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2011年4月30日 (土)

魅惑的なケシ畑

(メーホンソン・ⅩⅠ最後の旅へ・・・・・⑤)

188

(ケシ畑の中でウッちゃんと)

(19901125(日)-4)

運転手をやってくれる青年が

ケシ畑に案内するという

山を下る途中にあったケシ農園

多分研究用のケシ畑の筈だが

随分開放的で誰でも出入り自由

ケシは勿論阿片の材料であり

この国の人たちはこの花を

知っているだけにその危険性を

充分解っているのだ

それゆえ若者たちもこの花の前で

記念写真をすることを楽しみにしていた

私もこんな経験はもうないだろうと

ウッちゃんとツーショットで記念写真

中には緑色の実をつけているものも

その身を傷つけてみると白濁した

阿片の材料になる汁が出てきた

以前ウッちゃんの兄貴の警察官が

ケシ畑を制圧するために出動し

私も一緒にと言ってくれた話が

ここでその畑のイメージが結びつく

ここでも背景にロ・ボトーンの花

先程からかなり車で走ったのに

ここまでもロ・ボトーンの花は

咲き誇っていた

せっかくここまで来たからと言って

次は滝を見ることにして

さらに山を下る

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2011年4月29日 (金)

花に埋もれて

(メーホンソン・ⅩⅠ最後の旅へ・・・・・④)

163

(ヒマワリに似たボトーンの花を)

(19901125(日)-3)

クリちゃんがこの花のことを

いつもサンフラワーと言っていた

まるでヒマワリの花のようだが

花の芯はやや濃いめで有るが

それでもヒマワリほど濃くはない

それも木になっているのだから

草で有るヒマワリとは根本的に違う

チェンマイのドイ・ステープで少しだけ

見てはいるがこのように圧倒的な

広さには確かに感動ものだった

最後の最後になって無理してでも

計画した甲斐があったというもの

メーホンソンに来る日本人観光客

この山岳の町は小さい割には見どころが多い

洞窟に住む魚や滝

蝙蝠の大群が住む洞窟

温泉リゾート地

各山岳民族のトレッキング

象に乗り筏で川を渡る

究極は首長族の村探訪

しかしこのロ・ボトーンへ来る人は

ほとんどいないだろう

季節限定でもあるし

山奥の旅でもあるからだ

辺りの黄色い空気に包まれて

いつまでも見ていたかった

皆それぞれ勝手気ままに

山に分け入ったり花の中に埋もれたり

肩を抱きあったり走り回ったり

帰りの時間を考えて山を下ることにした

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2011年4月28日 (木)

見渡す限りロ・ボトーンの花

(メーホンソン・ⅩⅠ最後の旅へ・・・・・③)

159

(ロ・ボトーンへ到着)

(19901125(日)-2)

山また山を延々と走る

とにかくでこぼこ道で急坂でもある

助手席の私たちでさえ苦しくなるのだ

ましてや荷台に乗っている連中は

どんなに大変だろうかと想像する

少しの休憩時間に荷台を覗くと

ウッちゃんは気持ち悪くなったのか

吐きそうだった

席を替わろうかと言ったのだが

大丈夫だと言って聞かない

この国で生きて行くには

この程度で音をあげていてはだめだと

言わんばかりの根性を持ってる

お昼にはロ・ボトーンの少し前の

リゾート公園に到着

広い芝生の公園に絨毯を敷き

みんなで車座になり昼食開始

朝早くウッちゃんが市場で買ってきた

ご飯はジャーに入っていてまだ温かい

おかずと飲物それにデザートのマンゴスチン

私が事前に渡した500バーツの資金で

ウッちゃんがいろいろ買いそろえてくれた

先程までの苦しさも吹っ飛んでしまい

みんな食べるわ食べるわ

高原の澄んだ空気と山の中の静けさ

お昼休みはてんでに何処かに消え

しばらくその辺を散策していたが

それぞれまた集合して再出発

再び山を上りいよいよロ・ボトーンに到着

ローと言うのは花咲くで

ボトーンとは花の名前のようだった

写真にはうまく写っていなかったが

見渡す限り黄色いロ・ボトーンだった

周囲360度山また山見渡す限りだ

周囲の空気まで黄色に見えた

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2011年4月27日 (水)

ロ・ボトーン観光へ

(メーホンソン・ⅩⅠ最後の旅へ・・・②)

115

(16人でロ・ボトーン見物へ)

(19901125(日)の1)

朝テラスでクリちゃんと御老公の3人で

食事をしていて丁度9時になったっ時

迎えの車がやってきた

ロ・ボトーン観光のため私が頼んだもの

車を見てびっくり仰天

数えきれない人間がトラックに乗って

PIYAゲストハウスに横付けしたからだ

これにはクリちゃんも苦笑した

かなり山の中だからクリちゃんたちが

行った時はジープに乗って行ったと

言っていたからだった

だけどこれがタイスタイルだ

私が友人を連れてきてもいいよと

言っていたのだから不思議ではない

運転手を入れて総勢14人の大所帯

私と御老公は昨日飲み過ぎていたので

トラックの助手席に座ることにした

途中で「ブルージーン」の二人の娘が

合流して合計16人になった

我々以外は勿論トラックの荷台だった

21歳の運転手はとにかくぶっ飛ばす

二日酔いの私は気持ち悪くなる

田舎の道をを延々と走る

と言ってもメーホンソンをの街を出ると

ほとんど平地はなく山や峠の連続だった

途中山岳民族メオ族の娘さん達が

木陰で民芸品を売っている

小休憩をしてお土産を物色した

朝からカメラをトゥン君に預けて

カメラマンを依頼していたが

このトラックの状態を写そうとしない

この日唯一私が撮った写真なのだ

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2011年4月26日 (火)

別れの朝に

(メーホンソン・最後の旅へ・・・・・①)

109

(お世話になったメーホンソン空港)

(19901124(土))

朝ゆっくり寝ていたかったが

約束だったので8時にテラスへ行く

クリちゃんとスイス人夫婦はもう

食事を終わりかけていた

小さなテーブルだったので

遠慮しようとしたが一緒にと言うことで

私も食事をした

いろいろ楽しく話していたがスイス人夫婦は

迎えに来た車に乗ってパイへ向けて出発

お互い住所を交換手紙を出す約束をした後

握手をして車を見送った

二人を見送ったとクリちゃんと10時ごろまで

テラスで話し手紙を出す約束で住所を交換

彼女はオーストラリアのクイーンズランド州

実家は自分の土地に入ってから車で

数十分走らないと家まで到着しないという

半年以上タイにいたが国に帰って

また映画の編集の仕事をするかどうか

まだ決めてないと言っていた

夕方御老公を迎えに空港まで歩くと

ウッちゃんの姪がバイクで通りかかり

空港まで送ってもらった

空港からPIYAへ戻りクリちゃんと

3人で「ブルージーン」へ食事に行く

またまた少し飲み過ぎてしまったが

クリちゃんは先に帰り御老公と

飲んでいると陽気なノンちゃんが来て

私に腕時計を取られてしまった

11時ごろPIYAへ二人で戻ったが

久しぶりの酒でだいぶ寄ってしまった

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2011年4月25日 (月)

可愛いイングリッド・バーグマン

(メーホンソン・Ⅹ旅愁・・・・・・・⑤)

101

(スイスのイングリッド・バーグマン?)

(19901123(金))

仕事帰りにお金をおろそうと銀行へ

途中で「地球の歩き方」の本を持って

探し物をしている女性にであった

何をしているかと尋ねると

トレッキングをする店を探しているという

PIYAでお茶でもと誘いお金をおろしてから

二人でPIYAに行くとクリちゃんが

3人のアメリカの若者と話していた

この女性は誰だと気になったようだが

構わずビールを飲みながら話した

28歳のノリコさんは南米で発掘作業を

していたのだがその仕事を辞め2か月の

予定でタイ全土を一人旅しているそうだ

メーホンソンには2~3日の予定だそうだ

6時ごろ彼女は宿泊先の

ニラン・ゲストハウスへ戻って行った

シャワーを浴びてタラートの食堂へ行ったら

オープンテラスでスイスの若夫婦と

一人旅のドイツ娘がいたので一緒に加わる

私がスイスの若奥さんに

あなたは「イングリッドバーグマン」に似ていると

言ったら旦那のほうが「じゃあ僕はボギーだ」と

これまた気を良くして大笑い

彼女は私にタバコなどねだったりして

とても可愛い人だった

9時ごろにPIYAに戻ったが

明日の朝8時に再会を約束して部屋に戻った

今日も一日暇だったので

ウッちゃんと二人で頭をつけ合い

タイ語のお勉強ばかりしていた

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2011年4月24日 (日)

PIYAに明るさ戻る

(メーホンソン・Ⅹ旅愁・・・・・・・・④)

100

(スイス人新婚さんと4人で食事PIYAにて)

(19901122(木))

検査もほぼ終わったも同然だが

検査官がOKを出さない

いつものことで馴れっ子になったけれど

逆にもっと長引いてもいいという

そんな気になったのはこの街を

去りがたい気持ちがそうさせていた

検査官たちはPAI(パイ)へ観光旅行

私は暇なのでウッちゃんとタイ語の

勉強をした

はやりの曲を書いてもらい

一つ一つ解説してもらい

翻訳に挑戦した

直訳を詩に変えて行くのだ

二人っきりで顔突き合わせていると

このまま時間が止まってくれないかと

神様にお願いしている自分がいた

一日中やっていたのでウッちゃんも

疲れてしまったようだし私も少し

頭が痛くなってしまったが

至福の時間だった

先日来クリちゃんにロ・ボトーンの

話を聞いていたのでどうしても行きたい

ウッちゃんに車の手配をして

この街での最後の旅行の計画

ところがトゥン君がやってきて

ウッちゃんのところは高いから

安いのを紹介すると言ってきた

あまり約束を破りたくないので

1200バーツのウッちゃんの手配した

車でそのまま計画続行だ

今まで世話になった御老公も招待だ

夕方PIYAのテラスで一人翻訳続行

クリちゃんもいないくてあまりにも静か

ふっと寂しさが私を包む

シャワーでも浴びて何処かへ夕食に

そう思ってテラスへ行くとスイス人夫婦と

クリちゃんが笑いながら帰って来た

いっぺんにPIYAに明るさが戻る

スイス人の夫は英語の下手な私を

うまくカバーして話題を盛り上げる

分からないところはクリちゃんが

英語を英語で通訳してくれる

クリちゃんは充分私のことを分かっていて

私の解る英語で話してくれるので

普段会話には不自由していなかった

友達とは有り難いものだ

最近少し体調が悪いのは

強い旅愁のせいかもしれない

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2011年4月23日 (土)

美味しいいつもの昼食タイム

(メーホンソン・Ⅹ旅愁・・・・・・・③)

233

(仕事場の前の屋台食堂・美味しい昼食)

(19901121(水))

今朝7:30出勤に決めて8:00に

自動試験器搬出のつもりが

7:40に出勤したらすでに搬出済み

まあ良いかと思い7:50にはトゥン君は

ランプーンに向けてトラックで出発した

この街で友達になったらしい2人も一緒だ

ついでにチェンマイで遊んで来るのだろう

御老公に確認した所14:00にトラックは

到着したとのことだったので都合6時間

かかった計算になる

メーホンソンーチェンマイ間は山越えで

しかも直線コースはないのである

昼食時にいつも前にある屋台店に行く

カオ・ムー・デンを食べるついでに

プリック・キーヌーに挑戦して見る

いわゆる小さな青唐辛子だ

この国に来た日唇がしびれて以来

敬遠していたが周りの若い外人が

美味しそうに食べるのを見ていたら

最後の挑戦を試みることにした

ご飯と一緒に食べれば大丈夫だと

分かり中々おいしいものだった

夕食時クリスちゃんが見当たらない

じっと待ってみたが戻らない

やっぱり会えないのは寂しいが

最近夕方姿が見えないことがしばしば

ウッちゃんでも誘って食事に行くかなんて

都合のいいことを考えている自分が

ちょっといい加減な男に見えて

思いとどまった

御老公と昼間電話した時

彼の心の中にチーママの存在が

大きなっていることを感じ

私がけしかけたことにも責任を感じた

旅愁と言うものは人間の心に

何かを急がせるのかもしれない

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2011年4月22日 (金)

旅愁に浸る

(メーホンソン・Ⅹ旅愁・・・・・・・②)

051

(ウッちゃんの部屋の前で・廊下は隙だらけ)

(19901120(火))

自動試験器は用済みのなったので

ランプーンへ運ぶようにと御老公より

電話があったのでトゥン君にトラックの

手配をさせて明日運ぶようにした

昨夜のクリちゃんとの食事のことを

オンちゃんから聞いたとのことで

ウッちゃんが私に話すのでそのまま

話すと少し妬いているようだった

御老公の話では来年のタイ出張の予定が

日本での常務の気まぐれで変更され

私を含めたメンバーの動向が不安定に

なったと言ってきた

どうやら国内では企業内で政変が

起こっているようでそのとばっちりを

我々が受けることは必至のようだ

朝はクリちゃんと一緒に食事をして

「行ってらっしゃい」と送ってもらったが

夕方は会えなかった

夕食は写真の整理をしながら

一人で静かに食事をしたが

ちょっぴりさみしい気持だった

メーホンソンの最後が迫ってきた

旅愁を感じながら静かな日々もいいか

少し早寝早起きして見よう

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2011年4月21日 (木)

クリちゃんを食事に誘う

(メーホンソン・Ⅹ旅愁・・・・・・・①)

086

(ドイ・ステープの尼僧たち)

(19901119(月))

朝になってクリちゃんと顔を合わせて

ホッとしたのはなぜだろう

今日は自動試験が16:00終了なので

それまで何処かへ行きなさいと

検査官に言うと彼らは滝を見に

遊びに行ってしまった

暇なので家に手紙を書いたり

ウッちゃんと仲良くタイ語のお勉強

新聞には「ダイジョウサイ}大嘗祭が

載っていて天皇の即位の儀式の一環

だと記されていた

タイ語を読むと「ダイジョウチョ」と読め

タイ文字の一字違いだろうと感じた

自動試験の結果は良好でほぼ検査も

これで終わったも同然で一安心

仕事場を出たのは午後5時だった

玄関を出ると丁度クリスちゃんと会った

一緒に歩きながら写真屋に行き

焼き増しを頼んできた

そのまま一緒にPIYAまで戻った

シャワーを浴び食事に行こうとテラスに

行ったらまたまたクリちゃんと出会い

二人でビール2本を空けてから

「ブルージーン」に食事に誘う

「ブルージーンズ」ではお馴染みの

オンちゃんとノンちゃんが入れ替わり

立ち替わり仕事の合間に席に来て

クリちゃんと楽しくお話をする

先日ユリエ夫妻とクリちゃんが

学校へ課外授業に行った時に

生徒の一人にオンちゃんがいたとのこと

全く世間は狭いものだ

私もこの街で前任者のように

いい加減な生活をしなくてよかった

ただし生き方をしていれば

どんな世界でも堂々としていられる

そんな気持ちで嬉しかった

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2011年4月20日 (水)

機外の景色に感傷

(チェンマイ・Ⅶ駆け足で・・・・・・②)

096

(チェンマイのユリエ夫妻の家で)

(19901118(日))

やはり飲み過ぎていたので

朝の体調はあまり良くない

それでも9:30には朝食を食べて

ドラえもんが次の任務地のコンケンへ

11:50発で行くというので2人で

空港まで見送りに行った

一旦ホテルの部屋の戻り

仕事の荷物の受け渡しをしてから

チェンマイ城塞の前のデパートへ行き

音楽を聴きながらゆっくり昼食をした

本当はメーホンソンにいたかったけど

チェンマイもこれが最後だと思うと

妙に感傷的な気持ちになってきて

やっぱり来てよかったんだとしみじみと

城壁の周りの濠割りを眺めていた

16:15に乗りメーホンソンに戻る

メーホンソンに帰るという行為も

これが最後になり機外の景色にも

感傷的なってしまった

エアログラムがもう一枚あったと

思ったが見当たらないので絵ハガキで

家に手紙を書くことにした

家への手紙もあと一・二枚しか書けない

今までよく頑張って書いたと我ながら

感心している

帰って来てからクリちゃんと

一度も顔を合わせていない

どうしたのかなとちょっと心配になった

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2011年4月19日 (火)

最後のチェンマイ観光

(チェンマイ・Ⅶ駆け足で・・・・①)

077

(メオビレッジの大麻草の前でドラえもんと)

(19901117(土))

昨夜頭に来たことと

今朝続々とロボーンへ行く連中が

PIYAの前から出発する姿を見て

チェンマイに行かなければならないのが

よけいに腹がったってきた

チェンマイ空港に御老公とドラえもんが

2人で迎えに来てくれていた

ホテルに寄りそのままドイ・ステープへ

そのあとメオビレッジへと観光

勿論私は2回目だったが前回ドラえもんは

天候不順で行けなかったところだった

メオビレッジでは大麻草やケシの花

ドイ・ステープでは尼僧たちの読経など

そしてパパイヤを的の弓遊びなど

楽しく観光で来てドラえもんも満足

夕方ユリエ夫婦の家を訪ねてたが

見つけるのに大苦労した

ユリエさんは一口カツを作って歓迎

御老公はご主人と私とドラえもんは

ユリエさんと日本語をしゃべりまくり

22時ごろまでおじゃましてしまった

その足で「チェンマイの夜」へ

私はかなり疲れていたので1曲だけ

御老公はチーママとの別れに

妙に感傷的なっていた

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2011年4月18日 (月)

旅情深く

(メーホンソン・Ⅸ旅情・・・・・・・・・⑨)

027

(仲良しウッちゃんと高校生のウンちゃん)

(19901116(金))

検査も終盤に近付いてきて

72時間の自動試験がスタートした

ドラえもんが特別任務でチェンマイへ

御老公と一緒に市内で作業中だった

16時ごろになって連絡がようやくついた

明日は3人でカントークディナーへ

行こうと言っていたがユリエ夫婦に

招待されていることを告げた

自動試験が72時間なのでその間は

仕事をするなと検査官に通告したら

スモールパーティーを開けて言ってきた

会社ではなく俺の自腹だからといって

承諾したら場所を私が意船宿泊していた

バイヨ・シャレーに指定してきた

街中の高い店でバンド付きのレストラン

腹が立ったのでトゥン君に安いウィスキーの

メコンの大瓶2本を買って来させたら

ジョニ黒だと言って2本も飲んでしまった

しかも知らない連中まで呼んできて飲みだす

まあいつものパターンだと諦めつつも

トゥン君と二人でメコンのコークハイをのんだ

結局自腹3000バーツを支払った

「タイの女性は好きだが、男は嫌いだ」

と言ってやったが彼らに効き目はない

マイペンライと言って笑っているだけだ

朝方ユリエ夫婦とPIYAの前でお別れ

一緒にいたクリちゃんもちょっとさみしそう

たとえ一週間でも一緒にいたので

お互い旅情を感じ始めていたのだった

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2011年4月17日 (日)

花見を断念する

(メーホンソン・Ⅸ旅情・・・・・・⑧)

070

(仲良し4人組み:PIYAのテラスで)

(19901115(木))

睡眠を充分とったので快調だった

御老公より電話がありドラえもんが

チェンマイに来るので週末に来いという

今はチェンマイよりメーホンソンの方が

楽しいので行きたくないのだが

ドラえもんが来ると言うので渋々承諾した

昼食に職場の前の屋台に行ったら

クリちゃんが一人でカオソイを食べていた

私がユリエさんにこの店が美味しいと

言っていたのを教えてもらったそうだ

私はこのところカオソイばかりだったので

今日はカオパットにした

二人だけになると話ははずむ

私がチェンマイに週末行くと話すと

「花見には行かないのか?}と言った

近郊の山並みに見渡す限りの黄色い花

ロ・ボトーンが咲くのはこの11月で

一緒に見に行きたいと言っていたからだ

私と行けないと聞き残念がっていた

ウッちゃんも「何でチェンマイなんかに行くの」と

泣きそうな顔で怒ったように私に言う

検査官の連中も私と一緒にロ・ボトーンに

行こうと言っていたのでそれもダメになった

部屋に戻って頭を洗おうとしてシャンプーが無い

外に出てシャンプー・歯磨き・洗剤・タバコを買い

会社への最後の紀行文「風にふかれて」の

PART5を郵便局のポストへ投函した

久しぶりにさっぱりしてからテラスへ

いつもの仲良し4人組で夕食

ユリエ夫婦は明日チェンマイに戻るので

土曜日に家に遊びに来いという

御老公・ドラえもんと3人で行くと約束した

クリちゃんはこの街でお金が無くなったら

オーストラリアへ帰ると言っていたが

帰る途中10日ほどチェンマイの

ユリエ夫婦の家に滞在すると約束していた

それならば今日写したこの写真を

その時クリちゃんに託すと約束した

11時ごろまで飲んでいて私は先に寝る

戻ってきてからクリちゃんの部屋は

私の隣になっていた

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2011年4月16日 (土)

ちょっと拗ねて

(メーホンソン・Ⅸ旅情・・・・・・・⑦)

069

(ノーンチョンカム池:白い大きな建物が我が職場)

(19901114(水))

毎度のことだが飲み過ぎで調子悪い

今朝はコンチネンタルだけ食べた

昼食はそれでも職場の前にある屋台で

ナムソムジュースを飲みながら

食事をしているので元気が出る

帰り道は久しぶりに池を一周しようと

廻り出したらトニーさんの散歩と出会う

今日は二人で小学校へ行って1時間ほど

勉強を教えてきたと言って楽しそうだった

私も仕事でなかったら一緒に付き合って

行ってみたかったと思った

池をゆっくり散歩しながら

見るものすべてが愛おしく感じられ

この景色をシッカリ脳裏に焼き付けて

置こうとゆっくりゆっくり歩いた

夕食はユリエ夫婦もウィスキーでなく

ビールを飲んでいたので私もビール

それとカイヤサイとカオスワイを頼む

クリちゃんとの4人での食事だが

今日もクリちゃんをユリエさんに取られ

私はほぼ黙っているだけだった

クリちゃんが気にして話しかけるが

私もちょっとばかり拗ねてしまい

9時半になってボクシングを見に行くと

言ったのに私だけ止めることにした

体調が悪いこともそうだったが

早く寝ることにした

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2011年4月15日 (金)

帰国予定が早まる

(メーホンソン・Ⅸ旅情・・・・・・・⑥)

063

(遊びに来たノンちゃんと:職場のベランダにて)

(19901113(火))

午後3時過ぎになって御老公より電話

私の帰国が12月8日に早まったそうだ

と言うことは12月7日でタイとの生活も

お別れと言うことになった

今はいつまでもこの国に居たいと思う

そんな気持ちを振り払うのは辛いことだ

帰国の話を聞くたびにドキドキするのは

一体なんだろうか

前回から一週間もたたないのに家に電話した

帰国が早まったと事について皆喜んでくれた

十分タイの生活を堪能したからいつ帰っても

いいのだと自分に言い聞かせた

昼過ぎにノンちゃんという娘が遊びに来た

誰の関係者か知らないが可愛い子だった

最近では誰が遊びに来ても気にしなくなった

ノンちゃんは愛嬌のある娘だったが

今仕事が無いので探していると言っていた

早く見つかればいいのにと言ってあげた

夕方クリちゃんとおしゃべりしていたが

ユリエ夫婦も加わり英語が堪能な

ユリエさんがクリちゃんを占有して

私がいつものペースでしゃべれない

ユリエさんちょっと黙っててよと思った

こんな時御老公ならどんどん会話に

参入するのになあと自分の英語力の

無さに無念の感は否めない

深夜1時近くまで話は盛り上がっていた

ちょっと調子に乗り過ぎかな

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2011年4月14日 (木)

落書きをして楽しむ

(メーホンソン・Ⅸ旅情・・・・・・⑤)

060

(クリちゃんと落書き合戦:PIYAにて)

(19901112(月))

検査が始まったが何と6人もやってきた

監督を入れて7人でワイワイガヤガヤ

多分メーホンソンと言うことで志願者が

多くなってしまったのだろう

バンコクやチェンマイやスコータイからも

来ていたから検査より観光が主だろう

マイペンライ・マイペンライだね

会社へ出す「風にふかれて」PART5の

清書をしていたが6時20分ごろまで

頑張ってみたが暗くなったので止めた

昨日あった日本人と外人の夫婦に相席に

ユリエさんとイギリス人のトニーさんだ

私が冷ややっこを頼んだだけで

お二人にメコンのコーラ割(コークハイ)を

いただいて後は御馳走になる

そこへクリちゃんとスコットランドの女性も

参加してこれまた盛り上がって行きた

PIYAでは丁度内装の改装中で壁が

真っ白なホワイトボード状態でどうせ

壁紙を張るのだからと言って落書き開始

長逗留のクリちゃんが町の地図を

スラスラと書きあげてスコットランド娘に

町の紹介をし出した

私に漢字を書けと言うので

「焼津の半次」と書いて悦に入っていると

その横へクリちゃんが添え書きをする

長逗留の外人が多いPIYAなので

その内みんな集まってきてあそこもここもと

自分の印象のある場所を地図に

記入して行きたちまち観光案内が完成

こんな楽しいPIYAにユリエ・トニー夫婦も

気に入ったらしく本当は他のゲストハウスも

宿泊するつもりだったがずっとここに居たいと

言って一緒に楽しんでいた

御夫婦は3年前にインドネシアのバリ島に

家を建てて住んでいたが国の規定で

2年でバリを出て一年前からチェンマイへ

そして今度はタイ南部ホアヒンへと

悠々自適の生活をしているのだという

私も歳とったらこんな生き方で来たら

最高だろうなあとうらやましくなってしまった

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2011年4月13日 (水)

クリちゃんPIYAに戻る

(メーホンソン・Ⅸ旅情・・・・・・・④)

054

(お庭で家族そろってパーティー)

(19901111(日))

昨夜すっかり酔い潰れたせいで

とても朝起きる気がしなかった

それでも頑張って11時に起き出し

テラスの食堂へ行ってみて驚いた

クリちゃんがお早うと私に声をかける

一週間チェンマイに居て昨日戻ってきたと

言っていつもの明るい笑顔だった

一緒の席にいた女性に日本語で

話しかけられまたまたびっくり

日本人と外国人の夫婦だった

チェンマイ在住でこれから南の

ホアヒンへ移住するとのことその前に

メーホンソンに遊びに来たとのことだった

いろいろな人がいるものだと可笑しかった

クリちゃんが戻ってきてPIYAも

再び花が咲いたようになった

夕食は久しぶりにタラートへ行った

サテ10本・カイチヨムーサック・カオスワイ

それにビール2本も飲んで腹いっぱいだ

明日から検査が始まる

そこで易占いを立ててみた

乾為天「思い通りの行動をせよ」と出た

今の自分の心境そのものだ

潜在意識は私を誘導していると感じた

久しぶりに早く寝ることにした

8時半には床について眠ってしまった

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2011年4月12日 (火)

忘れざる日々

(メーホンソン・Ⅸ旅情・・・・・・・・③)

048

(プラー・ドック(鯰)の唐揚げを作るウッちゃん)

(19901110(土))

静岡の事務所と家に手紙を出した

家への手紙も№30になったところだ

この国に来て最も寒い日だった

朝からジャンパーをカバンから初めて

引っ張り出し一日中着ていた

午後2時半ごろになってテラスで池を

ぼんやり眺めながら旅情にふけっていると

トゥン君がやってきた

PIYAの若いボーイと一緒に3人で

歩いてウッちゃんの家に遊びに行く

ウッちゃんの部屋は高床式の2階で

壁は竹を編んだだけで風通しは良い

この写真のように床の板も隙間があり

下からの風も気持ちが良かった

廊下の奥まった所に台所のようなもの

そこでウッちゃんはプラードックを揚げていた

通常この国では火事を心配して

家の奥で火を使うことはしない

お店でも炊事場は道路に面している

今日だけは特別にやっていてくれるようだ

私が以前から魚好きだと言っていたのを

覚えていて市場で美味しそうなものを

手に入れてくれたと言っていた

美味しそうなにおいに猫が来て

オオハシのような嘴の大きな鳥も来て

私も一緒に鍋を覗き込んだ

一瞬自分がいる世界が夢の世界に思え

多分長い人生の中でこの日のことは決して

忘れることはないだろうという気持ちになった

お料理が出来たところでお庭に絨毯を敷き

家族一族みんな集まって夕食パーティー

トゥン君が買ってきた大きなガイヤーン

それに警察官の義兄がウィスキー2本提供

飲んで歌って楽しい時間を過ごす

特に私のためだけのプラードックの唐揚げは

頭からバリバリ食えてとてもおいしかった

勿論カオニヨとプラーチョンのケーンや

漬物などもほとんど平らげてしまった

10時半ごろ酔いつぶれて11時半ごろ

起こされトゥン君とPIYAのボーイに

両脇を支えられて帰って来た

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2011年4月11日 (月)

あなたはお金持ちだ

(メーホンソン・Ⅸ旅情・・・・・・・②)

050

(正面の2階がウッちゃんの部屋)

(19901109(金))

こちらから電話しようと思っていたが

ウッちゃんと話しこんでしまっていた

御老公から何やら仕事の電話だった

ひとしきりしゃべっているのを聞いてみても

実はチーママの話をしたくてしょうがないのが

手に取るように分かった

昨日もすれ違いだったようだ

ウッちゃんと給料の話になった

私がすっているタバコはクロンティップで

この国のタバコだが20バーツで

彼女の給料は一日80バーツだった

安いPIYA一泊分が200バーツだから

如何にウッちゃんの給料が安いかわかる

ウッちゃんは私にゴーホック(金持ち)だと

言ったがそれを否定することはできなかった

部屋の戻ったら停電だった

暑くてとても部屋にいられない

いつものテラスへ来て少し書きものをする

ビールを飲んだが少し腹の調子が良くない

それでも8時ごろになって再びビールを飲み

スープとカレーとライスを腹に納めた

テラスに座り池の周りの夜景をじっと眺め

顔は確かに景色を見ているのだが

頭の中は帰国した後のことばかり考えていた

まだ一カ月も先なのに

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2011年4月10日 (日)

旅情が心の中に満ちて

(メーホンソン・Ⅸ旅情・・・・・・・①)

104

(いつも食事に行っていた食堂・タラート)

(19901108(木))

ペンさんと親しくなったところで

ランプーンともお別れだ

これから一日一日が文字通り一期一会

今日会う人はもう二度と出会わない

そんな気持ちのなってきた

遅い便でメーホンソンに戻ってきた

空港にウッちゃんが来ていなかったので

サムローに乗ってPIYAへ戻る

テラスで日記など書いていたら

マスターのブンが来て

「冷やっこ」はどうだというので頼む

彼なりに私への心配りだったようだ

6時半ごろ家に電話する

時差は2時間だから日本は8時半

帰国が12月22日だと言うと

随分遅いんだねと言われてしまった

家に送った首長族の写真は

母が来て持って行ってしまったという

みんな元気でいるようで安心した

久しぶりにタラートの食堂へ行く

PIYAでビールを飲んだ後だったので

豚肉のサテ10本とビールを飲んだだけで

帰って来た

メーホンソンでの生活も後3週間しかない

旅情がいやがうえにも高まって

去りがたい気持ちになってきた

この街は本当に心落ち着く街だ

生涯この街に居てもいいような

そんな気持ちが心の中を占め始めた

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2011年4月 9日 (土)

帰国予定決まる

(チェンマイ・Ⅵランプーン・・・・・・③)

044

(ジョー君の弟や警察官と)

(19901107(水))

御老公がバンコクから戻り

夕方ホテルで合流した

帰国の予定が解ったそうで

私だけは12月21日に成田へ帰国

他の4人は少し遅れて名古屋へ帰国

メーホンソンの検査は12日開始で

30日終了だから後3週間はバンコクの

何処かで応援をするそうだが予定はなし

ひょっとしたら帰国が早まるかも知れない

私とドラえもんは再訪なしだが

八戒と鼠男は来年も来たいと希望している

勿論御老公は客先からのリクエストだが

本人は迷っているようだった

夕食は「古都」「チェンマイの夜」だったが

久々の御老公はチーママが居ないので

寂しそうだったがホテルに戻ったら

彼女からのメッセージが有って気を良くする

あの冷静沈着品行方正の御老公が

私から見ても少し可笑しくなっているのが

見てとれてちょっと心配になった

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2011年4月 8日 (金)

眉目秀麗な才媛

(チェンマイ・Ⅵランプーン・・・・・・②)

045

(ランプーンにてペンさんと)

(19901106(火))

朝は150バーツも使ってホテル前の

おじさんのタクシーで優雅に出勤だ

仕事場に到着して朝食でもと思ったが

なんと女性が検査業務をしていて驚く

食事もとらずに挨拶して見ると

どうやら検査官とのことだった

昨日のメンバーによくよく聞いてみると

この検査チームのリーダーとのこと

私も楽しくなって彼女と話をする

名前はペンさんと言って美貌の割に

頭脳は明晰な感じで気心も良い

9時半ごろになってもう一人の男をいれ

ペンさんと3人で遅い朝食を食べに

隣の店に行く

私がペンさっとばかり話すので

他の連中は気分が悪そうだった

連中の話だと将来この国を背負って立つ

相当な幹部候補生の彼女とのこと

私が「結婚してるの」と聞いたら

日本人は必ずそのことを聞くが

どうしてなんだと逆に切り返されてしまった

検査官の一人ジョー君が15時に帰ると

言い出したので私も一緒に帰ることにした

勿論ジョー君と一緒に帰るのだから

乗り合いバスでチェンマイまで行く

彼が弟に逢って行くと言うので

一緒に付き合ってみる

なんとジョー君の弟は陸軍の訓練学校の

教官とのことで学校の中で待つことになった

兵役が義務のタイなので若い兵士が

号令をかけて校庭を走っていた

弟の勤務が終わったとのことで

弟の友人を入れて4人で飲みに行く

皆陽気な連中なので気分最高

いろいろ食べさせてくれたが

蛙は勿論知らずに犬まで食ったかもしれない

その後警察官の友人まで加わって

結局21時半まで飲んでいて

次に行くと言っていたので私だけ

変えることにしたら弟の車で

ホテルまで送ってくれた

チェンマイの意外な一面を見られて

これはこれで楽しかったが

「チェンマイの夜」にも行けなかったし

クリスちゃんとも逢う機会がなかった

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2011年4月 7日 (木)

チェンマイのお邪魔虫

(チェンマイ・Ⅵランプーン・・・・・・・①)

046

(チェンマイでの夕食:花を買って)

(19901105(月))

10時にウッちゃんのバイクに乗せてもらって

空港へ向かい11時10発でチェンマイへ向かう

御老公がバンコクへ行っている間の

検査官たちの対応をするのが仕事

ランプーンについたのは12時半ごろだった

環境が変わるとプレッシャーからか体調を

崩しやすいのでそれだけを気をつけよう

3人の検査官は遠くから来ていたが

宿泊はやっぱりチェンマイとのこと

ランプーンだって大きな街だが

せっかくの出張を楽しむのは

御老公同様チェンマイだよね

今日の作業の都合がついたと言って

3時半に帰ると言いだした

そこで私も彼らと一緒に帰ることにして

彼らの車に乗せてもらってホテルまで

スリ・トーキョーホテルではローイカトンを

チェンマイで過ごした若い二人がまだいた

夕食は彼らを誘って「古都」へ行くことにした

今日のチェンマイはいつものように御老公は

いないしクリスちゃんは滞在している筈だし

私にとって初めての一人のチェンマイで

何かしら心うきうきしていたのだけれど

若い二人のお邪魔虫の登場

人生の偶然とは面白いもので

若い二人が私の計画の前に立ちはだかる

まあこれも同じ人生だ

「古都」で夕食をした後はお決まりの

「チェンマイの夜」でカラオケ三昧

若い二人に圧倒されるも頑張った

チェンマイのローイカトンは盛大だったそうで

お濠には無数のカトンが浮かんで

見事な光景を見せていたらしい

それとかぐや姫のパレードも優雅だったとのこと

田舎担当の若い二人は満足したようだった

私は来れれば来れるものを祭の間

メーホンソンにいたことを全然悔いてはいない

むしろメーホンソンで味わえたものの大きさを

自分ではかみしめていた

若い二人はそれぞれOFFして消えて行く

御老公も居なくて私は今夜一人だが

まあ明日があるさと言う気分で

一人ホテルに戻ってきた

それでも部屋についたのは0時を回っていた

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2011年4月 6日 (水)

愛しき日々

(メーホンソン・Ⅷローイカトン・・・・・・・⑦)

038

(家の横のきれいな小川で:ウッちゃん)

(19901104(日))

2か月に一度のペースで会社の社報に

投稿していた「風にふかれて」のPART5

その草稿を午前中までにテラスで書きあげた

多分これが最後の旅行記になるはずだ

4時ごろになってトゥンがやってきた

昨日この近くで火事があったと言っていたが

夜の11時ごろだったので私は眠っていて

全く気がつかなかった

二人で歩いてウッちゃんの家に行った

写真を渡して5時半ごろまでおしゃべり

そして私が気に入っている小川で

水遊びしたりして過ごした

私の心の中にウッちゃんの姿が

くっきり浮かび上がりとても可愛く

感じ始めてきたのは何だろう

そしてこの美しいメーホンソンの自然

観光地であるこの街もいつまで

この美しさを保つことが出来るだろうか

メーホンソンがとても愛おしく感じる

一旦戻りPIYAの前で6時半に待ち合わせ

「バイ・フーン」へ一緒に夕食に行く

10時ごろまでそこにいたが

日本人6人とタイ人2人の団体が

私たちのすぐそばで食事をしていた

あえて声はかけななったが多分向こうは

私たちをタイ人だと思っているだろうと

なんだか楽しくなってしまった

それにしてもPIYAは急に静かになり

祭が終わったせいかお客様もちらほら

そう感じたのはクリスちゃんが居ないせい

心の灯が消えたような感じだった

さあ明日からはランプーンだ

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2011年4月 5日 (火)

森の中の家で

(メーホンソン・Ⅷローイカトン・・・・・⑥)

031

(ウッちゃんの家のニワトリたち)

(19901103(土))

相変わらずの朝寝坊だったが

クリスちゃんがチェンマイに行くと言っていたので

たぶん11時の飛行機だと思い10時少し前に

テラスに行くともう出発直前だった

様子から見てもう帰ってこないのかと思えた

私が月曜日にチェンマイに行くと告げたら

電話番号をと言ったのでホテルの名前を教えた

写真を出しに行って先日運転手をやってくれた

客先の人が副業でコピー屋をやっていたので

そこでしばらく話しこんで楽しく過ごす

戻ってビールを飲みながらテラスで過ごし

3時ごろになって写真を受け取った後

ウッちゃんの家にてくてく歩いて行く

家の周りは木々で覆われ一軒を除いて

高床式の家が周囲を囲むとてもいい雰囲気

庭の周りにある家々は兄弟の家だそうで

一族が大勢で住んでいるとのこと

アヒル・鶏・豚・それに野鳥までいて

敷地の横には奇麗な流れがあった

お父さんに終戦時の日本人の事を聞き

お寺で日本兵のお世話をしたとのことなど

大変興味深く実感としてこの街を感じた

兄弟はみんな仲が良く私のために

庭で遊んでいたニワトリを一羽締めて

ケーンとカイチオを作って御馳走してくれた

義兄は警察官で来週麻薬王クンサーの

ケシ畑を火炎放射器で焼きに行くけど

一緒に来るかいと言われたが

あいにくチェンマイに行かなければとお断り

本当は行きたくてたまらなかったけれど

夕食後の楽しい団欒の後ウッちゃんに

バイクでPIYAまで送ってもらった

オーストラリアの老夫婦に写真を渡し

ビールを一本飲んでいたらトゥンが来た

私が黙ってウッちゃんの家に行ったので

明日は一緒に行こうよと言いだした

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2011年4月 4日 (月)

ローイカトンの夜

(メーホンソン・Ⅷローイカトン・・・・・⑤)

016

(池に浮かぶローイカトンの前で)

(19901102(金))

仕事中も街の雰囲気が感じられる

ローイカトンの祭りで盛り上がっている

帰り道の池の畔にもステージが出来て

道行く人もソワソワしている感じだ

今日は誰とも約束をしてないので

いつものようにテラスでビールを飲み

日記を書き№29の家への手紙をしたためた

その間も池の周りは祭モードが高まってきた

一度部屋に戻り郵便局で手紙を投函してきた

改めて外人観光客とテラスでビールを飲む

その内ローイカトンのパレードがPIYAの前を

通りかかり写真を取りに一人で出かける

バンコクに住む息子の招待で来たという

オーストラリアの老夫婦にウィスキーを

御馳走になりながら楽しく話していると

ウッちゃんが彼氏と一緒に訪れた

彼氏はオカマだそうで大きなカトンを

持っていたので池の前で記念写真を撮る

ウッちゃんと二人で「ブルージーン」へ行き

食事をして戻ってきたらオカマの彼氏が

まだカトンを持ったまま池の周りをウロウロ

どうやら自信作のカトンを流すのが惜しいらしい

それならばと私がカトンを奪いとると外人観光客が

寄ってきて一緒に写真を撮らせてと次々ポーズをとる

現地人のふりをしていろいろ解説して回った

ひとしきり大騒ぎした後私がカトンを流してしまった

ノーン・チョン・カムの池にはすでにたくさんの

カトンのろうそくの明かりが幻想的に浮かび上がって

天国の蓮池にふさわしい幽玄さを醸し出す

お祭りは終わることがないように続き

11時ごろになってウッちゃんを帰した

ウッちゃんは「明日家に遊びに来て」

と言いながら帰って行った

深夜0時になってまだまだ盛り上がっている

祭りばやしを聞きながら眠りについた

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2011年4月 3日 (日)

願いを込めて夜空にカトンを流す

(メーホンソン・Ⅷローイカトン・・・・・・④)

388 

(ドイ・コンムー山頂で夜空へカトンを)

(19901101(木))

朝はいつものように起きられないが

10時ごろになって御老公はチーママ

からの電話でデートに出かけて行った

平日のしかも昼間のデートとは

御老公にとってもこの国で初めてだ

私がそそのかしたのが原因だろう

12時ぴったりに帰って来た

様子を見るとかなり動揺していた

私はそのままチェンマイ空港に向かい

メーホンソンにとんぼ返りだ

普通は都会のローイカトンを楽しむのが

常識だが私も私だと苦笑する

PIYAに戻ってきてビールを飲みながら

クリちゃんと話をしているとウッちゃんが

バイクでやってきて彼女の家に行く

お母さんや姉弟たちと話し写真を撮り

みんなでドイ・コンムーへ歩いて行く

登り道はかなり疲れたが途中から

ウッちゃんと二人きりになり楽しく登る

頂上は歩くのも大変な混雑ぶりだった

ステージが2つ作られていて一つは

演劇や漫才などが上演されていて

もう一つでは地域の大人や子供たちの

歌や踊りなど次々と上演されていた

私も「スバル」を歌えと言われ

一旦はその気になって順番待ちだったが

観客の多さにたじろいてあと少しと言う

ところで怖じ気づきキャンセルしたのは不覚

今日までが山でのカトン流しで

明日はいよいよノーン・チョンカム池での

ローイカトンと言うことだそうだ

私もウッちゃんと一個10バーツのカトンを買い

ウッちゃんとこれからも仲良くできるよう

願いを込めて夜空に向かってそっと放った

ワット・プラ・タート・ドイ・コンムーの

寺院の中でお坊さんにお経をあげてもらい

聖水を掛けてもらい旅の無事を感謝した

まだまだ祭りは盛り上がっていたが

10時半になり私が言い出してやっと

山を下ることにした

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2011年4月 2日 (土)

クリちゃんに見送られ

(メーホンソン・Ⅷローイカトン・・・・・③)

006

(ローソクを飾った後クリちゃんと:PIYAの前)

(19901031(水))

あさ8時なってゆっくり起き出し

いつものコンチネンタルを頼んで

テラスのいつものクリちゃん席に

合い席する

彼女は絵葉書を何十枚も持っていて

せっせと書いていた

私につられたのか彼女もチーズサンドを

注文して粉末のジュースを水に溶かした

クリちゃんの「行ってらっしゃい」の声に

送られて出勤したのは9時ごろだった

バンコク宛ての重要物品を荷造りして

ウッちゃんのバイクに乗せてもらい

空港に着いたのは10時ごろだった

10時半ごろになってブスッ娘3人組が

私を見送りに来たけれど一泊して

すぐにとんぼ返りするのだだから

ちょっと大げさになってしまった

チェンマイ空港からランプーンへ

到着した早々バンコクの悟空から電話

来週私がランプーンへ行ってもよいとのこと

つまり御老公がいない間の検査対応を

せよと言っているのだ

あれほどチェンマイ通いした私が

今ではチェンマイよりメーホンソンの方が

よくなってしまっているのはどういうわけだ

夕方ホテルに戻りカメラの電池を探すと

さすが大都会一軒目の店ですぐに見つかった

チェンマイもローイカトンの大祭だ

近隣で作業している2人も集まってきて

スリトーキョーホテルへ宿泊している

4人で夕食に野外レストランのコカへ行く

久々のタイスキでとてもおいしかった

そのまま「チェンマイの夜」へと繰り出す

久しぶりに懐メロばかり歌いまくり

「月光仮面」まで歌い満足した

御老公もしばらくバンコクなので

チェンマイに心残りな気持ち

どうやら明日チーママと約束したらしい

あの落ち着いた御老公にしても

この国は心穏やかならぬものがあるようだ

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2011年4月 1日 (金)

夜空に流れる灯籠の灯

(メーホンソン・Ⅷローイカトン・・・・・・②)

022 

(ローイカトンの夜・PIYAのテラスで)

(19901030(火))

御老公より電話があり1日にバンコクへ

戻ることになったと言っていた

会社幹部がタイへ来るとのこと

私も一緒にとのことだったが御老公自体

行きたくもないのに行くというので私には

行かなくてもいいと言ってくれて助かった

メーホンソンもチェンマイもローイカトンは

盛大な祭りでこれを見逃したら何のための

海外出張なのか分からないのだ

会社幹部の不純な海外視察に付き合う

御老公もかわいそうなものなのだ

とは言えバンコクに届ける荷物のため

明日チェンマイまでどうしても行かざるを得ない

ついでにカメラの電池も買うという一石二鳥だ

ウッちゃんに航空チケットを買いに行かせると

私がバンコクに帰って行くと勘違いして

半ば涙ぐんでいたので事情を説明した

夕方いつものように日記を持ってテラスへ

ブンが「鰻」を手に入れられなかったと

申し訳なさそうに私に謝った

その内ブンがハッパ(野菜)とツナや

プリック(唐辛子)を皿に盛ってやって来た

フランス娘もドイツ男もうまそうに食べる

タイ料理の醍醐味を味わっていたようだ

クリちゃんもやってきて私も楽しく騒ぐ

そこへウッちゃんが一人でやってきた

仲間に入れようとしたがウッちゃんは

遠慮して後ずさりするので皆と離れ

二人だけの席で食事をすることにした

その内トゥンが友達2人とやってきて合流

10時半まで楽しく食事をしていた

テラスからはドイ・コンムーより夜空に向かい

灯りの列が延々と登って行くのが見える

あれは空に上げるカトン(灯籠)の灯だと

ウッちゃんが説明してくれた

私も上げたいがあいにく明日はチェンマイ行き

チェンマイなんか行きたくないという気持ちが

私の心の中を満たし始めていた

4人が帰った後もクリちゃんや他の外人たちと

11時半ごろまでテラスで飲み祭りの夜を楽しんだ

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