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2011年2月28日 (月)

床屋に行きタイ人になる

(メーホンソン・Ⅱ散策・・・・・・・・④)

189 

(ノーン・チョン・カム池と2つの寺院)

(19900928(金))

バンコクより作業の重要物件を

チェンマイに届けたという連絡があった

これで業務としてチェンマイに行ける

明日受け取ると返事しておいた

夕方床屋に行ってさっぱりしたが

少し短く刈られたようで老け顔になった

ホテルのお姐さんに言わせれば

「スワイ」きれいだと言われてタイ人の仲間入り

銀行に行きお金をたくさん降ろして

写真屋に行き焼き増し分を受け取り

ついでにフィルムも買った

それにしてもノーン・チョン・カム池は

見るたびにその美しさに魅かれる

いつもチェンマイばかり気にしているが

この山岳の町も私のこころをくすぐる

何かが潜んでいそうな気がしてきた

夕食はいつものタラートの食堂で

ビール一本と串に刺したツミレ団子を

4本食べただけで帰って来た

写真の裏へコメントを書いていたら

眠くなってしまってシャワーも浴びずに

そのまま眠ることにした

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2011年2月27日 (日)

沐浴する若い女性

(メーホンソン・Ⅱ散策・・・・・・・・③)

251

(コンムー山守護の巨大狛犬)

(19900927(木))

今日の散策は仕事場から坂を下り

池まで降りてしばらく景色を眺めた

池の名前はノー・チョン・カム大好きな池だ

池に面したワット・チョーン・クランと

ワット・チョーン・カムは双子のような寺で

並んで建っている様はまるで天国の風景

寺と寺の間のでこぼこ道を下ることにした

仕事帰りだろう5人の女性が私を追い越して行く

身なりは泥まみれで汚い恰好をし

平たい編み笠をかぶっていた

編み笠をとった顔を見て驚いた

なんとみな若い女性たちだった

しかもどれも可愛い顔をしてた

この国へ来て多くの女性たちを見てきた

身体を売るよりもこうして泥まみれになって

働く仕事を選んだ娘たちの健気さに

とても清々しさを覚えた

娘たちの後をついて歩いて行く

林の中の小さな道だった

こう言った風景は私は大好きなのだ

途中きれいな小川が流れていた

以前見た小川の上流になるだろう

小川の中で身体を洗っている若い女性

自分が異次元に迷い込んだ気がした

川をそのまま下り橋の袂まで来て

そこから大通りをぐるっと回って帰っていたが

娘たちはまだ山の方角に歩いて行ったようだ

彼女たちの日当はいくらだろう

多分80~150バーツぐらいだろう

私のホテル代一泊の1/3~1/5だろう

労働の後の清々しい彼女たちの笑顔が

心にいつまでも残っていた

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2011年2月26日 (土)

白骨街道の道中に

(メーホンソン・Ⅱ散策・・・・・・・・・・・②)

250

(ビルマ戦線将兵鎮魂之碑・ワット・プラノーン)

(19900926(水))

メーホンソンに来てまだ知り合いはいない

強いていえばホテルのフロントのお姐さんが

黙っていても鍵を渡してくれることと

飯屋のおばさんが顔を覚えてくれたことか

仕事帰りに遠回りしてホテルの裏コンムー山の

麓にあるお寺を見に行くことにした

チェディーにしてもお寺にしても造りが

イサーンや中部と違って居ることが良く解る

タイ文明はビルマからチェンマイへスコータイへ

もう一つはラオスからイサーンを経由して

バンコクへと2つの流れがあったのだろう

歩きながらそんなことを感じていた

ワット・ブラ・ノーンの境内には美しい

白いチェディー群があったがその中に

「ビルマ戦線将兵鎮魂之碑」があって驚いた

ビルマからの引き上げ兵が同盟国の

タイ経由で帰る道中にメーホンソンがあり

ここまで来る間に多くに人たちが斃れ

「白骨街道」と言われたところでもあった

平成元年建立と言うことで感慨深い思い

黙って私は膝まづき手を合わせました

お寺の横には巨大な狛犬が立っていた

その大きさは私の背丈の3倍ほどあり

多分世界一の狛犬ではないかとも思った

狛犬の背後にコンムー山頂上のお寺が見え

ワット・プラタート・ドイ・コンムーの守護狛犬なのだ

半ば壊れかかった狛犬腹部には中のレンガが

見えていたがその眼光の鋭さはチェンマイを向き

何かに怒っているようにも見えた

以前御老公も来たというワット・プラノーンは

礼宮様も訪れたことがあると聞いていた

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2011年2月24日 (木)

初めて清流を見る

(チェンマイ・Ⅱ古都遊覧・・・・・・④)

238

(ポー・サーンの傘職人たち)

(19900924(月))

御老公は朝早くランプーンへ出勤

私はゆっくり起き出して10時すぎに

ホテルを出た

ホテル前にいたサムローに空港まで交渉

40バーツだというのを30バーツに値切る

タイに来て値段の相場が理解できるからだ

チェンマイ発11:35でメーホンソン着12:10

結局半日サボった計算になる

いつも真面目に働いているからたまにはいいかな

先週3人いたレイバーを2人返すと言ったが

職場に戻るとまだ2人いたのには驚いた

私の言葉の行き違いがあったかもしれない

チェンマイに行ったことにより体調も

戻りつつあったが少しだけだるい

ベットに横になるとそのまま眠りそうなので

文房具でも買いに行こうと外に出る

歩いていると郊外の中学校の傍まできた

畑の傍に小川があったので覗いてみると

透き通った水が流れていた

さすがに山岳の街なんだと改めて感心

チェンマイとメーホンソンの間には

バスで10時間もかかるという

山岳地帯が広がっているのだ

飛行機ではわずか30分程度だが

タイの人たちでも中々簡単には来れない

ヒル・トレイブ(山岳民族)の中心地なのだった

タイへ来てどんな大きな川も小さな川も

土色に濁っていたのだがここへ来て

初めて清流らしきものに遭遇して

気分が晴れとした

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新たなホテル探し

(メーホンソン・Ⅱ散策・・・・・・・・・・・①)

245

(ワット・プラノーンのチェディ群)

(19900925(火))

朝出勤して見るとレイバーが一人増え

先週と同じ3人になってしまった

事情を聴いてみると「オクサン」が居るという

連中のいうオクサンと言うのは女のことだ

この街で女性の友達が出来て舞い戻ったのだ

相手にしていてもきりが無いので

知らんふりして放っておくことにした

ゲストハウスや旅社の多い観光地

この街ではバイヨ・シャレーホテルは良い方で

どの街でも一番良いホテルに宿泊していたが

私にはこのホテルが気にいら無かった

確かに街の中心地で便利が良いが

部屋の窓から見えるのは木ばかりで

眺望が無いのが閉鎖的に感じた

確かにセキュリティーは良さそうだが

何と無く温かみが感じられない

そこでもっと良いホテルはないかと散策

ホテルから郊外に向けて坂を下って

10分ほど行ったところにマウンテン・IN

ここは清潔そうでしかも平屋建ての

大きなホテルだったのでここへ変わろうかと

気持ちが大いに動いた

まあとりあえず今週だけはバイヨ・シャレーに

一応そのまま宿泊していようと思った

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2011年2月23日 (水)

サム・カンペーン温泉に憩う

(チェンマイ・Ⅱ古都遊覧・・・・・・・・③)

235

(サム・カムペーンの間欠泉・熱い!)

(19900923(日))

朝をゆっくり起きて朝食もゆっくりで

食べ終わったのはなんと12:00少し前

滝を見に憩うというわけでホテル前にいた

トラックタクシーと交渉往復300バーツ

ターペー門から東に向かって走り30km

サム・カムペーン温泉に到着

卵を10バーツで買って温泉卵造り

温泉と言えども熱湯で指を入れられない

広い広い公園でメオ族の衣装を着た

娘さん達も観光旅行で来ていた

話のネタだと言って温泉に入る

イオウの匂いがしてさっぱりしたいい湯だ

35歳だという日本人が居て話をする

日本で半年働き半年は海外で遊び暮らす

今日もバイクをレンタルして来たと言っていた

一緒にビールを飲み語り合った

帰りにはポー・サーンへ寄って行く

ここはチェンマイ傘で有名なところ

傘職人たちを見学していて御老公は

居てもたっても居られなくなり轆轤を回して

傘造りの実習に挑戦していた

大きな扇も作っていたのでこれも見学

そろそろ自分へのお土産にと物色し

タイシルクの白地に蝶の絵柄の

大きな扇を手に入れた

タイシルクの糸紡ぎの工場を見て

昔懐かしい糸車に郷愁を覚える

工場と言えども皆家内工業のようだった

チェンマイに戻りホテル周辺を散策

近くにオーキッドホテルがあり寄ってみると

礼宮様がお寄りになった時の写真が

飾られていました

夕食はジンギスカン風の焼肉屋

タイで食べた焼き肉では一番美味しかった

ナイトバザールへ歩いて行く

前回行ったクラブ「チェンマイの夜」は休み

そこで近くのカラオケ店に入ったが

タイ語と英語の曲ばかりだった

しかしこの店はあまり日本人が来ないらしく

我々とは頓珍漢な会話がはじまって

可笑しくて終始笑い転げていた

二日間で散財したがそれ以上に御老公には

随分と負担をかけたようで申し訳ない

でもチェンマイがますます好きになってしまった

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2011年2月22日 (火)

チェンマイの街散策

(チェンマイ・Ⅱ古都遊覧・・・・・・・・②)

218

(ワット・チェディ・ルアン修復中)

(19900922(土))

遅い昼食をとり部屋に戻り

一気に家に№23の手紙を書き

ポストの投函した

ホテル代は466バーツもするので2泊分で

チェンマイ往復代が賄えそうなので

ホテルをチェックアウトして荷物保管を依頼

空港までブラブラ歩いたがかんかん照りで

さすがの私も少々参った

チェックインして食堂でのんびりビールを

飲んでいたらうっかり乗り遅れそうになった

スリトウキョウホテルで御老公に合流

ホテル代節約で彼の部屋に泊まることにした

食事もしないで待っていてくれたので

濠端のデパートでビールを飲みながら

サンドイッチで軽い昼食をした

チェンマイの街は城壁に囲まれた町

城壁の中を中心に早速散策開始

ワット・チェディ・ルアンは創建時

90mもあったそうで町一番の大きさだろう

崩壊していてもその迫力は目を見張る

修復中なので私も協力のために少しだけ

募金をしていつの日か来訪を楽しみにした

寺院を散策し修行僧の若者らと歓談

彼らの多くは入安吾(カオ・パンサー)で出家し

出安吾(オーク・パンサー)で還俗する

タイ男性の半義務化された僧たちだった

城壁の中に興味を持ち登ってみたら

三国志の時代を彷彿とさせ興味津津

掘割では岸から弓銃で魚を狙っている人

掘りの中で網で魚をとる親子など

大らかなタイの風景を眺めて楽しんだ

有名なターペー門には観光客がいっぱいで

この付近にはチェンマイに魅せられて

長期滞在している若者が多いそうで

何と無く開放的な雰囲気がして楽しいところ

夕食には先日行った日本食「古都」だったが

今日と明日はお酒を飲んでは行きない日と

国で定められているとのことで残念

そう言えば街中に警察官がいっぱいいたのは

飲酒を監視しているとのことだった

ホテルに戻りここではお酒OKなので

ようやくビールを飲み夜遅くまで語ろうと

したが御老公は12:00頃には眠ってしまった

思えば私は興味津津の観光なので良いが

御老公はさぞお疲れになってしまったことだろう

ちょっと申し訳ない気がした

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2011年2月21日 (月)

チェンマイ行きチケット予約

(チェンマイ・Ⅱ古都遊覧・・・・・・・・・・①)

212

(市場(タラート)のような食堂で)

(19900921(金))

いよいよメーホンソンでの一人の

生活が始まった

仕事場にいるアルバイトの娘も

前任の蟷螂男のイメージを私に重ね

日本人にはあまりいい印象を持っていない

唯一時々現れた御老公の明るさが

日本人として好印象だと言っていた

したがってまだ私にもなつかないようだった

名前を聞くと「ウッ」と言っていた

勿論あだ名だが「子豚」と言う意味だそうで

私は彼女のことを「ウッちゃん」と呼ぶことにした

ウッちゃんにチェンマイ行きのチケットを

買いに行かせたが一日2便ある今日の分は

売り切れとのことで明日の分を買ってもらい

帰りは月曜日の午前に帰る分とした

ロイエットに赴任したドラえもんからこの国へ来て

初めての腹痛を味わったとの電話があった

唯一頑丈だった彼も下痢の洗礼を受け

これで全員が味わったことになった

私の方もまだ本調子ではないけれど

市場のように大きな現地の食堂に行き

ビールと苦瓜入りーフスープを頼み

体力を持ちこたえるよう努力した

まあ多少お腹をすかせている方が

健康には良いかもしれないと思い

ご飯を頼むのを止めておいた

さあ明日は憧れのチェンマイを楽しもう

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2011年2月20日 (日)

蟷螂男バンコクに戻る

(メーホンソン・Ⅰ山岳民族の村・・・・・・・・・・⑦)

185

(マイさんとメオ族の子供たち)

(19900920(木))

やはり腹痛は治っていなかった

御老公には昨夜の酒で調子が悪いと

説明しておいた

午前中昨日の作業の確認を御老公がし

問題ないことを確認した

蟷螂男は午前中の飛行機でチェンマイへ

今日中にはバンコクの事務所に

戻ることができるはずだ

最後までこの街に未練があるようだった

御老公は午後の便でチェンマイに戻る

週末は私がチェンマイに遊びに行きたいと

頼むと快く受け入れてくれた

待望のチャンマイ観光ができそうだ

歩いて空港まで御老公と行って

飛行機の飛び立つまで見送った

しばらく滑走路わきのベンチに座っていたら

5:30頃から滑走路は公園に変わった

ジョギングする者やボールを持ち出す者や

子供たちの歓声に包まれたのには

驚いてしまった

夕方になり腹痛もやや回復してきたので

今日は一滴も酒をのまずに寝る事にする

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2011年2月19日 (土)

腹痛やや回復す

(メーホンソン・Ⅰ山岳民族の村・・・・・・・・⑥)

175

(首長族の村への乗船場)

(19900919(水))

朝方になって腹痛もやや回復

3回目ともなれば要領も分かって

節制することが一番だと気がついた

昼に応援のため御老公がチェンマイより

やってきて大事な仕事が無事に終わった

御老公は蟷螂男がまだメーホンソンに

居ることに驚いた

そういえば蟷螂男はバンコクからの

帰還指示を無視して居座っているようだ

改めてバンコクより帰還指示があったようで

しぶしぶ明日帰るようだった

今まで蟷螂男の作業に問題があり

たびたび御老公もこの街へ来て

チェックをしていてかなりお馴染みのようだった

重要な作業は終了したが帰りがけに

エアコンがストップしているのに気が付き

このままでは部品の破損が起こり兼ねない

やむなく装置類の電源をすべてOFFして

ホテルの戻った

バンコクの悟空に週の報告をすると

プロジェクト・マネージャーのS氏が

電話を変わり来週社長と一緒に

メーホンソンを訪れたいと言っていた

さすがにチェンマイまでは誰でも気軽に

来ることはあってもここまではおいそれとは

来ないのが普通である

私が無事にこの街で動き出したのを知って

是非会いに来たいというのが本音のようだった

今回の腹痛騒ぎは蟷螂男にも緘口令を敷き

バンコクには一切連絡をしてないし

御老公にもまだ言ってない

夕食後御老公が以前来て知ったという

ディスコに誘われたのでそこで早速

ステージに上がり「スバル」をタイ語で

全曲歌ってみて驚かせた

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2011年2月18日 (金)

腹痛おさまらず

(メーホンソン・Ⅰ山岳民族の村・・・・・・・⑤)

209

(滑走路は生活道路なのね)

(19900918(火))

朝薬を飲んで出勤したが一向に激痛は

収まる気配を示さない

仕事場の冷房の中に入ると調子が悪く

なるのははっきりしていた

昼食はカイムックへ行っておかゆを食べた

その足でポストに手紙を2通投函した

家に出した№22と会社へのPART4だ

明日の作業についてチェンマイの御老公が

応援に来てくれるとのことで心強い

なんとかそれまでに腹痛をなおしたい

蟷螂男は一向にバンコクへ戻る気配が無い

まあ居ても問題はないのだから放っておく

夕方蟷螂男と空港まで散歩した

本日の最終便が飛び立った後

空港の向こう側の村から人が歩いて

滑走路を横切ってこちらの街へ

この空港の滑走路は時には生活道路で

我々も滑走路上に入り込み記念写真を

取り合って楽しんだ

お腹の痛みと言いこののんびりした

なにも無さそうな街で果たして私は

過ごして行けるのだろうか

電話番号や住所を書いた手帳をなくし

手紙させ出せなくなってしまった

ムックダハーンの街をしみじみと

思い出していた

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2011年2月17日 (木)

3度目の腹痛到来

(メーホンソン・Ⅰ山岳民族の村・・・・・・・・・④)

184

(タイ北部山岳民族地図)

ーーカレン・メオ・ヤオ・ラフー・アカ・リスの各山岳民族の分布。メーホンソンは圧倒的にカレン族が周囲に多い街だったーー

(19900917(月))

朝方になって鳩尾辺りが痛みだした

タイへ来て3度目の腹痛に違いない

ピチット赴任当初とムックダハーンの

検査当初に続く激痛の始まりだ

今回も原因が良く解らないところ見ると

いわゆるカルチャーショックの心労だろう

今さら心労なんて言うと笑われそうだ

いま居るバイヨ・シャレーホテルは見たところ

街中では一番いいホテルのようだが

眺望が悪いので気に入っていない

雨が多く暑いのでついついクーラーをかけて

冷え過ぎたのが原因だろうと思っている

首長族の写真が出来たので会社と家に

手紙を出すことにした

首長族の写真は気に入ってもらえるだろう

メーホンソンは観光地なのだが

静かなところが気に入っています

しかしムックダハーンのようなドラマが

この街で起こるかどうか今は分からない

一ヶ月ぐらいはおとなしくしていましょう

蟷螂男が今夜も飲みましょうというのを

断って早目に寝ることにした

なればなんとか良くなるというのが

経験から得た知恵だから

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2011年2月16日 (水)

ドイ・コン・ムーへ登る

(メーホンソン・Ⅰ山岳民族の村・・・・・・・・・③)

200

(ドイ・コン・ムーより街を見下ろす)

(19900916(日))

朝から雨が何回も降り続いていた

ドカッと降って上がりそれを繰り返す

会社へ出す「風にふかれて」を一気に

書きあげるには好都合だった

勿論首長族への探訪記だった

昼近くに雨も上がり昼食後ホテル裏の

ドイ・コン・ムー(コン・ムー山)へ

登りたいと蟷螂男に案内させた

雨上がりの山道は風もなく山岳の

陽光が降り注ぎ頂上に着くころには

全身汗びっしょりになってしまった

頂上は心地よい風が吹いていた

ワット・プラ・タート・ドイ・コン・ムー

長い名前だがドイコンムー寺です

頂上からは西にミャンマーの山々

眼下にはメーホンソンの小さな街並み

そして道路のように見える滑走路

街の中心には昨日見た池が見えた

観光客は頂上まで車で来たらしく

西欧人の団体と日本人の2人組

頂上から眺めた街にある寺院は

今まで見たキラキラした寺院と違い

重層構造のビルマ形式の屋根を持ち

ここがビルマ国境であることを感じさせる

夕方蟷螂男は私をマッサージに誘った

ホテルから空港とは反対側の街外れへ

乗り合いサムローに乗って行くと

小川のほとりに大きな小屋掛けの建物

案内されて道場のようなヨシズ掛けの

部屋に通され患者服のようなものに

着替えさせられた

同時に5・6人治療できるらしいが

この日は蟷螂男と二人だけだった

小さな若い娘がマッサージしてくれるのだが

足の指から始まり腰まで来るのに

1時間もかかるいわゆる本格的な

タイ式マッサージだった

仕上げは大の男をエビ反りにして持ち上げる

いわゆる逆エビ固めの技でどこにそんな

力があるのかと驚いた

タイ式マッサージの神髄を味わった

蟷螂男はたびたびやってきていたらしく

裏の世界も知っているようだったが

私はあえて聞かないことにした

蟷螂男もすぐバンコクへ戻るだろが

何と無くここ街に未練があるようだった

私の方もこんな小さな町のこと蟷螂男に

あらかた案内されたので解った感じで

心は魅力的なチェンマイに憧れていた

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2011年2月15日 (火)

首長族の村へ

(メーホンソン・Ⅰ山岳民族の村・・・・・・・②)

165 

(首長族(カレン)の村へ)

(19900915(土))

蟷螂男と8時過ぎに食堂で朝食

アメリカンブレックファーストをいつも

食べているというのでそれに倣う

ホテルから依頼されたガイド兼社長という

マイというお姐さんが我われを迎えに来た

どうやら蟷螂男は以前マイさんの案内で

観光したらしかったが今回も私に付き合った

例によりトラックを改造した乗り合い4輪で

アメリカ人とドイツ人夫婦と一緒だった

車で15分小舟で20分ほど行ったところに

首長族の村がありあまり近くて驚いた

船着き場から村に入ると「ビデオ禁止」と

書いてあり初めて彼女たちを見た時は

ちょっとばかり腰が引けたが話してみると

ごく普通に応対するので安心した

首に巻いている金具に気軽に触らせて

くれるし話しかけると手作業をやめて

写真撮影にも応じてくれる

中にはジャージを羽織っている女性に

マイさんは「観光客のために脱げ」と

説得しているようだったが体調が

悪かったのだろう彼女は無視していた

観光とはいえ彼女たちの生活圏へ

入って行くのだから首長族と言えども

観光ガイドに言いたいこともあったろうと

推測して優しく見守ることにした

首長族の村に40分ぐらいいて帰る

ホテルに戻った途端大雨になった

会社に出す「風にふかれて」の続編を

部屋で書こうと思ったが最近本を読まないので

思うように文章がわいてこない

そこで五木寛之の「風に吹かれて」を

20年ぶりに読み返し勘を養った

スコールの雨が通り過ぎて行ったあと

メーホンソンの街の中心にある池を

蟷螂男に案内してもらったが

素晴らしい池ですっかり虜になった

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2011年2月14日 (月)

メーホンソン着任

(メーホンソン・Ⅰ山岳民族の村・・・・・・・・①)

001017

(チェンマイとメーホンソン)

(19900914(金))

昨夜の飲み疲れでさすがに朝は

起きることが出来ず御老公が

出勤した後ゆっくり起き出した

10時少し前に身支度をして

ホテルのテラスでコーヒーとトースト

それにハムエッグ食べチェックアウト

ホテル前に止まっていたサムローに乗り

空港へ行きチェックインし出発を待つ

11:35発のメーホンソン行きの乗客は

ほとんどが西欧人観光客のようだった

チェンマイを飛び立ってからは山ばかり

低空を飛ぶので所々に山岳民族の

村とおぼしき集落が見えた

山間の小さな町メーホンソンに

到着したのは12:10だった

迎えに来たのはカマキリのように細い男

蟷螂男にホテルまで案内されチェックイン

空港からわずかの距離で今までの街と

随分雰囲気が違う感じだった

仕事場ではピチットで一緒だっらレイバーの

リーダーだった男がいて子供が生まれたと言って

バンコクへ帰り月曜日は休むそうだ

そう言えばピチット時代彼の女房に

タイ語を教わったことが楽しく思い出された

蟷螂男から作業の引き継ぎを受ける

バンコクの悟空にも無事到着の報告

ホテルにも戻って蟷螂男とビール3本

夕食は歩いてすぐのレストランへ行く

「カイムック」はエアコンの効いた店だった

そこでまたウィスキーを飲んだ

昨日からの飲み疲れが残っていて

少々苦しかったが蟷螂男は私を歓迎して

さらにホテルのレストランに誘うが

さすがに遠慮しておいた

とりあえず蟷螂男が帰る前に「首長族」を

案内せよと言うと快く承諾して早速

ホテルのツーリストへ予約を入れてくれた

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2011年2月13日 (日)

古都の夜

(チェンマイ・Ⅰ・・・・・・・・・・・・①)

151

(チェンマイで御老公に再会「古都」にて)

(19900913(木))

バンコク空港でメーホンソン行きの

直通チケットをチェンマイで一泊して

翌日メーホンソン行きに変更した

手数料は170バーツもとられた

さらに荷物が10キロオーバーで

200バーツもとられしまい

手荷物を増やせばよかったと反省

チェンマイ行きは外人観光客が多く

この国へ来て一番大きな飛行機だった

チェンマイ空港に到着しそのままタクシーで

一つ南側にある街ランプーンまで行き

久しぶりに御老公に再会した

夕方乗り合いの4輪にに乗りチェンマイへ

御老公の定宿スリ・トーキョー・ホテルは

チェンマイ城壁のお濠の角にあった

御老公の部屋で買って来たウィスキーで

まずは再会の乾杯をした

歩いて夕食に出ようとすると外は雨

玄関前にいたサムローに乗り濠の中の

日本食堂「古都」で久々に刺し身で乾杯

御老公はすっかりチェンマイに溶け込み

「古都」の娘たちには大人気だった

店を出ても相変わらずの雨

隣にある音楽レストランに乗りこんで

踊ったり飲んだり騒いでいると

「古都」の娘たちも和服のままで

様子を見に来てそのまま合流した

その後ナイトバザールにあるクラブへ

「チェンマイの夜」でも御老公は人気者

カラオケ三昧で大いに楽しんだ

ホステスの中には私の名前をひらがなで

書ける娘もいて驚いた

ホテルに戻り深夜2時まで積もる話に

花を咲かせまた飲んでしまった

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2011年2月12日 (土)

カリプソでゲイショーを見る

(バンコク・Ⅶ旅支度・・・・・・・・・・・・⑤)

143 

(寝仏のワット・ポーの座仏)

(19900912(水))

報告書も提出してメーホンソンの作業の

内容をチェックするだけで1日のんびりした

鼠男は昼にラッブリーへ赴任のため出発

勿論東北部から来ていた女性と一緒だ

公私混同の不摂生さを感じた

ドラえもんは明朝早くロイエットへ向けて

出発が決まりホッとしていた

月曜日にシーサケットに赴任した八戒と

入れ替わりに戻ってきたG氏と昼食

彼は女性に子供が出来たと言って

お金を払って逃げかえってきたそうだ

私と同年代で針土竜と同じ会社のG氏

私もさすがにあきれ返り不干渉が原則だが

少しだけ諭さないわけにはいかなかった

どうやらまともなのはドラえもんと私ぐらいだ

我が社の鼠男も八戒も限度を超えた生活を

していると思いちょっと危なく感じた

3時ごろマネージャーのS氏がドラえもんと

私にショーのチケットくれた

どうやらいただきものらしいが自分は

以前見たからだとのこと

早目に夕食に行き「ラーメン一番」で

餃子と天津丼食べた後ショーを見に行く

バンコクで有名なゲイボーイ達のショー

「カリプソ」は外人観光客でほぼ満員だった

客層に合わせて趣向を凝らし

いまどこの国の観光客が来ているか解る

「まつだせいこ」は可愛い子だった

日本舞踊の子はひょうきん者

一番よかったのはマイケルジャクソンで

そっくりだったが男が男に扮するという

錯綜したゲイのショーに苦笑した

ホテルに戻ってスーツケースを預け

メーホンソンへの赴任準備完了

さっぱりした気分で日記に向かった

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2011年2月11日 (金)

飲みすぎでダウン

(バンコク・Ⅶ旅支度・・・・・・・・・④)

139 

(ワット・サケットにてドラえもんとカマス君)

(19900911(水))

バンコクの生活は好きではないが

今回はドラえもんが一緒なので

楽しく動き回ることが出来た

昼過ぎまでには報告書もなんとかまとめ

後はメーホンソン行きの準備だけだ

3時ごろになってプロジェクトマネージャーの

S氏より夕食のお誘いがあった

スクムビットの「ふるさと」へ車で行くのだが

毎度のことで大渋滞なので歩きたいが

今回はみんな一緒なのでそうはいかない

6時ごろようやく「ふるさと」へ10人が集合した

マネージャーのお誘いの時だけは

割り勘ではなくすべて奢りなので助かる

ビールから始まり生酒・ウィスキーと

どんどん出てくるので急ピッチで

飲み続けてしまった

勢いに乗った集団はいつもの定番で

T街に行こうと移動を開始した

車がスリオン通りに差し掛かったころ

車が停止した拍子に気持ち悪くなり

ドアを開けて吐いてしまいダウン

私一人そのままホテルに戻ってきて

ふらふらになりながらベットに横たわった

しばらくして電話が鳴った

T街の「A」のマリーからだった

バンコクに戻ってから「A」には

一度も顔を出していない

どうやら鼠男が今店にいて私のことを

話してしまったらしくマリーは

「明日は来てほしい」と電話をしてきたのだ

それにしても鼠男はよくもまあ

現在ホテルに女性がいるにも関わらず

T街の「A」に行ったものだと感心した

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2011年2月10日 (木)

それぞれの旅立ち

(バンコク・Ⅶ旅支度・・・・・・・・・・③)

147 

(バスから身を乗りだし客寄せをする車掌)

(19900910(月))

いつものように朝はバーミンナムの屋台で

朝食をとって事務所へ出勤する

事務所でムックダハーンの作業の報告書を

まとめることで一連の作業は終了する

悟空は相変わらず忙しいようで

私に報告書の書き方を教えると

昼前に御老公の赴任しているチェンマイ郊外の

ランプーンへ出発してしまった

悟空が戻るのは木曜日でその後の話しで

私がメーホンソンに出発するとのこと

八戒は早朝私が行きたかった

シーサケットへ向けて出発してしまった

彼のことだからスーリンの象祭りなんか

行くわけがないだろうなあ

全く待ったいない話である

ドラえもんは同じ東北部ロイエット担当だが

開始まで間があるので以前私が担当した

バンコクのバンケンの対応を命じられて

ちょっとがっかりしていた

夕食はドラえもんと一緒に頑固にバスで行く

スクムビットのソイ26の「トンカツ亭」を目指す

雨で道が渋滞してバスが進まないので

途中で降りて歩きだし少し迷って店に到着

歩くことは道を覚えて楽しいものだ

少し迷うぐらいがちょうどいい

タイの道路は魚の骨のようになっていて

太い道路の両脇に細い道路が左右に伸び

その細い道を「ソイ」と呼び番号が付いていて

左右で奇数偶数に分かれているので

住所から探すのが簡単なのだ

トンカツ亭ではビールを2本も飲んでしまい

トンカツも食べて腹がパンパンになり

23時まで店にいてバスで帰って来た

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2011年2月 9日 (水)

心の充電

(バンコク・Ⅶ旅支度・・・・・・・・・・②)

145

(巨大寝仏のワット・ポーにて境内のチェディ群)

(19900909(日))

最後の旅に出る前のこころの整理

バンコクで充分鋭気を養おう

朝食をドラえもんととっていると

カマス君もやって来た

暇なら付き合うかと言うと乗ってきた

とにかく一日中バスでの移動と提案

まずはワット・サケットと言う寺院へ行く

平らなバンコクにあって珍しく丘の上に

西洋のお城のように見える寺院だ

見晴らしの良いお寺の塔の上まで行く

さすがに西洋人観光客が多かった

次は寝仏(スリーピングブッダ)の寺院

とにかく大きさでは奈良の大仏をしのぐ

黄金色に輝く巨大な寝仏のワット・ポー

この寺院の境内にたくさんのチェディ群

まるで地から生えた筍のようだという印象だった

ロビンソン・デパートで中華の昼食をとり

ホテルの近くのメトロ・スーパーで食料と

タイー英・英ータイ辞典を買った

いつか役に立つかもしれないと

夕方鼠男が夕食に誘ったが

女連れではと断って昼間の3人でT街へ行く

鉄板焼きの店に行き枡酒二合とカレーライス

その後ローズ・メリーへ行きカラオケ三昧

ボトルも入れたのでジャンジャン飲んで

明日からのエネルギーを身体に充満させた

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2011年2月 8日 (火)

ラーメン餃子を堪能

(バンコク・Ⅶ旅支度・・・・・・・・・①)

131

(ジム・トンプソンの家でドラえもんと)

(19900908(土))

昼近くドラえもんと二人で街へ遊びに行く

八戒は相変わらず単独行動だし

鼠男は彼女がイサーンから来るのだ

バスに乗ってT街まで行くつもりが

途中TOKYUデパート前で降りた

東急デパートの日本食堂へ行き

鉄火丼を久しぶりに食べた

まあまあの懐かしい味だった

デパートの中を散策すると最上階に

けた違い意に大きな食堂街があって

日本食以外は何でもありそうだった

「ジム・トンプソンの家」に行った

ジム・トンプソンはタイのシルク王と言われ

タイシルクを世界に広めた人だが

マレー半島で消息を絶った人だ

運河沿いに立つ豪邸は今は博物館で

入館料はちょっと高くて100バーツだった

歩いてサイアム・センターへ行きSOGOへ行き

そのままホテルまで歩いて帰った

18:00になって家に国際電話を掛ける

妻も息子も娘も皆元気で良かった

夕方になり鼠男の彼女も入れて4人で

バスに乗り「らーめん亭」へ夕食に行った

ビール・餃子・レバニラ炒め・わかめラーメン

いずれもビール以外はいずれも地方では

絶対に食べることができないものだ

ラーメン・餃子は中華ではなく日本食だと

改めて認識した次第だった

ムックダハーンに比べ

バンコクは暑いと感じた

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2011年2月 7日 (月)

さようならムックダハーン手帳紛失

(ムックダハーン・ⅩⅣ別れ・・・・・・・・・⑤)

127

(ウボンラーチャターニー空港にてドラえもん)

(19900907(金))

昨夜遅くまで飲んでいたのに今朝は

6:30に起きて荷物をまとめシャワーを

浴びて身も心もすっきりした

いつものように一階に行き食事を

しようとしたらダーウさんから電話

泣きそうな声でサヨナラを言っていた

私もコップン・カップ(ありがとう)を言うだけが

精いっぱいで言葉にはならなかった

午後2時にヤソトーンからドラえもんが

タクシーでやって来た

タクシーに乗り込んでラブ・ミへ寄る

その向かいのアルニーさんの家に寄り

お母さんのスダーさんに会って

お別れのあいさつを言ってきた

その時手帳を取り出して

改めて住所を確認して手紙の約束をした

最後の最後でドーアンだけはシッカリした

お別れが出来なかったことが悔やまれる

ウボンの空港でもうこの空港にも

来ることがないだろうと思うと一抹の

寂しさが禁じえなかった

空港で手帳を探したが見つからない

ムックダハーンでお世話になった人たちに

手紙を出す約束をし何度も念を押されたのに

タクシーまであった手帳が無くなった

アルニーさんの家でタクシーに乗る時か

タクシーの中かそのどちらかで落としたか

すでに探す手立ては無くなってしまった

大変なことになってしまったと青ざめた

飛行機はコラートへ寄らず直通でバンコクへ

19時に空港へ着いたがタクシーが1時間待ち

定宿のPホテルには20時過ぎだった

私の部屋へ八戒を呼び3人でビールを飲む

その内に鼠男もやってきて久しぶりに

4人そろって楽しいひと時を過ごす事が出来た

この国へ来て約5カ月それぞれが逞しく

この国の生活が板について来た雰囲気

鼠男は今までいたロイエットで知り合った女が

明日バンコクへ来るとのことで次の赴任地の

ラッブリーまで連れて行くと言っていた

それぞれ生き方には干渉しない原則で

そのことについては誰もコメントしなかった

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2011年2月 6日 (日)

14時間の我慢比べ

(ムックダハーン・ⅩⅣ別れ・・・・・・・・・④)

122

(打ち上げパーティー始まる)

(19900906(木))

もう検査も終わって合格証を書いている

昼食を食べに行こう連中が言うので

黙って車に乗り付いて行くと旅社の

AC(エアコン付き)レストランに入って行く

15人ぐらい座れるテーブルが用意されて

ウィスキーを買うから金を出せという

500バーツを出すと1000バーツだという

鯰男が買いに行き取っ手付きの大瓶を買って

850バーツだと言って領収書を私に渡す

その内に客先の女性や見たことのない連中も

ぞろぞろ集まってきて総勢17名になった

そこで私もやっと気がついた

これがいわゆる噂に聞く打上パーティーか

私の知らない関係者まで検査官のリーダーが

集めて置いたようだった

最高でも5000バーツは許すと悟空から

お墨付きをもらっていたのでまあ良いかと

思い出来るだけ明るくふるまった

13:30頃には一通り楽しく食事が終わり

女性陣やオジサン達は私にお礼を言って

帰りだしたが9人の男共が残った

付き合っていると15:00になっても

一向に終わる気配がない

いつ終わるのだと言うと「明日の朝までだ」

といつもの調子でからかいはじめた

私は途中抜け出して銀行に行ったが

カードはまだ職場のかばんの中だ

一旦戻りカードをとって銀行で金を下ろす

店を覗くとまだやっているので部屋で

一旦昼寝をして16時に店に戻ると

連中まだ盛り上がっている

とにかく一旦清算してそれから飲み直せ

と言ってみたが一向に聞く気配がない

職場はもうしまっている時間になり

鍵を借りて職場に戻りカバンを持って

部屋に引き揚げて再び店に行くが

まだまだ終わりそうもない

昼から見ると6時間以上は経っている

19時になりさすがに私も覚悟を決め

「とことん付き合ってやるからここは一度

清算をせよ」と言って鯰男に清算させる

5220バーツの『領収書』を書いて来たので

金は払うが5000バーツに書き換えさせた

連中ますます調子に乗り今度はポン・ペの

近くの野外レストランへ乗り込む

今までいちばん大人しかったB君が

そこで女を買うと言い出し席をはずす

B君が女の元から戻ってきてから

今度は音楽レストランへ行き飲み続け

結局そこでB君とK君がダウンした

私は気持ちが開き直っているので

身体こそきついが全然酔いが回らない

私のことをたかがふんでいるいるらしいので

思い知らせてやろうという気持ちでいた

連中2人が残ったがまだ終わらない

今度は女の店に行き散々からかって

買いもせずに飲み続けていた

もう相当参っているようだが私が

音を上げるのを待っているようだった

とうとうフアナム旅社まで戻ってきて

結局隣でおかゆを食べて二人は

ギブアップ宣言をして音をあげた

結局2000バーツも自腹を切ったが

連中には勝った気分で部屋に戻ったのは

午前2時近くで計14時間の

打ち上げパーティだったことになる

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2011年2月 5日 (土)

別れの夕べに

(ムックダハーン・ⅩⅣ別れ・・・・・・・・・・③)

123 

(ラブ・ミでローンちゃんとお別れ)

(19900905(水))

バンコクの悟空に連絡を取ると

次の作業場は「メーホンソン」と告げられる

以前から「シーサケット」だと思い込んでいた

シーサケットはお馴染みの大都市ウボンから

近く象祭りの「スーリン」からも近く楽しみだった

赴任中の11月にはスーリンの象祭りが開催

ウボンのろうそく祭りに匹敵する大きな祭り

以前からワクワクして楽しのだったのだ

ところが早く終了したピチットの八戒が赴任

私はビルマ国境のメーホンソンになったのだ

もっともメーホンソンも行きたかったところ

なんせあの首長族などの山岳民族が

多く住むところらしいのでこれまた楽しみだ

事実上検査も終了したよで連中は

「プーハ・テープ」へ遊びに行ってしまった

やっと肩の荷も下りたような感じがした

それにしても長い検査期間だったなあ

夕方17:00になって連中が帰って来た

改めて検査の終了を確認してバンコクへ

金曜日に帰る連絡を入れておいた

夕方ラブ・ミへ行き食事がてらお別れを言う

いつも陽気なローンちゃんは胸がいっぱい

と言った感じで目がうるんでいる

他のみんなとは明るくお別れが言えた

ここでも必ず手紙をくれと言って

私の手帳に住所をシッカリ書きとめてくれた

約束の21:00にダーウさんの店に行く

そのままダーウさんのバイクの後ろに乗り

「SIAM]へ向かった

店にはダーウさんの友人の女性達が

5人も待っていたのには驚いた

その後男たち2人も加わり

餞別にと言ってウィスキーの大瓶を

私にくれたのにも感激した

みんなに促されオカマのスガーから

マイクを渡されて「スバル」を歌う

勿論タイ語で歌ったけれど

胸がいっぱいになり最後は

絶唱だった

ダーウさんは勿論私にぴったり寄り添い

誰にも渡さないぞと言う感じだった

友人たちも今日だけは何も口にはさまない

ダーウさんに好きなようにさせていた

多分私の一言を待っていたかもしれないが

私の頭の中には寅さんの行商カバンと

紋次郎の縞の合羽がちらついて離れない

帰りにフアナム旅社までダーウさんのバイク

珍しく旅社の前には人影はなかった

どうにでもなる状態だったけれど

きれいに握手をして「サヨナラ」を言ってしまった

人生の中で彼女と会う最後になるだろうと

思うとちょっとばかり涙が浮かんできた

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2011年2月 4日 (金)

別れの季節に

(ムックダハーン・ⅩⅣ別れ・・・・・・・・・②)

119 

(お別れの昼食会を)

(19900904(火))

ホテル代などの清算のため

クルンタイ銀行へ行きATMで

お金を降ろしてきた

どうやら1万バーツまでしか降ろせない

時間をおいて試してみたが同じだった

1日に降ろせる金額が1万とのことで

たくさんいる場合は数日間が必要とのこと

職場に戻ると昼食を客先で

用意しているとのことで行ってみると

私の好きな「ソムタム・ガイヤーン・カオニヨ」が

テーブルの上に並んでいた

客先の女性達が私の送別のため

お昼を用意してくれたのだと知り

感激で嬉しくなってしまった

そう言えば客先の人たちとあまり言葉を

交わせなかったなあと反省した

皆さん良い人たちばかりで

陰ながら私を見守っていてくれたことが

話の中で感じられました

夕方になって鯰男が私を誘う

彼なりにお別れをしたい気持ちのようだった

しかしそれを断って帰ることにした

出したままになっていた写真を受け取り

その足でダーウさんの店に向かった

以前一緒にプーハ・テープに行ったことがある

ムックダハーン小学校の先生がいた

写真をダーウさんに渡して「サヨナラ」を言うと

先生が「必ず手紙を書け」「電話をせよ」と

何回も何回も念を押す

もう一度確認すると言って私の手帳に

ダーウさんの電話番号と住所をアルファベットで

分かりやすく丁寧に書きなおした

そして、明日「SIAM]で私の歌を最後に聞きたい

だから21:00に必ずここに来てくれと念を押す

たぶん時間的にダメだからと断ったが

どうしてもと言ってきかないので

やむなく約束することにした

これが本当の最後になるだろうと思い

なんとかやりくりして行こうと思った

先生との話が付きダーウさんも

ホッとしたのだろう

当然のごとく私をバイクに乗せて

フアナム旅社まで送ってくれた

彼女にとってそうすることが

ごく当たり前のことだというように

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2011年2月 3日 (木)

スコールの洗礼に

(ムックダハーン・ⅩⅣ別れ・・・・・・・・・・①)

118

(屋台店で夕食を)

(19900903(月))

検査官連中は2人しか出勤しない

現状はもう終了しているも同然だが

なんとか時間延ばしをしているだけだ

そのとこについてとやかく言うことも

阿保らしくなって私も何も言わない

夕方仕事が終わり連中が食事に行こうと

誘って来たので毎度のことで付き合う

鯰男と3人でクルンタイ銀行前の屋台へ

夕方の店開きしたばかりの明るい内から

四人で飲み始める

仕事中と打って変わって明るい連中

私の顔がちょっと仏頂面になっている

連中は私の顔色をうかがい

ご機嫌をとるように「何が良い」と聞くので

「ソムタム・ガイヤーン・カオニヨ」と

いつものお題目を唱える

ソムタム:パパイヤの千切り入り辛サラダ

ガイヤーン:タイ風鶏から揚げ

カオニヨ:もち米を蒸したご飯

私がムックダハーンで覚え大好きになった

イサーン(タイ東北部)名物の料理だ

どうせ私が支払うのだからと

自分の好きなものを注文する

6:30頃になって遠くの方から黒雲が

こちらにやってくるのが見えた

雲の下に縦に雨の柱が見える

この所嵐のような雨が続いているので

早目に避難するように促すと

いつもの調子で連中は笑いながら

「まだまだ」と鷹揚に構えている

パラソルだけのテーブルには

涼しい風が少しずつ迫って来た

雨の柱が数十メートルに迫ってきて

雨が数メートルに来た時連中が逃げ出し

逃げ遅れた私は雨の洗礼を受けてしまった

頭からシャワーを浴びた状態だった

しばらく雨はやみそうもないので

連中の一人の持っている車で

フアナム旅社まで送ってもらった

夕方になり雨が降ることが多く

出したままの写真を受け取ることが

出来ないのでそのままになっている

それでも昨日家宛てに書いた№21の

手紙の投函だけは何とかしておいた

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2011年2月 2日 (水)

大嵐の夜に

(ムックダハーン・ⅩⅢ嵐・・・・・・・・・・⑤)

115

(雨季のメコン河で網を打つ兄弟)

(19900902(日))

午前中は昨日同様メコン川の畔へ

まだまだ話し足りないというように

ドラえもんは喋りまくっていた

このところ私も少し体調が悪かったので

しゃべるのも少々疲れたが

ドラえもんが14時過ぎになって

ヤソトーンに帰り際「来て良かった」と

行ってくれたことで私も心が落ち着いた

ドラえもんが帰ってすぐに大雨となった

台風の嵐が真上を通過中か

とてつもなく大きな雷と土砂降りの雨

日本では味わったことのない嵐だ

雨季の雨を「根性無しの雨」と笑っていた

ドカッと降るけれどもすぐに晴天となる

しかし台風だけはけた違いだ

体調を整えるため昼寝をすることにした

夕方目覚めたときにも嵐が吹きすさぶ

それでも向かい側のフォーモスへ

夕食に行こうとした途端停電が起こり

街中の電気が消えてしまった

嵐の吹きすさぶ街を眺めても

灯りの点いているところは一軒もなし

しばらく待っても回復もしないので

やむなくそのまま眠ることにした

ムックダハーンを去る日の近いことを

雨の音を聞きながらしみじみ感じていた

そしてこの街への感謝の気持ちを

あらためて思っていた

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2011年2月 1日 (火)

雨季の街にて

(ムックダハーン・ⅩⅢ嵐・・・・・・・・・・④)

113

(メコン河の畔の占い師)

(19900901(土))

フアナム旅社に移ってから出来るだけ

大人しく生活をしようと思っていた

ドラえもんが遊びに来てもあっちこっち

行かないで散歩に終始するつもりだ

ドラえもんを誘いメコン河のイミグレに

散歩に出かけた

メコン河も今ではすっかりメナム・コン

つまりコン河と言う名前に抵抗が無くなった

初めてこの街に来た時より随分水かさが

増えてきて川の中の島がだいぶ小さく見える

雨季の感じがその水かさで感じられた

バンコクを発つ時事務所から言われたように

街中が水浸しになることはまずないだろう

しかし滔々と流れる大河はそれなりの

迫力を持って目に映った

鯰男のグループとイミグレ前の寺院で遭遇

境内の市をお互いにひやかして回る

小物入れに良いと思ってカオニヨ(もち米ご飯)

入れの小さな籠を8バーツで自分への

お土産に買ってみた

フォーモスで昼食をしたが3時間ほどねばった

今度はイミグレより上流のお寺に行き

そこの木陰でゆっくり話しこんだ

ドラえもんは話し好きだ

普段日本語を話す機会が無いので

この時とばかり思いのたけを話した

珍しくコーヒー専門店を見つけてはいる

店主は以前船乗りで日本に行ったと

思い出話を聞かせてくれた

またイミグレのところに日本の協力で

橋を造る計画がありラオスへ車で

行ける日の事を夢見ていた

夕食は「ス―ベルン」へ行った

二人でウィスキーを一本空けた

ドーアンは何かを諦めたように

二人に水割りを作りながら心静かに

二人を見つめているだけだった

19:30頃突然アルニーさんと

プンちゃんがス―ベルンに現れ

私たちに挨拶して楽しそうに

アイスクリームを食べてから出て行った

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