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2009年2月20日 (金)

従うべきものは何だろう

自民党の小泉純一郎元首相が定額給付金財源法案の衆院再議決を欠席する考えを表明したことについて20日午前の記者会見で、閣僚から小泉氏に苦言を呈したり、批判する発言が相次いだそうです。

河村、塩谷、石破、舛添、中曽根、鳩山、斉藤など各閣僚の言っている批判を見てみると、面白い現象が現れています。実に末期的な日本の政治体制が読み取れて、むしろ安心します。というのも、国民が不信に思っている日本の政治家の姿そのものが現れているからです。

日本だけに限らず、政治をだめにするのはリーダーの暴走を周りの政治家が如何にくい止めるかが大切なことで、そのために人間は失敗を繰り返しながらも、民主主義というものを編み出した。でもそれだって完璧なものではなく、ややもすれば、暴走する性質を人間は本来持ち合わせているのでしょうね。その暴走の最たるものが現在の日本の政府の姿なのではないでしょか。

国民の意見に反するようなことがあったら、すぐに改めてはばからないようにするとか、指導者が間違った方向に行こうとしたら、それを正しい方向に向けてやら無ければならない。半世紀以上前、反対者を抹殺しながら指導者の言うなりになって、不幸な時代に突入していったことの反省はしたはずだけど、忘れてしまったのだろうか。

「改めるのは遅すぎる」「間違っていたとしても党の方針には従ってもらう」「首相はぶれても部下は盲目的に従う」というようなことを言っていては、一体どこに国民目線なんてものがあるのだろうか。党のためだけに政治があるのなら、どこかの独裁国家となんら違わないのではないだろうか。孤軍奮闘の小泉君、もっと自分の意見を持った小泉君がたくさん出てくればその時こそ日本は変わるかもしれないね。

・・・・・「ある人に魚を一匹与えれば、その人は一日食える。魚の取り方を教えれば、その人は一生を通して食える」(中国のことわざ)・・・・・・・

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