2011年5月13日 (金)

ありがとうタイ国漫遊記・純情派

(バンコク・Ⅷ帰国・・・・・・・⑤)

265 

(さようならタイ国漫遊記)

(19901207(金))

夜の便でいよいよ帰国です

私は成田行き

鼠男は名古屋行き

日中はオフィス近くを散策し

スーパーへ行ってトムヤンクンや

お菓子などのお土産を買い集めた

本屋さんに行ってタイ語英語辞書など

買い集めたが再びこの国に

来るという保証はどこにもなかった

明るい陽光の中を歩きながら

この暑い空気の中の感触を

その身に充分記憶させていた

御老公とドラえもんが2人を

空港まで見送りに来てくれた

来た時と同じスーツを着て

一人機上の人になった

心はもう日本の家族のことで

いっぱいだったのは言うまでも無い

タイでの生活は

単なる夢の世界のことだったのか

飛行機が成田に着いたら

きっと夢から覚めることだろう

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

長い間

『タイ国漫遊記・純情派』

ご愛読ありがとうございました

しばらく

当ブログは更新をお休みします

数ヵ月後

再会したいと思っています

その時は

「無門の縁台日記・PARTⅡ」で

報告します

予告としては

『タイ国漫遊記・○○派』となる予定です

もちろん

今回の純情派の続編です

請ご期待を

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2011年5月12日 (木)

タイ最後の夕べ

(バンコク・Ⅷ帰国・・・・・・④)

254 

(オフィス主催のお別れ会)

(19901206(木))

バンコクでの出勤は今日が最後

と言うよりタイでの最後の出勤だ

何事もなかったようにオフィス前の

屋台店でバーミンナムを食べる

バーミンナムいわゆるタイのラーメンだ

この国では朝食はいつもラーメンだった

初めて来たときには驚いたが

食べ馴れればこれなしには朝が来ない

薄味だから自分で調味料を入れて

味を調整しながら食べていた

それもこれが最後になるのかもしれない

感慨深いものがあった

オフィスのホワイトボードには

我々が作業してきた一年の記録が

記されていてそれぞれが皆

懐かしい思いに駆られた

夕方になって我々の送別会を

オフィス主催でやっていただいた

総勢30人ぐらいの日本人スタッフ

皆それぞれがツワモノ揃いだった

一時帰国して又やってくる

そんな雰囲気の明るい送別会

しかし来年以降のことは分からなかった

明日は帰国である

これがタイでの最後の夕べなのだ

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2011年5月11日 (水)

国王誕生日・お土産を買う

(バンコク・Ⅷ帰国・・・・・・・③)

259 

(バンコクのオフィス近くの住宅)

(19901205(水))

「国王誕生日」の祝日だった

街中は電飾で彩られ華やかに

あちらこちらに国王の肖像画が

飾られ華やかな雰囲気を醸し出している

朝起きたのは11時だった

御老公が起きたのは12時だった

それもそのはず今朝寝たのは

4時だったからである

ドラえもんを誘って私のお土産買いに

御老公も付き合ってもらうことにした

東急デパートの「田ごと」で昼食

その後マーボンクロンへ行き

タイシルクのハンカチーフとスカーフ

それとベルトを買い5000バーツ

妻へのお土産にと24kの金の

ネックレス6400バーツを買った

途中で御老公が調子を崩したので

一人帰って行ったが2人でSOGOの

近くの2階にある大きな土産物屋へ行く

クジャクの羽根の団扇・守護人ダーの飾り

トクトクサムローのミニチュア・皮の切り絵

布のバックなど小物を買いあさった

公衆電話から御老公に電話すると

元気だとのことで歩いてPホテルに

戻り夕食はいつもの「花子」へ

3人でビールと焼酎一本を開けてしまった

飲み疲れがたまっていたので

その後はそのままホテルに戻り寝てしまった

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2011年5月10日 (火)

悟空の家でお別れ会

(バンコク・Ⅷ帰国・・・・・・②)

246

(悟空の家でお別れ会)

(19901204(火))

自分の仕事の整理は終わったので

御老公のランプーンの整理を手伝う

御老公は来年以降のことについて

充分話し合ったと言っているが

どうなることか良く解らなった

悟空が家でお別れ会をしてくれると

言っていたので御老公・鼠男・八戒

ドラえもんの5人でウィスキー3本

もって訪問した

奥さんも暖かく迎えてくれて

楽しく飲みそして御馳走になった

悟空は海外生活が長く

歳は若いのだが国際結婚で

我々よりしっかりした考えを持っている

楽しく話しているとまだまだこの国に

残って仕事をしていくような錯覚を覚えた

悟空の家に10時ごろまでいて

そのあと2軒の店に飲みに行き

ぐてんぐてんに酔っ払ったが

意外とシッカリしていた

部屋に戻ったのは3時半ごろで

水をがぶ飲みして布団に入ったのは

午前4時ごろだった

タイへ来て最も遅くまで起きていた日だった

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2011年5月 9日 (月)

捨てるものは捨てて行こう

(バンコク・Ⅷ帰国・・・・・・・①)

261

(バンコクの冬も暑い)

(19901203(月))

バンコクへ戻ってきて久々の

オフィスへの出勤だった

でも今回は最後の仕事だ

やはり寂しさは否めない

バンコクはメーホンソンと比べ

平地でもあり南でもあり乾季でもあり

とにかく焼けるように暑かった

夕方はやっぱり「花子」で夕食

その後は相変わらずお決まりの

T街に繰り出して行く

昨夜と同じ店で歌いまくろうと思ったが

客がいっぱいであまり数は歌えなかった

幸い体調は万全で深夜0時を回っても

元気そのものだった

荷物の整理をしようと思ったが

気が抜けているせいかはかどらない

とにかく捨てるものは一つずつ

捨てて身を軽くしなければならない

私は先発で帰るのだがドラえもんと

八戒はまだ仕事が残っているので

忙しそうにしている姿を見て

自分がちょっと差見そうに見えてきた

もう一度タイに仕事に来てもいいかな

そんな気にもなってきた

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2011年5月 8日 (日)

チェンマイの別れ

(チェンマイ・Ⅶ夏の別れ・・・・・・⑦)

242

(スリ・トーキョーホテルのお姉さんとお別れ)

(19901202(日))

御老公は朝早くから電話をかけたり

出かけて行ったりしたが結局彼女とは

コンタクトが出来なかったようだった

私にした所で御老公が言ったように

彼がもしメーホンソンに迎えに来なかったら

どうなっていたかわからない

実際この国へ来て分かったことだが

多くの日本人青年がこの国の優しさに

のみ込まれて行っている現実を

目の当たりにしているのも事実だ

そう考えると私とてどうなっていたのか

分からない感じもしないでもない

御老公もコンタクトがとれなかったが

それこそ天の助けかもしれない

チェンマイ空港には時間を間違え

一時間も早く行ってしまったが

しばらく待って見ても誰も見送りには

来ていないようだった

御老公の落胆ぶりは目に余った

ここは私がが支えなくっちゃと思った

まあこれも一つの別れの形だろう

飛行機が飛び立つ瞬間御老公の

心と目に熱いものがこみあげてくるのが

手に取るようにはっきりとわかった

バンコクに戻りいつものPホテルに落ち着く

勿体ないからしばらく御老公と相部屋にする

八戒とも久しぶりだったが元気とのこと

ただ風邪気味と言うことでドラえもんと

3人で「花子」へ夕食に行く

社長とプロジェクトマネージャのS氏と会った

食事の後一緒にT街に繰り出す

途中で別れたのだが「ダンヒル」で再び合流

12時まで飲んで歌ってホテルに戻る

バンコクも涼しくなったが

メーホンソンにくらべたらやはり暑かった

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2011年5月 7日 (土)

涙がとめどなくあふれ出て

(メーホンソン・ⅩⅡ夏の別れ・・・・・・・・⑥)

231

(空港での涙の別れ)

(19901201(土))

メーホンソンでの最後の日になった

午前中出勤しW氏とG氏を相手に

各種の説明をし最後の仕事

12時ごろまでいてPIYAに戻った

チェックアウトをして昼食を取る

昼食時ビールを飲んだせいか

気が抜けたせいか全身に

力が入らない

いつもはしゃべりまくる二人だが

今日は二人とも何もしゃべらない

御老公は疲れ切った表情で

テラスのサマーベッドに横たわり

2時間半もぐっすり寝ていた

その間私は家に最後の手紙を書いた

手紙のナンバーも33になっていた

飛行機の出発の時間が迫ってくる

空港へ行こうと言うと御老公は

まだ早いと言って落ち着いている

PIYAのマスターがやってきて

空港まで送ると言って車を出してきた

午後4時にPIYAゲストハウス出発

空港では御老公も私も言葉少なく

何かをかみしめるように目は

宙を追っているだけだった

すぐにウッちゃんが友達とやってきた

せっかく見送りに来てくれたのに

胸が詰まって交わす言葉が出てこない

ウッちゃんの目は今にも

涙があふれそうだった

それを見て御老公は私を促して

そそくさと搭乗待合室へ連れて行く

ガラス窓の向こうに見える

ウッちゃんの目頭はみるみる赤くなり

大粒の涙が溢れているのが見えた

飛行機が動き出す・・・

窓越しに・・・

滑走路が見えるところに出てきた

ウッちゃんの姿が見えた瞬間に

私の眼には大粒の涙が

とめどなく流れ出した

御老公は黙って横に座っていた

チェンマイでは夕食にいつもの「古都」へ

餞別と言って「扇」と花束をいただく

ここでは明るい別れだった

「チェンマイの夜」では

御老公の辛い別れが待っていた

チーママも目に涙を浮かべていた

二人の別れをそっちのけに

私は歌いまくっていた

むしろそれが二人への

気づかいのつもりでもあった

部屋に戻ると御老公は

「僕は無門君をメーホンソンから

連れ戻しに行ったんだよ」と言った

「でなければ君は・・・・・・・・・」

気持ちは痛いほど分かっていた

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2011年5月 6日 (金)

ウッちゃんからプレゼントを貰う

(メーホンソン・ⅩⅡ夏の別れ・・・・・・⑤)

215

(パーティーの夜:みんな良い人達だった)

(19901130(金))

検査はOKをもらったものの

最後の整理で一日中忙しかった

もうこれで最後の日だというのに

ウッちゃんと話す暇もない

午後3時過ぎになって

ウッちゃんが遠慮がちに私を呼び

日本に帰ってから開けてと言って

小さな包みを手渡してくれた

嬉しかった・・・

開けようとすると恥ずかしいから

日本へ帰るまで絶対に開けちゃダメと

念を押すように言った

夕方空港へ客先のボスのW氏と

案内役の日本人G氏それに

御老公の3人を迎えに行った

W氏とG氏はリゾートホテルへ

御老公と私はPIYAへと戻る

PIYAでいつものようにビール

2本を飲んでいると迎えが来た

迎えの車で「バイ・フーン」へ

すでにW氏G氏それに検査官の

4人がテーブルについて待っていた

W氏は将来この国を背負って立つ

と言われる切れ者らしかったが

見た目は随分気さくな人だった

もちろん検査官の4人はW氏に

対しては丁重な物腰だった

10時ごろまで酒を飲み

楽しく歓談し私たちはPIYAへ戻る

ところが何故か御老公は落ち着かない

「ブルージーン」へ行きたいと言いだした

何か心に思うことろがあるようだった

「ブルージーン」では表面上明るかったが

言葉の奥に何かがあるような感じ

あえてそこには触れないようにした

PIYAに戻ったのは深夜0時ごろだった

部屋で再び飲み始め1時半まで飲み

疲れがどっと出てそのまま

シャワーも浴びずに寝ることにした

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2011年5月 5日 (木)

感激の涙にむせぶ

(メーホンソン・ⅩⅡ夏の別れに・・・・・・④)

221

(ロ・ボトーンの花を選別にいただく)

(19901129(木))

朝PIYAのテーブルで

クリちゃんとゆっくり話しながら

朝食を取ることが出来た

私が自分の英語力を恥て

「帰国したら勉強なおします」というと

「あなたの英語は素晴らしい、少しの言葉で

多くのことを語っていましたよ」と言ってくれた

そして

「あなたとあえて楽しい6週間でした」

とも言ってくれました

本当にうれしかった

シッカリと目を見つめ合って握手

私はそのままクリちゃんに見送られて

出勤した

検査官のリーダーが

OKのサインをするから

今夜パーティーだと

言い出したのを聞いてぞっとした

ムックダハーンを思い出したからだ

まあそれも仕事だと割り切り

ギリギリまで作業して会場の「オン・カオ」へ

20人ほどの人がすでに待っていた

ところが意外と楽しかった

普段顔を合わせながら話をしなかった人

私を陰ながらじっつ見守っていて

励ましてくれていたことが解り感激

何とウッちゃんもおしゃれして

パーティーに参加していて驚いた

いろんな人と話をして楽しくなり

バンドも無いのに4曲も歌を披露

イサーンから来ている人が東北民謡を

朗々と歌うのを懐かしい気持ちで聞いた

その歌声にメコン河の畔ムックダハーンを

思い出し目頭が熱くなった

パティーの終わりがけに花束贈呈

なんとケースには行った「ロ・ボトーン」

造花の飾りもので是非日本へとのこと

先日のロ・ボトーンのこともあり

感激で涙があふれ

拭っても拭っても止まらなかった

その姿を見て又みんながはやし立てる

最後の挨拶の言葉も声にならなかった

「オン・カオ」には6時から10時までいて

ウッちゃんとは結局話が出来なかった

2次会はマウンテン・インへ

検査の連中は自分たちの招待だと言って

私と楽しみたいだけの気持ちが

現れていたのが嬉しかった

こんなことならもっと優しくしてやれば

良かったかと少し後悔した

嬉しさのあまりステージに立ち

今度はバンド付きで歌を歌う

「スバル」はタイ語で

「すきやき」「長崎物語」は日本語で

3曲立てつづけにうたった

これがこの国での最後の歌だ

そう思うと心をこめて歌った

PIYAに戻ったのは深夜0時を

遠に回っているころだった

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2011年5月 4日 (水)

クリちゃんと惜別の語らい

(メーホンソン・ⅩⅡ夏の別れに・・・・・・③)

105

(市場の近くで時計を買う)

(19901128(水))

朝お腹の調子が悪くなり

トイレに閉じこもっている間に

御老公はPIYAを出てバス停へ

結局見送りが出来なかった

出勤するとバンコクの悟空から電話

名古屋の会社の海外部長からFAXが

御老公に入っていると言われたが

今バスで移動中でどうしようもなかった

御老公が居なくなったのでウッちゃんと

ゆっくり話が出来るようになった

こうして話が出来るのは随分久しぶりな

感じがしたのはいったい何なんだろう

自分の心の中に甘酸っぱい感情が

渦巻いているのが解った

検査官の連中の時間つぶしを

してるだけのように見えるが

私にとってもっともっと引き延ばしても

いいという気持ちになっていた

作業を早目に終わり一緒に

メーホンソンリゾートへ誘われた

以前洞窟の魚を見に行った時

寄ったことがあるリゾートだ

遠くから来た連中には珍しいのだろう

外人観光客も寄るようだ

しかし私にとって観光地より

素朴なこの街が好きなのだ

今日はゆっくりしたいと言って

彼らの誘いを断った

ノンちゃんに時計をあげたので

市場へ行って350バーツで腕時計を買う

写真の焼きましを頼んで来てから

PIYAに戻るとクリちゃんやマスターが

テラスの卓を囲んで談笑中だった

私も誘われて話の輪に入るが

タイ人が多かったので一旦部屋へ

洗濯した後テラスに戻り別のグループへ

クリちゃんは明日からメーサリアンや

スコータイを回る5日間の旅に出ると

私に話した

と言うことはクリちゃんと話せるのは

今夜が最後と言うことになってしまった

私は思いっきりたくさんの英語を

クリちゃんにぶっつけてしゃべってみた

二人だけで10時までテラスで

飲みながら話し続けた

日々何かが自分の中で

終わって行くような感じがした

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«帰りの航空券を買う