« 遠く聞く武者の声 | トップページ | 遠州灘へ一直線 »

2007年3月 7日 (水)

梢を揺らすものはなに

(ダムの責任か)遠州灘沿岸の浸食対策を従来の県境から天竜川までを御前崎まで拡大することを検討委員会で6日決めたそうだ。

今まで対策をしていたのはてっきり天竜川から御前崎までだと勘違いしていました。なぜなら太平洋岸の海流は南から北へ西から東へと流れていて川が運んだ土砂は当然北へ東へ流れる。ダムによって土砂が供給されなくなたら当然河口より北東側の浜がやせるのだからそちらの対策をして居ると思っていた。実際は反対側の県境から天竜川までを対策していたというのは浜松市の部分を対策していたということかな。

グーグルMAPでちょっと空中旅行をしてみた。天竜川、大井川、安倍川、富士川どの川の河口も海に向かって突き出している。良く見ると川の土砂が作ったというより、平野全体から土砂が海に押し寄せてきて川はその水の逃げ口として海に向かい先へ先へと進んでいったように見える。長い歴史の中で川は何回も流れを変え平野全体を押し出し海岸を作ったのだろう。護岸工事であらゆる海岸をがんじがらめに固め氾濫しない川を作り上げてしまえば浜はやせてしまうのは当然かもしれない。平野全体の責任であり、決してダムだけの責任ではないような気がします。

上海から飛行機に乗っていつも感心するのは長江などの水が運んだ泥で海がどこまでも濁っていることです。何億年何十億年もかかってこの泥があの大平野を作ってきたのだろう。グーグルMAPで見てもはるか沖縄の近くまで大陸棚がつながり土砂が平坦に積もっている感じが分かります。「ここまでおいらの国の領土だ文句あるか」といっていることもうなずけるような大自然の迫力です。水辺歩きを続けながら考えて見たいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(菊川・Ⅰ・・・・・・・・④)

長閑な田園風景を見ながら

田舎道を歩く

Photo_995

案内板を頼りに歩いてゆくと

突然真新しい大きな道路が横切り

登山道が消えてしまった

さてどちらに行けばいいのか

Photo_996

いかめつらしい車が止まっていて

若い人が何か調べている様子

聞くと新道のため迷う人が多いので

案内板等の調査をしているそうだ

納得である

Photo_998

ゆるやかな道を登ると

駐車場にでる

鳥居のあるところを登ると城跡に

前方の壁のようなところが馬の背

Photo_999

大手門跡といえども細い山の斜面

ここは歴史に名高い天然の要害

簡単には城までたどり着かないのだ

鎧兜で細い山道で戦をすることは

ほとんど不可能かもしれない

Photo_1000

頂上の城跡までの道は

ずっとこんな道ばかりだが

そのところどころに

三の丸二の丸や櫓の跡土塁の跡など

数々のポイントがちりばめてある

三方を急斜面が占め

一方は馬の背の人一人しか通れない尾根

難攻不落の所以である

Photo_1001

頂上は吉田の小山城よりも狭いぐらい

そこに城と郭の跡がある

風のない静かな日なのに

梢が時々騒ぐ

鎧の擦れる音や武者の声のように

私には聞こえました

|

« 遠く聞く武者の声 | トップページ | 遠州灘へ一直線 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 梢を揺らすものはなに:

« 遠く聞く武者の声 | トップページ | 遠州灘へ一直線 »