カトリック教会の長として、ユダヤ教徒やイスラム教徒との「宗教間の橋」をかける狙いの外遊だったが、ホロコースト(ユダヤ人虐殺)を巡る発言が「不十分」と酷評されるなど、,ローマ法王ベネディクト16世にとって苦渋の旅となった、8日間にわたる中東歴訪を15日終え、帰国の途に就いたそうです。
確かにかつてナチスの党員だった法王ですが、イスラエルもいったい何年前のことを引きずっているのでしょうか。いくら党員と責任は当時の政治指導者にあるわけで、しかも戦争というのは現代でもそうだが双方に問題がある場合が多く、けっして1国民が人間に責任が及ぶものでもないでしょう。
ホロコースト然り、アメリカのインディアン迫害然り、中国のチベット虐殺然り、ヨーロッパ諸国によるアフリカ・アジアへの植民地政策然り、日本のアジア諸国への植民地政策、アメリカの原爆による大量虐殺、現代におけるイスラエルのパレスチナへの侵略、時代を越え地域をこえ、数え上げればきりがありません。
でも、それらに対して、それぞれその国民は謝罪せよと言ったり、また何年たっても謝罪し続けよと言ったりするのはとんだお門違いなこと。むしろ、どこの国民だってみんな被害者なわけで、責任は双方の政治指導者にあるわけで、謝罪するのはその連中だけで本来十分なはずなのだ。
たとえば半世紀以前の戦争に対して日本国民は謝罪せよと言ったり、チベット国民への虐殺に対して中国国民は謝罪せよなんて言ったり、広島長崎に対してアメリカ国民は謝罪せよとか、まったく的外れなのだと思うよ。
今度の法王の訪問に対して、キリスト教者の代表としてユダヤ教者に対するホロコーストへの謝罪がないと言ってイスラエルの反発を買ったそうだが、これなどもその典型的なものだね。イスラエルはこの論法であと何百年も同じことを言い続けるかもしれないね。
いつの時代でも政治権力者と言うのはまともな神経を持ちえないもの。世界の宗教者は一致団結してそんなアホナ政治家をまともな道に導いていく責任があるはずだけどね。そんな世界の到来はまだまだかな。
・・・・・・・「信仰と懐疑とは互いに相応ずる。それは互いに補い合う。懐疑のないところに真の信仰はない」( ヘッセ )・・・・・・・
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