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2007年3月27日 (火)

ど根性土筆と道連れに

高レベル放射性廃棄物の最終処分場がなかなか決まらないようだ。使用済み核燃料をガラスで固めてしまい、それを300メートルの地中に封印してしまおうと言うやり方みたい。

昔は宇宙へ捨てるとか海に沈めるとか考えていたようだけど、どちらも反対され断念した結果、地中にすることになった。しかし、どこへ埋めるかが問題だ。国としてはどこかが手を上げてくれればと待っているがなかなか現れない。

昨今話題の財政破綻した市町村が今のところねらい目らしい。多額の交付金を餌にすれば食いついてくるところもあるかもしれない。交付金なんてものは国民の税金だからいくらでも捻出できる。

もし手を上げてくれれば「安全性」についての説明会も開きますとのことです。2,3の町村がどうやら動き出しそうです。なんか、悲しいような話ですね。

第一「安全性」なんて言葉は使わないほうがいいと思うよ。「危険性」と言う言葉にかえて真面目に話したほうがいいと思います。「直径40センチ、1.3メートル、500キログラムの筒状。製造直後は表面に触れると20秒で致死量の放射線を浴びる。放射能がウラン鉱石レベルに減少するのに数万年、無害なレベルになるまでは100万年以上かかる」

日本では2020年までに4万本を地中処理しなければいけないのです。安全なわけがなく危険そのものであることは分かりきったこと。もし財政破綻の見返りと考えるならば代償は大きすぎると思います。

国は何かと言うと受益者負担の原則なんて自分たちに都合のいい理論を振り回す。介護保険なんてのはその典型的なものだね、年金生活者から集めているのだからとんでもない。

もし、核燃料の問題を受益者負担の原則を当てはめれば、他県の原発で作った電気を大量に使い最終処分場も他県でさがそうとしている東京こそが問題なのだ。原発はもう安全でないので東京とはいえないが、せめて国は東京に対して「安全性」を説明して国会議事堂の真下300メートルに埋めるだけのことをしても良いだろう。もし、どうしても「安全性」を強調するならば・・・。

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(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・③)

間の宿菊川のちょうど真ん中に

Photo_1094

菊川の里会館がありました

でも本日はお休みでした

地産物などを普段は売っているようです

道の駅のような感じで

バイクツーリングの人たちが

休憩していました

Photo_1095

街の中の家ではガレージに

昔話の絵が書いてありました

街を上げて東海道を盛り上げているようで

喜ばしい感じがしました

Photo_1096

間の宿を通り過ぎたところで

二つ目の峠道へ

いよいよ日坂(にっさか)宿へ向かっての

登り道です

いわゆる東海道の難所になる

Photo_1097

道は良いのだがかなりの急坂

あえぎながらもゆっくり上る

山登りならその気になるが

道を歩く場合はちょっとばかりきつい

Photo_1098

それでも道端に植えられた

春の花々が明るい日の中で

旅人の心を癒してくれる

この道はハイキングの人たちと

大勢すれ違います

さすが東海道だ

Photo_1099

それと時々現れる

昔の詩人たちのすばらしい詩の数々

立ち止まりじっと眺めていると

往時の景色が目に浮かぶようだ

Photo_1100

道路の端にも

アスファルトを突き抜けて

ど根性土筆(つくし)が顔を出している

土筆に負けないように根性を出して

さあ元気良く峠に向かおう

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