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2007年5月 6日 (日)

建物は生きた教科書だね

イラクのマリキ首相から「日本の経験や能力、技術を生かした文民支援を望む」と4日の会見で言われてしまったそうです。

もともとイラクからは自衛隊の派遣は期待されておらず日本の技術や経済力を期待されていたのだから無理は無い。でも「テロ特措法」という法律をあの9・11に乗じて成立させて一躍世界の戦争に参加できるようになったのだから、海の無料ガソリンスタンドから始めて、サマーワから自衛隊が撤退してもなお航空部隊は綿々と駐留続けていますね。今度は改めてアフガンへの派遣も考慮に入れています。つまり、一度中断すると次の戦争への参加にエネルギーを要するため切れ目無く続けなければいけないわけだ。アメリカが20世紀以来戦争を決して切らさないように。

サマーワに自衛隊が恐る恐る出かけたとき、現地の人たちは当初日本人が経済復興に来たと思っていたふしがある。ところが、日本軍が来たと言うことで大いに落胆していた。そんな土台があって、今度のマリキ首相の発言は国民を代表する本音をようやくトップが口に出来たということでしょう。

それでも、国を代表する人の発言なので「日本の戦闘部隊はいらないよ」なんて言葉は口が避けてもいえないので「テロ特措法改正案が可決されることを望む」という外交辞令も付け加えている。つまり、日本が戦争に参加し続ける法案の成立にはイラクは本当は関心が無いのである。

世界中の国が日本の戦闘能力よりも技術や経済能力の方に関心があるはずだ。日本に好意をもっている国は戦争無しで経済復興し技術大国と言う国を作り上げたその部分を認めていてくれるのである。潜在的には、いざと言うときにはアメリカをも揺さぶる底力があることも認めていてくれるのである。それで十分ではないか。これ以上「日本は戦争だってつよいんだぞ。だから攻めてきても無駄だ」という意思表示は必要ないのだ。

今、イランだって次の戦争の材料にしているふしがあるが、もともと日本とイランはとても仲良しで、平安時代以前から交流があったと言う説まである位だ。アメリカがイランを嫌いになったからと言って、日本もイランを嫌いにならなければならない理由はどこにもない。むしろイランとの仲良しの伝統をアメリカに教えてあげて、アメリカの戦争をなだめてあげるのが同盟国の友情と言うものではないか。

そんなことをしたら「テロ特措法」が意味なくなっちゃうじゃないか、どこへ戦争参加すればいいのだと怒られてしまいそうですが・・・。

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(遠州灘・Ⅰ・・・・・・・⑧最終回)

さて帰ろうかと思って

旅籠のおじさんおばさんにご挨拶

ところがお二人も話し好きで

しばらくおしゃべりしてしまった

近くに無料開放の家があると

教えてもらい行ってみることに

Photo_1355

ここは元芸者置屋さんだったとのこと

観光案内の地図には載っていないけど

家の中を見学は出来ました

映画に出てきそうな家の中の造り

とても雰囲気がありました

Photo_1356

カンザシやカツラが展示してありました

昔の写真や書きつけなどもあって

少し前の歴史を物語っていました

たぶん善意での開放で

大変ですが生きた教科書として

これからもよろしくお願いします

Photo_1357

せっかく説明していただいたのに

この家の屋号を忘れてしまいました

あの時教えてくれた方が

もしこのブログを見ることがありましたら

お便りください

Photo_1358

寄り道が長くなってしまったが

それでも新居宿の街道筋を通って

いろいろ案内板をチェックしながら

帰ることにしました

まだまだ見所はありますが

何年かしたらゆっくり再訪しましょう

Photo_1359

再び街道の待つ並木を越え

海岸に近い国道沿いに出るころには

日は西に傾いていました

遠州灘第一回目の旅が終わりました

後何回で御前崎まで到着するか

それはそのときの風の吹きよに

お任せします

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