草庵への郷愁は
10年以内に消滅すると予想される集落が全国で422地域あると、国土交通省が発表した。過疎地域にある集落数が全国で62271あるそうで、そのうちの0.7にあたるのが先ほどの数値となる。
予想だからかなならずそうなるのではないけれど、消滅することはやはり寂しいことなのですね。私も県内の水辺を歩いていて人間の生活が如何に水辺に密着したものであるかが少しずつ分かってきた。
小さな集落に出会うとこの村に初めて住もうとした人はどんな気持ちだったろうかと思ったりする。最初の人は希望に燃えた若夫婦の二人だけだったろうか。また落人のようにやむにやまれず未開のこの地域に移り住んだのだろうかと思ったりします。
廃屋になった民家や家畜小屋の崩れかかったのを見ると時々時の流れを感じたりします。「故郷の廃家」(原題「My dear old Sunny Home」)明治時代に訳詩され「故郷」とともに日本人の心の原風景として愛されてきた歌の風景が今も私たちの目の前にあるということですね。
消滅する集落は過疎化によるものですが元はゼロから始まった村が次第に発展しやがて消滅していくのは必然なのかもしれません。過疎化を食い止めるべきなのか絶対阻止しなければいけないものか分かりません。
国土交通省の発表の中に過疎地域の集落に占める消滅集落(10年以内予想)の割合が最も多いのは我々の住む中部地域で1.5%、最も少ないのは沖縄の0%だそうです。
なぜでしょうね・・・・・。
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(富士川・Ⅳ・・・・・・・・・・・・⑩最終回)
ロープウェーを降りてから右に折れ
小さな樋沢川沿いに下る
川沿いの急坂道に沿って
○○坊と言う名前の寺が
たくさん建っています
長い歴史に中で一つ一つの坊は
栄光と苦難の歴史を刻んだことでしょう
こちら側を下ろうとしたのは
日蓮さんのお墓を見ようと思ったからです
お寺の横に右に折れる道があり
矢印が案内していた
お墓への道にも
寺院はずっと続いていて
道際にも○○上人さんが人々に
導きの言葉をかけているようでした
どうやら日蓮さんの教えを伝えている
上人さんは皆「日○上人」と言うように
日と言う文字がついているので
分かりやすいですね
身延川の本流といっても小さな川だが
その川に沿って日蓮さんのお墓がありました
山を背にしたお墓は八角形で
八方睨みの獅子のついた台座も
八角形でした
久能山東照宮の
家康のお墓を見た時よりも
感動はしなかった
しかしそのすぐ下側にある
草庵跡を見たときはある種の思いが
こみ上げてきた
この大規模な寺院建築群の久遠寺
観光地としても聖地としても
華やかな地にあって
何もないこの更地に原点を感じた
・
七百数十年前何もない山陰に
草庵を組み読経に明け暮れ修行した
今の私と同年代の日蓮さん
何処で死んでも「墓は身延へ」と遺言するほど
この草庵を愛していたのは
いったいなんだったろうか
・
何もない草庵跡を眺めながら
今回の富士川の旅もいったん終わります
・
春たけなわになったら
後2回かけて「鰍沢」まで行くつもりです
なぜなら富士川が富士川と呼ばれるのは
鰍沢まででそれより上流は
戦国絵巻で有名な「釜無川」「笛吹川」だ
それと下井出と内船のわずか5~6キロも
歩き残しているのでその時一緒に
歩いてみようと思っています
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