« 野茨のさく土手の道 | トップページ | 港は巨大釣堀だった »

2007年7月11日 (水)

巨大な港の静けさに

総務省の「年金記録確認中央第三者委員会」の梶谷委員長が記者会見で「国民の申し立てに対し性善説を前提に判断する」と話したそうですね。

「性善説」なんてなつかしい言葉ですね。昔学校で教わったような気がしますが、ほとんど詭弁として冗談交じりに普段使っている言葉ですね。昔の哲学者が唱えた理論で確か「性悪説」とは、ずいぶん相性がいい言葉だと思うので、両方とも冷やかし半分に使うには都合がよい。その代わり、真面目にに使おうとすると、逆にとばっちりを受けそうな言葉ですね。

一般には「性善説:一見悪に見えてもその本質は善である」「性悪説:一見善に見えてもその本質は悪である」と言う解釈が、素人受けする説明だよね。

この場合国民の本質は「善」で社保庁の本質は「悪」と言いたいのだろうか。それとも、大多数の国民は「善」だけど、「悪」も居るという中途半端なことを言いたいのだろうかね。本来この問題の発生からいって国民の「性善説」なんか持ち出さずに、社保庁のいわば国の「性悪説」だけ持ち出して説明した方がわかりやすかったのではないか。

したがって「国や社保庁の「性悪説」を前提に、年金記録を確認する」と言うのが、国民が一番納得する説明のような気がします。問題発覚から終始、国民の側へ問題転化したい気持ちもわからないではないが、もうぼちぼち、そこから脱却した論議に移ってもらいたいものですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(遠州灘・Ⅳ・・・・・・・・⑥)

船溜まりをてっきり福田港だと思ったら

Photo_1779

その先に大きな港があるようだ

私が見たのは左上の「 型の部分で

海側にはその何倍もの広さを持った

港が控えている

Photo_1780

広々とした港の中央に

人工の土手が築かれている

以前見た御前崎の近くの

地頭方港にも同じ土手があった

Photo_1781

土手に上ってみることにする

階段まで地頭方港と瓜二つだ

地頭方港は「亡国のイージス」の

映画の撮影場所だけれど

この港は何かに使われたのかな

Photo_1782

土手の上には展望台になっていて

休憩所もできている

他の港では見たことの無い土手は

防災のためかなんだろうね

Photo_1783

土手の上から見える港は

カメラのフレームに納まりきれない

大きな港だった

一艘の船が帰ってきたけど

他には船の姿が無い

Photo_1784

船の居ない巨大な港は

昼下がりゆえに何か不気味な

静けさを漂わせていた

潮の香りさえどこかに消えたような

|

« 野茨のさく土手の道 | トップページ | 港は巨大釣堀だった »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 巨大な港の静けさに:

« 野茨のさく土手の道 | トップページ | 港は巨大釣堀だった »