2009年5月22日 (金)

滑沢渓谷を過ぎて

(狩野川源流への旅・Ⅴ・・・・・・②)

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今から40年ほど前

今回の一人と伊豆を旅して

下田の近くの箕作から

河津・天城峠・湯ヶ島まで歩きました

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齢を重ね今再びの天城への挑戦

若い時よりもむしろ今の方が

たくましく感じられるのは何だろう

自然に対する畏敬の念だろうか

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新緑の気はあたりに満ち満ち

胸の奥の奥まで香に満たされる

とくにもみじの新芽の鮮やかさは

秋の紅葉を彷彿とさせる美しさ

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滑沢渓谷に至る

自然林が残された渓谷には

源流をなす谷の流れ

あたりには鳥の声がこだまする

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踊子歩道を横切る道は

橋を渡り紅葉の名所を過ぎ

天然記念物太郎杉に至りますが

我々は橋渡らずに天城へ進みます

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案内板の右から左へ

道の駅からはまだまだ歩き始めたばかり

渓谷沿いの踊子歩道をしばらく楽しんで

左下部の国道との交点から

つづら折りの道が始まります

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2009年4月28日 (火)

路傍のイノシシ親子

(狩野川源流への旅・Ⅳ・・・・・・⑬)

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国道を下ると目新しい看板が

確か昔はこんなの無かったはずだけど

確かこの先には浄蓮の滝があるが

ここはいったいどこでしょう

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そうここは昔懐かしいいのしし村

このいのしし村の猪の芸は面白く

健気な彼らの姿に喝采を送ったもの

それがつい最近になって閉鎖されたようだ

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とても残念な気がします

もう天城山からイノシシが全滅する

そんな日も近いのかもしれません

路傍のイノシシ親子もちょっとさみしそう

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国道から見える杉の林の中に

往路で歩いた踊子歩道があります

こちらから見た景色と中の景色では

随分と雰囲気が違いますね

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の音が聴きたくなってちょっと寄り道

浄蓮の滝の上に出て川面を見ると

本谷川の清流は勢いよくしぶきを上げ

我先に浄蓮の滝へ向かって迸る

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あっという間に浄蓮の滝駐車場へ

何度も何度も訪れたけど

踊子歩道と離れているせいか

伊豆の踊子」には一度も登場しません

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2009年4月19日 (日)

山葵沢を行く

(狩野川源流への旅・Ⅳ・・・・・・④)

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伊豆は西でも東でも南でも

もちろんここ中央でも文学の香り

遠い昔から現代まで文学を育む

強いオーラがわき出ているのでしょう

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谷川沿いの田んぼにある早苗は

もちろん山葵でした

ここからは山葵沢が何気なく現れ

それ自体当然の風物詩てして存在する

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沢沿いの村はせまい空間に

棚田を作りながら静かに息づいている

大きなダムがあるわけでもないのに

対岸に小さな発電所がありました

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砂防ダムは時々現れる

そのたびに街道は寸断され

はしごのようだ階段を上り

ダムを乗り越えなければなりません

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どこが道?と思うような街道

単なる河原の中のような道でした

踊子歩道の道標が無かったら

街道とは思わなかったでしょう

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突然現れるちいさな木の橋

辺りを見回すと対岸に道標が見える

間違いなくここが踊子歩道でのようだ

いよいよ山紫水明の峡に迫りつつある

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2007年4月 7日 (土)

「夢X挑戦ブログ挑戦報告(3月)

「夢X挑戦ブログ」に参加させていただいて、3月はビールまでいただきました。おかげさまでおいしく味わうことが出来ました。つたない文章ですが読んでいただける人がいるおかげで何とか続けていくことが出来ます。今後ともみなさまの応援よろしくお願いします。

さて、私の挑戦は進んでいるのかな。「静岡県の海岸線一筆書きで歩く」と言う目標はけっこう大変だと思っています。そこでそこにいたる準備で3月は近回りの「菊川」の河口より源流のそのまた先の「粟ヶ岳532m」まで5回に分けて歩き通すことが出来ました。

4月はさてどこへ行くか。たぶん東方面だと思います。いや、西になるかもしれません。そのときの気分しだいです。また、ブログで報告していきますのでご期待ください。

今回は「挑戦報告」へのトラックバックために、ちょっと寄り道です。

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(菊川・Ⅴ・・・・・・・・・・・⑤最終回)

帰り道は磐座(いわくら)の中を抜ける道

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自動車道とは違った本来の登山道を

下ることにした。

ほぼ一直線に麓までいける

道のようだった

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その昔使っていた神社への階段も

今は落ち葉に積もり荒れ果てている

このお寺も見捨てられてしまったのか

荒れ果てた雰囲気が歴史を語る

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唯一の救いは

荒れ果てた境内の中に

微笑を絶やさない大師の像

日々あくせく悩み苦しむ衆生を

慈悲の心で照らすのか

それとも・・・・・・・・・

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眼下の霞の彼方には

Wカップ会場になったエコパスタジアムが

右の上にほんのりと浮かんでいる

新幹線掛川駅周辺もかすかに伺えました

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山の斜面には春を待つ茶畑と

まだ幼稚園ぐらいなお茶の木が

明るい陽の中ですくすくと育っている

次の世代をになう若者の成長を

じっと見守っていきましょう

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麓の東山の村は長い歴史の中で

静かな日々をすごしてきたのではないか

そんなのんびりした景色は

鶯の声とともに春に目覚めていきます

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東山の村には逆川の起点がある

二級河川と書いてあるとおり

菊川の上流ではなく原谷川上流だ

川の長さは菊川より長いのに二級河川

その基準は私には分かりません

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もう一度峠を越えて小夜の中山に戻る道

横尾忠則氏が喜ぶようなY字の三叉路

しばらく待って車の人に聞いて左の道へ

人生の三叉路を無意識に通り過ぎた人が

今頃になってY路に迷っている

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峠を越えると本来の粟ヶ岳道になる

麓の三叉路でおじさんが教えてくれた

あのもう一方の菊川の源流

その一滴を確認して

茶畑の中を麓へと最後の歩を進めた

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2007年4月 6日 (金)

鉄人のようなS先生

(あいまいな判断)熊本市の「こうのとりのゆりかご」が話題になっている。賛否両論あることはご存知だと思います。

でもドイツの白熊の赤ちゃんクヌート君と一緒にするわけではないが、人間は自然界に生きているのではなく人間界に生きている原則から言って、生まれてきて生きている命は原則すくわなくればいけないのである。それを踏まえたうえでの論理であれば賛否両論耳を傾ける価値があると思います。

ところでこれを開始する上で熊本市長がいろいろ各所に掛け合った結果が面白い。警察サイドは「設置の判断には一切関与しない」とのこと。設置しても悪いとは言わないが良いともいわないということ。強いて言えば幼児遺棄には当たらないということかな。

厚生省は「ポスト自体の是非については良い悪いの判断は出来ない」とのことだった。市長が、それならそういった文書をちょうだいと言ったら、口頭で市長に伝えたから文書では出さないとのこと。言ったことの責任があるのなら文書出しても良いのにね~。

安倍首相は「大変抵抗を感ずる」とのこと。あれっ、厚生省は悪いとは言っていないけど安倍首相は抵抗を感ずると言うことは政府として意見が一致していないと言うことかな。

首相らしくなく、妙にはっきり反対の意見を言うなーと思いました。今まで大臣の不正経理問題も「本人が間違っていないと言うのだから調べる必要はない」といって結局うやむやにしたり、「行くか行かないかは言わないよ」とかあいまいなことばかり言ってがんばってきたのに、今回は厚生省が「悪いと判断できない」ものにたいして「大変抵抗を感ずる」とは珍しいと思いました。

きっとこれらの問題に対して首相としてはすばらしい解決策でも内に秘めているのでしょうね。そうでなければ「良い悪いの判断は出来ないと言うことも出来ない」とかなんとか言ういつもの訳のわからないようなコメントになるはずだけど。

市長はこれらのいい加減な発言の中の「悪いとは言っていない」と言うところをとって『設置認可』を出したわけだ。

先日も代理出産の判決で裁判官が「僕はいいと思うのだけど、法律では良いとも悪いとも言っていないので、良いとは言えない。早く立法府で良いという法律を作ってほしいなー」というように読める判決文を出した人がいた。

一般人には出来ない判断をしなければいけない立場の人たちがこれじゃ困ったもんだね。中国の偉い人が日本に来て、久しぶりに日本の首相と話をするようだけど判断大丈夫かな~。

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(菊川・Ⅴ・・・・・・・・・・・④)

頂上には阿波々(あわわ)神社という

立派な社が建っていました

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奈良時代からの由緒があるらしいけど

けっこう歴史の中で埋没したらしく

明治に復活して

また近年になって再興したものらしい

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最高点には小さな石の杭と

粟ヶ岳532mと言う文字が書かれた

棒切れだけが転がっていたので

棒切れを立てておきました

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なんといっても圧巻は

神社の前にある磐座(いわくら)で

巨石がゴロゴロありそれ自体が

一種幽玄な雰囲気を醸し出している

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古代の祭祀跡や

伝説にいろどられた穴とか

いろいろあって神聖なところ

岩の上には登ってはいけないそうだ

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頂上にあるお店で食事をさせていただいた

午後1時を回っていてお店の中は静か

どうやら桜の季節にはにぎやかになりそうだ

売店の奥さんとしばしお話をする

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お店のおみやげ物売り場の棚に

写真がずらりと並んでいる

自転車や徒歩で頂上まで来た人の

記念写真です

なつかしい我が恩師S先生のお姿も

S先生はこの日で290回目の

自転車での登山だそうで

1時間ほど前に来て下ったそうでした

先生は確か70代後半だと思います

まさに鉄人ですね

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お店の前には茶祖「栄西禅師」が

眼下に広がる茶畑を悠然と眺めている

背後には遠州と駿河をカバーする

大きなパラボラが

家来のように控えていました

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2007年4月 5日 (木)

麗水とはどんな水かな

26日から就任後初めて首相はアメリカに訪問するそうだ。巷ではゴールデンウィークが始まる矢先でご苦労様です。

なにせ就任早々中国韓国へご機嫌伺いに行く行動力に脱帽して期待され、北朝鮮がそのお祝いに核実験をぶちかまし歓迎してくれたことももう忘れがちになってしまったね。おかげで歴代首相がいの一番にアメリカ詣でをしていたのがそれどころではなくなってしまったわけだ。あの頃は半年もてば良いだろう、リリーフで再び小泉さんが復帰するなんて噂されていたけれど今のところ何とががんばっているようだ。

首相外交は今の世の中大切なパフォーマンスでましてや奥さんもかなり人気がありそうなのでこのへんで大いに点数を上げてほしい。首相は国会でチンタラチンタラ与野党の質問に答えていないで外回りの営業をがんばることを本分としてほしいものだ。

今度の訪問にはアメリカの後、中東5カ国を訪問することになっているがなぜか肝心のイラクとイランが入っていない。危険だからと言う理由は無いだろう。なぜなら戦闘当事者のアメリカ大統領だってイラクを電撃訪問したことがあるからだ。

理由はアメリカ越しにイランとイラクへ話をしちゃ行けないと言うきついお叱りを心配してのことだと思う。だからこそ、今こそこの2国へ我が首相は行かなければ行けないし、この国も今こそ日本の首相が訪問してくれることを待っているはずだ。

もともとこの国は世界のどの国より日本とは友好関係を持っていてくれていた国なのだ。いまならまだ間に合うはずだ。この最高のチャンスを逃したらきっと彼らも日本のことを見放すかもしれない。アメリカとの友好も大事だが過去の永年の友人まで犠牲にしては元も子もないような気もしますがいかがでしょうか。アメリカの傘の下のチキンハートからそろそろ脱却してほしいものですね。

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(菊川・Ⅴ・・・・・・・・・・・・・③)

頭は自動車道を歩くことだけになっていた

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後で分かったが

本当はこの灯篭がある

大久保と言うところから登山道が

あったのだが気が付かなかった

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山の畑の中腹に

「阿波波の麗水」と書かれた

貯水槽がありました

麗水って何だろう

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山の「茶」文字が浮き出て見えるのは

周囲に常緑樹が無いからです

桜の木が植えてあり

花見の名所にもなっているようだ

中にはこんな色っぽい桜の木もありました

何かに見えたのは私だけ・・・

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「茶」文字のところまで登ってきたら

何と杉の大木で描かれていた

遠くから見ていたときはてっきり

お茶の木で描かれているとばかり

思っていたので驚いた

以前は松だったそうだが枯れたので

杉の木に変えたそうです

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勿論近くで見ると何が書いてあるか

さっぱり分かりません

多分これがくさカンムリで

あれがはねているところだなと

想像しながら歩くのもまた楽しみです

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2007年4月 4日 (水)

でっかいお「茶」文字

核保有国で唯一査察を拒否していたロシアが民生用に限り査察受け入れを表明したことが4日に分かったそうです。

ところで核保有国とはどんな国だか知ってますか。私は知らなかったです。原発だって核だし、いったい核を持っているってなんだろうと思ったら「核爆弾」を保有している国のことだそうです。それならそうで「核爆弾保有国」とか「原子爆弾保有国」とか「水素爆弾保有国」とか言ってもらった方が分かりやすい。

今回ロシアがIAEA(国際原子力機関)に表明したのは民生用ということで原発用のウラン濃縮施設のことです。ますます分かりにくくなってきた。核爆弾用の施設は査察してはイヤだよといっているわけだね。

核保有国ってどことどこだか知ってます。私も良く知らなかった。アメリカとロシアは分かるよねフランスも分かる、後はイギリスと中国だそうです。これを当初の核保有5カ国と言うそうで最近隣同士で喧嘩していたインドとパキスタンも仲間に入れてくれたそうだ。これで公式的には「核保有7カ国と言うそうだ」。そこへ北朝鮮が「核爆弾保有8カ国」と公式的に言ってくださいと名乗りを上げたわけだ。

兎に角、物心ついた時にはアメリカとフランスが南の島で核実験ばかりやっていたのを覚えている。アメリカ領とフランス領だから南の国はおいらの国だ、国内で実験やってるんだからもんくあっかと言う奴だ。そこに住んでいた人たちやそこで操業していた焼津の漁船などが被害をこうむってようやく地下核実験に切り替えた。

人類は水爆と言う巨大なエネルギーを生み出したがそのコントロールはまだ出来ていない。ましてや規模の小さな原子力さえも米ソのように1000回前後の核実験をしている国でさえスリーマイル島・チェルノブイリなどコントロールの未熟さを露呈しているのである。

ましてや核実験を一回もやってない日本は放射能漏れなんて当たり前かもしれない。一回爆発させたから仲間に入れよというのもどうかと思うが、それを相手にするほうもどうかと思うよ。もう人類は核爆弾を作らないと言っているのだから作ったらペナルティあってしかるべきだろう。ご褒美を上げていてばかりではむしろ他の国もまねをしますよ。

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(菊川・Ⅴ・・・・・・・・・・・②)

昨日はニフティでメンテナンスとのことで

ブログがかけませんでした

今日から再開です

峠を上り始めると農道は

急に狭い急坂になる

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山の上のお茶畑から軽トラックが

ゆっくり降りてくる

道の端に寄っていると車が止まり

「ワラビとりかのー」とおばちゃんが声をかける

「ワラビ出てるの」と聞くと、まだだよと返事

そこでまたおばちゃんと

5分ほど話込んでしまった

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茶畑をエッチラオッチラ登っていくと

前方に「茶」の文字が見えてきた

あれが粟ヶ岳だ

国道やJRからもはるかに見ることが出来る

でっかい「茶」の文字です

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峠の頂上を越えると文字は

より鮮明にその全貌を現してくる

見た目はそんなに高くなさそうだし

軽く登れそうだとその時は思った

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途中野良仕事をしていたおじさんに

粟ヶ岳の登り口を訪ねると

昔は真っすぐ登れたが今は自動車道を

ぐるぐる回らなければだめだとの事

この道をしたまで下りあらためて

山に向かって登ることにした

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確かに粟ヶ岳はあっちだと

看板があるところを見るとそのまま

自動車道を行くしかないのかな

途中で「峯貝戸の大クワ」と言う看板

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静岡県の指定天然記念物とのこと

さて看板が出ているものの

どれがクワの木か私には良く分からない

多分岩の上に根を張っている

ぼさぼさしたのがそうだろうと思った

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かなり登ってきたと思ったが

頂上まではまだ3.5kもある

いかに自動車道といえども

まだまだ先は長そうだ

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2007年4月 2日 (月)

旅人の十字路

(人間が作った砂漠)黄砂の季節がやってきたらしい。俳句の季語にもなっているほどの季節感を表わす言葉ですが、あまり好きにはなれませんね。

タクラマカン砂漠ゴビ砂漠黄土高原などの一帯から、偏西風の乗って中国大陸の空気を運んでくる。その中には有害物質もあるけれども酸性雨を緩和する物質も含まれているそうだ。

発生源の砂漠は自然現象ではなく人間が作ったものだと言う説もある。あのジンギスカンで有名な、遊牧民族が飼っていた羊によるものだと言うこと。羊は草の根まで食ってしまうため生えている植物を根こそぎにしてしまうと言う説だ。

日本の人で砂漠の緑地化に尽力している人が、始めのうちは植えても植えても羊に食べられてしまい草が根付かないと言っていました。地球上の全てがそうとは言わないが砂漠のあるところには遊牧民族が多いのが特徴ですね。逆に草地が少ないので遊牧をして各地を点々とせざるを得ないのかどちらでしょうか。

広大な砂漠を長い歴史をかけて人間が作ってしまったのだとするとそれ自体すごいことですね。北京秋天と言う言葉どおり秋の北京は澄み渡って美しいそうですが逆に言えばそれ以外は空気が澄んでいないのですね。私が行った二回とも霞んでいました。

冬は煤煙、春は黄砂、夏は何でしょう。北京の街でガイドにこの霞は黄砂ですかと聞いたら違うと言っていました。では何ですかと聞いたら答えてくれない。次の日飛行機で西安まで行ったのだが窓外はずっと霞んでいる。ところどころに煙が見える。空港に降りてバスに乗ったら車が走れない程の霞だった。

その正体は畑で麦藁を焼いている煙だった。そういえば飛行機から見えていた霞みも麦を焼く煙であることが理解できた。西安から北京までのあの広大な台地を全て覆っていた莫大な量の煙。万里の長城までかすませてしまう煙。人間の力の大きさにいまさらながら驚かされたことがありました。

人間の力で地球は良くも悪くもなるのですね。いまさらながら地球の小ささに感心を持たなくてはいけ無いのかもしれない。

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(菊川・Ⅴ・・・・・・・・・①)

いよいよ菊川の旅も最後になりました

3月15日6時間29000歩

粟ヶ岳まで行って来ました

奇しくも今日4月2日甲子園で

常葉菊川高校が決勝進出を決めました

ブログで応援していたので

喜んでいます

決勝もがんばれ

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出発は国道の小夜の中山です

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あの「夜泣き石」のあった公園

その下からスタートです

静岡県の一級河川では最も短い菊川

その源はもうすぐです

けれど最終目的地をその先の

粟ヶ岳(527m)に定めました

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小夜の中山から少し下ったところに

菊川が見える

ここからだと粟ヶ岳は

頂上のパラボラがわずかに見える程度

山腹に書かれた「茶」の文字が見えない

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菊川と旧道の交わる辺りに

喜多向地蔵尊と菊石がある

お地蔵さんは祠に入っていて北向に

菊石はその脇に屋根付きで祀られていました

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菊石はまるで作った彫刻のように

きれいに花の模様が浮き出ていました

説明書きによるとお地蔵さんも石も

民話の世界で生き生きと息づいていました

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里の村には確実に春が近づいて

そこここにうずき始めた生き物の

息吹が感じられます

一時よりも空気は冷たいけれど

動き始めた季節はもう止められない

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菊川の「起点」は意外と近くにあった

歩き始めて数十分で川の合流点に

「起点」の表示がありました

菊川はここでおしまい

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さてここからどちらの川筋を行くか

「奥小鮒川」方面から遠回りして

粟ヶ岳を攻めようと思い右へ

「どこから来たのかい」頭上で声がする

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おじさんが石垣の上から声をかけた

「通りすがりの旅人でござんす」

ここはハイカーの十字路

おじさんはいろいろな人を知っていた

15分以上話し込んでしまった

おじさんは

「粟ヶ岳はそっちじゃないよ」と言ったけど

「気分はこっち」と言い置いて先へ行く

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案の定川も道も急に狭くなる

人家もほとんどなくなってきる

しかし川の水は澄み

鶯の声はますます冴え渡ってきた

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農道の脇に咲いている

スミレの花も人知れず可憐に咲いている

その清楚な美しさに心が洗われます

これからの季節どんな小さな花も

見逃すわけには行かない

なぜならみんな私に語りかけてくれるから

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川は沢になり

やがて森の中へ消えてゆきました

さあ粟ヶ岳への道は

これからもう一つ峠を越えた向こう側になる

細く急な農道を峠に向かって歩き出す

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2007年4月 1日 (日)

はいても積もる心の落ち葉は

「森林環境税」とか「森作り県民税」とか言うものを導入することになる県が今年でどうやら23県にも達するそうだ。静岡県は昨年度06年に導入したそうだ、知らないよね。えっ知っていましたか、これは失礼私だけが知らなかったのかな。

もともとは全国一の森林率を誇る高知県が自然を守るために恐る恐る導入した税金だった。本来国がやらなければならない森の保全を待っていては森が危なくなると言うことで県民の負担を覚悟に思い切ったのだ。

ところがその翌年からまねをする県が現れた。翌年1県次は6県その次の年は静岡を含め8県。よしよし皆やるなら恐くない今年度は7県合計23県だ。来年度1県予定しているので24県になる。ここまでくれば全国の地方都市はみんな導入しても恐くなくなった。

受益者負担と言うよりもどうやら一律お金を集めようと言うものらしい。豊かな自然を守り生活用水の水源である森を守るためという高尚な理由があるのだから県民は黙ってお金を出すだろうと言うことですね。ちょっと待ってよね、新税導入は受益者負担の原則じゃなかったっけか。

水を一番使っているのは都会だよね、確か愛知、大坂そして東京はどうやら導入していないらしい。本来の高尚な論理を振り回すなら大都会が自主的に導入してその集めたお金を水源の県にどうぞお使いくださいといって提供するなら分かるなだけど。絶対そんなことはしないよね。

都会の理論から言えば国に税金を納めているのだからそこから出せば良いじゃないかということになる。正解です、本来それが正解です。地方都市で導入するのならその分今までの所得税なり住民税なりをその分減らせばいいのだがそうでなく新税としての導入と言うことはどんな高尚な理論を振りまわしたとしても単なる増税なのだ。

高知県が03年に始めた新税は5年の時限立法だった。つまり今年度で終了する。はたして当初の目的を果たしたと言うことでこの税は来年度は継続しないだけの勇気が有るだろうか。トップ引きとしてのポリシーとして勇気ある是非決断してほしい。

それでなくては皆でやれば恐くないという他県はうまくいったといって永遠に徴税を続けてしまいますよ。自動車関連の税金同様、目的税と言う名を持ってしても一度集めだした税金を簡単に手離さないのが国家と言うものです。

今朝のBS放送を何気なく見ていたら久しぶりにキッシンジャーさんが出ていました。「日本と言う国はあいまいなところが有るが国家が決めたこと事には善悪は別として一致団結して真っすぐ従う世界でも稀な国民です」と言うようなことを言っていた。へーっ 世界でも稀な国民ですか・・・なら、新税をジャンジャン作っても大丈夫か・・・。

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(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・・⑧最終回)

日坂宿を過ぎたところに

坂の上り口があるがそちらへは行かず

旧国一のゆるやかな上り坂を行く

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国道沿いのおなじみのお寺

車ではすっと通り過ぎるだけだが

いつだってそこにあることは知っていた

人との出会いと同じで

あるだけで安心するものなのだ

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お寺の小僧さんが竹箒で

お掃除をしている

「はけばちり はらえばまたも ちりつもる

   にわのおちばも ひとのこころも」

と 言うことは つまり・・・・・・・

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旧道と国一その向こうの尾根の道

尾根の道が江戸時代の東海道だ

あの時代は尾根の道が

一番便利が良かったのでしょうね

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トンネルの所で新旧国道が

平行して走る

勿論 東海道はまだ上にある

やはり幾多の歴史を刻んだ難所なのだ

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トンネルを抜けた先の

名物水飴屋さんの脇を上ったところに

夜泣き石公園があり

ここにも「夜泣き石」がある

久延寺のものより少し大きい

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表面には弘法大師が書いたとされる

経文があるところなどほとんど似ている

広重の絵と比べてみて

結局二つとも後世の人が作ったものだろう

そんなことを言っては西行や芭蕉に

申し訳ない そっと手を合わせました

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最後にもう一度諏訪原城に向かい

上る坂の途中で振り返ると

下を通る国道と坂を上る東海道が

眼下に見下ろせた

一回り回ってきてやっと地形が読み取れた

この日6時間半歩いても

菊川の川の距離としては

わずか1キロ上っただけに

過ぎなかった

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2007年3月31日 (土)

ちょっくら御免なすって

ロシアの上院議長が大統領の任期延長や三選も認める憲法改正を提出しようとしているようだ。ノーベル平和賞のゴルバチョフからエリティンへのあのロシア革命以来アメリカに倣って大統領制をしいたのだが、ここへ来てまたぞろそれを変えようとの提案らしい。

なんとなくソビエト連邦的な発想だなと感じました。近代の共産国家はどうしても長期政権になりがちでそれが弊害になる場合がある。民主化されたロシアだが昔の夢を見ている人がいるのかもしれない。今回の件はプーチン大統領自体が任期延長の改憲には反対しているのでまだ救いがある。

アメリカが長い年月かけて一期四年二選までの伝統を確立して来たのにはそれなりの合理性があったわである。だからどんなに人気がある大統領でもしっかり八年で引退するだけの抑制が効いているのです。それがアメリカの良心のもとになっているのでしょう。

民主国家を自認している国でも十年以上うっかりすると25年も大統領を務めることがある。そんなときの大概のパターンは一族による政治腐敗に陥って自己崩壊するものです。それを許していた国民にもやはり責任があると思います。

いま地方議会の選挙戦がたけなわですが「この人で無いとこの地方(この国)は良くしていけない」と言う錯覚を感じることがある。本当にそうだろうか。

以前「日本を運営しているのは政治家でなく経済人だ」と言われたことがある。政治家がいなくても日本の企業が教育も外交も福祉も国防さえもやっていて、むしろ政治家はその足を引っ張るだけで日本のイメージを悪くしている、なんて事がささやかれたこともある。そんなことは無いと思うが昨今のニュースを見ているとあながち的を得ているところも無きにしも非ずだね。

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(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・・・・⑦)

食事をして体力充実

でも先ほどの坂を上る気はなく

今度は旧国道を行くことにする

田んぼではコロロコロロとかえるが鳴く

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事仁神社の向かい側に

江戸時代の東海道への道がある

歩き始めてすぐのところに

秋葉常夜燈が残っている

遠州はどこへ行っても常夜燈が目に付く

秋葉山信仰が根付いているあかしだ

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いわゆるここは東海道日坂宿だ

高札場があり今で言えば「広報○○」だね

なかなか風情があって面白いが

旅行く人にとっては

もっと低くしたほうが見やすかったかな

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宿場町の中ほどに「川坂屋」と言う

旅籠が見学者に解放されている

中に入り二階まで上り往時を偲んだ

かなり格式の高いお客さん用との事

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見物を終えて帰ろうとすると

観光スタッフのおじさんが

ぜひ茶室を見て行けと言う

「旅を急ぎますもので」と言うと

「すぐそばだから」と言って案内された

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この茶室の床柱はツツジが使われていて

ツツジの下の部分は水戸の偕楽園

好文亭内の茶室に使われているとの事

つまり大木の上の部分を掛川城で

譲り受けたものだそうです

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まだまだ帰りの道中は長い

おじさんに礼を言って旅を急ぐ

街道筋は古い建物がそれとなく保存されて

しばし江戸時代へタイムスリップ

芭蕉翁の心境になって歩きました

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