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2007年3月26日 (月)

詩人たちの石畳

《謝罪》24日英国国教会が奴隷廃止200年でデモを行ったそうだ。鎖で両手をつなげたり首に枷を嵌めたりして当時の奴隷貿易の様子を再現などしていました。

わずか数百人のデモだったが国教会が行ったことに意義があるように思います。なぜなら当時の国教会自体が認めていた行為だったからなのです。わずか200年前にようやく奴隷制を廃止したのだが、考えてみれば、あの「ベンハー」の時代の2000年前には戦で負けたほうの人間は奴隷として売買されていたわけだ。ベンハーもその一人だったし登場したナザレの人もそんな奴隷たちや虐げられた人たちに救いの手を投げかけていた。

だが、そのナザレの人の教えをくむ教会自体が奴隷を容認した時代がわずか200年前まで続いていたことになる。200年と言えば「わずか」なのか「ずーと前」なのか。いま現在生きている人たちが「悔悟の念」を表わしているが、多分おじいさんのそのまたおじいさんたちの時代のことを「悔悟」しているわけですね。

以前外国にいたとき聞かれたことに「ヤンフ」とは何かと言うのが有った。よくよく聞いてみると「慰安婦」であった。つまり従軍慰安婦のことでそれについて教えてくれと言われた。教えてくれと言っても「戦争を知らない子供たち」だった私にはなんといって答えたらよいか困ってしまったことがある。日本人に対して友好的な人たちだったのでそれなりに私の考えを述べておきました。

今の総理大臣は私より若い世代、そして今の青年たちに考えを述べよと言えばそれなりに答えるでしょう。でも、その人たちに「謝れ」と言われても曾おじいさんの時代の軍隊のことについてなんといって謝ればいいのでしょう。ましてやこれから何世代にもわたって謝り続けよと言われたらどうしますか。

60年前の日系人に対するアメリカの隔離政策に対して、数年前アメリカは「謝罪」し賠償金を払いました。そこに一つのヒントがあります。謝罪するのは現在の国民ではなく「国」なのです。真実や理論はどうあれそのことにより苦しんだ人があれば「国」は謝罪して償いをして当然なのである。それが近い過去であればその人たちが生きているうちになすべきである。

先の英国国教会も個人が謝罪しているのではなく教会が謝罪しているのである。同様にユダヤ人の問題も有ります。それに関連してパレスチナ人の問題も有ります。チベット問題もありコソボもありウガンダやもっと遡ればインディアンもあります。

どこの国でもどんな時代でも今から思えば人類は過ちばかりしています。つまりそのことを真摯に学び、世界人(地球人)として世界人(地球人)に謝罪していかなければいつまでたっても過ちの繰り返しになる。「○○国人は○○国人に対して謝罪せよ」と言う言葉はもうやめましょう。「○○国人は反省していない」なんて一くくりにした発言の同様です。

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(菊川・Ⅳ・・・・・・・・・・・②)

石畳はスニーカーでは歩きにくい

Photo_1088

前回歩いたすべらず地蔵は金谷坂で

今回は菊川坂になる

この案内図のあるところからが

発掘調査で見つかった江戸時代の

石畳になる

Photo_1089

そんなつもりで歩いてみると

たしかに石は磨り減っているような

気がするし歩きやすい気もする

毎度のことで

もう気分は西行や芭蕉になっている

Photo_1090

それもそのはずここは

「東海道旅の詩人ウォーク」なのだ

石畳を歩いている絵は詩人ではなく

木枯らし文次郎風なのがまたいい

Photo_1091

石畳を下りきったところで

宿場町のようなところへ出た

菊川にも再び出会う

さてこれからどちらへ行こうか

Photo_1092

河口からずーと濁っていた菊川も

ここへ来て川幅も狭まり

水も少ないながらきれいに澄んできた

今までの濁りは一体なんだったんだろう

Photo_1093

ここはどうやら「間の宿」菊川で

金谷宿と日坂宿の間で

旅人を宿泊させてはいけない

ところだったとのこと

二つの駅の間には二つの峠があり

東海道の難所の一つなのだ

宿泊させてもよさそうなものなのにと

いまさらながら心配になりました

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