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2007年7月29日 (日)

三熊野神社の蝉時雨

北京市公安局がインターネットでサッカーの試合をやじるよう扇動した20歳の男を拘束したそうです。男はやじを行う「連盟」まで作り組織的に活動していたようだ。公安局は「マナーのある観戦」を呼びかけているという。

思い起こせば04年のアジアカップのあの騒ぎが思い出されますね。世界にあの時の印象が定着した物だから、北京五輪に各国が危惧していることに神経を尖らせているのでしょう。

アジアの国民性は相対的に国家に対して従順の物だといわれています。国の指導者の方針に従って、どんな風にも変わってしまう。一億玉砕といえばその方向に、行った時代もありましたね。04年の騒ぎも15年ぐらいかけて当局が作り上げてた排日運動の成果が「愛国無罪」という形で現出した物。影では当局の人間はその成果に喜んでいたようにも感じました。

今度拘束された20歳の青年は、その当局の教育の成果というより、犠牲者かもしれませんね。彼らの世代の仲間たちには教育によりインプットされた「排日・抗日」思想は多分一生消えることはないと思います。

もちろん、これは中国だけの問題でなくアジア全体の問題でもあります。日本人である我々だって同じことが言えるわけですが、自分たちのことについてはなかなかわからないのも又、人間の浅はかさということですね。

当局が方針を変えつつある現在、これから新しい教育を受ける子供たちに期待していきたいと思います。日本も「愛国教育」にこれから力を注ぐそうですが、「愛・地球」教育であってほしい物ですね。けっして「愛国無罪」教育ではないことを祈ります。

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(遠州灘・V・・・・・・・⑥)

Photo

大須賀には有名な三熊野神社がある

歴史上徳川家の旗本は

徳川家成立に大きな力となり

正史には華々しく登場しないが

れっきとした存在感がある

Photo_2

そんな旗本の大須賀家の存在

そして現在の大須賀の静かな町並み

三熊野神社の祭礼に隠された

謎の暗号・・・・・・・

Photo_3

なんて歴史ミステリー小説風な

想像をたくましくしながら

江戸の三社祭の関連性などを

勝手に膨らましていた

Photo_4

静かな町の中にも

こうした「い・ろ・は・・・・組」の

御殿屋台を収める蔵が

いたるところにある

Photo_5

ちょっぴりさびしい七夕飾りですが

その根底に流れている歴史の影が

何か底力のように密かに

渦巻いているように感じました

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