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2010年10月31日 (日)

ラジカセ盗難

(ムックダハーン・Ⅱ静寂・・・・・・・・・・③)

157

(VIPルームのテーブル)

(19900531(木))

昼過ぎにゼブラ君が銀行へ行くと言うので

そう言えば通帳を作らなくってはということで

一緒に言って口座を作って来た

通帳は使えるがATMが使えるのは一ヶ月先

平穏な日々が続いて行くことを願いながら

ホテルの部屋に戻るとなんとラジカセが無い

小型のウォークマンタイプで録音もラジオも可

なにせバンコクを発つ時タイ語学習の

カセットをわざわざ手に入れて毎日聞き

そのテープが入ったままで無くなっていた

我がVIPルームのテーブルの上

その上に放置していた自分のミスだった

そう言えば掃除のおばちゃんが毎日来るし

窓の向こうでは補修工事もやっていた

そんな中で放置していてはやむをえまいか

フロントに連絡してボーイが実地検証

だがそれも他人事のような返事だった

あまり悔しかったので

ヤソトーンのドラえもんに電話して

うっぷん晴らしをしたのだったが

ホテルから電話したため

わずか25分で118バーツも取られて

踏んだり蹴ったりの一日だった

こんな一日もあるのだろうと諦め

静かに手紙でも書くことにした

家に出す手紙の№8であり乗り物や

メコン川について書く事にした

ついでに友人や兄弟にも絵葉書を書く

それでも少しばかり心が晴れなかった

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2010年10月30日 (土)

髑髏マークの国境線

(ムックダハーン・Ⅱ静寂・・・・・・・・・・・②)

130

(ラオス国境メコン川と髑髏表示)

(19900530(土))

国境を流れるメコン川対岸はラオスだ

ここムックダハーンでは川の中央に国境

私の座っている街灯の台座には

髑髏マークが付いていて緊張しました

昨日一時間以上歩いたせいか

朝になっても足が痛かった

ちょっと軟弱になり過ぎているのか

朝晩の乗り合いサムローで小学生と一緒

明るい陽気な子供たちに名前を聞かれて

「コボリー」と大笑いされました

実はこの国に来てテレビドラマの中で

日本人兵士とタイ女性の連続ドラマ

たしか「クーカム」という戦争ドラマで

主役は小堀中尉で女性はアンソマリー

かなり高視聴率ドラマだった

したがって日本人と分かると「小堀ーっ」となる

これはタイ滞在中かなり日本人を好印象でみて

くれる一つの材料になり助かりました

レオ君のことをミリンダ嬢が好印象を持ったのも

このドラマがもたらした影響かもしれません

サムローは乗り合いなのでうまく降りられない

運転手とうまくコミュニケーションがとれなくても

小学生と話していると以心伝心

ちゃんと通訳して運転手に伝えてくれる

ありがたいことでした

帰りがけにゼブラ君が私に聞いて来た

「レディーは?」

彼は前任者のイボ猪に「公私ともに」

私の面倒を見よと言われていて

大人しい私を心配になって聞いて来たのだ

先週はずいぶん忙しかったので

今週は静かにしていたい旨を伝え

「公」はともかく「私」に関しては気を使うなと

伝えると意外だという顔をした

余程、前任者の「私」の面倒見ていたようで

日本人に対するおかしな固定観念を

彼はシッカリ植え付けられていたようだった

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2010年10月29日 (金)

サッカー場を見ながら帰る

(ムックダハーン・Ⅱ静寂・・・・・・・・①)

129 

(国境の町)

(19900529(火))

この国へ来て一ヶ月とちょっと

常に日本人が傍にいて

何やかやと騒がしかった

いよいよ今日から一人の生活始まる

朝はホテルのフロント挨拶し鍵を預ける

ホテルの左側に大きなレストラン

ホテルの右側は大きなディスコがある

コの字に囲まれたホテル前広場

そこを通り抜けると国道のような道

そこを左折すると町に向かうが

途中でちょっとした店で朝食をとる

朝食はもちろんバーミン・ナム(汁麺)

樹の葉のような野菜をちぎりトッピング

癖のあるエビ味噌を入れれば味噌ラーメンだ

朝食後店の前をビュンビュン走っている

サムロー(三輪トラック乗り合いバス)を止め

仕事場まで10分ほどで到着する

少し出遅れて8:00になってしまうと

町に国歌が流れ人も車もその場で止まり

国歌が終わるまで動けないでいる

そんな朝の風景に浸りながら過ごして行くのだ

ゼブラ君もまだ私のことを計りかねて

コミュニケーションがうまことれていないようだ

作業は朝8:00から午後4:00までで

日本いる時より短いけれどこの国の労働時間に

合わせてあるとのことだった

したがって日の高いうちに帰宅となる

いつも往復サムローなので歩いて帰ることにした

仕事場の近くの市場を覗いてみる

果物や肉や野菜など活気があって楽しい

田園地帯に差し掛かると大きなサッカー場

日本では専用球場が少ないがタイでは

各街には必ずあるようだったが

暑い盛りで球場内は静かだった

真っ直ぐメコン川まで歩いて行き

イミグレーションに到着

川沿いの鳳凰木の並木を通って

ホテルまで戻ると約一時間だった

何気ない街だけど

私のフィーリングにはぴったりの静けさ

この街も私は好きになれそうだった

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2010年10月28日 (木)

別れの朝に

(ムックダハーン・Ⅰ着任・・・・・・・・・⑩おわり)

179 

(ムックダハーンのホテル)

(19900528(月))

新たな出発の日でもあり別れの日でもある

出勤のため朝レオ君の部屋を訪ねると

部屋を出た後でチェックアウトも終わっていた

本当に一人での出勤だ

朝の定番のバーミン・ナムを食べ

乗り合いの車を捕まえ仕事場へ

仕事場に着くとレオ君が最後の

確認作業をしていた

これが終われば無事バンコク帰還となる

なんとそこにミリンダ嬢がいた

職場に関係ない娘が来ることに

あれほど違和感を感じていた自分だが

この時はごく当然に感じられた

彼女は私を見ると口に指を一本立て

昨夜レオ君の部屋に泊まったことと

何もなかったことを言い添えた

私は眼で合図して他言しないことを了承した

それでも彼女の顔が晴れ晴れしていたことが

嬉しく自分のやった行為に対して安堵した

昼少し前になりレオ君はウボン空港に向かい

ミリンダ嬢に見送られてタクシーで帰って行った

レオ君が帰ってみるとやはり寂しさがつのる

あれほど強がりを言っていた自分が恥ずかしい

三人残ったレイバーに作業指示するのも

うまくしゃべれないタイ語ではおぼつかなく

ついつい英語でしゃべっている自分と

それよりも日本語をしゃべっている自分に

ちょっと驚いてしまった

どうやら先が思いやられそうだ

夕方、一人になって初めての夕食

ちょっぴりさみしくて一時間かけたが

なかなか食が進まなかった

食後しばらく感慨にふけっていると

ミリンダ嬢がレストランに入ってきて

私に近づくと「レオ君が恋しい」と

日本語でしゃべった後

静かに店を出て行った

その後ろ姿に私はかける言葉を失って

ただ黙って見送るしかなかった

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2010年10月27日 (水)

涙の別れ歌

(ムックダハーン・Ⅰ着任・・・・・・・・・・⑨)

155 

(ムックダハーンホテルのVIPルーム)

(19900527(日))

イボ猪が去った後かねてから狙っていた

VIPルームへ引っ越すことにした

ホテル側にそのことを言うと少し待てと言う

待つ意味が解らないしあてにできないと判断

強引に引っ越しを敢行してしまった

今までの2倍以上の大きさがあり

明るくて窓を開ければ田園風景

テーブルまで付いていて最高だ

値段は倍もするのだが満足した

レオ君は今までの私と同じような

部屋にいるのだがあまり不満も

無いところを見ると若い彼の方が

人間的に出来ているのかもしれない

日中は田の中を散歩して南国の自然を

満喫して心豊かな日を過ごした

汗びっしょりかいたけれど嬉しかった

夕方いつものようにレオ君とレストランへ

レオ君とはこれでお別れだねと話していると

昨日同様ミリンダ嬢がやって来た

いつもはバイクで走り回っていて

活発な恰好をしているのだがこの日は

おしゃれをして可愛いスカートをはき

なんとサムローに乗ってやってきた

どう見てもレオ君だけがお目当てなので

私が遠慮しようとするとミリンダ嬢は

女友達がもうすぐ来ると言うことと

パブへ行って歌おうと言うので私も

悪乗りして付き合うことになってしまった

サムローでオカマちゃんがいるパブに着いた

面白い店だったのでもちろん「スバル」を

何回も熱唱してしまいレオ君のお別れにと

「星影のワルツ」も餞別に歌ってあげた

女友達が帰りそろそろ帰ろうと言ったのだが

ミリンダ嬢は帰ろうとはしなかった

レオ君と別れるのがつらいと言い出して

私に訴えかける

レオ君に言うと未練を残したくないと言う

気持ちは分かるが彼女に気持ちも

汲んでやってはと言うが受け付けない

なんと深夜2時を回っても涙と沈黙の

ドラマも進展なくこう着状態だった

やむなくサムローを調達してホテルに戻る

ミリンダ嬢をレオ君の部屋に押し込んで

私がVIPルームに戻ったの深夜3時だった

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2010年10月26日 (火)

校長先生とお会いした

(ムックダハーン・Ⅰ着任・・・・・・・⑧)

146 

(陽気な娘たち)

(19900526(土))

イボ猪がいなくなってこれから一人だと

思っていたがどっこいレオ君の離任が

28日の月曜日と言うことだった

ということはまだ本当の一人ではない

10:00頃に起きレオ君を訪ねる

もう部屋にいなかったので一人で

ブランチ代わりにホテル前のレストランへ

カオパットを食べメコン川に散歩に行く

川沿いを歩き望遠鏡を借りてラオスの覗く

子供たちが水浴びをして漁師が網を打つ

何と平穏な日々だ、こう言うのを夢見ていた

夕方レオ君が来たのでレストランに行くと

ミリンダ嬢が友人二人とやって来た

夕食が終わるのを待って彼女たちが

我々二人をバイクに乗せ屋外レストランへ

その屋外レストランでは偶然か意図的か

ミリンダ嬢の伯父さんでムックダハーンの

小学校の校長と友人の警察官とお会いした

お二人ともとても気さくな方でミリンダ嬢に

紹介されて私たちを歓迎してくれました

ミリンダ嬢は裕福なご家庭のお嬢さんのようだ

私が歌が好きだと言うと今度は

音楽レストランに二人を連れて行く

もちろんバンド演奏で私は得意の「スバル」を

2回も歌わされる羽目になってしまった。

音楽レストランでもミリンダ嬢の友人の

若い警察官に会って意気投合

この国ではバイクは必需品で

若い娘たちは全員と言っていいほど

運転が上手ではあるが

酔って運転するので生傷が絶えない

もちろん若い警察官も我々と飲んだ後

悠然とバイクを運転して帰って行った

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2010年10月25日 (月)

イボ猪離任す

(ムックダハーン・Ⅰ着任・・・・・・・⑦)

143_2

(ミリンダ嬢と仲間たち)

(19900525(金))

いよいよ今日は前任のイボ猪が離任する

何と朝から彼は二日酔いでダウンしている

そう言えば昨晩はかなり飲んでいたからな

同じように出勤はしているものの

引き継ぎは公私ともに全て終わっているので

職場の片隅に彼を寝かせて置いた

同じように飲んだはずだが

不思議なことに私はなんとも無かった

明日から一人だと言う緊張感が

自分をしっかりさせているのかもしれない

昼になってミリンダ嬢がレイバーを訪ねて来た

一緒に2人の女の子も一緒だ

大事な職場を公私混同しているんじゃないか

以前のスコータイと同じ状態だ

今まではイボ猪が管理してた職場だが

これからは私の出番だから少し

ひき締めなければいけないかとも思った

レイバーの長はゼブラだったが

彼を通して注意するのが本筋だろう

前半の仕事が終わりイボ猪と同様

昨夜のレイバー達もほとんどがバンコクへ

帰っていくと同時に現地雇用もいなくなる

ゼブラと二人のレイバーが残っただけだ

結局ミリンダ嬢達はゼブラと少し話し

帰って言ったのでそれ以上は黙って置いた

飛行機の時間に間に合わせるように

イボ猪は午後4時少し前にタクシーで

職場を離れて行った

その時点でもまだ体は立ち直っては

いないようだったけどとりあえず

ヤソトーンへ寄ってドラえもんの前任者と

合流して行くと言うので安心して送り出した

イボ猪を送り出すとホッとしたのと同時に

肩がバリバリに張っているのが感じられた

余程身体に力が入っていたのだろうか・・

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2010年10月24日 (日)

娘たちの笑い声

(ムックダハーン・Ⅰ着任・・・・・・・・・⑥)

145 

(レオ君とミリンダ嬢)

(19900524(木))の3

ベランダをお借りした家は大きな家で

トイレを借りようと家の中に入ったら

玄関の近くの居間もとても大きく驚いた

2度目にトイレに行った時

ようやく部屋の中の様子が解り

奥さんや御主人と親しく話をする

とても気さくな家族でした

今宵我わらの若い男たちがいると聞いて

近くの娘さん達が大勢集まっていた

年甲斐もなくレイバー達に交じって

私も娘さん達と楽しく話をした

会話の導入はいつも言葉を教え合い

筆談でワイワイやること

ところがいつの間にかミリンダ嬢と

我らがレオ君と並んで親しく話をしている

なるほどミリンダ嬢の選択は正解だ

ところがまわりの娘さん達もレオ君を見つめ

なんとか近付きたいと思っているらしい

ミリンダもレオもまんざらでもないのだが

周りにからかわれてちょっと照れているのが

何とも初々しく感じられた

私も御家族や娘さんとの話が楽しくて

もうベランダのイボ猪たちのところへは

戻ろ気も無かった

22時過ぎまで騒いでいたが

その内ミリンダに振られた腹いせか

イボ猪が昨日の店に行くと言い出した

まあこれが最後だろうと思い

残った8人で付き合うことにした

さすがにイボ猪はその道のプロ?

切り替えはしっかりできていて

その晩のことは一切気にしていないようだった

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2010年10月23日 (土)

イボ猪振られる

(ムックダハーン・Ⅰ着任・・・・・・・・⑤)

141 

(ミリンダ&イボ猪)

(19900524(木))の2

宴たけなわになりどこで手に入れたのか

ベランダに料理がいっぱい並んだ

もちろんタイ料理そのもの

いやイサーン(タイ東北部)料理だ

レイバー達がこの家の奥さんも呼んでくる

そのついでに遊びに来ていた娘さんも呼ぶ

このお嬢さんの名はミリンダと言い

清涼飲料水と同じ名前

それもそのはずこの国の人たちは

本名より綽名の方が通りが良い

まず100%綽名を持ち誰を探すのも

綽名を知っていれば苦労しないと言うもの

そのミリンダ嬢を見つけたイボ猪は

早速座る席を変更して近づき

もちろん猪突猛進をかけ始めた

私はてっきりイボ猪の彼女だと思っていた

後で知ったのだがミリンダはこの界隈では

教養もあり親分肌で素晴らしい女性だった

したがってイボ猪ごときのエロ男では

到底勝ち目はなく軽くあしらわれて

すごすご退散してきたようだ

それを見ていて痛快さも感じてしまった

イボ猪だけが日本人じゃないよ

そう叫びたい衝動にも駆られてしまった

百戦錬磨のイボ猪もプロ相手なら

問題ないが一般の世界では生きにくいか

彼はこの時すでに海外生活10年の

経験を持ち家庭も海外に持っていた

その彼にしても何でもかんでもと言うわけには

行かないのが人生と言うものだね

ところが意外な方向に話は展開する

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2010年10月22日 (金)

ベランダの歓送迎会

(ムックダハーン・Ⅰ着任・・・・・・・④)

135

(歓送迎会)

(19900524(木))の1

作業の前期工程が終わりイボ猪もレオ君も

お別れになるため送別会をやることになった

レイバー達の下宿先の近くの民家

その庭で食べ物を買ってきて開催するとのこと

なにせ仕事の終了時間が16時なので

日はまだ高かった

お庭を借りるお宅に御挨拶して

石作りのテーブルで早速飲み始める

ところが雨が降り出して来た

そうだ、雨季に入ったんだよね

そこでそこのお宅の一階のベランダに

お酒と料理など持ち込んで避難した

これがそもそもの始まりだった

レイバー達が一通り集まって

総勢14,5人の集団がベランダを占領

飲めや飲めやで大騒ぎになった

イボ猪はいわゆる主催者なので大はしゃぎ

余談だがこのイボ猪君は2年後

ある有名アナウンサーが追う

テレビドキュメンタリーの特番で

海外出張中の彼を追った1時間番組の

主役を張ってしまったのだ

人間どこでどうなるかおかしなものですね

でもまさかそんなことがあろうとは

彼も私もレオ君も知る由もなく

楽しい歓送迎会が始まったのでした

ムックダハンの物語はここから始まった

そう言ってもいいほどこの日の話は

面白く展開します

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2010年10月21日 (木)

公私ともに引き継ぎ

(ムックダハーン・Ⅰ着任・・・・・・・・③)

133 

(ムックダハーン・イミグレーション)

(19900523(水))

ムックダハーンはムクダハンとか

ムックダーハーンとか表現するが

現地の人に聞くとムッ(ク)ダハーン

と言うのが正しいようだ

S部門のお別れ会と言うことで

イボ猪に夕食に誘われた

どうやら私に引き継ぐ仕事も

一段落したと言うことらしい

バンコクより来ているレイバーのリーダーは

フットワークが良さそうなシマウマのような男

サブリーダーのT君も実が軽い

シマウマのゼブラ君とT君を紹介する意味と

この街の穴場を教えると言う意味で

4人で食事をすることをイボ猪は提案した

街外れの小さな野外レストランで

5月だと言うのに蝉の声に包まれて

周囲は蚊がたくさん舞っていた

レストランのお姐さんは蚊取り線香を

テーブルの足元に持ってきて火をつける

イボ猪はもっとたくさん持ってくるように言う

あたりは蚊取り線香の煙に包まれていった

イボ猪はピチットの針土竜に輪をかけた男

恐ろしいほどのバイタリィティーを発揮する

もちろん女性に関してだけど

おかげで彼がいなくなった後もその余波が

私に降りかかったのも事実だ

したがってゼブラ君も同じ日本人の私を見て

私まで同類の人間としばらく誤解したようだ

この日も夕食後イボ猪が荒らしまくった店を

次々と私に紹介して行く

ゼブラ君も一生懸命通訳するが

3軒目の店でどうやら私の人物なりが

ようやく理解したらしく大人しくなった

ホテルには一つだけVIPルームがあり

イボ猪はそこに宿泊していた

値段は私の部屋の倍だそうだが

今週で彼が去るので私がそこへ入るよう

ホテル側には事前に言っておいた

とにかく一刻も早く部屋を移りたいことと

ほぼ引き継ぎも終わったのでイボ猪が

この街を去ってくれることを願った

一人になることの不安と

一人になることの期待が

入り混じって不思議な気持ちだった

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2010年10月20日 (水)

初めてのメコン川

(ムックダハーン・Ⅰ着任・・・・・・・・②)

128

(メコン川の畔にて)

(19900522(火))

我々の仕事はSとPの2部門があり

それぞれ専門職で私はS部門担当

ピチットの針土竜はもちろんP部門だ

ムックダハン到着時SとPにそれぞれ

一人づつ担当者がいた

S部門には針土竜に似た体格の男で

まるで「イボ猪」のような男だった

対照的にP部門には

若いくて性格の良さそうな

ジャングル大帝の「レオ」のような青年

S部門は今週中にイボ猪と私が

交代することになっている

イボ猪は担当業務のキリをつけたいと残業

私はレオ君と早目に帰ることになった

ホテルに戻りレオ君に案内してもらいメコン川へ

歩いてわずか5分で川沿いの道に到着した

10分ほどゆっくり上流へ歩くとイミグレーション

ここは国境の街で川の中央にボーダーライン

イミグレの下は船着き場になっていて

連絡船が停泊していました

通りがかりの母娘に二人の写真を撮ってもらった

多分レオ君とももうすぐお別れのはずだった

メコン川は河口から数百キロも離れていても

対岸までの距離はまだかなりの広さを持っていた

向こう側はラオスの街サバンナケットだ

悠々と流れる大河メコン

しばらくこの街で

暮らすことになるとは夢のようだ

川沿いの遊歩道には

咲き残った鳳凰木の花

イミグレに集まる人の群れ

ピチットと違い涼しい川風もある

この街できっと何か素晴らしい出会いが

私を待っているだろうと想像できた

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2010年10月19日 (火)

漫遊記の始まり

(ムックダハーン・Ⅰ着任・・・・・・・①)

001017

(メコン川の畔・ムックダハーン)

(19900521(月))

前回のこともあって目覚まし前に起床

5時に悟空がホテルに迎えに来たが

その前にチェックアウトも終わり

ドラえもんと私はロビーで待っていた

空港までの道路はまだ空いていて

予定より早く空港に着いたが

国内線7:10の搭乗まで悟空は

空港で見送っていてくれた

ウボン・ラチャータニーへは9:10着

空港でタクシーを拾いヤソトーンへ

11:00にドラえもん担当の街へ到着

ヤソトーンで食事してドラえもんと別れ

一人ムックダハーンへ向かう

ムックダハーンへ到着したのは15時

ウボン・ラチャータニーは通称ウボンと言い

カンボジアとの国境紛争の最前線だ

ウボンからムックダハーンまで直線150km

ヤソトーン経由で約250km以上は移動した

今までのタイの生活は云わばプロローグで

これからが本当の「漫遊記」の始まりです

なぜなら帰国するまでの間ほぼ一人の生活が

ここから始まったのだからです

・・・

我々はその街の一番いいホテルに宿泊

そう言うことになっているが初日早々酷い

エアコンは年代物で音が酷い

シャワーは浴槽なしで水だけ

トイレは手桶で水を流す仕組み

もちろんトイレットペーパー不可

洗面所は水が床へ溢れだす

ピチットやバンコクにくらべたら格段の差

救いは大きなファンが天井にあること

鉄格子の窓から外が見えることだった

この時点の私は

この国に馴れていないせいか

この状態にひどく落ち込んだものだった

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2010年10月18日 (月)

象のショルダーバッグを買う

(バンコク・Ⅲ・・・・・・・・・・・②)

519

(バンコク・水上生活者の家)

(19900520(日))

我々は地方でも仕事場に

アタッシュケースを持っていいていた

もちろんピチットでもそうだったが

ちょっと恰好つけすぎると感じていた

もちろん安全面もあるが鍵があるのなら

もっとラフなものがほしいと思った

昼過ぎからいつもの3人でバスで街に出る

バスにはバス停付近に泊まったバスに

乗り込むと乗務員が缶をガチャガチャ言わせ

近寄ってくるのでそこで料金を払う

どんなに込んでいても今乗った人のところへ

必ずやってくるのがすごい

あらかじめ2バーツをボケっとに用意しておく

そうしないと混雑した車内では危険なのだ

バスには路線の番号が書いてあるので

間違えて乗ると方向違いへ行く可能性もある

しかしこの街の雰囲気を味わうには

バスでの移動は充分楽しめると言うもの

街で象の絵があるショルダーバックを買った

店員の女性がこれは象革だと言うがどうだろうか

まあそう信じて何処へ行っても自慢した

もちろん鍵付きのカバンであることは言うまでも無い

陽気な店員の娘たちに乗せられて

ライターのカバーやらキーホルダーまで

買わされてしまったが楽しかったから良し

最後のバンコクの夜はタイスキの店へ行く

しかしお目当ての店は日本人観光客で

超満員だったのでその隣の店に行った

もちろんT街P街の近くで

誘惑のオーラが漂っていたが

明日が朝早いので大人しく帰ることにした

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2010年10月17日 (日)

美味しいヒレカツ定食

(バンコク・Ⅲ・・・・・・・・・・・①)

516

タイのプーミポン国王と100バーツ札)

(19900519(土))

昨夜の深酒もあって昼まで寝ていた

この土日を過ぎれば地方への赴任

しばらく都会を味わえなくなると言うことで

バンコクにいる間は日本食だ

幸い御老公はバンコク事情はよく解る

ドラえもんと3人で「ヒレカツ定食」を食べた

海外で日本人が営業している店の味は

日本よりむしろ美味しいのではないか

昼食後はゴルフ練習場の打ちっぱなしへ

80球位打って40バーツだった

頼めば子供が一球一球ボールを置いて

くれるそうだが何となく嫌な気がした

考えてみればそれも仕事なので

この国のためには貢献かとも思ったが

御老公は時々コースへ誘われて行っている

キャディーの仕事は公務員の奥さん連中が

優先的に職に就けるそうでこれだって

同じことが言えるかもしれないと思えた

汗をかいたので夕方まで御老公の部屋で

3人で大いに語り合った

ドラえもんも私も次の街に期待しているので

御老公としても安心しているようだった

夕方はお決まりのT街に繰り出し日本食

そしてカラオケの梯子だった

一軒目の「P」で4曲、2軒目の「A」で6曲

カラオケと言っても一人ひとりの席に

女性が一人付き歌う度にグラスを持って

ステージまで付いてくると言う状態

日本では味わえない贅沢なカラオケで

若い男でなくてものめり込んでしまうのは

当り前で数々のドラマの発生源だ

「P」ではいつも私の席には

Jと言う娘が付くようになっていた

同じ店で指名をいろいろ変えるのは

きらわれるとのことだった

こんな状態でいつもいたら危ない

むしろ大都会バンコクの担当にならずに

助かったと言うのが本音だった

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2010年10月16日 (土)

バンコクへ戻る

(ピッチト・Ⅱ・・・・・・・・・⑬)

560

(ピサヌローク空港)

(19900518(金))の2

ピサヌローク空港は近くに

スコータイ遺跡があるので

日本人客も多く利用するようです

バンコク空港からはタクシーでPホテルへ

その後オフィスへ出て

以前依頼しておいた資金を受け取る

ホッとした気分になったのは言うまでも無い

結局八戒から借りた千バーツは使わずじまい

今後は地方でも生活資金を受け取れるよう

銀行預金通帳を作ることにした

夕刻になり「ヤソトーン」担当になるドラえもんも

合流し御老公ともども元気な顔を合わせた

プロジェクトマネージャーのS氏と合わせ

4人で夕食を悟空の家ですることになった

悟空はマレーシア人の奥さんと子供2人

日本料理で4人を迎えてくれる

奥様も十年来の友人のように迎えてくれた

これは御老公やS氏の人格のなせる技

3日後はムックダハーン行きとなるため

バンコクで十分遊んでくださいとのS氏の言葉

みんなでお馴染みのT街に繰り出す

一軒また一軒と店をはしごして

かなりお酒も入りカラオケで歌い放題

最後の店では私一人のために

バンドがある曲を演奏してくれました

ホテルに戻ったのは0時をすでに周っていた

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2010年10月15日 (金)

さようならピチット

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・・・・⑫)

561 

(助けてくれたミスターA氏)

(19900517(金))の1

10時まで職場で最後の引き継ぎ

その後八戒とホテルに戻りチェックアウト

11時に予約してあったタクシーを待つ

ところが一向にタクシーが現れない

このままでは飛行機に間に合わないと

心配して八戒もあわてだす

その様子を見てフロントにいた男が

タクシーを探してくると言って

何処からか車を調達してきた

そのミスターA氏と針土竜が交渉

タクシーに料金を先払いした

11時30分をだいぶ回っているが

飛ばせば飛行機に何とか間に合うだろう

よしわかったとばかりA氏も乗り込む

何故かA氏と私が相乗りで空港へ

A氏は盛んに運転手をせかす

話を聞くとA氏は我々の職場の職員で

たまたまホテルに居合せたところ

いつも見かけている二人があわてていたので

心配になりお手伝いしているのだと

あまりに出来過ぎている話しに

ちょっと心配だったが悪者ではなさそうだ

とにかく空港へ急がなくてはならない

A氏のおかげでピサヌローク空港へは

無事に到着し搭乗手続きまでしてくれ

飛行機の出発するまで喫茶店へ

話せば話すほどA氏は良い人で

体格も大きくとがっしりしていて

とても穏やかな人

こんな人たちに我々は見つめられて

いつもいたなんて日ごろの生き方を

考えさせられた

A氏はコーヒー代も支払ってくれて

搭乗口まで私を見送ってくれた

せめてもと写真だけ撮らせていただいた

タクシーはそのまま帰ったので

A氏は多分電車かバスで帰るのだろう

初めて一人で移動する私に

天は幸運を与えてくれたようです

こう言った、幸運な「一期一会」に

私はたびたび出会う事があります

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2010年10月14日 (木)

乙姫さまにお別れを

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・・・⑪)

566 

(ホテル屋上より北西を望む)

(19900517(木))

ホテルの屋上へ登ってみても

山が見えない光景は

人間の心を不安にさせるのかもしれない

生まれてこの方、常に山が見え

ランドマークとなるビルも見え

自分の位置が常に確認できた

しかしこの街ではそれが無い

しかも太陽が中天にある時期では

よけいその不安定さは増すものだろう

後で振り返るとこの街の東西南北が

狂ったまま頭の中に記憶されていた

・・

どうやら明日バンコクへ戻るための

持ち合わせは足ることは分かったが

バンコクへ着いてアクシデントがあった場合

動きがとれないので八戒に千バーツ借金

これで安心して戻れることになった

ピチット最後の夜

静かに過ごそうと思った

八戒がいつものように消えた後

針土竜が竜宮城へ行こうと誘った

八戒に千バーツ借りたこともあり

また最後の夜でもあり一緒に行く

乙姫さまは私にプレゼントを用意したと

包みを渡してくれた

中には写真立てが入っていた

とても嬉しく思いお礼を言うと

「もう少しいてほしかった」と

乙姫さまに言われて胸が熱くなる

五年早くこの街に来ていたらと

つい幻想を抱いたけれど

それは旅烏の単なる幻想に

過ぎなかったのであろう

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2010年10月13日 (水)

フライト予約をする

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・・⑩)

562

(ピチットの露天市)

(19900516(水))

18日(金)に私一人がバンコクへ戻る

フライトの時間は13:40で

タクシーの予約は11:00で決めた

この国に来て一人で飛行機に乗ったり

タクシーで移動するのは初めてのこと

いよいよこの国での本当の生活が

始まるんだなという実感がわいて来た

夕食時針土竜がにこにこしながら言いだした

「この街にも雛段があるぞ」

昨夜現地監督と飲んだ時聞いたそうだ

早速今日行こうと言い出したが私は断った

お金がなかったのも本当だが

八戒や針土竜と別行動をしたい心境の方が

多かったかもしれない

自分なりの生き方が出来ず

ある程度フラストレーションが

蓄積されていることも事実だ

後一日なんとか揉め事も起さずに

仲良くこの街の生活を終らせて

三度笠をかぶりたいものだ

写真のピチットの街角は

いつものように道路半分つぶして

露天市が立っています

この街を去るとなると

こんな日常の光景でも

もっともっと楽しんで見たいと思えた

そう言えば街角を歩いていても

馴染みの店の人たちに声かけられ

ヒラメちゃんたちもバイクで通りすがり

明るい声で声をかけてくれたり

わずか一ヶ月だけど

ピチットの生活に浸りきった

生涯忘れられない懐かしい街となった

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2010年10月12日 (火)

家から最初の手紙が届く

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・⑨)

537

(ピチットのマイルームにて)

(19900515(火))

ピチット去りがたしとムックダハンへは

早く行きたいのとが入り混じって

不思議な心境になってきた

仕事は相変わらず八戒にまかせっきり

あと数日、出来るだけ衝突せずに

乗りきるのは年上の私の責務だ

海外だって仕事をするのは問題ない

それだけに我々は経験を積んでいる

したってこのブログでも仕事に関しては

余程のことが無い限り

書くことはありません

ホテルに戻るとフロントのお姐さんが

私に手紙が届いていると伝えた

初めての家からの手紙だった

私が出した最初の手紙が届いていなくて

2番目の手紙が届いたとのこと

私が最初に出した手紙に

ピチットへは手紙を出さず

出すならバンコクの事務所に

出すように言ったことが伝わっていない

旅烏にとって手紙は出せても

受け取ることは難しいのだ

したがってピチットを去る3日前に

ホテルへ手紙が届いたのは奇跡だった

封を開けると妻と息子と娘の3人分の

手紙が入っていた

夕食後八戒と針土竜を街に置き去り

一人だけ早く部屋に戻った

3人の手紙を何度も何度も読み返し

一人声を出して何度も泣いた

この時の手紙ほど

最高の感動を与えてくれたものは

手紙に関しては人生の中で他にはない

この日ピチットから出す最後の手紙

№6を書いた

話題はこの国の果物のことと

ピチットを去りムックダハンに行く事

そして、もちろん手紙が届いたことだった

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2010年10月11日 (月)

TC換金出来ず

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・・⑧)

547

(スコータイのお気に入り風景)

(19900514(月))

銀行へ行ってTC(トラベラーズチェック)を

換金しようとしたが出来なかった

パスポートをバンコクのオフィスが預かり

コピーを持参しているだけだったので

銀行側は認められないと言うわけだ

かなり粘ったが「微笑み返し」で断られた

パスポート携帯しない旅行者も問題だが

会社側もいい加減なもんですね

まあ普段の生活にはあまり支障が無いけど

万事休す、思案六法、頭をひねる

そうだ日本円があるじゃないか

財布の奥に25000円が隠れていた

お願いするとこれならパスポート不要

この時のホッとした心境は忘れない

ホテル代を支払えばわずかしか残らないが

なんとか後5日は持ちこたえるかも知れない

夕食後いつものように竜宮城へよる

ヒラメちゃんのスコータイの写真を渡し

ついでに乙姫さまに書いた手紙を渡す

先日の旦那の車の礼を言って

どうなったかを聞くと

ラジエータの故障だったけど

修理は無事に済んだとのことだった

数日でピチットとお別れとなると

とてもこの街が愛おしく感じてしまう

1か月足らずの滞在だけど

どうしても情がうつってしまうものだ

20代の若いころやはり旅烏で

あちらこちら渡り歩きそれぞれの街で

思い出が残りましたけれど

最近はそんなことはなかった

それが再び同じような旅烏生活

あの頃に似た生活の中で

胸の中にくすぐったい思いが

よみがえってきても不思議ではない

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2010年10月10日 (日)

乙姫さまへの手紙

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・・・⑦)

540 

(スコータイの山を背景に田園地帯)

(19900513(日))

ピチットでは雨がまだ降らない

もうぼちぼち雨期に入りそうな勢い

田園地帯のど真ん中のでの乾季は

人びとにとっても大変だろう

私の方も手持ち資金が枯渇して

後数日でバンコクへ戻ると言うのに

日々の生活に使用をきたしそうだ

この数日の2つの連休で

かなりの散財をしてしまったのが

大きな誤算だったが

でも念願のスコータイ行きも実現し

全然悔いは残らない散財だった

昼過ぎスコータイの写真を受け取りに

写真屋へ行ったが休みだった

日中は乾季の最後の抵抗か

怒り狂ったように太陽が照りつけていて

街も静まり返っていた

先日の教訓で日中の外出は

命取りになりかねない

大人しくしてるのが一番かもしれない

夕食後の八戒と針土竜の誘いに乗らず

一人でホテルに戻り少し自重した

ピチットを去ることに感傷的になりだし

乙姫さまにタイ語で手紙を書くことにした

まだまだ学習中でうまく書けなかったが

それでも心をこめて書きあげた

(写真はスコータイからの帰りだが

田圃のど真ん中に木を一本ずつ植えて

いる光景は日本では邪魔になるよね

多分農作業の休憩用だと思った)

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2010年10月 9日 (土)

面白時計をお土産に

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・・・・・・⑥)

556 

(スコータイ・大仏様の手の上で)

(19900512(土))

翌朝針土竜とヒラメちゃんと3人でバスに乗り

田園地帯をのんびりとピサヌロークへ到着した

昼食を取った後針土竜がヒラメちゃんに

時計を買ってあげると言うので付き合って

私も故郷に残した息子と娘に面白時計を

それぞれ買ってお土産とした

ここまでのんびり旅をしてきたのに

突然針土竜はタクシーで帰ろうと提案

どうもモタモタした旅に飽きたようだ

本当は電車で帰りたかったが同調して

いつもの田園地帯を一路ピチットへ

3度目の道なので道順も覚えてしまい

道路標識も読めるようになっていたので

帰路は随分短く感じた

このピサヌロークとピチット間の道は

私の人生の中の唯一山の無い景色

スコータイ方面の山が去っていくと

何処までも何処までも続く田園地帯

ここに生きている人たちの気持ちを

考えてみたら何と無く哲学的な気分に

なってきてしまった

今でも人間の生き方の参考にしている

ホテルに戻ったのは午後2時半ごろだった

先日乙姫さまがくれたメッセージを翻訳して

みたが文字に特徴がありうまく行かない

でも何となく書いてることが解った

夕方八戒が夕食に誘いに来た

昨日今日現地で八戒を見かけなかったが

八戒からは私たちの姿は見かけたそうだ

針土竜を誘うと5分待ってくれとのこと

その間にヒラメちゃんを帰したらしい

彼の言うには乙姫さまがヒラメちゃんに

天麩羅を3人分持たせてくれたとのこと

夕食から帰ると針土竜からツミレ風の

タイ風天麩羅が廻って来た

夕食の帰りがけに買ったコーラと

安ウィスキー「メコン」でコークハイを作り

ピチットの街をしみじみ味わっていた

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2010年10月 8日 (金)

ラームカムヘン大王の夢

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・・⑤)

552 

(スコータイ遺跡にて)

(19900511)の2

ホテルからスコータイ遺跡は

タクシーで行くほどの距離ではないが

遺跡群を見るにはタクシーが都合よい

数日間の余裕でもあれば自転車でも

タイの王国の歴史は北から南への旅

古都チェンマイで栄えた都が南下して

タイ族最初の王朝がこの地に栄えた

大王の称号を持つラームカムヘンは

今もタイの国の誇りなのだ

微笑みの国は微笑みの国として

最高の頬笑みをたたえた時代の

輝かしい遺跡だと一人興奮して眺める

針土竜と熊プーはあまり興味を示さない

彼らはどうやらクールな人間たちのようだ

「地球の歩き方」持参の私の指示で

タクシーはあっちへ行ったりこっちへ行ったり

遺跡群走り回り他の3人はあきれ顔だった

広い遺跡群をもっとゆっくり回ってみたい

興味の無いスコータイ担当の熊プーと

出来るならば変わりたいぐらいだと

心から思った

雨季が始まったとはいえ

スコータイ遺跡に照りつける太陽は

容赦なく仏像や寺院に降り注ぐ

私以外は見物するとすぐに車へ逃げ込み

結局私を待って次に移動する感じだった

夕方になってようやくホテルに戻った

八戒もこのホテルに泊まっている筈だが

皆そのことには一切触れない

針土竜もヒラメちゃんと消える

熊プーも都合があると言って消えた

一人ホテルの野外レストランで

椰子の木の下で涼しい風に吹かれ

食事をとったがこれもまた風流で良い

ホテルのボーイがやってきて

明日の夜はここでダンスフェスティバルだと

説明してくれたが

一泊だけで残念だと答え笑いあった

ふと歌がうかびその日の日記に書きくわえた

「悠久の時を越え来しスコータイ仏の笑みに鳥のさえずり」

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2010年10月 7日 (木)

田園地帯でトラック故障

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・④)

546 

(スコータイ遺跡にて)

(19900511)の1

朝方隣の八戒の部屋で笑い声がし

一旦目覚めたが再び眠ってしまい

ドアをノックされる音で飛び起きた

ドアの外に竜宮城のヒラメちゃんがいた

乙姫さまの旦那が下で待っていると言う

急いで支度をしてロビーに行くと何と

針土竜もロビーで待っていた

実は針土竜とヒラメちゃんも旦那の車で

私と一緒に行くと言うように乙姫さまが

仕組んだようだった

ホテルの前に止まっていた車は2tトラックだ

なるほどこの国ではトラックも乗用車だよね

私が荷台に乗るよと言うと針土竜も荷台へ

ヒラメちゃんが運転台に乗ることになって

一路スコータイに向け走り出した

タクシーでしか走ったことのない田園地帯

360度山の無い広大なタイ中央部の平野

その中をトラックの荷台に腰掛けて行く

スコータイまでの200kmの道程とは言え

思わず笑いがこみあげてきてなんだか

自分が今幸せの中にいるんだと実感した

針土竜は何と無く乗り気でないような顔

それでも男二人荷台に腰掛けて世間話

30分ぐらい走ったところでトラックが

ブスブス言いながら路肩に停車した

どうもエンジンのトラブルで旦那が

しばらく修理していたがなおらない

丁度道の彼方にバスがやってくるのが見えた

針土竜の提案でバスで行く事にして

旦那に少しお金を渡して旦那とトラックを

その場に置き去りにすることにした

バスはピサヌロークに到着した

お昼少し前だったけど3人で昼食

その後バスでスコータイに向かい

到着したのは1時半頃だった

バス停には熊プーが待っていてくれた

到着が遅れた理由を説明して大笑い

スコータイの街は観光地らしく賑やかで

自転車タクシーのサムローもたくさんいて

私たちの周りに群がって来た

ピチットにはない光景で楽しい

ホテルは近くだからと言う熊プーに案内され

歩いてついて行きホテルで一旦チャックイン

その後タクシーでスコータイ廻りに出発した

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2010年10月 6日 (水)

竜宮城へ一人で行く

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・・・・③)

530_2 

(ワットアルンのチェディ中段よりメナム川王宮を望む)

(19900510) 

スコータイ行きを明日に控え3人で夕食

3人ともスコータイの熊プーが予約したホテルへ

泊まるのは決まっているがそこまでの道中は

それぞれ別行動ということになった

どうして行くかは八戒も針土竜も明かさない

私はバスに乗って行くか電車で行くか

決めかねていたがまあ何とかなるだろう

夕食が終わって八戒は別の店へ

針土竜は私に竜宮城の乙姫さまが

私を呼んでいるから行ってみなと言い

自分はホテルに戻って行った

なんだろうと思ったが竜宮城へ行ってみる

もちろん竜宮城へ一人で行くのは初めてだ

店ではタイやヒラメが舞い踊ってはいたけれど

乙姫さまは私が一人だったのが嬉しいらしく

八戒と針土竜のことをfly(フライ:蝿)だと言って

大笑いしながら二人を揶揄していた

乙姫さまは我々がスコータイに行く事を知っていて

明日は旦那の車をホテルに迎えにやるから

それでスコータイに行けばいいと言ってくれた

しかし2日間の旅だからと断ったのだが

一旦言い出したら乙姫さまも言い張って

その親切心に負けて承諾した

いつもは酒を飲むのだがこの日は

コーラだけでヒラメちゃんたちと話し

帰ることにしたのだが料金を取らない

「いいからいいから」と行って妙に陽気だ

私が一人で竜宮城へ行ったのが

そんなにも嬉しかったのか

歩いて帰ると言う私に乙姫さまが直々に

ホテルまでバイクで送ってくれたのにも驚いた

ホテルには針土竜も八戒も

まだ戻っている様子はなかった

ピチットでの生活も残り少なくなって

静岡を発つ時新幹線駅に見送りに

来てくれた友人たちに当てて絵葉書で

近況報告をしたためた

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2010年10月 5日 (火)

手持ち資金ちょっとピンチに

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・・・②)

525_2 

(バンコク・ワットアルンにて) 

(19900509)

ピチットで2週間の生活費を考えると

現在持っている現金が心もとない

実はバンコクへ行くとどうしても散財する

無駄遣いと言えばそうだが思ったより

手持ち資金が少なくなってきて

一応現地事務所には資金要求した

と言っても後で清算するのだから

散財もすべて自己責任となるため

節約しなければいけないのだが

なかなかそうはいかないもの

とりあえずTC(トラベラーズチェック)を

隠し金にしてあるので少しは安心ではある

国王即位記念日の時の写真が出来上がる

写真屋の娘たちがその写真を見て

驚くと同時に羨ましがった

この国では国王はとても尊敬の対象で

それを至近距離で拝見した私に

詳しく話を聞きたがった

ムックダハーン行きが決まったと言うことで

家に絵ハガキで手紙を書いた

これが5通目の家への手紙だった

夕食はいつものレストランに行くつもりで

ぶらぶら歩いて行ったのだがごく普通の

食堂へ寄ることになった

値段はいつもの半分以下で済んでしまった

ピチットへ戻ってきてから

体調は全く問題なく

日本にいる時よりも調子が良い感じ

それも何となく不思議な感じだった

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2010年10月 4日 (月)

スコータイ行き再計画

(ピチット・Ⅱ・・・・・・・・・①)

521 

(バンコク・トンブリのヘビ園にて)

(19900508)

タイ東北部ムックダハーンへの赴任は

ドラえもんのヤソトーン同様5月21日だ

それまでの2週間は元いたところへ戻る

したってピチットへの帰還は八戒と針土竜と

3人でピサヌローク空港経由で戻ることになった

3週間ほど前初めての国内出張でピチットへ

その時の感慨とは違って少し馴れた感じだ

以前ピチット着任早々スコータイに行こうとして

体調不良で断念していたのでこの2週間で

なんとか行かないと行く機会を逸してしまうだろう

スコータイ担当の若くて逞しい

熊のプーさんに電話して

5月10日11日に行くことを決めておいた

熊プーは快く引き受けてくれた

彼が宿泊しているホテルに予約してくれるとのこと

人は念ずれば希望はかなう

その時から私に芽生えたものだった

ピチットのホテルに戻ると

部屋の電気が点灯しない

蛍光灯を新品に変えてもらって

19時過ぎになって3人で夕食へ

食事の後珍しく針土竜が竜宮城へ

行こうと言い出した

散々バンコクで遊んできたはずなのに

相変わらず元気なものだ

バンコクにいた3日間は

激しいスコールがあったのだが

ピチットに戻ってスコールも小休止だ

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2010年10月 3日 (日)

水上タクシーで暁の寺へ

(バンコクの休日・・・・・・・・・・・⑥)

535

(メナム川遊覧)

(19900507)

昨日の会議でドラえもんと私の独立が決定

はればれたした気分になりバンコク最後の日を

タクシーをチャーターして観光に出た。

もちろん御老公とドラえもんとの3人である

鼠男も八戒も誘ったところで来るわけがない

タクシーの運転手に案内され

当時世界一のサ-ビスとうたわれた

オリエンタルホテルの脇から水上タクシーで

チャオプラヤー(メナム)川をクルーズする

ドラえもんも私もいつも以上に

晴れ晴れとした顔をしているのは

気のせいではありません

水上タクシーはメナム川を軽快に飛ばし

水の都バンコクを代表するトンブリ地区へ

水上マーケットのある地域へと入って行く

高床式の水上生活者の子供たちの姿

ちょっとばかり考えさせられるような光景

それらもろもろを飲み込む帝都バンコク

やがて水上タクシーはヘビ園へ到着

ヘビのショーを見て大きなニシキヘビを

首に巻いてもらって楽しんだ(写真は後日掲載)

その後はお決まりのワットアルンへ寄る

三島由紀夫の「暁の寺」でもあり感慨深い

ワットアルンの巨大なチェディ(仏塔)が

陶器のお皿で表面が化粧されている姿は

まさに美しい極みだった

急な階段を登り塔の中間まで上がると

メナム川より吹く風がとても気持ちよかった

我々はバンコクにいる期間は少しだけだ

せめて居る間だけは有名どころの観光は

精いっぱいやっておこうと言うのが

私の目標でもあった

明日は再びピチットへ戻る

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2010年10月 2日 (土)

ムックダハーン行き決まる

(バンコクの休日・・・・・・・・・⑤)

505

(ワット・プラケオ本堂前の衛兵たち)

(19900506)

5月6日(日)

朝9時までにオフィス集合指示

出勤時いつもの簡易食堂でバーミン・ナム

朝食はいわゆるタイ風ラーメンが定番だ

オフィスでの会議は紛糾した

私とドラえもんを単独で派遣するのは

偲びがたいというのがオフィス側の言い分

それは経験不足なため申し訳ないというのだ

プロジェクトのボスは私と同じ年で

世界5大陸すべてでプロジェクト経験あり

海外での仕事が20年もあったほど

同じ年のためか私とは話が合ったが

もう少しゆっくりして下さいと言う

しかし、鼠男と相性が悪いドラえもんも

そして私もこの際十分この国に馴れたから

一人で作業をやりたいと食い下がる

御老公も心配はしているものの

二人の意見に賛成してくれて

お昼過ぎになりオフィス側から

ようやく二人の独立許可が出る

一人は「ムックダハーン」で

もう一人は「ヤソトーン」だった

両地区ともメコン川に近く

ラオス国境に近いタイ東北部だった

もうそれだけで十分だった

どちらがどちらなんて贅沢は言わない

私に「ムックダハーン」でいいですか

そう打診されて即答する

したがってドラえもんは「ヤソトーン」

作業の都合上

5月21日バンコクを出発予定

それまでは今まで通りの部署で

準備していて下さいとのこと

そう決まると随分気が楽になった

「ムクダハーン」に喜んでいる私に

オフィスのサブマネージャは

気の毒そうな顔をして「国境ですよ」という

どうやら他の人っだら嫌がる所らしい

雨季になりますよ、メコン川ですよ

立てつづけにいろいろ言うが

意に関しない

もっとも、そうはいっても

独り立ちするのは本当は心細い

確かにまだ慣れていないと言えば

それまでだが

かといっていつになったらというのもある

夜はマネージャー主催での夕食会

その後はいつものT街に繰り出し

一軒目で騒ぎ二軒目にはいつもの店

鼠男と珍しくこの夜はドラえもんも加わる

ドラえもんはこの夜は随分はしゃいでいた

彼も私同様気が楽になったのだろう

深夜三人でホテルに戻って来て

しばらくして鼠男から電話があり

ドラえもんが「一人で心配だ」と言う

私は「俺と近いから心配するな」と

言っておいたが、本当は近いから

心強く感じるのは私の方だった

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2010年10月 1日 (金)

スルメを焼いてもらい

(バンコクの休日・Ⅰ・・・・・・・・・・・④)

515 

(5人の侍たち)

(19900505)

国王即位記念日のハプニングで

結局運転手を3時間以上も待たせたが

さすがほほ笑みの国やさしく微笑んで

料金も「お客様の言い値で」とまで言った

はずまななかった料金でも運転手は微笑んだ

ホテルに戻ると鼠男も八戒も戻っていた

5人で海鮮料理の野外レストランへ

今度いつこのメンバーで集まれるか分からない

同じメンバーでも一期一会というものだろう

向こうに見えるのは池を取り巻く

テーブルの明かりで大きなレストランだ

池の中には舟が浮かびツマミを売っている

舟が近くまで来たので呼び止めると

丁度スルメがあるというので

焼いてもらいみんなで食べることにした

ちなみにスルメ文化は日本伝来とのこと

実はこの連休を利用して帰還させたのは

プロジェクトとして今後の方針を検討することと

作業等の進捗を確認することになったようだ

御老公とドラえもんと一日一緒にいて

そのことについてお互い話をし

お互いの腹は決まっていた

ドラえもんも鼠男とのペアを解消し

自分なりの仕事がしたいとのことだった

御老公も我々の意見に賛成だが

プロジェクトの方ではもうすこし

様子を見たいようだという

そんな感触を受けているとの話だった

いずれにしろ

明日そのことについてオフィスの方で

会議をすることになっているのだ

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