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2010年12月31日 (金)

少しお疲れ気味か

(バンコク・Ⅴ悠々・・・・・・・・・・⑦)

435

(メナム川沿いの水上家屋)

(19900731(火))

仕事場のバンケンの街に

カマス君が応援に来た

彼と一緒の作業でていたいていた作業が

グンと進んで大助かりだった

この国では原則8:00~16:00が

就業時間だったが確かに短い

今日初めて18時まで残業した

齟齬とが進んだ分もう少しと欲が出たのだ

私が教えてからカマス君はタイ文字を

自分で勉強しだしたと言って

随分進歩していたのは頼もしかったし

その内私よりはるかにできるようになるのは

眼に見えていた

バンコクに来て初めてカメラショップに

写真を出してきた

田舎と値段的にはどうなのか

興味がある

夕方は珍しくカマス君とホテルで食事

なかなか気さくな若者なのにいつも一人は

何故だろうとちょっと不思議に思った

21:00前には部屋に戻ったのに

疲れが出たのかそのまま横たわり

一時間ぐらい眠ってしまった

眼がさめてからようやく日記を書きだした

昨夜の深酒が多少まだ身体のどこかに

残っていたのかもしれない

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2010年12月30日 (木)

手巻きずしに乾杯

(バンコク・Ⅴ悠々・・・・・・・・・⑥)

434

(大学の塀を乗り越えるガジュマル)

(19900729(月))

悟空の家に夕食を招待された

イボ猪と私を入れて総勢5人だった

この仲間にはどうやらカマス君は

入れてもらえないようだった

私とイボ猪でちょっと高価なウィスキーを

手土産に買って持って行った

どうやら悟空の得意は手巻きずしだ

この国へ来て初めての手巻きずしに

他の人も同様に食べる食べる

そして悟空が用意してくれた日本酒まで

飲んで飲んで飲みまくる

なんとたちまち深夜12時を回っている

マレーシア出身の奥さんも我々を

快く迎えてくれたのでいい気になって

散々迷惑をかけてしまったのではと

思ったが好意に甘えてしまったわけだ

あまりに深酔いしたので前後不覚

イボ猪とホテルに戻って来たのだが

何処かで記憶が飛んでいた

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2010年12月29日 (水)

ニシキヘビとオフロヤサン

(バンコク・Ⅴ悠々・・・・・・・・・・⑤)

422

(スネークファームでニシキヘビと遊ぶ)

(19900729(日))

今日もカマス君と街へ出かけた

もちろんタクシーは一切使わずバスだけ

・・・・・

他の連中はどうやら週末はゴルフらしい

もちろん彼らはタクシーを使い

ゴルフ場とホテルを往復するだけで

20代の若者までそんな生活をしている

彼らにとってバンコクというところは

ゴルフ場と夜の街しか印象が残らない

海外出張というものに対するご褒美か

彼らはバスの乗り方を知らないのである

・・・・・・

昨日閉まっていたスネークファームを見ると

今日は開いているようだった

でも研究所らしくショーはもう終わりかけ

滑り込みセーフで見学できた

お客さんにニシキヘビを触らせてくれる

チャンスとばかり首に巻いてもらった

見た目よりずっしりと重くひんやりとする

まあ噛みつくことはないだろうが

やっぱりスリルがあって面白い

所員に渡そうとしたら名残惜しそうに

ヘビが私の腕をべろりと舐めてくれました

その後動物園に行く予定がバス停を間違え

歩いていたらチャオプラヤー(メナム)川へ

それでも付近の散策をして

国会議事堂やチュラロンコーン大王像へ

ホテルに戻りカマス君にタイ文字を教える

彼の方がタイに長くいるが文字は読めない

プロジェクトの連中は長年いてもタイ文字を

覚えようとする気がないようだった

私がカマス君に教えてあげると

こんなに簡単だったのかと楽しそうに

書き方を何度も何度も練習していた

夕食は昨日同様カマス君とタコヤキ氏

タコヤキ氏は私に「オフロヤサン」を

案内すると言って4軒の店を回った

彼らの言う「オフロヤサン」とは

マッサージパーラーだがいわゆる雛段

大きなガラス張りの部屋の向こうに

番号札をつけた女性が雛段のように

微笑んでお客さんの指名を待つ

ほとんどピンクの薄衣をつけただけの

きらびやかな世界だ

指名されるとお客さんと個室に移動して

マッサージのサービスをする

うら若い女性から年配の女性までいた

お客さんの中にはもちろん女性もいるし

疲れた中年の人もいたけれど

ほとんどが若い男性がほとんどだ

タコヤキ氏は4軒とも案内してくれたが

自らここでお客になる気はないらしく

自分なりの世界を持っているようだった

あくまでも私を案内するためだけの

オフロヤサン廻りのようでした

私もそんな世界を知っただけで

タコヤキ氏に感謝してホテルに戻った

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2010年12月28日 (火)

国立博物館へ

(バンコク・Ⅴ悠々・・・・・・・・・④)

425

(バンコク循環バス・ミラーに私が)

(19900728(土))

10時半にカマス君と街へ出かける

ホテル前のタクシーより流しの方が

安いと言うのでタクシーをつかまえ交渉

1台目は値段をふっかけて来たのでヤメ

2台目はまあ適度な値段だと言って

全てカマス君が交渉した(60バーツ)

ラマ四世通りのロビンソンデパートへ

中華風の昼食で肉まんがうまかった

私の希望で「スネーク・ファーム」へ

しかしここは赤十字病院付属の研究所

したがて今日は閉館だとのこと

そこでこれまた私の希望で国立博物館へ

館内を二時間かけてゆっくり見物した

カマス君はあまり興味がないらしく

退屈していたけれど私は楽しかった

16時ごろになりホテルに戻るのだが

バスに乗ってみることにした(2バーツ)

土曜日なので比較的すいていた

カマス君はバンコクではいつも一人で

行動することが多いらしくバスには

いつも乗っていて馴れたものだという

彼の生活の一端を垣間見た感じだった

ホテルの戻りホテル経由で国際電話を

家にかけてみたが呼び出し音が出るけれど

相手が出ないと交換手に言われてしまった

きっとどこかに出かけているのかもしれない

夕方になりカマス君と再びバスに乗り

「らあめん亭」へ行き天津丼と餃子

世の中にこんなうまいものがあるかと

思えるほど都会の味を味わった

田舎料理もおいしいけれど

毎日ではそれなりに飽きてしまう

珠に都会へ出てしかも日本料理では

そのおいしさも引き立つというのだろう

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2010年12月27日 (月)

バンコクの夜カラオケ歌いまくる

(バンコク・Ⅴ悠々・・・・・・・・③)

414

(国立博物館のガルーダの衛兵)

(19900707(金))

雨季に入っているとはいえ

バンコクの街はとても暑い

ムックダハーンとは随分違う

・・・

今夜の食事にお誘いがなかったので

私の方から暇そうな二人を誘った

一人はカマスのように細い若者と

大阪弁のタコヤキのようなおっさんだ

カマス君はキザっぽいので友達が避ける

タコヤキ氏は図々しさで避けられる

まあ一人で食事はさみしいので

この二人を誘って街へ繰り出した

観光客が良く行く有名な「口可」へ

コーカまたはコカと呼ぶタイスキの

レストランでシャブシャブを味わう

その後はお決まりのT街へ行く

ここにはタコヤキ氏の常連の店

「ローズ・メリー」があった

とにかくタコヤキ氏はカラオケが大好きで

歌い続けるので私も負けずに歌う

二人で何曲歌ったか覚えていないほど

歌い続けた

「ローズ・メリー」という店は

同じT街でもいつも行く「A」と違って

ちょっとお気楽な店で料金も安い

さすがタコヤキ氏の見込んだ店だ

私に付いた娘は「サラー」(砂)と言って

日本語が全然ダメでこれも「A」と違う

それだけにカラオケに専念できた

カマス君はキザな顔をさらにキザにして

冷やかに二人の歌うのを見ていた

タコヤキ氏は店との交渉もうまくて

とにかく安く安く飲むことに専心

それでいて店内にうまく溶け込んでいる

さすがに海外生活の要を心得た

大阪人だと感心した次第だ

いろんな人間と付き合いながら

私も都会の生活を早いところ

軌道に乗せて行こうと思った

カマス君も明日は暇そうだったので

誘ってバンコクの街を楽しむつもりです

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2010年12月26日 (日)

大都会の雰囲気に

(バンコク・Ⅴ悠々・・・・・・・・・②)

413 

(大都会バンコクの昼下がり)

(19900726(木))

いつものように屋台店で朝の

バーミンナムを食べてから出勤

出張中の清算をしたらすぐに

4人で「バンケン」という街の作業現場へ

どうやら大都会は大勢で入れ替わり

立ち替わり作業をするようだった

かつてはバンコク担当の御老公も

ここへ来たようだが彼も今はチェンマイだ

田舎とは随分仕事の仕方が違うが

まあなるようになるだろう

バンコクにはスタッフが大勢いる

一応グループができているようで

私も一人で食事するようなことはない

イボ猪ら5人でとんかつレストランに

夕食に出かけた

夕食後はお決まりのT街へと繰り出す

5人で「Bクラブ」へ行きその後は

イボ猪に付き合って3人で「P」へ

当然部屋に戻って来たのは

1時半を回っていた

寝るのが2時だということは

これはこれで結構疲れるものだ都会は

今までバンコクへ帰る度に

鼠男とT街の「A」へ行っていたが

グループごとに行く店が違うらしく

これはこれで面白いなと思った

会社から手紙が来ていて封を開ける

社内報に書いた「風にふかれて」が

好評なので続きを書いてくれとのこと

これはこれで嬉しかった

またコツコツ書いてみようと思った

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2010年12月25日 (土)

バンコクでの生活が始まる

(バンコク・Ⅴ悠々・・・・・・・・①)

412

(ムックダハーン:プンちゃんと涙の別れ)

(19900725(水))

急遽のバンコク帰還ということで

午前中はファイルの作成や図面やら

整理に忙しく昼食も喉に通らない

それでもプンちゃんが買ってきた

お昼御飯を食べてお別れに

写真を撮ることにした

プンちゃんはもう会えないと思い

涙を流していたけれど

きっと戻ってくるからと言うと

少し笑って送ってくれた

本当に戻ってくることができるか

分からないのにそんな慰め言っていいのか

若いころから旅烏の生活で

こんな別れは何度も経験しているけれど

再び舞い戻った街には

昔の人たちはもういなくなり

同じ思いはできないものなのだ

一期一会の大切さは十分知っていても

やっぱり別れは辛いもの

13時20分ムックダハー出発

ヤソトーンへ寄りバンコク行きの

荷物をドラえもんから受け取る

ウボンの空港で5kgオーバーで

超過料金を支払いチェックイン

夕暮れのウボン空港に一人で

ビールを飲んでいると物悲しさが

胸の奥から溢れてきた

私の住んでいたのはラオス国境

ここウボンはもうカンボジアに近い

大きな地球の中のある一点に

一人の男が立っている

ただそれだけの夕暮れに過ぎないのだが

ウボン発19時25分コラート経由で

ド・ムアン空港へ

バンコクの定宿のホテルに着いたのは

ぴったり22:00だった

仕事をするのは田舎が性に会っている

バンコクでは仕事をしたくないのが本音だ

丁度バンコクで仕事をしていたF君と言う

若者がいたので彼と一時間ほど話をした

彼はバンコクの街がとても好きだと言っていた

ゴルフや飲み屋街や遊び場には事欠かない

バンコクに住めば田舎には行けないだろう

特に若者たちは彼らなりに便利さや

楽しさを追求するあまり私に様な

田舎まわりは嫌いらしい

さて一ヶ月と言うことだが

果たして私はどんな生き方ができるか

自分で自分を観察してみたい気持ちだ

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2010年12月24日 (金)

別れの涙はメコンに消えて

(ムックダハーン・Ⅸプーハテープ・・・・・・⑭)

391

(プーハ・テープの仏様の前で)

(19900724(火))

明日バンコクに戻るので連絡を取る

しかしこんな時に限って繋がらない

いつも繋がりにくいが特にひどかった

昼ごろになってやっと繋がったが

悟空の上司が出て話をする

その話では検査が始まるのは

予定通り2~3週間後だが

私は一ヶ月ぐらいバンコクを担当して

ムックダハーンはドラえもんか誰かに

担当してもらうつもりだとのこと

と言うことは私はもう明日ここを去ったら

もうムックダハーンには戻らないかも

急な話で何故か胸の動悸が激しくなる

ドラえもんは昼を回ったころヤソトーンに

戻って行ったが夕方まで何か仕事が

手に着かない状態だった

もう会えないかもしれないという情報で

アルニーさん達がお別れしたいと

鯰男が聞いて来たらしく5時半に

ホテルの迎えに来ると言っていた

仕事帰りプーハ・テープの写真を受け取り

その足でドーアンの家に急いで行く

ドーアンは喜んでくれたが

事の仔細を話すと彼女は涙を流した

会えるのは多分今日が最後だろう

しかも今日も時間がない

8時にはス―ベルンに行けると思うから

その時ゆっくり話ができると約束して

少し話をしただけで私はホテルに戻った

ところが鯰男がなかなか迎えに来ない

8時近くなって諦めてス―ベルンに

行こうとした時バイク軍団がホテルに来た

聞くと私にアルニーさんの家まで6時に

来てほしかったらしく待っていてこないので

みんなんで押しかけたとのこと

鯰男このいつもの頓珍漢だった

6台のバイクが一気にホテルに来たので

ボーイたちも驚いていた

イミグレ近くのレストランに娘さん達6人と

鯰男と私の8人でお別れ会をした

11時ごろになりバイク軍団は私を乗せ

ホテルまで送ってくれました

そこでさよならを言ったのだが

彼女たちが去った後部屋に戻らず

そのままス―ベルンへ

バイク軍団とワイワイ騒いでいたこともあり

ス―ベルンからドーアンも私の動向は

分かっているだろうと思っていた

ドーアンも何かが吹っ切れたように

明るくふるまってくれたのには

とても気持ちが楽になった

スガーもやってきて彼とも軽く会話ができ

二人ともsee you againと言えたことは

私の願望だったかもしれない

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2010年12月23日 (木)

モアイちゃんの誕生日

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・⑬)

401

(プーハ・テープの滝にて)

(19900723(月))

朝出勤するとバンコクの悟空から電話

バンコクへの帰還命令だった

検査が始まるまで2~3週間ぐらい

時間があるのでバンコクの仕事を

してほしいので帰れと言うことだった

25日の水曜日に帰る旨の連絡をする

したがってドラえもんも明日ヤソトーンへ

戻ることになった

夕方ダーウさんのお店によって

しばらくバンコクへ行くことを話すと

「私も明日から3日間バンコク」と言った

もし会えたら会いたいと言ったが

時間的に無理でしょうと言っておいた

夕方ス―ベルンに行きお別れを言う

次に戻ってくる頃はムックダハーンに

ドーアンはいないだろう

ドーアンとしてはバンコクで会いたいと

しんみり話しだした所でモアイちゃんと

アルニーさんが入ってきたのでお勘定

せっかくしんみり話しだしたばかりだったので

ドーアンは怒った

外に出るとプンちゃんも妹や友達と鯰男もいる

聞くとモアイちゃんの18歳の誕生日だそうだ

ドーアンはまだ怒っていたがドラえもんが

ドーアンに仔細を話すが納得しない

構わずス―ベルンの横でホテルの前の

ディスコへ行ってモアイちゃんの誕生祝い

ここは以前来たことがあり大きな店だが

暗いので近い割にはその後来てはいない

劇場のような大きな舞台があり生バンド

誕生祝いと言う名目で舞台に上がり

「スバル」とタイ語で熱唱した

12時までディスコにて娘たちを返す

再びドラえもんとス―ベルンへ行くと

ドーアンはまだ怒っていたが無視する

なんとスガーも彼の店の歌手の娘達と

一緒に食事をしていたので合流する

スガーが私に寄り添うのを避けていると

歌手の娘たちに冷やかされてしまった

彼らが帰った後、再びドーアンと話す

ドラえもんが間に入って話しやっと

ドーアンと仲直りすることができた

明日出来る焼き増しの写真を持って

仕事の帰りにドーアンの家に寄るからと

約束したら彼女はやっと笑顔を見せた

ドラえもんと部屋に戻ったのは

3時を回っていた

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2010年12月22日 (水)

小雨降るプーハ・テープへ

(ムックダハーン・Ⅸプーハテープ・・・・・・・⑫)

409

(プーハ・テープの滝への道で)

(19900722(日))

9時過ぎにドーアンの家に行ったら

彼女はまで眠っていたらしく兄貴に

起こされて寝呆け眼で起きてきた

昨日のブアちゃんとタンちゃんも一緒に

国立公園プーハ・テープへ向かうことになった

お店でお昼の食料を買い込んで遠足気分

4輪のトラックタクシーをつかまえて

往復200バーツで交渉した

生憎小雨が降っていたがタイ人には

あまり雨は関係なさそうだから

我々も気にしないで行く事にした

公園の入り口の遮断機ゲートで

運転手がかかりの人に何やらサイン

何をしているかわからなかったが

国境付近の関係もあるのだろう

前回は滝まで行かなかったが

私の要望で今日は滝を目指す

奇岩の岩山を通り過ぎ片道2kmの道

登ったり降りたりの岩山ジャングル探検の

気分を味わいながら雨の道を行く

ドーアンはいつもと違ってはしゃいでいる

むしろはしゃぎすぎるのではないかと

思われるがふと寂しそうな顔も見せた

タンちゃんはドラえもんの大きな身体が

とても気に入ったらしくまるで腕に

ぶら下がるかのようについて歩く

実はタンちゃんは昼からの勤務があるのだが

それを無視しての参加だった

薄給の彼女たちにはあまり休暇もなく

こんな機会でないと旅行には行けない

だから弾けるように遊びたいのだろう

彼女たち三人はきっと眠たいだろうが

ドラえもんが来たと言うことで企画して

くれたのでありがたく思った

それにしても往復4kmの山道は

日ごろ軟弱にしているせいか

ちょっと疲れた

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2010年12月21日 (火)

突然のスコールに

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・・・・⑪)

362_2

(メコン河に浮かぶ水上レストランにて)

(19900721(土))

昨夜ホテルに戻ったのは3時ごろだったので

10時半ごろになって起き出したら

鯰男がやってきてラオスのモアイちゃんが

写真をほしいと言っていたので

今日の夕方渡すからと言って帰した

11時半にドーアンの家に二人で行く

ス―ベルンのウェートレスの娘がいた

ブアちゃんとタンちゃんだった

小路から出て通りで四輪をつかまえて

五人で「ポン・ペッ」へ向かう

水上レストランで以前オカマのスガーと

ドーアンの三人で行ったところだ

ゆったりと流れるメコン河に浮かぶ筏

その上に屋根を付けテーブルを置いただけ

なんと優雅なレストランだろう

河の中をサルベージのような鉄船が行く

漁師が網を流しながら河の真ん中の

国境線にそって船を流して行く

何時まで見ていても飽きない光景だった

ウィスキーを飲みながら蛙の干物や

カオニヨを食べながら楽しく過ごす

白い服のタンちゃんがドラえもんを気に入り

いつもぴったりくっついていた

タンちゃんが言うには私がノビ太だから

二人はコンビだと盛んにはしゃぎまわる

途中メコン河の上流から雨の柱がやって来た

いわゆるスコールなのだが眼と鼻の先まで来て

ようやくテーブルを内側に移動した

河の水を激しく叩き筏を揺らし

しばらく土砂降り状態が続いたが

そのまま雨の柱は下流に去って行った

南の国の雨季の醍醐味を味わった

三時ごろまでいて帰る途中

竹筒の入ったカオニヨを買って帰り

ドーアンの家の庭の石テーブルで

五人で食べた

草色とあずき色でどちらも美味しかった

美味しすぎて食べすぎたせいで苦しくなり

部屋で一時間ほど昼寝をしたぐらいだ

ドーアンが明日は二人をプーハ・テープへ

連れて行ってくれると言い出した

この前行ったばかりなんてとても言い出せなく

しかもドラえもんを連れて行きたかったので

快く了承した

夕方モアイちゃんとアルニーさんが来た

丁度良いのでモアイちゃんとドラえもんに

留守番を頼みアルニーさんのバイクで

写真屋に行き焼き増しを受け取って来た

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2010年12月20日 (月)

ダーウさん風邪気味

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・・⑩)

304

(このバイクに載せてももらってプーハテープへ)

(19900720(金))

昨日のドラえもんの訪問で怪しくなりかけた

私とドーアンとの関係に急ブレーキがかかった

ドラえもんはこのままいくと来週一杯ぐらいは

ムックダハーンに滞在するつもりだ

となると私とドーアンと二人きりになる時間は

当然のごとくなくなるわけだ

ドラえもんに応援してもらい

こちらの仕事も一点だけを残し

ほぼ完了したのでいつでも動ける状態

仕事帰りにドラえもんと写真屋により

写真を受け取ったあとダーウさんの店による

相変わらずダーウさんは青白い顔をしていて

聞いてみるとペン・ワット(風邪をひいている)と

言っていた。

先生と3人で行ったプーハ・テープの写真の

焼き増し分を渡したら少しにっこりした

ドラえもんもヤソトーンでちょっとした

惜別物語があったらしくいろいろ話したら

自分も感情移入してしまい時々自分を

元に戻すのに苦労してしまった

夕食はス―ベルンに行きゆっくりと食事

そしてゆったりとウィスキーを飲む

ドーアンも明るい性格のドラえもんが

気に入って時間が空くと寄ってきて話す

明日のお昼は「ポン・ペッ」へ行こうと

ドーアンは二人を誘ったので

快く了承した

それにしても今週は随分といろんなことが

起こって翻弄されてしまった感じだった

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2010年12月19日 (日)

ドラえもんの突然の訪問

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・・・⑨)

353 

(突然のドラえもんの訪問に驚く:職場近く)

(19900719(木))

昼前になり突然我が職場にヤソトーンの

ドラえもんが訪問してきて驚いた

自分の方の仕事が一段落してバンコクの

悟空に御伺いを立てたところバンコクに戻らず

近郊の職場を回ってもいいと言ったので

私の職場を選んだとのこと

いわゆる名目は応援と言うことになる

聞いていなかったので私の方が驚いた

最近有頂天になり過ぎて生活が

可笑しくなり始めていたので丁度良い機会

ホテルはもったいないから私と同室

久しぶりのドラえもんとの出会いで

イミグレやメコン河を案内する

ダーウさんの店によって酒を買うと

彼女何と無く顔色が悪かった

どうしたのかちょっと心配になった

部屋でゆっくりドラえもんと飲んだ後

夕食はス―ベルンへ案内する

ドラえもんは体格通り大らかで声が大きい

ス―ベルンで話していると遠くにいた人が

我々の席に来て話しかけた

M商事のバンコク駐在員でAさんと言う

東北部はなかなか来れないので休暇で

こうして見て回っているとのこと

まさかこんなはずれに日本人がいるなんて

思わなかったと言って話しかけたのだと言う

いつも静かな私だったらきっと気がつかなく

通り過ぎて行ってしまったことだろうと

不思議なえにしを感じた

しかも今では何気なく生活している自分の姿に

改めて不思議な感じがしてきた

昨日帰りにドーアンのところへ行かなかったことに

少しばかり怒っていたようだがスガーから

情報が入っていたらしく弁解の説明が省けた

ドラえもんの事情を話ししばらくはドーアンとの

約束を守れないことを告げて了承してもらった

部屋に戻ってからもドラえもんとのつのる話に

久しぶりに「日本語」を話しまくってしまった

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2010年12月18日 (土)

ラオスの娘さんに出会う

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・・⑧)

325 

(ラオスのア・モアイちゃんと一緒に)

(19900718(火))

昼少し前に鯰男が息せき切ってやってきて

アルニーの家にラオスからきれいな娘が

来ているから見に行こうと言い出した

丁度昼飯時だからと私も悪乗りして

アルニーさんの家に行ってみると

以前はいなかった若い娘さんがいた

ラオスから来たと言うことは

何か事情があるらしかったが

詳しいことは聞かないことにして

一緒に写真などを撮って楽しんだ

丁度良いのでアルニーさんのところで

昼飯を食べて休憩していると

ア・モアイと言うその娘さんと

アルニーさんのお母さんまで着替えてきて

一緒に写真を撮ろうと言い出し

プンちゃんとアルニーさんと

お母さんのスダーさんも入れて

楽しく写真を撮り合った

ア・モアイちゃんはタイ語は上手だが

肝心な所で分からない単語があるらしい

そこがまたかわいらしかった

アルニーさんが何か言っていたが仕事に戻る

後でプンちゃんが「サラ・フォーモス」へ行こうと

アルニーさんが言っていたと説明する

仕事帰りにドーアンの家に行く約束だったが

プンちゃんたちの誘いに乗ることにした

プンちゃんの妹とア・モアイちゃんと鯰男と

アルニーさんの5人で「サラ・フォーモス」へ

若い娘好みのアイスクリーム屋さんだった

ドーアンとの約束の時間は遠に過ぎている

今さら行くわけにはいかないので5人で

「シアム」に行って食事をすることにした

5人でワイワイ騒いでいるとさすがにスガーも

私たちのところへ寄りつかなかった

鯰男に「スバル」をバンドに頼んでおいたのだが

どうもいつもピントはずれな男で伝わっていない

そこで私がスガーに眼で合図すると

ようやくバンドに伝わりスガーの招きで

舞台に上がり「スバル」を歌うことができた

22:30ぐらいまでシアムで楽しんだ後

帰ろうとして外に出ると土砂降りの雨

最近シアムと雨は相性が良いらしいい

土砂降りの雨に濡れながらアルニーさんの

バイクに乗せてもらいながらホテルに戻った

ちなみにア・モアイちゃんは17歳だった

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2010年12月17日 (金)

トワイライトの約束

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・・⑦)

305 

(プーハ・テープでダーウさんのソムタムづくり)

(19900717(火))

仕事の方も少し問題を残したがほぼ終了

ドナルドにサインを求めたが納得しない

少し語気を強めたらすごすごサインした

お客様を脅すようなことをして

私もとんでもない男であるが

聞き分けのないドナルドもドナルドだ

昼間、銀行に行きお金をおろしたついでに

写真を受け取って来た

見せるつもりはなかったが

プンちゃんがその写真を見て

ドーアンとのウボンの写真やら

ダーウさんとのプーハ・テープの写真やら

彼女それを見て呆れかえり

多少頭にきているようだった

それもそうだろう、自分との約束を破り

ウボンのろうそく祭りに行った私に

あれほど怒ったのだから無理からぬこと

私がいかにいい加減な男かと言うことを

ようやく認識したようだった

帰りにダーウさんの店によったら

先生もいたので二人に写真を渡す

あまり長居しないようにすぐホテルに戻る

久しぶりに大洗濯をして干し終わり

8時少し前にス―ベルンへ行くと

ドーアンは相変わらず忙しそうだった

食事の後もゆっくりウィスキーを飲んで

くつろいでいるとようやく仕事も一段落して

ドーアンがやって来た

写真を渡すととても喜んで

これから毎日仕事帰りに家に寄れと言う

私とドーアンが毎日フリーになる時間は

そのわずかな4時半から5時半ぐらいの

一時間程度だと彼女は気が付いたらしい

どうやら私のムックダハーンの生活も

どん詰まりまで来てしまい抜き差しならぬ

状態まで来てしまったらしい

こうなったら時の流れに身を任せてみるのも

いいかもしれないと思い出した。

私が了承するとドーアンはとても喜んだ

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2010年12月16日 (木)

鯰男参上

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・・・⑥)

320

(ムックダハーンの先生たち)

(19900716(月))

ゼブラ君がバンコクへ戻り代わりに

ピチットで会ったことのあるレイバーが

今日からムックダハーンに加わった

まあ陽気な男だがだいぶピントはずれ

顔つきはすっきりしたゼブラ君と違い

なんとなくナマズのように見えた

この鯰男も仕事より私の身の回りの

補佐をするのが仕事である

夕方久しぶりにドナルドが現れた

コーヒーに誘ったのだが相変わらず

聞きづらい英語で肩が凝った

写真屋へ写真を取りに行ったが閉まっている

夕涼みがてらイミグレ付近を散歩する

・・・・・

水かさも増えゆったりと流れるメコン河

ダーウさんたち地元の人はこの河のことを

「コン」と呼ぶのでよく聞いてみると

メー(母)ナム(水)とは母なる水で大河

中部を流れるチャオプラヤーを「メナム」と

言うのは「メナム・チャオプラヤー」が正式で

ここは「メナム・コン」と言うのが正式らしい

外国人がメナムコンをメコンと言ってるのだ

したがって「メコン河」でなく「コン河」が正しい

・・・・

そんな蘊蓄を思い出しながら再び写真屋へ

どうやら今日はお休みらしくまだ閉まっていた

帰ろうとするとスガーに出会った

彼のバイクでダーウさんの店まで行く

お酒を買うつもりだったが

店前の石にテーブルにたむろしていた

いつもの先生たちにつかまってしまう

いつものように酒が入り飲まされる

先生たちはからかい半分にダーウさんを

「好きならホテルへ誘ってみろよ」なんて

勝手なことを言って盛り上がっている

あまりにからかうのでしまいには私も

「ダーウさんに迷惑だから」といって

連中を叱ってやったら

なお話題が盛り上がってしまった

雲行きが怪しくなって来たので

帰ろうとすると昨日プーハ・テープに行った

先生が送って行くと言うのでバイクに乗る

後部座席に乗り走り出した瞬間に

スコールに見舞われてホテルに到着時は

全身びしょぬれで身体が重かった

夕食時ス―ベルンで手帳を見ていると

ドーアンが覗き見して是は誰だと指差す

先程先生が、帰国しても手紙をくれと

ダーウさんの住所を英語で書いてくれたもの

ムックダハーンで女性名と言うことで

ドーアンは目ざとく見つけたのだった

これはムックダハーンの先生の住所で

彼女は教頭先生だと言ったら納得したようだ

私も随分嘘つくのがうまくなったようだ

ダーウさんにもドーアンにも写真はまだかと

言われてしまい店が閉まっていたことを説明した

ホテルに戻るとまだ10時だった

久しぶりに早く眠れそうだとホッとした

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2010年12月15日 (水)

国立公園プーハ・テープに遊ぶ

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・・・⑤)

316

(奇岩の国立公園プーハ・テープにて)

(19900715(日))

朝9:00過ぎにドアをノックしたのは

ダーウさんの友人の先生だった

さすがにダーウさんが部屋までは

来る勇気がなっかったらしい

ダーウさんと先生はそれぞれバイクで

ホテルの玄関までやって来ていた

もちろん私がダーウさんのバイクの後ろに乗り

2台のバイクは一路プーハ・テープへ

ムックダハーンに今まで住んでいて

メコン河上流タート・パノムと

ろうそく祭りのウボン・ラーチャターニへは

行っているが下流方面はレストランの

ポン・ペッぐらいしか行っていない

今回はメコン河を下流へ方面へ真っ直ぐ南下

二人ともすごいスピードで坂を登ったり下ったり

初めは座席を持っていたけれど怖くなり

ダーウさんの細い腰に両手を回した

それでも面白がるようにスピードを上げる

まるで私が腰に手を回すのを喜んでいるようだ

国道をかなり走ったところで山並みが見え

右に曲がりしばらく行くと公園入り口だ

さすが国立公園だけあって素晴らしい景観

広い岩山に奇岩がたくさんあり岩の上に

また岩を乗せた様なものが続いている

こんな近くにこんな公園があるなんて

不思議な感じだった

ダーウさんは英語が得意でないので

もっぱら先生とばかり話していたので

ちょっと不機嫌そうにしていた

タイ語の会話集の本を指さしながら

ダーウさんと話していると本の中に

ドーアンの文字を見つけて問いただす

以前ドーアンが書いたバンコクの住所だった

そこでバンコクの友人だと言うと納得して

機嫌を直してくれたようだった

昼食は公園の中の売店へ寄る

そこでダーウさんは店の道具を使って

何やら作りだしてしまった

石の壺のような鉢に刻みパパイヤ

香辛料などを入れて石のすりこぎで

ポクポク突くようにたたくと出来あがり

これがとてもおいしくて私の口は

いっぺんに虜になってしまった

これがかの有名な「ソムタム」だった

タイ、特にイサーン(東北部)には

ソムタム・カオニヨ・ガイヤーンといって

青パパイヤのサラダ・蒸しもち米・揚げ鶏肉

の名物料理があると先生が説明する

その3点セットをここプーハ・テープで

食べることができたがそのすべてが

私にとってタイでの最も口に合う料理だと

確信を持った

プーハ・テープの帰りには近くの湖へ

これがまた絵に描いたように静かで

美しい湖だった

心は青春時代に帰って大声で

叫んでみたい心境になったが

2~3枚撮ったっところでおしいかな

フィルムが無くなってしまった

ダーウさんは年中無休の駄菓子屋の店を

半日以上閉めて私をプーハ・テープに

連れて来てくれたのだった

とってもありがたく嬉しかったし

ダーウさんも喜んでくれてたのが良かった

3時ごろ街に戻りフィルムを出すついでに

前回の焼き増しも頼んできた

昨日スガーに邪魔されたと言ってドーアンは

今日は出勤前の午後3時に家に来てと

言っていたので写真を出した帰りに寄ってみる

何と無く深みに足を踏み入れようとしている

そんな感じになって心に迷いも生じてきた

ドーアンの家の横町の入り口を入る

長屋の奥の広場にはいつものように

大勢の人が楽しそうにしている

それを見て少し気遅れがしたのは

自分のこころにやましさがあるからだろう

迷いがふっきれぬまま立ち止まった

気遅れが膨らみそのまま帰って来た

夕方ス―ベルンに夕食に行くと

ドーアンは完璧に怒っていた

料理の注文を聞いただけで口を利かない

まいったな~と思いつつ時間をかけて

いいわけをタイ語と英語で一生懸命書いた

それを近付いて来たドーアンに見せると

やっと笑顔を見せて許してくれたようだ

いいわけを書くために時間を費やした為か

部屋に戻ったのは12時を回っていた

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2010年12月14日 (火)

ドーアンの家に行く

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・・・④)

287

(ミリンダ嬢に久しぶりに出会った)

(19900714(土))

昨夜遅かったので眼が覚めたのは

11:30を回っていた

ドーアンとの約束は11:00だけど

まあ良いかとばかりシャワーを浴びた

そこへゼブラ君がお別れに来た

ゼブラ君は別のプロジェクトで

リーダーとして赴任するそうだ

前任のイボ猪の写真をほしいとのこと

餞別として彼の写真を渡す

・・・

11:30頃になってドーアンの家に行く

場所は分かるのだが部屋が解らない

2階建ての長屋風アパートだった

近所の人は顔見知りだったので

部屋を聞くと2回の角だと言う

高床式の2階に上がると中廊下に

対面して八つの部屋があった

廊下でうろうろしていると寝呆け眼で

ドーアンが部屋から出てきた

部屋に入るわけにもゆかず

下にいると言って階段を降りた

下で近所の人たちと話をしていると

しばらくしてドーアンが降りてきて

竹筒に入ったカオニヨ(もち米)をよこす

これだって近所の人が作ったものだ

紫色に着色されたカオニヨはとてもおいしく

火にかけた部分の竹が良い具合に焦げていた

カオニヨを食べているとスガーが登場した

スガーとは会いたくないなーと思っていたが

彼の嗅覚がここへ来させたのだろう

車をつかまえ3人で「ポン・ペッ」へ行く

「ポン・ペッ」はメコン河沿いのレストランで

河に浮かぶテラスもあってリゾート風だ

いつもはウィスキーばかりだけど

ここでは久しぶりにビールを飲んだ

ドーアンとスガーはウボンの写真は

まだかと言うのでカメラの中だと言うと

写真をバカバカ写しフィルムを終わらせ

新しいフィルムを2本買ってよこした

そこへなんとミリンダ嬢がやって来た

彼氏とデートみたいな感じだ

陽気に挨拶する私に彼女はちょっと

気まずそうな顔をして頬笑みを返す

私にはレオ君のことを今でもずっと

思い続けているとこっそり打ち明けた

街に戻ってからドーアンとイミグレや

マーケットを散歩して彼女の家の横町の

小路の入り口で別れた

・・・・

その足でダーウさんの駄菓子屋へ寄ると

以前彼女のアルバムで見たプーハ・テープへ

明日連れて行ってやると言い出した

そんな話をしていると彼女の友人の

ムックダハーン小学校の先生たちが

5人も集まってきて店の前の石テーブルで

ワイワイガヤガヤ私を肴に酒を飲みだし

結局私もだいぶ飲まされてしまった

・・・・

ほろ酔い加減で写真屋へ行き

写真を受け取ってきてドーアンに見せると

あれもこれもと半分以上取られてしまった

スガーの分もあるので焼き増し予定

しかし、私の写っている写真をほしがる

姿を見ていると彼女の気持ちが察しられた

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2010年12月13日 (月)

ゼブラ君のお別れ会

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・・③)

339 

(シアムでスバルを歌う)

(19900712(金))

今日でゼブラ君は退任となりバンコクへ戻る

仕事の方も一応今日が期限だった

なんとか恰好だけはつけたがまだ終わらない

とりあえず最後の工程に強引に突入した

・・・

ゼブラ君とプンちゃんを夕食に誘い

ゼブラ君の送別会とした

3人で楽しく夕食していると

ドーアンは不満げな顔をしていたが

それが何とも愉快に感じたのは

私もちょっと意地悪な人間なのかな

夕食後SIAMへ行く

SIAMはシアムともサイアムとも読める

一般的には英語読みでサイアムで

バンコクのサイアムスクウェアは有名

でも元々はシャムでありシアムが原語

ここではシアムと呼びスガーの店だった

大きなレストランでもあり

ステージがしつらえてバンドと歌手がいる

その歌手の一人がスガーなのだ

スガーは私が来たことに喜び私に寄りつく

そして前に出て歌えと言う

以前ここで「スキヤキ」やら何やら歌い

極めつけに「スバル」を拙いタイ語で

歌ったことはバンドも周知の上

スガーが私に熱い視線を送る中

「スバル」をタイ語で歌う

お客さんからの拍手で2回も歌った

多分にスガーとの兼ね合いに

お客さんが喜んだのが原因だった

・・・

そこへ客先の知りも加わって

もう一軒飲みに行くことになった

シアムを出るとものすごい雨だった

プンちゃんはその雨の中を乗って来た

バイクで突っ切るように帰って行った

車をつかまて以前行ったことのある

「スカー」と言う店に行き5人で飲む

さすがに疲れてきて深夜2時で

切り上げてホテルに戻ることにした

シアムを出がけにスガーがしきりに

今夜家に来いと誘ったがきっちり断った

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2010年12月12日 (日)

初めて床屋さんに行く

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・・・②)

265

(ドーアンのアパートとおかまのスガー)

(19900712(木))

ホテルに戻りすぐ昨日の床屋へ

理髪店ではなく美容院のようだ

やってもらえるかと尋ねると

「マイ・ルー」分からないと言う

外人なので面倒に感じたらしい

やむなく他の店を探そうと歩くと

今度はどうやら床屋さんらしい

店のお兄さんは調子よくOKという

あまりの調子よさにちょっと戸惑う

パスポートのコピーの写真を見せて

このようにやってくれと頼むと

任せておけとこれまた調子良い

やっている最中に確認のためあれやこれや

注文をして見るけれど全然聞いていない

30分ほどして「ハイOK」と言う

いわゆる散髪だけだったが20バーツ

日本円で120円から150円程度だ

まあさっぱりしたしだんだんタイ人に

似てきたかもしれないので良いとする

床屋の帰りホテルの戻ると玄関で

ホテルのボーイたちがいつもやっている

コーラの蓋の陣取りゲーム見たいのものを

眺めていたら大体ルールが飲み込めた

仲間に入れてもらいゲームを始める

負け勝ち負けの1勝2敗だった

一緒にいたボーイが何か手に持っている

手の中を覗くとタガメだった

まるでペットのようにいつくしんでいるので

聞いてみるとこれは食べるのだと言っていた

精力剤になるとのことで

これを食べると今夜も元気だと言い

どうだ食べてみないかと言われ

丁重に御辞退させてもたった

最近夕食時ス―ベルンで長居がちだ

ハーティアン以来ドーアンはちょっと

情が入ってきた感じで怖い

土曜日の昼の11時にアパートへ来いと

ほぼ強制的に私に告げた

夜遅くまで働くのでその頃起き出すとのこと

私は冷静にその話を受け止めていた

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2010年12月11日 (土)

プーハ・テープという公園を知る

(ムックダハーン・Ⅸプーハ・テープ・・・・・①)

266_2

(ダーウさんとお店の前で)

(19900711(水))

4連休も終わり休日闇出勤したので

意外と仕事がはかどり期日を守れそうだ

ゼブラ君もバンコクから戻って来たが

彼がいない方が仕事がはかどるなんて

とても言えないので黙っておいた

この国へ来てまだ床屋へ行っていないので

帰りがけによてみたら今日は時間がかかる

とのことだったので明日にすることにする

その帰りにいつもの雑貨屋さんへ寄る

お店のご主人はダーウ(星)さんと言う女性

お菓子を買ったりお酒を買ったりして

顔馴染みでいつも愛想が良かった

いろいろ立ち話をしていたらダーウさんが

アルバム写真を出して見せてくれた

大学卒業時の写真には若く美しい姿

バンコクの裕福な家庭のお嬢さんだった

かもしれないと想像した

現在息子と娘さんの母だが

旦那さんの姿がないのは何か事情が

あるのだろうと思ったが聞かないでおく

現在はお兄さんの家に子供たちと住み

お店をやっているとのことだった

大学を出ているのだが英語はほとんど

しゃべることはなくタイ語ばかりなので

私とは会話が行き違うけれど楽しい人だ

写真の中に奇岩の岩山公園があったので

どこにあるかと尋ねるとこの近くにある

「プーハ・テープ」と言う公園だとのこと

今まで近くに観光地があるのを知らなかった

急に行ってみたい気持ちがむくむく湧いて来た

ス―ベルンの前で出勤中の若い女性に

呼び止められたので以前の写真焼き増しを

受け取って来たばかりなので人数分渡した

夕食前に会社へ出す「風にふかれて」の

旅行記の続編を書き始めた

添付する写真はもちろんハーティアン

(ろうそく祭り)だがまだカメラに入ったまま

写真屋さんに出してはいなかった

ス―ベルンに夕食に行くと写真を

受け取ったらしくドーアンも他の娘たちも

喜んでくれて皆いろいろと話してきて

急に親しみがわいて来たようだった

ドーアンは改めてスガーが歌手をしている

店にぜひ来てくれるようにと言っていたと

私に伝えたが一人ではいやだと答えておいた

こんなにもラボコールを送ってきているのだから

近い内に一度かを出さないといけないかなと言う

そんな気持ちになって来た

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2010年12月10日 (金)

プンちゃんと仲直り

(ムックダハーン・Ⅷろうそく祭り・・・・・・⑨)

221

(ろうそく祭りのパレードのお姉さんと)

(19900710(火))

4連休の最後の日だけれど出勤する

仕事の方もそろそろキリをつけて

最終段階に入らなければならないのだ

今日も一人で仕事をしていると

頼んだわけではないのに

プンちゃんがお昼の食事を持ってきた

クウェティオ幅広麺の炒めたもので

とてもおいしいものだった

どうやらろうそく祭りでの私の失礼を

プンちゃんは完全に許してくれているようで

嬉しくなったが二人だけで職場にいると

何と無く照れくさい感じがしてきた

私が食べ終わるのを待って片づけながら

今日も5時にアルニーさんの家に来いと言う

昨夜散々ソムチャイさんに言われたからと

思ったがやっぱり行ってみることにした

アルニーさんの家に行くと案の定

ソムチャイさんもいてやっぱりつかまった

アルニーさんはまだ若けれど

この地区では姐御的存在みたいだ

耳が悪いらしく補聴器を付けていた

最近はプンちゃんともタイ語で平気に

しゃべっっているけれど他の人では

まだ少しタイ語の会話は難しい

アルニーさんも耳の関係か

ちょっと発音が聞き取れないけれど

変な発音を私がするとゆっくり丁寧に

直してくれるところはとても優しく感じた

プンちゃんがソムチャイさんを乗せ

アルニーさんが私を乗せ2台のバイクで

昨日行ったホテル近くの屋外レストランへ

昨夜は分からなかったがレストランの

お姐さんは私が「スバル」を歌っているところを

見て知っているとのことでよく見ると

このお姐さんはとても奇麗な人だった

ソムチャイさんは昨日の不機嫌は

どこへやら終始ご機嫌で

若い娘たちを大いに笑わせていた

ソムチャイさんは55歳ぐらいで

エネルギッシュで気さくな人

しかも日本語ができ外国も

行ったり来たりしているらしく

娘さん達には尊敬の対象だった

ソムチャイさんは仕事の関係で

7時の高速バスでバンコクに向かうと言う

そこで切り上げて私もホテルに戻る

ろうそく祭りの以前の写真があったので

ス―ベルンに行きドーアンに見せると

私の写っている写真だけ抜かれた

カオ・パットだけ食べて早目に

帰ろうとするとドーアンが呼び止め

スガーが電話で私を探していたと言って

「今夜行ってみたら」とからかい半分に

言っていたが当然無視した

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2010年12月 9日 (木)

プンちゃん激怒する

(ムックダハーン・Ⅷろうそく祭り・・・・・・・⑧)

241

(ハーティアン(ろうそく祭り)のお姫様達)

(19900709(月))

明日までの4連休はろうそく祭りと

いわゆる入安吾(いりあんご)の

オーク・パンサーの期間なのだが

私は遅れを取り戻すため闇出勤だ

もちろんゼブラ君はバンコクだし

自分ひとりだけ仕事をしに出かけた

10時少し前突然プンちゃんが来た

私が内緒で仕事をしているのをどこかで

探したらしくえらい剣幕だった

土曜日の約束を私が破ったことに怒り心頭

平謝りに謝ったなのだが怒りがおさまらない

姉妹や友人を連れて約束の場に行ったらしく

何時まで待っても私が現れずホテルにも

問い合わせたがいなかったとのことだった

その頃オカマのスガーにつかまっていた頃だ

全く弁解の余地のない失態だったと反省

プンちゃんは怒ったままで帰って行った

ところが11:30過ぎに再び現れて

昼食を用意したから来いと言う

お昼になってプンちゃんについて行くと

以前歓送迎会でお世話になった

プンちゃんの近くの大きな家に案内する

そこでお昼ご飯を用意してくれた

約束破ったのにプンちゃんの優しさに感激

この家はプンちゃんの友人のアルニーさんの

家で奥さんのスダーさんもやさしい人だった

お父さんの友人のソムチャイさんがいて

この方は日本がペラペラだった

プンちゃんもソムチャイさんに私を

紹介したかったこともあったらしい

ソムチャイさんと5時に会う約束をして

再び職場に戻って仕事続けた

ホテルに戻って着替えてからサムローで

アルニーさんの家に駆けつけた

アルニーさんの家はソムチャイさんには

自分の家みたいな感じだった

夕食をごちそうになりながら久しぶりに

日本語だけで話をして楽しんだ

ここはラオス国境であり対岸に渡るのは

簡単なことだからソムチャイさんと行けば

簡単に行き来できると盛んに勧めるが

会社に迷惑がかかってはいけないと断る

ソムチャイさんの案内でホテルの隣の

野外レストランへ移動アルニーさんの

お父さんと友人を入れて4人で飲んだ

いろいろ楽しい話をしたのだが

途中から私がソムチャイさんの経歴を聞き

30数年前に日本に留学し5年ぐらい学び

現在貿易関係の仕事だと聞きだした

楽しい話をしている最中に経歴の話しを

しだしたと言ってソムチャイさんは何故か

私に対して不機嫌になった

何故彼がそこまで不機嫌になるのか

不思議だったが日本の若者は無作法だと

言うことを言いたかったらしい

私はこの国へ来てこの国の人に甘えて

我が儘を通しているのかもしれない

多くの人は思いやりを持って見てくれるが

ソムチャイさんはそこのところをズバリと

指摘してくれる有難い存在と思えた

24時近くまで飲んで1000バーツだったが

すべてソムチャイさんが支払ってくれた

雨上がりの椰子の木の葉が月明かりに

照らされてキラキラ光る美しい夜だった

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2010年12月 8日 (水)

三大祭りの一つを堪能

(ムックダハーン・Ⅷろうそく祭り・・・・・・・・⑦)

253

(ろうそく祭りのドーアンとスガー)

(19900708(日))

オカマのスガーが私の部屋をノックして

迎えに来たのでそのまま出かけ8:50発

ウボン行きの高速バスに乗り込んだ

ムックダハーンの郊外で道路上にゲート

バスの中に機関銃を持った兵士が来て

全乗客のIDカードを確認する

いつも街を出るときはタクシーなので

フリーパスだがバスはそうはいかない

私はバンコクにパスポートを預けていて

手元には持っていないため困った

兵士が私のところへ来たので日本の

会社の社員証を見せたが当然のごとく

通用しないのでスガーを見るが無視

ドーアンも夜勤で居眠りの最中

それでも言葉が分からないふりをして

いたらあきれ顔の兵士が社員証を

返してきて無事関門突破出来た

2時間かかって11時ごろウボンへ到着

スガーがサムローをつかまえて祭会場へ

とにかくろうそく飾りの山車の大きさは

ムックダハーンを比べるのは気の毒になる

こんな大きなろうの飾りがいくつも連なって

行くのだからそんすごさが解る

もちろん着飾ったイサーン美人と

大きなろうそくを乗せたトラックも

延々と続いて行く

一番楽しかったのは民族踊りの列

お年寄りのグループから小学生の

グループまでたくさんの団体が

それぞれの踊りを披露して行進

これはあのローズガーデンで見た

踊りの観光ショーでない本物だった

何しろウボンにある30の寺院から

それぞれろうそくの山車を出すらしい

祭りとともに大都会ウボンの街を散策

いつも空港からタクシーで移動するだけ

町の様子は分からずじまいだったが

少しだけ雰囲気を味わうことができた

デパートに入り服とズボンを買っった

スガーも何やら洋服を物色していた

昨日聞いた安月給が妙に気になり

ドーアンがほしそうにしていた洋服を

プレゼントしてあげた

帰りもバスのつもりが丁度良いのがなく

ドーアンも勤務で都合があるので

タクシーで帰ることにした

業務の時は会社払いだが遊びでは

タクシー代の高さが気になるが

たまには贅沢も良いかな

帰路は空が暗くなり雷も鳴りだし

本格的な雨季の到来を告げていた

それでも睡眠不足もあったのか

タクシーの中ではドーアンは

私の肩に寄りかかりすやすやと

眠ったままだった

少し遅れたようなので心配したら

ドーアンは気にしないでと言って

出勤して行った

夕方ス―ベルンへ行くと

ドーアンは先程買った洋服を

早速着て私を迎えてくれた

スガーもやって来たので

ウィスキーのボトルを注文すると

お客の残りものでよかったらと

半分ぐらい残っているものを出してきた

久しぶりの散財の一日だったので

大いに助かった

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2010年12月 7日 (火)

オカマのスガーに出会う

(ムックダハーン・Ⅷろうそく祭り・・・・・・・・・⑥)

201

(ムックダハーンのろうそく祭りにて)

(19900707(土))

昼になって約束の高速バス乗り場へ

道路は祭り一色になって人があふれ

行列も丁度差し掛かっていた

トラックに荷台に黄色の大きなろうそく

その前に着飾ったイサーン美人が座り

ゆっくりと行列が動いて行く

各地区選抜の美女がそれぞれ

男たちにかしずかれ日よけの大きな傘に

守られて長い行列が続く

写真にとって眺めていると

突然メガネの男が馴れなれしく近づいて

写真を撮ってあげると言い出した

まっ、良いかと言ってカメラを差し出す

なれなれしさから見ると彼は私を

知っているような雰囲気だった

3枚ほど軽快に写した後カメラを返す

今度は英語で何やら話しだすが

ちょっと怪しい雰囲気になって来た

この男から逃げようとしていると

ドーアンがス―ベルンの娘たち

3人とこちらにやって来たので

彼女たちに助けを求めた

彼はドーアン達と私が知り合いだと分かり

意外な顔をして改めて自己紹介

名前はスガーと言った

ドーアンの話だと歌手で私が歌を歌うのを

店でよく見ているとのこと

行列について行って楽しみたいのだが

ドーアンは自分の家に私を招待した

もちろんスガーも一緒だった

椰子の実で作ったケーキを御馳走

その後郊外にある大きな野外レストランへ

そこで戻って祭りを見たいと私が言うと

ここは大したことがないから明日ウボンに

行こうと言いだしスガーも同調してしまった

最も私もタイで最大のろうそく祭りの

ウボンへは行ってみたいと思っていた

夕方になりドーアンはス―ベルンへ

私が戻ろうとするとスガーが離さない

結局ドーアンの家で彼女の兄と言う

イミグレの職員と話しこんでしまった

プンちゃんとの約束の時間を過ぎている

それでもスガーは私を今度は自分の家に

連れて行き彼が歌を聞かせてくれる

このあたりでスガーはオカマだと気が付いた

スガーはシャワーを浴びた後しきりに私にも

シャワーを勧めるがはっきり断った

スガーはバンコクの工科大学卒業の時の

写真を自慢げには私に見せたが

何故こんな辺鄙な国境まで流れてきて

歌手をやっているのか詳しい説明はしなかった

ただドーアンやスガーの給料を聞いてみたら

あまりの少なさに切なくなってしまった

結局、プンちゃんとの約束を

完全に破ってしまったのがつらかった

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2010年12月 6日 (月)

ろうそく祭りの二つの約束

(ムックダハーン・Ⅷろうそく祭り・・・・・・・⑤)

198

(ス―ベルンでラムヤイをいただく)

(19900706(金))

午前中ゼブラ君がバンコクへ帰って

彼から引き継いだ仕事をプンちゃんは

いっしょう懸命がんばっていた

プンちゃんは私と二人きりになって

妙に明るく元気になっていた

明日、私とろうそく祭りを見ることが

嬉しくてたまらないと言った感じだ

明日は夕方6時にス―ベルン前の

乗り合いサムローが良く停車する所で

私に待っているようにと約束した

ところが夕方ス―ベルンに行くと

ドーアンに呼び止められた

ドーアンは実はバンコクに姉と住んでいて

ムックダハーには頼まれてウェートレスとして

働いているのだと言う

近いうちここをやめバンコクに戻るそうだ

したがってバンコクに戻ったら会いたいので

電話してくれと番号を書いた紙を渡された

とりあえずよく解らないふりをしたが

彼女の目の真剣さに怖いものを感じた

その勢いでドーアンは明日のろうそく祭りに

私を案内するとまで言い出した

長距離バスの発着する通りで午後1時ごろ

待っているようにと一方的に言う

まあ昼間はドーアン達とろうそく祭りを見て

宵祭りはプンちゃんたちと見ればいいかと

安易な気持ちでこの時はいた

と言うのもドーアンは午後6時から

ス―ベルンでの勤務があるので

夕方は付き合うわけにはいかないのだ

もし、昼間プンちゃんたちと鉢合わせしたら

彼女たちはどんな気持ちになるのかなと

ちょっとばかり心配になった

そこで部屋の戻ってから最近勉強している

易を立てて明日の行動を占った

結果は「上兌下兌」兌為沢(ダイタク)と出た

この卦は「楽しいもの」人生を大いに楽しめ

と言う意味だとのこと

とりあえずはあまり考えないで

明日、眼の間に展開する事柄を大いに

楽しんでも良いようだと勝手に解釈した

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2010年12月 5日 (日)

プンちゃんと約束する

(ムックダハーン・Ⅷろうそく祭り・・・・・・④)

196

(ス―ベルンのドーアンとウェートレス達)

(19900705(木))

バンコクの事務所より連絡が入り

来週一杯でキリをつけバンコクへ

帰還せよとの連絡が入った

作業の都合上ちょっと無理だと言ったが

バンコクの予定があるので都合をつけて

とにかく戻るようにとのことで焦った

ゼブラ君が土曜日からの4連休に

バンコクに帰るとのことだった

ハーティアン(ろうそく祭り)のことを

プンちゃんに言うと喜んで一緒に

お祭りを案内してくれると言うことになった

彼女の姉妹と4人で土曜日の18時に

電話するのでホテルで待っていてと

はしゃぎながら約束してくれた

これでムックダハーンのろうそく祭りは

楽しく過ごせそうだと嬉しくなった

夕方ス―ベルンでお勘定をして帰り際

ドーアンがローズガーデンの私の写真を

どうしてもくれと言い出して聞かない

別に大した写真でもないのにと思った

写真を上げると住所を教えよと言うので

日本の住所を教えるとバンコクのだと言う

バンコクには住所はないことを言うと

自分はバンコクに住んでいると自己紹介

なるほどと聞くだけにして

それ以上のことは聞かないようにして

ホテルに戻ることにした

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2010年12月 4日 (土)

ボーイたちと立ち話

(ムックダハーン・Ⅷろうそく祭り・・・・・③)

340

(生バンドでスバルを歌う)

(19900704(水))

朝いつものようにバーミン・ナムを

食べようといつもの店に行ったら

扉が閉まっていて鍋を洗っている

やむなくイミグレ近くの店に行き

同じようにバーミン・ナムを食べた

どうもあさタイ風ラーメンを食べないと

一日が始まらない気分になってしまった

流しのサムローをつかまえる場所が

いつもと違うので戸惑っていると

近くにいたオバチャンが大きな声で

つかまえてくれて運ちゃんに話し

私を乗せてくれ無事仕事場へ

プンちゃんがバンコクの私の写真に

マリーが写っているのを見て

何と無く冷たい態度になってしまった

ス―ベルンではドーアンが急に

親しくしてきたのがどうも気になる

ゼブラ君が女連れで入って来たが

軽く眼と眼で挨拶しただけだった

ホテルのレセプションでボーイたちと

親しく立ち話をした

何と無く言葉が快調に出てきて

全然違和感がないのは嬉しかった

彼らの話の中で「スバル」と言う言葉が

何回も出てきたのは私がステージで

今まで日本語で歌っていたのが

彼らの噂の中に広まっているからだろう

そう言った意味では長逗留している

外国人である私の動向はこの街では

目立つ存在かもしれないので

こころして生きなければいけないね

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2010年12月 3日 (金)

ろうそく祭りが近付いた

(ムックダハーン・Ⅷろうそく祭り・・・・・②)

177

(ドーアンにあげた写真)

(19900703(火))

写真屋さんに行って先月写した

写真を受け取って来たがその中の

ドーアンの写真を夕食時に渡したら

彼女に写してもらった私の写真も

ほしいと言って一枚抜かれてしまった

ゼブラ君に「地球の歩き方」の絵を見せ

ハーティアン・カオ・パンサーとは何かを

教えてもらった

ハーティアン:ろうそく

カオ:入る

パンサー:安吾

カオ・パンサーとは「入安吾」つまり

雨季の期間にお寺に修行に入り

修行するその儀式のこと

一般的には「ろうそく祭り」と言われている

タイの国ではウボンが最大の祭りだそうだ

もちろん各地で各地で行われムックダハーン

でも規模は小さいけど開催されるとのこと

それが次の(土)~(火)の4連休だそうだ

先週バンコクに戻った時私が社報に投稿した

神奈川でのOJTの記事が話題になった

題名は五木寛之「風に吹かれて」と同じ

「風にふかれて」だったがかなり好評で

その続編を事務所で期待されていた

丁度良い機会だ「ろうそく祭り」の写真と

文章を書いて投稿してみよう

それにはウボンにも行ってみたいな

ムックダハーンの祭りも見てみたいな

週末をどう過ごそうかとわくわくしてきた

先週から引いていてなおらなかった風邪も

ようやく治ってきて体調も回復してきた

何と無くいろいろ良い方に周囲が回り出し

気分も晴れ晴れとした感じだった

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2010年12月 2日 (木)

新しき予感

(ムックダハーン・Ⅷろうそく祭り・・・・・・・・①)

180 

(ローズガーデンの象乗り場)

(19900702(月))

朝の4時に鼠男から電話があり起床確認

もうその時間には顔も洗い準備中だった

起きているか確認してくれる鼠男に感謝

5:00にドラえもんとホテルを出る

バンコク・ドムアン発7:10コラート経由

9:05ウボン着タクシーにてヤソトーンへ

その後ムックダハーンに到着したのは

13時を回っていた

しばらく職場を離れている間に

客先の人間やらゼブラ君が操作して

いろいろ不都合が生じていて

それの訂正にしばらく手間取る

プンちゃんに「スバル」の歌詞を見せたら

自分も書いたけど持ってくるのが照れくさく

持ってはこなかったとはにかんでいた

疲れていたのかちょっと気分が悪かったが

ホテルの部屋へ戻った時気持ちが楽になり

我が家に帰ったようでホッとした

バンコクの気分を一新しようと買い物に出る

たばこ・酒・菓子・洗剤等買って部屋に戻り

№13の家への手紙を書く

夕方ス―ベルンへ行ったらドーアンが

随分来なかったねと言ったので

バンコクへ行っていたことを話したが

随分と親しく話しかけてきた

食事の注文をした後

歌詞を取り出して「スバル」を口ずさんで

いるとドーアンが傍にやってきて横に座り

いろいろ細かな発音を教えてくれる

何と無く距離が近づいてきた感じだった

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2010年12月 1日 (水)

田舎が恋しく感じた

(バンコク・Ⅳローズガーデン・・・・④)

188

(ローズガーデンで子供たちと遊ぶ)

(19900701(日))

4日連続でT街の「A」に飲みに行き

マリーたちと楽しい時間を過ごしたが

随分散財もしてしまった

田舎暮らしの反動だろうか

日中はゆっくりチームのみんなと

話ができそれなりに有意義な日だった

御老公は今までは拠点のバンコク勤務

しかし今後はチェンマイへの勤務予定

我がチームの拠点だったバンコクが

無くなることで多少は心配だった

バンコクにしばらくいると田舎が

恋しくなりムックダハーンが懐かしい

はやく戻りたい気持ちになるのは

一体なんだろうか

あのラオス国境ムックダハーンと

大都会バンコクとそこに生きている人たち

そんなことを相対的に観ることができ

それだけでもこうして旅をしていることに

何か大きな意義を感じられた

明日は4;20に目覚ましをかけた

田舎への移動にもう悟空も来ないだろう

自分たちだけで移動するまでに

馴れてきたこの国の生活に

少しだけ自信めいたものを

感じ始めていた

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