2009年5月22日 (金)

滑沢渓谷を過ぎて

(狩野川源流への旅・Ⅴ・・・・・・②)

006

今から40年ほど前

今回の一人と伊豆を旅して

下田の近くの箕作から

河津・天城峠・湯ヶ島まで歩きました

007

齢を重ね今再びの天城への挑戦

若い時よりもむしろ今の方が

たくましく感じられるのは何だろう

自然に対する畏敬の念だろうか

008

新緑の気はあたりに満ち満ち

胸の奥の奥まで香に満たされる

とくにもみじの新芽の鮮やかさは

秋の紅葉を彷彿とさせる美しさ

009

滑沢渓谷に至る

自然林が残された渓谷には

源流をなす谷の流れ

あたりには鳥の声がこだまする

010

踊子歩道を横切る道は

橋を渡り紅葉の名所を過ぎ

天然記念物太郎杉に至りますが

我々は橋渡らずに天城へ進みます

013

案内板の右から左へ

道の駅からはまだまだ歩き始めたばかり

渓谷沿いの踊子歩道をしばらく楽しんで

左下部の国道との交点から

つづら折りの道が始まります

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月28日 (火)

路傍のイノシシ親子

(狩野川源流への旅・Ⅳ・・・・・・⑬)

031

国道を下ると目新しい看板が

確か昔はこんなの無かったはずだけど

確かこの先には浄蓮の滝があるが

ここはいったいどこでしょう

032

そうここは昔懐かしいいのしし村

このいのしし村の猪の芸は面白く

健気な彼らの姿に喝采を送ったもの

それがつい最近になって閉鎖されたようだ

034

とても残念な気がします

もう天城山からイノシシが全滅する

そんな日も近いのかもしれません

路傍のイノシシ親子もちょっとさみしそう

036

国道から見える杉の林の中に

往路で歩いた踊子歩道があります

こちらから見た景色と中の景色では

随分と雰囲気が違いますね

039_2

の音が聴きたくなってちょっと寄り道

浄蓮の滝の上に出て川面を見ると

本谷川の清流は勢いよくしぶきを上げ

我先に浄蓮の滝へ向かって迸る

042

あっという間に浄蓮の滝駐車場へ

何度も何度も訪れたけど

踊子歩道と離れているせいか

伊豆の踊子」には一度も登場しません

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月19日 (日)

山葵沢を行く

(狩野川源流への旅・Ⅳ・・・・・・④)

091 

伊豆は西でも東でも南でも

もちろんここ中央でも文学の香り

遠い昔から現代まで文学を育む

強いオーラがわき出ているのでしょう

093 

谷川沿いの田んぼにある早苗は

もちろん山葵でした

ここからは山葵沢が何気なく現れ

それ自体当然の風物詩てして存在する

096 

沢沿いの村はせまい空間に

棚田を作りながら静かに息づいている

大きなダムがあるわけでもないのに

対岸に小さな発電所がありました

098 

砂防ダムは時々現れる

そのたびに街道は寸断され

はしごのようだ階段を上り

ダムを乗り越えなければなりません

099 

どこが道?と思うような街道

単なる河原の中のような道でした

踊子歩道の道標が無かったら

街道とは思わなかったでしょう

100 

突然現れるちいさな木の橋

辺りを見回すと対岸に道標が見える

間違いなくここが踊子歩道でのようだ

いよいよ山紫水明の峡に迫りつつある

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年4月 7日 (土)

「夢X挑戦ブログ挑戦報告(3月)

「夢X挑戦ブログ」に参加させていただいて、3月はビールまでいただきました。おかげさまでおいしく味わうことが出来ました。つたない文章ですが読んでいただける人がいるおかげで何とか続けていくことが出来ます。今後ともみなさまの応援よろしくお願いします。

さて、私の挑戦は進んでいるのかな。「静岡県の海岸線一筆書きで歩く」と言う目標はけっこう大変だと思っています。そこでそこにいたる準備で3月は近回りの「菊川」の河口より源流のそのまた先の「粟ヶ岳532m」まで5回に分けて歩き通すことが出来ました。

4月はさてどこへ行くか。たぶん東方面だと思います。いや、西になるかもしれません。そのときの気分しだいです。また、ブログで報告していきますのでご期待ください。

今回は「挑戦報告」へのトラックバックために、ちょっと寄り道です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅴ・・・・・・・・・・・⑤最終回)

帰り道は磐座(いわくら)の中を抜ける道

Photo_1164

自動車道とは違った本来の登山道を

下ることにした。

ほぼ一直線に麓までいける

道のようだった

Photo_1165

その昔使っていた神社への階段も

今は落ち葉に積もり荒れ果てている

このお寺も見捨てられてしまったのか

荒れ果てた雰囲気が歴史を語る

Photo_1166

唯一の救いは

荒れ果てた境内の中に

微笑を絶やさない大師の像

日々あくせく悩み苦しむ衆生を

慈悲の心で照らすのか

それとも・・・・・・・・・

Photo_1167

眼下の霞の彼方には

Wカップ会場になったエコパスタジアムが

右の上にほんのりと浮かんでいる

新幹線掛川駅周辺もかすかに伺えました

Photo_1168

山の斜面には春を待つ茶畑と

まだ幼稚園ぐらいなお茶の木が

明るい陽の中ですくすくと育っている

次の世代をになう若者の成長を

じっと見守っていきましょう

Photo_1169

麓の東山の村は長い歴史の中で

静かな日々をすごしてきたのではないか

そんなのんびりした景色は

鶯の声とともに春に目覚めていきます

Photo_1170

東山の村には逆川の起点がある

二級河川と書いてあるとおり

菊川の上流ではなく原谷川上流だ

川の長さは菊川より長いのに二級河川

その基準は私には分かりません

Photo_1171

もう一度峠を越えて小夜の中山に戻る道

横尾忠則氏が喜ぶようなY字の三叉路

しばらく待って車の人に聞いて左の道へ

人生の三叉路を無意識に通り過ぎた人が

今頃になってY路に迷っている

Photo_1172

峠を越えると本来の粟ヶ岳道になる

麓の三叉路でおじさんが教えてくれた

あのもう一方の菊川の源流

その一滴を確認して

茶畑の中を麓へと最後の歩を進めた

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007年4月 6日 (金)

鉄人のようなS先生

(あいまいな判断)熊本市の「こうのとりのゆりかご」が話題になっている。賛否両論あることはご存知だと思います。

でもドイツの白熊の赤ちゃんクヌート君と一緒にするわけではないが、人間は自然界に生きているのではなく人間界に生きている原則から言って、生まれてきて生きている命は原則すくわなくればいけないのである。それを踏まえたうえでの論理であれば賛否両論耳を傾ける価値があると思います。

ところでこれを開始する上で熊本市長がいろいろ各所に掛け合った結果が面白い。警察サイドは「設置の判断には一切関与しない」とのこと。設置しても悪いとは言わないが良いともいわないということ。強いて言えば幼児遺棄には当たらないということかな。

厚生省は「ポスト自体の是非については良い悪いの判断は出来ない」とのことだった。市長が、それならそういった文書をちょうだいと言ったら、口頭で市長に伝えたから文書では出さないとのこと。言ったことの責任があるのなら文書出しても良いのにね~。

安倍首相は「大変抵抗を感ずる」とのこと。あれっ、厚生省は悪いとは言っていないけど安倍首相は抵抗を感ずると言うことは政府として意見が一致していないと言うことかな。

首相らしくなく、妙にはっきり反対の意見を言うなーと思いました。今まで大臣の不正経理問題も「本人が間違っていないと言うのだから調べる必要はない」といって結局うやむやにしたり、「行くか行かないかは言わないよ」とかあいまいなことばかり言ってがんばってきたのに、今回は厚生省が「悪いと判断できない」ものにたいして「大変抵抗を感ずる」とは珍しいと思いました。

きっとこれらの問題に対して首相としてはすばらしい解決策でも内に秘めているのでしょうね。そうでなければ「良い悪いの判断は出来ないと言うことも出来ない」とかなんとか言ういつもの訳のわからないようなコメントになるはずだけど。

市長はこれらのいい加減な発言の中の「悪いとは言っていない」と言うところをとって『設置認可』を出したわけだ。

先日も代理出産の判決で裁判官が「僕はいいと思うのだけど、法律では良いとも悪いとも言っていないので、良いとは言えない。早く立法府で良いという法律を作ってほしいなー」というように読める判決文を出した人がいた。

一般人には出来ない判断をしなければいけない立場の人たちがこれじゃ困ったもんだね。中国の偉い人が日本に来て、久しぶりに日本の首相と話をするようだけど判断大丈夫かな~。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅴ・・・・・・・・・・・④)

頂上には阿波々(あわわ)神社という

立派な社が建っていました

Photo_1157

奈良時代からの由緒があるらしいけど

けっこう歴史の中で埋没したらしく

明治に復活して

また近年になって再興したものらしい

Photo_1158

最高点には小さな石の杭と

粟ヶ岳532mと言う文字が書かれた

棒切れだけが転がっていたので

棒切れを立てておきました

Photo_1159

なんといっても圧巻は

神社の前にある磐座(いわくら)で

巨石がゴロゴロありそれ自体が

一種幽玄な雰囲気を醸し出している

Photo_1160

古代の祭祀跡や

伝説にいろどられた穴とか

いろいろあって神聖なところ

岩の上には登ってはいけないそうだ

Photo_1161

頂上にあるお店で食事をさせていただいた

午後1時を回っていてお店の中は静か

どうやら桜の季節にはにぎやかになりそうだ

売店の奥さんとしばしお話をする

Photo_1162

お店のおみやげ物売り場の棚に

写真がずらりと並んでいる

自転車や徒歩で頂上まで来た人の

記念写真です

なつかしい我が恩師S先生のお姿も

S先生はこの日で290回目の

自転車での登山だそうで

1時間ほど前に来て下ったそうでした

先生は確か70代後半だと思います

まさに鉄人ですね

Photo_1163

お店の前には茶祖「栄西禅師」が

眼下に広がる茶畑を悠然と眺めている

背後には遠州と駿河をカバーする

大きなパラボラが

家来のように控えていました

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2007年4月 5日 (木)

麗水とはどんな水かな

26日から就任後初めて首相はアメリカに訪問するそうだ。巷ではゴールデンウィークが始まる矢先でご苦労様です。

なにせ就任早々中国韓国へご機嫌伺いに行く行動力に脱帽して期待され、北朝鮮がそのお祝いに核実験をぶちかまし歓迎してくれたことももう忘れがちになってしまったね。おかげで歴代首相がいの一番にアメリカ詣でをしていたのがそれどころではなくなってしまったわけだ。あの頃は半年もてば良いだろう、リリーフで再び小泉さんが復帰するなんて噂されていたけれど今のところ何とががんばっているようだ。

首相外交は今の世の中大切なパフォーマンスでましてや奥さんもかなり人気がありそうなのでこのへんで大いに点数を上げてほしい。首相は国会でチンタラチンタラ与野党の質問に答えていないで外回りの営業をがんばることを本分としてほしいものだ。

今度の訪問にはアメリカの後、中東5カ国を訪問することになっているがなぜか肝心のイラクとイランが入っていない。危険だからと言う理由は無いだろう。なぜなら戦闘当事者のアメリカ大統領だってイラクを電撃訪問したことがあるからだ。

理由はアメリカ越しにイランとイラクへ話をしちゃ行けないと言うきついお叱りを心配してのことだと思う。だからこそ、今こそこの2国へ我が首相は行かなければ行けないし、この国も今こそ日本の首相が訪問してくれることを待っているはずだ。

もともとこの国は世界のどの国より日本とは友好関係を持っていてくれていた国なのだ。いまならまだ間に合うはずだ。この最高のチャンスを逃したらきっと彼らも日本のことを見放すかもしれない。アメリカとの友好も大事だが過去の永年の友人まで犠牲にしては元も子もないような気もしますがいかがでしょうか。アメリカの傘の下のチキンハートからそろそろ脱却してほしいものですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅴ・・・・・・・・・・・・・③)

頭は自動車道を歩くことだけになっていた

Photo_1152

後で分かったが

本当はこの灯篭がある

大久保と言うところから登山道が

あったのだが気が付かなかった

Photo_1153

山の畑の中腹に

「阿波波の麗水」と書かれた

貯水槽がありました

麗水って何だろう

Photo_1154

山の「茶」文字が浮き出て見えるのは

周囲に常緑樹が無いからです

桜の木が植えてあり

花見の名所にもなっているようだ

中にはこんな色っぽい桜の木もありました

何かに見えたのは私だけ・・・

Photo_1155

「茶」文字のところまで登ってきたら

何と杉の大木で描かれていた

遠くから見ていたときはてっきり

お茶の木で描かれているとばかり

思っていたので驚いた

以前は松だったそうだが枯れたので

杉の木に変えたそうです

Photo_1156

勿論近くで見ると何が書いてあるか

さっぱり分かりません

多分これがくさカンムリで

あれがはねているところだなと

想像しながら歩くのもまた楽しみです

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年4月 4日 (水)

でっかいお「茶」文字

核保有国で唯一査察を拒否していたロシアが民生用に限り査察受け入れを表明したことが4日に分かったそうです。

ところで核保有国とはどんな国だか知ってますか。私は知らなかったです。原発だって核だし、いったい核を持っているってなんだろうと思ったら「核爆弾」を保有している国のことだそうです。それならそうで「核爆弾保有国」とか「原子爆弾保有国」とか「水素爆弾保有国」とか言ってもらった方が分かりやすい。

今回ロシアがIAEA(国際原子力機関)に表明したのは民生用ということで原発用のウラン濃縮施設のことです。ますます分かりにくくなってきた。核爆弾用の施設は査察してはイヤだよといっているわけだね。

核保有国ってどことどこだか知ってます。私も良く知らなかった。アメリカとロシアは分かるよねフランスも分かる、後はイギリスと中国だそうです。これを当初の核保有5カ国と言うそうで最近隣同士で喧嘩していたインドとパキスタンも仲間に入れてくれたそうだ。これで公式的には「核保有7カ国と言うそうだ」。そこへ北朝鮮が「核爆弾保有8カ国」と公式的に言ってくださいと名乗りを上げたわけだ。

兎に角、物心ついた時にはアメリカとフランスが南の島で核実験ばかりやっていたのを覚えている。アメリカ領とフランス領だから南の国はおいらの国だ、国内で実験やってるんだからもんくあっかと言う奴だ。そこに住んでいた人たちやそこで操業していた焼津の漁船などが被害をこうむってようやく地下核実験に切り替えた。

人類は水爆と言う巨大なエネルギーを生み出したがそのコントロールはまだ出来ていない。ましてや規模の小さな原子力さえも米ソのように1000回前後の核実験をしている国でさえスリーマイル島・チェルノブイリなどコントロールの未熟さを露呈しているのである。

ましてや核実験を一回もやってない日本は放射能漏れなんて当たり前かもしれない。一回爆発させたから仲間に入れよというのもどうかと思うが、それを相手にするほうもどうかと思うよ。もう人類は核爆弾を作らないと言っているのだから作ったらペナルティあってしかるべきだろう。ご褒美を上げていてばかりではむしろ他の国もまねをしますよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅴ・・・・・・・・・・・②)

昨日はニフティでメンテナンスとのことで

ブログがかけませんでした

今日から再開です

峠を上り始めると農道は

急に狭い急坂になる

Photo_1145

山の上のお茶畑から軽トラックが

ゆっくり降りてくる

道の端に寄っていると車が止まり

「ワラビとりかのー」とおばちゃんが声をかける

「ワラビ出てるの」と聞くと、まだだよと返事

そこでまたおばちゃんと

5分ほど話込んでしまった

Photo_1146

茶畑をエッチラオッチラ登っていくと

前方に「茶」の文字が見えてきた

あれが粟ヶ岳だ

国道やJRからもはるかに見ることが出来る

でっかい「茶」の文字です

Photo_1147

峠の頂上を越えると文字は

より鮮明にその全貌を現してくる

見た目はそんなに高くなさそうだし

軽く登れそうだとその時は思った

Photo_1148

途中野良仕事をしていたおじさんに

粟ヶ岳の登り口を訪ねると

昔は真っすぐ登れたが今は自動車道を

ぐるぐる回らなければだめだとの事

この道をしたまで下りあらためて

山に向かって登ることにした

Photo_1149

確かに粟ヶ岳はあっちだと

看板があるところを見るとそのまま

自動車道を行くしかないのかな

途中で「峯貝戸の大クワ」と言う看板

Photo_1150

静岡県の指定天然記念物とのこと

さて看板が出ているものの

どれがクワの木か私には良く分からない

多分岩の上に根を張っている

ぼさぼさしたのがそうだろうと思った

Photo_1151

かなり登ってきたと思ったが

頂上まではまだ3.5kもある

いかに自動車道といえども

まだまだ先は長そうだ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年4月 2日 (月)

旅人の十字路

(人間が作った砂漠)黄砂の季節がやってきたらしい。俳句の季語にもなっているほどの季節感を表わす言葉ですが、あまり好きにはなれませんね。

タクラマカン砂漠ゴビ砂漠黄土高原などの一帯から、偏西風の乗って中国大陸の空気を運んでくる。その中には有害物質もあるけれども酸性雨を緩和する物質も含まれているそうだ。

発生源の砂漠は自然現象ではなく人間が作ったものだと言う説もある。あのジンギスカンで有名な、遊牧民族が飼っていた羊によるものだと言うこと。羊は草の根まで食ってしまうため生えている植物を根こそぎにしてしまうと言う説だ。

日本の人で砂漠の緑地化に尽力している人が、始めのうちは植えても植えても羊に食べられてしまい草が根付かないと言っていました。地球上の全てがそうとは言わないが砂漠のあるところには遊牧民族が多いのが特徴ですね。逆に草地が少ないので遊牧をして各地を点々とせざるを得ないのかどちらでしょうか。

広大な砂漠を長い歴史をかけて人間が作ってしまったのだとするとそれ自体すごいことですね。北京秋天と言う言葉どおり秋の北京は澄み渡って美しいそうですが逆に言えばそれ以外は空気が澄んでいないのですね。私が行った二回とも霞んでいました。

冬は煤煙、春は黄砂、夏は何でしょう。北京の街でガイドにこの霞は黄砂ですかと聞いたら違うと言っていました。では何ですかと聞いたら答えてくれない。次の日飛行機で西安まで行ったのだが窓外はずっと霞んでいる。ところどころに煙が見える。空港に降りてバスに乗ったら車が走れない程の霞だった。

その正体は畑で麦藁を焼いている煙だった。そういえば飛行機から見えていた霞みも麦を焼く煙であることが理解できた。西安から北京までのあの広大な台地を全て覆っていた莫大な量の煙。万里の長城までかすませてしまう煙。人間の力の大きさにいまさらながら驚かされたことがありました。

人間の力で地球は良くも悪くもなるのですね。いまさらながら地球の小ささに感心を持たなくてはいけ無いのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅴ・・・・・・・・・①)

いよいよ菊川の旅も最後になりました

3月15日6時間29000歩

粟ヶ岳まで行って来ました

奇しくも今日4月2日甲子園で

常葉菊川高校が決勝進出を決めました

ブログで応援していたので

喜んでいます

決勝もがんばれ

・・・・・・・・

出発は国道の小夜の中山です

Photo_1134

あの「夜泣き石」のあった公園

その下からスタートです

静岡県の一級河川では最も短い菊川

その源はもうすぐです

けれど最終目的地をその先の

粟ヶ岳(527m)に定めました

Photo_1135

小夜の中山から少し下ったところに

菊川が見える

ここからだと粟ヶ岳は

頂上のパラボラがわずかに見える程度

山腹に書かれた「茶」の文字が見えない

Photo_1136

菊川と旧道の交わる辺りに

喜多向地蔵尊と菊石がある

お地蔵さんは祠に入っていて北向に

菊石はその脇に屋根付きで祀られていました

Photo_1137

菊石はまるで作った彫刻のように

きれいに花の模様が浮き出ていました

説明書きによるとお地蔵さんも石も

民話の世界で生き生きと息づいていました

Photo_1138

里の村には確実に春が近づいて

そこここにうずき始めた生き物の

息吹が感じられます

一時よりも空気は冷たいけれど

動き始めた季節はもう止められない

Photo_1139

菊川の「起点」は意外と近くにあった

歩き始めて数十分で川の合流点に

「起点」の表示がありました

菊川はここでおしまい

Photo_1140

さてここからどちらの川筋を行くか

「奥小鮒川」方面から遠回りして

粟ヶ岳を攻めようと思い右へ

「どこから来たのかい」頭上で声がする

Photo_1141

おじさんが石垣の上から声をかけた

「通りすがりの旅人でござんす」

ここはハイカーの十字路

おじさんはいろいろな人を知っていた

15分以上話し込んでしまった

おじさんは

「粟ヶ岳はそっちじゃないよ」と言ったけど

「気分はこっち」と言い置いて先へ行く

Photo_1142

案の定川も道も急に狭くなる

人家もほとんどなくなってきる

しかし川の水は澄み

鶯の声はますます冴え渡ってきた

Photo_1143

農道の脇に咲いている

スミレの花も人知れず可憐に咲いている

その清楚な美しさに心が洗われます

これからの季節どんな小さな花も

見逃すわけには行かない

なぜならみんな私に語りかけてくれるから

Photo_1144

川は沢になり

やがて森の中へ消えてゆきました

さあ粟ヶ岳への道は

これからもう一つ峠を越えた向こう側になる

細く急な農道を峠に向かって歩き出す

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年4月 1日 (日)

はいても積もる心の落ち葉は

「森林環境税」とか「森作り県民税」とか言うものを導入することになる県が今年でどうやら23県にも達するそうだ。静岡県は昨年度06年に導入したそうだ、知らないよね。えっ知っていましたか、これは失礼私だけが知らなかったのかな。

もともとは全国一の森林率を誇る高知県が自然を守るために恐る恐る導入した税金だった。本来国がやらなければならない森の保全を待っていては森が危なくなると言うことで県民の負担を覚悟に思い切ったのだ。

ところがその翌年からまねをする県が現れた。翌年1県次は6県その次の年は静岡を含め8県。よしよし皆やるなら恐くない今年度は7県合計23県だ。来年度1県予定しているので24県になる。ここまでくれば全国の地方都市はみんな導入しても恐くなくなった。

受益者負担と言うよりもどうやら一律お金を集めようと言うものらしい。豊かな自然を守り生活用水の水源である森を守るためという高尚な理由があるのだから県民は黙ってお金を出すだろうと言うことですね。ちょっと待ってよね、新税導入は受益者負担の原則じゃなかったっけか。

水を一番使っているのは都会だよね、確か愛知、大坂そして東京はどうやら導入していないらしい。本来の高尚な論理を振り回すなら大都会が自主的に導入してその集めたお金を水源の県にどうぞお使いくださいといって提供するなら分かるなだけど。絶対そんなことはしないよね。

都会の理論から言えば国に税金を納めているのだからそこから出せば良いじゃないかということになる。正解です、本来それが正解です。地方都市で導入するのならその分今までの所得税なり住民税なりをその分減らせばいいのだがそうでなく新税としての導入と言うことはどんな高尚な理論を振りまわしたとしても単なる増税なのだ。

高知県が03年に始めた新税は5年の時限立法だった。つまり今年度で終了する。はたして当初の目的を果たしたと言うことでこの税は来年度は継続しないだけの勇気が有るだろうか。トップ引きとしてのポリシーとして勇気ある是非決断してほしい。

それでなくては皆でやれば恐くないという他県はうまくいったといって永遠に徴税を続けてしまいますよ。自動車関連の税金同様、目的税と言う名を持ってしても一度集めだした税金を簡単に手離さないのが国家と言うものです。

今朝のBS放送を何気なく見ていたら久しぶりにキッシンジャーさんが出ていました。「日本と言う国はあいまいなところが有るが国家が決めたこと事には善悪は別として一致団結して真っすぐ従う世界でも稀な国民です」と言うようなことを言っていた。へーっ 世界でも稀な国民ですか・・・なら、新税をジャンジャン作っても大丈夫か・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・・⑧最終回)

日坂宿を過ぎたところに

坂の上り口があるがそちらへは行かず

旧国一のゆるやかな上り坂を行く

Photo_1127

国道沿いのおなじみのお寺

車ではすっと通り過ぎるだけだが

いつだってそこにあることは知っていた

人との出会いと同じで

あるだけで安心するものなのだ

Photo_1128

お寺の小僧さんが竹箒で

お掃除をしている

「はけばちり はらえばまたも ちりつもる

   にわのおちばも ひとのこころも」

と 言うことは つまり・・・・・・・

Photo_1129

旧道と国一その向こうの尾根の道

尾根の道が江戸時代の東海道だ

あの時代は尾根の道が

一番便利が良かったのでしょうね

Photo_1130

トンネルの所で新旧国道が

平行して走る

勿論 東海道はまだ上にある

やはり幾多の歴史を刻んだ難所なのだ

Photo_1131

トンネルを抜けた先の

名物水飴屋さんの脇を上ったところに

夜泣き石公園があり

ここにも「夜泣き石」がある

久延寺のものより少し大きい

Photo_1132

表面には弘法大師が書いたとされる

経文があるところなどほとんど似ている

広重の絵と比べてみて

結局二つとも後世の人が作ったものだろう

そんなことを言っては西行や芭蕉に

申し訳ない そっと手を合わせました

Photo_1133

最後にもう一度諏訪原城に向かい

上る坂の途中で振り返ると

下を通る国道と坂を上る東海道が

眼下に見下ろせた

一回り回ってきてやっと地形が読み取れた

この日6時間半歩いても

菊川の川の距離としては

わずか1キロ上っただけに

過ぎなかった

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月31日 (土)

ちょっくら御免なすって

ロシアの上院議長が大統領の任期延長や三選も認める憲法改正を提出しようとしているようだ。ノーベル平和賞のゴルバチョフからエリティンへのあのロシア革命以来アメリカに倣って大統領制をしいたのだが、ここへ来てまたぞろそれを変えようとの提案らしい。

なんとなくソビエト連邦的な発想だなと感じました。近代の共産国家はどうしても長期政権になりがちでそれが弊害になる場合がある。民主化されたロシアだが昔の夢を見ている人がいるのかもしれない。今回の件はプーチン大統領自体が任期延長の改憲には反対しているのでまだ救いがある。

アメリカが長い年月かけて一期四年二選までの伝統を確立して来たのにはそれなりの合理性があったわである。だからどんなに人気がある大統領でもしっかり八年で引退するだけの抑制が効いているのです。それがアメリカの良心のもとになっているのでしょう。

民主国家を自認している国でも十年以上うっかりすると25年も大統領を務めることがある。そんなときの大概のパターンは一族による政治腐敗に陥って自己崩壊するものです。それを許していた国民にもやはり責任があると思います。

いま地方議会の選挙戦がたけなわですが「この人で無いとこの地方(この国)は良くしていけない」と言う錯覚を感じることがある。本当にそうだろうか。

以前「日本を運営しているのは政治家でなく経済人だ」と言われたことがある。政治家がいなくても日本の企業が教育も外交も福祉も国防さえもやっていて、むしろ政治家はその足を引っ張るだけで日本のイメージを悪くしている、なんて事がささやかれたこともある。そんなことは無いと思うが昨今のニュースを見ているとあながち的を得ているところも無きにしも非ずだね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・・・・⑦)

食事をして体力充実

でも先ほどの坂を上る気はなく

今度は旧国道を行くことにする

田んぼではコロロコロロとかえるが鳴く

Photo_1121

事仁神社の向かい側に

江戸時代の東海道への道がある

歩き始めてすぐのところに

秋葉常夜燈が残っている

遠州はどこへ行っても常夜燈が目に付く

秋葉山信仰が根付いているあかしだ

Photo_1122

いわゆるここは東海道日坂宿だ

高札場があり今で言えば「広報○○」だね

なかなか風情があって面白いが

旅行く人にとっては

もっと低くしたほうが見やすかったかな

Photo_1123

宿場町の中ほどに「川坂屋」と言う

旅籠が見学者に解放されている

中に入り二階まで上り往時を偲んだ

かなり格式の高いお客さん用との事

Photo_1124

見物を終えて帰ろうとすると

観光スタッフのおじさんが

ぜひ茶室を見て行けと言う

「旅を急ぎますもので」と言うと

「すぐそばだから」と言って案内された

Photo_1125

この茶室の床柱はツツジが使われていて

ツツジの下の部分は水戸の偕楽園

好文亭内の茶室に使われているとの事

つまり大木の上の部分を掛川城で

譲り受けたものだそうです

Photo_1126

まだまだ帰りの道中は長い

おじさんに礼を言って旅を急ぐ

街道筋は古い建物がそれとなく保存されて

しばし江戸時代へタイムスリップ

芭蕉翁の心境になって歩きました

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年3月30日 (金)

道の駅でほっと一息

「特定失踪者問題調査会」が運営する北朝鮮向け短波ラジオ放送「しおかぜ」の日本語放送が妨害電波を受けたと言う報道。

じつはこれ今に始まったことではなく昨年から引き続いているのだがあらためて報道されるのには訳がある。国際電気通信連合(ITU)から日本よりの電波発信に22日に認可が下りたばかりで今週の月曜日26日から運用したばかりだったからなのだ。以前は英国の放送会社に日本国外から発信してもらっていたらしい。

したがって北朝鮮から見れば何をいまさら妨害電波如きで騒いでいるのだといいたいところでしょう。向こうにしてみれば日本とは「臨戦状態」にずっと入っているのだから当然のことだと思っているのでしょう。

電波と言うもは考えてみればデリケートなものだ。ルール通り発進しないと混信してしまうため割り当て管理はITUの厳重な管理下におかれる。逆に受信はその気になれば誰でも出来る。理屈で言えば空中を飛び交っている電波を捕まえるだけで良いわけだ。ラジオやテレビを考えてみれば簡単な理屈で分かる。それだけに他国へ向けての宣伝には効果があるのだが周波数には限りがあるため発信には管理が必須と言うことになり、ITUが存在しているわけだ。

限りある電波を有効活用しようということでディジタルの活用になった。これだと理屈上無限の数の割り当てが可能だが、技術がそれに追いついた分だけ利用できると言うわけである。つまり大根をどれだけ千切りにできるかと言う技術と同じなわけだ。

それにしても妨害電波を出すなんてのは随分古風な戦略だね。なんとなく懐かしい気がする。せめてお互い「戦略放送」でもって正々堂々と戦ってほしいものだ。どんな戦いでもルールは守りましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・・⑥)

日坂(にっさか)の上り口は今でも急だ

Photo_1114

江戸から上ってきた人はやれやれ

京から下ってきた人には

「命なりけり」なんて言わせていたのだろう

実感は広重の絵の通りの坂道だ

Photo_1115

坂を降りきったところで

旧国一とバイパスが交差している

馴染みの道路へ出る

実はこの日うっかり水もおにぎりも無し

午後1時半ごろでだいぶピンチだ

Photo_1116

以前にも一度有ったがこういうときに限って

食堂も自動販売機も見つからない

それでも遠江国ー宮と言われる

事任(ことのまま)八幡宮に寄り

ちょっと休憩

Photo_1117

食事よりまずは水がほしい

旧国道を掛川に向かって歩くと

やっと「道の駅掛川」が見つかった

すでに午後2時を回っている

Photo_1118

まずは水分補給そしてレストランでの食事

店内は時間の割には混雑していた

自分でおかずを取り清算する方式

とてもおいしい食事で安かった

Photo_1119

店内はとても広く お客さんも大勢だ

ぐるぐる回っていると

「しぞーかおでん」缶が目に付いたお

「おでん博士」としてはこれは宣伝しておかないと

と言うことで紹介します

Photo_1120

帰りがけにお土産として

メロンパンを買ってきました

遠州はメロン生産の盛んなところ

パンの中にマスクメロンのクリーム入り

とてもおいしくて安い

売店のお姉さんもとても可愛いかった

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007年3月29日 (木)

伝説の水飴屋さんで遊ぶ

(政治屋たちの冒涜)戦犯合祀は国が主導したと言うことが国会図書館が公表した「新編靖国神社問題資料集」で28日に分かったそうだ。少し前までは靖国神社自体が勝手に合祀して、頑固にがんばっていて譲らないと言うように報道されていたように思う。66年には厚生省が合祀のための名簿を神社側に送り、69年には合祀可という結論を出したらしい。こっそり祀ってしまえば分からないからということらしい。

その頃は日本も高度成長時代で、アジアのリーダーであることを内外にひけらかしていた時代。戦争の賠償金問題もODAと言う形に変えてお金をばら撒き、特にアジアを自分の支配化に置いたような形になっていた。だからその頃の日本は何をしても何を言っても許されると思っていたことも確かである。

海外に住んでいたころ「あなたはどんな宗教をお持ちですか」と時々聞かれたことがある。考えてみると何もない。ためらっていると「神道(shinto)か」といわれるので面倒だから「そうです」と答えたものの後ろめたさがあった。ある時は「仏教です」と言ったり「クリスチャンです」とか便宜上答えるが皆ヘンですね。

ほとんどの外国の人はどこかの宗教に属しているような感じです。身分証明書IDカードにも宗教が書いてあり、飛行機に乗ったときなどでも食事などに配慮してくれるのかな、なんて思います。つまり宗教はそのひと個人の自由であり、だからこそIDカードにも記入されるのだと思いました。もし、国家で規制されるものなら全員が同じなので記入の必要が無い。だから日本人はみなshintoだと思われている向きもあるのです。

私は町内の神社の祭りも好きです。近くのお寺のお祭りにも行きます。教会に通ったことも有りますしクリスマスも楽しみです。ヒンドゥーの寺院のお祭りも好きですしモスリムの友人がいたこともあります。それぞれが皆尊敬しあって生きていけば、心の拠りどころとしての宗教は大切なものだと思います。

歩いてあちこち旅をしているといろいろな遺跡や民話とも出会います。戦の中でなくなった敵の将軍や武将を祀ると言う伝統も日本にはあります。敵味方無く亡くなってしまえば皆祀られる存在なのです。そんな日本人の死生観を外国の人が理解しないからと言って相手の考えを非難するのもどうかと思います。

合祀問題のごちゃごちゃも「わからないうちに祀ってしまえ」とか政治が宗教に強要したことに原因があるやもしれません。批判されてそれに対して偏屈に反論すると言う繰り返しではことがこじれるばかりだ。もっと正々堂々自分たちの生き方を表明していけば世界に理解されないことは無いと確信しています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・・⑤)

夜泣き石伝説は

その後弘法大師が石に経文を

書いたというからかなり前の話

昨日の写真の経文が分かりますか

Photo_1106

江戸時代の街道の絵図面には

お寺の横に「扇屋」という飴屋が書いてある

その伝統を守って今も存在していた

土曜日のお昼なのに閉まっていた

Photo_1107

お店の前の公園に西行法師の

「年たけてまた越ゆべしとおもひきや

  いのちなりけり小夜の中山」

という有名な歌碑がありました

この歌にも旅の難儀さが伺えますね

Photo_1108

しばらく辺りを散策していると

ガラガラと戸を開ける音がして

扇屋さんが店開きしているところ

ちょっと用事で遅くなったとのこと

お店の中には瓶に入った水飴も

あるところがなんとも嬉しい

Photo_1109

以前は名物お婆ちゃんがお店を

守っていたそうです

2年前に103歳でお亡くなりになったとのこと

新聞の切抜きや写真などが

飾られていました

Photo_1110

お店の片隅にあった民芸品

どうして遊ぶのか教えてもらい

軸を棒でこするのだがなかなか回らない

お店の人もやっとまわすことが出来た

面白いので家に買ってきら

我家の弟橘姫は一発で回してしまった

Photo_1111

峠からは快適な尾根の道

一里塚跡や古戦場の鎧塚など

いちいち説明書きを読みながら

のんびり歩く

Photo_1112

なんといっても詩人ロードだ

読み人知らずもある中に

やっぱり芭蕉の句が光る

・道のへのむくげは馬にくはれけり

・馬に寝て残夢月遠し茶のけむり

この2句は知っていたが

・命なりわずかのかさの下涼み

は知らなかった

小公園になっていて小さな松で

句の雰囲気を出そうとしていた

Photo_1113

尾根道からいよいよ日坂のその坂を

降りようとする辺りに広重の絵が

石に描かれていた

この絵でみると街道のほぼ真ん中に

夜泣き石があることになる

お寺に有ったものより大きい感じだ

江戸時代の武士も旅人も

石をよけて通ったのだろうと思った

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年3月28日 (水)

今はもう泣く事もなく

ミャンマーの首都の移転の話題をテレビでやっていた。なんと1年半前から移動が開始されているとのこと。

さすがに東南アジア大好き人間の無門でも知らなかった。私が知らなかったと言うことはさて一体何割ぐらいの日本人がこのことを知っていただろうか。ミャンマーと首都ヤンゴンという組み合わせさえあまり知らなかったと思えるし、むしろその前のビルマと首都ラングーンの組み合わせのほうが分かりやすいぐらいだ。

今度の新首都「ネーピードー」もあまり覚えておくことも難しい気がする。ちなみにネーピードーとは「王の住む土地」と言う意味だそうです。タイの首都バンコクの正式名のクルンテープ(天使の都)というのとどこか似ていますね。新しい首都名も軍事政権が昨年10月に一方的に発表したしたと言う事で世界地図もまだ対応されていないようだ。

新首都は公務員の住宅は無料で、すばらしくきれいだそうです。そして首都では携帯電話は使用禁止とのこと。なんとなく政権を護る武士を城の周りに住まわせて将軍の安泰を図ろうとする城下町でも作っているような感じですね。

世界で結構新首都移転が叫ばれているけどほとんどが合理的な政府機能を実現するものが多い。近代的な情報都市にするべきところをむしろ世界各国の干渉を遠ざけたいと言う意思のようなものを感じます。

東南アジアの国で日本のテレビであまり報道されない国は①ブルネイ②ラオス③ミャンマーですね。①②に比べてまだましかもしれませんがどちらかと言うと「アウン・サウン・スーチー」さんが有名でほかの事はほとんど話題になりません。したがって首都はと聞かれて私もヤンゴンという名前が思い出せないほうが多かった。

ところで国名首都名が変わった20年前に軍事クーデターの後いち早く政権を認めたのは日本でした。スーチーさんのことにもあまり乗り気でないのも日本の特徴だそうです。なぜでしょうか。

戦前国王を追放して植民地にしたのは英国です。しかも英領インドの1州にしてしまったため独立運動が起こり「アウン・サウン」将軍が日本軍と手を組んで英国を追い出し「ビルマ国」を独立させた。ところが日本の戦局が怪しくなったところで将軍は英国に寝返ってしまった。終戦直後は他の植民地同様日本が去った後、元の宗主国が再び植民地宣言するところを撥ね退け「ビルマ連邦」として独立したそうである。

その後紆余曲折があってのクーデターによる軍事政権樹立。そして将軍の娘「スーチー」さんの軟禁が始まり元宗主国英国が相当頭にきているようだ。そんな図式を読み解くと日本の対応などがなんとなく判るような気がします。

私がミャンマー国境のタイの町に住んでいた頃、そこの人たちは「ブーマ」とミャンマーのことを呼んでいました。後で考えると「ブーマ」が世界では一般的な呼称で「ビルマ」は日本的な呼び方みたいだ。ましてや「ミャンマー」をいまだに認めていない国も多いのだそうです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・・・・・・・④)

前方にパラボラの塔が見えてきた

そろそろ峠に差し掛かったか

Photo_1101

駐車場が見えてきたところをみると

どうやらここが小夜の中山か

この日の目的地だ

ここまで上ってくる間ですっかり

全身に汗をかいてしまった

Photo_1102

駐車場の前に「久延寺」と言うお寺がある

かなり歴史のあるお寺のようで

境内には山内一豊が家康を接待した

茶室の跡などが残っていました

Photo_1103

山門にも本殿にも多くの名前札が

張ってあるが普段余り気にしない

しかし何気なく見上げた本殿の柱に

なにやら見覚えのある名前

これって今話題の人?

Photo_1104

境内をぶらぶら歩いていると

大きな丸い石が奉ってある

これってあの有名な「夜泣き石」と思い

説明書きを読むとまさにそのもの

国道一号線にあるとばかり思っていたので

意外な感じがした

Photo_1105

でも伝説によるとこの「久延寺」の

和尚さんも登場する場面もあるし

こちらの方がそれらしく見えるのが

なんとなくうれしい感じだ

石ももう泣く事もなく陽だまりの中で

旅人の心を癒しながら見守っているようだ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月27日 (火)

ど根性土筆と道連れに

高レベル放射性廃棄物の最終処分場がなかなか決まらないようだ。使用済み核燃料をガラスで固めてしまい、それを300メートルの地中に封印してしまおうと言うやり方みたい。

昔は宇宙へ捨てるとか海に沈めるとか考えていたようだけど、どちらも反対され断念した結果、地中にすることになった。しかし、どこへ埋めるかが問題だ。国としてはどこかが手を上げてくれればと待っているがなかなか現れない。

昨今話題の財政破綻した市町村が今のところねらい目らしい。多額の交付金を餌にすれば食いついてくるところもあるかもしれない。交付金なんてものは国民の税金だからいくらでも捻出できる。

もし手を上げてくれれば「安全性」についての説明会も開きますとのことです。2,3の町村がどうやら動き出しそうです。なんか、悲しいような話ですね。

第一「安全性」なんて言葉は使わないほうがいいと思うよ。「危険性」と言う言葉にかえて真面目に話したほうがいいと思います。「直径40センチ、1.3メートル、500キログラムの筒状。製造直後は表面に触れると20秒で致死量の放射線を浴びる。放射能がウラン鉱石レベルに減少するのに数万年、無害なレベルになるまでは100万年以上かかる」

日本では2020年までに4万本を地中処理しなければいけないのです。安全なわけがなく危険そのものであることは分かりきったこと。もし財政破綻の見返りと考えるならば代償は大きすぎると思います。

国は何かと言うと受益者負担の原則なんて自分たちに都合のいい理論を振り回す。介護保険なんてのはその典型的なものだね、年金生活者から集めているのだからとんでもない。

もし、核燃料の問題を受益者負担の原則を当てはめれば、他県の原発で作った電気を大量に使い最終処分場も他県でさがそうとしている東京こそが問題なのだ。原発はもう安全でないので東京とはいえないが、せめて国は東京に対して「安全性」を説明して国会議事堂の真下300メートルに埋めるだけのことをしても良いだろう。もし、どうしても「安全性」を強調するならば・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・③)

間の宿菊川のちょうど真ん中に

Photo_1094

菊川の里会館がありました

でも本日はお休みでした

地産物などを普段は売っているようです

道の駅のような感じで

バイクツーリングの人たちが

休憩していました

Photo_1095

街の中の家ではガレージに

昔話の絵が書いてありました

街を上げて東海道を盛り上げているようで

喜ばしい感じがしました

Photo_1096

間の宿を通り過ぎたところで

二つ目の峠道へ

いよいよ日坂(にっさか)宿へ向かっての

登り道です

いわゆる東海道の難所になる

Photo_1097

道は良いのだがかなりの急坂

あえぎながらもゆっくり上る

山登りならその気になるが

道を歩く場合はちょっとばかりきつい

Photo_1098

それでも道端に植えられた

春の花々が明るい日の中で

旅人の心を癒してくれる

この道はハイキングの人たちと

大勢すれ違います

さすが東海道だ

Photo_1099

それと時々現れる

昔の詩人たちのすばらしい詩の数々

立ち止まりじっと眺めていると

往時の景色が目に浮かぶようだ

Photo_1100

道路の端にも

アスファルトを突き抜けて

ど根性土筆(つくし)が顔を出している

土筆に負けないように根性を出して

さあ元気良く峠に向かおう

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月26日 (月)

詩人たちの石畳

《謝罪》24日英国国教会が奴隷廃止200年でデモを行ったそうだ。鎖で両手をつなげたり首に枷を嵌めたりして当時の奴隷貿易の様子を再現などしていました。

わずか数百人のデモだったが国教会が行ったことに意義があるように思います。なぜなら当時の国教会自体が認めていた行為だったからなのです。わずか200年前にようやく奴隷制を廃止したのだが、考えてみれば、あの「ベンハー」の時代の2000年前には戦で負けたほうの人間は奴隷として売買されていたわけだ。ベンハーもその一人だったし登場したナザレの人もそんな奴隷たちや虐げられた人たちに救いの手を投げかけていた。

だが、そのナザレの人の教えをくむ教会自体が奴隷を容認した時代がわずか200年前まで続いていたことになる。200年と言えば「わずか」なのか「ずーと前」なのか。いま現在生きている人たちが「悔悟の念」を表わしているが、多分おじいさんのそのまたおじいさんたちの時代のことを「悔悟」しているわけですね。

以前外国にいたとき聞かれたことに「ヤンフ」とは何かと言うのが有った。よくよく聞いてみると「慰安婦」であった。つまり従軍慰安婦のことでそれについて教えてくれと言われた。教えてくれと言っても「戦争を知らない子供たち」だった私にはなんといって答えたらよいか困ってしまったことがある。日本人に対して友好的な人たちだったのでそれなりに私の考えを述べておきました。

今の総理大臣は私より若い世代、そして今の青年たちに考えを述べよと言えばそれなりに答えるでしょう。でも、その人たちに「謝れ」と言われても曾おじいさんの時代の軍隊のことについてなんといって謝ればいいのでしょう。ましてやこれから何世代にもわたって謝り続けよと言われたらどうしますか。

60年前の日系人に対するアメリカの隔離政策に対して、数年前アメリカは「謝罪」し賠償金を払いました。そこに一つのヒントがあります。謝罪するのは現在の国民ではなく「国」なのです。真実や理論はどうあれそのことにより苦しんだ人があれば「国」は謝罪して償いをして当然なのである。それが近い過去であればその人たちが生きているうちになすべきである。

先の英国国教会も個人が謝罪しているのではなく教会が謝罪しているのである。同様にユダヤ人の問題も有ります。それに関連してパレスチナ人の問題も有ります。チベット問題もありコソボもありウガンダやもっと遡ればインディアンもあります。

どこの国でもどんな時代でも今から思えば人類は過ちばかりしています。つまりそのことを真摯に学び、世界人(地球人)として世界人(地球人)に謝罪していかなければいつまでたっても過ちの繰り返しになる。「○○国人は○○国人に対して謝罪せよ」と言う言葉はもうやめましょう。「○○国人は反省していない」なんて一くくりにした発言の同様です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・・・②)

石畳はスニーカーでは歩きにくい

Photo_1088

前回歩いたすべらず地蔵は金谷坂で

今回は菊川坂になる

この案内図のあるところからが

発掘調査で見つかった江戸時代の

石畳になる

Photo_1089

そんなつもりで歩いてみると

たしかに石は磨り減っているような

気がするし歩きやすい気もする

毎度のことで

もう気分は西行や芭蕉になっている

Photo_1090

それもそのはずここは

「東海道旅の詩人ウォーク」なのだ

石畳を歩いている絵は詩人ではなく

木枯らし文次郎風なのがまたいい

Photo_1091

石畳を下りきったところで

宿場町のようなところへ出た

菊川にも再び出会う

さてこれからどちらへ行こうか

Photo_1092

河口からずーと濁っていた菊川も

ここへ来て川幅も狭まり

水も少ないながらきれいに澄んできた

今までの濁りは一体なんだったんだろう

Photo_1093

ここはどうやら「間の宿」菊川で

金谷宿と日坂宿の間で

旅人を宿泊させてはいけない

ところだったとのこと

二つの駅の間には二つの峠があり

東海道の難所の一つなのだ

宿泊させてもよさそうなものなのにと

いまさらながら心配になりました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月25日 (日)

寒の戻りのなかを

スポーツの春がやってきましたね。昨夜はフィギュアスケートの世界選手権で安藤美姫ちゃんが優勝して大いに盛り上がりました。浅田真央ちゃんもあわや優勝と言うところまで盛り返し、お隣韓国のキム・ヨナちゃんも体調不良を克服して3位にはいる活躍でした。

アジア3人娘で表彰台独占は初めてのこと。しばらくはこの活躍が続くことでしょう。水泳も相撲も野球もサッカーも皆動き出しましたね。新聞やテレビを見るのが楽しみです。外国など行くとクリケットの試合などやっていてルールが良く分からないが面白いですね。

それぞれお国柄でスポーツへの力の入れ具合が違うところが良いですね。たとえば日本はバトミントンなどではインドネシアに勝てないとかホッケーではインドに勝てないとかあってそれぞれバランスが取れているわけだ。

サッカーでは以前はワールドカップには日本は出場できずその頃はシンガポールや香港やタイのほうがどちらかと言うと強かったように思う。サッカー王国静岡も以前は浮いた状態だったがやはり底辺の広がりがファンを呼び日本でもメジャーなスポーツになりました。

真のファンはかなり深く固有のスポーツに薀蓄がありますけど私のように「全てのスポーツ」ファンの場合は何を見ても何をやっても楽しいので一番良いのかもしれません。とりあえずウォーキングというスポーツで今は楽しんで行こうと思っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・・①)

3月10日に4回目の菊川歩き

今回は24000歩6時間30分でした

時間の割には歩数が行っていません

Photo_1085

前回の諏訪原城跡より歩き始め

小夜の中山に向かって歩く

つまり菊川に対して直角方向です

まずは城跡の近くの石畳へ向かう

Photo_1086

旧東海道で唯一現存していると言う

石畳を目指す

まだこの辺りは最近補修したものだそうで

江戸時代のものではないそうです

Photo_1087

この時期早咲きのやまざくらは

もう葉桜になりかけていました

前回と違って今回は寒さがぶり返し

終始ジャンバーを着たままでの

歩きになりました。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2007年3月23日 (金)

おまえは俺には最後の・・・

ペコちゃん県内でも再出発だそうです。2ヵ月半の営業停止からの再開でケンタッキーおじさんと小象のサトちゃんともども笑顔を振りまいてくれますね。先日まではお店の中に入ったきりで後ろ向きになっていたけれど本当に寂しそうでした。

でも静岡県内は20店舗中の4店だけだそうで、家の近所のペコちゃんははたしていつ復活するのでしょう。そもそもは本社のずさんな企業体質が問題になったことで端末の店舗が被害を受けました。一事が万事上から下まで全てが衆目にさらされてチェックされるのは当然でしょう。

この2ヵ月半がはたして生まれ変わるだけの十分な期間であったかは厳しいお客様の判断になるでしょう。多くの店ではこの休業の期間にアルバイト店員を減らしたりして、再開するのには多くのエネルギーを要すると思います。また、再開できなくなるほどのダメージを受けた店もあるでしょう。

子供たちがペコちゃんの笑顔を心待ちにしています。以前にもまして安全なおいしいケーキやお菓子を提供してくれることを期待しています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅲ・・・・・・・・・・・⑦最終回)

帰り道は素直に菊川の川筋を戻る

Photo_1080

道路沿いにあるレンコン畑も

静かに眠ったままでした

でも土手の上やあぜ道には

一足早い春が目覚めを促している

Photo_1081

菊川には吊橋がありませんでした

でもこんな愛嬌のある吊橋に出会い

とても嬉しくなってしまいました

足の疲れも吹っ飛んでしまうほど

一人笑っていました

Photo_1082

山の端にぐんと傾きかけた

陽の中に桜の花が輝いている

花びらを透かして

太陽の光も透き通っていました

Photo_1083

道路際では小山ゆうの茶子ちゃんが

お帰りなさいと挨拶してくれました

3回も峠を歩いたのだが

その疲れも彼女の笑顔で癒される

Photo_1084

ゴール間近の川面には

なぜか気になるカップルが・・・

じっと見ていたがどうやらかなりの恋仲と見た

明らかに白いアヒルと旅の鴨

アヒルは三歩下がって泳いでる

旅を諦めてここに住むことに決めた鴨

それを優しく慰めるアヒル

この日のウォーキングの締めくくりでした

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年3月22日 (木)

すべり止めの石畳

アメリカ大統領B君の親友でかつて選挙戦を争ったG君が米議会の公聴会で一席ぶったそうです。最近G君は世界中引っ張りだこで先日も日本に来ていましたね。

「おいらは大統領選には出ないよ」と言った手前気楽になったのか、どこへでも身軽に出かける。どうやら乗りに乗って公聴会まで出て親友B君の激励をしたようだ。京都議定書が約束している12年までに当然アメリカとしてはCO2の削減が達成できないから、アメリカ得意の「おいらのルール」を作ってはどうかと言うものです。

12年を待っていたら何を言われるかわからないから10年に始動できる国際協定を作ってはどうだ。勿論アメリカが出来る範囲のことで結構だよ、どうかね、と言うものだそうだ。アメリカでは京都議定書を「悪者」扱いしてるけど、どうやら世界的にはB君が離脱したことへの反発も出始めている。

最近の異常気象もB君のせいにされてしまうかもしれないので、この辺でぼちぼち環境にも配慮しだしたと言う雰囲気を見せなくてはね。アジアの件はH君がアメリカの無条件降伏を打ち出して、片手が暇になってきたので拳銃を持って牛を追いかけることが出来るでしょ、そう環境と言う拳銃を。

僕がアメリカの良心の代表で世界に根回ししたから今度はB君の番だよ。大いに点数を稼ぐチャンスが着たんだから逃すことはない。公聴会でのG君はとても饒舌に親友B君をかばっているように思えました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅲ・・・・・・・・・・・・・・⑥)

諏訪原城跡からの帰り道

Photo_1075

旧東海道の石畳へ寄ってみた

この金谷坂は粘土質で雨に弱く

旅人が難儀したことから江戸時代

坂道全てに石を敷いたそうである

Photo_1076

坂道を降りていくと

石畳には杉の葉が積もっていて

それを3人のお母さんたちが

きれいに清掃しているところでした

この石は「大井川の河原から?」と聞くと

この石は山の石だよとのことだった

本当かな

Photo_1077

坂をどんどん下っていくと

赤い幟旗のが両サイドに現れる

そう、これが有名な「すべらず地蔵」です

石畳で旅人がすべらないに掛けています

ちょうど受験の終わった時期か

親子づれがお参りに来ていました

Photo_1078

石畳の途中のお地蔵さん

絵馬には受験の願掛けがいっぱい

ローカルTVでこの時期になると

必ず紹介されます

Photo_1079

中を拝見すると

お地蔵さんの道祖神?

仲良く肩を組んでいるお地蔵さん

こんなのは見たこと無いけど

時代が要求したお地蔵さんなのでしょう

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月21日 (水)

東海道の要塞・諏訪原城

「天下り斡旋の全面禁止」を政府で取りまとめ法制化しようとしているようだ。役人(高級官僚)はこれからどうすればいいんだ。いままで50歳ぐらいまで勤めればばら色の将来が開けていた役人と言う職業が、一般人並みの普通の職業になってしまうじゃないか。

2年ぐらいづつ独立行政法人(以前は特殊法人)を渡り歩き退職金をがっぽりいただけた日本一のすばらしい職業だったはずなのに、なくなるのは許せない。明治以来ずっと続いていた権利をなぜ放棄しなければ行けないんだ。年長組みの政治家先生だってこの法案成立には反対していただいているのだから、首相の発言ぐらいで負けないでほしい。

今までだって雇用保険事業団が労働者から強制的に集めた失業保険金の原資で特殊法人にハコモノいっぱい作らせ、そのポストに天下りさせてくれたではないか。厚生年金資金だって同じように「天下りハコモノ」は日本の常識だし、政治家先生も同じように甘口のお酒をいただいたのではないか。

失業保険金原資が少なくなってきたら支給期間を減らしたり支給率を低くするよう、先生たちが法案を作ってがんばったじゃあないか。年金資金が少なくなれば支給を75歳に引き上げてくれたじゃないか。国交省だって同じように政治家先生のおかげで天下り先を確保してくれて、建設談合をやらせてくれたじゃないか。これからだって先生たちと同じ利害の元で役人もがんばって行きたいのに「天下り禁止」はないじゃないの。

その代わりに「人材バンク」を作ると言っている。天下りしようとするといったん「人材バンク」に登録され、そこから再就職先を斡旋してくれると言う。いくら政府が作ってくれた斡旋機関でも、退職金はがっぽりとまでは行かないだろう。それならその人材バンクから斡旋先の法人に十分資金を出していただいて、退職金を補填していただければ助かるけれど、それにしてもこれからの役人はどんな汁を吸っていけばいいんだ。

民間企業は「リストラ(構造改革)」を「首切り」と翻訳して努力してきたようだし、再就職の斡旋も民間斡旋機関を紹介したりしているので、政府が作ってくれる「人材バンク」ならまだ恵まれていると一般の人は言うかもしれない。でも、既得権だった天下りから見れば「人材バンク」なんて地獄に思える。財務相、防衛相、それに今話題の文科相と農水相の御大臣に大いにがんばってもらって、この法案化を絶対阻止するようがんばってもらうしかない。

>>>と、誰かが言っているところで昼寝の目が醒めた<<<

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅲ・・・・・・・・・・・・・⑥)

山の尾根まで登りきると

Photo_1069

視界はぐんと広がり

一面のお茶畑になる

ここは牧の原茶園の北の端に相当する

江戸時代からの茶園で多くの旅人が

お茶の香りに包まれたところです

Photo_1070

そんなお茶畑の一角に

城跡と旧街道が交差している場所がある

歴史の宝庫、歴史の証人の土地なのだ

地域の人たちが守り復活の

努力をしてくれています

Photo_1071

実は近くにありながらこの諏訪原城の存在を

今まで知りませんでした

訪ねてみて小山城や高天神城より

ずいぶん広いのに驚きました

同じ山城でありながら堀の深さが

断然違います

Photo_1072

お城の構造は天守台の後ろが絶壁になり

前面が大きな扇状に広がっていて

いわゆる甲州流といわれる配置に

三つの城ともなっています

あの戦国時代の名残が伺えます

Photo_1073

天主台跡の近くでは大勢の人が

作業していました

発掘作業中と書いてあったので

「発掘」ですかと訪ねると

「ならしているんだよ」と言う返事だった

Photo_1074

城内には「諏訪神社」があり

ここが武田勢によって作られたことが

分かります

そして、この城の名前の起源も

この諏訪神社からきていることも

分かりました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月20日 (火)

トンネルを抜けたら単線だった

イラクでの「戦いは困難だが、勝利は可能だ」4年目を向かえた僕ちゃんのテレビゲーム的戦争に彼は強調してそう述べた。そのためには「忍耐と協力」をお願いしますとのこと。大丈夫だよ国民は君を選択してしまったことに後悔はしていても、決して選択したことの責任逃れはしないから。それが他の国とは違った国民のポリシーと言うものだから。

例え世界の人々が「偽札や薬や武器で儲けた将軍様のお金を、資金洗浄している銀行を全面的に容認するな」と言っても、国民は忍耐することに協力します。たとえ世界の人々が「他国の市民を人質にするばかりか、自国民さえも人質にする将軍様に貢物を送るな」と言っても、国民は忍耐とすることに協力します。

それは、いままでイラクが売ってくれなかった油を今度は全面的に自分たちが掌握できるのだから、そのために勝利まで戦い抜くことに、国民は忍耐します。そのためにはイラク以外には力を使いたくない。アジアの小国ぐらいに貢物したってどうって事ないのだ。

でも、「勝利する」とはどんな形ですか。その国の「民兵や武装組織」を他国の「兵士や軍隊」が壊滅させるまでのことですか。その国の首相は「成功までには何ヶ月もかかる」と言っていますけど、やりかけた事だから「やめられません勝つまでは」ですか。

それより何より「今のまま撤退したら壊滅的打撃を招く」から撤退できないと言っていますね。当然でしょう、油の前面掌握を放棄しなければならなくなってしまうからです。「京都議定書」と聞いただけでアレルギーになってしまう僕ちゃん大統領と自称アジアの発展途上国といってってる大国とは油神話の最大の信者だから今のところ何を言っても聞く耳はないでしょうね。

しばらくは将軍様の言うとおり「各国が我々に義務を果たすことが先決だ」と言うせりふが新聞紙面を飾ると思います。BDAで洗浄されたきれいなお金をしっかりわが国の銀行に振り込まれたのを確認したときがスタートで、早く義務を果たしなさいと言うのが今日現在でした。さて明日は各国が将軍様にどんな義務を果たさなければならないかお楽しみですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅲ・・・・・・・・・・・・・⑤)

山を降りて菊川を渡り通りまで出る

Photo_1063

相変わらずの行き当たりばったりの歩き

道標だけが頼りです

あっちが諏訪原城跡と言うことは

あれっ 方向違うじゃないのと思ったが

また間違えている時間もないので従う

Photo_1064

金谷駅からトンネルを入った線路が

ここでトンネルから抜けてくる

あれっ トンネルは二つあるが

片方には線路がない・・・単線?

天下のJRまさかそんなことはないよね

Photo_1065

でもかなり歩いてようやくもう一つの線路に

出会いました

こんなのも珍しいよね

単純にこれだけ見ると単線に見えるところが

愉快です

Photo_1066

諏訪原城への登り道がありました

単にこれだけ書いてありますが

多分これがそうでしょう

この日3回目の上り道になりました

Photo_1067

この道が見つからなかったら

そのまま帰ろうかと思っていたところでしたので

もう上るしかありません

山にはもう春の息吹がそこかしこ

動き出していました

Photo_1068

茶畑や竹の林の道は

狭い農道ででこぼこ道だったが

休みながらゆっくり上っていけば

峠には到達できるだろう

ゆっくりゆっくり・・・・・

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年3月19日 (月)

歩き観音さまにご挨拶

日本世論調査会の景気の調査によると「景気格差が拡大している」と78%の人が実感している結果が出たそうだ。全国調査なのでこういう結果になったと思います。昨今言われている「戦後最長の好景気」に今まさに入っている最中なのできっと都市部では実感している人も大勢居ると思いますがいかがでしょうか。

以前言われていたことに「日本の人口の1割しか住んでいないが文化施設の9割は東京にある」と言うのがあります。今はどうなっているか分かりませんが当時と大差はないかもしれませんね。そうなれば1割の人たちが好景気を実感していて9割の人たちがそうではないと実感しているとこういう結果になるかもしれませんね。

地方では文化を享受しようとすると早くから計画をして旅費と時間をかけて都会に行くか1年に一回もしくは数年に一回やってくる興行を心待ちにしなければなりません。都会では昨日思い着いた美術館めぐりや演劇、演奏会でもひょっとしたら今日いけるかも知れないし、いまやっている大相撲もひょいと見にいけるかもしれませんね。地方都市では都会の人では想像できないほど文化の享受が出来ないのですよ。

「スイカ」と「パスモ」が仲良しになったと今日のテレビでやっていたけどそれも都会の話ですね。都会の国会議員の人が「静岡の人間は飛行機に乗りたかったら東京か名古屋へ出てくれば十分だ。静岡空港は必要ない」と以前いきまいていました。人間は文化的な生活を享受しているときは他人の苦労は理解できないでしょう。本当は「衣食足りて礼節を知る」と行きたい所ですが・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅲ・・・・・・・・④)

里から東海道へ向かう道への

三叉路の近くに古いお寺がある

Photo_1059

遠江三十三霊場の一つだそうで

江戸時代からの由緒があるらしい

門前には民話が紹介されている

少しお参りをしていくことにする

Photo_1060

本堂の片隅の祠の中に

小さな観音さん

「松嶋の歩き観音」と言うことでしたので

私のこれからの道中の安全と

今までの感謝を込めてお参りしました

Photo_1061

眼下に菊川の川筋も見えてきた

茶畑のなかの牧歌的な景色

土曜日なのに誰もいない

ただ鳥の声だけが響いていた

Photo_1062

川筋をそのまま歩いてきたなたば

きっと3分の1の時間でここまで来たと

思われたがそれはそれ

ここからはもう前方の峠まで登り

諏訪原城を攻めに行こう

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年3月18日 (日)

初音うれしい鶯ならば

「未経験者が制御棒試験」新聞に大きな文字で印刷されているのを見て驚いた。久しぶりにマジになっていろいろ調べてみた。どうやら少し安心した。大きな見出しではどんな状況で事故がおきたのか分からなかった。

石川県志賀(しか)原発の臨界事故の経緯はいつどこにでも起こり得る問題だったが処理の方法が悪すぎたようです。企業の隠蔽に対する内部告発と言う図式は最近日本では話題になっているが、告発した人の安全は守られてるのだろうか。いかに良心が有っても自分の命とひきかえに告発できるかどうか疑わしい。

しかしその告発により次なる事故を未然に防ぐことが出来、大勢の命を救えることが出来たとするならばすばらしいことだと思う。直接的に他人の命と関係している仕事(原発はまさにそうですね)をして居る人たちは真っ先にそのことを考えてほしいと思います。大量輸送機関(列車・飛行機・バスなど)に携わる仕事をして居る人も同じですね。

直接的でなくても衣食住に絡む仕事の人たちや通信関連も間接的にはかかわっています。つまりあらゆるものに他人の命が絡んでいるのだから責任は重大です。事故は必ずおきます。ただ隠蔽すれば再発します。再発しないようにするには原因を追究するしかありません。

けっして末端の作業員だけの問題ではありません。多くの場合作業員がそうせざるを得ない状況におかれている場合がほとんどです。今回も作業者は「手順書」にしたがってやって失敗しています。未経験者だけに作業やらせるのもどうかと思うが、熟練者がやっていたら「手順書通りにやらず成功していた」か「手順書の間違いのため作業がそれ以上進まなかった」か「手順書通りやって失敗していたか」。いずれにしても何らかのアクシデントが合ったはずです。

なぜなら「手順書」が間違っていたとのことですから。新聞の見出しのように「未経験者が・・・・」ではちょっと驚きです。せめて大見出しは「手順書の誤り」にしてほしかった。なぜなら「手順書」は勝手に作る物でなくその手順書をチェックする機関が必ずあるからです。そして常日頃から言われることに「手順書以外のことはやってはいかん!!」だからです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅲ・・・・・・・・・・・・・・③)

気を取り直して歩き出す

Photo_1054

川とは随分離れてしまったが

道の傍には○○ざくらが私に微笑むさ

桜の名前はあまり知らないけれど

河津桜でもソメイヨシノでもないぐらいは

分かります

Photo_1055

もくれんの花もほころびだして

まだ若い木だけれど

ポッ ポッ と音をさせながら

咲き出したような気もします

Photo_1056

火剣山という勇ましい名前の

山があるらしい

そちらの方へ少し登ったところで

どうも方向が違うらしいと思い

すぐに戻ってきた

Photo_1057

もう一方の道を登る

やはり峠に向かう道だった

今日はこれで2回目の峠越えだ

島田市の看板が見えた辺りから

道は下り坂になる

Photo_1058

峠を下っていくと

あたりは梅の香りに包まれる

空気がこれほどおいしいものか

深呼吸すると

鶯が大きな声で啼く

私にとっての「鶯の初音」だった

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月17日 (土)

急がば回れだったね

(日本のお巡りさん)静岡県の北の果て水窪町の警察署が統廃合で天竜署水窪分庁舎として来月から再スタートするそうだ。日本全国で始まっている市町村合併の一つの波がこのような形に表れてくるのですね。

水窪と言えば「下田から水窪まで」と言うフレーズを私は時々使わせていただいているだけに妙に親しみがあります。どんなところで仕事をしてきたか問われると静岡県の端から端までという代わりに使っています。下田から水窪まではひょっとしたら東京名古屋間に匹敵する距離かもしれません。

水窪署は佐久間町まで管轄していたのでかなり広い面積をカバーしていたことになる。私も何度か仕事でお邪魔したけれどとてもすばらしい山間の街でとても大好きです。特に人情は伊豆半島同様とても厚くて忘れがたい人々の居るところでした。警察所の近くでも仕事をさせていただきました。

田舎の警察と言えば交番ですがやはりドリフの加藤茶さんや金八先生や金田一シリーズなどに出てくる交番の駐在さんには日本人は親しみがありますね。近年日本の「KOBAN」はグローバルになり海外まで輸出されています。

某国から交番の勉強に警察の人が来たと言うニュースも以前聞いたことがあります。以前その某国にいた頃は一つ集落の中に小さな小屋がありそこに夜になると警備の人が座っていました。知らずにそばを通り過ぎると闇の中から目だけが光っていてぞっとしたことも度々ありました。銀行などでは警備員がまるで警察官のように大勢警備していたりします。私はその辺をウロウロ歩き回る変な外人なのですぐ覚えられてむしろ親しくなったりして安全に生活することが出来ました。

でも警察だけは好きになれなかった。結構弱いものいじめをするし私自体もいじめられました。是非日本で交番の駐在さんの姿を勉強して庶民に親しまれる警察になっていただきたいと願います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅲ・・・・・・・・・・・・・②)

道を歩けばすぐにいけるところも

土手の上を歩くと遠回りになる

Photo_1048

でもそれもまた楽しいものだ

線路から離れたかと思うと

再び線路に近づく

線路は古いレンガ造りの橋に支えられ

電車に乗っていては気が付かない

光景に出会ったりする

Photo_1049

しばらく線路沿いに歩いた後

線路から離れようとして

ここで道を間違えてしまった

素直に線路沿いを行けばよかったと

後で後悔することになる

Photo_1050

線路から離れたけれど

後戻りするのもいやだったので

近道と思われる茶畑の中に道をとる

ここを行けば元の道に出るはずだ

Photo_1051

鼻歌交じりに坂道を登る

道端の花に声をかけながら

エッチラオッチラ

ところが茶畑沿いに上った山の上の道も

Photo_1052

ただ茶畑が続くばかりで

一向に反対側に降りる道がない

尾根の道を歩いていて

とうとうお腹がすいてしまい

畑の隅に腰を下ろしておにぎりタイム

Photo_1053

こんなことでは今日はどこまで行けるやら

尾根の道はやがて左にゆるくカーブして

道沿いに降りていくと

元来た道の近くに下りてきた

結局1時間近くかかって

登り始めたところへ戻っただけだった

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月16日 (金)

元気な土筆にご挨拶

(「美しい国」への道は遠い)医療費を払えないと言う理由でこの2年間で少なくとも29人の人が亡くなったそうだ。「少なくとも」と言うことは実態は相当数に上るかも知れませんね。

以前どこかの学者が言っていたけど「団塊の世代は長生きできない」と言う説が現実味を帯びてきました。

60歳まで働き後は悠々自適の生活をしようと思っていたら50歳過ぎにリストラと言う名の首切りにあってしまったかわいそうな連中だ。再雇用と言う名で仕事は変わらないのに収入半額の生活。年金は65才まで待ちなさいということになって生活の維持のために職をさがそうと思っても見つけるのが大変。当然保険料など払えなくなれば・・・・・。

こうして続けていけばこの2年間どころの話ではなく、これからの世の中もっともっと悲惨な日本になっていくことは目にみえているような気がします。年金同様今まで健康にがんばってきて十分保険料を払ってきたのだから60歳過ぎは無条件に保険証を交付し医療費は無料であって良いかもしれない。

老人医療費の無料化をやめたりしたのは、むやみやたらに病院へ来る老人を減らそうと言うことだった気がするが、他にも方法があったのではないか。医者の側がしっかり説明して来る必要が無いことを説明する義務を先決することなど。

どんなに最低限の生活をしていても消費税である5%の税金は誰でも納めているのだ。日本人だけでなく日本に住んでいる外国の人も税金を納めて居るのだ。それを持って十分医療を受ける権利があると思われる。

所得税や住民税その他もろもろの税金を直接間接納めているのにまだまだ足りないなんておかしいね。ガソリンや自動車関係の税があまっても返そうとしない国の姿勢は何を基準としたものだろうか。このまま税をかき集めていって収入の何割を回収すれば気が済むのだろう。いっそ10割回収して国のお気に入りの連中に配分すると言うことにしたらいかがですかどこかの将軍のように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

菊川・Ⅲ・・・・・・・・・①)

3回目の菊川は

3月3日40000歩6時間30分でした

菊川市役所から諏訪原城跡までです

市役所からJR菊川駅前へ出る

Photo_1042

駅舎いっぱいに常葉菊川高校の

応援横断幕

野球・ソフトボール・空手道各部のもの

そういえば昨日(15日)甲子園の組み合わせが

仙台育英高校に決まりましたね

夢のあるドラマを期待します

Photo_1043

駅を過ぎいつも車で通りなれた道も

ゆっくり歩くと道端の花に

春の息吹を感じます

木々も心なしか春支度だ

Photo_1044

菊川の川べりに到着

これから土手の道を上流に

歩いていくことにする

このあたりから川は細かく

蛇行し始めます

Photo_1045

土手の下の道を歩いていく

靴の下にムニュとした感触

土筆を踏んでしまった

2列に並んでずーとつながっている

今度はそれを避けながら歩くのが

大変だった

Photo_1046

まだほんのちょっと歩いただけなのに

汗が体を伝わってくるのが分かる

今年の冬の暖かさは不思議だ

本当にこのまま初夏が来そうだ

Photo_1047

寒がりの私もとうとう

我慢が出来なくなりました

着ていたジャンバーを脱ぎ

リュックの中にギュウギュウに押し込んで

さあ、さわやかにスタートです

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2007年3月15日 (木)

砦跡に聞こえる声は

(子供は大人の鑑)昨夜の教育再生会議の分科会で「ゆとり教育」見直しで「夏春休み短縮」を奨励していく旨の方針を決めたそうだ。自分が小中学生だったらさぞかしがっかりしたろうなと思った。勿論授業時間を長くするために7時間制にしたり、早朝の10分間も授業に組み入れること、土曜日は補充学習に活用するなど小学生の私は多分卒倒するのではあるまいか。

教育再生会議の座長はかの有名なノーベル賞の野依さんでメンバーにはヤンキー先生も入って居る話題のグループだよね。斬新なアイデアと革新的な創造力ですばらしい教育を再生してくれそうなメンバーだ。昨年からいろいろ会議をしていただいて出てきた答えがこれですか。ちょっと意外な気がします。

我々の小学生時代は土曜日が半日だったので一週間のうちで一番楽しかったのが土曜日の午後だったことを覚えています。勿論家庭での手伝いは当然のことでしたが兎に角遊びほうけていた時代だった。お金なんかない時代だから野原や海辺で遊んでいたわけだ。

小学高学年には友達が塾へ通っていた。もっと成績が良ければ塾なんて行かなくて済むのにな~とかわいそうに思った。野依さんの説は「一定以上の成績の子は塾禁止」などがあるけれど、そんな事言い出したら塾関係から賄賂を貰っている議員あたりは逆上するに違いない。

当時は結構世界的にも日本の子供たちの学習レベルは高かったのではないだろうか。ここ数年レベルが落ちてきたのはゆとり教育のせいだと言うことで「ゆとり無し」教育を再開することがどうやら「再生」のようだ。

ゆとりがないのは大人であって世の中なんだか知らないがギスギスさせてしまい、それを見て感じている子供たちが世の中の仕組みと言うものを学んでいるのでしょう。時間を増やすだけでなく子供たちに範を示すべき世の中を変えることが一番の教育になるような気がします。国語や算数の問題ではないと思いますが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅱ・・・・・・・・・・・・・・⑤最終回)

代官屋敷の裏を抜けて

Photo_1038

少し歩いたところに

代官屋敷とセットになった

「歴史街道館」があったが

勿論時間が遅く閉館していました

Photo_1039

敷地内にある公園で

子供たちの遊んでいるところなど見て

ここも維持していくのは大変だろうなと

感じていました

Photo_1040

駐車場の蓮池公園まで戻り

気になっていた「獅子ヶ鼻砦」へ

駐車場脇から登って道なき斜面を

階段を登ると上が公園になっていた

Photo_1041

遊具の一番高いところへ登り

高天神方面を望む

ここもいわゆる高天神包囲網の

重要な砦の一つ

こんな砦をいくつも造り

いかに難攻したかが偲ばれた

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月14日 (水)

代官屋敷の春

(安全神話)出勤直前でボンバルディアDHC8-Q400の胴体着陸の映像をLIVE映像で見てしまった。ニュースの録画と違ってすごく緊迫感がありました。機首の顎をこすりながら走っているときは手を握り締め、止まった瞬間はつい拍手してしまいました。すごいね、マニュアルの訓練が良く行き届いたのでしょう。

よく言われることに世界で一番安全な乗り物は飛行機だと言われるが、どうやらそれは走行距離あたりの事故率であるらしい。毎日乗っていても8200年に一度事故に合うかどうかの確率らしいのだけどそんなに乗るわけないものね。

私もまだ100回ぐらいしか乗っていないのだけど、最初の恐さはどうやら克服して今は乗ることが楽しくなっています。乗降回数から行くと自動車事故の約10倍らしいから決して事故率は低いわけではないのだけど、今の交通機関としてはこんなものかもしれませんね。

どうやら同型機は以前からいろいろ事故が発生していると騒がれているが、どんな機種でも事故のない機械という物はないはずだ。今回でも昨年70回ぐらい事故の報告が上がっていると言われるが、これも「ハインリッヒの法則」から言えばほぼ正確な確率のような気がします。

原発も建設説明会では始めは「事故の確率は天文学的な数字です」なんて言っていたはずだけど、今そんな言葉を信じる人は一人もいないでしょう。第一に原発の建設されている場所が街から離れていることがその証ですね。街の近くに作れば送電ロスが少なくて済むのに。

以前原発の廃棄物を厳重に封印した上でポリネシアのとある海に沈める計画がありました。そしたらそのポリネシアの国の人が怒りました。そのとき日本は「完全に封印され安全ですから」と説明したら「そんなに安全なものなら東京湾に沈めてはいかがですか」といわれてしまったそうである。

国内でも経済援助の見返りに核廃棄物の貯蔵所と化している村もありますね。人間生きている限り危険とは隣り合わせなのだから、うそ偽りなく危険を公表して「絶対安全」などという詭弁は言わないようにしましょう。ましてや危険なものは弱者に押し付けるようなことも決してしてはいけないと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅱ・・・・・・・・④)

浜岡方面への街道を歩く

Photo_1033

どうやらここは古くからの「塩の道」らしい

太平洋から秋葉街道を抜け

信州まで人々は往来していた

その街道筋には代官屋敷もあった

Photo_1034

矢印に沿って道を行くと

桜並木のある真っすぐな道が

田の中を突き抜けている

バイパスかと思ったらこれは農道だった

さすがJAの力が作らせた道なんでしょうね

Photo_1035

飽きるほど長い真っすぐな道の突き当たりに

代官屋敷がありました

周囲をお堀に囲まれた立派な屋敷でした

時間が遅かったので博物館は閉まるところ

Photo_1036

茅葺屋根の門の脇をぬけて

邸内を一回り拝見させていただきました

どこでもそうですけど

こういった文化財を保存することは

地元の人たちの努力によるところが多い

Photo_1037

邸内は梅祭りでとてもよい

香りに包まれていました

裏に回ってみると桜も咲いていましたし

蜜柑もなっていて

絵心のある人は当然ここで

足を止めるのではないかと言う

懐かしい田舎の景色がありました

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2007年3月13日 (火)

旅行けば茶の香り

軍政の東南アジアのある国で税関や交通警察の汚職摘発がされ逮捕や異動が盛んに行われているようだ。市民の日ごろの不満やデモに対する心情を和らげるためにようやく動き出したようです。

昔お世話になったある国の人は汚職(賄賂)などは社会の潤滑油であって必要悪と思っているようなことを言っていたように思います。

つまり自分が窮地に陥ってもお金で何とかなるのだからと言う意味でした。それってちょっと違うじゃないのと思ったけど我々もそういった事態に陥ったときそれで助けられたこともありました。しかしだからといってそれを認めるわけにはいきません。なぜなら善良な市民がそういう窮地に陥る状態に社会が出来ている事の方が問題であるからです。

最近閣僚をはじめとする政治家全般に不正経費の問題が紙面をにぎわせていますね。決まって言っていることは「適正に処理されていることなので公表する必要は無い」ですね。言葉の中に無理があるし国民はその言葉の中に不正の臭いを感じてしまいますね。正しい日本語は「適正に処理されているので公表します」だよね。第一国民の税金使ってんだから公表する義務がなくたって聞かれたら堂々と自ら公表したらどうなのか。

それ以前の問題として政治献金というのがある、いわゆる正しい日本語に直すと「賄賂」である。政治には金がかかると言う。国の方向を定める大切な政治活動に支障をきたすのなら国民はいくらでもお金を出します。税金はいくら使ってもいいです。それが国を守り国民が幸せになることなら大いに使ってください。それが政治活動というものですね。

それに支障をきたすからと言って賄賂(献金)でまかなうようなみっともない事はやめてください。日本は十分国会議員が政治活動やるだけの金はあるはずです。国会議員が賄賂(献金)を受け取ることを一切やめる事で地方公務員の汚職もなくなりるはずです。どこそこの知事や市長も汚職をやることが出来なくなるでしょう。もう江戸時代じゃないんだから・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅱ・・・・・・・・③)

常葉学園と同じ山の上に

Photo_1028

公園があり日曜日と言うことで

親子連れが楽しそうに遊んでいる

傍らには菊川神社と言う小さな祠

JR東海道線こそ走っているが

Photo_1029

江戸時代には東海道からも少し離れ

牧の原から続くお茶の産地として

静かな地方都市として存在していた

当然このような土地の人間は

Photo_1030

穏やかな人間として育まれるのか

市役所の近くの案内板の片隅に

静かにお茶を入れている娘さんの姿

どこかで見た絵ですね

そうあの有名な「小山ゆう」さんの漫画です

「俺は直角」「あずみ」の原作者小山さんは

ここ菊川の出身です

独特な画風は菊川そのものかもしれません

Photo_1031

学園の山から坂道を下りる

道沿いに桜の花がからだに触れるように

咲き誇っています

手に触れるとしっとり冷たい感触が

伝わってくる

Photo_1032

帰り道は土手の道ではなく

東名高速インター前を通り

川を渡り浜岡に抜ける旧街道を

歩くことにする

代官屋敷を目指して

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月12日 (月)

郷土の代表がんばれ

(良識)「エンドクサ」と言う言葉が目に入ってしまった。まずい、蟻んこからビッグバンまでのおじさんとしてはここでつかまってしまった。

一般的には「良識ある考え」とか「一般に承認されている意見」とか「通念」と訳されている古代ギリシャの哲学用語らしい。つまり物事をよく知っている人たとえば医者などが自分が良かれと思ってやっていることでも世間の常識からはかけ離れているとか、お上(政治家)のやっていることは全て正しく従わなければいけないと思い込んでいたりすることを、市民との対話により修正していこうと言うことらしい。

さすが古代ギリシャの哲学者というより何千年後の未来人である我々がいまだに彼らから学ばならないなんて人間進化してない証拠だね。でも気が付いたときそちらの方向へ修正していこうと言うところに人間の素直さ立派さがあるからまあいいか。

「通念」とか「良識」と言っても無知な大衆意見とは違うし、上から押し付けられたものとも違うはずだが人は往々にしてそれと錯覚をしてしまう。だから違った意見を言う人を変人扱いにしたり、力あるものに従わないものを排斥したりする。

良識とは対話によるものでなければならない。お医者さんと良くお話して納得がいく医療を受ける「インフォームドコンセント」などもそのうちの一つかもしれない。昨今の文部省のように「教育改革」と言う名目で「教育の番人」「良識の砦」であるはずの「中教審」をまるで配下の小間使いのように使って答申を出させるやり方など、何をそんなに急いで強行するのでしょうね。

古代の先人にもう一度学ぶべきは政治の世界で権力を持っている人間や会社などでも権限のある人間たちでしょうね。なぜなら彼らは自分の姿を正しく見ることがほとんど出来ないでいるかわいそうな人たちなのですから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅱ・・・・・・・・・②)

東名高速道路をくぐりいよいよ市街地へ

Photo_1022

菊川本流に流れ込む支流にふと目をやると

なんとなく薄汚れた水と土手の雰囲気

最近の川辺では珍しく感じた

そういえばここまで来る間

川の水はずっと白濁していた

一級河川としては珍しい

Photo_1023

近年環境問題で騒がれているので

川の水もきれいになってきているのに

なぜだろうかと思えた

はたしてどこまでこの濁りが続くのかも

歩いて行く一つの興味になってきた

Photo_1024

菊川の街に入ってから

山の上に見えている「常葉美術館」を

目指して歩いた

ところが目測を誤り町の中を1時間ほど

うろうろ歩き回ってしまった

Photo_1025

やっとたどり着いたところが本日は休み

なんで、と思ったら

実は学校の中にあるので土日祝は休みなのだ

折角坂道を登ってきたのに残念

Photo_1026

学園は山の上にあるが

その下の市役所には甲子園出場の

垂れ幕が誇らしげにかかっていた

郷土の代表「常葉菊川高校」がんばれ

Photo_1027

勿論校舎にも垂れ幕がかかっていましたが

ソフトボール部も空手道部もそろって

全国大会に出場との事で

文武両道大いに活躍されることを祈ります

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月11日 (日)

時には空っ風の中を

(勇気)ご存知の片も多いと思いますが「袴田事件」の元裁判官が「有罪にするには証明がなされていない」と言って元ボクサーの袴田さんは無罪だと思われると言うことを判決から約40年経って話し始めています。

その中で不思議に思ったことに「評議の秘密」と言うものがあることをはじめて知りました。裁判官同士が評議した結果は外部に漏らしてはいけないらしい。何でだろうと思いました。

政治家の料亭会議でもあるまいし、ましてやお代官様と越後屋でもあるまいし秘密にしなければならない理由は何もないのではないか。ましてや今回の件は1対2で無罪か死刑かが決まるような重大なことをなぜ秘密にしなければならないのかとても理解が出来ない。法というものはそれなりに合理性があって成立しているものだと信じているが不思議な法もあるものだと思った。

最近陪審員制度を日本で導入することについて決まったようだがもし私が陪審員になったら自分の言ったことが正しいか間違っていたか分かるように公開してほしい。そうでなければ他人を裁くと言う重大な責任はとても果たせないと思う。

昔見たモノクロの名作映画「アラバマ物語」。あの田舎の弁護士役のグレゴリーペックの名演を忘れられない。映画の中の登場人物たちも「冤罪」と分かっていながら「有罪」の判決をしてしまうあの陪審員たちの苦しさ切なさ。映画はアカデミー三部門受賞、小説はピュリッツアー賞受賞作品だ。古き善きアメリカの良心が涙を出させた頃の作品なのだ。

まさか今の日本が密室で判決を出しているなんてとても信じられない。しかもその無罪を有罪(死刑判決)にした「評議の秘密」をばらしたからと言って今度はその元裁判官が裁かれようとしている。人を裁いてきた裁判官が今度は自らを裁こうとしているのだ。彼の勇気はまだ日本には良心が残っている証である。彼の涙を信じます・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅱ・・・・・・・・・・・・・・①)

二回目の菊川源流への旅は

2月25日(日)6時間30分38000歩でした

出発は前回歩いた「蓮池公園」から

Photo_1017

前回ここへ来たときには気が付かなかったが

どうやら近くに代官屋敷があるらしい

帰りのお楽しみにとって置こう

前回の穏やかさとは打って変わって

Photo_1018

今回は遠州名物の空っ風が吹きあれ

空気も冷たくて軍手無しでは歩けない

しかしもともとこれが普通の気候だ

寒がりだがたまには乙なもの

なんて気取りながら風に向かって歩き出す

Photo_1019

梅の花だって寒さの中で咲いているし

今年は逆に寒い日が貴重なのだ

最近まで菊川町だったけど

今は菊川市になった町が

もうすぐそこまで近づいている

Photo_1020

今まで田んぼの中を悠然と流れていた

菊川も小山にその流れを俟たれかかられ

少しだけ窮屈そうになり出した

これからは少しずつ山間地へ

入りつつあることが分かります

Photo_1021

町にたどり着く直前

なぜか急にお腹がすいてきた

寒かったのでお腹に力が入りすぎたのかな

例によって土手に座り

おにぎりをほうばる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 9日 (金)

海に帰る夕日の中に

(フィルター)またまた日本の首相が何か言ったと世間が騒がしい。一番迷惑しているのは韓国と中国だろう。それというのも今までの経緯があり抜刀を収める名目をやっと作ってくれてほっとした現在の日本の首相に感謝していた矢先だったからだ。もう少し静かにしていてくれたら今度は高所から笑って批判できるものを昨日の今日では前回と同じことを言わざるを得ない。

二丁拳銃のカウボーイたちのデリカシーの無さに困ったのは東アジアの国全部ではなかろうか。勿論今回のことは今に始まったことではなく首相の持論だから東アジアの国々は百も承知のこと。それを踏まえて東アジアの国は容認しようとしていたのだが時期が早すぎた。

どこの国もどこの元首もどこの国民でも一概にこうと断定する性格はない。むしろ皆おんなじなのだが、それぞれがそれぞれのフィルターを持っているということです。そのフィルターで見れば紅いものは黒く見えるかもしれないし青いものは紫に見えるかもしれない。白も黄色になり黒もグレーになるかもしれない。皆それぞれの持つフィルターが違うのにわが国だけは自分だけは透明のガラス窓越しに景色を見ていると錯覚しているのです。

歴史の真実なんてものはこの世に存在していない。歴史とは勝者が書いた物語に過ぎない。敗者側には歴史を書く自由が残されていないのだ。そこさえ分かれば歴史の歪曲なんて言葉はこの世にないのは当然だ。それぞれがそれぞれの歴史を勝手に書きそれぞれの子孫につたえる。他人や他国の歴史を批判するのではなくそれぞれに都合にいい歴史を作りあって今日まで来たのだ。

少なくも4000年の間はそうして人類は歩んできたのだ。もし絶対的な真実を歴史教科書としなければならないするならば、世界中の人々は個々の責任においてその苦渋を分かち合うだけの覚悟と才覚があることを前提としなければなるまい。それなしに今日の都合の良いお互いの歴史を押し付けあってはいけないのだと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅰ・・・・・・・・⑥最終回)

ますっぐ海岸まで歩いたが

工場群に阻まれ浜に出ることが出来ない

Photo_1007

工場の人に聞いて道を迂回する

しかし教えていただいた道も藪の中

もうこうなったら藪の中を進もう

ズボンにはトビツカミが一斉に襲い掛かる

Photo_1008

何とか落日に間に合った

藪の中から太平洋岸自転車道に出てみる

道は砂丘の上にあった

浜辺には風が静かに吹いていた

Photo_1009

誰もいない自転車道は真っすぐ河口に

向かっているはずだ

夕暮れの浜辺を一人歩く

これほどの贅沢があるだろうか

Photo_1010

振り返ると陽はますます

水平線に近づいてくる

闇の国から呼ぶ声に

引きづられて行くように

Photo_1011

自転車道であるはずの砂丘の道は

ところどころを砂に覆われながら

かろうじてその原型をとどめ

風紋の中に己が存在を主張している

Photo_1012

砂の上にある不思議な足跡

四本足のものでなく

二本足の様でもあるが

人間のものでもなく

ただ夕日に向かって

歩いていったものがあるはずだ

Photo_1013

人は夢の世界にあっては

夢を見ないという

人は詩の風景の中にあっては

言葉としての詩は生まれない

詩の風景のなかにあっては

人はただ黙って感じているだけだ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 8日 (木)

遠州灘へ一直線

(桜)平年より半月はやい記録的な桜の開花予想。ソメイヨシノの開花は静岡県は日本一早い13日らしい。喜んで自慢してしまいそうですがいかがなものでしょうか。てっきり吉野山(奈良県)発祥の桜だと思っていたソメイヨシノは、江戸の染井村発祥の吉野桜(やまざくらという意味)だそうです。

世界各国の新年度が9月が多い中で、日本は4月が新学期。それというのもこの桜の満開のイメージとは切っても切れなくなってしまったことが、それをかたくなに守っている要因なのかもしれない。今度の内閣は教育改革が目玉だそうで最終目的が徴兵制復活にならないよう願うだけだが、9月新学期論もどうやら腹の中に抱えて居るようだ。世界中が1月1日を新学期にするならいざ知らず、風土を無視してまでも外国にあわせる必要はないでしょう。

今年はお弁当屋さん、旅行会社、イベント主催の市町村などスケジュール調整に大変でしょう。以前海外にいた頃、4月10日過ぎに日本に出張する人が桜が見られなくて残念だといっていたが、たまたまその年寒くて15日ごろまで上野のお山で十分花見が出来たと喜んで帰ってきたことがありました。そう1993年その年は冷夏で米が取れなくなり外国米を大量輸入してしのいだあの年です。年末に帰国するときお土産にお米でもかついで帰ろうかと冗談を言いあった事もありました。

今年は反対に暖かいのでどんな自然現象が待ち受けているのだろうか。私も歩いていて彼岸桜はもうとっくに咲きほこっているのを見ています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅰ・・・・・・・⑤)

高天神城からは県道38号線を

真っすぐに南へ遠州灘へ

Photo_1002

一日穏やかな日だったな~

西に傾いた日が旅人の影を

春の準備の整った田んぼに

長々と落としていました

歯医者さんから貰った痛み止めも

どうやら使わずに済みそうだ

Photo_1003

大東町は高天神城の東の城東町と

大浜町が合併してそれぞれの一字をとって

町名とした町です

その大東町の大浜市街まであと2キロ

以前より随分にぎやかな町になっていた

Photo_1004

旧街道までやってきました

陽もだいぶ傾きこのまま帰ろううか

迷った末そのまま道を横切り

海まで行くことにした

Photo_1005

旧道を過ぎると

田畑はほとんど砂地ばかりになる

畑の向こうの土手は砂の土手で

長い歴史に中で風の力を借りながら

少しずつ作り上げたもの

海までの広い地域に何重にもありました

Photo_1006

国道150号を過ぎ海までの道で

もう陽は沈みかけていました

砂浜での落日を見たい

間に合うだろうか

歩みを速める・・・

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年3月 7日 (水)

梢を揺らすものはなに

(ダムの責任か)遠州灘沿岸の浸食対策を従来の県境から天竜川までを御前崎まで拡大することを検討委員会で6日決めたそうだ。

今まで対策をしていたのはてっきり天竜川から御前崎までだと勘違いしていました。なぜなら太平洋岸の海流は南から北へ西から東へと流れていて川が運んだ土砂は当然北へ東へ流れる。ダムによって土砂が供給されなくなたら当然河口より北東側の浜がやせるのだからそちらの対策をして居ると思っていた。実際は反対側の県境から天竜川までを対策していたというのは浜松市の部分を対策していたということかな。

グーグルMAPでちょっと空中旅行をしてみた。天竜川、大井川、安倍川、富士川どの川の河口も海に向かって突き出している。良く見ると川の土砂が作ったというより、平野全体から土砂が海に押し寄せてきて川はその水の逃げ口として海に向かい先へ先へと進んでいったように見える。長い歴史の中で川は何回も流れを変え平野全体を押し出し海岸を作ったのだろう。護岸工事であらゆる海岸をがんじがらめに固め氾濫しない川を作り上げてしまえば浜はやせてしまうのは当然かもしれない。平野全体の責任であり、決してダムだけの責任ではないような気がします。

上海から飛行機に乗っていつも感心するのは長江などの水が運んだ泥で海がどこまでも濁っていることです。何億年何十億年もかかってこの泥があの大平野を作ってきたのだろう。グーグルMAPで見てもはるか沖縄の近くまで大陸棚がつながり土砂が平坦に積もっている感じが分かります。「ここまでおいらの国の領土だ文句あるか」といっていることもうなずけるような大自然の迫力です。水辺歩きを続けながら考えて見たいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅰ・・・・・・・・④)

長閑な田園風景を見ながら

田舎道を歩く

Photo_995

案内板を頼りに歩いてゆくと

突然真新しい大きな道路が横切り

登山道が消えてしまった

さてどちらに行けばいいのか

Photo_996

いかめつらしい車が止まっていて

若い人が何か調べている様子

聞くと新道のため迷う人が多いので

案内板等の調査をしているそうだ

納得である

Photo_998

ゆるやかな道を登ると

駐車場にでる

鳥居のあるところを登ると城跡に

前方の壁のようなところが馬の背

Photo_999

大手門跡といえども細い山の斜面

ここは歴史に名高い天然の要害

簡単には城までたどり着かないのだ

鎧兜で細い山道で戦をすることは

ほとんど不可能かもしれない

Photo_1000

頂上の城跡までの道は

ずっとこんな道ばかりだが

そのところどころに

三の丸二の丸や櫓の跡土塁の跡など

数々のポイントがちりばめてある

三方を急斜面が占め

一方は馬の背の人一人しか通れない尾根

難攻不落の所以である

Photo_1001

頂上は吉田の小山城よりも狭いぐらい

そこに城と郭の跡がある

風のない静かな日なのに

梢が時々騒ぐ

鎧の擦れる音や武者の声のように

私には聞こえました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 6日 (火)

遠く聞く武者の声

(夏時間)米国やカナダで今年から夏時間開始をを3週間早い11日からにするそうだ。4月の第一日曜日だったのが3月の第二日曜日に変更されたわけだね。

といってもごく普通の日本人にはトンと見当がつかないと思います。簡単に言うと朝は早めに出勤して夕方は陽が高いうちに帰宅して自分の自由時間を楽しみましょう。会社の冷房時間も短縮して電力消費を軽減しましょうということです。

実は昨年オーストラリアへの旅行中に時差一時間プラス夏時間開始というのが偶然重なり何がなんだか分からなくなった経験があってから興味を持ち出した。旅行から帰りしばらくして仕事で扱っていたコンピュータの時間がおかしいのに気づき調査した結果夏時間が組み込まれていることに気づいたのはその時の旅行の経験が思い出されたからだった。

近年日本でもコンピュータをはじめ普通に外国製品が出回っているけれど北米仕様を平気で輸出するやり方が一事が万事まかり通っているようですね。多分日本の製品を海外に出す時はそのあたり考慮するだけの細心の注意を図っていることを期待します。

先の夏時間のコンピュータもサポートを希望したらだめだとのことでやむなくこちらで年二回手直しすることになってしまったわけである。この度の夏時間延長は2005年のエネルギー法改正で決めたとのこと。はたして我らのコンピュータは織り込み済みなのかどうか要チェックですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅰ・・・・・・・・・・・③)

高天神城址へ向かう道すがらも

Photo_991

あちこちに春はこぼれていました

ため池の周りの桜もうずきだして

人待ち顔に頬を染めています

黄色い花を重そうにつけた木は

旅人に何かを語り掛けています

Photo_992

何気ない道の傍に歴史が顔を覗かせる

これから行く高天神城の攻防戦の

如何に激しかったか

長い歴史の中のほんの数年のことが

今日にも強い印象を残す

Photo_993

途中で別れた菊川の支流に再び出会う

その向こうにモッコリと高天神山が

私を迎えてくれます

さあもう少し歩け歩け

Photo_994

山の麓に大きな案内塔がある

以前車で来た時とは雰囲気が違うが

今回はこちらからお邪魔することにした

城跡はどんな顔を見せてくれるだろうか

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 5日 (月)

青い水道橋を越えて

ニューヨークで「日本食文化フェスティバル」が4日始まったそうだ。すしや天ぷらそれに懐石料理。もちろん昆布や八丁味噌や黒酢もあるそうだ。忍者の格好をした人まで出てPRを盛んにしていたとのこと。

一方農水省は海外にある日本食レストランの認定制度を創ろうとしている。日本食って何だっけか。今日は偶然にも家で寿司を食ったから代表は寿司かな。いや違うよね。いつも食べるような鯖の煮付けとか野菜の煮たのなんかが一番の日本食だと思うけどどうでしょう。

元論寿司も天ぷらも食べますが毎日ではありません。懐石料理などはほとんど食べません。海外生活などで贅沢な生活をしていたときは日本料理店に行き日本よりおいしい日本料理を食べたことがあります。

また贅沢が出来なかった時には日本食は絶対に食べないぞと言い聞かせていましたが風の便りに日本食があると聞いて食べにいったことがあります。「え~っ、うっそー」という日本食でした。

でもその土地の食べ物が安くて一番好きです。中華料理という名の日本食やパスタではなく、ミートという名のスパゲッティやほっかほっか弁当やコンビニ弁当など。これらが日本を代表する食文化の粋ではないだろうか。

もしノーベル食文化賞があったら間違いなく「安藤百福」氏ではないだろうか。カップヌードルを世界で初めて世に出した人である。残念ながら今年お亡くなりになりましたがいまや世界各地の味となってその国の人はもとより旅行者までをも楽しませている。

また飢餓に苦しむ世界にも簡単に移送できる優れものだ。だから国家が介入してまで日本食の認定制度を進めるのは愚なること。寿司に何を乗せて食べようともその土地が決めることだと思います。おいしいものは長く人々の舌に記憶されるものなのですから・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅰ・・・・・・・・・・・・・②)

国道150号線からの土手の道は

Photo_984

どこまでの明るい日の光の中

少し汗ばむほどの真昼の一本道

今日は半日行程だから

どこまで歩いていけるやら

Photo_985

やがて旧街道の橋に差し掛かる

本当はこの旧街道の方が趣があって

どちかというと地味な歴史が隠されている

はずだけど私は横切るだけ

Photo_986

菊川はゆったりと平野を流れる

川の交わるところは支流というより

Y字型の合流点だった

地図を見ないとどちらが本流か分からない

Photo_987

めぼしをつけた本流の方へ進む

ちょうど左右に分かれたばかり

土手の道も大きな橋の下を通っている

この先道はどう展開するだろうか

ランドタワーになるものはまだ見えない

Photo_988

水道橋が青空に溶け込むように

キリリと走っている

このあたりでどうやら歩く方向を

はっきり意識しだした

ここから西に進路をとろう

Photo_989

前方の橋の袂に小山が見える

河口から6キロのところだ

小山の下は野球場があるようです

地図では公園もあるようだ

Photo_990

公園は昔の砦の跡でもあるようで

次に来たときはゆっくり見ていこう

今日はここから高天神城跡へ

向かうことにきめた

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 4日 (日)

潮騒の浜辺より

(ウナギ)アメリカウナギが一部地域で減っているので米政府が資源回復のため計画作りを開始したそうです。アメリカの人もウナギを食うのかな。

日本の場合は欧州で獲れたシラスウナギを中国で養殖して輸入し、日本人が食べるという構造です。世界的にウナギが減っていることの原因に乱獲があるのは確かだが河川の環境悪化が大きいらしい。

一級河川を歩き回っていますが大井川にダムが多いのに驚きました。安倍川は砂防ダムのみでほっとしましたが、それだって自然を生きる生物には迷惑なことかもしれない。富川は今のところ低い砂防ダムだけなのでほっとしています。

かつて焼津のウナギは「青」ということで大変人気があった。子供の頃はあちこちにウナギ養殖の池がありましたがそれらが今は住宅地になっています。実は小学生の頃近くの川にシラスウナギのよく獲れる所があり仕掛けも先輩から引き継いだ技術でした。バケツ持参で獲りに行ったのだからかなり獲れたのを覚えています。

その川も今では住宅地の中で生分解されないゴミも散乱して見る影もありません。当然世界の保護団体がウナギ捕獲禁止運動を行うことは目に見えています。鯨やイルカやマグロについで今度はウナギかもしれない。

でも数年前日本でウナギの卵からレプトケファルスという幼生へそして仔魚へ最後にはシラスウナギまで育てることに成功したという。シラスウナギから成魚にするのはお手の物だから一応大成功ということになる。

早いところ完全に養殖が一般化することを祈ります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅰ・・・・・・・①)

菊川を歩き出してもう3回になりました

はじめから書いていきたいと思っています

・・・・・

一回目は2月13日で

37000歩5時間河口から高天神城跡まで

Photo_978

私のウォーキングの目標は

静岡県の海岸線を一筆書きで歩くこと

しかし時間資金体力が現在不足

そこで県内の一級河川を練習台として

6箇所の内3箇所が終わり

4箇所目の菊川への挑戦がはじまった

まずは河口へ

国道150号を南下して

御前崎から大東町へ

Photo_979

車では菊川を何度も渡っておきながら

河口へ来たのは今回が初めて

河口ぎりぎりに美しい橋のシルエット

今回はここがスタートになる

Photo_980

潮騒橋などという甘酸っぱい名前

靴の下の感触はふかふかして

ゴムが張ってあるようだ

実はこれ太平洋岸自転車道路です

橋の向こうは千浜砂丘と浜岡砂丘

その向こうは浜岡原発に突き当たる

Photo_981

午前中歯医者さんへ行ってきたので

もうお昼になってしまった

とりあえずおにぎりタイムだ

上流を眺めながら

何回で源流まで行こうかななんて

胸をわくわくさせていました

川の中の砂の上に豆粒ほどの

鴨や鵜たちが憩い

風もなく天気は最高だ

Photo_982

きれいに草が刈られてある土手を

歩くことにしました

遠州でこれほど風のない日も珍しい

春にちなんだ唱歌が次々と口をついて出る

どんなに大きな声を出しても

誰にも迷惑がかからない

Photo_983

こののんびりした風景は

鴨たちにとっても天国のようだ

大きな川では河川敷は野球やサッカー場だ

ここは一級河川でも大河ではない

まざまだ自然が豊富なようです

| | コメント (0) | トラックバック (1)