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2010年9月30日 (木)

王様をお出迎え

(バンコクの休日・Ⅰ・・・・・・・・・・③)

511

(王室御一家をお出迎え)

(19900505)

タクシーは王宮ワット・プラケオへ向かう

入口を教えてくれて運転手は公園の端で

待っているからごゆっくりとと言ってくれる

もちろんドラえもんは初めてだったが

御老公もここへ来るのは初めてだそうだ

中に入るとたくさんの人がいて

警備も何となく多いように思える

長い廊下に描かれたラーマナヤの壁画

ヒンドゥー壁画ではあるがタイの歴史のようで

見ていてわくわくするものがある

ゆったりと中を楽しんでいると

エメラルド・ブッダの本堂に差し掛かる

ところが警備が多くて入れない

人びとは通路に敷かれた絨毯に座り

何かを待っているようだった

やむなく帰ろうとするとで入口は閉鎖

警備の人間に聞いてみると

頬笑みを浮かべ

ここに座っていよと言うばかり

運転手を待たせてあるが出るに出られず

やむなくその辺をしばらくうろうろしていた

中に入って3時間過ぎたころ警備がやってきて

ウロウロせずここに座ってくれと依頼する

待つこと10分何と王室御一家がいらっしょった

毎日テレビで拝見しこの国のお札に描かれた

王様が向こうから御家族といらっしゃいます

驚くと同時にこの様な所に遭遇できたことに感激

思わず縦膝をしてカメラを構えたら

後ろにいた警備が私のベルトの後に指をかけ

そっと座らせたのが今でも印象に残っている

したがって何枚か移した中でこれが最高です

右から

国王ラーマ9世プーミポン王

(一人置いて)シリキット王妃

ワチラーロンコーン親王

シリントーン王女

王様が庶民からお札(王様が描かれている)を

受け取って歩いているところです

4列目の我々には手が届かない距離でした

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2010年9月29日 (水)

黄金仏を参拝する

(バンコクの休日・・・・・・・・・②)

531 

(ワット・トライミットの黄金仏)

(19900505)

昨夜の深酒が少し残っていたが

鼠男に電話して朝食をとった

午前中は雨そして雷が激しい

こちらへ来て3週間全く雨がなかった

それが急に激しい雷雨ということは

これから雨季が始まるサインだった

5月5日は国王即位記念日で

いわゆるこの国のGWの始まりでもあった

昼食は御老公とドラえもんと一緒だった

八戒は行方不明、鼠男は昼食抜きだという

御老公の提案でホテル前のタクシーと交渉

一日借り切り街へ観光に繰り出す

何処へ行きたいとの御老公の言葉に

即、黄金仏が見たいと私が提案した

街中のワット・トライミットに車はつける

さすがに黄金仏は迫力がある

純度60%5.5トン時価120億円相当

それだけでなく数奇な運命も背負っていた

なにせ暇にまかせ「地球の歩き方」は

シッカリ読み込んでいたからこの街で

いやこの国で行ってみたいところばかり

仕事上バンコクにいる機会は少ないのだから

せめて居る間だけでもいろいろ廻ってみたい

同じプロジェクトの日本人のほとんどは

休日はゴルフ場通いだそうで

バンコク担当の御老公もいつも誘われて

楽しんでいるとのことだった

長い人生でこんな機会を与えられたのだ

海外出張に来た意味は何だろう

日本では出来ないことをやるべきだ

常にそんな事を私は念頭に置いていた

次は王宮へ行きたいと再び提案した

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2010年9月28日 (火)

バンコクの休日

(バンコクの休日・・・・・・・・・・①)

001

(タイ北中部)

(19900504)

5月4日(金)夕刻になって

我がチーム5人は全員バンコクに帰還

皆元気な顔をで再会を果たす

バンコク担当の御老公の案内で

観光客も良く行くレストランで夕食

鼠男とドラえもんコンビも顔は笑顔でも

どことなくかみ合っていない感じだ

これは八戒と私のコンビとて同じこと

私が酒の勢いで「八戒君はすっかりタイに

溶け込んでもう永住もいいかもね」と

一言言ったことに八戒はマジに切れた

「自分のことを言うのはいいが、他人の

事は行ってほしくない」八戒はそう言って

まともに口を聞こうとしなかった

夕食後はバンコク一の繁華街

日本人街ともいえるT街に繰り出す

ここはピチットへ行く直前にも深酒して

少し体調を崩した所でもある

ここでも八戒はヒラメ一匹釣りあげて

早々と仲間と離れ店を出て行ってしまった

残った四人はカラオケ歌いたい放題で

お店の女性も日本語が堪能

デュエットも全く問題なく歌えた

これは今夜も遅くなりそうだ

御老公とドラえもんは早目にホテルに戻るも

鼠男と私はやっぱり遅くまで店で遊んでいた

ホテルに戻ったのは0:30をまわっていた

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2010年9月27日 (月)

ピチットからバンコクへ戻る

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・⑳)

409

バンコクでの宿舎のPホテル

(19900502-0504)

そう言えばこの半月雨が降っていない

乾季の真っただ中だった

この日始めて積乱雲を見たような気がする

私も人間だし男でもある

心は木でも石でもない

しかしだからと言って八戒や

針土竜の指図は受けないし

彼らを諭すようなこともしたくない

夕方私を誘って三人で針土竜の馴染みの

竜宮城へ行くことになった

乙姫さまは気さくな人で私と気があったが

タイやヒラメはそれぞれ舞い踊る

八戒と針土竜は今宵も大漁持ち帰り

私は私のペースで行く

5月3日になり

またまた連中が竜宮城へ行くという

4日にはバンコクへ全員戻ることになっている

そのことが彼らをゆるくしているのかもしれない

断る理由も無いので一緒に行く

お目当てのタイもヒラメも生憎いなかったらしい

私は14歳だという店のボンと話す

ボンは私に太陽の絵を書いて見せ

私を指さすが意味が良く解らない

どうやらテレビのヒロインと

何か関係があるようだった

そう言えば以前行った野外レストランでも

同じようなことを言われたが分からずじまい

5月4日になり昼過ぎから

タクシーを捕まえ3人でピサヌローク空港へ

飛行時間はわずか1時間足らずで

空へ上がって降りてくるような感じだ

バンコク空港でタクシーを拾い

悟空が予約してくれている

いつものPホテルに到着した

 

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2010年9月26日 (日)

初めてドリアンを食べる

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・⑲)

412

(公園の蓮池と赤い鳳凰木)

(19900501)

5月1日は何故か祝日だった

昨日一日出勤しただけで今日は休み

朝から針土竜がドアをノックした

朝食に行くのかと思ったら

一抱えもあるドリアンを持って入って来た

隣の八戒も呼んだ

初めて見るドリアンは

とてもいい香りだった

馴れた手つきで針土竜は実を割って

中からほろを取り出す

それぞれ2切れづつ分けて食べる

口の中も喉の奥もドリアンが詰まったようだ

水を飲んでもコーラを飲んでも詰まったまま

その内食べ残りを冷蔵庫に押し込み

2人は私の部屋を出て行った

私も一度部屋を出たけれど

すぐ戻ったら部屋中に臭いが

充満しているのがはっきりわかった

どうやら針土竜に嵌められたようだが

笑ってすますことにした

昼近く部屋掃除の人が来て

部屋のにおいに気が付き窓を全開にする

このスキとばかり針土竜を誘い昼食だ

彼が詫びたので我ってすまし

以後ドリアンは部屋で食べないと学習

祭日でボクシングの試合があり

ホテルのロビーは何処から集まったのか

人でいっぱいだった

夕食も針土竜と一緒だった

昼前から八戒は行方不明

あらかた彼の行方は察しられたけれど

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2010年9月25日 (土)

何かが芽生え始めて

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・⑱)

413

ワニ公園の蓮池

(19900430)

写真はワニ公園へ行った時の

蓮池の様子です

・・

月末ということでホテルの清算をする

320バーツの13日分で4160バーツだ

この名地一番のホテルで庶民感覚では

かなり高額なのだだ

レイバー達の給料が一日100バーツ以下

それに比べれば如何に高額か解るというもの

針土竜の担当作業の現地責任者が着任

毎度のことで今度は針土竜主催で

先日の野外レストランで歓迎夕食会

今度は初めっからステージ前の席をとる

歌っているのはもちろん先日の娘

娘は我々の席がまるで控室ののように

ステージと席を往復する

娘は私に歌えとせがむが

まわりの話に花が咲き

結局この夜は歌うことはなかった

針土竜も八戒もそれなりの時間を持っている

二人とも私にこの娘を口説けとけしかける

お前たちに指図される覚えはない

自分の気持ちの中に何かが芽生え

もうこの連中とはこの辺が別れ時

そう言った気持ちになったのを嬉しく思った

日本ではGWが始まろうとしているが

我々はこの国のカレンダーで動いている

29日が休みでない代わり

明日5月1日は祝日で休みなのだ

5月は5日~8日がこの国のGWなので

バンコクにも戻ることになっている

それまではおとなしく過ごす事が出来るだろう

いやそうしよう、

まだ旅は始まったばかりだから

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2010年9月24日 (金)

良く笑う娘たち

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・⑰)

424 

ジャックフルーツの実

(19900429)

写真は前日歩いた灼熱の森

珍しいジャックフルーツの実が

太い幹から直接成っています

(赤い矢印ヶ所)

この果物はドリアンに似ていますが

トゲはドリアンより大きくなく

実は一回り大きく甘酸っぱくて

さっぱりしていて大好きな果物

・・

昨日八戒と一度も会っていない

朝彼の部屋をノックしてみた

なんとレイバー二人が部屋で寝ていた

泊まったのかと聞くと

そうだと答える

以前鼠男からレイバーを泊めてはいけないと

言われていたのだが八戒には通用しない

八戒は誰の言うことも効かない

悪くいえば自分勝手

良くいえばマイペースだ

それが日本の職場で

彼が生きにくい原因だったのだろう

とりあえずレイバー達を帰し

二人で朝食に行く

どうやら今日も暑くなりそうだ

昼食に出るのも大変そうだと

途中で昼食用のパンを買う

ついでにノートやら菓子や飲み物

そして写真も出してきた

写真屋でも菓子屋さんでも

お店の娘たちはよく笑い皆明るい

多分この街で我々が話題になっているのが

話の過程で十分に理解できる

行動には十分注意した方が良いかな

こうなったら昼は出歩かないのが得策

ということで部屋で手紙を書いたり

昼寝をしたりしていたら

夕方6:30を過ぎて針土竜にノックされた

八戒の部屋をノックしたが返事が無い

針土竜と二人で夕食に行く

帰りに昼に出した写真を受け取った

相変わらず店の娘たちは陽気であった

現在のところ体調はすこぶる良い

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2010年9月23日 (木)

人生最高温度体験した日

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・・⑯)

422

ピチット郊外

(19900428)

写真は昼に散歩した時の

ピチットの街を少し外れた風景です

この時は体感温度45度ぐらいだろうか

10分ぐらい歩いて一歩も歩けなくなり

何でもいいから乗り物を探したが

一台も走っていない

それもそのはず、タイで最も暑い時期

最も暑い地域にいて誰も歩く人はいない

したがって乗り物も出ていないのだった

身体を冷やすものもない

とにかく呼吸を整えて戻るしかない

しばらく休んだ後

気を込めて一気にホテルに戻った

この日が人生で一番暑い体験でした

・・

タイに来ての2回目の週末休みの土曜日

朝いつものように八戒の部屋をノックしたが

返事が無い、そう言えば前夜の件があって

今日はピサヌロークへ行くと言っていた

あの観光嫌いな八戒がどうしたことだろう

ためらったがやむなく針土竜を誘ってみる

彼はもっとも金魚のフンを嫌う男だ

そう言えばこの国に来て一人だけで食事を

私はしていないのだ

まあ初めてのことで針土竜は渋々朝と昼を

私に付き合ってくれた

暗に「一人だけで・・・」をほのめかしていた

どうやら一日を私のために使う覚悟らしい

夕食も一緒に行こうと誘われた

大きなバス乗り場とは反対側にある店

真中に大きな池があり池の周りに

テーブルを並べた野外の大きなレストラン

池の傍には大きなステージがあり

生バンドで女性が歌っていた

この街に来て初めて知ったところだが

針土竜はサムローに聞き案内させたのだ

二人で

タムチャトーフ

クン・チュップ・ペーン・トート

ペット・プリアオワーン

それと牛肉のなんとか

ビール3本

407バーツチップ20バーツ

だった

ステージで歌っていた歌手が席に来て

私を名指しで「すばる」を歌えという

初めて会う人なのになぜだろう

多分この街にいる日本人は我々だけ

ということはこの3人についての情報は

ひょっとしたら街中広がっているのかも

そうとしか考えられなかった

言われるままにステージに登り

「すばる」を熱唱したことは言うまでもない

歌手の娘は歌い終わる度に我々の席に来る

遂に「スキヤキ」も歌うことを約束する

自己紹介で名前をタイ語で書いたが

その中に使ってはいけない文字も含まれ

訂正されたことはその後大いに参考になった

さすが付き合いきれぬと見たか針土竜は

私が「スキヤキ」を歌う前に帰ろうと言い出す

帰りに竜宮城に寄りたいと言うので付き合うと

中学生ぐらいの娘が一人いただけで

後は上にいるとのとことだったので

針土竜も私と一緒にホテルに戻った

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2010年9月22日 (水)

男たちの歌

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・⑮)024

ピチット商店街にて

(19900427)

写真は買い物に出た昼の商店街

暑いので人はあまり出歩かず

店の前の椅子に腰かけているだけ

椅子に座った低い位置から写す

・・

針土竜の人物なりをじっくり聞いた

中国各地は東西南北ほとんど行き

天安門事件にも遭遇したそうだ

ここへ来る前は一年間バングラディッシュ

二週間日本にいてタイに来たとのこと

バングラディッシュにいたころは

バンコクを基地にして休暇ごと

訪れていたとのことで

タイでの生活は問題なく出来る

一昨日はバンコクで馴染みの女性二人と

一晩楽しく過ごしたので

ほとんど眠らずにピチットへ来たので

少々お疲れとのこと

たかが十日いただけの私では勝負にならない

ピチットへ来た早々の針土竜の動きを見れば

どうにもこうにも比べる対象でもなさそうだ

レイバー達の中に女性が一人

どうやらリーダーの女房らしい

職場にいる間彼女にもタイ語を教わる

中国語に似て声調言語なので抑揚は

女性の声の方が解り易かった

とりあえず街の看板を見ても

二十個のうち一つぐらいは完全に

判読できるようになった

我ながら大したものだと感心する

夕食は針土竜と八戒と三人で行く

ホテルに帰ってきたら八戒に伝言

馴染みになったフロントの女性が

ニヤニヤしながらメモを渡す

どうやら昨夜竜宮城で八戒が

探していた女性が来たらしい

達筆な英語でかなり教養高そう

八戒はメモを見ながら一旦部屋に戻り

再び外に出て行ったようだった

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2010年9月21日 (火)

針土竜合流す

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・⑭)

425

ピチットの街かど

(19900426)

写真はホテルの近くの街角なんだけど

暑い真昼で人通りも無く普通トラックと

四輪トラック型の乗合バス(シーロー)

この日から違う部門の作業をする日本人が

もう一人加わり日本人だけで三人となる

この男はずんぐりしていて力がありそう

まるで針土竜(はりもぐら)のようだった

今回針土竜を案内して悟空も一緒に来た

悟空が私の体調を気遣ったので

完全回復を宣言して今後の行く先を希望

この国に馴れてきたことをアッピールした

悟空がバンコクへ戻って新たな生活が

始まったのだが私の語学教師であり

作業の現地責任者の猫男も一緒に

夕食を食べることになった

食事を終わった後針土竜は皆で

竜宮城(良からぬ店)に行こうと提案する

まさか断るのも癪だからついて行くと

針土竜は店と値切り交渉をして

猫男に一人と自分にも一人と話をつけ

そのまま帰ることになった

八戒はどうやら自分のペースがあるらしく

私同様この日はそのまま自分の部屋に

帰ったのだがその後のことは解らない

海外に来てわずか十日目にして

私も荒波の中でぼちぼち泳ぐ事に

馴れなければいけないかもしれない

腹痛の洗礼から抜け出したばかりでも

まだまだカルチャーショックは

続いて行きそうな感じである

この日古巣の静岡の事務所に

絵葉書の初便りを書いた

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2010年9月20日 (月)

体力完全回復

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・・⑬)

419

ピチットの大きなお寺

(19900425)

写真は先日ドクター夫妻に案内された

おそらくピチット一の大きなお寺

ようやく体力も回復してきて

一日三食を初めて

しっかり食べることができた

朝カオ・パット・ガイ(焼き飯鶏付き)

昼バーミン・ナム(汁麺)

夜カオ・パット・クン(焼き飯エビ付き)

いわゆるチャーハンとラーメンだ

八戒は昨晩夕食を共にした後

何処かへ消えた

どうやら良からぬ所へ行ったらしい

金魚のフンは禁止なのと

八戒ほどの元気もないので

私は私でマイペースで行く

部屋にはテレビがあって

初めてゆっくり天気予報を見る

大体のことはわかるのでうれしい

新聞を読んで見る

字を拾ってみるものの解らない

レストランのメニューだけはおかげで

読めるようになったが

勉強する気のない八戒は

全く読めないし読む気もないらしい

海外出張の業務中は

ルールを守ることは絶対だが

アフターファイブは逆に自己責任

それが我々に課せられたものだった

この日いつものマンゴーに加え初めて

リンチーという果物を買った

葡萄のような味で少し淡泊だった

体調回復に伴って楽しむが増えてくる

昼食は職場隣のタイル張りのきれいな店

たまたま先日会ったドクター夫婦と一緒だった

我がレイバー達はその隣にある屋台店

マンゴーの木の下の石のテーブルだ

レイバー達は皆若いので

近所の若い娘たちが昼時に集まり

とても楽しそうだった

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2010年9月19日 (日)

ビール解禁す

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・⑫)

423

ピチットの中心街

(19900424)

写真は中心地の銀行のある交差点

この街には信号機が無かったけれど

それなりに交通事故はなさそうでした

20年後の時代はいざ知らず

1990年はインターネットの普及もなく

国際電話は金額も高かった

したがって家への連絡は手紙が主となる

日本に残してきた家族は

子供が多感な年齢でもあり

私は手紙を週一回は家に書く事を

心に決めていた

先日の第一便はホテルのフロントの女性に

出してもらうよう依頼(日本には届かなかった)して

この前手に入れたアエログラムを使い

第2便を書く事にした。

糊付けすると普通のエアーメール同様になるが

表には切手が印刷されはがきのようでもある

封印して見えないところにはびっしりと便りを

書き込めるので開封を間違えなければ

便箋のようになる。

毎週原稿用紙にして3~4枚に匹敵する

内容の手紙を書く事を心に誓い

少しでも心を子供たちの近くに置きたかった

フロントの女性に先日の礼を言い

ポストのありかを聞くと今度も投函して

くれると言っていたが自分で出したいからと

場所を確認すると歩いて5分ほどのところを

教えてくれた。

ちょっと古ぼけたポストで心配だったが

郷に行ったら郷に従えで投函する。

(結局この手紙は無事日本へ到着)

ホテルに戻るとフロントの女性に

日本のコインをくれと言われ

100・50・5・1円をプレゼントした

こんなことならもっと持ってくればよかったな

崩していた体調もだいぶ回復してきた

市場で1バーツ8本のバナナが

体力回復に貢献したことは確かだ

正直言ってこの数日間の腹痛は

日本では経験のない強烈な痛みだった

もちろん家への手紙には回復までは

一切そのことには触れないのは当然だ

90%の回復と自己診断して

大好きなビールを解禁した

以降この国でお世話になる

シンハービールなのだが

この上なく美味しかった

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2010年9月18日 (土)

タイ文字の学習

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・⑪)

420

レイバー達の宿舎

(19900423)

タイに来て初めての土日もなんとか過ぎて

体調もまだすぐれないものの少しずつ回復

職場の隣にあるレイバー達の宿舎にも

明るい声が響いています

クーラーの効いた我らの宿舎と違い

バンコクから来ている彼らの宿舎は

暑いらしくベランダに出て涼んでいます

作業は八戒に任せて私は相変わらず

体調回復に努めていた

何もしないのも退屈なので

傍にあった分厚い電話帳を眺めていて

目次を見ていてはたと気が付いたのは

この文字の並びはこの国のABC順だと思い

もう一人暇そうにしている

偉そうな現場監督のグレン氏に聞いてみた

彼は喜んで説明を始める

タイ語のABCは

コーガイ・コーカイ・コークワードで始まり

それが電話帳の並びになっていること

それぞれの読み方書き方を説明する

なんと2時間ほどして

タイ語で自分の名前を書けるようになった

細かいところは別として

ハングル同様アルファベットに置き換えれば

かなりの部分読めることが解った

後にも先にも真面目にタイ語を教わったのは

この時だけだったが

この2時間はその後のこの国での生活に

有意義な時間であったことは確かだ

街の名前の「ピチット」も発音は「ピチッ」で

最後の「ト」は発音しないことなど

得意になって教えるグレン氏の周りに

レイバー達も休憩時に集まって来た

彼らの陽気な話声と笑い顔に包まれて

自分の体調の悪さも少しずつまぎれて行く

食あたりか暑気あたりか何だったろうか

一番はやはりカルチャーショックだったのか

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2010年9月17日 (金)

ドクター夫妻に会った

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・・⑩)

430

ドクター夫妻邸にて

(19900422)

街に戻っていつも出勤途上のサムローで

見かけたお寺が気になって行ってみることに

街まで戻れば自転車タクシーのサムローが

とても便利な乗り物だ

5バーツ出せば何処へでも行ってくれる

お寺の後でお昼時大きなレストランに行く

昼食を何にしようかと迷っていいると

近くに座った女性が「こんにちは」と

日本語で挨拶をした

驚いて聞いてみるとお医者さんの夫妻で

奥さんの方が京大へ留学していたそうだ

日本語英語混じりで料理の注文をしてもらう

食事の後旦那さんの自家用車でピチットの

街の中をいろいろ案内してもらった

ピサヌローク行きのバスターミナルや

この街の一番大きなお寺では

大きな金色の仏像を紹介してもらう

お二人ともお医者さんで

我らの職場の隣にある市立病院内に

あるお二人の社宅へ招待していただき

青マンゴーの酢漬けを御馳走になった

暑い時にはとてもさっぱりした食べ物だった

コップに入った水を出されて

この国では旅人に水を出すのは

日本でお茶を出すようなもので

歓迎の意味をあらわすことも教わった

この日もお腹の調子は戻ることが無かった

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2010年9月16日 (木)

湖上涼風

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・⑨)

415 公園に憩う

(19900422)

大きなワニの公園では火炎樹の花が咲き

ブーゲンビリアの花が咲き乱れ

蓮池では天国の池のようにハスの花

湖に張り出したテラスには

涼しい風が吹き

椰子の葉も静かに揺れていた

日曜日とあって観光客も訪れ

湖の奥にある淡水水族館に

私達も入ってみることにする

頭から口先に向かって扁平な

南方独特の大魚がゆったりと泳いでいる

観光客も日本人の私たちを珍しがり

お互い写真を撮り合って楽しく過ごす

湖の畔には暑季休み中の子供たちが

観光客に魚の餌を売っていました

一袋一バーツなので一つづつ買う

湖にバラまくとたくさんの魚が寄って来た

水族館で見たあの大きな魚だった

餌売りの子供たちは

決してテラスの方までは来ない

暗黙のルールでもあるのだろう

街までの帰りは軽トラックのようなサムロー

今ではトクトクと言われるが

三輪は全てサムローで通用した

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2010年9月15日 (水)

ワニ公園に行く

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・・⑧)

417

巨大ワニと一緒に

(19900422)

ピサヌローク経由スコータイ行きの

昨日の我がままの反省から

初めての日曜日だけど大人しくしよう

そう思って八戒と朝食に出る

いつもと違った店に入って朝の定番

バーミン・ナム(タイ風ラーメン)を注文すると

無いというので「そうめん風鳥の血の塊入り」と

鳥のスープを注文した

昨日駅で倒れていた時に若者からもらった

ワニの写った小さな写真を店の親父に見せて

場所を聞くとバイク三輪タクシーを捕まえて

運転手にそこへ連れて行くよう交渉してくれた

街のはずれにあるため自転車タクシーでは

ちょっとばかり過酷な距離でバイクなら良し

公園に着くと巨大なワニが我々を迎えてくれる

こんなに大きなワニのモニュメントも最初で最後

前日もらった小さな写真では想像できない大きさ

タイで最も暑い季節だといいましたが

おそらくそのタイの中でもこのピチットが

最も暑いだろうと思われるほど暑い

インドシナ半島の真ん中のまた真ん中だ

でもこの公園には大きな湖(池)があり

湖畔を渡る風がとても気持ちよかった

公園の木陰では昼寝をしている人もあり

南国の木陰のありがたさをしみじみ感じる

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2010年9月14日 (火)

初めて出したエアーメール

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・・・⑦)

028

高床式住居の前で

(19900421)

駅から再び畑や農家の横を通り

連絡船の船着き場へと戻ることにした

この写真は途中の農家の前ですが

お腹を押さえてほとんど倒れそうです

調子が悪いんだから一日大人しくして

身体を休めればいいものを懲りない男である

この後、舟に乗り街に戻り食堂で昼食

この日持ち歩いていた「地球の歩き方」から

カオ・トム(おかゆ)を注文して少し食べる

ホテルに戻ってから昨晩書いた手紙を

カウンターの女性に預けて切手代を渡した

切手を買いたいと言ったらその女性が

責任を持って投函しますとのことで

依頼したのだったが

(でも結果としてタイからの最初の手紙は

日本の家族に到着することはなかった)

さすがに午後は昼寝をして身体を休め

夕食にはカオ・パットを少しだけ食べた

食堂では私たちを見て何やら噂話

昼間船着き場で写真を撮っていたのが

話題のようでコン・イープン(日本人)

といって笑いあっていた。

食事の帰り道手紙の話をすると八戒が

アエログラム(航空書簡)を教えてくれて

文具店で手に入れることができた

これは切手が印刷済みなので

書いて封印すればポストに投函できる

体力維持のため夜店でバナナを買った

八本付きで一バーツ(七円)だったが

このバナナは大いに助かった

就寝前に栄養ドリンク・正露丸・ビタミン剤

明日の回復を祈ってベットに入った

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2010年9月13日 (月)

可愛い船頭さん

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・・・⑥)

027

連絡船の船頭さん

(19900421)

川の流れは随分と早く

向こう岸との連絡船は船首を

上流に向けたままで流れに逆らいながら

真横に進んでいきます

したがって船頭の腕の見せ所

ところが運転しているのは中学生だろうか

巧みな船さばきに感心してしまった

タイの四月は一年で一番暑く

学校も当然暑中(夏)休みになっていて

子供たちがこうして働いているようだ

川を渡って畑や農家の横を通って

ピチット駅についたのが9;30ごろ

電車の時間を見ると11:03だった

少し時間があるがバス停まで戻るとなると

川を戻りかなり遠いので時間の無駄

そこで切符を買ってとりあえず待つことにした

待っている間に私のお腹の調子が急変

電車が来る直前にスコータイ行きを断念した

私のわがままに翻弄され挙句の果て

スコータイ行き断念で八戒にとっては

迷惑千万な半日となった

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2010年9月12日 (日)

初めてのタイの休日

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・・⑤)

025

駅へ向かう道で

(19900421)

タイへ来て初めての休日となった

前日、八戒に断られたが朝になって

もう一度スコータイ行きを提案して

彼も渋々承諾した

実のところ私も一人では動けない

海外経験者の八戒を頼りにしているが

彼にはそれがうっとうしく感じられた

私たちの暗黙のルールは

「金魚のふんはいけないよ」といって

他人に干渉しないで自身で動くことが

海外で生きて行く者の鉄則だった

そんなことを言えるだけまだ自信も

ましてや度胸などあるものでもない

八戒は観光などは好きでなく

ましてや団体行動も大嫌い

私とは正反対の性格なのだが

この日ばかりは私の頼みに折れたわけだ

いつものように三輪自転車タクシー(サムロー)

をホテル前で捕まえて駅に向かう

実は駅は街の方ではなく

川を渡った向こう側なのだ

バンコクからチェンマイに向かう電車

その中間にあるピチットの駅は

チャオプラヤー(メナム)川の支流を

船で渡たらなければいけないのだ

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2010年9月11日 (土)

ステージで歌う

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・・・④)

421

ホテル遠景

(19900420)

確かに我々の宿舎にしているホテルは

どうやらピチットの街で一番のホテルらしい

鉄筋五階建ての立派なものである

我々日本人は安全のために会社から

このホテルに宿泊するよう勧められた

もっとも右も左もわからないのだから

黙って従うしかないのが本音である

かといって滞在費は旅費の中から

自腹で出さなければいけないので

節約のためには安ホテルの方が良いのだが

そうするほどの度胸もまだないし

会社からも注意されるのは必然だった

一昨日この街に到着したばかりだが

この日から八戒と二人での仕事が始まった

相変わらず体調が良くないが

かといって食べ無ければ

体力負けをしてしまうと思い頑張って食べる

二人の他にバンコクから派遣されたレイバー達

どう考えても日本人二人ではもったいない作業

私は体調不良をかこつけて八戒にまかせっきり

元々は海外の作業に馴らさせるために

二人になっているためで本来は一人だけで

やるべき日本人の仕事だった

金曜日だったので

明日スコータイに遊びに行こうと八戒を誘う

作業もしないで何を言い出すかと

呆れた顔で八戒が断り話に乗ってこない

逆に八戒の方からレイバー達を今夜

食事に誘う提案があったので承諾

午後6時に彼らと待ち合わせした

我々の奢りだがおかげで食事の名前を

彼らにたくさん教えてもらい当分食生活に

潤いが出そうな感じがした

ホテルに戻り一階にあるレストランでビール

生演奏が入り歌手が歌っていたが

私も唄いたいというと

「すばる」が演奏できるとのことで

タイにきて初めての

カラオケならぬ生オケでの歌となった

これ以降訪れた街では必ず生演奏での

ステージに上がり歌を歌う事になった。

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2010年9月10日 (金)

最初のピンチ到来

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・③)

023 

ホテルの玄関にて

(19900419)

翌朝になり

薄荷(はっか)を油で炒めた?様な臭いが

街中至る所にに漂っているように感じ

その臭いにぶつかる度に吐き気をもよおす

ホテルの前を通った

3輪自転車タクシーを呼び止め

八戒と悟空と三人で作業場に向かう

今日は重要な作業があり悟空も

それに立ち合うつもりで来ていたのだ

私は朝2度目のトイレに駆け込むと

とてもブログにかけない状態になっていた

実は悟空も2日酔いと睡眠不足で

元気がないとは言うもの声だけは出ていた

八戒だけは何事もないように元気だ

昼過ぎに重要な仕事も終わったので

悟空は安心してバンコクに戻って行った

いよいよ八戒と二人だけの生活が始まる

夕食は昨夜のクーラー付きが休みで

他の店に行きカーオ・パッ(ト)が通じ

チャー《お茶》も通じたが後はだめだった

帰りに夜店に寄りマンゴーを買い

皮を剥き食いやすいように切ってもらい

ビニールの袋へ入れて部屋に持ち帰る

昨日風呂に入らなかったので

シャワーを使うのは久しぶりな気がする

相変わらず茶色の水しか出ない

それでも頭を洗いすっきりする

下着を洗ったがこの濁った水では

今後どうなるだろうか心配だ

本当にこのホテルはこの街一番の

ホテルだろうかと訝った

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2010年9月 9日 (木)

体調崩れかける

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・・②)

022 

(19900418)

作業場に到着して隣にある食堂へ

昼食の時間だがタイル張りの

きれいな建物で場違いな感じ

靴を脱いでほしいとのことだったが

悟空は無視して土足で入って行く

我々もそれに倣って上がると

店員はまあいいですよと笑う

夕方宿舎であるホテルに向かう

どうやらピチット一のホテルのようだ

夕食は散歩がてら街に出る

賑やかな夜店の横を通り

エアコンの効いた食堂に行く

豚肉料理を美味しく頂いた

実は昨日あたりから腹痛気味

みぞおちあたりがキリキリ痛むが

じっと我慢していたのだが

ますます痛みがひどくなる

しかしこの夜もビールを買い込んで

私の部屋で23:30ごろまで酒盛り

みんなが帰ったあとで

バスにタブに湯を張ろうとしたら

茶色に濁った水しか出ない

風呂へ入る気がしなくなり

そのまま寝ることにした

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2010年9月 8日 (水)

悟空が怒る

(ピチット・Ⅰ・・・・・・・・・・・・・①)

411 

(19900418)

朝5時30分に部屋のドアを

八戒にノックされて飛び起きた

昨夜寝たのは1時過ぎ

目覚ましかけたつもりが

どうやら失敗したらしい

顔も洗わずにとにかく荷物を持ち

外に飛び出しロビーに行くと

八戒とスタッフが待っていた

平謝りに謝って用意された車で

ドンムアン空港へ向かう

スタッフの優男『悟空』君は

渋滞がひどいので早目にしたと

しきりに説明するが私は恐縮していた

7時ちょっと過ぎの国内線に乗って

ピサヌローク空港へ

そのままタクシーでスコータイに向かう

もちろん最初ということで悟空が案内する

スコータイの作業場は他グループの

若いスタッフ『佐助』担当

作業場で関係ない若い娘たちが

騒いでいるのを見つけ

佐助に悟空が強い調子で怒る

他のグループはすでに各地に展開

しかし御老公などの過去の努力により

我々のチームは年齢が高いこともあり

信頼度は抜群であった

したがって佐助のグループには

悟空達はかなり厳しく当たっていた

スコータイはタイでも有名な

遺跡の街で寄っていきたいが

我々は仕事で来ているので

我がまま言うわけにはいかない

スコータイ経由で

ピチットの作業場には昼に到着

その道中は広い広い水田地帯を

延々とタクシーが走り続け

3人とも居眠りをしていた

田圃の真ん中に一本の木

そこに繋がれている水牛

この光景が眠りから覚めても

全く同じ光景として目に飛び込んでくる

同じところをぐるぐる回っているだけ

そんな錯覚さえ覚える

タイ中央部の田園風景だった

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2010年9月 7日 (火)

影が消えた正午

(バンコク・Ⅰ・・・・・・・・・③)

410_2 

(19900417)

バンコクに来てまだどこへも行っていない

せめてもとお昼休みに御老公と散歩する

オフィスの裏手に行ってみると

バンコクからまだ数駅なのに

もう単線となっている国鉄線路

第一日目の記念に写真を撮る

何処にも影が無いのが

お分かりになると思います

我々が来たのは水掛祭り(ソンクラー)

が終わった直後でタイで一番暑い季節

正午には太陽が真上にくる4月中旬だ

バンコク出勤一日目なので

街まで連れて行ってもらい写真撮影や

テープ付きの会話本などを買って戻る

翌日からの作業区分として

御老公はバンコク担当

私と八戒はタイ中央部ピチットの街へ

ドラえもんと鼠男は西部ラブッリーの街へ

それぞれの担当を申し渡される

ピチット組は翌朝5時30分に

ホテルまで迎えに行きますと

オフィスのスタッフが言ってくれた

滞在わずか一日にしてバンコクを離れる

歓迎会と送別会を兼ねて夕食は

PM(プロジェクトマネージャー)主催で

魚介類を中心とした現地料理フルコース

その後何故かキャバレーを二軒はしご

部屋に戻ったのは0時30分だった

大都市バンコクガ持つ巨大なエネルギーに

圧倒されそうな一日だった

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2010年9月 6日 (月)

タイの食事はコーラとともに

(バンコク・Ⅰ・・・・・・・・・・・②)

407 

(19900417)

我々は仕事はOJTだったものの

言葉に関しては全く訓練を受けていない

したがってタイ語は全くしゃべることはできません

屋台の店のおかあさんに指差して注文する

おかあさんも心得たもので新しい日本人に

これは辛いからこっちにしなさいとアドバイス

陽気なお昼時のやり取りに

これからの楽しい生活の希望が持てた

階段下のわずかなスペースに並べられた

テーブルとイス席を譲ってもらって食べ始める

辛くないのを選んでもらったのに辛い

ゆっくり味わって食べるもののやっぱり辛い

私の隣の人は馴れたものでコーラを用意

私はこの時はまだコーラには抵抗があった

彼は我々5人のリーダーで一番の年長

海外経験も豊富で英語も流暢だ

好人物で彼を仮に『御老公』と呼ぶ事にする

御老公はそれなりの苦労の末各所より

信頼されているほどの人物で

私もドラえもん同様このチームの中で

もっとも信頼できる仲間となった

5人のうち後の二人は海外経験者だが

一人は一年先輩の『鼠男』と

3年後輩の猪八戒のような『八戒』だ

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2010年9月 5日 (日)

生活に早く馴れてください

(バンコク・Ⅰ・・・・・・・・・・・・①)

406 

(19900417)

我々の仕事の部門はタイ国内の各都市で

ある作業をすることですがそれについては

このブログでは詳細に期すことはしません

ただ数カ月単位で各所を回ることになります

したがって、首都バンコクには時々戻ります

題名の(バンコク・Ⅰ)は文字通りの一回目です

前日夜遅くなってホテルに戻ったタイ一日目

そして二日目は宿舎の近くのオフィスへ出勤

歩いてのオフィスがあるビルに到着したが

そこは劇場やボーリング場だった建物の一角

入り口近くの小さな屋台店で朝食のラーメン

これはタイの人たちの通常の朝食だから

馴れるために今日からここで食べましょうと

説明され興味もあり楽しく食べました

午前中今後の準備のための説明を受ける

バンコクの街の一角で日本人数人のオフィス

廊下の長椅子には20名ぐらいのレイバーたち

今後我々とともに作業する若者たちだ

そこに自分がいることが不思議な感じだった

昼食の時間になり朝食同様現地食に馴れるよう

早速、オフィスの階下にある屋台を勧められる

階段を降りた通り(写真)の右側に屋台店

左側のビルの下にはテーブルとイスがあり

近くの会社の社員たちが食事をしていました

真上から照りつける太陽に輝くOL達の

清楚な白いブラウスがまぶしかった

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2010年9月 4日 (土)

初めてのバンコクの夜

(旅立ちの時・・・・・・・・・・④)

432

(19900416)

飛行機が遅れた分だけ到着も遅くなる

バンコクの事務所には連絡が行っている筈

第一、出発に際して東京の会社から

スーツケースに入るだけの荷物を追加され

ケースは相当に重くなったのだけれど

我々はビジネスクラスの客なので

大丈夫だということだった

何せ飛行機に乗ったのは国内線で

10数年前のことだったので

国際線でしかもビジネスクラスなんて贅沢

何度もウィスキーのお代わりをして飲み続け

出てくる食事は全部平らげ6時間の

飛行時間も長くは感じなかった

21時ごろバンコクのドムアン空港に到着

2時間の時差だから日本では23時だ

現地駐在員がレイバーを連れて出迎えてくれる

今から歓迎の夕食会をしますので

一旦ホテルに入って着替えて来てくださいという

少し寒いぐらいの春の日本から

夜中でも、むっとする暑さのバンコク

街へ向かう車の窓に夜景に浮かぶ椰子の木

しばらくはこの景色の中で仕事をするのかと

思うと感慨深いものがありました

歓迎会は中華飯店で

北京ダック・フカヒレスープ・などのフルコース

機内でお腹が一杯になったことを後悔した

この日「ねずみのしっぽ」の唐辛子を食し

タイの激辛の洗礼をいきなり受けてしまった

バンコクでの宿舎となるホテルに戻ったのは

24時(日本時間午前2時)だった

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2010年9月 3日 (金)

飛行機の到着が遅れる

(旅立ちの時・・・・・・・・・・③)

404 

(19900416)

前日新幹線で落ち合った5人のメンバーは

成田の郊外にあるホテルで一泊した

出発が正午前ということで前泊したのだった

5人のメンバーのうち3人は海外経験者

手前の大柄な人物と私が初心者であり

彼とは後に『ドラえもん・ノビタ』のコンビを組む

もちろん彼が『ドラえもん』で私が『ノビタ』だ

それについては後日にご期待下さい

とにかく遅れないように早目に空港へ着いて

飛行機の搭乗を待つことになった

しかし、

こんな時に限って米国からのUA機は

大幅な遅れとの連絡が入る

今回の5人のメンバーには

世間並みに海外赴任に至るドラマが

あるのだが、それを述べるだけの余裕は

有りませんのでご容赦を

ただ、たまたま5人のメンバーは

気持ちの切り替えができる人間だった

出発に関しては皆明るい気持ちで

はたから見ればルンルン気分の

海外旅行者に見えたことでしょう

なんとか一時間半の遅れで

UA821便は成田空港を飛び立った。

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2010年9月 2日 (木)

見送りに来た同僚たち

(旅立ちの時・・・・・・・・・・・②)

403 

(19900415)

当時静岡市内に残って

仕事をしていた仲間のうち

親しい友人たちは

新幹線駅まで見送りに駆けつけた

本当に私のことを心配してくれた

真の友人・先輩後輩なのだった

この時になって急に熱いものがこみあげ

顔は笑っていたけれど

心の中には感謝の気持ちがいっぱいだった

名古屋から乗車した同じ出張の仲間が

ひかり号で間もなく到着する

妻の妹も子供を抱えて見送りに来た

別れのあいさつもそこそこに

新幹線に乗り込む

仕事を抜け出して見送りに来た同僚

子供を抱えて見送りに来た義妹

そして娘と息子と妻が

動き出した新幹線の窓外に

歩きながら手を振る姿が

いつまでもいつまでも心に残る

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2010年9月 1日 (水)

タイ国漫遊記・純情派

(旅立ちの時・・・・・・①)

402 

(19900415)

旅立ちの朝はまだ寒さが残る春の日だった

しばらく別れて暮らす家族も駅まで見送りに来た

会社では空港まで見送りに行っても旅費は出すと

言ってはいたけれど、まあそれほどでもないと強がって

新幹線の静岡駅まで見送ることになったのだ

長男はこの春から中学生になったばかりで

多感な年代ということがちょっと心配だが

すべてを妻に託しての旅ということになった

無責任と言えば無責任な旅立ちであるし

遠い国から何か子供たちにしてあげることが

あるかもしれないといろいろ考えてもいた

前日、妻が当時流行りの「ゲームボーイ」を

必死の形相でやっていたがやがて眼を上げ

「ほら、これ」といってゲームの画面を見せた

白黒の液晶画面にはスペースシャトルが

音楽とともに飛び立っていくところだった

『テトリス』の最終ステージをクリアしたのだ

どうやら、それが妻からの私への選別だった

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