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2007年8月15日 (水)

海がめたちのふるさと

8月15日は日本が戦争に対して降伏を宣言した日ですね。高校野球の試合の途中で黙祷をするのでおなじみですが、未だに戦争に対する呼称や8月15日に対する呼称について議論だ出ていますね。

戦争については「第二次世界大戦」「先の大戦」「太平洋戦争」「大東亜戦争」「日中戦争」「十五年戦争」「アジア・太平洋戦争」などの呼称で呼ばれていて、それぞれがそれそれぞれに、みな思惑がある言葉になっている。8月15日についても「終戦記念日」「敗戦の日」なども同じくそれぞれの思惑を感じます。

なんでこんなにたくさんの呼び名があるのかななんて思うかもしれませんが、実はよく考えてみるとこれらもあくまでも日本から見た呼称でしかないのに気が付きますか。

アジアの他の国から見ると1945年8月15日の日々と、それからの日々を日本とは違った意味で受け取っています。インドネシアでは8月17日が独立記念日でした。何百年もの植民地から開放してくれた日本も半植民地的支配を強要、しかし2日前の日本の敗戦により真の独立を勝ち得たのであり、15日ではなく17日が最大の記念日なのです。中国から見れば、日本の侵略から開放された日であり、勝利の日でもあるわけだ。

最近の戦争はどこで始まりどこで終わったのか、又終わるのか終わらないのかわからない状態ですね。しかも勝ったのはどちらかもわかりません。

アフガンもイラクももっともらしい理屈はつけている物の、あくまでも片方からしか見た、見方しかできないのが戦争に対する人間の悲しさです。武力でしか国を守れないと強調し、相手が攻めてきたら困るから軍備を拡張したり核も保有しなければと考えれば、完全なる安全を得るには軍備は際限なく広がってしまう物です。

8月15日が来るたびに、昨年より人類は多少でも成長したかなと、考えて見ます。最近は成長というより退化しているような気がして仕方がない。

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(遠州灘・Ⅴ・・・・・・・①)

7月31日

47000歩 6時間半

大須賀ーー浜岡砂丘

006

7月の最後の日

朝寝坊した関係上

富士山ではなく遠州灘方面に

向かうことにしました

前回の大須賀から菊川河口を

目指したのに浜岡砂丘まで行きました

Photo

出発のサンサンファームは

開店が9時だが終わりが17時で

早く、ひょっとして駐車場がしまるかも

ということで帰りの時間を考慮に

入れながら歩き出しました

Photo_2

ファームの隣にはビニールハウスが

並んでいて季節にはイチゴ狩りや

メロン狩りなどもあるそうです

花などの栽培も盛んなところです

Photo_3

ハウスの並ぶ国道から海岸に向かう

途中のハウスを覗いてみると

メロンの取り入れの終わったあと

無造作に転がっている物もある

Photo_4

外では休ませてあるのか

次の準備かイチゴの苗が

並べられてありました

太陽が燦燦の遠州灘地方です

Photo_5

浜に出る直前はいつもの砂山

ここ遠州灘は他の海岸と違い

海から街を守るのは数百年かけて

作り上げた砂山だ

先人からの貴重な遺産なのです

Photo_6

白砂と砂山とそこに生える松林

これが延々数十キロにわたって

続く海岸は海がめたちのふるさと

悲しく思えるのは水際を走る轍の後

人が守らなければ地球は保てません

Photo_7

夏休みの入って平日でも

海には人が遊びに来ています

引き潮の海岸で貝拾いかな

近くによって見ましょう

Photo_8

遠浅の海岸でアサリ狩りのようです

静かな波と丸く見える水平線

のどかな家族連れの朝のひと時

水辺には涼しい風がありました

Photo_9

水際の流木には

蟹の爪のような形の貝が

びっしりと付着していました

長い間ここにじっとしているのかな

Photo_10

海に帰り損ねた貝が

砂浜に取り残されています

砂の上で昼寝でもしていたのかな

砂を踏みしめ先を急ぎます

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