規制の観念
インドネシアで賛否をめぐる論議が起きている「ポルノ規制法案」について、国会の特別委員会は13日、住民の反対が強い地域での公聴会を開催したそうです。
インドネシアは広い国で中国やアメリカに匹敵する経度を持っていますね。しかも島が多いということはそこに住む人は多種多様な文化や宗教観を持っています。道徳観念のポルノ規制といえどもそれぞれの価値観が違って当然なのですね。
インドネシアに住んでいた当時、日本から毎週送られてくる愛読書の「週間ポスト」の初めの方に掲載されているヘヤーヌードグラビアは税関を通過の際、マジックペンとおぼしきもので黒塗りされていました。当時の日本ではヘヤーヌードは解禁されていて、なんでもないものでしたが、黒塗りされているとなんとなくイヤラシイものに見えてくるのが可笑しかった。
インドネシアのキリスト教徒の多い町では比較的解放された性風俗がありましたし、ヒンドゥー教徒の多いところではかなり自由な性風俗もありました。しかし、イスラム教徒が大多数のインドネシアでは、落ち着いた性風俗と言うよりもかなり、理性的な性風俗であったように思いました。
だから、だからそれゆえに、女性の性に関する人権はしっかりしていて、こちらも言葉を選んで対応していました。基本的には男と言うものはスケベな連中であることは万国共通であって、それは宗教観とかは余り関係なさそうですね。だからこそ規制が必要であって、それは法律でも宗教でも良いわけだ。
問題なのは、その程度の問題であって、自国民がいい加減な連中ばかりと思うのなら為政者としては規制強化、自国民が理性的だと思いのならゆるやかな規制でいいわけなのだ。典型的なのはシンガポールの何でも規制、スウェーデンのフリーセックスと言うのがあったけど、今の時代どんなものでしょうかね。
・・・・・・・「神を信ずることは常識や倫理や議論の問題ではなく感情の問題である。神の存在を立証することは、それを反証することと同じく不可能である」(サマセット・モーム)・・・・・・
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