンサンファームは

開店が9時だが終わりが17時で

早く、ひょっとして駐車場がしまるかも

ということで帰りの時間を考慮に

入れながら歩き出しました

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ファームの隣にはビニールハウスが

並んでいて季節にはイチゴ狩りや

メロン狩りなどもあるそうです

花などの栽培も盛んなところです

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ハウスの並ぶ国道から海岸に向かう

途中のハウスを覗いてみると

メロンの取り入れの終わったあと

無造作に転がっている物もある

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外では休ませてあるのか

次の準備かイチゴの苗が

並べられてありました

太陽が燦燦の遠州灘地方です

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浜に出る直前はいつもの砂山

ここ遠州灘は他の海岸と違い

海から街を守るのは数百年かけて

作り上げた砂山だ

先人からの貴重な遺産なのです

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白砂と砂山とそこに生える松林

これが延々数十キロにわたって

続く海岸は海がめたちのふるさと

悲しく思えるのは水際を走る轍の後

人が守らなければ地球は保てません

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夏休みの入って平日でも

海には人が遊びに来ています

引き潮の海岸で貝拾いかな

近くによって見ましょう

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遠浅の海岸でアサリ狩りのようです

静かな波と丸く見える水平線

のどかな家族連れの朝のひと時

水辺には涼しい風がありました

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水際の流木には

蟹の爪のような形の貝が

びっしりと付着していました

長い間ここにじっとしているのかな

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海に帰り損ねた貝が

砂浜に取り残されています

砂の上で昼寝でもしていたのかな

砂を踏みしめ先を急ぎます

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2007年7月31日 (火)

厚切りハムはいかがですか

安倍君は元気いっぱいで「一層の緊張感を持って職務に当たってもらいたい」と閣僚に檄を飛ばしたそうです。首相が辞めないという以上、首相は続投できますので、いつものように法にのっとってがんばってください。法律の範囲内であれば何をやってもいいわけだからなんら恥じることはない訳だ。

朝青龍だって法にのっとってちゃんと診断書を出して、巡業を休んだのだからとやかく言われる理由はないのに、一般人のスクープ映像が放映されると、理事長に呼び出されて起こられるなんて彼にとっては間尺に会わないでしょうね。規則通りちゃんと診断書出してるのにな~ってとこですね。

今回のバンソコウ選挙で赤木君もノーコメントを決め込んでいますね。何で俺が攻められるのだ、俺は法にのっとって、しかも一国の首相がいいって言っているのに何で世間が騒ぐんだ。選挙結果だって俺のせいじゃないよ、もしそれを言うなら、俺をやめさせられるのは首相だから、首相が辞めろといわない限り、法的には何にも問題ないじゃないのてなところですね。

まあそんな訳で、歴史に残る首相になっていただきたい。不信任決議出されても「安心してください、私はやめません」といまや専売となった的外れな安心の押し売りで、跳ね除けてください。歴史に残る農相というのもいいね。領収書は改ざんできる物だから、もし提出せよといわれても今のうちにちゃんとつじつまを合わせておいてくださいよ。人情論や倫理論では大臣を辞めさせることは法的にはできません。やいのやいの言われたら「私のように法にのっとって」やれと堂々といい続けてください。

3人ほど途中リタイヤした大臣も居たけど、それじゃあ普通すぎて歴史に名を残せません。根性根性。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・・・⑧最終回)

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横須賀城から旧街道を

そのまま歩いていくと

袋井の町に向かってしまう

街道を離れて海に向かって歩く

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大須賀の町から浜松までは

さえぎる山もない大平野だ

天竜川が作り出した県内一の

平野に稲田が青々と広がる

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国道150号に出て

一気に福田に向かって帰ります

周りの景色もあまり変わらないので

わき目も振らずに歩いていたらで

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でっかいねずみの母さんが

おいしそうな厚切りハムをお皿にもって

お兄さんちょっと寄って行きませんかと

声かけました

・・・旅を急ぐものですから・・・といって

丁重にお断りしました

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太田川の橋の袂の交差点

ここまでくれば福田漁港までは

一本道で2,30分で到着だ

もう一息がんばろう

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夕暮れ近い漁港には

まだまだ釣りをしている家族連れが

いっぱい居ました

さてさて今晩のおかずは獲れたかな

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2007年7月30日 (月)

城跡に風が止まる

このところ注目して見ていますが、韓国のボランティアグループのアフガンでの拉致事件で、自己責任論がぜんぜん出てこないことにほっとしています。

日本では民間ボランティアが拉致された場合、自己責任論で世論が定着していますね。もう忘れがちですけど、あのイラクでの拉致事件で、なぜ自己責任論が定着してしまったのかもう一度検証してみる必要がありますね。

韓国の場合は国を挙げて救出作戦をしていますね。ローマ法王も29日「人間の尊厳の重大な侵略」とまで言っています。この言葉は北朝鮮による日本人の拉致被害では散々表明してきた言葉です。

韓国の北に対する柔軟路線では、日本人より多い拉致被害者を抱えながら、ほぼ不問に付している向きもあるのに、今度の拉致については挙国体制で臨んでいるようですね。ただ、アフガン政府はタリバン幹部を開放すればアメリカが大変怒るので、韓国が負担する身代金での解決に、糸口を模索しているようですね。

自己責任論も挙国体制での救出も、柔軟路線も、強行路線も時流の変化により、変わっていく物なのですね。それ故に、その時の権力者の向いている方向に国民の命や生活が大きく左右されていく。権力者はその責任をどれだけ理解して舵を取っているかですね。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・・・⑦)

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大須賀の浜松寄りの町外れまで歩く

南側には海が開け北側は山

町を包むように川が流れている

風水で言う最高の立地なのである

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町外れには横須賀城跡がありました

地名は大須賀だけれど横須賀とも

この地方は言われます

城は横須賀の名前です

Photo_3

この城は日本の城が

山城から平城に移る過渡期の

時代を象徴する城であるらしい

模型で見ると海がすぐそばまで

迫っているのが以外だった

Photo_4

石垣の石組みは面白い組み方です

どう見ても川や海の転がっている

丸い石を積んだだけに見えますね

これもこの城の特徴になっています

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城跡にたたずむといつものように

「夏草やつわものどもが夢のあと 芭蕉」

を口ずさみたくなります

芝生の上でしばし目を瞑る

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三河尾張遠江信濃甲斐駿河

歴史の接点がこのあたりに

渦巻いているのがひしひしと感じられ

甲冑の音が今でも聞こえそうです

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2007年7月29日 (日)

三熊野神社の蝉時雨

北京市公安局がインターネットでサッカーの試合をやじるよう扇動した20歳の男を拘束したそうです。男はやじを行う「連盟」まで作り組織的に活動していたようだ。公安局は「マナーのある観戦」を呼びかけているという。

思い起こせば04年のアジアカップのあの騒ぎが思い出されますね。世界にあの時の印象が定着した物だから、北京五輪に各国が危惧していることに神経を尖らせているのでしょう。

アジアの国民性は相対的に国家に対して従順の物だといわれています。国の指導者の方針に従って、どんな風にも変わってしまう。一億玉砕といえばその方向に、行った時代もありましたね。04年の騒ぎも15年ぐらいかけて当局が作り上げてた排日運動の成果が「愛国無罪」という形で現出した物。影では当局の人間はその成果に喜んでいたようにも感じました。

今度拘束された20歳の青年は、その当局の教育の成果というより、犠牲者かもしれませんね。彼らの世代の仲間たちには教育によりインプットされた「排日・抗日」思想は多分一生消えることはないと思います。

もちろん、これは中国だけの問題でなくアジア全体の問題でもあります。日本人である我々だって同じことが言えるわけですが、自分たちのことについてはなかなかわからないのも又、人間の浅はかさということですね。

当局が方針を変えつつある現在、これから新しい教育を受ける子供たちに期待していきたいと思います。日本も「愛国教育」にこれから力を注ぐそうですが、「愛・地球」教育であってほしい物ですね。けっして「愛国無罪」教育ではないことを祈ります。

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(遠州灘・V・・・・・・・⑥)

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大須賀には有名な三熊野神社がある

歴史上徳川家の旗本は

徳川家成立に大きな力となり

正史には華々しく登場しないが

れっきとした存在感がある

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そんな旗本の大須賀家の存在

そして現在の大須賀の静かな町並み

三熊野神社の祭礼に隠された

謎の暗号・・・・・・・

Photo_3

なんて歴史ミステリー小説風な

想像をたくましくしながら

江戸の三社祭の関連性などを

勝手に膨らましていた

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静かな町の中にも

こうした「い・ろ・は・・・・組」の

御殿屋台を収める蔵が

いたるところにある

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ちょっぴりさびしい七夕飾りですが

その根底に流れている歴史の影が

何か底力のように密かに

渦巻いているように感じました

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2007年7月28日 (土)

歴史の街道に蒲の穂が

いよいよ明日は参議院議員選挙の投票日ですね。どうやら、期日前投票が1000万票を越えそうな勢いですね。こんなことは今までにちょっとない現象に思います。

折角投票日を遅らせてまで投票率を下げようとした工作も思惑はずれになってしまったようですね。有権者が、どんな反応をしているかは、少し読めましたね。もしかしたら、なめられっぱなしだった国民が怒っているのかもしれないと、ちょっと怖い感じに思います。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・・⑤)

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サンサンファームから山よりの

街道筋の町並みに向かって歩く

このあたり田植えが終わっていないところも

まだありました

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のどかな田舎道を歩いて

大須賀の町に入る

太陽はあくまでも燦燦と輝き

道野辺の花たちも生き生きとしています

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街道筋に出て左に折れることにした

折れずにまっすぐ山に向かっていけば

この春訪れた高天神城に向かう道だ

街道筋には大須賀の資料館も見える

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何気なさそに寺も現れる

ここは古い昔から歴史上

かなり重要な地点のはずだが

少し人々に忘れ去られている感じだ

Photo_5

行き過ぎて妙に気になる景色

確かこれ蒲の穂(ガマノホ)だよね

あまりにきりりと立ち上がっているので

少々たじろいでしまった

まさにフランクフルトソーセージだね

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町内の歴史を的なものや

祭りを紹介した案内板があり

何とか町おこしにがんばっている

そんな感じがします

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人っ子一人歩いていない町の中

旅人も次第に歴史の迷路に

誘い込まれて行くようです

この先には何が待ちうけているか

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いきなり酒屋現れた

雰囲気出してるけれど侍も居ない

水桶も酒樽でできているし

ひさしの上にも酒樽を積んでいる

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細い小路の奥に何かありそうだ

良く見るとはねつるべが見える

昔から町内の共同の水汲み場

そんな案内板が立っていました

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2007年7月27日 (金)

真夏の花に声かけられて

今度の農相はたくましいので、大丈夫でしょう。大丈夫と言う意味は政治屋さん商売を忠実にやっていると言う意味です。前農相はあまりに真面目すぎ、徹底的に誰かを守るために命を懸けてしまったと素人目には映りますね。

今の時代、命をかけて守る他人が居ると言うことは、幸せなことかもしれませんね。いつの時代でも、守られた人は、守った人ほどそのことを重要と思っていないことは、周知のこと。でも、守った人がそれで幸せならば、それはそれですね。

今度の徳彦君の場合は、そうは映らない分、政治屋商売にまい進してますね。だから大丈夫ということ。領収書は公開しませんが、領収書はコピーして2回も使ってしまう裏技を○○事務所が使ってしまうすごさ。これは「事務処理上のミス」だそうです。だからごたごた言っちゃあいけないよ・・・てなところですね。

一般社会の常識で理解しようとするから、無理があるわけだから、もともと魑魅魍魎の世界の出来事だと思えば、不思議でもなんでもないですね。

まさか、農相になった自分が居なくてはこの国を守っていけないなんては思っては居ないでしょうね。誰がやっても大丈夫だよ。外国は農相と交渉しているのではなく、その背景に居る日本の国民を見ながら交渉しているのだ。どこかの会社の社長も自分が居なくては・・・・なんて錯覚してしまうこともままあるから同じような物だけど・・・・・。

役人とは国民の役に立つ人間であることを肝に銘じてくださいね。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・・・④)

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どんな炎天下にあっても

花たちはそれぞれに

自分らしく咲いています

たとえ旅人に気付かれなくたって

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林の中からは首を伸ばし

おーい そこ行く旅人さん

なんて 逆に声をかけている

ゆりの花

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海岸道路も長く歩いたので

ぼちぼち国道へ出てみよう

自分が今どの辺を歩いているのか

わからなくなってきたから

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国道へ出てさらに東に向かう

ずいぶん歩いたようだが

なかなか見覚えのある景色に

出会わなかったが

ようやくサンサンファームへ到着

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道の駅ではないけれど

そんな感じのところ

軒先を借りてお弁当を広げた

冷たい物が売れていました

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ここは大須賀というところで掛川市

なんといってもメロンの産地です

お土産を郵送している人もいました

壁の凧はご当地有名な凧です

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ここを今日の折り返し点に決めていたので

何かお土産でもと思い

メロンでもと思ったが思いとどまり

お菓子でも物色していると

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なつかしい小メロンの漬物発見

昔々ここに寄ったとき始めて買った物

今では珍しくなくなったけど

今度は小メロンの粕漬けと奈良漬を

そして浜松で買い損ねた

しょっぱい浜納豆もついでに買いました

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2007年7月26日 (木)

龍が迎える自転車橋

全国1月から6月の交通事故の死者が1954年以降で最小を記録したそうです。この分だと年間記録も最小になりそうです。

飲酒運転の取り締まりおよび罰則の強化がかなり効いているとのこと。何につけ喜ばしいことですね。事故の多い静岡県も32人減の83人とのこと。約28%ぐらいの減と言うことになる。凄い効果ですね。

私も車が好きで、結構乗り回していますが、最近は道路が運転しやすくなりました。それというのも、国道1号線バイパスの無料化で、旧国道も流れがよくなったことがあります。一概に飲酒運転だけでなく、道路のせいでもあるわけですね。

ガソリンの値段のかなりの部分を道路財源に充てて、日本の道路を良くしてきたわけで、私も大いに貢献したことになる。一時、その財源があまってきたかから、税金を安くしようといったら、一度かき集めるシステムを作り上げた物だから、容易に離そうとはしなくなって、ほかに転用するとのこと。この財源がなくなったら、天下りを食わせていけなくなるからかな

今のところ、静岡市内だけがバイパスのネックになっていますが、来年には高架化が完成して、何とか渋滞もなくなるかもしれませんね。そうなれば、又事故も減ることでしょう。

交通事故死の少ない沖縄。一昨年行った時は、ほとんどの人がゆっくり走っていました。交通ルールもしっかり守られていて、他県の人も見習わなくてはと思いました。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・③)

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松林の中の砂山を登っていく

前方にあるのは屋根瓦をいただいた

展望台でした

ちょっと見はお城でした

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こちらの展望台は見晴らし抜群

今まで歩いてきた遠州灘が

一直線に眼下に見えます

風も肌に心地よい

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海とは反対側には大渕の町並み

その向こうは小笠山がゆったりと

横たわっています

帰り道は山懐を歩こう

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この展望台はコンクリート造りだけど

一見砦風になっていて子供たちの

アスレティックの遊びのコースです

それにしてはあまりの頑丈さにびっくり

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弁財天川に弁天橋がかかっていて

もちろんここも自転車道です

ちょうどこのあたりで袋井と掛川の

市の境になります

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橋の前方には大きな風車が

ゆったりと回っています

遠州灘は空っ風で有名な所

海岸線にズラーッと並べれば

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立派なエコ発電施設の出来上がり

という事になるのにもったいないな~

といつも思います

海岸線に民家も少ないことでもあるしね

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橋を越して再び自転車道へ

海を見てみると先ほど出会った

男たちがこちらの海岸に回ってきて

波打ち際で騒いでいる

私が教えたように貝を探していました

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2007年7月25日 (水)

灼熱の自転車道

2008年から2012年までの間に1990年の温室効果ガスを6%減らしますという日本に割り当てられたノルマ。いわゆる「京都議定書」の達成が極めて厳しくなっていたと音を上げています。

いまさらいわれたって、困るよね。1997年今から10年前に京都で採択され、アメリカが温室効果ガスを減らすことに意義がないとゴネ、批准しないまま2005年に発行して、さあがんばろうといった矢先。肝心な日本がまず、音を上げていては始末に終えない。

ヨーロッパを襲っている熱波で死者が大勢出ていますね。イタリアでは大規模な山火事、イギリスでは大洪水。アメリカ流にいえば、この異常気象は温室効果ガスとの因果関係はない、と言いたいところでしょう。

先日のドイツサミットでは「京都議定書」をチャラにしようと言う感じの日本の首相の発言。これは、自国の目標が達成できないところから、大幅に後退した対策を掲げ、ブッシュ君に尻尾を振った提案でしたね。

本来は「京都議定書」も地球のためには、遅い対策なのだが、現時点の日本はー6%どころか+7.8%になってしまっている。単純計算13%以上減らさないことには、目標達成できないのだ。

さあどうしましょうか。社保庁同様、いつもの作戦で行きましょうか。つまり、未来の人間に付けを回すという十八番で・・・・・・。

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(昨日はココログメンテのためブログ一日休みました)

(遠州灘・Ⅴ・・・・・・②)

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ここ遠州灘は日本でも有数の

アカウミガメの産卵地です

海岸の美しい砂浜を守ること

それが彼らの保護にも大切だ

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海岸沿いの炎天下を歩くのは

健康にはちょっとばかり危険です

幸い展望台があるとのこと

これを機会に松林の中へ

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結構高い展望台ですが

なんと周囲も松林より低い

と言うことは登っても

景色はぜんぜん見えませんでした

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少しからだの熱を冷ましてから

松林の中の自転車道を歩く

少年のチャリダーも元気良く

走り出していきました

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しばらく快適に日陰を歩いていたのだが

またまた海沿いの道になってしまった

海岸では家族連れがバーベキュー

砂の上はかなり暑そうだ

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海を見ていた男たちに

大渕海岸の所在を教えてあげた

彼らは「ハタミ」という貝を採りに来たのだ

大きな二枚貝で昔採ったことがあったので

採り方も教えてあげた

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しかしここは天下の遠州灘だ

海岸から少し離れたところの

白波が立っているあたりが浅くなって

その手前が深くなり、まるで

川の流れのようになっているのだ

うっかりすると人が流されてしまう

そこのところを注意しておきました

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自転車道は再び松林へ曲がる

前方松林の中に小高い森が見える

その中にお城のような屋根も見えます

何だろうね、行ってみよう

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2007年7月23日 (月)

日曜日のサーファーたち

「百姓は生かさぬように、殺さぬように」というのは日本の昔からの為政者の座右の銘といったところですね。現代に置き換えれば「サラリーマンは・・・・・」ということになりますね。

つまりは、国の財政を負担する人間を、殺さない程度に搾取することが政治屋さんの仕事になる。その財源をどう使うかと言うと、自分たちを護ってくれる者に提供する訳だ。これは日本に限ったことではないでしょう。特にその典型的な国が近くにあるのでわかりやすいですね。

従来日本は所得税などによって何とか運営してきた。そこで、もっと税金を集める方法として、消費税の導入を図った。名目は何でもよく、たとえば福祉に使うからと言えば聞こえが良い。裏返せば今までの税金は福祉に使わない訳だ。3%から5%へ、次は7%かな、いや一気に10%といきましょう。目的は何にする、聞こえが良い物を考えればよい、という訳だ。

素人目から考えると、日本の景気が悪くなったのは、あのなつかしい消費税3%導入からだったように思います。それから5%になりますます悪くなって、「百姓(サラリーマン)は」辛抱しながらがんばった。リストラの波やフリーターまで作ってがんばって、景気を悪いなりに横ばい状態にさせていたら、「景気が良くなってきたから、今度は消費税を上げましょう」と言う方向に話が変わってきてしまった。景気が良くなれば、原資が多くなるから消費税を下げるべきなのに、話の方向が違う。

要は理屈は何でもいいわけだ。とにかく「生かさぬように・・・・・」が座右の銘だから・・・・。それを支えるのがお代官様には逆らうことをしない、怒りを忘れた「百姓から受け継いだDNA」の伝統だから・・・・。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・①)

7月8日

福田港ーー大須賀(サンサンファーム)往復

42000歩8時間20分でした

さて梅雨時の天気は富士山を隠す

やむなく、遠州灘に足が向かった

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遠州灘もがんばれば今回を入れて

あと3回で終わりますが

もっとゆっくり行こうと思います

今のところ4回を目標にしよう

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スタートの福田(ふくで)港は

日曜日とあって巨大釣堀には

家族連れが多く

本領発揮といったところでした

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前回は気が付かなかったけれど

港の一部が人工の砂浜になっている

遠州灘は大小の砂丘の浜辺が連なり

人工の浜辺を作る必要は?などと

考えてしまった

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港から海岸の砂浜を歩くことにした

港の防波堤のすぐ脇から

遠州灘の波が押し寄せている

たくさんの人が波間に浮かんでいる

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どうやらここはサーファーたちの

天国のようでした

波の様子も結構良いみたい

みんな気持ちよさそうですね

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海岸の砂に足を取られながら

しばらく歩きます

日曜日の海は結構にぎやかです

普段日曜日はあまり歩くことが無いので

違った雰囲気が感じられて楽しいね

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さすがに砂浜を歩くのは疲れるし

距離も歩けないので

「砂の上の植物群」の上に戻る

海岸には釣り人の姿も多かった

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さらに松林の方へ向かう

太平洋岸自転車道が

一直線に海を見ながら

延びています

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自転車道を歩き磐田市から

海岸沿いに袋井市に入る

こちらでもサーファーが群れていました

遠州灘の波と海岸は

彼らの心をくすぐるのでしょう

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2007年7月12日 (木)

港は巨大釣堀だった

「段ボール紙入りの肉まん」が北京に路上で売られていたことが話題になっていますね。昔からのジョークで「空を飛ぶものでは飛行機、4つ足では机以外のものは何でも食ってしまう」と言われた中国ですから、別に驚くことでもないでしょう。

以前、中国観光旅行に行ったとき、朝の散歩で可愛いお嬢さんたちが売っていた肉まんがおいしそうだったので買ったことがありました。当時1元が17円の時でしたが、1元で2個買えました。とてもおいしかったことを覚えています。登校する小学生のほとんどが、その露天で買っていて、これが小学生の朝のスタイルなんだなと印象に残っています。

どうやら複数の露天で段ボール紙肉まんを売っていたというのだから、昨今の日本の偽装ミンチ同様、困ったものですね。日本の場合は賞味期限切れや他の肉であって肉に違いないが、化成ソーダ処理した段ボール紙が6割では「肉の入っている段ボール紙」になってしまうね。

世界中が中国の食品問題で騒いで居たので「マスコミが問題を大きくしすぎている」といって怒っていた中国政府の役人が居ましたね。最近、中国の国内では20%ぐらいのものは安全基準を満たしていないが「輸出品の99%以上は安全基準をクリアしている」と表明していました。

99%以上と言う数字をどう解釈したらいいのでしょう。99.9%以上ではないことは確かなんでしょうね。現在のドラッグストアでもスーパーでも何千と言う数の商品が並んでいますね。日本ではそのすべてが安全であることが前提な訳で、もし1%の物、つまり1000の商品のうち10個でも危険な物があれば、大問題と言うことになる。その感覚から言っても「中国の輸出品の99.99%の製品は安全な物だから、マスコミが大騒ぎしていけない」と断言するだけの国であってほしいものだと思います。

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(遠州灘・Ⅳ・・・・・・・⑦)

この巨大な港を散策する

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港の松林側に小高くなった所

整地はしてあるのだが草ぼうぼう

何ができるのか

何を作ろうとしているのか

意図が計り知れない

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岸壁では釣りをしている人たちが

のんびりと竿先を見つめている

「小鯵を狙っているんだけどね」

バケツにはまだ水しかなかった

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構内の防波堤にも変わった物が

何で手すりがついているのだろう

階段もあると言うことは

上りなさいということか

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上ってみてこの港のことが

やっと理解できました

一列に並んだ椅子は釣り人の椅子

なぜか釣り禁止の右側に人は

竿を出しています

そう、ここは巨大釣堀だった

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つい先ほど構内に入ってきた船

一艘だけだったけど

荷捌き場の片隅で数人の男たちで

競りが始まっているようだ

焼津の港を見て育った先入観で

物事を見てはいけませんね

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港で少し時間を費やしたので

この日はここで折り返すことにしました

背後にある松林の中へ階段が

日陰を求めて入っていくことにする

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松林の道はさわやかな風に

心がほっとする感じがする

体の表面がかなり暑くなっている

しばらくここでクールダウンだ

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2007年7月11日 (水)

巨大な港の静けさに

総務省の「年金記録確認中央第三者委員会」の梶谷委員長が記者会見で「国民の申し立てに対し性善説を前提に判断する」と話したそうですね。

「性善説」なんてなつかしい言葉ですね。昔学校で教わったような気がしますが、ほとんど詭弁として冗談交じりに普段使っている言葉ですね。昔の哲学者が唱えた理論で確か「性悪説」とは、ずいぶん相性がいい言葉だと思うので、両方とも冷やかし半分に使うには都合がよい。その代わり、真面目にに使おうとすると、逆にとばっちりを受けそうな言葉ですね。

一般には「性善説:一見悪に見えてもその本質は善である」「性悪説:一見善に見えてもその本質は悪である」と言う解釈が、素人受けする説明だよね。

この場合国民の本質は「善」で社保庁の本質は「悪」と言いたいのだろうか。それとも、大多数の国民は「善」だけど、「悪」も居るという中途半端なことを言いたいのだろうかね。本来この問題の発生からいって国民の「性善説」なんか持ち出さずに、社保庁のいわば国の「性悪説」だけ持ち出して説明した方がわかりやすかったのではないか。

したがって「国や社保庁の「性悪説」を前提に、年金記録を確認する」と言うのが、国民が一番納得する説明のような気がします。問題発覚から終始、国民の側へ問題転化したい気持ちもわからないではないが、もうぼちぼち、そこから脱却した論議に移ってもらいたいものですね。

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(遠州灘・Ⅳ・・・・・・・・⑥)

船溜まりをてっきり福田港だと思ったら

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その先に大きな港があるようだ

私が見たのは左上の「 型の部分で

海側にはその何倍もの広さを持った

港が控えている

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広々とした港の中央に

人工の土手が築かれている

以前見た御前崎の近くの

地頭方港にも同じ土手があった

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土手に上ってみることにする

階段まで地頭方港と瓜二つだ

地頭方港は「亡国のイージス」の

映画の撮影場所だけれど

この港は何かに使われたのかな

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土手の上には展望台になっていて

休憩所もできている

他の港では見たことの無い土手は

防災のためかなんだろうね

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土手の上から見える港は

カメラのフレームに納まりきれない

大きな港だった

一艘の船が帰ってきたけど

他には船の姿が無い

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船の居ない巨大な港は

昼下がりゆえに何か不気味な

静けさを漂わせていた

潮の香りさえどこかに消えたような

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2007年7月10日 (火)

野茨のさく土手の道

塩崎官房長官が民主党のマニフェストを批判して「捕らぬたぬきの・・・・」との談話。その中で「談合の撲滅は・・・・・簡単にできることではない」とおっしゃったとか。

行政府の官房長官がそういうなら、談合撲滅は相当難しいことなんでしょうね。難しいことはわからない一般国民から見れば、談合は悪いことだと思っているので、談合は犯罪であり、絶対やってはいけないことだと、長官が宣言して、びしびし司法に取り締まってもらうと言うのが当たり前だと思うのだが。

長官の発言を国民の側から聞くと「談合なんてものは、撲滅しようとすればいろいろ弊害も出てくるから、そんなにかたくなに撲滅なんて考えない方が世の中うまくいくじゃないの」なんて聞こえてしまうのは、こちらが無知だからなのか。

一党独裁の中国では昔から汚職天国だったみたいだね。9日付の中国各誌の報道では中国の最高裁と最高検が汚職・賄賂の基準を明確にしたと報道されています。その中にたとえば家族はもちろん愛人が賄賂を受け取っても断罪されるとまで規定されているそうだ。これで、びしびし摘発に取り組めるとのこと。

日本はその点、汚職の原点になる、談合なんか撲滅するのは難しいなんて行政府の長官が言っているのだから平和なものですね。賄賂を現代日本語では「政治献金」といっているので、本来持っていた美しい日本語の「政治献金」の意味が誤解されがちですね。未だに明治維新の薩長政治では「お代官様もお人が悪い・・・・・・ムフムフ」が続くのもやむなしか。今話題の事務所経費問題なんてものは枝葉末節で、もっと根本的なところを是正しなければ、議員は目覚めることはできないかもしれないね。

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(遠州灘・Ⅳ・・・・・・・⑤)

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橋を渡って再び海岸を目指す

こちら側の土手はそのままの状態で

両側から虫たちの声が

私を包みこむように聞こえる

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どうやらここが太田川の起点

でもここから海岸までは

まだ数百メートルはありそうだ

河口には衝立のような物が見える

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土手のあちこちに延び放題の

野茨の枝が広がり

可憐な花をつけていました

今が盛りなのでしょう

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河口の先端にあった衝立の内側は

福田港でした

衝立の隙間から覗いた港は

小型の船が数十隻停泊していました

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衝立に沿ってぐるりと回ると

こちら側にも船が停泊している

もちろん昼の港だから静かだ

L型の港なんだとこのときは思っていた

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2007年7月 9日 (月)

ハマボウは温帯のマングローブ

我県のI市の市議会議員のある会派の一つK会が政務調査費を市からいただくのを辞退すると言うことになったらしい。どうやら、政調費で行ったある会議で、他県の議員が会議を抜け出し観光していたのが発覚、自分たちが同一視されたくないと言うことで辞退するようです。

何か、ピントが外れすぎて、どう解釈していいものやら考えてしまう。議員には研究研修費や調査旅費、広報費、事務費などが認められていて、それは当然なことだけれど、何で辞退するの。地方と言えども政治家の端くれだ、政治家とはその身を挺して住民に奉仕するのを本望とするはずだし、そのために住民が困窮している状態とか住民が望んでいる方向は何かを常に研究調査して政治に反映する義務があるのですよ。

だったらそれを調査したり研究したりするために欠かせないお金なら住民はいくらでも税と言う形で提供します。もちろん、堂々と使うお金だから、やましいものは無いはずし領収書を出せとは言わないけれど明細をはっきり出せばいいことですね。明細が不明ならば領収書を確認させていただくのはいいでしょう。

議員はその報酬としてちゃんと給料はいただいていますね。でも、タクシーの運転手だって、車が無くては仕事ができません。お店屋さんだってトラックの一つも必要でしょう。つまりこの場合の車は仕事をするうえでの道具です。政治家は調査したり研究するのもそれ自体必要なことなのですよね。だったらそれを辞退すると言うことは、道具も無くて家を建てる大工さんみたいなものかもしれない。

市民の代わりに議会に行っているのだから、代議員言うのでしょう。政務調査費を辞退すると言うことは仕事を放棄することになりませんか。

どこかの国の首相が、大臣の事務所経費に対して、領収書の公表はしないようになんて指示していることに、国民が変に思っていることを、ひょっとしたら自分たちにとばっちりが来るのではないかと恐れてのことですか。あの国はね、青年を政治から遠ざけることで成り立っているのだから、先行きは見えていますね。そんな国とあなた方の市と一緒にしてはいけません。

あなたたちのように正々堂々経費を計上し公表していところでは、今まで通り、しっかり政務調査費を使って市民のために奉仕していただきたいと思います。

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(遠州灘・Ⅳ・・・・・・・・・④)

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太田川は一見したところ

菊川より大きく見えます

でも菊川は1級河川で

こちらは2級河川です

それだけに開発から遅れた分

自然が残されているのかもしれない

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カニ達が遊ぶ干潟からは

前方にこんもりした森が見えます

海岸などで見かける

ハマボウの群落のようです

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その一角に野鳥の観察小屋

上ってみたがどうやら土日しか

戸は開かないらしく

ベランダからの観察になったが

あまり意味ないね

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ベランダから見るハマボウの林

なるほどこれだけの群落は

今まで見たことが無い

やはり圧巻です

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林の中へ少し入ってみる

以前南の国で見た

マングローブの林のようだ

こういった林の中はなぜか

気持ちが穏やかになりますね

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川をさかのぼり国道まで出る

その間の河川敷は公園になっていて

なぜかミニ列車のレールがある

もうこれ以上の開発はやめてね

彷僧川と太田川の人を癒す景色が

いつまでも続くことを願います

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海からの最初の橋は

国道150号線です

気持ちよい川風を受けて

対岸を目指します

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2007年7月 8日 (日)

環境保護って何だろう・・と

参議院議員選挙の公示がまだされていないのに結構世間がかまびすしい。参議院は「良識の府」と言われていたころが、なつかしい昔話になってしまったね。民主党の小沢代表は政治生命を賭けるとまで言い出し、今度の選挙で負けるようなことになったら政治家をやめるとまで言い出しています。

もう一度貴族院の原点に戻ってとまでは言わないが、参議院議員に立候補するものは党籍をすべて離脱してからでないと立候補できないようにしなければならないと言うことにならないか。元論、議員数は半分以下でいい。衆議院で可決したものをチェックして、拒否権を持って廃案にでき、参議院で拒否されたものはその国会の会期では再び提案することができなくする。

当然、衆議院は「良識の府」の参議院で拒否されないように、真剣に議論しなければならないし、5時間で提案から採決なんてことになったものは、参議院では常識から言っても拒否されることになるのを覚悟しなければならなくなるはずだ。そうして、始めて日本の政治が原点まで戻り、本当のスタート台に立てるかな。

今回の参議院選挙はどちらが勝っても、参議院がこのままでは、衆議院のミニ版の範疇を抜けることはできないのだから、世の中の進歩にはまったく影響は無い。政治生命を賭けるほどのものでもないでしょう。

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(遠州灘・Ⅳ・・・・・・・・・③)

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歩行者自転車専用道路を歩いたが

ここで土手とはなれることになるので

あくまでも土手の道を選んで

歩いていくことにした

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彷僧川がそろそろ終わるころ

前方に水門が現れた

今まで自然を楽しんできたので

意外な展開に驚いた

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それにしてもでかい

巨大ロボットが海を見て

並んでいるように見える

潮の監視ではなく敵の監視か

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食事の場所を探しながら

川の先端まで歩いていく

どうやらここは公園になっているようだ

大田川と彷僧川の合流部まで行く

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先端まで来ていつものお弁当を広げる

テトラの穴に落ちないように

気をつけることと

ごみが風に飛ばされないこと

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ふと足元のテトラの穴を覗くと

泥の上を蟹が動いている

蟹も食事中だった

子蟹の動きがおかしくてじっと見てしまった

なぜだか両手を同時に上げ下げする

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辺りを見回すと岸辺は干潟のよう

最近ではコンクリート全盛だが

このように自然のままだと

いろいろな生き物が生きていけるね

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よーく目を凝らしてみると

無数の子蟹がいます

皆一せいに両手を同時に上げ下げして

驚かせないようにそっと遠くから

一枚写させていただきました

去りがたい光景です

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2007年7月 7日 (土)

両手を挙げて蟹さんの横断

ブログの機能もいろいろあるけれども、ほとんど利用できていない。中高年になると少し流行に鈍感になって、現状維持で満足してしまう。いわゆる、面倒なだけなので進歩が無い。

今日始めて、リンクなるものを付け加えた。やってみればたいしたこと無いのに、今までやらずにいた。自分ひとりよがりで書くのがブログだと思っていたので、それはそれでいいのだが、少なくとも人様が見てくれているのだから、他の人のものもできるだけ見てみようと思います。

もっとも、毎日書くだけで時間がいっぱいなので、なかなかできないが、他の人のブログの面白い文章やできばえにいつも感心しています。特に一人旅のブログはついのめりこむものがある。今回のリンクはそんなものの一つです。

左の一番下に「旅りんく」としてありますので、よろしかったら、見てください。

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(遠州灘・Ⅳ・・・・・・・・・②)

今ノ浦川から彷僧川に再び合流

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土手の道は草が伸び放題で

川が見えないところもあり

なかなか風情がある

人もあまり通らないのでしょう

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時々見える田んぼでは

青鷺や白鷺が悠々と群れている

こんなにたくさん一度に見られるのも

久しぶりな感じです

川がまだ改修されていないおかげか

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突然目の前を小さな蟹が

横断していました

礼儀正しく両手を上に上げて

チョコチョコ歩いていく

敬意を示して横断を待ちました

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西橋を過ぎたあたりから対岸に

船が停泊しているのが見え出した

河口が近くなっていたことがわかる

おなかもぼちぼちすいてきた

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アーチ型の東橋に到着

天気はますます良くなって

このとき腕まくりして歩いたので

後で日焼けで皮がむけて悲惨なことに

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船が川原にそのまま係留されて

こんな光景も最近では珍しいのでは

かつて東南アジアでは普通だった景色

なんとなくなつかしい気持ちになりました

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2007年7月 6日 (金)

なつかしい鎮守の森に

凍結マンモスの赤ちゃんが組成分析のために日本に来るそうだ。CTスキャンによる検査で詳しく調べられるとのこと。

赤ちゃんはメスで生後6ヶ月ぐらい体重50kとのこと。以前にも同様なオスの赤ちゃんを研究してDNAによるマンモス復活に挑戦したそうだが、うまくいかなかったとのこと。今回は尻尾がかじられているだけで完全な状態なのでかなり詳しい研究ができるとのこと。

それにしても、マンモスと言えばシベリアと言うイメージに日本人はなっているのは思い込みのせいですね。だって、草食動物のマンモスは暖かな草原や森の方が住みやすいに決まっている。かつて地球上の大陸すべてに済んでいたと思われるマンモスは人間の狩猟の対象になり、また人間が持ち込んだ家畜からの伝染病などで絶滅したと言う説が今のところ有力のようだ。

したがって、人間が少なかったシベリアでは長いこと生き残り、一説には500年から200年ぐらい前まで生きていたと言う、目撃談まである。現代の象の祖先ではなく枝分かれした属ではあるが、地球に歴然として存在したことは確かだ。

数千年数万年の時を超えて、現代のシベリヤの永久凍土のなかからこの百年ぐらいで次々と現れるマンモスは、人為的な地球温暖化への警鐘だと言っている人たちもいます。それにしてもリューバと名づけられたこの赤ちゃんマンモスの昼寝をしているような穏やかな顔に、何か現代人に対するメッセージ隠されているように感じました。

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(遠州灘・Ⅳ・・・・・・・①)

6月19日

竜洋ー福田港 5時間

38000歩でした

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テーマである静岡県海岸線一筆書き

その第2弾遠州灘の4回目です

青は今までの歩いた奇跡

黄色は海岸線一筆書きの済み

赤は今回歩いたところです

Photo_1744

前回の竜洋昆虫公園からの出発

公園のすぐ横に彷僧川

川の上で遠州大橋からの道と

国道150号を結ぶ工事を施工中

Photo_1745

田植えが終わった田も

かえるの合唱で楽しい

砂の多い地方だけれど

土地改良の成果でしょう

Photo_1746

田の縁にコンクリートの囲い

どうやら田へ水を引くための

水道の蛇口のようなもので

裕福な日本の地方農業の象徴に

感じられました

Photo_1747

田の中の畦を通って八幡様へ

数年前までの我が町内の光景と

おんなじ景色になつかしさを

感じてしまいました

町内では森の木を切り

宮は住宅地に埋没されています

Photo_1748

彷僧川の土手の道を

歩くことにしました

整備されているが両側から草が

迫ってきていてかなりいい感じです

Photo_1749

コンクリートでは固めてある土手が

多い昨今、ここはまだ自然が残されています

私はどちらかと言うと

こういう水辺が大好きなのです

Photo_1750

どんどん歩いていくと今の浦川の

合流点に差し掛かってしまい

その先に橋が見えるがたどり着けない

やむなく今の浦川をさかのぼる

Photo_1751

一度国道まで出て橋を渡り

再び下流に向かって

土手の上を歩くことにしました

合流点から再び彷僧川になります

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2007年6月27日 (水)

綿毛のような花に誘われ

我らの富士山を世界遺産の暫定リストへの登録へ動いていただきました。ニュージーランドのクライストチャーチで開かれているユネスコの世界遺産委員会への報告です。

自然遺産から文化遺産への鞍替えですけどようやく、暫定リストといえども候補に名を連ねることができてうれしく思います。ところで暫定リストてなんだろうと調べてみたら、各国で候補に上げたものを登録するらしい。よく見ると候補辞退なんてのもある。候補に上げながら辞退するということは候補に上げ続けることは大変なことなのだろうと推察します。何が大変だろうかはわかりませんが。

暫定リストを覗いてみるとインドネシアのトコナンハウス(舟形家屋)など私には馴染みのものが登録されていましたが、世界遺産登録にはまだ遠い感じだ。そんな中に日本から今回4件の候補。富士山、富岡製糸工場群、飛鳥、長崎にの教会群、などです。

私は心情的には絶対富士山を応援しますが、世界遺産を数箇所観光など体験している自分としてはトコナンハウスは 他を圧倒するだけの迫力もあるし、まいったなーという感じです。

でも、まだ半分ですので富士山を歩きながらもっともっと富士山のことを発信していきたいと思っています。富士山がんばれ!!

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(遠州灘・Ⅲ・・・・・・⑤最終回)

花に見とれて足が遅くなる

Photo_1687

急ぎ足で浜松に向かって歩く

天竜川の土手にようやく到着

わき目も振らずに歩きましょう

こんな土手でも50kでは

歩く人は気をつけなくていけない

Photo_1688

でも土手の法面にも

こんな綿のような花が

旅人を誘惑する

あなたはそれでも花なのですか

Photo_1689

誘惑を振り切って天竜川を渡る

そして、再び馬込川の河口まで

歩いてきた

河口で釣りしている楽しそうな

二人連れにも目もくれず

Photo_1690

それでも公園の緑の小道を

くねくね歩きながら

だめだよ、もっと早く歩かなくちゃ

なんて、自分に言い聞かせながら

Photo_1691

駐車場のそばにある風車の

下にまで来た時には

もうラマンチャの男よろしく

一気に家に帰ることしか

考えていなかった

ご存知のように

この日ホクレア号に会えなかったのは

急ぎ旅のご愛嬌でした

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2007年6月26日 (火)

F-86F戦闘機の休息

834378600000000この数字わかりますか。庶民にはぜんぜん関係ない数字に見えますが、どっこいそうではなく、国の借金の額がこれだけになったよと、昨日財務省が発表した数字です。

カンマをつけてもわから無い数字なので、日本語に直すと834兆円です。今日生まれた赤ちゃんを含め国民一人あたりが635万円の借金がある計算です。若夫婦で子供が生まれたばかりの楽しい家庭でも653x3=約2千万円の借金があるのですよ。年金暮らしで細々と生きている家庭でも夫婦二人なら1千3百万円の借金があるわけです。

国はいったいどうするんでしょうね。普通の庶民の感覚から言えば住宅ローンなどで借金した時はたとえ少ない給料の中でも少しずつでも何十年もかかって返済していくものだと思います。当然借金して入る最中に、又借金をする勇気がありませんね。

もしまかり間違って、借金を返済するために又借金をしてしまったら、そのサイクルから逃れなれなくなり、いわゆる「サラ金地獄」が現出することになる。19年度で見てみると給料の年俸が53だけれど借金返済や金利に20使うので生活が成り立たなくなるので又借金を25すると言う感じのものになるね。多分、これを国家のサラ金地獄というと思いますよ。収入が50とした場合飲まず食わずで全額返済にまわしても16年以上もかかる計算になりますね

最近、よく言われることに、「世界の環境を悪化させて子孫にツケを残す様なことはしないようにしましょう」というのがありますね。国家の借金についても同じことが言えるはずだ。つい先日可愛い赤ちゃんが生まれたのを見てきました。おじさんたちはそんなに長生きできないけれど、そんな赤ちゃんに借金を残すようなそんな国家を作ってしまったおじさんたちの責任を痛感します。こんなことを平気でやってしまった国会議員を選んだのはおじさんたちだからです。ごめんなさい。

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(遠州灘・Ⅲ・・・・・・・④)

昼食後は一気に戻ることにした

Photo_1681

それでも国道を歩くのは癪だから

田中の道を歩くことにした

田植えが終わって間もなくだが

早苗は水の上にツンと立っている

Photo_1682

わき目を振らずに歩くつもりでも

足を止めるものがある

Fー86F戦闘機

かつてのブルーインパルスの実物が

何気なく展示してある小公園

5分間足止めを食ってしまった

Photo_1683

畑では麦の穂が

その収穫を待ちながら

たわわに実っていました

なつかしい麦の穂でした

Photo_1684

ひまわりも真夏を待ちきれず

大輪の開花です

でも、その中心部はまだ青く

種ができるのはまだまだ遠い

Photo_1685

畑は見事なねぎ畑

これだけねぎもそろっていると

美しささえ感じます

砂地の土壌に生きるものたち

Photo_1686

もちろんアジサイは

どこにでも咲いていて

せまりくる梅雨の季節を

いまや遅しとまっていました

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2007年6月25日 (月)

文字摺草という花に

111歳で男性の世界最高齢に宮崎都城の田鍋友時さんがギネスに認定されましたね。その時のテレビニュースを見ていてちょっとおかしかった。インタビューでの質問「何歳ぐらいまで生きたいですか?」を聞いた時、なんだか知らないが違和感を感じました。インタビューアはどんな答えを期待して質問したのでしょうかね。まさか、都城市長が言ったのではないでしょうね。

最近珍しい愚問に大賞をあげたいぐらいだった。私だったらと頭に血が上りこんな質問には無言で答えたろうが、友時さんは「やっぱり、死にたくないよね」と答えてくれました。そうですよね、質問に対する正解はそれしかありませんね。こういったすばらしい日本語のウィットとセンスを持った友時さんに尊敬の念を抱きます。

友時さんは毎朝6時に起きて、新聞を読み、気になった記事を日記に書き写すのが日課だそうです。それだけ言葉に対して日ごろの鍛錬をなされているのでしょうと推察いたします。われわれのように言い放し、聞き放しで生きている人間は恥ずかしくなりますね。

私なんぞ、友時さんから見ればまだ頭に卵の殻をかぶったヒヨコに見えるかもしれませんね。もっともっと勉強して、こんな大先輩に少しでもあやかりたいと思っています。

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(遠州灘・Ⅲ・・・・・・・・・③)

遠州大橋を越えてまっすぐ歩く

Photo_1675

磐田市の竜洋というところ

道の左の海寄りは工場群が

ずーと続いています

従業員にブラジルの人を

多く見かけました

Photo_1676

道路際には私の大好きな

ねじ花(もじずり草)がご挨拶

春先まだ青かった小判の花も

穂が割れて黄金色に開いています

Photo_1677

せっかく遠州大橋で有料道路なのに

この道は国道150号に

まだ繋がっていません

工事中の白い道が

夏の日にまぶしかった

Photo_1678

道が途切れたあたりに

昆虫公園がありました

今日は急ぎ旅だから

この辺で折り返そう

Photo_1679

三角形の公園は森になっていて

お客さんは一人もいないようでした

多分夏休みになれば子供たちで

あふれかえるでしょう

Photo_1680

公園の中の休憩場で

定番のおにぎりタイムです

運動もしているけれど

ちょっと食べすぎかなと

いつも思っています

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2007年6月24日 (日)

有料の遠州大橋を歩く

日本新聞協会が「HAPPY NEWS 2007」を募集しています。来年の2月までの記事で希望や夢、力を与えられたという記事があったら応募してほしいというものです。

新聞の中に面白い話題が無いだろうかと、みんな探していますね。愉快なことがあれば楽しくなります。でも、現実はそんな愉快な記事をぶっ飛ばす勢いで、青ざめてしまう記事のほうが圧倒的に多いですね。

6月の給料袋の明細を見て、青ざめた人が何人いますか。それとも、明細を見て喝采をした人は何人いますか。予想通りというかそれ以上というか、住民税が2倍以上に跳ね上がっています。地方の自治を拡大するために税源移譲ならば所得税をその分減らすという当然のことがおかなわれていないゴマかし。それに憤るか喝采を送るか。

20代の若者と選挙の話をすると、「選挙って何ですか、私と何か関係あるのですか」というような答えが返ってきて、それこそ真っ青になる。どんな教育を受けてきたのでしょうね。今度の参議院選挙も思惑ばかりが渦巻いて、国民不在の与野党の姿ばかりが見えてみっともない。若者にこんな無気力な言葉を吐かせている責任をもっと感じてほしいものですね。

現在の議員を含めたお役人の○○から日本を回復させるには、現国会議員が全員辞職して、全員新人で新しい国会を作り上げないことには、同じことの繰り返ししかないような気がする。下級役人も高級(高給)官僚も現在の与野党議員先生の行状を見習って行動しているのだから、国民を食い物にしてても当然と考えるのも無理も無い話しだね。

21世紀が始まったばかりで、世紀末の様相を呈している情勢の中でも、何とか明るい話題をHAPPYnewsを新聞紙面から探し出して行きたいものですね。

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(遠州灘・Ⅲ・・・・・・・・・・・②)

Photo_1666

海岸沿いの松林から

鳥の声が聞こえてきます

ふと見上げると松の木の

枯れているのが目に付きました

Photo_1667

道が土手にぶつかりました

いよいよ天竜川です

川との出会いはいつもわくわくします

静岡県の第一の川です

Photo_1668

河口は広々として水量も豊富です

ゆったりとした流れの中に

小型船が静かに停泊しています

珍しく風も穏やかでした

Photo_1669

河口から上流の橋に向かって

土手の上を歩いていきます

最初の橋は「遠州大橋」で

いまどき珍しく有料道路です

Photo_1670

人間が歩いていいものかどうか

わからなかったが自転車道があるから

大丈夫だろうと思い

歩くことにしました

Photo_1671

川の中州は木々が生い茂り

大きな森になっています

鳥の声が大変多く

ふと立ち止まってしばらく聞いていました

Photo_1672

大きな橋を渡るとき

いつも帽子を脱いでいきます

橋の上は風があり以前帽子を

飛ばされたことがあったからです

橋の上は風が気持ちいい

Photo_1673

橋を通り過ぎたところに料金所

今静岡県も一部を除き

有料道路はほとんどありません

そんな中でまだがんばっている橋

Photo_1674

実は先ほど歩いてきた道は

有料自転車道でここが料金所

通行料は10円です

本当に意義があるのだろうか

歩行者はタダでいいのかな

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2007年6月23日 (土)

たこたこあがれ青空へ

ブラジル政府機関の研究者がアマゾン川の源流を新たに発見して全長が400km延び世界最長になったと発表したしそうだ。

今まではナイル川の6695kmでアマゾン川が6400+400=6800kmということらしい。こんなに世界中がスケルトンになって、衛星写真で丸裸になっている地球でもまだまだわからないこともあるのですね。400km長くなったということは、私が歩いたあの長い長い大井川が160kmだからその2.5倍ほどの長さが新たに加わったことになる。スケールが違いますね。

その昔、『教科書』ではミシシッピー川が世界一だったけど、今では中国の長江にも抜かれ世界4位になってしまった。教科書検定では沖縄の集団自決の問題が削除されたといってざわざわしていますね。教科書というものはその国のその時の情勢により変わるものなのです。それは日本だけでなく世界中の国で同じことが言えるので、外国の教科書がおかしいからといって自分の国の教科書に合わせろというのはいつの時代でも理屈に合わないことなのです。沖縄は日本ですが今の日本の政権のむかって入る方向から見れば、こういった方向になるのは当然のことのように思います。

ブラジル政府としてはペルーの5千メートル級の山岳地帯まで探検してアマゾン川を世界最長に押し上げたのだから、次の教科書には大々的に載せるでしょうし、エジプトの教科書ではしばらくナイル川が世界最長の座から降りないことと思います。歴史だけでなく、地理だってこんな風に時の勢力により見方が変わっていきます。

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(遠州灘・Ⅲ・・・・・・・・①)

6月7日

中田島砂丘から竜洋まで

41000歩5時間

速いスピードで歩きました

この日焼津にホクレア号が寄航

ということで早く戻りたかった

Photo_1660

浜松まつり会館前からスタート

会館もゆっくり見たかったが残念

とにかくこの日は4時間ぐらいの

短時間を目標にしていました

Photo_1661

会館につながる海浜公園ではた

さすが浜松広い芝生の上で

凧揚げをしている人たちがいました

あまり高く上がっているので

写真では見にくいですが

お分かりでしょうか

Photo_1662

結構広い公園でした

公園を抜けたところに

馬込川の河口付近

水辺の景色はいつも心和む

Photo_1663

川を渡った先は江ノ島のプールで

飛び込み台や観覧席があり

本格的な競技用プールのようです

夏のシーズンを待ちわびています

Photo_1664

このあたりの景色の特徴は

海岸に向かって直角に

松並木があることでした

田中のほとんどの道がそうでした

もちろん海岸に平行に松林はあります

Photo_1665

太陽がほぼ真上なので

木陰があまり無く暑い

畑のスプリンクラーの水を

私も浴びたかった

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2007年5月31日 (木)

夕日が奏でる交響曲

世界120カ国の内で「平和な国」の第5位に日本が入っていると英国の調査機関が30日発表したそうです。ベストテンにヨーロッパの国が7つ、後はニュージーランドとカナダだそうです。ヨーロッパの7つの内ポルトガル以外はほとんど北欧諸国です。

24項目の要素の総合点ということですが、今の日本人は実感として感じますか。なんとなく物騒な国になってきたと感じている人たちが多くなってきていますね。でも、そんな世の中でもまだ日本は世界の中では平和な国のトップクラスです。もちろんG8の中では1番だし、アジアの中でも一番です。

こういう一番は大いに胸を張っていいことだと思います。でも、また誰かさんにしかられそうですが、平和ボケしていたら、そのうちひどい目に逢うから、今の内に憲法も変えましょう、子供の教育も変えましょう、思想は国家に統一しましょう、と言うことにしないとこの平和を守れませんと言う考えもありますね。

どうなんでしょう、少なくとも今の日本は自他共に認める平和なんです。これは作り上げたものなのか、それとも今たまたま現出しているものなのか、それとも誰かに押し付けられた平和と感じるのか。真の平和とやらを作り上げるために自分たちで自決できるものを作り上げなければならないと考える人たちに、今の平和と言うもの成り立ちをもう一度検証してほしいのですが、聞く耳を持たないでしょうね。

日本人がこれから向かう道は「衣食足りて礼節を知る」国家でありたいと思います。これ以上の平和を望むのは周りを見回したときちょっと贅沢です。今まで日本が築き上げてきた方法で世界中を平和な世界に導くことをしなければいけないと思います。決してこれ以上自国の安全や平和だけを希求しては申し訳ないような気がします。

一国の平和が他国の不幸の上に成り立っているような世界ではなく、たとえ少し危うくなっても周辺の国々や地球上の国々が共に平和に近づく方法を模索していきたいですね。

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(遠州灘・Ⅱ・・・・・・・⑥最終回)

舞阪港の近く

記念橋に戻ってきたころ

Photo_1504

夕日は川面に停泊する船を

やさしく照らしていました

今日もちょっと歩きすぎたと反省

でも、そのおかげで夕日と出会えた

Photo_1505

港側にも船が休んでいます

一日の漁が終わった後なのか

それとも今夜の出漁のために

出番を待っているのか

Photo_1506

大名の北雁木の船着場と違い

こちらは庶民の船着場だったところ

社の石垣には干し網が

夕日の中に輝いている

Photo_1507

対岸の弁天島のホテルも

静かに夕焼けを眺めているように

たたずんでいました

潮の流れの音だけがあたりに響く

Photo_1508

息を呑むような夕焼けの美しさ

自然が奏でる交響曲の中に

一人たたずみながら

この場を去りがたく

じっと見守っていました

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2007年5月30日 (水)

変化の無い長い道

都合により昨日はブログをお休みしました。その間に静岡市出身の20歳森理世(もり・りよ)さんがミスユニバースの世界大会で優勝したニュースがありました。凄いことですね。

長いミスの歴史の中で日本人の優勝者は2人目ですね。約半世紀前に児島明子さんが優勝して以来のこと。スタイルもセンスも教養も兼ね備えていなければいけないのでそれだけに権威のある賞です。

歴史上日本では秋田美人と言われ、小野小町に代表される美人の産地がありますね。以前タイに住んでいたとき、ちょうどその2年前にタイ出身の女性がミスユニバースで優勝したことが話題に上がり、タイの美人の産地はその女性の出身地のチェンマイだと言うことが人々の一致した意見でした。そして、そのことを凄く誇りにしているようでした。

どこの国にも美人の産地と言うものがあるようで、それもどうやらその国の人の間では誰もが認めることのようです。そういう目で見るとなるほどとうなずけるものがあります。男から見て美人を見ると気分がいいもので、何か得したような気がしますね。

だからと言うわけではないが、ウーマンリブ華やかなりしころは、女性を物としてみるということでミスコンテストは女性冒涜だと言う意見もありましたね。イスラムの原理主義から言っても反対運動があったこともありました。それもこれも、美しい女性の存在が男を惑わす歴史からの教訓の一つかもしれない。「傾城の美女」一国を傾けさせるほどの美女も歴史の中では西施を代表として何人も登場していますね。大体この文章みたいに「美人の産地」などという言葉も差別用語だと怒られそうですけどね。

でも、そんな美人の産地に静岡県も世界に向かって名乗りを上げたことに、喜びを感じます。外国の人と話す機会があったら「ええ、あのミスユニバースの出身地の静岡です」と答えて、静岡を大いにアッピールしていきましょう。

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(遠州灘・Ⅱ・・・・・・・・・⑤)

痩せてきた砂丘でも

Photo_1498

若い女性グループには

気持ちの良い砂浜だろう

素足で歩く姿は

見ていても楽しそうだった

Photo_1499

砂丘入り口まで戻る

入り口にドンと構えている

大きな石

この石のところから折り返しだ

Photo_1500

ところがそれからが大変だった

左側の海岸沿いには防風林

右側には住宅や工場など

その景色が延々と続く

Photo_1501

それでも意地っ張りになって

海岸沿いの一本道を行く

時々異次元に迷い込んでいる

ような錯覚に陥った

Photo_1502

同じ景色の中を2時間ほど歩き

やっと両サイドに木がある道に

差し掛かったときはほっとした

これからは意地を張らずに

道を選ぼうと思った

Photo_1503

国道一号線が海岸沿いに

出会うところで入れ替わりに

私の方はその山側の道に進路をとる

これから舞阪港に向かってもう少しだ

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2007年5月28日 (月)

砂丘が何かを叫んでいる

すべての人工衛星というのはてっきり国連あたりにみな登録されているものと思ったら、日本の人工衛星のうち4つも登録されていないものがあるらしいことが今日判明したそうだ。

限りある地球と言う小さな星のしかも上空は衛星ラッシュになっていて各国の衛星がひしめいている。特に赤道上空は静止衛星の溜まり場なのだからしっかり管理しないと、他の衛星と衝突したり干渉したり大変でしょう。だから国連に登録することにより平和的に狭い空を活用しようと言うわけだ。

ところが軍事目的に使用するとなると、その存在を隠さなければならないわけだ。日本は平和国家ですべて平和利用に打ち上げているので、隠すものは無いはずですね。かの国のように「わが国初の人工衛星成功」と言ってもどこの国も認めてくれない国もあるのに、成功してもひた隠しにしなければならない国もある。と言うより欧米では軍事目的の偵察衛星はその能力を隠すのが常識らしい。

今の時代国際宇宙ステーション(ISS)だって,地上から肉眼で見える時代です。日本が隠している4つの衛星は遠の昔にアマチュア天文家の間ではその軌道が丸見えになっているそうだ。つまり「ひよこのかくれんぼ」状態と言うことらしい。

それでも、いつも人工衛星の発射に一喜一憂する文科省が国連への「登録に権限が無い」と言っています。それではどこ?内閣衛星情報センターだそうです。センターは「公然の秘密は承知しているが、秘密は秘密、国連には登録しないことに決めた」と言っています。わが国もやっと「隠せるほどの衛星」を持てたことに喜んでいるようだ。がんばれ日本のひよこたちよ。小さいあんよが見えてるけどね。

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(遠州灘・Ⅱ・・・・・・・・・④)

公園のおじいちゃん軍団に

教えられたように道を行くと

Photo_1488

全国的に有名な

浜松まつり会館にであった

ここには凧や御殿屋台が

飾られているとのこと

中は次回ゆっくり見よう

Photo_1489

会館の横からは中田島砂丘だ

天竜川が育んだ日本有数の砂丘

数十年ぶりだけれどあの雄大な

景色が頭をよぎる

Photo_1490

入り口からさっそくアカウミガメの

孵化場がお出迎え

今の時期ちょうど産卵時期で

この砂丘で卵を集めて保護している

Photo_1491

砂丘の入り口からは海が見えない

さすが中田島砂丘と感嘆

でも何かちょっと違うようだ

海に向かって人々が歩いていく

Photo_1492

その後を追うように私も歩く

前方を歩く一人の女性

履いていた靴を右手に持ち

とても早足で海へ向かっていく

Photo_1493

ストーカーおじさんが

やっと追いついたと思ったが

浜辺に座っていた女性は

追っていた女性とは違った人だ

Photo_1494

渚には子供連れの夫婦が

じっと海を見つめている

寄せ来る波に何を思い

何を感じているのだろう

Photo_1495

相棒のリュックを砂の上に

投げ出すと

たちまち風が砂を伴って

リュックに襲い掛かる

Photo_1496

遠い渚に目をやれば

先ほど追っかけていた女性が

一人海を眺めていました

とても近寄りがたい姿でした

きっとこれから海へ帰る

アフロディティのように

Photo_1497

しばらく何も考えずに海を眺め

さあ帰ろうと振り向いて砂丘を見ると

その姿に何か寂しさを感じた

昔はもっと砂がまあるく盛り上がって

いたはずだと気がついた

砂浜が痩せているそんな気がした

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2007年5月27日 (日)

灯篭も鞘堂に守られて

白鵬の優勝が決まり、横綱昇進も確実になりましたね。大相撲も東西の横綱がそろってこそプロスポーツの美しさがある。やっと、伝統美復活でしょう。

東西の横綱はいつの時代でも比較されます。ファンから見ると片や柔、片や剛といった感じで、それぞれ好きな方から見ると相手は敵となり悪となる。そこにファン心理の面白さがあり、勝負に一喜一憂するところです。プロスポーツに共通することですね。

今場所が始まる直前に朝青龍の稽古場での過剰な行動が報道され、白鵬までが同じことをしたと言われました。まさかと思ったが報道では「横綱だってやっているのだから」という白鵬の発言に驚いたことがありました。

日ごろの態度に評判の悪さが付きまとう朝青龍と違って、温和なイメージの白鵬にはこんなこととは無縁でありたいと思うのはファンの心理ですね。二人ともモンゴル出身と言えども同じように十代から日本で努力して、ジャパニーズ・ドリームを手にしたのだから大いに祝福したいですね。

「負けて騒がれる力士になれ」と言うのは相撲界での常識。朝青龍が負けて座布団が宙を舞う。セオリーどおり立派な力士の称号をファンからもらったようなものです。その座布団を歩きながら蹴っ飛ばすのではなく、「あわてず騒がず」受け流してほしいのも横綱に期待するファン心理なのです。白鵬にはそんな横綱になってほしいですね。

そして柔剛正邪を土俵上で二人が演じきればファンも納得して盛り上がることでしょう。ぜひ朝青龍と人気を二分して、ファンを「青白く」させないように、「龍鵬(りゅうほう)時代」または「鵬龍時代」を創り上げることを期待いたします。

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(遠州灘・Ⅱ・・・・・・・・③)

遠州は秋葉信仰の本家本元

Photo_1480

街道筋には火伏せの灯篭が有名ですが

こんな風に鞘堂に守られた灯篭があり

びっくりしました

実際に火を燃やすことにより

効果はどんなだったのだろうか

それとも灯篭自体が実用と言うより

信仰の対象になっていたのでしょう

Photo_1481

街道筋の愛宕神社の境内の

狛犬さんに許しを得て

木陰でおにぎりタイム

狛犬さんが洒落た台に乗っているのが

なんとなく気品がありました

Photo_1482

再び街道を歩き出してしばらく行くと

自転車に乗ったお母さんが

「リュックが開いてるよ」と教えてくれた

おにぎりタイムの後開けっ放しだった

このお母さんとしばらく一緒に歩き

町のことなで教えていただきました

Photo_1483

このまま歩くと浜松に行ってしまう

テーマの水辺に戻らなくてはと

高塚の駅を過ぎたあたりで道を聞くと

「今から中田島まで歩くのか」と

驚かれてしまった

Photo_1484

街道を右折して海へ進路をとる

この付近の畑は砂地で

スイカのようなチビかぼちゃが

真昼の暑い陽光に光っていた

Photo_1485

国道に出てからひたすら東へ

高塚は日本でも有数の

おいしい玉ねぎ産地で

生食でおいしい白玉ねぎだ

しかし、ほとんどが収穫後で

残っている畑は少しだった

Photo_1486

教えてもらったとおり中田島への

道は確かに遠かった

と言うより国道を選んだため

景色の変化がない分そう感じた

Photo_1487

砂丘の近くの団地の公園で

おじいちゃん軍団に聞くと

「焼津の浜の方が今じゃきれいだよ」と

謙遜のお言葉

それではこの目で見てみようと

砂丘に向かいました

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2007年5月26日 (土)

木陰なす松並木

今日139号線を歩いていて交通事故の現場に遭遇した。私が着いたときは事故があってまだ数分しかたっていなかったようだった。正面衝突で事故の当事者が全員怪我をしている状態だった。

大きな惨事だったが、それより事故を目撃した人たちの活躍が凄かった。国道だが山の中のため対向車2台と後続の1台それにライダーのおじさんの計6人が被害者のことを心配して車を止めて対応をし始めた。通りがかりの歩きおじさん(私)も協力。

たまたま後続車に看護師さんの若い女性がいたため、意識が消えそうな老人の脈を取りながら問診。彼氏の方は119に連絡、ほかの人たちは激しい国道のため交通整理を始めた。

救急車が来て動けなかった老人を救出したが、その前に看護士さんが専門用語を使って細かく隊員に説明するのだが、なんとなくうっとうしいと言う隊員の態度。彼女の話し振りを聞けばプロであることが一目瞭然なのに無視するような態度だった。

結局当事者3人とも重症および痛みを訴えているため全員救急車に乗って消えた。後に残った7人はそのまま交通整理をせざるを得ない。ライダー軍団や観光バスの列、とらっくの列など凄い交通量なのである。

ようやくパトカーがやってきた。若いお巡りさんが、「おい、そこの車どかせ!」とどなる。看護師さん頭にきて「ボランティアに向かってそれは無いよね」。私が彼に「ここにいるのは全員ボランティアだぞ」と言うと、ようやく「動かしてください」と訂正。目撃者と通報者だけ残ってくださいというので、ライダーのおじさんと看護師さんの恋人同士を残し、お互いご苦労さんと言ってほかの人たちは帰っていった。

40分ぐらいの出来事だったが、他人同士妙な連帯感が生まれてしまった。私はそれから1時間ぐらい歩いていると、ライダーのおじさんがクラクションを鳴らして通り過ぎる、私も後姿に手を上げて答えた。それから15分ぐらいして駐車場に着き、お土産買って車のところへ戻ろうとすると偶然ライダーのおじさんと遭遇。ずいぶん時間がかかったんだねと言うと、あれから消防車が来たがだめでレッカーの登場でようやく片がついたとのこと。

それにしても看護師さんがいてよかったねとお互い話をしました。足に怪我をし、顔面蒼白の老人だったから彼女の声掛けや体調の監視等随分支えになったと思います。それにしても消防や警察に野次馬呼ばわりではちょっとかわいそうな気がします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(遠州灘・Ⅱ・・・・・・・・・・・・②)

東海道の街道筋は

どこも風情がありますね

Photo_1474

現代風な町なのに

なんとなくそれらしい雰囲気がある

この道の幅は当時と変わっていないようで

いつでも時代劇の登場人物が

歩き出すかもしれないような

Photo_1475

当時は町の入り口だったのか

見付石垣が残されている

町に入ってくる人を

高いところからチェックしてたそうだ

Photo_1476

神社の石垣もこの赤い石で

雁木にも見付石垣にも

同じものが使われいました

それぞれ同じ歴史を感じます

Photo_1477

町を抜けるといよいよおなじみの

松並木になります

舞阪は街道の両脇とも

見事に残っていてとても良い感じ

Photo_1478

松並木の入り口には伝説の

波小僧の像がある

伝説では海から現れた黒い子供だが

これは可愛いい男の子になっています

Photo_1479

街道を行く人には

この松の木陰が本当に救いに

なったのでしょうね

炎天下を歩く私には実感として

わかるような気がします

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2007年5月25日 (金)

旅のはじめに長居して

24日天皇皇后両陛下がエストニアに到着されて、歌の広場で歓迎の歌をお聞きになられていましたね。テレビで拝見した天皇陛下の感慨深そうなお顔が印象的でした。

日本が平成になった時代、つまり平成天皇が即位した時代、バルト3国で人間の鎖によって自分たちの民族の誇りを表明したあの事柄に感慨を覚えたとのお言葉。まさに、あの時代、世界中の人々がそう感じたことでしょう。

あの時代まではソ連と言う国の存在は知っていても、その構成は良くわからなかった。○○共和国と言うのがソ連の中にあるのは知っていたが、アメリカのように州の一つでもあるかのように思っていました。ところがあの人間の鎖から、バルト3国の存在とソ連の成り立ちが見えてくるようになりました。

バルト3国の独立がきっかけになりソ連の崩壊、そして東ドイツの崩壊と続きましたね。そして世界中に小さな国家がたくさん出現しました。まさにアルビン・トフラー氏の言う「未来の衝撃」や「第3の波」の中の一断面を見る思いでした。

それとは逆に一つの国家を飲み込むような国も現れましたね。小中学校時代には確か「チベット」と言う国が存在していたはずなのに、いつの間にかおなかのぽっこり膨れたバチヘビのような地図の中国になってしまいました。かつて三蔵法師さえも恐れをなし天竺への道にチベットを避けて通りましたね。それほど中国にとっては恐怖であった国なのだ。それを武力により飲み込むと言う、第3の波とは逆行した行為に驚いたこともあります。

すっかり忘れていたバルト3国でさえ長い歴史の中から貧しくとも自分たちの誇りを取り戻すことができたのだから、チベットもいつの日かその誇りを自分たちの手に取り戻すことができるでしょう。

平成2年ごろから日本を外から見る機会に恵まれ、あの時代の世界の見方を身をもって学ぶ経験ができました。民族とは都市とは民衆の生活とはアジアの国々のおかれている位置とか、激動の時代にうまくリンクして体験できました。そんなことが、今こうして縁台に座りながら団扇で蚊を追いながらも戯言を話して居れる、一つの成果なのかなとつくづく感じています。

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(遠州灘・Ⅱ・・・・・・・・・①)

5月15日ちょっと曇りがちなので

富士山周遊は 止めにして

遠州灘のpratⅡに挑戦

弁天島ー中田島砂丘往復

46000歩7時間半でした

Photo_1465

海浜公園駐車場に車を止め

その名も弁天橋を渡ると

すぐ舞阪港があり

そこから舞阪宿が始まっている

Photo_1466

湖の西の入り口新居宿と

東のこちら側の舞阪宿

東海道の2大要所なのだ

大名たちの渡し場

北雁木(きたがんげ)は

石畳が港まで続いています

Photo_1467

広重描く東海道にも

渡し場の雰囲気が描かれています

石垣の石の色も赤茶けた色で

歴史の重みも感じました

Photo_1468

街道には数々の案内板があり

じっくり見ていると時間がかかりすぎる

脇本陣によることにする

受付のお母さんに挨拶すると

Photo_1469

気持ちよく案内してくれました

脇本陣とは本陣と言う大名の宿の

別館みたいなもので格式は同等とのこと

明治以降病院の先生が使われていた

とのことで現在まで残ったとのこと

Photo_1470

なにせ大小のトイレも風呂桶も

漆塗りだったのには驚いた

こんなトイレでは周りを汚すことなど

到底できないですね

Photo_1471

お殿様の座る座布団に

内緒で座らせていただきました

案内のお母さんがこっそり写真も

撮ってくれました

それも内緒だそうです

Photo_1472

話し好きなお母さんと気が合い

旅のはじめから長居をしてしまった

見学は無料だったが浜松市との合併で

予算を削られ案内のパンフレット代も

削減されてしまったそうで残念そうだった

合併の弊害が文化の衰退では困りものだね

Photo_1473

すぐ斜向いに本陣跡がありました

脇本陣同様間口が狭く奥行きが深い

間口税の関係で街道特有の構造とか

もちろん建物は無く脇本陣の存在が

これからも貴重な存在であることに

変わりないので大切にしてほしいですね

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2007年5月 6日 (日)

建物は生きた教科書だね

イラクのマリキ首相から「日本の経験や能力、技術を生かした文民支援を望む」と4日の会見で言われてしまったそうです。

もともとイラクからは自衛隊の派遣は期待されておらず日本の技術や経済力を期待されていたのだから無理は無い。でも「テロ特措法」という法律をあの9・11に乗じて成立させて一躍世界の戦争に参加できるようになったのだから、海の無料ガソリンスタンドから始めて、サマーワから自衛隊が撤退してもなお航空部隊は綿々と駐留続けていますね。今度は改めてアフガンへの派遣も考慮に入れています。つまり、一度中断すると次の戦争への参加にエネルギーを要するため切れ目無く続けなければいけないわけだ。アメリカが20世紀以来戦争を決して切らさないように。

サマーワに自衛隊が恐る恐る出かけたとき、現地の人たちは当初日本人が経済復興に来たと思っていたふしがある。ところが、日本軍が来たと言うことで大いに落胆していた。そんな土台があって、今度のマリキ首相の発言は国民を代表する本音をようやくトップが口に出来たということでしょう。

それでも、国を代表する人の発言なので「日本の戦闘部隊はいらないよ」なんて言葉は口が避けてもいえないので「テロ特措法改正案が可決されることを望む」という外交辞令も付け加えている。つまり、日本が戦争に参加し続ける法案の成立にはイラクは本当は関心が無いのである。

世界中の国が日本の戦闘能力よりも技術や経済能力の方に関心があるはずだ。日本に好意をもっている国は戦争無しで経済復興し技術大国と言う国を作り上げたその部分を認めていてくれるのである。潜在的には、いざと言うときにはアメリカをも揺さぶる底力があることも認めていてくれるのである。それで十分ではないか。これ以上「日本は戦争だってつよいんだぞ。だから攻めてきても無駄だ」という意思表示は必要ないのだ。

今、イランだって次の戦争の材料にしているふしがあるが、もともと日本とイランはとても仲良しで、平安時代以前から交流があったと言う説まである位だ。アメリカがイランを嫌いになったからと言って、日本もイランを嫌いにならなければならない理由はどこにもない。むしろイランとの仲良しの伝統をアメリカに教えてあげて、アメリカの戦争をなだめてあげるのが同盟国の友情と言うものではないか。

そんなことをしたら「テロ特措法」が意味なくなっちゃうじゃないか、どこへ戦争参加すればいいのだと怒られてしまいそうですが・・・。

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(遠州灘・Ⅰ・・・・・・・⑧最終回)

さて帰ろうかと思って

旅籠のおじさんおばさんにご挨拶

ところがお二人も話し好きで

しばらくおしゃべりしてしまった

近くに無料開放の家があると

教えてもらい行ってみることに

Photo_1355

ここは元芸者置屋さんだったとのこと

観光案内の地図には載っていないけど

家の中を見学は出来ました

映画に出てきそうな家の中の造り

とても雰囲気がありました

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カンザシやカツラが展示してありました

昔の写真や書きつけなどもあって

少し前の歴史を物語っていました

たぶん善意での開放で

大変ですが生きた教科書として

これからもよろしくお願いします

Photo_1357

せっかく説明していただいたのに

この家の屋号を忘れてしまいました

あの時教えてくれた方が

もしこのブログを見ることがありましたら

お便りください

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寄り道が長くなってしまったが

それでも新居宿の街道筋を通って

いろいろ案内板をチェックしながら

帰ることにしました

まだまだ見所はありますが

何年かしたらゆっくり再訪しましょう

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再び街道の待つ並木を越え

海岸に近い国道沿いに出るころには

日は西に傾いていました

遠州灘第一回目の旅が終わりました

後何回で御前崎まで到着するか

それはそのときの風の吹きよに

お任せします

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2007年5月 5日 (土)

時を越えて水琴窟がささやく

高校野球の特待制度については今の日本では老若男女、誰とでも話が出来るのが愉快ですね。他の件ではこんなにも評論家が多い話題はありません。それだけにちょっとブログには書きたくなかったけど一応、人並みに書いておきます。

どうやら1932年(昭和7年)の「野球統制令」という古ぼけた規則がまたぞろ顔を出してきています。当時の日本にはプロ野球が無く、学生野球が今のプロ並みにもてはやされていたとのこと。大学も高校(中学)もその加熱振りがエスカレートしたところでこの「統制令」により、スポーツ教育の原点に戻そうと鳩山文部大臣が尽力したとのこと。

二年後の1934年(昭和9年)ベーブルース一行が来日しても、この統制令がある限り試合が出来ない。そこで沢村栄治他選手は京都商を退学させられてまでも、日本チームとしてアメリカと試合をすることになったらしい。その流れで、日本にもプロの野球チームが出来たとのこと。てっきり沢村栄治の時代にはプロが遠の昔にあったのだと思っていました、認識不足でした。

戦後になって日本学生野球憲章なるものを新たに作ったそうですが、結局はベースに「野球統制令」があり、健全なるアマチュア精神を堅持したものになったそうです。

かつて高校野球での静岡県は県立高校が圧倒的に強かった。田舎の県だから貧乏人は学費の安い県立高校しかいけなかった。しかも越境通学も無かった時代で唯一商業高校などの、地域に少ない学校には広域から生徒を集めることが出来たところもあった。当然野球も強くなる理屈である。そのころ、なぜ都会の学校は私立が強いのか不思議に感じていた。

野球王国なんてもてはやされたかつての静岡県もしばらくは選抜野球大会には出場できない年が何年もあった。ようやく最近になって私学が頑張ってくれて、今年の春のような朗報ももたらすことが出来たわけだ。ところが今度の騒ぎで何か水を指されたようになったのは残念ですね。

喧々諤々の意見が渦巻く世間の評論家に行く末はお任せするとして、時代遅れの「スポーツ原理主義」を振りかざす連盟に、何も言えないような地方の県高野連も情けないものですね。彼らにとっては商業主義のオリンピックは許せないことかもしれませんね。それとも天の声に逆らえない単なる○○的団体と言うことなのかもしれないね。

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(遠州灘・Ⅰ・・・・・・・・・・⑦)

弁天島からの帰り道

関所の入場券の割り増しで買った

もう一つの建物に寄った

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関所の近くにある旅籠「紀伊国屋」

こちらも格式のある旅籠でしたが

残念なことに火災で焼けたため

明治の始めごろに再建されたとのこと

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中に入ると「奥に水琴窟があるから」と案内する

早速奥の縁側に行くと竹を二本置いた水場

足も疲れたことなので縁側に腰をかけ

竹筒で音を聞く

遠い世界から問いかけるような水の声

しばしの静寂の世界を味わう

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風情のある行灯に

しばし遠い時代の旅人の吐息を聞く

私も旅人なれば

時代の中に何を残せると言うのか

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風呂場にはもちろん懐かしい風呂桶

そばにいるのは「お銀さん」ではないか

旅籠の人に聞いたところ

東海道400年祭で

ここへ立ち寄った時の写真とのこと

このお風呂には入らないけど

Photo_1354

ジオラマの世界の荷役夫も馬も

一生懸命働いています

旅人も旅立つばかり

さあ私も家路に急ぎましょう

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2007年5月 4日 (金)

天女の舞い来る海

横山ノックさんが昨日亡くなったそうですね。ご冥福をお祈りいたします。彼の場合「前大阪府知事」と言う肩書きで報道されていますね。でも、私から見れば元国会議員の方がぴったり来る。

私が成人して最初の選挙に多くのタレント議員が初めて立候補した。横山ノックか石原慎太郎か迷った挙句、記念すべき最初の投票用紙に「横山ノック」と書きました。確かあの時石原慎太郎はトップ当選したと思います。従って私にとって忘れられない国会議員です。

99年の知事選で再選されて置きながら、スキャンダルで失脚してしまったのは残念でした。前年のクリントン大統領のモニカさんとの「不適切な関係」から見れば罪の重さは軽いのだが、片や失脚、片や安泰でしたね。まさかクリントンがOKだから自分もなんて思ったわけでは無かろう。世の中を少し甘く見たノックさんと、奥さんの懸命な保護で助かったクリントン。しかも、アメリカ大統領は多少のことではやめさせるここが出来ないのだ。日本の一知事とは違うことを端から見て痛感しましたね。

ノック・慎太郎辺りから参議院選挙では必ずタレント議員が登場していますね。参議院選は元は全国区だったから桁違いな票数をタレントが集めてしまうので政治屋さんが選挙方法を何度も変えてしまいました。だから今はあまり面白くなくなってしまいましたね。

明治の昔、川上音二郎と言うタレントが立候補しました。二度立候補して二度とも落選したとのこと。当時は参議院は無くて貴族院と言うのがありましたがそこは貴族が持ちまわりみたいな感じで議員をやっていたところで庶民とは関係ない世界。そこで衆議院へ立候補して落選だった。もしあの時代に参議院の全国区があったらノック・慎太郎同様確実に当選してタレント議員第一号になっていたことだろうと思います。

現代のわけの分からない比例代表制なんかでなく,人気投票的あの参議院議員選挙が懐かしい。もし選挙制度を変えるなら当時の議員数を5分の1程度にして定数50ぐらいにしてしまうのが正解だったようだ。今でも遅くない、でないと参議院不要論がまたぶり返しますよ。

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(遠州灘・Ⅰ・・・・・・・・・⑥)

弁天島へ渡ると急に華やかになる

Photo_1344

駅前からそのままホテル群が

横に広がっている

大きな島ではないけれど

その全てをホテルで占めているようだ

Photo_1345

島のはずれの方に

弁天神社がありました

ここは昔から風光明媚なところで

天女が舞い降りてきていたけど

なぜか三保の松原へ飛んでいってしまった

と言う伝説があるところだそうです

Photo_1346

弁天神社を回って海側に出てみると

釣りをしている家族連れがたくさん

楽しんでいました

ここでは安全に釣が出来そうです

Photo_1347

渡船場は潮干狩り客を送り迎えする

船がたむろしていました。

もうすでに潮が満ちていたので

この日はどうやら終わりのようだ

Photo_1348

渡船場の前はもちろんホテル

全室オーシャンビューのリゾートだ

GWには大勢の客が来ることでしょう

潮干狩りのおじさんに聞いたら

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4月いっぱいで海苔の棚が

片付けられるのでGWには

大々的に潮干狩りが出来るように

なるよと言って喜んでいました

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2007年5月 3日 (木)

ここは日本のどまん中?

「キレテいますか。キレテくださいよ」安倍君がアメリカを訪問してブッシュ君に言ったとき、「キレテないよ。でもキレようかな」なんて微妙な発言をしていましたね。最近ヒル君の姿がマスコミの世界から消えだして、ライス姉さんがしきりに出だしています。

将軍さまの書いたシナリオでクランクインした映画「茶番劇」。主演の中国と助演男優賞を狙う韓国、それに主演女優賞を狙うロシアが名演技に磨きをかけています。スポンサーはアメリカですからいくらでも資金は出せそうだ。主演のオーディションに落選して、通行人の一人にでも参加させてもらっていっている日本も含めて撮影は快調です。クランクアップはいつでしょう。監督の狙いとしては10年計画の撮影ですが、多分永遠に完成しないでしょう。完成させないことが狙いだからです。

第一幕のBDAの資金を解除したのになぜ約束を履行しないのか。資金洗浄システムがまだ完成していないからです。現金での受取をすると話は終わってしまう。つまり日本でもどこでも良いから銀行間で資金を移動させるとだんだん綺麗なお金になる。そのシステムを確立したいのだ。だから、マカオから中国へ移動しただけでは意味が無いじゃないかと中国が言い出して拒否。それではまずロシアの銀行へ移してそれからどこかの国へ動かそうと最近だんまりをこいていたロシアが提案。ロシアからイタリア辺りへ動かせばもう立派なクリーニング済みのお金になる。今はそんなシナリオに書き直しているようです。

このシステムが完成すれば、武器や麻薬で得た金の流れの浄化システムが完成する。ドル札の印刷工場は我が国に任せてくれとこれからは大手を振って言えることになる。早くこのシステムを完成しないとブッシュ君がキレル前に将軍様がキレテしまうかもしれない。最近中国も「米国は最後まで責任を持ってやるべきだ」と声を荒げだしています。つまりはした金の25億ドルをさっさと両替してやれというわけだ。

もしこれが終わったとしても、今度は「テロ支援国家の指定解除」をしない限り6カ国協議には応じられない。解決済みの拉致を言い続けている日本をアメリカは何とかせよ、と言う問題を持ち出す所存です。見せ掛けの核を絶対に放棄しないのだから、終わりなき演出にさてそれぞれどんな名演技を各国は見せてくれることでしょう。死んだ振りしているヒル君とそれを取り繕っている優しいライス姉さん、現在、八方塞りのブッシュ君、さあどうしましょうか。

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(遠州灘・Ⅰ・・・・・・・⑤)

旧国道を東に向かって歩く

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浜名湖にかかる西浜名橋に差し掛かる

ここでは新幹線とJRと競艇場への道と

旧国道が狭い範囲に平行に走っている

歩道が橋の側にあり景色がよくないので

橋をくぐり反対側へ

Photo_1339

橋の下から見る景色も

また乙なものですね

普段車で通り過ぎるだけで

こんな景色が見られるのも

歩き旅ならではの楽しみ

Photo_1340

橋を潜り抜けると優美な姿の

浜名大橋が遠くに見えてきた

あの橋の下で海とつながっています

岸辺では釣りを楽しむ人たちが

話に花を咲かせていました

Photo_1341

その昔国道だった道も隣に国道が出来

そして浜名大橋の新国一が出来

そうなると初期の国道は歩行者自転車道に

なってしまった。

考えてみれば贅沢な道だ花壇や植え込み

階段まであり釣り人の絶好の穴場

Photo_1342

橋を渡ると向島で弁天島の手前の島

この島までが新居町になる

ちょうど島の真ん中辺りのレストランに

「日本のどまん中」の表示

日本に数あるど真ん中の一つが

どうやらここらしい

Photo_1343

さあ次の橋を渡るといよいよ弁天島だ

浜辺に多くの人が見える

海の上にも小船が行きかっている

海の中には大きな鳥居が見える

今日の目的地はもうすぐだ

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2007年5月 2日 (水)

関所は今日も難関門

夏も近づく八十八夜ですね。今年のお茶は暖冬で心配されましたがおおむね良好とのこと。静岡県内をあちこち歩いてどこでも茶畑と出会いました。そんな茶畑たちが今一斉に萌黄色の元気な新芽を天に向かって伸ばしています。

こんな季節は誰だって気持ち良いものですね。こいのぼりも風の中に大きな口をあけて元気がよい。私たちも元気を出していきましょう。静岡はお茶の一大産地であることは世間の認めるところでしょう。しかし、日本各地でお茶の生産が盛んになってきて、うっかりすると静岡も後塵を拝することになるかもしれません。

今でも九州辺りでは静岡よりも早く出荷できるようで戦いも激しくなっていくようです。でも国内だけでなく海外でもお茶の生産が進んでいます。特にインドネシアではその豊富な労働力と南国特有の気候を利用して生産に拍車をかけているようです。生産性を工夫すれば日本に負けないぐらいの多くの量を産出できるかもしれないようです。

10数年前にインドネシアのジャワ島で茶畑を見たことがありますが、静岡とは比べ物にならないぐらい貧弱なものだったけど、最近の映像を見るとすばらしい茶畑に変身している。台湾のお茶畑を自慢する現地の人は、静岡など眼中に無いような自信に満ちていました。中国には桁が違う値段のお茶があるぐらい、奥が深いお茶文化が存在します。中国済南の空港で飛行機を待つ間ウーロン茶を頼んだら、深い緑色だった。茶色のウーロン茶を飲みなれた目にはこれはウーロン茶じゃないと思いましたが、実は中国で一番飲まれているウーロン茶は緑色だったと言う笑い話。世界遺産「黄山」へ向かう谷間の茶畑を見ていると、藤枝の瀬戸川上流を見ているような気がした。「日本茶」と書いたペットボトルを駅で買ったら「微糖」と書いてあって甘かった。日本の緑茶は甘くして飲むものらしい。日本人が紅茶を甘くして飲むように・・・。

狭い範囲のお茶世界で自己満足していては、静岡も日本もそれまでですね。戦前に静岡の丸子や岡部で紅茶の生産に挑戦した人たちがいた。清水港からアメリカに向け静岡のお茶を輸出した人たちがいた。皆それぞれ研究、そして新たな工夫をして成し遂げたことです。恵まれた静岡にあって21世紀の挑戦にハングリーな気持ちを呼び覚まして行ってほしいものですね。

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(遠州灘・Ⅰ・・・・・・・・④)

新居駅まで来たところで

少し戻るような感じで関所へ

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門から覗いてみる

どうやらこちらからは入れないようだ

今でも関所にはいるのは難しい

観光客は脇からはいるようだ

Photo_1334

なかなか立派な造りだ

明治維新で役目は終わったのだが

どうやら学校として使われたので

取り壊されずにすんだとのこと

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説明書きやアナウンスを聞いていると

関所を通過するのはかなり大変だ

現代の入国審査よりもきついかもしれない

脇道を通っていけば問題なさそうだが

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迂回路を通っていったものには

厳罰が下ったそうで

相当厳しい世界があったようです

浜名湖の入り口は幾多の天変地変で

ついに海とつながってしまったそうです

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その浜名湖へ向かって再び歩き出します

新居駅は浜名湖競艇の入り口でもある

この辺りはもう両サイドに

浜名湖がちらちら見える

海の中道です

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2007年5月 1日 (火)

思い出の景色はいつも夏

高さ154メートルの「中国一の仏塔」が完成して昨日落成式典がおこなわれたそうだ。中国一ということは仏塔としては世界一かな。

記憶によるとタイにあるプラ・タート・パトムという仏塔が120メートルで世界一だったはずだが、これをはるかに上回る高さだ。世界一の仏塔と言わないところが、中国らしくなくて奥ゆかしい。焼津にある虚空蔵山(当目山)が126メートルだからその高さとやら、押して知るべしと言うところです。

場所は江蘇省常州市の天寧禅寺。長江河口の上海の西隣の市です。中国は市というのが日本の県に相当するので世界地図だと近いけどけっこう遠いところです。弘法大師が立ち寄ったこともある由緒正しい伝統のあるお寺と言うことです。

ところで長江のことを教科書で揚子江と習った記憶があるけれどいつの間にか言わなくなってしまったね。長江上流を金沙工と言い下流を揚子江と言うそうだが、金沙江は通常使われているのに揚子江とはあまり記さないようです。子供のときに刷り込まれた名前はなかなか消せないのでいまだに揚子江と言う文字のイメージから抜けきれないでいます。

建物の形は日本の仏塔である五重の塔の優美さと違って、どっしりとした造りです。日本人から見て西安の大雁等に似ていますが、よく見ると大雁塔は四角錐でこちらは八角錐で似て非なるもの。しかも大雁塔は高さわずか64メートルだ。それでも大雁塔に登ったことがありますが、随分と高い感じがしました。一番上のほうは強風が吹きぬけていました。境内とは違った雰囲気に何かを感じたしだいです。今度の仏塔の一番上はかなりの異空間の雰囲気があるのではないかと想像されます。一度登ってみたいものですね。

世界一の建物を作りたがるアジア諸国(日本も含めて)のバイタリティーもまだ健在のようですから、ぜひこの寺院で世界平和、人類平等、などを祈願していただきたいと思います。

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(遠州灘・Ⅰ・・・・・・・・・・③)

私の旅は意識して東海道を歩かない

Photo_1327

でも通りかかったときはそこを楽しむ

そういったことを基本においています

いずれは、東海道を全走破するでしょう

新居宿も味わいがありました

私たちの原風景がそこにあります

Photo_1328

町の人たちがこうして古いものを

大事にしてくれているおかげで

旅人の安らぎになります

ここは馬子たちの寄せ場だったか

Photo_1329

こんな旧街道の面影も残っています

幼少のころ母に手をつないでもらい

未舗装のこんな松並木を歩いたことを

思い出しながら歩きます

思い出の中の光景はいつも夏です

Photo_1330

でも良く見てみると

歩道のはずの道は花壇になっている

これなら松の根を踏み固めて

いためることも無いが

人が車道を歩かなければならないね

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ボートがいっぱい浮かぶ川に差し掛かる

いよいよ浜名湖に近づいた

新居宿の真ん中に来ました

ここは東海道の要所だ

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広重の絵に描かれた

この渡し場があるまさにそこにきました

船から降りた人が向かうのは

いよいよ関所です

私も関所に向かいます

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2007年4月30日 (月)

街道の時代絵巻を思い

CIA元長官のテネット氏の著書で米中枢同時テロの発生以前にイラクをつぶす計画がブッシュ政権内で計画されていたと暴露したそうだ。28日付ワシント・ポストの報道とのこと。

最近、アメリカではイラク攻撃についての責任の擦り付け合いでそれぞれが躍起になっているようだ。つまり時代は「イラク攻撃」についてはすでに失敗だったと言う結論になっている。後は責任を誰がとるかということに絞られていますね。ブッシュ側はCIAが間違った情報を与えたのだから連中に責任があるという、CIA側はそんなことは言っていない、ブッシュは始めから攻撃ありきで我々を利用したといっているのです。

まあそれはそれで勝手にやってくれれば良いけど、それに振り回された同盟国はどうなるの。アメリカのやることは全て善であると言って追従し、アフガン攻撃以来、インド洋で海の無料ガソリンスタンドのボランティアをやり続けているけなげな国だってあるのだから。親分の言うことは全て善ということで、自らの命まで捧げる任侠の世界と、将軍様を絶対と仰ぐどこかの国と、このアメリカ崇拝の国とではどこが違うだろうか。

もともと、父ブッシュが大統領時代、クエート訪問中にイラク人に襲われ危なかったことを聞いた息子ブッシュが、父に誓った敵討ちなんてことを信じたくは無いけれど・・・。テレビゲーム的湾岸戦争を演出した父ブッシュに息子が憧れないわけは無い。理由は何であれとにかく大統領就任以来「大好きなイラク」しか頭に無かったのでしょうね。父は喜んでくれたけど、「あまりやりすぎだ」と父も言い出したのだけど、途中から父もあきれて黙ってしまったのには苦笑ですね。

父のお友達のフセインさんも葬ったことだし潔くこの辺で幕引きしても良いかな。そうしないと忠実な子分の同盟国も収集がつかなくなってしまいます。イギリスのブレアーさんもやってられないよと言って退陣するようだし、いかがでしょうか。

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(遠州灘・Ⅰ・・・・・・・・・・②)

しばらく海岸沿いを歩く

Photo_1322

はるか前方に見えていた浜名大橋は

自動車専用道路で歩けないため

この辺から旧街道に出ることにした

江戸時代の道が海の近くを通る

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赤い道が東海道で白帆浮かぶ辺りで

私も合流して浜名湖へ向かう

白須賀宿を半分だけでも味わおう

現在の国一は紫の道です

Photo_1324

白須賀宿もどこと無く

古い時代の面影を残し

心和む街道筋がさりげなく

息づいていました

Photo_1325

キャベツ畑にはキャベツの花盛り

一面花ばかりの畑もあったけど

種を取るためだろうかな

こんなに花が咲いている畑でも

しっかりキャベツの収穫はされていました

Photo_1326

白須賀を抜けると新居宿が近づく

途中の街道筋には

「明治天皇御野点所址」の碑がある

京都から江戸へ向かう道中で

ここで休憩しお茶を召し上がられた

時代の転換期日本の革命成功後の

あの明治維新の大行列の光景が

頭に浮かびました

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2007年4月29日 (日)

綺麗な海岸からスタートだ

「イヨマンテ」禁止通達を北海道が撤廃したとの事。今の若者にそんなこと言っても何のことやらさっぱり分かりませんといわれてしまいますね。我々の世代は伊藤久雄の「イヨマンテの夜」というヒット曲で知っているので懐かしい響きを持ったことばに感じます。

イヨマンテはアイヌ民族の最大の祭典で熊に宿る霊魂を神の国に送り返す儀式で、当然熊を犠牲にします。55年に当時の道知事が「野蛮な行為」ということで禁止の通達を出したことがあったそうで、最近その通達を発見して撤回を要求した結果、撤回が出来たとの事。

先ごろ、ある大臣が「日本は単一民族で・・・」という発言をして物議をかもし出したことがありますね。同化政策というのがあって、日本に住んでいる人間はみんな同じにしてしまおうと特に明治以降日本はやってきた。最近の世界情勢からいって、民族の固有の文化や生活を尊重するようになってきてようやく少しずつ圧迫から解放される人々が増えてきた様に思える。

もちろん道知事が通達を出したころは、熊祭りもなかなか出来ない時勢にはなっていたようだが、それをいいことに、追い討ちをかけたような形のなったのですね。だから、通達を出さなくてもあまり時代は変わっていなかったかもしれない。しかしアイヌの伝統を大切に思う人たちからはそれはとても屈辱的だったことでしょう。

先住民は常に圧迫されてきた歴史がある。アメリカ大陸におけるインディアン、オーストラリアにおけるアボリジニ、中南米におけるインディオ、そして日本におけるアイヌなど。すばらしい文化や芸術、何よりも心優しい人々を、戦に巻き込みそれに乗じて抑圧するというワンパターンで片隅に追いやった反省に立ち、遅ればせながら回復させようとしているわけだ。

動物を犠牲にする祭典は世界中どこにでもある。いまや、人間は動物の血肉をいただかなければ生きて行けなくなっているのだ。キリスト教における七面鳥、イスラムにおける牛、など目の前で命を奪うこと肉を食うこと自体が祭りとなっているわけだ。アイヌにおける熊もその一つであり、同じ祈りの中の世界なのだ。もう一度伝統文化の真髄を見直してみたいものだね。

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(遠州灘・Ⅰ・・・・・・・・・・・・①)

いよいよ念願の遠州灘の旅が

始まりました

目標は県境から御前崎までを往復だ

4月15日

弁天島まで47000歩7時間でした

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県境に近い「道の駅潮見坂」へ

ここからスタートだがまだ県境では無い

とにかく県境まで行かないとと思い

伊良湖岬方面に向かって歩く

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なかなか海までたどり着けない

ようやく立派な国道をくぐり海への道へ

遠州灘の海岸沿いの道には

多くの花が私を迎えてくれる

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海岸は海亀の保護のため

車乗り入れ禁止になっている

海沿いの道を西へ西へと歩いていく

どこまで行っても湖西市の看板だ

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ようやく海岸に出られたところで

そばにいたおじさんたちに尋ねると

「ここが県境だ」妙に自信のある答え

いぶかっていると足元の石を見よという

愛知県と書いてある

確かに県境だった

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海岸はいつだって夢がある

海の向こうを夢見たり

この水際をずっと歩いていくと

どんな世界が待っているかとか

そんなことを思うだけでも時を忘れる

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我が相棒の黒いリュックは

旅の始まりをいまや遅しと待っている

海岸のずーと向こうにはほんの小さく

浜名大橋の姿が見えている

さあ元気にスタートだ

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海ではサーファーたちが浮かんでいた

サーフ帰りの若者と出会う

遠くに止めた車まで帰る途中のようだ

「清掃?」と聞くと「はい」という気持ちよい返事

遊んだ後は海岸の清掃をしながら・・・・

この海岸はとても綺麗でした

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