「国民投票法案」が昨日衆議院を通過したそうです。それって何ですか?なんて言う若者が多いのではないかと思うのは年寄りの邪推ですか。それとも、若者のほとんどは関心があるなんていってもらえるとおいちゃんはうれしくなります。
実は今日天気が良く、世間は初夏の陽気。しかも3ヶ月に二回しかないという土日の休日なのに、昨日すきっ腹にお酒を入れすぎたために今日は動く気力がまったくなくなってしまった。昼まで寝ていて午後からは反省がてら、ネットサーフィンだけして怠惰な半日を過ごしてしまった。
おかげで何で「国民投票法案」を今審議しなければならなかったのがようやく分かった。右寄りの意見と左寄りの意見がネットをにぎわしています。私だけが中道の意見だと言っている人もいます。面白いものですね。だいたい、憲法なんて読んだことがあっても遠の昔に忘れている。
どうやら話の発端は憲法9条でいわゆる戦争の放棄をうたっていては攻められたときどうすんだよ、と言うところから始まったみたいだ。で、軍隊を持ち国を守る時は戦争も辞さないという条文に変えましょうと言うわけだ。ところが憲法96条で議員の3分の2と国民の2分の1の賛成が無いと変えられないよというわけだ。なら、そうすれば良いではないかと言うと、議員は良いけど、国民の2分の1と言うのが「有権者の」か「投票者の」か「有効投票数の」かで喧々諤々。結局、普通の選挙同様「有効投票数の」で決まったと言うわけだ。
ところが法案を見てみると「公務員や先生は投票運動は禁止」「改憲案の提出・審議は3年間禁止」「投票2週間前は放送で宣伝禁止」だそうです。「禁止」しなければならないとするとのは何が問題なのでしょうか?。禁止と言うことは危険だからでしょうね。で、何が危険なのかね~。なんとなく言論統制しているみたいでいままでの日本らしくないようだね。それともこれからは言論統制してでも政治家の導く美しい日本に作り変えていくのかな。良い事を作り上げようとしているとき「恐る恐る作る」事とは何なのだ。良い事なら即実行に移すべきではないだろうか。
普通に憲法96条を読むと「憲法は変えて良いよ」と読めるのだが、じっくり読むと1項・2項のなかに「変えられない」ような仕掛けがしてあって、今回のことでもそこを何とかしようと言うものらしい。まるで推理小説ばりのトリック崩しですね。そこで現代国会はとにかく改憲をスムースにする方法を何とか編み出そうといたわけですね。
あえて、私が「改憲」と書いているのは「改正」と「改悪」と言う日本語があるからです。正しいか悪いかは主観の問題であって改めることが全て正しいわけでも悪いわけでもない。ところが護憲派は改悪といい反護憲派は改正と言うのは当然としても、新聞までもそこのところをあいまいに使っている。日本は多分これから改憲に向かって行くのでマスコミも「改正」と言う言葉を前面に打ち出していくだろうと思います。うっかりして「改正」に反対すると「正しくない非国民」にされかません。「くわばらくわばら・・・・」
こんなことを書いていたら少しだけアルコールが体から抜けていくようだ。反省の一日でした。
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(チューリップ・・・・・・・②)
吉田公園は大井川の河口
遠州側にあり
風がとても強い
だから花がみんな風下に
首を曲げていました
大きな花ほど辛そうです
この花はボタンのように
八重に咲いています
しかも花の下が短いので
どっしりした感じでした
こちらは黒いチューリップです
黒い薔薇や黒い蘭など
黒系統の花は個性があり
いつみても神秘的な魅力を
かもし出していてとても好きです
公園はもちろん無料開放で
花博の名残である
世界中から集められた
木々や草花が今でも元気に
強風の中でもがんばっています
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